大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 紆余曲折を経て開始された大坂鎮守府での教導任務、その最初に携わった教える側と教わる側の日常。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/10/09
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、拓摩様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました


グラ子とプリケツと青い液体

 人が集えば縁が結ばれる、数が増せば何らかの形で集団が形成される。

 

 一人二人では個々の繋がり程度であったそれは、数の桁が増えれば細分化され、グループという集いが自然と形成されるのが常である。

 

 大坂鎮守府でもそれはあり、艦種としての集いもあれば、趣味嗜好を元とした物であったりと何かを基点としたグループが幾らか存在する様になった。

 

 

 そんな色々な輪が出来上がりつつあるこの場所に新たな一派が誕生する、そんな切欠が遥か異国より(もたら)された。

 

 

「Guten Morgen! 私は、重巡プリンツ・オイゲン。よろしくね!」

 

「ドイツ海軍所属……でした、潜水艦U-511です。ユーとお呼びください。少し遠出してきました。よろしくお願い致します……。」

 

 

 ドイツより送られてきた二人の艦娘、プリンツ・オイゲンとU-511ことゆーちゃん。

 

 執務室ではこの二人が執務机の前に並び着任の挨拶を述べ、それに対して吉野が答礼を述べている所であった。

 

 

「自分が当鎮守府司令長官を勤める吉野三郎です、遠路遥々ようこそ、我々は貴官達を歓迎します」

 

 

 にこやかに挨拶を交わし、吉野は必要書類を片手に二人を応接ソファーへと誘い着任後の打ち合わせに移る。

 

 そこには既に彼女達の世話役として呼んでおいた龍驤が待機しており、吉野はその隣に、対面にドイツから来た二人が座る形で話し合いが始められる。

 

 テーブルに着く四人の表情は判を押した様な笑顔であったが、この異動人事に於いては様々な歓迎されざる思惑が絡み、また事前に得ていた情報でも少なからず懸案するべき物が確認されていた為に吉野と龍驤の内心は警戒を含む物になっていた。

 

 

 先ずプリンツ・オイゲンという艦娘、彼女はドイツに於いて戦力基盤軍直下の艦隊に属し、建造後は近海の哨戒を始め、三年程同盟国に向けての派遣艦隊に所属した後本国に戻され、最終的には北海の防衛の要となった艦隊で活躍していた猛者とも言える者であった。

 

 更に任務の中心は戦闘に携わる物が中心であったが、ドイツが接触した深海棲艦との関わりが深いらしく、その辺りの情報もドイツより寄越されてはいたが、その多くは秘匿事項として連邦政府側からは開示されていない。

 

 次にゆーちゃん、彼女も建造されてからこの異動人事が発令されるまでNATO派遣艦隊所属という経歴を持つ猛者であったが、軍の意向で『未改装状態での限界値の確認』という実験的任務に就いていた関係により呂号としての改装を受けずに錬度限界までに至っていた。

 

 また、あくまで要望という形ではあったが、ドイツより彼女は呂号として改装せず任に宛て、深海棲艦との戦闘記録もその状態で回収して欲しいという条件の下供与されている。

 

 

 供与という言葉を意味のまま受け取れば、相手が欲する物品、または利益などを与える事という物になり、彼女達はドイツから派遣された物では無く大坂鎮守府に譲渡された存在という事になる。

 

 その辺りの確認も済んでおり、この二人はドイツより大坂鎮守府へ譲渡したという事で間違いないという返答も得てはいた。

 

 

 しかし前任に関わる情報、特に深海棲艦に携わる者とヨーロッパの防衛に関わる機密情報を握る人員を送るというドイツの真意が読めない吉野は、現在この二人の扱いについてどうするか悩んでいるという状況であった。

 

 

「空港島を流用した軍事拠点と聞いてはいたんですけど……これ程整っているとは思わなかったです、もっとこう……無人島に雑多な施設が寄せてる様なのを想像してましたから」

 

「まぁヨーロッパからしてみれば、一般的に日本はまだ未開な部分があるみたいな印象があるみたいだからねぇ」

 

「はい、イメージ的には産業革命当時のヨーロッパ辺りの印象が強い感じです、でもここまで近代化してるとなると……色々聞かされた話は真面目な事なんだなぁって認識を改めないと……」

 

「色々聞かされた?」

 

「はい、私がこちらに異動する際事前に言われたのは、こちらの基地司令長官は情報戦に長けた将校なので私が知る情報は黙ってても洩れる事になるだろう、だから聞かれたら秘匿せず持っている情報を伝えても構わないと」

 

「……え」

 

「私が知る秘匿事項をお伝えして良いって聞いてます、なので聞きたい事があればお伝えしますよ? でもお伝えするのは聞かれた事だけです」

 

 

 にこやかにそう告げるドイツから来た重巡洋艦、彼女の言う事が本当ならば現在のドイツだけでは無く、ヨーロッパに於ける未公開の軍事情報が無償で手に入るという事になる。

 

 それは同盟国であっても漏らす事が無い内情を含む事になり、取り扱いによっては国益に大きく影響を及ぼす爆弾とも成り得ない。

 

 

 その話を聞き吉野の顔は険しい物となる。

 

 情報はこの髭眼帯にとっては武器となり、もっとも欲する物でもある、そしてその重要性を知る物にとって情報とは武器であると共に己を殺す爆弾である事も知っている。

 

 

 このプリンツという艦娘が大坂鎮守府へ着任したという事実、プリンツが着任した時点で吉野が知ろうとしなくてもドイツからしてみれば、国家機密をこの大坂鎮守府の司令長官へ受け渡したという既成事実が成立する。

 

 それが国に渡れば当然ドイツ側には大きな損失と成り得る物であるのは確実であるが、情報という物の本質を重要視しない者にとっての思考は普通ここで停止する。

 

 しかしその先を考えるとどうなるか、プリンツから得た情報を軍や国へ流し何かしらの動きがあったとしよう、当然それはドイツやヨーロッパに対する物なのでかの国には情報がどこから洩れたか一目瞭然の状態となる。

 

 そしてどんな状態に変化しても現在の世情では日本という国とヨーロッパ諸国との関係は切れる事が無い、よって渡した情報を無下に扱った場合の報復という物は大なり小なり吉野自身へ降り掛かってくる事になるだろう。

 

 

 またこのプリンツという艦娘がそれなりの情報を持つという予想は当然ながら軍部は元より、国の方も知っている筈である、その情報を欲する機関も確実に存在する。

 

 その方面に対しての防諜も考慮した場合、例え吉野自身の権限で手配したとあっても限界はあり、恐らくは良くない結末を迎えるのは想像に難くない。

 

 

 得た情報を流せば身の破滅、触らないという放置はドイツには通用しない、守勢に回るにもドイツと軍の二面相手には手勢が足りないという、八方塞りのこの状況を打開する唯一の出立て、それは──

 

 

「それって、情報という爆弾を送りつけ、自分をドイツ側に取り込むという事かなぁ……」

 

「本国側もスパイとまでは考えて無いと思いますよ? ドイツと日本、双方側に過不足無く満足する物を流していればどちら側からも重宝されると思いますし」

 

 

 中将という立場であり、国政にも少なからずパイプを確立しつつある吉野という人物、ここにドイツという国は楔を打つ行動に出る。

 

 保身という面で言えば一方に傾けば必ずどちらからの報復は(こうむ)る為、どちら側からもそれなりの信頼を勝ち取り、敵でも味方でもないバランスの取れた立ち位置を維持する、それが現況最も吉野が取れる安全策とも言える。

 

 双方に情報を流し、その対価に双方からの保護も得るというバランス、それはプリンツが否定しても世間では二重スパイと呼ばれる物に他ならない。

 

 

「なる程、自分がその立ち位置に留まった場合、軍部での立場は常に限られた行動しか取れなくなるから派閥としての席は一つ減る、だから艦隊本部もこの人事についてはスルーしたって訳か」

 

 

 国同士の道具となる吉野は言い換えれば軍部からは手が出せない存在となるが、同時に吉野から自由を奪う事になる、言い換えれば大隅側の力を削ぎ、現在拮抗している派閥間のバランスを艦隊本部側へと傾ける事にもなる。

 

 ここに於いても複雑な関係性と事情が絡み、またしても吉野には選択権の無い問題が降り掛かる。

 

 

「色々事前に説明する事を頭の中で整理してきたんですけど、その説明とか殆どが不要の様ですね」

 

「……君は随分と嬉しそうだねぇ」

 

「はい、これから自分のAdmiralとなる人が有能な人と判りましたから」

 

 

 幼さの残るその笑顔は歳相応の物に見えてはいるが、その中身は間違いなく狡猾という物を含んでいる。

 

 その笑顔を見ながら吉野は現状得た情報を並べ、頭の中でそれをフル回転させて組み立てていく、足し算引き算を繰り返し、不要な答えを削って自分が望む答えにするにはどうすれば良いかの公式を模索する。

 

 

「ん~ 君から色々話を聞いたとして、そのドイツとの橋渡しというか窓口は君になるのかな?」

 

「吉野中将がそれを望むなら取り敢えず私から本国へ渡りを付けて、その後はそちらが直接という形になると思います」

 

「その連絡って何か特殊な機器を使ったり、誰かを通じて知らせたりしちゃう訳?」

 

「いえ、こちらの通信機器をお借りして普通にむこうの部署に連絡するだけですけど……」

 

「ああそうなんだぁ、それなら早速渡りを付けて貰おうかな」

 

 

 出る杭は打たれる、そして個人の範疇を超えた場に立ち続ければいつかはそれを越える存在に淘汰される、それは備えという物を徹底していても不可避という理不尽。

 

 国内情勢が不安な時期より戦い続け、目的を外れた日々に翻弄され続けていたプリンツという少女は判っていた、軍という組織や国という物と直に関われば、個という存在は組織を維持するだけの部品と成り下がる事を。

 

 この将校は頭も切れるし艦娘に対しても真摯に接しているようだ、それが故に力を得て軍の中で力を付けたのだろう、しかし悲しいかなその為に巨大な波に飲み込まれ、命を担保に生きる筋を握られる事になった。

 

 こんな国同士の(はかりごと)に巻き込まれれば個人ではどうにもならない、反抗したとしても何も得る物は無い、二重スパイという立場は軍属として恥ずべき存在かも知れないが、現状を鑑みればこの男がその話を受け入れたとしても責められるものでは無いだろう。

 

 

 事前に予定していた行動に移る為にプリンツは通信設備がある場所へと案内して貰おうと立ち上がろうとする、しかしそれに待ったを掛ける髭で眼帯の司令長官。

 

 

「えっとプリンツ君」

 

「えっ、何ですか? 何かご不明な点が?」

 

「いやいや、えっと君は日本語の読み書きは」

 

「あ、はいそれは大丈夫ですけど」

 

「そんじゃ……ちょっと待ってね」

 

 

 怪訝な表情のプリンツの前では吉野がメモに何かを書き始め、はいとそれを差し出した、そこに書かれていた内容とは、プリンツとゆーの供与に対する礼の言葉と、これ以降の連絡はこちらへと指定した名称と電話番号が書かれた物。

 

 

「吉野中将……」

 

「そんじゃそれでお願い」

 

「いえこれは……」

 

 

 吉野が先方からの連絡先として指定してきたのは、海軍大本営艦隊本部という名称とそこの代表電話番号。

 

 

「何か色々無茶振りされそうだし、お話関係は自分じゃ荷が勝ち過ぎてる感じだから以降はそっちとお話してって伝えてくんない?」

 

 

 ドイツからの意向を無視し、更に以降の連絡先として軍の窓口である部署を指定する、それは紛れも無く持ち掛けられた話への拒絶、ともすれば敵対すると取られてもおかしくは無い内容。

 

 そのメモを見つつも特に顔色一つ変えず、このドイツより来た艦娘は髭眼帯を見る、裏の事情は双方理解している物の交わした言葉の数は少なく、恐らく同席している龍驤には意味の半分も理解出来ない状態であった為、この場での会話は終始二人だけの物になっている。

 

 

「本国へ伝える内容は本当にこれでいいんですか?」

 

「ああ、それでお願いします、そんじゃこの後はここに居る龍驤君の案内に従って施設内の案内やら各所の者へ面通しして貰う事になるからよろしくね、そんじゃ龍驤君、後は頼んだよ」

 

 

 龍驤に連れられ執務室を後にするドイツ艦娘二人、色々な(はかりごと)にやれやれと伸びをしつつ、吉野は再び執務机に座り直した辺りで声を掛けられ、何事と声の主を確認すれば、扉から半身だけを出し笑顔でこちらに手を振るプリンツの姿。

 

 

「ん? どしたの?」

 

「いえ、その……改めまして、これから宜しくお願いしますねAdmiral」

 

 

 その一言だけ口にすると、返事も聞かずに扉は閉まる。

 

 こうして諸々の折衝を経てドイツから来た重巡洋艦は大坂鎮守府にて新たな任に就く事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……なぁプリンツ、今執務室で話してた件、良かったら詳しく聞かせて貰ってもええやろか」

 

 

 執務室を後にする龍驤は努めてゆっくりと歩きながら、今さっきまで執務室で吉野とプリンツが話していた事を確認する為に問い掛ける。

 

 着任の挨拶にしては雰囲気が重く、また少ないやり取りの中には機密情報の取り扱いについてと思われる話やスパイという単語が出ており、更に何かを思案していた髭眼帯の表情は平時には見せない難しい物を含んでいた。

 

 まだ一年程しか付き合いが無い龍驤であったが、彼女が知る限り吉野が周りを放置しつつあの手の表情で長考に入るのは余程の時のみと知っている。

 

 

 それに対しプリンツは隠す事無く会話の裏にあった状況や意図を龍驤に説明し、これからその処理をする為ドイツへ連絡を取ると口にする。

 

 みるみる表情が険しくなる龍驤、プリンツの言葉が本当なら今吉野は国家間の事情に巻き込まれて相当不味い立場になっており、これからこのプリンツがドイツに連絡を入れた時点でその厄介事が確定するという事になる。

 

 敵意半分を滲ませて隣を歩くブロンドのツインテを睨み、何かを口にしようとした龍驤に対し、何故か嬉しそうな笑顔で実はと言葉を繋げて話を遮るプリンツ。

 

 

「私の持ってる情報って前線関係の物が多くて、知られちゃってもあんまり重要な物は無いのよね~ 秘匿事項も確かにあるけど、本国を出る時特に口止めはされなかったしぃ」

 

「……は? 特に重要やないて、え? 何? どういう事なん?」

 

「ん~ 何から説明したらいいのかなぁ、取り敢えず今ドイツがAdmiralに掛けてる圧力ってそう長くは続かないっていうか」

 

 

 プリンツとゆーが所属していた艦隊は、北海を守護する主要艦隊であった物の、ドイツ国内では最近まで連邦評議会とは特に関係が悪い立場にあったのだという。

 

 今回、この人事が持ち上がった際、本来ならまだ戦闘経験が少ない艦が軍から選抜され決定していた、しかしその後何を如何したのか軍と連邦評議会との話し合いが持たれ調整された結果、異動人事はこのプリンツとゆーに変更された。

 

 それは元々連邦評議会と折り合いが悪い軍部の筆頭であるプリンツの上司に対するあてつけ人事に他ならなかった。

 

 

 そんな理不尽であったが正当な理由で発令された人事にどうする事も出来ず、結果プリンツの上司は己で出来る範囲で一矢報いる企みを巡らした。

 

 

 それは本来この様な経験を積んだ艦娘を他所へ異動する際情報が洩れても問題が無い部署を選択して送り出す物であったが、今回はその情報が洩れると不味い先への転任が選択された。

 

 この様な場合、通常なら艦娘側に情報を渡さぬ様硬く口止めをした上で、ドイツでは薬品や外科処置によってその部分をどうにかするのが普通である、その様々な手続きや処置は軍が行うのが普通であり、連邦評議会からその辺りの事で特に指定する事は無い、言ってしまえばそれは常識的な手続きでもあった。

 

 しかしプリンツが送り出される際、この指揮官は『その辺りの処置に付いて、連邦評議会側から特に指定が無かった』と詭弁を弄し、そのままこの艦娘を送り出してしまった。

 

 しかもその情報の取り扱いに付いて、もし聞かれれば彼女の判断でそれは伝えても良いという許可まで与えて。

 

 

「ちょっ!? 何か色々ややこしーて話に付いてけんのやけど、結局司令に言うた二重スパイの件ってブラフなん?」

 

「ん~? ブラフって言うか私から抜いた情報を漏洩したら国際問題になっちゃうのは間違い無いかなぁ?」

 

「アカンやん!? 結局むっちゃヤバイ話やんか」

 

「そ~でもないよぉ、情報を外部に漏らさなきゃいい訳だし、それがドイツに伝わらなかったら問題なんか無いじゃない?」

 

 

 にこやかにそう応える金髪ツインテに、結局それって無理なんちゃうんかと言う渋い顔の龍驤、それに対しプリンツは話の種明かしに入る。

 

 

「今回の件って軍部の限られた部署がやった事だから、私が着任した後情報漏洩が元って判る動きが無いなら取り敢えず問題無いよぉ? 軍部が勝手にやっちゃった事だから、Admiralが何も反応見せなかったら連邦評議会はずっとこの事知らないままだしね」

 

「いやそもそもその状態でずっといられる保障は無いやろ? そんなん周りにバレたらシャレならんって」

 

「私の知ってる事ってさっき言ったけど前線関係の事が多いし、今の時期ってヨーロッパ連合の件で色々流動的だから……情報の有用性はせいぜい二~三ヶ月程度なんじゃないかなぁ、それを過ぎちゃえば私の知ってる事なんて何も価値が無くなっちゃうし」

 

「……アンタの話がホンマやとして、もしウチの司令がそのブラフに乗っとったらどうするつもりやったんや」

 

「その時はそのまま本国に連絡して軍部の情報源になってただけだよ、私は情報伝達と嫌がらせの道具として国の事情に使われただけ、その役目が終わったら無用の存在だからここで生きていくしか無いしね」

 

 

 龍驤には言っていなかったが、この異動人事でプリンツを送り出す際彼女の上司はある事をプリンツへ言い含めていた。

 

 国が決めた事(ゆえ)に己ではどうにもならないという詫び、そして送り出す先の彼女の主になる人物が聞いた事の無い人物であった為の(はかりごと)

 

 

 もし無能な者であれば彼女(プリンツ)をドイツに紐付けしたまま安全を確保しつつ、己達(ドイツ海軍)の傀儡にすればいい。

 

 事の真意を理解しつつも彼女を無下に扱う、つまり情報源としてのみ利用した場合彼女には良からぬ結果が待ち受けるであろう、その際は当然情報が利用され彼らの知る処になる、その際は報復を以って対処する。

 

 しかしその(いず)れでもない、情報を流すと伝えてもそれを利用しようとしない人物が彼女の指揮官になる者であったなら。

 

 

『もし向こうの指揮官がお前から情報を一切抜かない人物だったら安心するといい、真意を知った上でそうする人物ならきっとお前を大切にしてくれるだろう』

 

 

 情報の賞味期限はせいぜい三ヶ月、それを過ぎればプリンツの価値はただの重巡洋艦となる、吉野はその間沈黙し、自軍内関係各所の動きを牽制すれば良いだけの事。

 

 それの答えがプリンツに渡したメモ、『そういう事は組織間でやれ』という嫌味を含めた、彼女の身柄を保証した彼女の元指揮官に宛てた返答であった。

 

 

 こうしてプリンツ・オイゲンは無事着任を果たした報告と、髭の眼帯がどういう人物かを元指揮官へと伝え、漸く口にする事になった"本当の別れの言葉"を長年仕えた主に伝えるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……ねぇ龍驤君」

 

「なぁに司令官?」

 

「えっとその、アレ……何事?」

 

 

 着任したドイツ娘二人の面通しと案内が取り敢えず終了した後、時間はヒトフタサンマル、場所は居酒屋鳳翔、諸事を終えて龍驤は二人を連れて異次元居酒屋へ昼食を採りに来ていた。

 

 現在はクェゼリンからの教導受け入れをしている為昼食時の間宮は色々ごった返している、その為ゆったり食事をしつつも腰を落ち着けて話をする為にこの居酒屋へ連れてきたのである。

 

 昼食会には時間が取れた吉野も誘い、更にグラーフも合流させ、この食事の時間は龍驤の気遣いで和やかな物になる筈であった。

 

 

 そんな気遣うまな板の向こう、カウンターに座るグラ子を中心にした三人を見て髭眼帯は怪訝な表情でドイツ三人娘を眺めている。

 

 

「ここは居酒屋ではあるが、事前に話を通しておけばどんな料理も作ってくれる、お前達もドイツの味が恋しくなったら利用するといい」

 

「ア、ハイ」

 

 

 鳳翔と言えば和食というイメージがあるが、大戦期の艦では和洋中どの様な料理でも作れる料理人を抱え、さらにその腕前は相当の物であったという。

 

 その為鳳翔は周りの好事に合わせ、材料と時間が許せば大抵の料理を出すという者が多いという。

 

 ここの女将もそんな人物であり、事前にグラーフから頼まれて用意した料理は、黒パンを添えたブルスト(ソーセージ)の盛り合わせや定番のザワークラウト、山盛りのポテトサラダにグラーシュ(ドイツ風パスタ)等、カウンターには様々なドイツ料理が山盛りになっていた。

 

 

「どうした、食が進んでない様だが嫌いな物でもあったか?」

 

「イエ、メッソウモナイ……」

 

 

 モシャモシャとグラーシュをほおばるグラ子の隣では、血の気が引き、隣でモシャっているバインバインのグラ子と同じ顔色になってしまったプリンツがカタカタ震えるという珍妙な絵面(えづら)が展開されている。

 

 それは山盛りの料理を口にし、Lecker(おいしい)と呟きつつも笑顔であるゆーちゃんとの反応がまるで逆という状況も相まって余計に異様な風景に見える。

 

 

「プリンツくん、何か怯えてる様に見えるんだけど……」

 

「あ~ アレなぁ、何かグラ子ってドイツに()った頃て相当ぶいぶいイワしてたらしーてな」

 

「ぶいぶい?」

 

「プリンツの言う事がホンマやったら、目ぇ()うただけで命がヤバいとか、魂が吸われるとかなんとか……」

 

「え~ なぁにそれぇ?」

 

 

 海軍ではサイコパスと言われボッチだったバインバイン空母、彼女がドイツで活躍していた頃はならず者の坩堝と言われていた治安維持部隊の中にあって、グラーフという艦娘はその者達からですら恐怖の対象であったのだという。

 

 今でこそ社交性を備え、吉野の傍である意味緩いプライベートに浸る事で随分と丸くなった彼女は、今でもドイツではDämon()Vampir(吸血鬼)と呼ばれ恐れられているらしい。

 

 

 急な人事異動でドイツから来たプリンツは大坂鎮守府の事を詳細に調べる暇も無く、取り敢えずザックりとした情報しか得ていなかった。

 

 色々諸々の着任であった物の、蓋を開けてみれば想定していた中で一番彼女の望んだ結果を得て、明るい未来にルンルン気分で新たな任地を見て回るプリケツ。

 

 

 そんな時に世話役であるチンチクリンから引き合わされた人物、それは自分と同じ国出身の正規空母。

 

 プリンツの記憶が確かならグラーフという艦娘は日本では建造不可であり、ドイツから送られた者しか存在しない艦娘である、首を捻りつつも互いに自己紹介を済ませる居酒屋のカウンター。

 

 そんな状態で居酒屋で開かれたお食事会は、彼女にとって地獄の始まりであった。

 

 

「鳳翔、済まないがこの二人にもアレを」

 

 

 グラ子がそう言うと、にこやかなオカンがカウンターに出す瓶の飲料。

 

 青い色をしたその瓶には神秘的なロゴの配置でこう記されている、『ファイナルファンタジーXIIポーション』と。

 

 

 それはサントリーが某大手ゲームメーカーとのコラボで生産し、限定販売として全国へ出荷してしまった清涼飲料水。

 

 レギュラーボトルは何の変哲も無い瓶であるが、プレミアムと称される類の物は上品な香水瓶と見紛うかの如き造詣をしており、人気を博したゲームイメージと相まって購買意欲を掻き立てる出来になっていた。

 

 そんなポーションというアイテムの名を冠した青い液体は、メリッサ、エルダー、カモミールを始めとするオシャレちっくな10種類にも及ぶハーブを混入させた清涼飲料水。

 

 テイストはスポーツドリンクに子供用風邪薬を混入し、青色にしたという液体。

 

 ゲーム内では体力回復の為に飲む物であった筈が、モニターから飛び出した途端飲むと体力がゴリゴリと削ってしまうブツに変貌してまった、そんなブツがファイナルファンタジーXIIポーション。

 

 グラーフ的には同郷の者へ色々気遣っての事か、プレミアムタイプの瓶を用意してそれを二人へ渡す、話としては心温まるハートフルストーリーであるのだろうが、端から見ればそれは育毛剤か化粧品の瓶を手渡し、恐怖でガタガタ震える者に鬼が無理矢理飲めと強要している風にしか見えないという、とても悲しい風景がそこにあった。

 

 

 普通ならそんな珍妙かつ怪しい色の瓶飲料など口にしないであろうプリンツであったが、目の前に居るのは伝説のサイコパス空母である、判断力が恐怖で麻痺し、言われるがまま何の抵抗も無くポーションをゴクゴクと喉に流し込む。

 

 

 人工甘味料を前面に押し出した不自然な甘さ、飲料に混入されるには壊滅的に不向きなハーブの臭気、そしてそれらが相まって発生してしまう薬品然とした風味。

 

 ギリ飲めなくは無い、しかし絶対飲みたくない、事前に理解していれば耐えられるかも知れない毒テイストは、事前の覚悟無しでゴクゴクしてしまうと間違い無くテイストしちゃった者の心を折ってしまうのは確実な青い液体。

 

 

「ハプァ!? ゲッフゲフ!? こ……これ、何……ですか?」

 

「む? ポーションだが?」

 

 

 嘘は言っていない、確かにそれはポーションである。

 

 しかしドイツから来た者にそんな名称を言っても意味不明であり、飲まされた側にとってはただのゲロマズ飲料でしかないのである。

 

 通常ならそんなブツを出されたならマズイと言って突き返してしまうだろう、しかしそれをプリケツに差し出したのはあのデーモンと言われる空母である、しかも本人はそれを旨そうにゴクゴクしている。

 

 そんな恐怖の権化にマズイから飲めないと言えば命が危ない、そう判断した彼女はカタカタ震えながらそれを飲むしか道が残されていなかった。

 

 そんな飲料はグラ子以外に飲む者は無く、密かに同士を求めていた彼女の前にゴクゴクとそれを飲む同士が現れるというハレルヤ。

 

 

「鳳翔、済まないがキープしていたボトルを出してくれないか?」

 

 

 グラ子の言葉に対し、にこやかに微笑むオカンがカウンターの上に1ガロン入りのプラ容器をドスンと置いて、目のハイライトを薄くした龍鳳がクラッシュアイスの入った大ジョッキを並べ始め、青の宴がカウンターで始まった。

 

 

 

 

 こうして命の危機を回避する為彼女に従ったプリケツは後に染まってしまい青のシンパと成り果て、後に『青のドナウ』と呼ばれるドイツ娘で構成される集団が誕生する事になるのであった。

 

 

 尚ゆーちゃんは素直にポーション不味いと言って吉野の所に退避した為、この会は二人だけの会になっているのは内緒の話である。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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