大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 数々の結果の末目標を定めた大坂鎮守府とその面々、大一番を控え個人的にちょっとヤバい爆弾を抱えちゃった提督であったが、そこはそれ、気合を入れ直して本番である多国籍会談へと臨むのであった。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。

(※)ご注意
 今回は筆者がプライベートの都合で色々と整理が及ばない状況であり、また投稿する環境に無かった為書き溜めとした物の投稿になっております。
 結果として字数が一万三千字を超える物となっており、これまでの二話相当の物が纏められております。

 その辺りご理解を頂き、目を通しても良いと判断された方のみ閲覧下さいませ。


2018/10/30
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、坂下郁様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


力技という名の暴挙

 大坂鎮守府地下三階、この拠点で最も強固と呼ばれる場所の一つ、戦闘指揮所。

 

 通常拠点とは違い地上区画が並以上の強固な躯体構造を有している為、地下区画は凡そそれよりも三階層分は深い換算強度とされ、更に指揮所周りは例の妖精さん謹製の煉瓦で覆う事で徹底的な強化がなされていた。

 

 元々耐震用に設置されていた大型ジャッキを基礎に格納し、構造強化されたそこは通常建築で換算すると地下十階以上、区画単体強度で言えば三万ポンド級のバンカーバスターの直撃にも余裕で耐えるという馬鹿馬鹿しい造りになっている。

 

 

 そんな指揮所はメロンテクノロジーをやりたい放題に詰め込んだアニメに出て来そうな佇まいであり、中央に据えられたモニター内蔵の円形テーブルは十四名分の席が備えられ、二艦隊の艦隊員と指揮者、オペレーターが同席してのミーティングが可能となっている。

 

 やや光度が落とされた室内ではテーブルに海図が映し出され、それには日・英で併記された文字が数多く表記されている。

 

 

 卓を囲むのは定員一杯の十四名と、オペレーター席に一人、そして控えとして一名、指揮所内には総勢十六名の者が詰めている。

 

 そこに居る者は錚々(そうそう)たる面々であり、参加者として

 

 駐日英国大使 モーリス・ウインザー(Maurice-Windsor)、英国国防省政務次官 ロドニー・ヴィッカーズ(Rodney-Vickers)

 駐日ドイツ連邦共和国大使 デーゲンハルト・フォン・ヴィターハウゼン(Degenhard-von-Witershausen)、ドイツ連邦軍海軍少将 リーゼロッテ・ホルンシュタイン(Lieselotte-Hornstein)

 駐日イタリア共和国大使 エルネスト・クリスチアーノ(Ernesto-Cristiano)、イタリア共和国海軍准将 パトリツィオ・デ・ニコラ(Patrizio-De-Nicoia)

 内閣総理大臣 鶴田栄(つるた さかえ)、外務大臣 石橋義文(いしばし よしふみ)

 元老院副議長 豊里庵(とよさと いおり)、元老院幹事 砥部才蔵(とべ さいぞう)

 日本退役軍人会参事 染谷文吾(そめや ぶんご)、日本陸軍中央即応集団特殊作戦軍西日本方面司令長官 池田眞澄(いけだ ますみ)陸軍少将

 

 そして大坂鎮守府司令長官 吉野三郎海軍中将、深海棲艦上位個体 静海(重巡棲姫)

 

 オペレーターに大淀、サポートに時雨という面々。

 

 

 大坂入りするリストを見た吉野は正直並ぶ名前だけでも頭を抱える事になっていた。

 

 各国が送り込んで来る者はどれも駐日大使、次官ですら無い、日本に居を構える外交的トップであり、英国側大使に至ってはWindsorの姓が示す通り王室関係者。

 

 更に政務次官は元を辿れば嘗て金剛を建造した例の"英国面"の代名詞とも言える造船社の末裔であり、英国軍艦娘技術顧問も勤めた事もある人物であった。

 

 ドイツにしても海軍少将という肩書きは持っていても、実で言えば艦娘運用では技術仕官のトップである者が随伴、イタリアに於いても海軍の艦娘運用部署のトップに名を連ねる者が席に着いている。

 

 

 政治面では何かあるだろう事は予想していたのでそれなりの覚悟はしていた物の、随伴する軍関係者がどれもこれも技術畑の人間という、言い換えてしまえばヨーロッパの艦娘方面で言う代表者が雁首を並べるという異常事態。

 

 そんな面々が場で注目しているのは議事の中心に居る髭眼帯ではあるが、それ以上に横で澄ました顔で佇む深海棲艦上位個体に向けられていた。

 

 

 会談を開始してから既に二時間弱、今回第二特務課が行った作戦概要の説明から始まり、現況泊地棲姫との間で取り交わされた約定と、制海権に於いての関係性をテーブルの海図に反映させての質疑応答が行われ、現在はそれに付いての各国の立場からなる意見が髭眼帯へ集中しているという状況。

 

 それらは好意的な物もあれば、当然利害が絡む部分では否定的な物も含まれるので話は混迷を深めている。

 

 

 基本的にそれは深海棲艦に対して意見する物では無く、日本という国が取る指針に対して諸外国がどう関わるかという部分に終始し、結果として深海棲艦の窓口という位置付けの吉野へ対する集中質疑という形で推移していった。

 

 各人の手元には議事の簡略化の為に考えられる限りの詳細が記されており、その部分の説明には時間が掛からない状態にはなっていたが、逆に言えばその資料内容自体が話し合いを助長する要因にもなっている。

 

 

 それは泊地棲姫がテリトリーで支配する深海棲艦の凡その総数で、場の全員がその数字に絶望する事になり、次いでその存在との関係性は基本日本の、しかも一個人を通じてでしか成り立たない物とあって、今後各国の関係性、言ってしまえば国家間の力関係が大きく変動する内容であった為其々は難しい選択肢の元、自国が少しでもその利権へ食い込める様な条件を引き出そうと終始した物になっていた。

 

 資料に記されていた数字とは、泊地棲姫の持つ戦力総数、上位個体とされる種は数にして十二体とされ、支配下に置く総数に至っては二千万弱、これは全世界の海に存在する深海棲艦の凡そ三割に届く数であると言う事、それは全世界の艦娘総数を遥かに超え、またそれは何かしらの事が起こって数が減ったとしても数ヶ月で元の数へ"復元"されるという事実が記されていた。

 

 今まで人類が持っていた情報を元に考えたならばその情報自体は数の大小を除き絶望とされる物では無いと思われただろう、しかしヨーロッパ諸国を含め日本国内に於いても接触した深海棲艦上位個体より(もたら)された情報と、ある程度の研究により、深海棲艦というのは根絶が不可能で、更に損耗した数はある程度の期間を置いて復活するのは既に周知の事実とされていた。

 

 

 戦力比が拮抗しているのならば、駆逐は不可能であっても取り敢えずの戦闘で掃滅してしまえば敵の経験という部分はリセットが可能な為、海域の維持は可能という考えは成立する。

 

 しかしその戦力比が開き過ぎれば維持はおろか、海域の開放に割ける戦力自体が用意出来ないと言うのが現状となってしまった。

 

 

 今回提出された資料自体の信憑性を話半分だと仮定しても、そこから導き出される数的比較は既に人類の敗北を意味する数を大幅に超えており、その資料が正確な物であるならば、深海棲艦がその気になれば人類は海へ出る事が不可能という結論が導き出される。

 

 即ち、深海棲艦とのある程度関係を持った国からすれば、現時点に於いての指針は人類の勝利を模索するより、どうすれば生き残り、そしてそこからどう利権を拡大していくかに終始する形になっている。

 

 

 そこで重要とされるのは基本艦娘の総数、そして深海棲艦との関係を拾う機会を得る為に必須となる支配海域の広さであった。

 

 

 ヨーロッパ諸国はそれを各国の取り纏めで整理し、其々を多国間で役割分担する事で勢力を維持する形へと移行した、しかしそうしても現況日本一国が持つ殆どに於いて上回る部分は存在せず、資源の供給という部分でしか話し合いに出せるカードが存在していなかった。

 

 そのカードに於いてもアジア圏の諸国を支配海域に置きつつある日本はある程度の自立をしている状況にあり、今回の第二特務課の持ってきた話が加わってしまうと、既にヨーロッパ諸国は対等の立場を維持するのも難しくなる事となってしまう。

 

 

「Mr鶴田、今一度確認させて頂くと、今回の太平洋南部に於ける泊地棲姫との関係は融和的な物でなく、部分的な利害を共有する限定的な海域利用という事で宜しいのですかな?」

 

「ええ、当該海域(太平洋南域)に於ける部分的な商船の通行……具体的に申しますと、オーストラリア東部から南部に掛けての泊地棲姫が支配する海域の内、同大陸沿岸二十海里内の船舶の通行、及び護衛艦の随伴は許可するという話になっておりますね」

 

「それはあくまで"許可"という事でしたな」

 

「そうです、我々の立場からすればそこは彼女達のテリトリーという認識の元、活動をしていくという形になります」

 

「なる程……そしてそれは日本が、と言うよりこちらに居る吉野中将が取り纏め役をされると」

 

「左様です、この話は彼個人が持ってきた物で、基本的には日本としてもその尻馬に乗っている状態と言えなくもありません、Mrウィンザーが仰る海域利用の件に付いても我が国の執行機関が主導する物では無く、あくまで個人的な縁の延長線上(・・・・・・・・・・)にある話と認識して頂く必要がありますな」

 

「そしてその名代が彼女……Ms静海(重巡棲姫)が当面の交渉相手ですか」

 

 

 如何にも英国という、仕立ての良い背広を着た紳士が口ひげをなぞりながら目の前の深海棲艦上位個体を値踏みする、それに対して静海(重巡棲姫)は特に興味を示す素振りも見せず、相変わらず変化の乏しい表情のままコーヒーを口にしていた。

 

 この会談が始まって以降、終始各国大使間での意見交換はあった物の、中心人物の吉野は説明に終始し、傍らの静海(重巡棲姫)に於いては受け答えの返答以外は特に言葉を口にしていない状態。

 

 それは言い換えてしまうと相手の立場が云々というより、話の中心が各国の利権に終始するという事であり、それに付いて静海(重巡棲姫)が何かを発言するという場にはなっていないと言える。

 

 

「ふうむ、我が国は現在王室を女王陛下が統べる国家でありましてな、Ms静海(重巡棲姫)、貴方達深海棲艦との関係も王室は良き物にしたいと考えております」

 

「英国……とは確かLadies first(レディファースト)の文化が長年根付いている国でしたか」

 

「良くご存知で」

 

「紳士淑女という関係性を取り入れた文化、裏を返せば力無き女性の為に男性が何かを"してあげる"という力関係が成す行為であり、それらの起源と言われている物の一つは女性を犠牲にして男が暗殺から逃れるための手段として生み出されたとか?」

 

「ははは、良くご存知で、しかし起源がどうあれ現代それは女性を扱う紳士の心構えであり、相手を重んじる行為と位置付けられておりますよ」

 

「そうでしたか、それは失礼致しました、では我々深海棲艦は雌のみの集団であり、(すべか)らく戦士という認識でおります、が、貴方の言う淑女という概念は我々には存在しませんのでそう云う気遣いは以後無用でお願い致します」

 

 

 場の空気が凍りつく、女性を扱う紳士の心構えという王国代表者の言葉が無残にも砕け散り、にこやかな表情で固まる英国紳士と、相変わらずコーヒーを啜る深海棲艦という絵面(えづら)

 

 けんもほろろに扱われ、二の句が告げない大使を前に髭眼帯は平静を装っているが既にいつものプルプルが静かに始まってしまった。

 

 

Fraulein(フロライン)静海(重巡棲姫)、貴女達は今回人類に対して限定的にではありますが融和的関係を持つに至りましたが……」

 

「申し訳ありません、我々は人類と融和するつもりは一欠片もありませんし、今回の話はこの吉野三郎との間に交わされた話というだけで、何故私がこの場で貴方達に対しているのかという今が理解出来ていないのですが?」

 

「そ……それは……」

 

「我々は今も、昔も、人類の仇敵には変わりありませんよ? その上で申し上げるのなら今回はその中に於いても非常に稀有な状態であると言えますね」

 

「では、我々との対話という可能性は基本無いという事ですか?」

 

「基本も何も、貴方達は泊地棲姫と話した事も無いでしょう? そこから考えれば私が命を受けここに来た現状、貴方達との接点は皆無だと考えております」

 

「で……では、先ず泊地棲姫殿と会談を持った上でしか我々とは対話が出来ないと」

 

「それ以前に泊地棲姫が支配する海にどう立ち入るおつもりですか?」

 

「Mr吉野は貴方達のテリトリーへ立ち入り生きて帰って来ていますが」

 

「彼は必要な手順を踏み、そして対話するべき手段を講じ、最後は話を纏める為の(にえ)を捧げた、そのどれもこれもは唯一無二の物であり、結果としての今があります、それと同等の物は他に存在しないと私個人としては貴方(がた)へ宣言しても良いのですが」

 

 

 そこには各国の要人が集い話し合いの場が持たれてはいたが、中心と目論まれていた静海(重巡棲姫)は人類との関係性を明確に否定し、敵対宣言まで行うという事態になっていた。

 

 当然ながら場の空気は最悪であり、ホストと言うか中心人物の一人と言うか、ぶっちゃけ元凶という存在になりつつある髭眼帯は目に見えてプルプル度が増していった。

 

 吉野自身ある程度は予想していた結果にはなっていたが、静海(重巡棲姫)とこれまで話してきたイメージではもう少しソフトな受け答えをするだろうと思っていた手前、それは最悪という形で推移しつつある。

 

 

「何もそう難しい話では無いじゃろう、今まで縁もゆかりも無い、言ってしまえば繋がる可能性すら無かった関係がちょこっと繋がっただけの事じゃて」

 

 

 そんな冷え切った場でやや間延びした言葉が転がり出る。

 

 それは頭チリチリパンチパーマの老躯からの言葉であり、立場的には退役軍人とされている者、染谷文吾という人物が発した物であった。

 

 現在の立場は大本営側の代理という立ち位置でこの場に居る男であったが、その名は長年日本の生命線を握る補給線を構築・維持してきた者とあって諸外国でもそれなりに名が知られており、特にドイツにとっては初期の艦娘に関係する技術移転に深く関わっていたという過去があり、なまじ現在の将官を据えるよりもこの場では一部方面には影響力がある人物と言えた。

 

 

「それに直接対話が不可能だとしてもじゃ、そこの吉野に言えば交渉は可能なんじゃろ? ならそれ以上欲を搔いて墓穴を掘る事もあるまいて、のうホルンシュタイン殿や」

 

「なる程……ジジ様が言う様に、今は(・・)無理に直接対話をする時期では無く、その辺りを落とし処にしておけと」

 

「そうじゃ、何も未来永劫そうだと言い切ることは誰にも出来んじゃろうて、のう静海(重巡棲姫)さんや」

 

 

 その言葉に一度考える素振りを見せ、泊地棲姫の名代である彼女は初めて苦い色を表に滲ませて、老躯とドイツの女性士官へ言葉を返した。

 

 

「確かに、現状の事は断言出来たとしても、未来という可能性を口にするなら私からの答えは貴方(がた)の言う通りと謂わざるを得ないでしょうね」

 

「カッカッカッ、言葉遊びに聞こえるかも知れんがの、儂らが最良の未来を引き当てようとするならばじゃ、問題は力関係じゃのうて時間ではないかの」

 

 

 一事が万事現実的な話とは言い難く、消極的な答えしか得られないという場ではあったが、それでも交渉決裂という結果で無いだけ救いがあった。

 

 そんな結果で誤魔化せる程国の代表とされる者達は無能では無かったが、それでも一応の話は吉野という人物に対して可能という言質(げんち)を得た現状、その方面に注力すれば良いという結論に至りこの話は一旦落ち着きを見る事になった。

 

 

「しかしオーストラリア大陸沿岸部は取り敢えずの航行は可能という事ですが、その船舶の国籍は限定されては無かったという事ですよね」

 

「はい、今の所日本に所属する艦娘を護衛に充て、同時に泊地棲姫側はそれを目安に航行の可否を判断するという事になっています」

 

「それは我々イタリアを始め、他国の船舶に於いても貴国の艦娘が護衛に就く事が必須と言う事ですか?」

 

「そうなりますね」

 

「ふむ……しかしそれは(いささ)か権限と言うか、利権としては集中し過ぎて問題となりはしませんか、我々がここで納得しても国がそれに納得するかどうか」

 

「あくまで船舶護衛は日本が行うというだけであり、各国の負担はそれに対する実働経費のみですよ、逆に危険損耗という点に於いては日本が一番リスクを負う形になっていると思います」

 

「それは現場だけの話であって、国家間の力関係では大きなアドバンテージ……言ってしまえば交渉的な面での強力な圧力にも成りかねないのではないですか?」

 

「基本的に船舶の航行面ではこちらの人員の割り振りで数が決定します、ですからその差配や状況によってそれが国家間の軋轢の元となる可能性は否定出来ませんとしか自分にはお答え出来ません」

 

 

 この場に集う者の中には艦娘を所有・運営している国があっても当事国であるオーストラリアは含まれては居なかった。

 

 事前にかの国には連絡を取り、現在日本とでの話は纏まりつつあったが、そこから派生する多国間の話となると、航行距離という面で言えばヨーロッパとオーストラリアは西部方面の航路が関係するが、今回の話に出ている東部海域は航路のみで限定すれば関係が薄い。

 

 もっと突き詰めて言えば現状その西部航路ではヨーロッパは既に日本との話し合いで通商を確立しており、その護衛も付近の支配海域を持つ日本が担っていた。

 

 

 つまり言ってしまえば今回の話は国家間の利益や力関係という視点で発生した物であり、ヨーロッパ連合としては今以上に力を得ようとしている日本に向けて牽制、若しくは利権に食い込む為に会談を持っているに過ぎない。

 

 何せ今回の航路が開拓されたとしても、ヨーロッパ方面からはその航路を利用する利点は皆無であり、現状使用しているラインから更にオーストラリア西部へ至る航路を利用すれば、大きく迂回する形となりコストが増すという結果しか得られないからである。

 

 

 それを理解した上で、余計なしがらみを嫌ったオーストラリア政府はこの会談への出席は見送り、国家間のいざこざはそちらでやってくれとばかりに放置状態であった。

 

 

 現在オーストラリアという国は、単一国家としてはアメリカやロシア、そして中国という大国と同じく内需だけで生きていける国ではあったが、艦娘という戦力を保持していない関係上、大陸が海に囲まれているにも関わらず排他的経済水域の維持が不可能であった為、僅かばかりの輸出入という経済的関係を餌にしつつ、周辺海域の安全を艦娘所有国に依存している形になっている。

 

 今回の件で言えば大陸東部の海域の安全が保障されるという話がメインであり、輸出入を必要としないオーストラリアにとっては日本という国にのみ繋がりを持てばいいだけの話であって、そこにヨーロッパ連合が絡むと逆に話が複雑化するという懸念から、実は今回の会談に於いても好意的な印象を抱いてはいなかった。

 

 

 そんな国家間の思惑が理解出来ていたからこそ会談では突っ込んだ話はされず、これまでの話は泊地棲姫側からの完全拒絶というマイナス部分があったものの、概ね予想される物ではあった。

 

 

「なる程……概ね内容は把握しました、この件に関しては現状日本にお任せして人類と彼女達とのより良い未来に尽力して頂くと言う事で話を進めた方が良い、と、我々も理解しました」

 

「有難う御座います、我が国もそれ程余裕が無い状態ではありますが、良き未来の為に尽力させて頂く所存であります」

 

 

 日本の(総理大臣)がイギリスの(駐日大使)とにこやかに腹芸をしている脇では、髭眼帯がプルプルを止めてそろそろかと気合を入れていた。

 

 

 この会談に於いては多国間が絡むとあり、事前の根回しから始まり安全の確保、そしてこの場で起きると予想された問題を潰しておく為に命一杯の時間を情報収集に充てていた。

 

 それは個人の(つて)だけでは賄える範疇を超え、人づての人づてというリスクを孕む範囲にまで及んでいた。

 

 そんな情報の中で引っ掛かったある事案、それは吉野自身には歓迎せざる内容であり、阻止するには権限が及ばない内容であった為に、この会談では本腰を入れる必要のある案件でもあった。

 

 

「今回の件に於いて、我々ヨーロッパ連合からの提案としては色々な面に於ける負担が予想される大坂鎮守府へ幾人かの艦娘を着任させ、人員的支援を行うと共に、各国の船団が当該海域航行の際はその人員を充てる事で日本の負担を幾ばくか軽くしようと考えています」

 

「確かに我が鎮守府は現在戦力を調整している状態にありますので、新規に艦を供与(・・)して頂けるのであれば自分には断る理由が何もありません」

 

「勿論所属はそちらの艦という形での着任となりますので、今後は大坂鎮守府の戦力として送り出すつもりでいますよ、その辺り(・・・・)はご安心を」

 

「なる程、希少な戦力異動に関しての話でありましたので、つい神経質な物言いとなってしまい大変失礼致しました」

 

「いえいえ、貴方の立場で言えば用心するのは当然の事でしょう、我々としても純粋に人類の未来という視点で言えば協力を惜しまないという立場でありますからお気になさらず……時にMr吉野」

 

「何でありましょうか」

 

「そちらの軍では色々と深海棲艦に関する研究が多角的に進んでいるとお聞きしているのですが」

 

「その辺りは門外漢でありますので詳細をお答えする事は出来ませんが、軍務の一つとしてそれらを扱う機関は当然我が軍にも存在は致します」

 

「ふむ、我々が得ている情報ではそれらは一定の成果を成しており、噂かどうか真偽の程は掴んでは無いのですが、艦娘の深海棲艦化による強化という技術も確立しつつあると」

 

 

 現況艦娘が沈み深海棲艦として出現するという情報は一部の国では共有された情報であり、一般的には流布されてはいないが常識となりつつあった。

 

 しかし今駐日英国大使が言った事は自然環境下で起こった現象(・・)では無く、人為的に艦娘を深海棲艦として変異させる行為(・・)であり、元々個体能力に秀でたそれに艦娘を転用する事が可能ならば、数が同じでも戦力という物は文字通り桁が違う物となる。

 

 

 実際問題として軍部、大本営艦隊本部麾下の技術本部ではその技術を確立しつつあり、そこから更に人間に対しての深海棲艦化という物にまで及びつつあった。

 

 以前大坂鎮守府へ査察として訪れた槇原南洲という特務士官はこの技術のテストケースと見られており、それを含めたある程度の情報は吉野も把握していたが、関係的にそれは対立派閥の事であり、更には吉野自身がその手法を基にした未来というのを否定していた為に深い部分を知る行動は起こしてはおらず、予防線を張るのみであった為に駐日英国大使へは"知っているが語れない"状態となっていた。

 

 

「ウインザー卿が言う様な技術があるのかは自分には申し上げる情報を持ち合わせていないとしか言えません、もしあるとしても自分の関わる範疇にはその技術は存在していません」

 

「いやいやいや、確かに大掛かりな技術検証という物は貴方の手が及ぶ範囲には無いのでしょうな、しかし……」

 

 

 腹芸を続ける駐日英国大使は既に情報として幾らか事実を掴んではおり、その件に関して吉野が関わっていないという事も理解していた。

 

 そして(くだん)の技術に関しては正面からのアプローチでは触る事が出来ない、日本海軍の暗部に在る物という認識も持っていた。

 

 

 それを理解した上でその情報を口にした意図は他にあり、それは吉野個人が決定出来る範疇であると判断した上で交渉を持ち掛けようとしていた。

 

 

「深海棲艦……いや、艦娘という存在を含め、我々人類が謎と位置付けつつも対する存在達、既に何十年もの時を掛けて研究し、行き詰っているとされるその生態、それの解明には色々な可能性を導き出す為に多角的な検証と研究が必要だとは思いませんか?」

 

「そうですね、確かに貴方の仰る通りだと思います」

 

「そしてその謎を紐解く為の鍵がほら、貴方の傍に居る、駆逐艦時雨……彼女という稀有な存在をMr吉野、貴方は独占している状態だ、違いますかな?」

 

 

 口ひげの大使の言葉に視線が吉野の傍で控えていた艦娘へと集中する。

 

 

 白露型二番艦 時雨

 

 彼女は以前のアンダマン海戦の際敵の攻撃により一度は轟沈し、その場で『深海化した状態』で第二特務課へ戻ってきた。

 

 現状で言えば安定化する為の処置を電が施した為に極短時間しか戦闘を行えないという欠点があったが、その限られた時間内では駆逐艦でありながらも格上とされる朔夜(防空棲姫)ですら手こずると言う程の能力を有していた。

 

 それはあのキリバスで泊地棲姫が"番人"と称する程吹雪達"最初の五人"に近い歪な存在であり、それを従えていた吉野という人物を交渉に値する者と判断させる理由の一つとなる程には特別な存在でもあった。

 

 

 その辺りの詳細こそモーリス・ウインザーという男の中には情報が無かったが、艦娘の深海棲艦化という事実だけは掴んでいる状態にあった。

 

 

 秘匿とされたその情報は、軍の中でも限られた者しか知られていないとされてきたが、当時吉野達第二特務課の拠点としていたのは大本営であり、そこには対立派閥も研究機関も同時に存在していた。

 

 故に艦隊本部の管轄である技術本部の情報と共に時雨の件もヨーロッパ連合には渡っており、研究機関を要する国では行き詰った研究の更なる進歩の為には実際のサンプル……時雨という存在は喉から手が出る程に欲しいという状態であった。

 

 

「ウインザー卿が仰るそれは、ウチの筆頭秘書艦(・・・・・・・・)をそちらに譲渡せよと?」

 

「いやいやいや、そこまでは言うつもりは無いですな、ただ彼女の事に付いてはそちらでは研究が進んでいない……と言うか、するつもりも無い、そう判断してもおかしくない情報がこちらに入ってきている状況でしてな」

 

「ふむ……つまり、その辺りの研究を進め、その結果をそちらと共有すれば……というお話でありますか?」

 

「出来る事なら我が国に彼女を迎え協力して頂ければと思いますが……さて、その辺り日本としては我々と協力関係を持って頂けるのか否か、その答えを持ち帰れと私は女王陛下より仰せつかっております」

 

 

 モーリス・ウインザーが言う言葉の最後には女王陛下という言葉が〆に入っていた。

 

 それは形がどうあれイギリス王家という絶対的な存在が関わるという事を意味し、この交渉に限っては柔らかい口調であったが彼らイギリスという立場からは絶対退かないという意味合いも含まれていた。

 

 国とは言わず敢えて王家という存在でその意思を告げた意味、それは吉野に対しこれ以上無い権力での圧力に他ならない。

 

 

 対する吉野という髭眼帯は、王家という言葉に多少眉根を寄せて言葉を耳にしていたが、大なり小なりその辺りの提案、若しくは圧力は来ると事前に情報を得て予測をしていた為に驚きという物は皆無であった。

 

 当然英国側もそれを予想していた為に、絶対的な国の象徴というカードを持ち出すという行為に及んでいる。

 

 

 暫く無言で互いを見る口髭と髭眼帯。

 

 何を以ってしても、例え軍の将官であろうとも、友好国から出されたその言葉を覆す事は不可能である、話は吉野個人へ対してだが、関係的には国と国に繋がる物であっては元からその答えは一つしか無かった。

 

 

「ウインザー卿にお願いしたい事が御座います」

 

「……何でしょうかな」

 

「陛下が望まれるそのお話ですが、残念ながら小官にはお応えする事は出来ませんとお伝え頂きたい」

 

「ふむ……貴殿は、我が国の象徴とも言うべき我が君の言葉に応じる事は出来ないと」

 

「はい、その通りです」

 

 

 話の内容以前に自国の象徴を以って臨んだ相手がそれを拒否する、それは何よりもモーリス・ウインザーという男には許し難く、そして理解の及ばない言葉であった。

 

 紳士的に、その生き方を常とする男があからさまに攻撃的な色を見せ、それに伴っていた英国国防省政務次官も厳しい表情を滲ませる。

 

 

 対して髭眼帯の隣に座る染谷は苦笑いになりつつも顎髭をショリショリしつつ場を静観し、逆隣の陸軍少将は何故か口角を上げて髭眼帯の言葉を聞いていた。

 

 

 一触即発の場では事の推移を見守る様に大淀が凝視し、話の引き合いにされている時雨は無言であったが、大きく目を見開いて目の前に座す吉野の背中を見ていた。

 

 それなりの間共にしていたヒョロ助、いついかなる場合でも雰囲気としてはそう変化を見せなかったその背中。

 

 そこに見える色は、遥か前、たった一度、初めて邂逅し涙ながらに懇願した時に見せたあの時の"吉野三郎という男"の背中だった。

 

 

「君の言葉は一個人が国を相手にする言葉では無いと思うのだが……それ以前に我が国の象徴たる女王陛下の」

 

「断る」

 

「……何?」

 

「断ると言った」

 

「君は自分の言っている言葉の意味を自覚しているのか?」

 

「日本語では伝わらなかったという事か? なら absolutely not(断固拒否する) と言えば伝わるのか?」

 

 

 口調がガラリと変貌し、更に攻撃的な言葉に口髭が固まり、更に他国の大使すらその様を見ながら固まっている。

 

 それは口から吐き出された言葉の意味では無く、物静かに受け答えをしていたこの海軍中将の、髭眼帯から滲み出る気配。

 

 それは遠慮なしの物、怒りに混じる殺意。

 

 

 影法師と呼ばれていた頃の、殺すと決めた対象にのみ向ける本物の殺意。

 

 

 国の行く末を担い数々の交渉という修羅場を経験してきた者達がそこには集っていたが、現場で殺し殺されの世界で過ごしてきた者とは根本的に違う意識の向け方。

 

 それは誰もが閉口してしまう程の暴力であり、駒として己のみで生き抜く事しか出来ないという経験を背景にしてきた者からの一方的な言葉の攻撃であった。

 

 

「俺は彼女達と共に戦うと決めて此処に居る、それは深海棲艦だけじゃない、俺達の敵と認識する者を相手に尽く、全てに対する為だ」

 

 

 静かに、まるでじわじわと足元を炎で炙られるかの如き空気に、口髭は愚か、内閣総理大臣や外務大臣という自国の代表すらその言葉に呑まれていた。

 

 

「本気かね……その言葉は……我が国に対する敵対と取っても良いのかね」

 

「本気かだと? ……こんな場でちんけなこけ脅しを言って何になる?」

 

 

 表情には出ていないが口から出る言葉は完全に敵対を示す物が溢れ出る。

 

 本来こんな場では出てはいけないそれらは、しかし髭眼帯の想定していた最悪の一つであり、それに付いても覚悟だけは決めていた。

 

 もっと穏便な回避手段も無い事は無かった、しかしそれを理解していても、判っていても、持ち掛けられた交渉は、言葉は

 

 

 この男が今を生き目指す先に至る迄の覚悟を決めた中で、一番譲れない部分に土足で踏み込まれた物であった。

 

 

「どんな言葉でも相手が尽くすならこちらも応えよう、本音で対するなら本音で応えようだがしかし」

 

 

 最後に発した言葉は個人に向けてでは無く周りに対して、それは擬似的にであったが吉野三郎という男が世界に向けて、初めて本気の牙を剥いた瞬間であった。

 

 

「俺は俺の仲間に対して悪意を向ける者が居るなら容赦はしない、それが個であれ、国であれだ」

 

 

 最後に言い切った言葉に暫く音が消え去った指揮所。

 

 暫く其々は何かを言おうと試みるが、それはどれもこれも否定という意味しかないという内容だった。

 

 それは当然と言えば当然であったが、口にすれば最後、個でありながらも膨大な戦力を有する目の前の髭眼帯との敵対という明確な立ち位置を表明する事になる。

 

 実際それは武力という面では排除可能ではあった、それを実行する力も当然国という単位で考えれば問題と言える物は無かった。

 

 しかし国益という面で考慮すれば現在の繋がりは瓦解し、少なからず戦力を損耗した上で、最終的に人類は太平洋という海を手放す事となる。

 

 それはどれもが現況よりマイナス面しか存在せず、英国が持ち出した話を天秤に掛けたとしても選択肢としては選ぶべくも無い話であった。

 

 

 ある意味残された物は各国のプライドと面子のみとなったそのやり方は、普段の吉野からしてみれば得る物が少なく、潜在的な敵を増やすのみの下策とも言える行動だった。

 

 

 損得ではマイナスという部分しか得られない事を感情的に言葉へ乗せる髭眼帯を見て、時雨だけでは無く、大淀ですら驚きと、それ以上に胸から湧き上がる熱い物に心を奪われていた。

 

 そしてそれを眺める静海(重巡棲姫)は普段の無表情とは打って変り、亀裂が入った様な笑みを滲ませつつその場に居る者へ言葉を投げた。

 

 

「我々はこの男をこのテリトリーの支配者と認識した上で(ともがら)を預けた」

 

 

 突然の言葉に卓に着く者達の視線が集中する。

 

 

「その約定は泊地棲姫の名の下に履行される物とする、私はそう言われここに存在しています、では皆様……」

 

 

 音も無く立ち上がるソレ(・・)は確かに笑ってはいたが、直視する事を憚られる程に何かを(・・・)滲み出していた。

 

 

「貴方達ハ我々ガ取リ引キヲスル相手ニ対シ、ソノ存在ヲ脅カス者ニナルト言ウ事デショウカ? ソノ辺リオ教エ頂ケタラト存ジマス」

 

 

 言葉は丁寧に、しかし硬質に。

 

 立ち上がり見下す視線はあくまでも濁り、見る者の恐怖を引き出す色がそこには浮んでいた。

 

 

「貴方達ガ殺シアオウト罵リ合オウト私ニハ一切関係ガアリマセンガ、流石ニ取引相手ガ居ナクナッテシマウト、私ガ命ジラレタ仕事ガ無クナッテシマウノデスガ?」

 

 

 こうして髭眼帯の殺意に上乗せされ、人外からの止めが卓へ突き刺さった。

 

 それが各国大使に残されていた最後の問題、プライドや面子という部分の問題を解決する、ある意味『話を撤回する仕方ない理由』として成立し、力技でこの問題は一応の決着を見るに至った。

 

 

 

 そして会談はこの後取り敢えずの纏めがなされ、結果的には其々"公には内密"の個別の会談を残し、公式には各国より随伴してきた艦娘の数人が大坂鎮守府に着任する事になった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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