大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 大方の予想を覆し、第二特務課は大本営選抜艦隊との演習に勝利し、瀬戸内で繰り広げられた仮初の戦いに幕を降ろす事になった、そして新たな狂犬ポイヌが顕現するという、脳筋イメージが更に増大してしまう大坂鎮守府であった。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/05/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、kazuR34様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


幕引きと後始末

「今回はやられてしまったよ、まさかウチの艦隊が全艦轟沈になるとはね」

 

「こちらこそ今回は有難う御座います、勉強になりました」

 

「勉強か……ふむ、勝者にそう言われるとこちらからは何も言えんよ」

 

 

 ヒトロクマルマル呉鎮守府、執務棟のブリーフィングルームにて、演習後の勉強会と称して関係者が集い、其々が意見交換と演習後の調整を行っている最中。

 

 今回の演習は大本営側からは艦を五隻出し、そして岩川基地より一隻の混成艦隊で挑んでいた為に演習の処理がやや複雑となっており、また実質指揮官が二人という関係上所見の纏めや事後の話し合い -主に責任の所在であるが- をこの場で行っていた為に、色々と長引いているという状況。

 

 艦娘達は既に諸々の処理を終え、艤装が半壊していたウォースパイト以外は同室にて其々待機しており、現在吉野は大本営艦隊本部より参加していた江角信二(えすみ しんじ)大佐と差し向かいで話をしている所である。

 

 ほんの30分程前には岩川基地司令である東野光輝(とうの みつてる)少将と事前に取り決めていた(・・・・・・・・・・)話の確認は終えており、それが終了すると東野は秘書艦のローマを連れて岩川へ帰還する為に既に退席していた。

 

 

「東野少将殿もお忙しそうですね、勉強会にも出ずに帰還ですか」

 

「ハハハ、吉野君も意地が悪い、少将殿はこの後の処理が忙しくなってしまった(・・・・・・・・・・・・・・・・・)から早く岩川に帰って準備をしないといけなくなってしまったのは判っているだろう?」

 

 

 大坂鎮守府と岩川基地の間で事前に取り決めてあった話、それはこの演習を大本営から持ち掛けられた際、断る事も出来たそれを受ける代わりに大坂鎮守府側より提示した条件の内容と大本営が突きつけてきた条件。

 

 大本営側が出した条件は、この演習で大坂鎮守府が敗退した場合、教導任務をするにはまだ時期尚早として再教育を行い、またその任務の監督・管理の為に艦隊本部より派遣する人員を鎮守府運営に加える事。

 

 逆に大坂鎮守府が演習に勝利した場合は教導任務に於ける力量は充分として任務の開始、また条件的にそれだと大坂鎮守府には利が薄いだろうという事でその他に希望する条件を一つ追加しても良いという取り決めが事前になされていた。

 

 

「しかし希望したのが岩川の物流ルートに間宮の物品を乗せる許可を要求するか、どうも君の鎮守府には頭の回る策士が居る様だね」

 

「江角さん……判ってて言ってるでしょ? ウチの運営は基本事務方(じむかた)が握っています、例の彼女(oh淀)がです」

 

「ああ……うん、そうだね……彼女が仕切っていたのだったか、うん」

 

 

 岩川基地というのは現状日本国内と南方、及び中部海域への物流を結ぶラインを統括している要所である。

 

 それは兵站だけではなく、国外からの資源輸送も担っているとあって輸送面に於ける設備、人員、そして規模は軍のみならず日本の生命線を扱っている関係上相当充実した物になっている。

 

 そして失敗が許されない任務を確実に達成する為に、護衛艦隊は前線を目指すなら大型艦を含む艦隊が随伴し、また補給線の維持を確実にする為外洋へ戦力を派遣する為の権限も持っている。

 

 そんな事情は国内の四大鎮守府が防衛の為に膨大な戦力を持ちつつも、大本営の許可が無ければ縄張りの中から出れないという制約が岩川には無いという特殊な状況を生み出し、抱える戦力も巨大な事から基地と称してはいるが実質鎮守府という形で岩川基地は軍に存在している。

 

 

 その岩川が統括する物流ラインを利用するという事は、国内で最も強固で確実な輸送路を利用するという担保を確保すると同時に、対立派閥を抑える筈の要所でその手助けをしなくてはいけないという面子を潰すという側面と、更に各拠点へ輸送される定期便を利用する事で間宮の通信販売が利用し易いという事を喧伝する結果となる。

 

 たかが甘味ではあるがそれは大坂鎮守府の収入源の一つであり、通販の潜在的な利用者は万を遥かに越える状況は艦隊本部からしてみれば潰しておかないといけない案件であった。

 

 

「毎日が死と隣り合わせの生活を送っている者からしてみれば、娯楽が少なく時間の余裕も無い毎日で口にする物、それも甘味ともなれば依存してもおかしくは無い程には魅力的な物だろう」

 

「ですねぇ、これまでは明石の持つ独自の販路で輸送をしていましたが、それでも最前線ともなると中々難しい部分がありましたのでこちらとしては助かりますよ」

 

 

 面子を潰され、そして鎮守府運営の援助もしなくてはいけない、そんな状況になってしまった岩川基地司令長官は正に泣きっ面に蜂状態で事後の処理の為にとんぼ返り。

 

 そして大本営から艦を引き連れてきたこの江角という大佐も実の所早急に事後処理に取り掛からねばならない状況ではあったが、この大坂鎮守府の長と直接対峙する機会はそうあるまいという判断の元、勉強会へ参加するという形でここに残るのを選択している。

 

 

「まぁその辺りは東野少将殿の領分なので僕には何も言えないかな、それよりも君の艦隊……噂には聞いていたが戦艦だけじゃなくて駆逐艦も相当なもんだね、経験が少ないと言ってもウチの旗艦(アイオワ)は大和型とも戦える性能を有している、それを沈めてしまう程の立ち回りと気概、どう考えても普通じゃない」

 

「駆逐艦が戦艦を相手に戦って勝つ、それは不可能では無いでしょう? 雷撃が集中すればバルジでも装備していない限り戦艦だろうが何だろうが関係ないですし」

 

「それは至近で雷撃が成せたならだ、だから駆逐艦や軽巡は夜戦でこそと言われている、しかし今回はそうじゃない」

 

 

 小口径の砲しか詰めず、装甲も薄い駆逐艦が大型艦を仕留めるには最大火力である雷撃を確実に、そして集中して命中させねばならない、それを成功するには闇夜に紛れて距離を詰めるという行為は必須とも言える。

 

 突き詰めれば問題は距離という事になり、それが詰めれるなら昼であろうが夜であろうが関係ない、言ってみれば簡単な話であったが姿を晒し、しかも戦艦と駆逐艦が一騎打ちの状態になった場合は普通距離を詰める前にカタが着く。

 

 夕立にはそんな常識を覆す程の性能はスペック的に無く、それでも結果を見れば何かがあるのは確かである、性能でなければ状況が味方したかそれともメンタルの部分なのか。

 

 感情という物を有する存在であればその部分でも多少は変わってくるのは確かだが、果たしてそれが常識を覆す程に影響を及ぼすのか、江角は何度考えてもその部分が理解できなかった。

 

 

「艦娘という存在は命令の仕方、扱い方一つで生み出す結果が大きく変わってくる、貴方達はその部分を理解していない」

 

 

 感情があるという事はそれ次第で働きが変わってくる、吉野が言う言葉は艦隊指揮を執る者にとってはある意味常識的な物である事は江角も理解する処であったが、それでも目の前の髭眼帯は理解をしていないと言う。

 

 もしそれが本当なら、そしてそれを理解した上で自分にも出来る事ならば今以上の艦隊運用を行える、大坂鎮守府の様な寄せ集め艦隊ではなく精鋭艦隊でそれが成せたなら。

 

 

 軍の中枢で大きな影響力を持つ事も可能になる。

 

 

「働きに対する正当な対価、それが何なのか、我々の側では無く彼女達からの視点で欲するそれを理解し与える、貰える餌の質が高ければ高い程、多ければ多い程それは効果的な物になる」

 

「餌で釣るか、彼女達が居る前でそれを隠す事も無く言うかね……それで? 君のいうその"質の高い餌"とは何なのかな?」

 

「大坂鎮守府では自分、吉野三郎というのが餌になるんでしょうかねぇ」

 

「……は?」

 

「何故だか知りませんがウチではそんなモノ(・・)を欲する物好きが多い様ですので自分をくれてやる事にしました、その代わりそれに見合った働きをしろとケツを叩いてはいますけどね」

 

 

 言葉にすれば正気を疑う様な髭眼帯が言う答え。

 

 だが指揮官に依存する傾向にある艦娘が最も求める物を考えれば簡単に出る答えでもあるが、これには艦娘と指揮官の間に強い関係性を築いていなければならないという事が前提にある。

 

 考えてみればごく当たり前の話、しかしそれは通常軍としての職務(・・)、軍人として艦娘と接するという関係を通して見るとそれに気付く者は殆ど居ない。

 

 好意や恋慕を以って接し、それに溺れたが為に命令を出せなくなった者も居る、しかしそれとも違う形で過不足無く、それでいて強い絆を持つ関係。

 

 

「……自分を餌に、はは……ははは、それはまた突拍子も無い考えだ、何でそんな答えに至ったのやら」

 

「え? いや鎮守府内での待遇改善とかを考えた時にですね、何か欲しい物はないかとアンケートを取ったらそういう結果が出たので」

 

 

 結局の所、力を欲しそれを手に入れる為に利用する行為は基本的に自分本位の理由からなる物であり、その為に大坂鎮守府のやり方で望もうと思えば不可能、出来たとしても凄まじく遠回りなやり方をせねば成し得ない。

 

 個人としてそれは成せる可能性はあったが、それを組織として画一化するのはこれも不可能であり、大坂鎮守府よりも管轄する艦が多く、その艦が頻繁に入れ替わる環境の江角にとってもそれは実現が難しい話である。

 

 

「アンケートか、本当に突拍子も無い事をして、しかもそれを実施した上に結果を出すとか想像の斜め上をいっているね君の所では」

 

 

 吉野が言葉にして伝えたそれは間違いでは無いが、聞く者にとって本質を理解するのは難しい話であるのは確かである。

 

 それは組織の中枢にいく程、視野が広くなればなる程気付かない事であった。

 

 

 それを重視して常識を覆した大坂鎮守府艦隊を見れば、そしてその艦隊運営を吉野に仕込んだ人物、唐沢が指揮を執る友ヶ島警備府が型遅れで性能も低いとされる艦娘を率いても尚、長年精鋭と呼ばれる働きをしている事実を見れば答えは出ている話である。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「えらく話し込んでたじゃねぇか、何だお偉いさんから絡まれでもしてたのかい?」

 

「ああいえそうじゃ無いんですが、例の唐沢さんから教えて貰った"強い艦隊の作り方"の話をしてみたんですがね、どうも良く判って貰えないみたいでして」

 

「あー……アレなぁ、アレは少数精鋭っつーか、基本人の入れ替わりが無い環境でねぇと理解出来ん話だから無理はねぇわなぁ」

 

「ですよねぇ、戦力が選り好みできる環境じゃ意味の無い話ですし」

 

「おうよ、ウチは人材やら資源は無いがその代わり時間は腐る程あった、だからその時間を使ってなまくらって言われてたアイツらをゆっくりと練り上げて、研いでやって使えるように仕立てた……っつーかそれしか手が無かった」

 

「ウチの場合は、強くなろうとすれば協調性が足りない状態という……」

 

「そうよな、ボンとこの娘っこはどいつもこいつも強ぇぇ事は強ぇぇんだが其々アクが強過ぎた、その持ち味を殺さず足並みを揃えさせるにゃぁ……」

 

「餌を目の前にぶら下げて艦隊を同じ方向にコントロールする、その為の餌はお前だって聞いた時はちょっとビックリしましたが……」

 

「暴れ馬をまともに走らせようとすんなら目の前に人参ぶら下げて、走る方向に向けちまうのが一番手っ取り早ぇんだよ」

 

 

 環境が変化するに伴い艦隊運営という物を強固にする必要性があった大坂鎮守府、基本的な形は出来上がっていたがそれをより完全な物へと育てる為に吉野は先達であり実績もあるこの髭爺に教えを請い、そして必要ならそれから得られた意見を取り入れ実行してきた。

 

 経験が足りない者は前線へ出し、尖った戦いをする者はより多様性を持たせる為に艦隊内で徹底的に演習を繰り返す、それと同時に司令官としては素人だった吉野は唐沢に艦隊指揮を仕込まれつつも、日々取り寄せた軍事書籍や資料を片っ端から頭に詰め込み基本を学んだ。

 

 結果、大坂鎮守府で建造された艦娘達は経験を積んだ(つわもの)に、異端と呼ばれた面々は自分に足りない物を補うやり方を見付け、余りに増えた資料と文献は執務室の大半を本棚で埋めてしまった為に、事務方は執務室の隣、情報部の向かいの部屋を改装してそこで活動するはめになった。

 

 

 そして最後にそんな艦娘達の協調性を持たせる為の餌、吉野は執務棟にあった自室を引き払い艦娘寮へプライベート空間を移す事にした。

 

 そうした理由は吉野が江角に言った"アンケートを実施したら帰ってきた答えがそうだった"という単純な物。

 

 状況は自室を艦娘達に近い場所へ移したというだけで、肉体関係を持ったり恋愛関係を深めるという事はしていないが、その形は第二特務課を立ち上げた当時、大本営執務棟や秘密基地で過ごしたあの日々への原点回帰、同じ場所で生活を共にした、あの時と同じ形であった。

 

 

 それからは皆が作った朝食を採って仕事に向かい、執務が終わって自室で(くつろ)いでいれば、誰かが遊びに来るのが日常へと変化し、寝ている時は知らぬ間に誰かがベッドに潜り込んでくるという困った面もある共同生活。

 

 吉野的にはちょっと引っ越しただけの些細な行動、それは艦娘達にとっては"艦娘寮が皆の家として変わった"大きな変化であったという。

 

 

 たったそんな事で、そう言って首を捻る吉野を他所にモチベーションと協調性が異様に増すという不思議。

 

 

「ウチは基地施設が小規模だから生活空間に充てる場所が狭めぇんだ、だから四六時中アイツらとツラぁ突っつき合わせて生活してるんだけどよぉ、そのお陰でアイツらの事が良く見えるってか、仕事で見えない部分が確認できんだよな」

 

「えぇ確かにそれは仰る通りでした」

 

「ついでにボンのトコはウチと違って全員嫁なんだろ? だったら鎮守府内別居ってのはちょっと頂けないわなぁ、なぁ?」

 

「その言い方はどうかと自分は思うのですが? てゆか変に焚き付けないで欲しいと思うのですが?」

 

「何言ってんでぇ、何のかんのつっても結局そこが根っこだったんじゃねーか、色恋に疎いウチの天龍でさえボンの事見てるとイラっとくるつってたぞ? ああ? そこんとこどうなんだよえぇ?」

 

 

 プイっと視線を外す髭眼帯、それを見る髭爺は嫌らしい笑みを浮かべチクチクと言葉を投げ掛ける。

 

 職務上吉野が上司という事になってはいたが、その実唐沢という髭爺は吉野の師匠であり、大坂鎮守府のご意見番という形に納まっている。

 

 

「ちょっといいかしらお髭さん?」

 

「あ? 何でぇ?」

 

「あ、ごめんなさい、おじいちゃんじゃなくてそこの眼帯のお髭さんに用事があったんだけど」

 

 

 そんな髭二人に声を掛けつつ近寄ってくるのはあの時指揮所で同席していた足柄、世間では色々と飢えた狼と名高い艦娘が真面目な相で二人の前に立っている。

 

 勉強会は既に終了し、今は大本営艦隊が退出した後であった為に場は自然と砕けた物になっている。

 

 そんな緩い空気の中で目の前に立つ難しい顔の狼さんは、ある意味浮いた物となって髭には映っていた。

 

 

「え? 自分ですか?」

 

「そう、お髭さん、貴方にちょっと聞きたい事があったのよ」

 

「えっと……そうですね、自分の個人的な意見ではありますが、足柄さんの勝負下着は白のレースじゃなくてもっとこう……黒とかのブツ辺りが無難かと思っちゃったりするのですが」

 

「ちょっと一体何の話よ!?」

 

「えっ!? 違うんですか!?」

 

「違うわよっ! って言うか白のどこが悪いのよっっ!」

 

 

 以前漣に見せられた鎮守府裏掲示板から拾ったとされるデータにあった、パラオに所属している足柄の強烈なイメージが頭にこびり付いてしまっていた吉野が無意識に口にしてしまった本音の受け答えである。

 

 足柄に白、インパクト狙いなのかそれともギャップ萌えを狙った物なのかは理解出来なかったが、少なくとも白は別の意味でインパクトが過ぎると危惧した吉野の善意が口を吐いて出ただけで、そこに悪意は微塵も介在していない。

 

 しかし呉の足柄も勝負下着が白という事実に善意が突き刺さってしまったという悲劇を吉野自身は知らなかったが、この際それはどうでも良い話である。

 

 

「え……やっぱり白なんだ……」

 

「そうじゃなくて! ああもぅ……聞きたいのはそんな事じゃないのっ!」

 

「ああうん、貴女が白いフリフリを履いてたりするとその相手は、いえまぁはい、話の続きをどうぞ……」

 

「くっ……何よもぅほんとに……ああえっと聞きたいのはほら、今回の演習で色々仕込んでたじゃない、同時射撃装置とか艦載機の奇襲とか」

 

「えぇまぁ、それが?」

 

「あれって貴方が考えた作戦なの?」

 

「あー、ネタと言うか機構的な物は金剛君と榛名くんから提案された物で、奇襲については龍鳳君が考えた物ですね」

 

 

 今演習では最初に金剛が出るという事は最初から決めていた。

 

 それは金剛の着任に絡んだ諸々の因縁というのを本人では無く周りが気にしていた節があり、いつかそれは解決しないといけない物の、機会が無いまま問題が棚上げ状態で放置となっていた。

 

 しかしこの演習の話に於いて大本営艦隊の旗艦がアイオワと発覚した際吉野は金剛にそれを伝え、相談した上で彼女を旗艦へ据えるという事で大坂鎮守府側の艦隊編成は始まった。

 

 そこを基点として策を練り、最大戦力を持ってくるだろうという相手の思惑を潰し、その上で確実に勝てる様にと編成したのが"外側に対する戦いを経験させる為の一手"として選んだ今回のメンバー。

 

 確かに選択をさせ、策を考えさせるという形は取ったが、それを誘導し、責任という片棒をわざと担がせた上にプレッシャーを掛けたのは吉野本人の思惑の内ではあった。

 

 執念や個人的な理由を戦いの種とさせない為、それは艦隊戦であるという自覚を植え付け、その上で責任というプレッシャーで追い込まれても戦える"芯"を育てる為の吉野なりの企て、それが"内側に対しての戦いを想定しての一手"

 

 そんな難解な事を説明する必要も無く、聞かれるがままに答えた吉野の言葉に足柄は眉を顰め、更に質問を被せてくる。

 

 

「そう、作戦は貴方が考えたものじゃ無かったのね……じゃ人選も?」

 

「そっちはまぁ彼女達と色々と相談して決めましたが、それが何か?」

 

「本当にそんな丸投げであんな奇策を実行に移した訳? 大本営艦隊相手に、あんな条件を賭けて」

 

「……足柄さんが何を言いたいのか自分には判りませんが、本当に自分は大した事なんてしてないんですがね」

 

「開始前に勝利宣言までしていたのに、そんなお気楽な状態であの娘達を抜錨なんかさせたりしないでしょ? ねぇ……影法師(・・・)さん?」

 

 

 薄笑いを表に貼り付け迫る様に睨む足柄、それを飄々と受け流す髭の眼帯。

 

 暫く両者の間には無言の間があったが、何かを納得したのか、それとも諦めたのか飢えた狼は大袈裟な溜息と共に表情を崩し、笑顔を浮かべて腕を組む。

 

 

「そう……それが貴方のやり方なのね……いえ有難う、御免なさいね突然不躾な事を聞いて、色々と参考になったわ」

 

「あ、そうですか? それで下着の件なんですが……」

 

「そっちはいいのよ! て言うか白のどこが悪いのよ!」

 

 

 交わした言葉は少ない物で、結局下着の色をネタにされた足柄はドスドスと怒りを露に部屋を出て行った。

 

 聞かれた内容とそれに対する反応、何が聞きたくて何を納得したのか、薄々吉野には判っていたが、相手がそれで納得するなら深く関わる事もあるまいと思い、下着の色というネタで茶を濁すのが無難と判断して会話を有耶無耶にした結果のちょっとした一幕。

 

 

「いるんだよなぁ……理屈じゃなくて直感と言うのか匂いで真意を理解しちゃうタイプの人、ああいうタイプが一番怖い」

 

「中々どうして、ボンにそう言わせるんならあの嬢ちゃんは結構なタマじゃねぇか、流石呉の艦娘さんってか」

 

 

 そんな髭コンビと足柄のやり取りを部屋の隅で眺めていた一団、判定員を勤めた三人が苦い表情で溜息を吐いていた。

 

 

「貴方の妹、また悪い癖が出たんじゃない?」

 

「ああ……またか、しかも今度はよりにもよって相手は大坂鎮守府の司令官だというのか……(たま)らんな」

 

「えっと那智、提督がまた頭を抱える前に予防線とか張っといた方がいいんじゃないの?」

 

「私も伊勢の意見に賛成だわ、なんせあの足柄だし……」

 

「そうだな、済まないが陸奥、今から提督の所に行こうと思うんだが付き合ってくれないか?」

 

「それは別にいいけど今回はいつもよりややこしくなる可能性があるわよ? 何せ今回関わってくるのは色々周りから睨まれてるお髭さんだし……ねぇ」

 

 

 

 

 呉の縄張りで行われた演習は大坂鎮守府にとって利のある形で終了し、更に長々と先延ばしにされていた本来の目的である業務も開始する目処が立った。

 

 結果的に実のある形で終了したこの演習であったが、その水面下ではほんの少しの懸念の種が生まれる事になり、それが吉野的に色々不幸を呼び込む新たな火種となっていくのであったが、それはまだ本人の与り知らない事であり、それが降りかかった時には禄でもない事態へと発展していく事になるのだがそれはまたずっと先の話であった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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