大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 全てを整え抜錨する為に動き出した第二特務課、その先には幾つかの解消しなければ無い問題があったが、それでも流れは足踏みを許さない。

 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/03/01
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました皇國臣民様、有難う御座います、大変助かりました。


宿願

 陽も傾き(あか)に染まる空、見える海もそれと同じ色に彩られるが、部分的に濃い朱の(まだら)が波間に浮かぶ。

 

 降り注ぐ鉄火の弾雨は敵にも味方にも等しく襲い掛かり、悪魔の笛の音と空に舞う死の羽音は幾重にも折り重なり、耳障りな交響曲を(あか)い海へと広げていった。

 

 

 中部海域クェゼリン環礁。

 

 日本の支配海域極東に位置する最前線、その更に東部へ約110海里、支配海域の東端付近ではクェゼリン基地所属第一艦隊と第二艦隊が同海域に出現した空母棲姫率いる空母機動艦隊を撃滅する為猛攻を掛けていた。

 

 この前日より海域深部へ向け進行ルートへ別艦隊で飽和攻撃を敢行、数で劣勢であるクェゼリン基地では出撃の度に使える者を入れ替え、順次再編成を繰り返しつつ反復出撃を実施、ボス攻略艦隊と拠点の最低防衛の人員以外は行動不能になるという、初手から総力戦という状態でこの戦いは幕を開けた。

 

 

 日が昇ると共に攻略艦隊は海域深部へ進軍、第一艦隊が先行し、第二艦隊はやや後詰めの形で距離を取り支援に徹しつつ戦線を構築する。

 

 そして第二艦隊の更に後方、クェゼリン基地より艦隊支援として出撃した艦娘母艦が随時補給と応急修理を実施する為、突出した位置のまま戦域に停泊していた。

 

 

 通常母艦が出る位置よりも前に突出したその船は、この作戦の為に大坂鎮守府より譲渡された新型艦、轟天号をデチューンした先行量産型の船『あほうどり』

 

 英名"アルバトロス"というホールインワンより達成が難しいという意味に(あやか)り名付けられたこの船には、クェゼリン基地司令長官である飯野健二(いいの けんじ)大佐を始め基地中枢を指揮する者達が座乗しており、前線の指揮及び艦隊補給や修復の作業を担いつつ後方からの敵に対する壁となっていた。

 

 

「第二艦隊由良、暁、弾薬残量20切りました、一旦補給の為に母艦へ戻します」

 

「了解、一度に下げると戦線に穴が開く、先に足が速い暁を戻して順次入れ替える形で補給を実施してくれ」

 

「了解です」

 

 

 戦況で言えば前面に展開していた敵水雷戦隊は駆逐を完了しており、現在第一艦隊は敵艦隊本隊へ攻勢を掛けている状況。

 

 海域首魁である空母棲姫を含む随伴艦は夜間でも艦載機運用可能な艦が三隻という布陣であり、日が落ちた後に前へ出る水雷戦隊の事を考えると最低でも随伴艦へ中破以上の損害を与えないと戦力的不利のまま事が推移してしまう。

 

 既に日は落ち掛け夜戦まで残された時間は凡そ一時間、その間に第一艦隊は敵航空戦力をある程度削り、支援の第二艦隊は夜戦の為に補給を随時行う為に積極的な攻撃参加は見込めない。

 

 

「これは……夜戦までに敵空母の無力化は難しいか」

 

 

 飯野は目の前に広げた海図に視線を落とし、戦況が刻々と入るインカムからの音に注力していた。

 

 敵主力艦隊の編成は 空母棲姫を旗艦とし、僚艦を空母ヲ級flagship二隻、軽巡ツ級elite、駆逐ニ級後期型二隻とする空母機動部隊、ヲ級flagship二隻だけでも厄介極まりないというのに、それを纏めるのがその二隻を合わせてもそれよりまだ強力と言われる空母棲姫。

 

 たった一時間でその両翼(ヲ級)をもぎ取る事は難しく、しかしこのまま撤退し翌日仕切り直す戦力は最早クェゼリン基地には残されてはいない。

 

 

 海域攻略は飯野だけでは無くクェゼリン基地に所属する者全ての悲願であった、ある者はその為に日々錬度を高める為に尽くし、ある者は支援の為に海域に点在する敵を掃滅する為寝食を削って海へ出た。

 

 全ては目指した(未来)へ、求めた海を掴む為、今日の為に全てを備えてきた。

 

 

 その想いと宿願は簡単に退くという選択を選べる状況では無く、しかし誰かの命を踏み台にして獲る価値は無いという(せめ)ぎ合いが飯野の判断力を鈍らせていた。

 

 些細な指揮のミスは戦う艦娘達の動きに影響していき、またその心情が伝播して精彩を欠いていく、そんな悪循環が残り少ない時間と戦意を削ってゆく。

 

 

「どうする……夜戦に入ってしまうともう戻れない、今作戦をどうするか……いや、退くかどうか決めなくては」

 

「司令官、後方基地防衛部隊『泉和(いずわ)』より入電です」

 

 

 迷いの淵で眉根を寄せ、進退の判断に入っていた飯野へ司令補佐に入っていた白雪が一枚の紙を差し出した。

 

 この作戦には大阪鎮守府がもしもの為の予備戦力としてクェゼリン入りしており、戦況は逐一そちらにも流れている。

 

 この苦境を見て撤退の進言でもしてきたか、それとも何か妙案でも思い付いたのだろうか、眉根を寄せて受け取った一枚の紙、そこには泉和(いずわ)に座乗する吉野が送ってきたのであろう一文が刻まれており、その言葉に目を通す飯野は眉根に走る皺を更に深い物へとしていった。

 

 

「我らは水に沈む石なれど、船に在れば錨となり、(おか)に在れば係船柱と成す」

 

 

 抽象的であり簡素な言葉、このタイミングで髭眼帯が送ってきた一文を見て、飯野は何かを噛み締める様に再度それをなぞり、天を仰いだ。

 

 

「そうか、吉野君……君ならそうするか、まったく……こんな時でも君はブレないんだな」

 

 

 硬い表情だった物が苦笑へ変わり、諦めとも脱力とも言えない雰囲気が飯野に漂う。

 

 そんな変化に戸惑う白雪に対し、全軍へ通信を繋げと命令を出した飯野がマイクを手にして深呼吸する、そして口から出す言葉は今も命を掛けて海を往く艦娘達へ、想いを言葉へ乗せていく。

 

 

「こちら艦隊司令長官飯野だ、全軍へ通達する、これより我が軍は海域攻略の最終段階へ移行する、が、現在戦況は極めて流動的であり事前に取り決めてあった作戦行動は困難と思われる」

 

 

 突然耳に聞こえる主の言葉には撤退を匂わせる言葉が混じる、それを耳にしたクェゼリン艦隊の者達は少なからずの驚きと、そして悔しさに表情を歪ませる。

 

 この日の為に積み上げてきた、この時の為に備えてきた、確かに状況は劣勢と言わざるを得ないがそれでもまだやり様はある、それが成せばまだ充分勝機はある。

 

 しかしそれは司令長官である飯野は絶対に首を縦に振らないであろう無茶であり、恐らくは誰かが帰らぬ者になる可能性を秘めた物であった。

 

 

 故にそのその一言は口には出来ない、己の信念を貫く為の物であろうと、それを主が許さないと言うのなら従うのが自分達(艦娘)なのだからと。

 

 

「拠って、これより先の作戦指揮は第一艦隊旗艦並びに第二艦隊旗艦に委譲し続行する物とする、退くも良し、往くも良し、これは俺だけの戦場じゃない……お前達の戦場でもある、後ろで見ている俺よりも現場で戦ってるお前達の方が最適解を引き当てられるだろう、ケツは全部俺が持ってやる、思う存分やるといい」

 

 

 この窮地に於いて責任放棄とも取れる指揮官の言葉、全ての責任は持つという言質があったとしてもそれは認められないだろう行為。

 

 それでも鉄火の只中に居る者達は、そして夜戦へ向けて整えた者達は、その言葉に主からの覚悟と、それ以上の信頼を読み取った。

 

 この失敗の出来ない作戦の、それも土壇場で全てを任せるという行為はヤケクソで無いとすれば、それはこれ以上無い信頼の証とも取れるだろう。

 

 

「……こちら第一艦隊旗艦霧島、艦隊司令長官へお願いしたい事が御座います」

 

「何だ、言ってみろ」

 

「指揮権を委譲して頂くというなら既に我々の往く道は一つしかありません、しかし我々は貴方の舟、往く覚悟はあったとしても主の言葉無くしては力も存分に奮えないでしょう、司令……我々に言葉を」

 

 

 霧島の言葉に全ての者が集中する、体は既に前に出る体勢へ入っている、心も決めてある、後はそれを奮う切欠を待つのみ。

 

 

「我々に命令(オーダー)を!」

 

「ああ……判った、判ったよ、お前ら良く聞け、これより我が艦隊は海域攻略の為最後の攻勢を掛ける、全艦……目の前に居る敵を殲滅せよ!」

 

 

 ある者は雄叫びと共に海を(はし)り、補給を終えた者は気合と共に海へ躍り出る。

 

 

「艦隊総旗艦霧島より全軍へ通達! 我らが主は我々に敵の殲滅を命じた! これより我々には退くという選択肢は無い! 目標敵機動艦隊……全ての殲滅! 全艦、この霧島に続け!」

 

 

 日が沈み宵闇が海を支配しつつある戦場、何もかもを掛けた死闘は終幕へ向けて走り始めた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「霧島! こっちの弾はもう殆ど無い、このまま雷撃へ移行してもいいか?」

 

「待って、もうすぐヲ級を無力化出来るわ、那智はそのまま後退して第二に合流、そっちの盾になりつつ雷撃戦へ同調して!」

 

「了解だ! 無理はするなよ」

 

 

 夜戦へと移行して暫く、本来ならば第一艦隊と第二艦隊は前後を入れ替え、霧島達は補給をしつつ支援に当たるというのか当初の作戦であった。

 

 しかし日が沈む前に敵航空戦力を削り切れず夜戦へ移行した為そのままの布陣で戦いを続行し、引き続き相手の戦力を削るという戦いを霧島は選んだ。

 

 

 完全に掌握された制空圏下での砲撃戦、分は当然最悪に近い状況で推移していたが、それでも高速艦で固めた第一艦隊は機動力で致命傷を貰う事無く、当初の目的を達成しつつあった。

 

 既に第二艦隊は展開しつつあり前に出てくれば雷撃戦へと移行する、しかし霧島の前にはまだ艦載機を空へ放つ空母棲姫がほぼ無傷で立ちはだかっていた。

 

 ヲ級の無力化により航空戦力は多少弱体化したものの、ツ級(軽巡洋艦)ニ級(駆逐艦)の片割れはまだ健在、せめてその僚艦だけでも仕留めなければ勝ちの目は薄い。

 

 

「せめて……あのツ級(軽巡洋艦)だけでも」

 

 

 ここまで霧島は演習ですら見せた事の無い苛烈な攻めでヲ級とニ級(駆逐艦)を仕留めていた、それは当然僚艦のカバーもあっての事であったが、彼女の力がなければ駆逐艦でさえ仕留める事は難しかったであろう。

 

 視界の限定された暗闇で空からの猛攻を躱し、更に敵艦を相手にするという戦いは体力の損耗が激しく、現状に至っては精神力のみで戦っている状態と言っても過言では無かった。

 

 しかし間の悪い事に夜戦に突入したと同時に後方へ敵支援と思われる深海棲艦が幾らか出現した為、第二艦隊はそれの殲滅の為に幾らか損耗してしまった、その為予定していた以上のダメージを敵主力艦隊へ与えなければならないという状況が霧島をそこに釘付けにしていた。

 

 

 そんなギリギリの最中、まだいけると思った霧島の体は突如鉛の様に動きが鈍り、そこへ敵機からの雷撃が突き刺さる。

 

 

 肉体は精神に引かれしばし限界を超えた力を搾り出す事もあるが、無限では無い体力は枯渇すれば当然体が動かなくなる、精神に引っ張られた状態だとそれは前触れも無く突然起こり、自覚も無いまま唐突に終わりが訪れる。

 

 僚艦も伴わない霧島は集中攻撃を受けるがそれでも撃てる弾をばら撒き、最低限の仕事である敵僚艦の片割れ(ニ級)はなんとか海へ沈める事に成功した。

 

 

 獰猛な笑いを顔に貼り付け、敵首魁を睨む金剛型四番艦、既に大破し身動きは取れず、そしてもう後は無く。

 

 そんな状態で最後の覚悟と共に浮かぶ第一艦隊旗艦を、第二艦隊を伴ってきた那智が敵機の猛攻から引き剥がす。

 

 

「無茶をするな! お前が逝ったら目的を果したとしても誰も笑えなくなるだろうが!」

 

「は……ええ、ごめんなさい、自分でもちょっと調子に乗り過ぎたみたい、那智……第二はどう? いけるかしら?」

 

「ああ、心配無い、多少は損耗したがアイツらなら首魁の首は獲ってくるだろうさ」

 

 

 その時霧島を抱え後退する那智を掠める様に、第二艦隊の一団が空母棲姫へ切り込んでいく。

 

 僚艦が一隻とはいえほぼ無傷の深海棲艦上位個体、姫と呼ばれる存在は頑強さも並では無く、仕留めるには相当な胆力が要求される。

 

 

「オラァ! 散々ウチの旗艦を苛めてくれたね! 今度はこっちが攻める番だよ!」

 

 

 加古と初春が航空機からの攻撃を一手に引き受け、川内と由良がツ級(軽巡洋艦)へ肉薄して食らい付く。

 

 夜の世界で猛威を発揮する水雷戦隊は獲物へと襲い掛かり、そして雷撃の牙を突き立てようとする。

 

 猛攻を仕掛ける艦は後二隻、初霜と暁が空母棲姫へ向けて突貫する。

 

 

「……駆逐艦如キガタッタ二人デ何ヲスルト言ウノカ」

 

 

 空母棲姫が威圧を伴う視線をぶつけ、侮蔑の言葉を以って二人の駆逐艦を迎え撃つ。

 

 

 例え雷撃に秀でようとも姫級と駆逐艦ではスペック上の戦力比は絶望的な開きがあるだろう。

 

 速度で勝ろうともその差が縮まる事は無いと人は言うだろう。

 

 

 しかしこの戦力の振り分けは旗艦である加古が決め、誰もそれに異を唱えなかった。

 

 無茶とも言える差配の元、絶望へ向けて(はし)る駆逐艦達の目にはしかし、殺意と確固たる決意が宿っていた。

 

 

 あの教導を受けた大阪湾、己達の非力を嘆いていたあの時、目の前に居たのは自分達と同じ非力と言われた艦種であり、それでも異能とも言われる戦果を叩き出したという赤い目の駆逐艦。

 

 どうすればそう成れるのか、どうすればその高みに至れるのか、そんな弱い自分達にあの艦娘は、悪夢と言われた駆逐艦が放った言葉とは。

 

 

「駆逐艦如き……そう言ったわね、その言葉が意味する物を思い出させてあげるわ」

 

 

 低く呟く初霜に、続く暁の中にあるあの言葉は。

 

 

『駆逐艦は敵を駆逐する為の船っぽい、だったら目の前の敵を"駆逐"する事が私達のお仕事っぽい』

 

 

 駆逐艦、Destroyer、その言葉が意味する物は、全ての掃滅、文字通り全てを(ことごと)く駆逐するという意味であると。

 

 

「もう、許さない……許さないんだから!」

 

 

 自分達の存在意義は防ぐ為でも支援する為でも無い、今この場限りは駆逐という自分達が背負う名が全てなのだと。

 

 弾雨の只中を無謀とも言える速度で波を割り、手厚い空からの壁を裂き貫いた小さい二つの存在は速度をままに、肌に相手の息遣いも聞こえようかという距離で、最大火力である魚雷の斉射を敢行した。

 

 

 猛火を伴う反復を二度、三度、そして四度目の反復が終わった頃、接射による自身のダメージの為にほぼ大破に至った駆逐艦二人の目の前には、ボロボロになり、その身を沈めつつある深海棲艦の、姫と呼ばれる者の(むくろ)が横たわっていた。

 

 

「司令へ、聞こえますか……こちら……第二艦隊初霜、我ら敵首魁……を駆逐せり、繰り返すこちら第二艦隊初霜、我ら敵首魁駆逐せり!」

 

 

 こうして一晩も掛けず短くも、彼女達には長い夜が開け、誰も彼も傷だらけになったこの戦いはその様とは真逆の笑顔と、そして嬉しさから沸いた涙と共に勝利を水平線に刻んだのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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