大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 大本営との演習を終え、諸々の事後処理を果たして再出発の一歩を踏み出した大坂鎮守府、その様は一年という時を経てどう変化したのか、その日常が綴られていく事になる。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2016/12/27
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


変化したのに変わらない日常

「それではこれより今月の決算報告及び定例会、そして年明けから予定しております教導任務に於ける最終確認を致します、月末まで後数日を残しておりますが、前倒ししての予想数値を含めた12月31日迄の終始決算報告を致します、それではお手元にある資料4P目をご覧下さい」

 

 

 大坂鎮守府執務棟2F

 

 事務室横に設置された会議室では年末から年明けに掛けての準備の為、通常月末に開かれる定例会を12月の28日に行っている最中である。

 

 参加者は事務方(じむかた)より司会を兼ねて大淀、艦隊総旗艦長門及び深海艦隊代表朔夜(防空棲姫)、教導部門総括叢雲、主計総括間宮、工廠部門夕張、情報室代表代理あきつ丸が参加し、資料を片手に難しい顔で卓を囲んでいる。

 

 上座には当然吉野が座り、その背後霊としてグラーフがチチを吉野の頭の上に乗せ、そのやや斜め後ろでは髭爺こと友ヶ島警備府司令長官である唐沢が湯飲みに口を付けつつ寛いだ状態で椅子に腰掛けて会議を眺めていた。

 

 

「二日前より間宮の通販に於ける輸送路が変更となり既に商品の発送が開始されていますが、話題性もあってか昨日迄の受注量は今までの平均の凡そ四倍程、最終的には今迄の二倍程に落ち着くと予想されます」

 

 

 資料に記載されている数字の推移が赤と黄色で彩られた色彩豊かな円グラフ、それを見る吉野の顔色は逆に青い物となっており、何故かプルプルと震えている。

 

 円グラフの隣には棒グラフ、それは10月を境に倍々の長さを重ねており、その隣には『鎮守府資産累計』という文字が控えめに刻まれている状態。

 

 それを見つつプルプル振るえつつもそっと右手を上げる吉野、それを見て首を傾げ『どうしましたか?』と眼鏡フレームをクイクイする大淀。

 

 

「oh淀君……この、えっとこのグラフの何と言うか資産の増え方とかちょっと常軌を逸してないかなぁ~とかって提督思っちゃったりしたりするのですが……」

 

「ああそれですか、10月以前……前年度迄ですね、それまではカッコカリの費用捻出や鎮守府の設備投資、関係各所への根回し等に資金を投入していたのですが、今年度に入ってその辺りが一段落して支出の方が落ち着いてきましたので、結果としてそれが資産として備蓄され始めた為数値が伸びるという形になりました」

 

「えっとそれって……」

 

「支出が落ち着いたというだけで収入は変わっておりません、しかし間宮通販の拡張と夕張重工のパテント契約が増加傾向にありますので、これからは更に資産が増える見込みとなっております」

 

 

 フンスと胸を張ってクイクイの度合いを増す黒髪眼鏡、資金運用や予算配分は全て事務方(じむかた)に任せ、それ以外の地固めと自身の治療の為に時間を割いていた吉野が久し振りに確認したそれは、額面を見て目を背けるという条件反射を髭眼帯にさせる程の惨状となっており、幾ら大本営からほぼ金銭的な支援が無いからという事で許された予算獲得の為の活動とはいえ、予想よりも桁が二つ程違うそれは正直鎮守府ではなく企業と称してもおかしくはない規模へと変貌していた。

 

 そんな資金をジャブジャブと投入して整備されたのは施設だけでは無く、どこと取引したのだろうか資源を買い漁っての開発、装備更新という物にも及んでおり、艦娘にはランカークラスの装備がガッツリ配備され、その余剰分で民生用に開発研究したブツが更に資金を生み出すというとんでもないループが出来上がってしまっていた。

 

 

 そう、しまっていた(・・・・・・)のである。

 

 

 幾ら言質を取ってあるとは言ってもそこは軍事拠点、国防が主目的の場所で財閥クラスの資金運用と札束で頬を叩くが如き活動はシャレにならないレベルと言っても過言ではない。

 

 

「途中で資金運用の規模が想定以上の物になってしまいましたので、吉野家にお願いして屋号を借り受けまして、現在は吉野商事として一定の資金を市場に循環させております」

 

 

 没落旧家であった吉野の家を巻き込んでの一大事業、何故か年末の挨拶と称して本家から人間が来て土産を置いていったという、今まで絶縁していた家からの突然のコンタクトに首を捻っていた吉野の謎が解けた瞬間であった。

 

 その瞬間吉野の思考は停止してプルプル度が三割り増しに、同時に頭上にあるグラーフのアレが縦方向に暴れるという惨事へと発展する。

 

 

 降って沸いた惨事で吉野のSAN値はゴリゴリと削れ、この時点で平時の約半分程へと減少している。

 

 

「次に現在の艦隊状況だが、資源の供給に目処が付き、装備更新が滞りなく終了したので基礎訓練を一時凍結、全てを演習に充てた結果水雷戦隊及び他業務に就いている者以外は錬度限界に到達している、また水雷戦隊の者もリンガより帰還を果した時点で約束通りカッコカリを済ませており、現況教導に就いても支障のない程には成長を果している」

 

「……確かカッコカリした直後に演習だったと思うんだけど、アレから一週間位だから今錬度は100台前半辺りかな?」

 

 

 取り敢えず資金運用に関しては棚上げする事に決め、青い顔のまま次の話題転換を試みる吉野、髭で隠れてはいる物のその顔色はまだまだ青いままである。

 

 

「ふむ、各人に幾らかバラ付きはあるが、確か現在の平均は120台辺りではなかったかと思うのだが……叢雲殿、それで間違いはないだろうか?」

 

「そうね、筆頭は夕立の128、一番低い不知火でも119だったと思うわ」

 

「ファッ!? 一週間で30近く錬度が上がったぁ!?」

 

「うむ、カッコカリが余程嬉しかったのだろう、鬼気迫る勢いで深海組と毎日演習しているぞ、まぁモチベと体力に関しては"夜の潜り込み"で高速回復している様だから、その辺りはいい感じに回ってはいる様だがな」

 

 

 毎日深海棲艦の姫級鬼級とガチの演習をするくちくかん、そんな狂ったかの様な毎日を支えているのは"夜の潜り込み"という行為にあるという。

 

 そう言えば最近朝起きるとわんこズがポイポイとかムフーとか言ってしがみ付いて肉布団になっている事が多いなと思っていたが、それの裏にはこの様な恐ろしい事情が絡んでいると知ってしまった吉野のSAN値がさらにゴリゴリと削れていく。

 

 

「ふ……ふ~んそっかぁ、そうなんだぁ……それは何と言うかうん……余り無理はしないでねって言っといてね、いやマジデ……」

 

 

 再びプルプルが始まる上座周辺、Blueな髭眼帯と終始真顔でチチを置いているグラーフとの対比がより際立ってそこだけ異空間が広がっていく。

 

 そんな司令長官を置き去りにしたまま定例会は粛々と進んでいく。

 

 因みに多少の変化はある物の、定例会では吉野のプルプルは常態化しており、それは艦娘はおろか後ろで茶を啜る髭爺も既に見慣れた風景となっているという救いの無い物になっていたりするのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ったくよぉいつまで経っても青っちょろい顔でプルプルしやがって、いつも言ってるだろ? 上に立つモンは何があっても"良きに計らえ"ってなモンでデーンと構えてろってよぉ」

 

「いや唐沢さん、毎度毎度報告される内容がその……酷くヤバい傾向になっていっちゃっててですね……」

 

「いいんだよ、上のモンってのは何かあった時に頭を下げるのが仕事なんだ、それを繰り返してりゃ下のモンは自然と程々ってヤツを勉強する、やらせもしねぇで口先だけで教育したってどうしよーもなんねーんだよ」

 

「唐沢さん……」

 

「何でぇ」

 

「毎日札束風呂に入ってもトイレットペーパーに使える程お金が備蓄されちゃったり、そこらの戦艦とガチの殴り合いしちゃうくちくかんが着々と育っちゃったりとかが日常の鎮守府とかどうなんでしょうね……」

 

「お……おう、それはアレだ、ほら……うん……」

 

 

 目のハイライトを薄くして口からエクトプラズムと共に搾り出された吉野の言葉に髭爺もプイッと視線を逸らし、それ以上の会話が続かないというカオス。

 

 それは会話の内容がカオスなだけでは無く、この二人が休憩の為に訪れている甘味処"間宮"、現在そこは鎮守府が業務時間中であった為に二人の髭しか客は居なかったが、その片方である髭の眼帯の脇にはペットリと何かが張り付いている状況がカオス度を増大させていた。

 

 

「ところで何故マミーヤさんと春風君が左右でアーンしてるのか提督とても不思議でなりません……」

 

 

 左右で甘味処の店主と店員があーん待機している現状、真ん中で挟まれた状態の吉野は真っ直ぐ首を固定するしか回避方法が無く、哨戒に出たグラーフが居なくなった頭に揺れる物体は無くなった物の、プルプルは相変わらず続行されたままである。

 

 

「いえ、この度販路を新規開拓して頂きまして、予ねてより要望が多くても応える事が出来なかった、前線で商品の入荷を待っている娘達に甘味を届ける事が漸く出来る様になりました、今日はそのお礼も兼ねてご奉仕させて頂こうかと」

 

「司令官様、そういう訳ですのでどうかご遠慮なさらずに」

 

 

 左にはミニスカオープンバック割烹着の間宮界のドン、右には和装チャイナメイドのドリルが羊羹を構えているという必殺の布陣。

 

 因みに吉野達の座る場所は店内の隅に設置された畳敷きの小上がりで、両脇を甘味の給糧艦とくちくかんに挟まれ後ろは壁、計算され尽くされたその布陣に加え、吉野の両膝は左右からもたれ掛かっている二人の手で押さえられ"逃がさない"という意思が行動として現れているという状況。

 

 

「提督?」

 

「……ハイ」

 

「お残しは許しまへんぇ?」

 

 

 間宮界のドンと呼ばれる彼女は普段はニコニコと給仕をこなし、寛ぎの空間を演出する甘味処の主であったが、その口から京言葉が出る際は色々本気というか危険のバロメーターを示すサインとも言われている。

 

 その本気度は例の紅茶戦艦の言葉を綺麗な標準語にさせ、アホ毛の軽巡洋艦の語尾をですます調にさせる程の威力を持ち、黒髪眼鏡をして『はい』以外の言葉を言わせないという状況を作り出す。

 

 そんなある意味命の危険がデンジャーな状況にただの髭眼帯が抗える訳もなく、フラリと休憩の為に立ち寄りSAN値を回復させようとした行為がそれをマイナスへと突入させる結果となってしまうというカオスが展開されたという。

 

 

 

 取り敢えずの日常が戻ってきた大坂鎮守府、吉野自身が先を見据えて"変化"をしたにも関わらず、回りがそれ以上の変化をした為に結果として今までと立場は変わらず、相変わらずプルプル震えるという毎日を送るハメになってしまっている。

 

 

 そしてプルプル震える髭眼帯は、日課である医局への報告と診断の為に口の周りをアンコまみれにしたまま、フラフラと杖をついて遊歩道を歩いていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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