大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 金剛型四姉妹とキャッキャウフフとは言えないお茶会に望む吉野に、またしても艦娘の謎が降りかかる。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2020/06/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、orione様、坂下郁様、BLACK50%様、閑人傭兵様、黒25様、有難う御座います、大変助かりました


遥か東へ

「一艦隊での攻略予想は八割、連合艦隊で望めば攻略は確実、現況の錬度で言えばこうなります」

 

 

 大阪鎮守府執務棟、そこにある提督執務室では吉野がクェゼリン基地司令長官飯野健二(いいの けんじ)大佐を前に教導が終了したクェゼリン第一艦隊の状態を説明している。

 

 この教導依頼を受ける際相手側(クェゼリン基地)より希望が出ていたのは空母棲姫を含む艦隊を殲滅可能なまでに仕上げる事、中部海域で脅威度が高いとされる艦隊は主に空母系の色が濃く、またその中には姫級の上位個体が存在する為、防空艦が存在しないクェゼリン基地ではこれまで海域維持という活動はしてきたが、本格的な殲滅活動は支援艦隊という名の下、大本営の第一艦隊に依存する形になっていた。

 

 しかし南洋の支配海域がインド洋まで伸び、その海域を維持する為に戦力が割かれた結果、『定期清掃』と呼ばれる各海域のボス級殲滅のシフトが増え、これまで『大本営の仕事』という事でボスクラスの深海棲艦に対し攻略を目的とした運用が認められていなかった各拠点に対し、もし攻略が可能であるなら該当拠点にその任を任せ、限りある戦力を効率的に運用するという形で軍内では話が進んでいる。

 

 状態で言えばまだそのシフトは模索中で決まりきっておらず、各拠点の対応は様々であったが、クェゼリンでは自拠点での海域維持と攻略を現実の物とする為に大阪鎮守府へ協力を依頼し、艦隊の強化に踏み切っていた。

 

 

 元来中部海域とは太平洋に突出した支配海域であったが、軍はその海域を重要とは位置付けしてはいなかった。

 

 拠点とする陸に乏しく、資源を得ようとしても水深が深い箇所が多い為に困難、そしてそこから支配海域を拡大していってもアメリカ大陸までの距離が開き過ぎ進出するには『旨みが無い』状態。

 

 極端な話を言えば日本へ深海棲艦が侵攻してこない分だけの距離があればそれでいいと位置付けられているそこは、本来ならばトラック泊地で支配海域は充分という位置付けであった為、最前線であるにも関わらず、取り敢えず維持するという形で存在しているそこ(クェゼリン基地)は色んな意味で冷遇されてきた拠点であった。

 

 

 配備される艦娘の数は揃っていたが旧型艦が多く、火力がそこそこと言えば聞こえはいいが決定力に欠ける編成、老朽化した設備に常時カツカツの資源。

 

 それでも大本営の艦隊に依存すれば維持は出来た物の、結局は色々な皺寄せが一番先に来る理不尽な状態がずっと常態化してていた。

 

 

 しかし現在の戦力的余裕が無い軍内で自立した海域維持が可能と証明し、それが認められれば海域維持を肩代わりする代わりに自由になる資源や資金を定期的に得る事が出来る、そうなれば現在ギリギリで運用している拠点関係の問題はかなりの部分で改善される事になり、乏しい戦力を立て直す為の素地も作れる余裕が生まれる。

 

 その為基地司令長官である飯野は是可否でも自艦隊で海域の攻略を成功させ、ずっと肩身の狭い思いをさせてきた部下達に報いたいと全てをそれに注いでいた。

 

 

「やはり一艦隊のみでの攻略は難しい感じになるか」

 

「ですね、大本営側でもクェゼリン側が露払いしなければ攻略は難しいですし、飯野司令が海域を全て管轄しようとするなら第三艦隊が露払いとして敵を散らし、第一と第二艦隊をセットにして叩かないと攻略は難しいかと」

 

「それでも以前のままだと手が届かなかった攻略が可能という段階まで来ているのなら、現状上等と言う外は無いだろうな……」

 

「確実にそれが出来ると言うには、今日第一艦隊と入れ替わりにウチに預けて貰うそちらの第二艦隊の仕上がり次第という事になりますが」

 

「ふむ、君から見てウチの第二艦隊は一ヶ月で物になると思うかね?」

 

「そちらの都合が付くならウチは何ヶ月でも納得いくまで艦隊を預かってもいいんですが、その間そちらの防衛は厳しくなったりしないでしょうか?」

 

「……済まない、正直一ヶ月がギリギリだと思って貰いたい、第一艦隊が抜けた時期は『定期清掃』の直後だったからまだ抜けた穴は維持出来たが、これから一ヶ月後となると丁度また上位個体が湧き出す辺りの時期と重なってしまう」

 

「今回はまだ大本営が海域に出張るから先に露払いをしておかないといけない……と」

 

「ああ、まだ第二艦隊がどうなるかという確定した事が言えないなら次の『定期清掃』は大本営に任せるしかない、今回は我々の意地と言うか悲願が掛かった戦いだが、それよりも先ず支配海域の維持が優先される」

 

「成る程、仰る通りです」

 

 

 防空艦が居ない現状大本営の艦隊が単体でやっている仕事は二艦隊で行い、またそれまでクェゼリン艦隊が総出でやっていた露払いも主力を欠いた状態で行わねばならない。

 

 それは不可能では無かったが常に出来るかと言えば否と言わざるを得ない状態であった。

 

 資源の限界、攻略の為に主力を出す為に残りの艦隊は全力を超えたローテーションで出撃をしないといけない状況、恐らく一度きりでそれは限界なのは飯野自身も理解していた。

 

 それでもそれを成功させればある程度の戦力増加は見込めるし、資源や予算の配分も大幅に増えればその活動は継続可能。

 

 

 故にその一回の全力攻略は失敗が許されない。

 

 

「攻略する際はウチからも資源の拠出は確約します、戦力的な協力はそちらの『自立した拠点運用』とは認められないですから無理ですが、資源と資金を回せばそれが出来ると証明すれば拠点の再整備は可能になるでしょう」

 

「しかしいいのかい? そちらが協力を申し出てくれた資源と資金は……こう言っては何だがウチの艦隊を一ヶ月は維持できる程の物だと聞いている、それを無償で拠出するのは……」

 

「無償じゃないですよ飯野司令、貴方の艦隊が海域攻略を成功させればウチの教導任務は一定の評価を得られます、それに海域を貴方が完全掌握した際は……」

 

「ああ、君達が太平洋へ出る際のサポートをウチがする、だったか」

 

「はい、その時はクェゼリンの設備をお借りしたい、なのでウチとしても今回の件は先行投資という事になりますね」

 

「しかし海域攻略でも無いのに支配海域外へ出るのか、軍は太平洋側へはこれ以上手は伸ばさんのだろう? 君は一体何をしようとしているんだ?」

 

「その辺りは事が成ってからお話します、割とシャレにならない案件なんで、色々確実性が無い状態でそれをそちらにお話すると多分ご迷惑をお掛けする事になりますので」

 

「ふむ……了解した、それでは取り合えず第一艦隊と入れ替わりという事で引き続き第二艦隊もお願いする、どうか宜しく頼む」

 

 

 クェゼリン基地司令長官が頭を下げ、諸々の話が終了した時扉をノックする音が聞こえてきた。

 

 そうしてノックの後に入室してきたのはクェゼリン第一艦隊旗艦の霧島と、教導を担当していた大和。

 

 二人は一礼をすると其々の指揮官の隣に腰掛け、教導任務の終了を告げると共に先日行われた最終演習結果と今後の課題を記載した書類をそれぞれに提出する。

 

 

 教導艦隊 旗艦長門、副艦大和、以下榛名、加賀、大鳳、夕立よる教導艦隊との演習の結果、クェゼリン艦隊は六時間に及ぶ徹底抗戦を展開するも壊滅。

 

 この結果を鑑み当該艦隊は原拠点へ復帰した後も鋭意出撃を心掛け、錬度向上に努めたしという記載がそれにされていた。

 

 

「全滅……全艦轟沈判定なのか」

 

「はい、途中夜戦に及ぶも戦況変わらず、ヒトロクマルマルより実施された最終評価演習はフタフタイチゴーにてクェゼリン第一艦隊の全滅を以って完遂、教導評価『甲』を以って依頼のありました戦力強化は完了と判断します」

 

 

 深海棲艦では無く艦娘同士での艦隊戦、それに全滅という結果を経ての"評価甲" 段階は大雑把な分類しか存在しない物のその書類に記載されている評価は最上位に与えられる物。

 

 結果と評価に剥離した物を感じる飯野は苦い表情で報告をする大和を見て、再度報告書に記載されている内容を無言で咀嚼する。

 

 

「飯野司令、この演習に携わったウチの艦隊は普通じゃありませんよ? 大坂鎮守府の最大戦力を投入し本気で叩きに行った編成、南洋でも三桁数に及ぶ深海棲艦に囲まれ、それでも戦艦棲姫二体を鹵獲し帰還を果した艦隊の中核を成した、生粋の戦闘部隊です」

 

「しかし……それでも全滅とは」

 

「この編成を相手に六時間、逢魔が時(昼と夜との境)を超えて夜戦まで持ち堪えたと言うのなら、何があっても夜戦に投入する殲滅部隊(クェゼリン第二艦隊)へ繋ぐ任は確実にこなせる、我々はそう判断し教導評価の甲を付けました」

 

「やはり第一艦隊で決着をつけず、第二艦隊で止めを刺すという総力戦で無ければ攻略は難しいというのは変わらないのだね」

 

「はい、物量と火力で押し切る大本営のやり方は、飽和攻撃による掃討から本隊(第一艦隊)を敵主力艦隊へ捻じ込む強引な手法であり、戦力の質も物量も限られている前線部隊ではやや無理がある戦法でしょう」

 

「……確かに」

 

「ではクェゼリン基地で常時可能な運用法とは何かと模索すれば、素直に最大火力の艦隊を昼にぶつけ相手を疲弊させ、夜戦にて止めを刺す、この辺りが現実的な物ではないかと」

 

「第一艦隊で削って第二艦隊で仕留めるやり方、確かにそれは艦隊戦としては理想形ではあるが……」

 

「昼に水上打撃艦隊、夜間に水雷戦隊、其々最大効率が発揮する場で敵と相対する、それを実現するにはある程度のダメージを与えつつも水雷戦隊を無傷に近い形で温存するしぶとさが第一艦隊には必要になります」

 

 

 戦略としては教科書通りの戦い方、しかし深海棲艦という存在に対し日々対した軍が出した結論は、海域の首魁と言われる存在を叩けば他戦力はほぼ無効化出来るという性質を鑑みての一点突破。

 

 故に現在海域攻略に限って主流と言われる戦い方は、飽和攻撃による海域深部へのルートの確保に続き、敵主力艦隊と相性の良い編成の艦隊による電撃戦という形。

 

 潜水状態での潜伏が可能の深海棲艦を相手に敵数が確定困難な海での戦いという特殊な環境下では、敵数という重要不可欠な戦略情報に欠く戦いを強いられる、それを安定して勝ち抜くためには過剰と言われようと持てる戦力による全力での迅速な殲滅が急務と判断された。

 

 相手の攻勢は首魁(海域ボス)の殲滅により沈静化するという保障がほぼ確定している戦場、確たる終わりが見えている特殊性故の最適解がそこに出来上がっていた。

 

 

 それに対し吉野が提案しているのは最小単位での攻略の為戦力を分散し、逐次投入という現況の戦い方に逆行した戦略である、それが例え一日の間で行われる物であっても潜在的に居る敵数が把握出来ない以上、海域攻略という視点で見れば極めて博打的な戦い方と言わざるを得なかった。

 

 

「確かにこのやり方でいけば資源の消費も抑えられる、投入戦力も少なくて済む、しかし余力も無しでギリギリの線を付くこのやり方は少々危険では無いのか?」

 

「その為にクェゼリン第一艦隊はこの一月血反吐を吐いて教導を受け続けました、しかし今回攻略が成功したとあっても繰り返し現れる海域の主は完全な殲滅が不可能な為、恐らくはこの先クェゼリンは完全な安寧を得る事は無いでしょう、それでも飯野司令は戦う事を選択した、そしてその命を部下へ下した、違いますか?」

 

 

 髭眼帯の言葉に苦い色を浮かべるクェゼリン司令長官。

 

 自立した基地運営と単独による海域守護、部下と共に望んだ形が現実の物となりつつある、しかしそれは漠然と思っていた未来では無く、更なる困難と、終わりの無い闘争が待ち受けるという茨の道。

 

 無限に沸き続ける敵を相手に、定期的に死線を潜らねば得られない安定、それがイメージというあやふやな物では無く現実として見えてきた時点でこの前線基地司令長官は事の大きさに気付く。

 

 

 そんな指揮官に隣に居る霧島は言う、望んでも許されなかった戦いに出る事が出来る、そして手を伸ばせば望む物へ届く可能性があると。

 

 

「『勝利を以って自分達の海だと胸を張って沈んで逝った者達へ言おう』、司令はそう仰いました、誰の為でもなくあの海で逝った同胞(はらから)への誓い、私は彼女達の為に、そして貴方の為にこの身を捧げるとあの時誓いました」

 

 

 現実を直視し底の無い先へ絶望し掛けていた飯野とは対照的に、好戦的で、そして不適な笑みを浮かべた金剛型四番艦。

 

 必要な戦略であっても露払いとしてしか使われず、平時は最低限の支援しか得られないという苦しい立場、艦娘という戦闘員として以上に秘書艦として己の主が抱える苦悩を何も出来ずに誰よりも傍で、飯野と同じくずっと耐えてきた彼女は既に覚悟を固めていた。

 

 零か全てか、これから往こうとしている先にはそれしかないのは承知の上で。

 

 

「ああ……言ったな、確かに俺はそう言った、お前はその為にここに来たんだったな」

 

 

 隣に座る秘書艦の言葉に深く頷き、決意を打ち明けた時の言葉を思い出す、たった二人で交わした言葉、提督と艦娘としてでは無く信頼する者へ吐露した本音の言葉。

 

 その言葉を汲み文字通り血反吐を吐いて強くなろうとしたであろう目の前の艦娘に、クェゼリンの主はあの時決意した時の事を思い出す。

 

 

『貴方が望むなら飼い犬のまま終わっても構いません、死ねと言われれば死んでみせる、それは軍務では無く貴方の命だからです、その貴方が海を欲するなら我々がする事は一つです、私たちは必ずそれを手に入れてみせる』

 

 

 霧島が今見せる顔はあの頃と同じ、しかしその可能性に手を掛けた、約束を果す為に日々を重ねた姿を飯野の前で見せていた。

 

 その言葉と今の姿に改めて飯野は覚悟を決める、もう後戻りは出来ない、するつもりも無くなったと。

 

 

「霧島さんを始め第一艦隊は任務を達成するのに値する力を身に付けたと思います、後は戦場にてそれを磨き上げ確固たる形にするだけかと」

 

「そんな訳で第二艦隊をこちらが仕上げている間は可能な限り第一艦隊を出撃させ実戦を重ねるようお勧めします、その間厳しくなるだろう資源の援助は幾分かこちらが分担する用意がありますので、その辺りは適時連絡を頂けたらと」

 

 

 飯野より受け取ったクェゼリン第二艦隊のデータに目を通しつつ吉野は今後の対応に話を向ける。

 

 クェゼリン側からすれば至れり尽くせりのこの状態、大坂鎮守府側では無償でそれをする訳ではなく、必要事に対する先行投資としての援助と位置付けそれを行っている。

 

 目の前で繰り広げられる美談にほだされた訳では無く飽くまで目的の為に、それは軍部に洩れれば多少厄介事に発展すると思われる案件の為に、後で協力を反故にされない様恩を売る意味での過剰な支援。

 

 双方は言わば利害が一致した立場という関係性でこの教導任務を行っている。

 

 

「了解した、吉野君……くれぐれも宜しく頼む」

 

「判りました、それでは作戦実行まで飯野司令はそちらにご注力下さい、引き続き諸々の支援と根回しはお任せを」

 

 

 其々の思惑を含んだ海軍士官が固く握手を交わす、こうしてクェゼリン第一艦隊は飯野と共に拠点へ戻り、入れ替わりに第二艦隊が大阪鎮守府で教導を受ける事となった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「まぁそんな訳で太平洋へ出る足場は取り敢えずの所確保出来そう……って感じで話は進んでいるよ」

 

 

 飯野達が退出して暫く、執務室には吉野の他に朔夜(防空棲姫)と長門、そして叢雲が集い今後の企みについて話を詰めていた。

 

 

「中部支配海域を出て更に東進、深海棲艦の出現以来未踏の海域となっている太平洋の中心へ出るとなると、そこへ一番近い拠点はクェゼリンとなるからな、あそこがこちらに付いてくれないとこの計画は実現不可能になる」

 

「だねぇ、だから是が非でもクェゼリンは大本営から自立して貰わないと困るんだ、それを実現するには目下第二艦隊の仕上がりで成否が決まっちゃう感じで、これから教導を受け持つ球磨君には相当負担を強いる形になってしまうんだけど……」

 

「その点は問題無いわ、まだ顔合わせをした段階だけど球磨もお客さん達もかなり気合入ってるみたいだったから」

 

 

 クェゼリン第二艦隊、加古を旗艦とし、副官を川内、続いて由良、初春、初霜、暁で固めた"攻めを意識した"艦隊編成。

 

 ある程度の対空兵装を残し夜戦火力を主眼に置いた艦隊編成は、クェゼリン所属の改二に至った、若しくは戦闘経験が多い者を選抜した艦隊であるという。

 

 それの教導に当たるのは現在大阪鎮守府で水雷戦隊を率いている球磨、教導方針は単純明快に夜戦での殲滅戦能力の向上を第一とし、夜間でも艦載機を運用する深海棲艦を相手にした特殊な状況を集中的に経験させ、第一艦隊が切り開くであろう血路を辿り首魁を仕留めるための技術を徹底的に仕込む予定である。

 

 

「仮想敵は引き続き旗艦に(空母棲鬼)、戦艦棲姫姉妹もそのままね、まぁ元々あの子も血の気が多いタイプの子だから演習に問題は……ああ、不幸姉妹がオーバーワークでちょっとテンションダウンしてるわね」

 

「あー…… うん、何となくそれは見てて判ると言うかあからさまにそんな感じだったって言うか」

 

「その辺りのケアはテイトクにお願いするわ、私じゃど~にもなんないし」

 

「……いやそのあのですね、朔夜(防空棲姫)君、ケアと言うかアレは正直提督ちょっと色々問題があると言うか」

 

「混浴の一つでもしてお悩み相談がてら愚痴を聞いてあげただけで暫くキラが付くんだから安い物でしょ?」

 

 

 実の所この教導任務で長期の仮想敵活動を納得させる為に、吉野は戦艦棲姫姉妹のお願いと称する物に承諾し、一度それに付き合ってはいた。

 

 寮の大浴場を貸切にしての混浴状態、酒やツマミを持ち込んだちょっとした慰安会。

 

 ヘベレケでは無い物の、酔ったバインバイン姉妹に挟まれ長時間揉みくちゃ状態で愚痴を延々と聞かされ続けるという苦行。

 

 返す返事は『はい』と『そうですね』しか許されず、長時間風呂から上がれないそれは正に拷問という言葉に相応しいサービスタイム。

 

 

 恐ろしいのは愚痴を零す者が深海棲艦上位個体とあって、風呂に入っている時間も長時間に及び、夜間から始まる集いは朝日が昇るまで続けられる。

 

 風呂に入れば疲れが取れると言うのは精神的な面で言えばリフレッシュ効果があり有用ではあるが、体温より高い湯に浸かれば当然心拍数が上がり、その状態に加え水圧による圧迫が掛かる血管には相当な負荷が掛かる。

 

 故に半身浴の様な特殊な入浴法で無い限りは、長時間の入浴は体力を消耗させるだけという状態になってしまう。

 

 

 元々体力オバケの戦艦棲姫(ダイソン)が満足する程に、その状態で付き合うのは体力が壊滅的に貧弱と定評のある髭眼帯。

 

 その結果はキラが付く不幸姉妹と、色んな意味で抜け殻になった吉野という悲惨な惨状。

 

 

「アレに付き合っちゃうと提督は暫く再起不能になっちゃうのですが……」

 

「その辺りは任せて貰おうか、提督が不在の間でも業務が回せる様に手配はしておくので存分に慰安活動に勤しむといい」

 

 

 言葉にすればイカガワシイニュアンスの言葉、しかし実際は死刑宣告をされたヒョロ助という悲しい現実、こうして吉野はまたしても体を張った業務にその身を投じる事が決定してしまうのであった。

 

 

「にしても目指すはキリバスか…… そこへ進出するとなると、朔夜(防空棲姫)の知るルートでとんぼ返りをするとしても三日は時間をみなければならんな」

 

「て言うか本当に大丈夫なの? あそこは太平洋のヘソ、深海棲艦が出現してから誰も辿り着いた事の無いヤツらの根拠地よ? そこを無傷で行き来できるなんて今でも眉唾物なんだけど」

 

「私はテリトリーを離れられないし、(空母棲鬼)はちょっとあっち系の者とは折り合いが悪いから直掩と言うか……護衛兼顔繋ぎは冬華(レ級)って事で出発して貰う事になるけど、その辺りは余程の事が無い限り大丈夫だと思うわよ?」

 

 

 第二特務課が現在企んでいる計画、それは未だ人類が至るには及んでいない海域、太平洋の中心である赤道直下キリバス環礁。

 

 (かつ)てイギリスの植民地として、太平洋戦争時は大日本帝国が占領し、後に激戦区となった場所。

 

 

 現在その海を人類が知る術も無く、世界最大の海の中央部とあり最も到達困難な場所として認知されている場所。

 

 世界中を放浪した朔夜(防空棲姫)によればそこは意外にも戦いを嫌い、人類より最も離れた場所を縄張りとして選んだ者がそこに居を置き、そこより西側と南側に強い影響を持つ存在が海を支配しているのだという。

 

 

 今回その話が出たのはたまたまの事で、叢雲の件で五月雨が立ち寄った際、朔夜(防空棲姫)との間で昔話に華を咲かせた時に話題の中で出た物が切欠となった。

 

 支配海域を外れ遭難状態で流された五月雨、彼女はそのまま朔夜(防空棲姫)に拾われたのでは無く、当初はキリバスをテリトリーにしている深海棲艦達に鹵獲された状態であったのだという。

 

 そして艦娘とは戦闘を含め接触がほぼ皆無であったその者達は一度根拠へ五月雨を連れて行き、そこで海域のボスに処遇を仰ぐ事になる。

 

 

 本来ならば会敵即戦闘が常識の関係性であるにも関わらず、その海域の者達が取った行動は異質であり、敵対よりも人類との隔絶を望む集団であった為に五月雨は命を永らえる事になった。

 

 そしてその海域を治める者は艦娘と関係を持つのを嫌った物の、命を奪う理由が無いという事で五月雨を放逐しテリトリーから追い出すという決断を下す。

 

 その際根拠地から単独でテリトリー外へ放り出すという事は、縄張りと日本の支配海域の間には人類と敵対している一団が存在した為間接的に手を下すという形になってしまい、さりとて他所の縄張りを艦娘を連れて進む事が出来ずどうした物かと悩んでいた所、丁度客分としてそこに居た朔夜(防空棲姫)が興味本位で五月雨を日本の支配海域まで連れて行く事を引き受ける事となり、その旅路の途中で朔夜(防空棲姫)と五月雨が友好関係を築く事になったと言うのが事の顛末であった。

 

 

 その時話に出ていたキリバスを根拠とするテリトリーを支配する存在、泊地棲姫。

 

 深海棲艦の中では最初期に発生した姫級であり、朔夜(防空棲姫)が言うには『古き王』、若しくはテリトリーの影響力の巨大さから位置付けられる格として、『四柱の者の一人』と称される存在であるという。

 

 

 支配力が及ぶ海域はキリバスから西方はベーカー島付近、南は南極海へ及ぶ海域にまで及び、北はホノルル、東はポリネシアに至る。

 

 基本は先に述べた通り人類とは明確な敵対関係には及んではおらず隔絶という姿勢を取っており、現況を維持出来れば特に不満は無いという考えを持っている。

 

 

 そんな存在に対し、朔夜(防空棲姫)は吉野を引き合わせ話をさせようと持ち掛けた、理由は単純『面白そうだから』 身の安全は泊地棲姫のテリトリー内では確約するという話の元、そこに至るまでの海域、つまり現在クェゼリンが担う海域さえどうにか抜ければ届くという状況になっていた。

 

 

 日本からの中継として、更に先へ抜ける為の手筈を整える為、そんな打算と必要性により吉野は以前から打診されていた教導任務を利用し、クェゼリンという拠点に現在注力する行動を取っている。

 

 

 そして肝心の泊地棲姫に対する繋ぎは日本近海をテリトリーとしている朔夜(防空棲姫)は縄張りの外に出る事は出来ず、更に泊地棲姫とは関係性が良好とは言えなかった(空母棲鬼)を付ける訳にはいかず、結果として朔夜(防空棲姫)と行動を共にし泊地棲姫とも面識があった冬華(レ級)を名代として付ける事でその計画は取りあえず実行に移す事になった。

 

 

「とりあえず五月雨の件を引き受けた関係で私は泊地棲姫に貸し一つある訳だし、彼女は義理堅いトコがあるから冬華(レ級)を連れた上で私の名を出せばとりあえず会えるまでは確約出来るわよ?」

 

「そんな大物と接触出来るのは大した話だとは思うが、その目的と言うか必要性は今の所こちらには無い気がするのだが」

 

「講和の可能性があるならこの選択肢はアリだと思うけど朔夜(防空棲姫)、その泊地棲姫ってそんな話に乗ってくる様な深海棲艦なの?」

 

「無いわね、私達とは違って彼女は生粋の深海棲艦だからその可能性が皆無なのは確かよ、でも……」

 

 

 長門と叢雲の言葉に否定の言葉を口にしつつも、朔夜(防空棲姫)はさも愉しげに吉野に視線を送り、言葉を投げ掛ける。

 

 

「人類には必要なくても吉野三郎という人間には必要な話だと思うんだけど、そこの所どうなのかしら、ねぇ? テイトク」

 

「取り敢えず軍という組織を通さず独断で動くリスクを犯す程度には、やってみようと自分は思ってるよ、今回は色々君達に負担を掛けると思うがお願いしていいだろうか?」

 

 

 

 こうしてクェゼリン基地の教導に始まり、偶発的に持ち上がった太平洋に存在するという深海棲艦の大物へのアプローチ。

 

 それは飯野が決意を以って戦いに望むのと同じく、吉野自身の覚悟を要求した上でリスクが高過ぎる計画を遂行する為の準備を進める事になったのである。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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