大坂鎮守府の人材確保に動く第二特務課の面々、それは急務であったが色々な問題が絡み、現場と大本営との板挟みになる吉野は相変わらず苦悶し、結果加賀がバケツ正座の刑に処される事になった。
それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。
2017/01/11
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました
「
「えぇ、一線から退いて随分経ちますが、個人で今まで細々と研究を続けていたらしいですよ」
「あれからずっとかよ、俺っちも人の事言えねぇけどそいつぁご苦労なこったな、で? 今更そんな婆さんを召還して何をさせるつもりなんでぇ」
大坂鎮守府執務室、唐沢と吉野が差し向かいで座り鎮守府運営に付いての摺り合わせを行っている。
人事関係は希望を既に上申しており連絡待ち、建造に付いては了承の返事を得ているので準備が整い次第開始を予定している。
そして人員の配置や運営に於いて暫くは外部、特に管轄海域を共にする友ヶ島警備府には一番負担を掛けるとあって、情報の共有と一時的に唐沢配下である艦隊員の一部を大坂鎮守府に配置する関係で、髭爺は暫く大坂鎮守府に詰めて指揮を執る事になっていた。
そして始まった業務、クェゼリン艦隊の受け入れを明後日に控えた現在、教導時の海域使用に於いての最終的な纏めと人員の配置を打ち合わせをする為、白と黒の髭が執務室に篭っているという中で話題に上がった人物は、まだこの場所が大阪鎮守府と呼ばれていた頃ここに居た者であるという。
「彼女の召還は電ちゃんからの希望なんですよ、これから先の研究にはどうしてもその方の力が必要だからだそうです」
「電ちゃんがかい、そうかい……んで、その婆さんは今ラボに?」
「ええ、こっちと同じくこれからの事で打ち合わせ中らしいです、一応ここの旧研究区画はまだ封鎖されたままになっていますが、彼女が着任するならその施設も開放して研究をするらしいのでそのチェックでもしているのでしょうね」
「封鎖区画ってアレか、初期に艦娘の製造研究をしていたあの……」
「そうです、何でも基礎研究を一からなぞっていく過程の研究が必要なんだそうで、その為にあそこを使うそうですよ」
「ふーん、まぁそんなこ難しい事は全然判らねぇから俺っちには関係ない話なんだけどな、それよりもボンよ、この予定表に追加されたこれは、マジなのかい?」
「はい、急に追加して申し訳無いんですが、明日のマルハチルマルマルからヒトヒトマルマルまで西側演習海域を使いますので、周辺海域の封鎖と哨戒の一部をそちらにお任せしたいんですが」
「そいつは全然構わねぇんだけどよ、この単艦演習……参加艦が叢雲と
「使用模擬弾ペイント『赤』、これは叢雲さんからの希望で
模擬弾ペイント『赤』、存在はしているが通常は申請されないと使用はされない物。
基本実弾での演習はされない現状、演習という括りで『限りなく実践を意識しての戦い』を表すそれは血の赤を彷彿させる液体が詰まった弾頭である。
充填されている色以外には特に変わった物ではないこの非致死性の弾頭は、それでも被弾した際の色が見る者に流血を彷彿させ、使用する者はより死のイメージを以って戦う覚悟を見せ付ける為の小道具とも言える。
「叢雲ちゃんがねぇ……理由は聞いてるのかい?」
「ええ、彼女は長らく教導艦として活動してきましたが、この大坂鎮守府が防衛拠点として活動を再開するにあたって戦闘艦として復帰する事にしたそうで」
「……復帰?」
「ええ、最初の五人……彼女達は唐沢さんも知っての通り、本土周辺海域奪還の為の反抗戦に於いて吹雪、電、漣が艤装の半壊によって海に出られなくなり、叢雲が一部機能損失による戦闘不能、現在は五月雨のみ継戦可能状態にあるというのは知っていますよね」
「そうだな、だから叢雲ちゃんは教導艦として軍務に就き、五月雨ちゃんは確か……支配海域を単艦にて巡回し防衛する任に就いてると……」
「サミーはまぁ何と言うかそういう建前で、実際はただ気ままに彷徨ってるだけなんですけどねぇ」
「んで、その叢雲ちゃんが復帰ってのはどういう訳なんでぇ」
「公式には彼女の状態は艤装の機能喪失による戦闘不能状態としてありますが、実際はちょっとした事情で艤装に封印がされてまして、妖精さんが眠った状態にされているだけなんですよ」
「あん? 何でまたそんなややこしい事を……」
「実は……」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「あれから20年以上も放置されてた施設の割には信じられない程に綺麗な状態じゃないか、手入はお前が?」
「いえ、電はここに資料を取りに来る以外は出入りしてなかったです、これは妖精さんがずっとお手入れをしてくれていたお陰なのです」
「Fairyが?」
「はいなのです」
「ふーん、何なのかねぇアイツらは、本当に考えが読めんやつらだな、まぁいい、これだけ状態がいいならすぐにでも研究が始められる」
「そうですか、それは良かったのです、それで
「ああ、叢雲の件だったか、機器のチェックは必要だが、その辺りに問題が無かったらいつでも始められるぞ、しかしいいのか? アイツはまだ……」
「はい、それは重々承知しているのです、それでも叢雲ちゃんは
大坂鎮守府地下研究区画、階層で言えば地下四階から五階という司令部施設よりも尚深い位置に存在するそのエリア。
そこは
平時に於いては最初の五人という存在をサポートし、その中で得られた情報をフィードバック、それを以って人の手で艦娘という存在を作り上げる為に数々の研究が行われてきた。
そのプロジェクトは結論から言ってしまうと、艦娘の建造には人の手が及ばないオカルト的要素と、妖精という存在が必要不可欠という事が判明した為失敗した形になってはいるが、その研究からは副次的に入渠システムや高速修復剤等の物が生み出される事となり、現在の艦娘運用には不可欠な数々の技術を確立したと言う点に於いては一定の評価がなされていた。
そしてこの研究ラボは当初各専門分野を幾つも内包した機関として運用されてきたが、横の繋がりが皆無な組織はこれといった成果を上げる事が出来ず、後に軍のテコ入れが行われ、全ての部門を一括管理して総合的な研究プロジェクトを立ち上げる形で再編される。
初代プロジェクトリーダーは医療研究者であった
元々は桔梗と同じく医療研究畑の人間であったが、深海棲艦が世に出現してからはその系統を扱う研究者として活動、後に軍からの協力依頼を受けて大阪鎮守府で行われていたプロジェクトに合流し、桔梗亡き後のプロジェクトを牽引して数々の技術を軍にもたらした。
その後日本の近海が開放され研究施設が大本営に移動、その時点で天草は退任し在野の研究機関へ下り、プロジェクト自体は解体されたが、研究の系譜は大本営医療研究組織として細分化され、今も技術研や医局という形で活動を続けている。
「それにしてもびっくりしたのです、先生がご存命なのは知ってはいたのですが……」
「ああ
「ご自分の体を使って、ですか」
「やりたい事を続けるにはそれなりのリスクを背負うのは当然さね、お陰で体の半分は作り物になっちまったけど、ほら、免疫システムが艦娘のそれと入れ替わったから見た目の歳を食う事がなくなってね、ず~っとピチピチオネーサンのまんまさ」
「はいなのです、昔見た……あの頃の先生のままなのです」
「いつまで生きられるか判んないのがネックだけど、まぁそんなのは正直ど~でもいいわ、私は研究さえ続けていられりゃそれでいい」
ラボに置かれた数々の機器をチェックする白衣の研究者、電の前に居る艦娘研究の礎を築いたという女は、吉野と歳がそう変わらない見た目のまま歳月を延々と重ねてきたのだという。
研究という狂気に憑かれ、『人を捨てた成れの果て』と己を称する医療研究者、この人物こそ桔梗が没した後吉野を匿い、後に吉野家に渡りをつけた人物であった。
「そんで? 叢雲の中に眠っているFairyを起こすのはいいんだけどあれから何の処置もしていないんだろう? そのままだとコアが臨界してお前達と同じになっちまうんじゃないのかい?」
「……その辺り、先生の研究でどうにかなる物は無いでしょうか?」
「残念ながら無い、あれから色々とやってきちゃいるけど、私は今もあの頃と同じ、お前達の事をなーんも理解出来ないまんま無駄に時間だけを浪費してきただけだった……で? お前こそ桔梗の研究を継いだんだろう? そっちは何か進展があったのかい?」
「細かい補完は完了出来ましたが……まだ基礎研究の域を出ないままなのです」
「ふぅん? 聞くとこによっちゃ大本営の技研は随分と真理に近づいたって聞いちゃいるんだけどねぇ」
「確かに手段も設備も全部フリーなあっちの方が研究は進むと思うのです、それでも先生は関わるつもりは無いのですよね?」
「当然、流石の私もあんなキ○ガイ連中とつるむのはご免さね、アイツらのやり方はスマートじゃない、やってて楽しくないんだよ」
「本当に、先生は相変わらずなのです」
苦笑を浮かべ電が見る前では、在りし日の、まだ己が海で戦ってた頃に見た人物があの頃と同じ姿でラボに存在している。
昔に戻ったかの様な錯覚、それに高揚する部分もあるにはあったが、それ以上に期待していたささやかな希望も無い現状に気分が重くなり、自然と表情が暗くなる、研究という極める行為に於いてモラルという物は最も邪魔になる存在ではあったが、それを捨てた後に残るのは犠牲の山の上に積み上げた結果でしか無く、それは電の目指す『全てを救済する』という生き方と反する行いであった。
理想と現実。
電は理想を追う形で道を歩み大本営の技研より研究が遅れ、現実に一歩踏み込んだ天草は自分を生贄にした。
どちらの道も茨で、研究者でありながら非生産的な生き様、そんな不器用な者達が、たった二人で白衣を身に纏い大坂鎮守府でスタートを切る道を選んだ。
「まぁ何にしても叢雲がもしもの場合は私が処置する事になるんだろ? その為に呼んだんじゃないのかい?」
「そうですね、そうなった場合はお願いしてもいいでしょうか?」
「何もわざわざそうまでしてアイツは何がしたいのやら」
「……踏ん切りが付いてないんだと思うのです、終わってない、その手前のまま時間が止まってると叢雲ちゃんは言ってました」
「終わってない?」
「はいなのです、三郎ちゃん達が前に進んでいるのに自分だけが宙ぶらりんなのが我慢出来ないんじゃないかと……」
「三郎…… ああ
「はい、今はお髭の中将さんなのです」
「アレが髭とか大草原不可避だわ、桔梗が聞いたら泣くぞ? マジで」
「そう言えば先生はまだ会って無いのですか?」
「ああそう言や挨拶に行くのすっかり忘れてたわ、なぁ電、今からちょっくら顔見に行くから付き合いなよ」
「別に構わないのですが、こっちの準備は……」
「終わった、天才科学者に隙は無い」
「なのですか、判りました、ご案内するのです」
一通りチェックを終えた白衣の女は、切れ長の目を細めてにんまりとした笑みを表に貼り付ける。
そして電を伴って、可能な限り明るくなる様設計された近未来的な廊下を執務棟へ、白衣を
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「うわ、マジで髭になってる、ないわー、何であのチビがこんな短期間で髭のジジイになってるんだ? あん?」
「んだよお前ぇは、俺っちに何か文句でもあんのかい」
「文句でもあんのかいとかナニソレ、アンタは私の子供みたいなモンなんだよ? カーチャンにそんな口聞いてもいいと思ってんのかい?」
「先生……」
髭コンビが詰めていた執務室に白衣の女が乱入し、いきなり髭爺に絡み始める。
その後ろでは苦笑いの電と、その様を怪訝な表情で眺めるという吉野という訳の判らない
更にその様を茶を運んでいた時雨と
「……電ちゃん、こちらは?」
「天草博士なのです」
「……マジで? いやそれにしてはお若いと言うか……」
「ふむ、こっちの髭は中々白いのより社交性がありそうだな、私は天草早苗、今日からラボで世話になる事になった天才科学者だ、ちなみに歳はピチピチの54歳」
「ピチピチて……54歳て……」
「世の中にはロリババアと言う者が居るんだから、ピチピチの淑女ババアというジャンルがあっても良とは思わないか? うん?」
「おい電ちゃん…… この訳の判らない女がマジで?」
「だからお前、おい三郎、何偉そうにふんぞり返ってるんだ、もっとこう、ママンに甘える感じのこう……ほら、な? あるだろ?」
「いやあの天草博士、自分が吉野三郎なのですが……」
「うん、知ってた」
散々狼藉を働いた自称天才博士は何が楽しいのかゲラゲラと笑って髭眼帯の横にドカリと腰掛ける。
そして謂れの無い煽りを食らった髭爺と怪訝な表情の吉野に『よろしくなっ』と軽い挨拶をぶち撒けた後、時雨が運んできた髭爺の茶を横から掻っ攫って何事も無かったかの様に啜り始める。
「えっと天草さん」
「何だいベイビー、ママンに何か聞きたいことがあんのかい?」
「ベイビーて……」
「ああ、私はアンタのオシメを換えた事もあるし、桔梗が修羅場モードに入ってる時はずっと世話を押し付けられてたんだ、母親じゃ無いにしてもママンみたいなモンじゃないか、おん?」
「何その暴論…… てか、随分とその見た目が……」
「ああこれ? ふふん知りたい? まぁ説明すんのも面倒だからそこは察しろ、しっかしマジで髭なんだなお前……線の細さは母親譲りだけど、そのツラは父親そっくりだわ」
「えっと、電ちゃんちょっと……」
「無理なのです、流れに身を任せるしかないのです」
結局白衣の暴君はその後茶菓子を食い荒らし、やりたい放題やった後『満足した、帰るわ』と一言残して執務室を後にする。
その間は殆ど会話にならず、一方的にいじられた髭眼帯と、途中から置物扱いにされたままの髭爺が取り残されるという蹂躙され尽くされた執務室が後に残される。
そして茶菓子が食い荒らされたテーブルの上には着任の際提出される書類が一枚残され、そこには確かに昔この大坂鎮守府に所属していた研究者の名前と、それに重なる様に大本営の朱印が押されているのが見えていた。
「アレが天草ハカセかい、会った事は一度も無かったが……昔聞いてた噂通りのイロモンだわありゃ」
「昔の噂ですか?」
「ああ、ラボに居るヤツらは揃いも揃ってやりたい放題のボンクラだっつってな、特に責任者の一之瀬博士と天草博士って言やぁ司令長官もコントロール出来ねぇコンビだってのは常々な……で、ボンよ」
「何です?」
「一之瀬博士の息子……って事ぁ、アンタあの一之瀬分隊長の息子さんだったんだな」
「……父をご存知で?」
「まあな、俺っちらは自衛隊上がりの警備兵だったがよ、一之瀬分隊長が居た隊は深海棲艦との戦闘に志願した海兵隊だったから、まぁ色々とよ……」
「海兵隊……自分は基地の警備隊所属と聞いてましたが」
「所属は大阪鎮守府の警備隊って事になってたが、あの人らは紀伊水道から上がってくる深海棲艦を迎え撃つのが仕事だったんだよ」
「なる程」
「しっかし電ちゃんとかと繋がりがあるからここの関係者なんじゃねぇかってのは常々思ってたが、まさかあの一之瀬分隊長んとこのボンだったとはなぁ、つくづく因果なモンだぜ」
「自分にはその当時の記憶はありませんから、関係者という言い方はちょっと」
「そっかぁ、まぁそんな事は関係無いんだけどよ……いや、ボンがそう言うならまぁいいか、そんで明日の演習はマルハチマルマルからだったよな?」
「はい、それで調整をお願いします」
「おう了解したぜ、それとその演習なんだがな、俺っちも見学させて貰ってもいいかい?」
「構いませんが……それじゃ今日はこっちにお泊まりで?」
「そうさなぁ、面倒だからそうさせて貰おうか」
二人の髭が打ち合わせを終えたその時、紀伊半島沖から北上し、真っ直ぐ大坂鎮守府を目指す存在があった。
その存在は軍の強固な本土防衛網にも掛からず、潜行している訳でも無いのに、見逃す筈の無い距離に居た
そしてゆるゆると進むそれは翌朝、叢雲が望んで行われた演習の最中大坂鎮守府へ辿り付く事になる。
そんな色々が交錯する演習、それに関わった者は『最初の五人』と呼ばれた彼女達が特別と言われてきた理由、そして彼女達が背負ってきた物が何なのかという事を知る事になる。
誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。
それではどうか宜しくお願い致します。