大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 和製ツインテが着任した、チッパイではなくバインバイン枠の軽巡洋艦、そんな彼女が見る大坂鎮守府の第一印象とは……

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/10/30
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました黒25様、リア10爆発46様、坂下郁様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました



鷹と隼

 それは遥か昔、深海棲艦の脅威が取り敢えず日本近海から排除され、資源が枯渇しつつあった日本が現状を打開する為南の海を目指していた頃。

 

 南シナ海一帯を支配海域に置き、フィリピンの西部パラワン島に仮設拠点を築き更に南へ進軍、その一帯に残る深海棲艦を駆逐し、その出現サイクルを掌握すればマレーシアまでの海域を平定する事が可能となり、タイ──東ティモールの諸島群が自然の擁壁(ようへき)となって広大な支配海域を得る事が出来るとあって、軍は厳しい懐事情を押して全力で攻略を進めていた。

 

 

 ジワジワと南進しつつ、仮設の集積地を名も無き小島に置き換えながら休み無く戦いを繰り広げる海、進む度に敵は強く、多くなっていく。

 

 退けばそこは再び深海に染まり、それまで流した血が無駄になる、兵站に限界が見え始めた軍にはそれを再度奪還するという二度手間を許容する余裕も無く、持てる戦力を限界まで絞り戦力の逐次投入とは聞こえが良いが、動ける者を前に出し続けるという波状攻撃にて海を切り開いていった。

 

 

 ブルネイ西端、西カリマンタンからマレーシアを結ぶ中間に浮かぶリアウ諸島、インドネシア領であるこの島に最後の橋頭堡(きょうとうほ)を置き、残る海域は後僅か、目指すマレーシア半島までは凡そ400kmの位置で進撃は足踏み状態に陥っていた。

 

 残す距離は僅かであったが、そこは周辺海域から追い詰められた深海棲艦が集結する形になり、また背後に逃げる海が無くなった為に深海棲艦は否応無しに前に出るしか無く、必然的にその周辺は敵が常時湧き出す地獄となっていた。

 

 

 補給線はズタズタにされ徐々に包囲が進み、橋頭堡(きょうとうほ)として設置されたリアウ諸島臨時基地は孤立しつつあったが、実の所深海棲艦側も限界に近付きつつある状態で、軍としてもそれは把握する処であった為に前線に居る者へは撤退を許してはいなかった。

 

 橋頭堡(臨時基地)に残る全兵力で周辺の残敵を削り、疲弊し切った所へ大本営からの本隊で止めを刺す。

 

 

 後事を考えれば虎の子である精鋭部隊の損耗を極力押さえ、効率的に支配海域を手にする為の作戦、その為リアウに居る者達は"意味のある捨て駒"として死ねと命じられる事になった。

 

 

 

 見渡す限りの敵、敵、敵。

 

 どれもこれもボロボロであったが、対するこちらもそれを上回るボロボロの状態。

 

 最後に残った燃料と弾薬をかき集め、まだ戦える状態の者を編成して仮設基地を背に最後の足掻きと討って出る。

 

 

 抜錨時点で戦える者は少なく、前日に拠点が空襲を受けて基地機能はほぼ沈黙、入渠施設も当然喪失し今傷を負っても修復する術は残されていない。

 

 その攻勢で基地の指揮を執っていた司令官は戦死、ブルネイのダルサラーム迄進軍していた大本営本隊へ指示を仰ぐも、徹底抗戦という命令をリアウに居る者が再確認するのみの結果になってしまった。

 

 

「なぁ飛鷹、そろそろ補給に出てるちびっ子達退かせた方が良くないか?」

 

「そうね……もう運ぶ弾薬も底を尽いてる筈だから頃合かもね」

 

 

 白い上着に朱のスカート姿の軽空母、洋装でありながらも巫女装束を彷彿させる不思議な(おもむき)の艦娘と、それと酷似した袴姿のもう一人。

 

 飛鷹型ネームシップ飛鷹とその二番艦である隼鷹は敵の攻勢に出来た合間に追加の艦載機を補充し、後事に付いて話し合っていた。

 

 本来盾となるべき戦艦は既に無く、重巡である衣笠が単艦で前衛を受け持ち、軽巡洋艦長良が側面を守りつつ飛鷹、隼鷹が全体的な掃討と対空を受け持っていた。

 

 駆逐艦は僅かに残ってはいたがその者達に回せる弾薬は残っておらず、結果として基地に残された僅かな予備弾をピストン輸送し前線を維持するという、既に壊滅寸前の状態という有様。

 

 最後の補給を済ませ、其々の状態を確認すれば満足に補給が整ったのは、開幕すぐに正規空母の殆どが沈んでしまった為に余り気味だった航空機を二人で消費してきた飛鷹達二人だけで、衣笠は三割の弾薬量、長良に至っては機銃弾しか補給出来ないという有様であった。

 

 

「あっちゃ~ これじゃ死に花とか言う以前にただのデコイじゃんかさ」

 

「デコイって言わないでよ、ほんのちょっとだけど弾薬は補給出来たし、まだ護衛程度ならなんとか出来るわよ」

 

「砲弾を体で防ぐ壁になって? それに何の意味があるって言うのよ」

 

「ぐっ……でも飛鷹達が艦載機を飛ばし切るまでは何とか持ち堪えられるから」

 

「あーあー何言ってんのさ、発艦出来たからって指示出来なきゃ意味無いんだっての、そこまでアンタ達が持つ訳ないだろーし? まぁどっちにしてもそんなザマじゃ無駄死にになっちまうからさ、衣笠と長良はちびっ子連れてとっとと逃げな、今なら東は敵が薄い筈だから今の残弾でも何とか突破出来るっしょ」

 

「待ってよ、それじゃ飛鷹と隼鷹を囮にしたまま私達に逃げろって言うの?」

 

「命令じゃ撤退は許可されてないし、このまま退いたら敵前逃亡で軍法会議物なんじゃないかなぁ……」

 

「何言ってんの、このままここに居ても無駄死には確実でしょ、どうせ死ぬなら私達の恨みつらみを上の者に吐き出してからにして頂戴、それに」

 

 

 補給を終えた飛鷹は残機の確認をしつつ敵が来る海を睨み、隼鷹は未だ流れ続ける血が目に入らない様鉢巻を巻くが如く布切れを額へ巻いている。

 

 

「ここで確実に(なぶ)り者になるより、退く方が生き延びる確率が高いわよ」

 

 

 今居る者が全員ここで最後まで戦っても飛鷹と隼鷹二人だけになっても敵へ与えるダメージは殆ど変わらない、そんな非効率な事をするのは馬鹿らしくは無いかという言葉を笑って口にする。

 

 飛鷹達以外の状態は弾薬が心許ないという以前に燃料もかつかつであり、更に傷だらけ、撤退する為に包囲を抜け出せたとしても支援無しでブルネイまで辿り着くのは半ば賭けという惨状になっている。

 

 それでも生きる為の可能性に賭け戦うのと、確実に死ぬと判ってて戦うのは意味が全然違うと軽空母の二人は口にする。

 

 

「クソったれの出した命令で死ぬよりも、アンタ達が撤退する為に戦うって事ならウチらも気合の入り方が違うんだよ」

 

 

 そうして最後まで共に戦うと聞かなかった者達を強引に説き伏せ、尻を叩く様に送り出した二人は溜息を吐いて互いの顔を見つつ苦笑いを浮かべる。

 

 思えば艦であった前世でも波乱の只中で海を渡ってきた、客船として生を受ける筈が戦争に駆り出され最後を迎えた。

 

 受肉して蘇った今もそこは戦う相手の毛色が変わってはいたが、結局戦いが日々続く世界だった。

 

 

「なぁ……飛鷹」

 

「何よ?」

 

「あたし達ってさ、戦争してる世の中しか関わって無いんじゃないの? そう思ったらさ、な~んか因果だと思っちゃってさぁ」

 

「それを言ったら他の子達だってそうじゃない、て言うかアンタはしぶとく最後まで生き抜いたでしょ、第一戦争が無かったら私達はまた生まれて来なかったでしょーに」

 

「まぁそうなんだけどさ……」

 

 

 他の者を退かせ、二人だけになった海、笑いを貼り付け発破を掛けていた飛鷹型二番艦は敵影を捕らえた偵察機の知らせを聞きながら、改めて自分の人生を振り返っていた。

 

 

「あーあ、折角飲める体になったんだからさ、もうちょい酒……飲んでおくんだったなぁ……」

 

「何言ってんのよ、アンタあれだけ飲み散らかしてまだ足りないっての? 後始末でいつも迷惑を被ってたこっちの身にもなってよねほんと」

 

 

 ジト目で隣を見るイズモマンと、それに対してプイッと視線を逸らすヒャッハー。

 

 それは"いつも"と言える二人のやりとりであり、恐らく今生で交わす最後の戯れ、そんな二人が背負う島に向け有象無象の一団が微かに視界へ入る程に近付いてきていた。

 

 

「さてっと……そろそろだねぇ、最後はたった二人だけになっちまったけどさ、あたしと飛鷹がいりゃあ、ま~機動部隊って言えるっしょ! …なっ!」

 

「そうね、そうかも知れないわね…… それじゃそろそろお仕事の時間よ、全機爆装! さあ、飛び立って!」

 

 

 こうして二人の改装空母は持てる艦載機を空に放ち、たった二人の、生き残る可能性の無い非生産的な戦の火蓋を切る事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 周りに浮かぶ有象無象に大型艦は殆ど見られず、当初予想していたよりも長時間立ち回っていられた。

 

 艦載機の殆どを爆戦、艦攻で固め対空を殆ど無視して攻めに徹していた。

 

 予想外にその作戦は効果を発揮し、未だ飛鷹型の二人は致命傷を負わず継戦中、会敵してから既に二時間は経っており、防御に難があるという低速の軽空母にしては驚異的とも言える粘りで踏み止まっている。

 

 それは幸いかと言えばそうでは無く、止めが入る事が無い状態でジリジリと削られるかの如く苦痛を伴い、勝つ見込みも無いという絶望を背負ったままの地獄が延々と続いているだけであった。

 

 

 残機は半数を割り、それでもまだ戦える状態、本来なら既に折れていてもおかしくは無い精神は、なまじ信頼する姉妹艦が傍に居るという状態の為にかろうじてそこに留まっているだけの状態。

 

 

「ぐっ…… っああ、くっそ血で前が良く見えないよ飛鷹、深海のクソ共の減り具合はどんなもんなんだい」

 

「あーもうっ、適当なとこに爆撃すればどいつかに命中するから視界が潰されてても問題ないわ、無駄口叩いてる暇があったらどんどん爆撃しなさいな」

 

「っか~ 何だよそれは、シャレになってないって~」

 

 

 軽口を叩くが既に轟沈に片足を突っ込んでいる隼鷹、そしてそれを庇いつつも限界を迎えつつある飛鷹。

 

 そろそろ死という現実が見えてきた状態、どちらかが折れれば一気に終わるだろう事は確実の死の淵、そんな状態にあって集中力が徐々に薄れていき、思考は戦闘以外の物へ移っていく。

 

 

「なぁ……アイツらちゃんと逃げ延びたかなぁ……折角ここまで踏ん張ったんだから助かって欲しいよなぁ……」

 

 

 まだ艦載機が飛んでいる現状、本当なら檄を飛ばして戦いを継続させるべきだろう、しかしこの最後の戦いに挑む前に隼鷹は駆逐艦を庇って頭部に酷い傷を負っていた。

 

 それを僚艦達に気取らせず、ましてや集中力を必要とする艦載機の運用を絶え間なく行い、薄氷の上を歩く様なギリギリの戦いをここまで続けてきたのである。

 

 朦朧としつつもたどたどしく艦載機を操る姉妹艦に飛鷹は泣き笑いの顔で俯き、最後に残った一握りの艦載機を敵に向ける命令を出す。

 

 

 あの子達が()ちたら終わりにしよう、もう充分だ。

 

 

 人の声に応じ黄泉還り、誰かの為に戦ってきたのは確かだが、結局現場という単位で言えば道具として使い潰される結果になった。

 

 後悔や心残りを振り返る余裕も無い最後だったが、それでも身近な者(僚艦達)の命を救う事を成し、最後は姉妹と共に終わりを迎える事が出来る。

 

 

「こんな事なら私も遠慮せずに思いっきり飲めば良かったわね……」

 

「くっくっくっ……辞世の句がそれじゃ締まらないよ飛鷹」

 

 

 既に膝を着き頭を上げる事もままならない隼鷹は、血を吐きつつむせび笑い、最後の一機が()ちた事を確認した飛鷹は空を仰いだ。

 

 雲も少なく広がる世界、血塗れの真近から目を離せばこんなに綺麗な空が広がっていたのかと心を奪われる。

 

 

 

 

『全主砲、斉射! て――ッ!!』

 

 

 

 

 既に浮世から半分黄泉路へ心を飛ばしていた飛鷹の耳に轟音が轟き、青い空を切り裂いて鉄塊が飛翔する様が見える。

 

 悪魔の笛の音を伴って有象無象に突き刺さるそれは瀑布を立たせ全てを千切り飛ばす。

 

 

 突如周りが水柱の林に変貌し、無遠慮な轟音に飛鷹が顔を顰めながら振り向いたその先。

 

 41cm連装砲を背負う圧倒的な艤装を担ぎ、水の上にありながら衝撃波で周囲を揺らし、僅かに見える程にしか視認出来ぬ程に離れていても感じる圧倒的な圧力。

 

 日本書紀に遡る程に古くあった国の銘を付けられた黒髪の戦艦と、それと同じ武を持つ姉妹艦を要する海軍最強の精鋭艦隊、そこから放たれる徹甲弾が二人の周囲に降り注ぎ、有象無象の壁が粉々に砕かれていく。

 

 

「ごほっ……え……何? 何が起こってるんだい?」

 

「……大本営第一艦隊、ブルネイに展開してるんじゃなかったの? 何で死ねって命令したヤツ等のお抱え艦隊がこんなとこまで出張って来てるのよ……」

 

 

 至近に居た敵は散らされていき、砲撃の目標が徐々に遠くなっていく、それと共に飛沫が納まり轟音も遠ざかる只中、突如現れた在り得ない援軍を睨む飛鷹。

 

 

「……私達を捨て駒にして反抗戦に移るんじゃなかったの? 何で後方の本隊がこんな前線に出張って来てんのよ」

 

『叩くべき敵がそこに居て、共に戦うべき同胞(はらから)が存在する、それ以外に何か戦う理由が必要なのか』

 

 

 呟き程の問い掛けに凛とした力強い声で答えが返ってくる。

 

 

 本来この作戦は仮設基地の戦力全てをぶつけた後敢えて深海側に島を捕らせ、損耗した深海棲艦を一箇所に集結させた上で一網打尽にするという作戦であった。

 

 それは航空戦力で叩くだけ叩き、夜戦にて水雷戦隊を以って蹂躙し、その後に大本営の最大戦力である第一艦隊を前に出して止めを刺すという三段構えで行う筈であった。

 

 徹底した総力戦は後が無い軍にとって失敗の許されない作戦であり、今この段階で支援艦隊も伴わず長門達が前線へ出るのは在り得ないと言える状況。

 

 

「作戦に何か変更があった……って訳じゃなさそうだ、ねぇ」

 

 

 息も()()えに呟く隼鷹の言葉の通り、この大本営第一艦隊の出撃は長門の嘆願と、覚悟の声を聞き届けた当時この艦隊を率いていた坂田一(さかた はじめ)大将(・・)の独断で行われた出撃であり、本来はこの夜から始まる筈であった掃討戦の為準備中だった他艦隊は随伴する事もままならず、ブルネイに集結していた連合艦隊は混乱の極みに陥っていた。

 

 

「負けられない(いくさ)は承知の上だ、それでも人柱を沈めた上でしか成り立たない勝利なぞに何の意味がある」

 

 

 今も砲撃を続ける第一艦隊旗艦の長門型一番艦は、言葉に隠す事も無い怒りを乗せて虚空に吼える。

 

 

「お前達の僚艦が言っていた、たった二人が盾として残っていると、その者達を残して自分達は退けないと、だから弾薬と燃料をよこせと、満足に動けぬ体であるにも関わらず死地へ戻ろうとしていた」

 

 

 最後の調整の為ブルネイ近海へ出ていた長門達が拾った通信は、前線で既に壊滅したと伝えられていた者達の慟哭だった。

 

 それは助けを求める声では無く、逃げる為に援護を要請する為の言葉でもない、再び戦う為の手段を求め、地獄へ舞い戻る為の要求だった。

 

 そんな声を聞き黙っていられる程『人修羅』の名を背負う艦娘の気性は緩くない、その言葉を聞いた長門がブルネイで指揮を執る己の主に向けた言葉は出撃か己の解体()の二択を迫る言葉だったという。

 

 既に抜錨し、弾薬も燃料も積んでいた状態の長門達を止める術は坂田には無く、また長門の中継により衣笠の言葉を聴き、独断行為と理解した上でも髭の傷である大将は仕方無しと腹を決めて出撃の命令を下した。

 

 

 敵を殲滅せよと、目の前の敵を(ことごと)く蹂躙し、殺し()くせと。

 

 

「護国を刻み修羅と成ったこの身、同胞(はらから)の血を撒いて作った道をのうのうと歩ける程(ぬる)く生きるつもりは無い!」

 

 

 猛威を奮う鉄火の雨、散々(なぶ)り尽くしていた有象無象に殺意の狂気が突き刺さり、水面(みなも)を朱に染め上げる地獄が南の海に広がっていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あれから随分時間が掛かっちまったけどさ、やっとアンタに借りを返す時がやってきたよ」

 

 

 ガシャリと音がするボストンバックを肩に担ぎながら、隼鷹がニヤリと口角を上げてそう言った。

 

 大坂鎮守府南端にあるコンテナヤード、ショートランド泊地からの直通便から降りてきたヒャッハーとイズモマンが、迎えに出ていた長門と久々の再開を果していた。

 

 

「今更都合のいい軍令を飲んで異動なんてしてやる義理は無いんだけど、貴女から直接要請されたら断る事なんて出来ないわよね」

 

 

 本来大坂鎮守府からショートランド泊地へ要請していたのは軽空母一隻と大坂鎮守府で建造された新造艦とのトレードであった、それは問題無く纏まる話ではあったが、飛鷹と隼鷹どちらかを輩出する段階になった時この二人は両名揃っての異動を強く希望した。

 

 長らく共にした相棒と別れる事に抵抗があったのも確かであったが、異動を告げられた先の拠点で総旗艦を努めているのが長門と聞き、隼鷹が口にした様に、昔死を覚悟した時に切り込んできたこの艦娘に借りを返す事を切望して。

 

 あの南洋の戦いの後二人はそのままリンガ泊地立ち上げの人員として配置され、また同じ時期には軍の強い意向で北方の地固めの為転戦した長門率いる艦隊は壊滅した。

 

 

 自分達を救った艦隊が、精強を誇る者達が海に沈み、唯一生き残った長門は人知れず野に下ったと聞き、長らく心の片隅で言葉にならない引っ掛かりがあった二人はこの異動の話を聞いた時、心の隅にあった形容のし難い疼きは罪悪感であったと漸く理解した。

 

 

『叩くべき敵がそこに居て、共に戦うべき同胞(はらから)が存在する、それ以外に何か戦う理由が必要なのか』

 

 

 誰の為でもない、矜持が言わせた言葉だったのだろう、それでも自分達の運命を変えたあの時、そう言った者が理不尽に散ったと聞き、その無茶な作戦があの南洋で抜錨した長門達への懲罰という意味合いが少なからず含まれていると誰もが知っていたからこそ、ずっと心に晴れない物を抱えてきた。

 

 北方戦線、充分な備えで(のぞ)めば攻略は充分可能であったあの作戦、坂田が名ばかりの元帥という位を得て現場から追われた後、上層部を掌握しつつあった鷹派、後に艦隊本部と名を変える者達が発令したのは支援艦隊を伴わない攻略作戦。

 

 

 「南方を単独艦隊にて攻略せしめた精鋭ならば、未知の敵とも存分に渡り合い勝利を掴むものと期待する物である」

 

 

 そんな根拠も確信も無い薄っぺらい言葉一つで送り込まれた艦隊が、再び大本営に凱旋する事は無かった。

 

 

 

「久しいな二人とも……と言うか隼鷹、その鞄には何を詰めているんだ? 妙にガシャガシャと煩い音がしているのだが」

 

「ああこれ? そんなの決まってるじゃんか、ほら、艤装じゃなくてあたしが補給する為の燃料だよん」

 

「もうアンタはほんとに…… 先に送った荷物に入れとけとあれ程言ったのに」

 

「何言ってるのさ、コイツは他じゃ手に入らない逸品揃いなんだよ? もし検疫に引っかかって没収されちまったらどうするんだよぉ」

 

「うむ……色々噂は聞き及んでいたが、やはりお前は相当な呑兵衛のようだな」

 

「まぁ呑兵衛って言われてもしょ~が無いよなぁ、って言うかさ、ここって人修羅の手綱を握るって剛のモンが指揮を執ってるんだろぉ? ならお近付きの挨拶はコレ(酒宴)に決まってるじゃんかさ、なぁ長門」

 

 

 素面(しらふ)なのに酔っ払いの様な言葉を聞き苦笑する長門、その横で溜息を吐くイズモマン。

 

 長い時を超え、あの南洋から今まで邂逅する事の無かった者達が再び逢う事になったのは、戦地を遠く離れた後方の拠点。

 

 既に熟練と言われる程に成った改装空母二人の前に立つのは、僻地の拠点で人知れず消える事を望んでいたが、再び海へ出る決意をした一人の艦娘であった。

 

 

「因みに隼鷹よ」

 

「あん? 何だい?」

 

「ウチの提督は下戸だぞ、と言うか一滴も飲めん」

 

「へ? マジで?」

 

「マジだ、お前が飲むのは別段何の問題も無いがな、無理にソイツを薦めたら周りからその……な、良くないアレがナニする可能性があるから気を付けておく事だ」

 

 

 長門が言うアレがナニとは、吉野が感知しない状態で周りを守護する時雨やポイヌ(夕立)達くちくかんが暗躍する割と洒落にならない活動を指すのだが、それをこのヒャッハーが身を以って知るのは案外早い段階であったという。

 

 

 飛鷹型一番艦 軽空母飛鷹

 飛鷹型二番艦 軽空母隼鷹

 

 

 こうして春まだ遠い大阪の地に、鷹と隼の銘を冠した貨客船改装空母という数奇な前世を持つ二人が着任を果すのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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