大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 泊地棲姫との密談が終了し、一路クェゼリンへ向け帰頭する為海を往く艦娘母艦"泉和"、事後の処理を考えつつその船上で海を見る髭眼帯を悩ませる案件と、新たに発生した厄介事とは。

(※)ご注意
 作中色々な事件が絡んでややこしくなっておりますが、現在この話は一部世界観を以前コラボをさせて頂きました

坂下郁 様作
逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-
https://novel.syosetu.org/98338/

 と共有している部分が御座いまして、その辺りのエピソードを少し反映した形になっています、またコラボレートという物とは違い、ちょっと話題的に触っている形となっていますので、その辺りはどうかご容赦下さいませ。



 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2018/10/30
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました皇國臣民様、真川 実様、orione様、K2様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


静かな海と静かじゃないどこか

 陽が燦々と降り注ぎ、南国特有の日差しが船の狭い甲板に照り返し、海の湿り気を帯びた風がほんの少しだけ火照った体から熱を冷ましていく。

 

 周りを見れば見渡す限りの水平線、其処は深海棲艦が出現して以来人が足を踏み入れた事の無い太平洋。

 

 位置的な部分から言えばキリバス諸島の凡そ400km西、取り敢えずの寄港地であるクェゼリン基地までの中間辺り。

 

 

 暦はまだ三月上旬であり、吉野はずっと黒い第一種軍装を着ていたのだが、この辺りは赤道に近い事もあり気温が高く、エアコンが効いている船内とは違い暑さで厚手の軍服を着ている事が苦痛とあって、上半身はたれぱ○だのバックプリントが入ったTシャツ一枚という格好。

 

 片手に持った団扇(うちわ)をパタパタと扇ぎつつ目を細めてみれば、遥か彼方には入道雲が浮かぶ空と水平線という静かな風景。

 

 この海域の首魁である泊地棲姫より安全が保障されている現状哨戒という活動をする必要も無く、またその人員も乗せていない艦娘母艦泉和(いずわ)は現在浮上航行中で西進中、またこの海域では一切の通信が不能という状態の為吉野は艦橋前の僅かな甲板に折り畳み椅子を持ち出し、一人思考の海へ没入していた。

 

 

 会談はあの後粛々と進み、一応ではあるが基本的な取り決めはなされていた。

 

 

 基本的に日本とキリバスでは直接的な通信手段が無い為に、双方の連絡手段確保が当面の第一目標とされ、その為に大坂鎮守府はクェゼリン基地への支援を続行するという事はほぼ確実という考えを吉野はしていた。

 

 加えて泊地棲姫からは支配海域外縁に連絡をやり取りする為に人の言葉を解する者を常駐させる事にすると聞いた事もあり、その辺り暫くの準備期間は要するだろうが問題は無い状態と判断出来た。

 

 国内へ向けての対処としては、オーストラリア大陸東側より南側へ渡る陸沿い20海里周辺を非戦闘海域にするという確約を泊地棲姫より得ており、その海域のみ船舶の往来を保障するという約束を取り付けていた為最低限の手土産は用意出来たとあり、元老院に対する折衝は問題ない状態であり、またその一連の動きは兵力の大幅な配置を必要としない為に軍部に掛かる負担は軽い物となる為、取り敢えずではあるが問題は無いと考える。

 

 

 しかしこの取り決めを国が認めた場合、現在の太平洋の一部は深海棲艦の支配海域であると国が公式に認めたという事になる。

 

 それは日本という国が現在も深海棲艦は人類の敵という位置付けで戦う一方、一部の深海棲艦とは手を結ぶという複雑な政治を繰り広げなければならないという難題を抱える事になる。

 

 更に今回またしても泊地棲姫からの言で全ての交渉や連絡・調整は吉野という個人との間で行うという条件が付帯されており、朔夜(防空棲姫)の時に問題になった状態を避けようと苦心してきた吉野にとって、またしても厄介事を背負うという状態になっていた。

 

 

 当然それは軍部・政治、果ては外交という面での問題も以前の焼き直し、またはそれより大規模な物となり、それの対応や調整で暫くは身動きが取れなくなる事が予想された。

 

 

 尚今回の取り決めでは一部泊地棲姫の海域を船舶が通過する事を許可した変わりに、キリバスへは幾らかの物品を定期的に納めるという事で約束は履行されるとし、定期的にその物資は送らなければいけないという手間も発生する為、その面に於いても重要となるクェゼリン基地へは今まで通り、支援と協力は継続していく事になる。

 

 泊地棲姫から指定のあった物品は雑多と言える内容で、それは食料品であったり、諸々のレシピを含めた書籍であったり、後は衣料品という物、数量的にはコンテナ数箱に収まる物であったが、その内容物は冬華(レ級)の変わりに大坂鎮守府入りする事になった重巡棲姫が選ぶという事である。

 

 

 そんな諸々の事を取り敢えず纏めた現在、まだ外部との連絡が取れず、先の事はやや流動的ではあったが、対外的な政治面は別としても、国内へ向けての実務面では問題の無い状態で推移していると吉野は予想を立てていた。

 

 問題になる対外的な面に於いても、自身に対する風当たりが強くなるだろうが、現状深海棲艦に対する攻勢が足踏み状態の人類にとって、この提案を袖にする理由は無い状態と言えるのでそこはやり方次第で何とでもなるという、半分諦め交じりの結論には至っていた。

 

 

 それでも髭眼帯の顔色は優れない。

 

 事前に色々やらねばならない事があり、肝心の泊地棲姫と対する時の詰めを怠っていた、予想では対話は出来ても交渉には至らず、とりあえず敵対という形では無い状態でそれが終われば良しという漠然とした状態で事に望んだ。

 

 それは深海棲艦との関係をどういう方向で考えればいいのかの指針を決定する材料を揃える為の行為であり、それ以上踏み込む事は出来ないという考えからの段取りで進められた計画であった。

 

 しかしその考えは本人の与り知らなかった縁が思ったよりも深く、そしてそれ以上の先を見越した朔夜(防空棲姫)達の手回しで話が先へと進む形になった。

 

 結果で言えば太平洋へ出る為に軍部や元老院側へ対して出していた"ハッタリ"が現実の物になってしまい、自分が生きている内に達成出来るか否かという予想を立てていた目標までに至ってしまう処まで話が進んでいた。

 

 

 そういった甘い考えが代償として冬華(レ級)という仲間を人柱にするという失態を生んでしまった。

 

 もっと慎重に事を進め、交渉のカードを揃えるべきだったという自己嫌悪が今の心境の半分を占め、もう半分は予想以上に泊地棲姫が最後に口にした言葉の内容が釈然としないという形で苦い表情を表に出させていた。

 

 

 『取り引きはするが敵対という立場は変わらず』という事で意見は纏まり、会談は幕を降ろした。

 

 しかしその場を後にする際、泊地棲姫は吉野を呼び止め

 

 

「恐らくお前の立場はニンゲンの世界では危うい物になるだろう、もしその身に逃れられない不幸が訪れたのならこのキリバスを訪ねて来るがいい、幸いこの街は空家が殆どだからな、お前とお前の近しい者達が住む家位なら幾らでも用意可能だ」

 

 

 そんな別れの言葉で吉野達を見送った。

 

 

 色々な可能性を考慮すればそれは選択肢が増える喜ばしい結果と言えるだろう、しかし何故初対面で、更に敵対という立場のままの彼女がその言葉を口にしたのかという真意と、日本という遠く離れた艦娘の本拠に於ける内部事情を知らない筈の彼女が何故、吉野という者の立場を予想する事が出来たのかという謎がどう考えても判らない。

 

 

「どうですかこの辺りは、何も無い所ではありますが、綺麗で静かな海でしょう?」

 

 

 色々考える事が多過ぎて溜息を吐きつつ、難しい顔をする髭眼帯の所へ折り畳み椅子を両手に持った重巡棲姫がやって来る。

 

 その顔は泊地棲姫と同じく感情が読み取れない物であったが、彼女の後ろから来る時雨のニコニコとした表情と、妙に近い距離感を見ればお互い色々とそれなりの関係は結べたのだろうと感じ、髭眼帯は表情を崩し、一旦思考を打ち切る事にした。

 

 

「ですねぇ、見渡す限りなーんも無い水平線ですけど、それが逆に落ち着きますよ」

 

「ここにはニンゲンが居ませんからね、争う相手がおらず、ただ日々を静かに暮らせればいいという者が縄張りを支配していますから、必然的にこの海は静かな場所になっています」

 

 

 日々静かに暮らせればそれでいい、深海棲艦の大親分がそう言ったと伝えた処で一体どれだけの人間がその言葉を信じるだろうか、そんな考えが浮ぶ程、話の中心に居る髭眼帯ですら半信半疑になる現実がそこにあった。

 

 そんな苦笑いの髭眼帯の横には二つ折り畳み椅子が並び、そこには時雨、そして重巡棲姫が並んで座り、相変わらず無遠慮に照り付ける日差しと少し湿った風の中、互いの基本的な常識の溝を埋める様な会話が淡々と始まるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「なる程、時雨君が色々船内を案内し、重巡棲姫さんが諸々の興味を持った状態でここまで来たと?」

 

「うん、案内する場所はそれ程多く無かったんだけど、鎮守府の事や仲間の事を話している内にね、ちょっと重巡棲姫さんが提督にお願いしたい事が出来たとかでここまで連れて来たんだ」

 

「……お願い?」

 

「はい、聞けば貴方の麾下に居る者達は全員何かしらの固有名詞を与えられているとお聞きした物で」

 

「え……確かにそんなカンジにはなってるかも知れなかったりしちゃったりしてるけど、まさか……」

 

「私も暫くはそちらでご厄介になる事ですし、出来たら名前を頂きたいと」

 

 

 片眉をピクリと上げ、視線を時雨に向けると何故か目を逸らされる。

 

 基本的に毒にも薬にもならないツッコミモブの髭眼帯であったが、毒飲料に対する知識と致命的なネーミングセンスの無さという部分に於いては右に出る者は居ないと評判の男である。

 

 それは悲しいかな本人も自覚する処であり、その前提で何故名付けという大役を担う致命的な話になっているのかと問いたかったが、本人も何か思う処があるのだろう、時雨にしては珍しく口元をピクピクさせ、不自然な程吉野に目を合わせようとはしなかった。

 

 そんな秘書艦に何かを察したのか、髭眼帯は溜息を吐くと共に、大坂鎮守府へ新たに来る事になった目の前の深海棲艦の希望に沿う為の名称を決める為に思考を巡らせ始める。

 

 

「基本形はジッちゃんですね」

 

「もぎますよ? 頭」

 

「次点で……ヴェーさん?」

 

「何故そんな名称に?」

 

「え……ほら被弾時の叫びがヴェエエって……」

 

「時雨さん……冗談抜きで、もいでもいいでしょうか? 頭」

 

「えっと、もいじゃったらくっ付かないから多少の手加減は必要だと思うんだけど」

 

「ではロデオさんとかは……ってイタタタタ! 頭! 頭をグリグリしないで!?」

 

 

 例のイベントではダブルダイソンに注目がいきがちで、逆に癒しとまで言われた重巡棲姫という存在は、実はニーソのピチピチであったり、腹部からデローンと異形が生えてくるという中々特徴的な存在であった。

 

 しかしその辺りを掘り下げ『モツ』さんだの『今一イメージに残らないポジの人』とか言う程髭眼帯も迂闊では無かった。

 

 そんな感じで当たり障りの無い部分からアプローチを試みた訳だが、元々そのセンスが壊滅的である為に無意味な配慮となってしまい、結果として頭を引っこ抜かれそうになるという悲劇。

 

 

「提督はいつも変に考え過ぎるからいけないんだよ」

 

「考え過ぎた結果、見た目だけの特徴から並べただけの単純な名称になっているのは何故ですか?」

 

「んと、そこは変に思考が高速回転しちゃう人だから、色々一周しちゃって元の位置に戻っちゃったと言うか」

 

「ああ……なる程、ソッチ系の方でしたか……」

 

「ソッチ系ってどっち!?」

 

 

 髭眼帯そっちのけで色々なイメージが先行しちゃう会話が時雨と重巡棲姫の間で交わされる。

 

 場の中心に居る筈の吉野は結局いつものスルーされる形となり、苦笑しつつも一度伸びをし、気分をリセットする為大きく息を吸い込んだ。

 

 視線の先には相変わらず青一色が広がる広大な海、自分達の声以外には何も聞こえない静かな世界。

 

 未だその世界から続く何処かは混沌とし、砲火が交わされている筈なのに、敵地と言われるここでは平和その物という景色が、無意識の言葉になって吉野の口から漏れ出す。

 

 

「……静かな海、うん、重巡棲姫さん」

 

「はい? 何でしょうか?」

 

「貴女の名前、静海(しずか)と言うのはどうでしょう?」

 

静海(しずか)……ですか?」

 

「そそ、静かな海と書いて静海、当て字にはなりますが、そういう読みも存在しますし……どうでしょう?」

 

 

 重巡棲姫は言葉を呟き、目を瞑る。

 

 並ぶ時雨はニコニコとしつつ、熟考する仕草をする重巡棲姫を見ている。

 

 

「一つ、伺ってもいいでしょうか?」

 

「ええどうぞ」

 

「何故その名前に至ったか、理由を聞いても?」

 

「あー……その辺りは何となく、かな、ほら、周りがこんなにも静かだし、平和だなぁとか思ってたら自然に」

 

「この海を見て……そうですか」

 

 

 その言葉に視線を巡らせ、重巡棲姫は海を暫く眺めていた。

 

 誰も言葉も発しないそこは波を切る音は聞こえても、見渡す限り何も無い、唯一海と言う物が視界一杯にひろがる青の世界だった。

 

 重巡棲姫はここで生まれ、ずっとこの海と共に過ごしてきた、そこは本当に何も無く、ただただ海があるばかりの退屈な世界だった。

 

 そんな退屈で、何も無く、そして愛してきた世界、それを暫く眺め続けた彼女は何かに納得したのか一度頷き、再び吉野へ向き直った。

 

 

「有難う御座います、思いも掛けず良い銘を頂き……少しだけ貴方というニンゲンに対するマイナスイメージが払拭されました」

 

「ははっ、少しだけかぁ、それじゃぁこれから先もそのマイナスがプラスへなる様精一杯努めさせて貰うよ」

 

 

 こうして命名の儀は滞りなく終了する事になり、キリバスから日本へ来る事になった重巡棲姫は静海(しずか)という名前を得て、愛すべき海を後にする事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……え? ウチで会談? ですか?」

 

 

 泊地棲姫の支配海域を抜け、クェゼリン基地への通信が回復し、取り敢えずの報告をする為同基地を経由して大本営に一報を入れた吉野は思ってもいなかった事態に怪訝な相を表に貼り付ける。

 

 通信相手は大隅の代理である秘書艦吹雪、電信にてある程度の情報は報告として送信してはいたが、それに対し時間も掛けずに帰ってきた返答は予想もしていなかった困惑した内容だった。

 

 

『現在大本営は第二種警戒警報が発令されており、それの対処の為上層部は事の処理の為対外的な案件に対し動く事が出来ない状態にあります』

 

「第二種警戒警報って……一体そっちでは何が起こっているんです?」

 

『まだ情報が出揃っていませんし、この回線(・・・・)ではお話出来る内容の物はありません、詳しくは秘匿回線が使用可能な海域に入った時にでもお伝えします』

 

 

 吉野の頭の中では今回の件が大本営に行けば、また諸々の会議が召集されるのだろうと既に準備を始めていた。

 

 しかし報告に対し返ってきた答えは今の吹雪の言葉通り、現在大本営では何かしらの事が起こり現在第二種警戒警報が発令され、その対応に上層部は注力している状態なのだという。

 

 日本が軍を再編成して以来緊急と呼ばれる事案はそこそこの頻度で発生してはいたが、中枢である大本営自体でその事案が発生するという事は極めて稀であり、また様子を伺うにそれは外部へ漏らす事が出来ない何かを含んだ、要するに内部的な問題を抱えた案件になっている物だと推測される。

 

 

 現状は国内鎮守府に居る将官へは待機命令が下り、現在進行中の作戦で中止可能な物は全て中止、戦力を拠点へ引き上げて整えよという命令も発令されているという。

 

 更に外洋に居る吉野に対しては別の命令として、大坂鎮守府へ急ぎ帰投し、防衛体制を強化、然る後元老院、内閣、そしてイギリス、ドイツ、イタリア三国の大使を迎えた上で会談を執り行う様にとの命令が下った。

 

 

 大本営が警戒警報発令中という最中であるにも関わらず、ある意味危険ではという状況下での緊急会談、しかも国内の要人だけには留まらず、現在のヨーロッパ連合の中核とされる国から大使が派遣されての事であるという現状。

 

 ほぼ全てに於いて想定外の事に思考が停止し、思わず無言になる髭眼帯。

 

 

『そんな訳なのでこっちでは今要人を迎えての会議を執り行うのは安全面でも、そして機密的にも不可能となっています、ですので急遽大坂鎮守府でその場を設け、事に当たれと言うのが提督(大隅大将)からのご指示になります』

 

「……軍部からは誰が出席するんでしょう?」

 

『海軍側では三郎さんが階級的筆頭となりますが、緊急的に染谷前岩川基地司令長官がサポートとして、陸からはいつも通り池田少将が大坂鎮守府入りする予定になっています』

 

「染谷さんが?」

 

『はい、現在染谷さんは予備役として退役軍人会の役員として活動しておられますが、発言力は未だ一定の物があると言うことで坂田元帥より代理の任が打診され、今回は大坂入りをする手筈となっています』

 

「……なる程、自分以上の将官は大本営から出る事が出来ない、今はそんな状況であると」

 

『そうなります、また今回の件では艦隊本部側の者をその話し合いに入れる事は出来ないので、その影響もあって(・・・・・・・・)参加の人事が変則的になっていると言う事は理解しておいて下さい』

 

「……そうですか、その辺りは了解しました(・・・・・・・・・・・)

 

『今回は国内だけでは無く、ヨーロッパ方面の要人が集う場でもありますから、くれぐれもご用心を、では』

 

「了解です」

 

 

 通話が終了し、発令所では無言の張り詰めた空気が漂う。

 

 現在は吉野が椅子に深く身を沈め、サポートに付く古鷹と、操船を自動航行に切り替えた為にシステム用のポッドから出てきた叢雲の三人がそこに詰めていた。

 

 長々と続いた案件が一区切りと安心していた矢先の出来事、しかも前例の無い緊急事態と、それに平行して降って沸いた自分達に対する大事。

 

 

 暫く無言で何かを考える吉野と、オペレーターシートからそれを見る古鷹、そして代用コーヒーの湯気が上がるカップを片手に様子を伺う叢雲という三者は其々何かを思案しつつ、無言の時間が暫く続いていた。

 

 

「古鷹君、大坂に秘匿通信はここから飛ばせるかな?」

 

「あー……ここからではまだ距離があって無理ですね、クェゼリンより西へ出れば恐らく使用が可能になると思うんですけど」

 

「そっか、じゃ情報収集は後からするとして、申し訳無いんだけどクェゼリンへ連絡して、ウチの艦隊を引き上げても防衛が回るかどうかの確認を取ってくんないかな?」

 

「了解です、その辺りはお任せ下さい、しかし……大本営で第二種警戒警報ですかぁ、何が起こってるんでしょうね」

 

「今回ウチの案件に関しては艦隊本部を抜きにして事を進める、吹雪の言い方ではそうなってるみたいね、て事は」

 

「うん、事の中心はそっち絡み(艦隊本部)なのは間違いないだろうねぇ、ただ真意を確かめるにしても漣君に秘匿回線で連絡取れなきゃ調べ様が無いし、会談自体は実施が決定されてるとなると、今んとこ諸々の件は大本営の内部で治められる範疇の物だという考えでいいんじゃないかな」

 

「本当に次から次へと良くもまぁこれだけ厄介事が起きるもんね、ちょっと提督、アンタ一度お払いでもしてきたらどう?」

 

「うんその、実はこの出航前に近所の神社でお払いはしてきたんだけど……」

 

「うわぁ……て事は三郎さん、神様からも匙投げられちゃったんですか」

 

「むしろ日頃の行いを疑うべきなのかしら?」

 

 

 神から見放され、謂れの無い日頃の行いに対する風評被害を浴びる髭眼帯、そんな大天使とむちむちくちくかんにハハハと乾いた笑いで茶を濁しつつ、次に打つ手を考えるにしても状況が掴めないという事で一旦思考を切り上げ、モニターに表示している時間を確認する。

 

 一応支配海域とは言え遭遇戦の可能性もあるこのクェゼリン基地支配海域では、一応泉和(いずわ)は潜行しての行動を取っており、外部を映し出すモニターは黒一色に染まった状態。

 

 しかし現在の時間は0135(マルイチサンゴ)という事もあり、浮上していても恐らくその景色に差異は無いだろうという事だけは確かであった。

 

 

「クェゼリンへの到着予定時刻はどれくらいになりそう?」

 

「このまま何も無ければ……そうですね、0730(マルナナサンマル)から0800(マルハチマルマル)辺りには到着すると思いますよ」

 

「了解、んじゃさっきの件大和君に連絡するのと、周囲の警戒は頼んだよ」

 

「はい、お任せ下さい」

 

「て言うかアンタここ三日程寝てないんでしょ? ちょっとは横になりなさいよ」

 

「あー……うん、そうさせて貰おうかな、んじゃ艦長席で仮眠してるから、クェゼリンに到着したら起こしてくれる?」

 

「もーまたそんな所で、椅子なんかで寝ても疲れは取れないわよ?」

 

「何かあった時一々発令所まで上がってくるの面倒だし、ここでいいかなぁって」

 

「移動が手間なら椅子に座ったまま艦長室に移動すればいいじゃない」

 

「……んんんん? 椅子に座ったままぁ?」

 

「その椅子ってアンタの部屋に座ったままエレベーターで移動出来るんだし、別段手間なんか掛かんないでしょ?」

 

「ふーん……そっかぁ、そうなんだぁ、えっと古鷹君」

 

「はい?」

 

「悪いんだけどユウバリンコをちょっとここに呼び出してくんない?」

 

「え? はい、判りました」

 

 

 こうして泉和(いずわ)内でも設置されちゃった魔の艦長席という存在が発覚し、般若の如き表情の髭眼帯から生尻をペシペシされたメロン子がそのまま魚雷発射管室でバケツ正座の刑に処されるという一幕があったという。

 

 

 そして余計な手間を掛けた為に結局睡眠時間が取れなかった髭眼帯は四徹に突入してしまい、目の下に隈を張っつけた状態でクェゼリン基地へと帰還を果たすのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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