大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 独立艦隊、一組織、それを上回る集団となる鎮守府という軍団、それの着手を始めた大坂鎮守府、人の手が基本入らないという特殊性から様々な問題が浮上すると予想されるそれは難解で、厄介な事になると予想されるが、既に賽は投げられた。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2019/04/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました京勇樹様、坂下郁様、リア10爆発46様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


脱組織という名の鎮守府作成への道

「翔鶴型航空母艦2番艦、妹の瑞鶴です。幸運の空母ですって? そうじゃないの、一生懸命やってるだけ…よ。艦載機がある限り、負けないわ!」

 

「五航戦の子なんかと一緒にしないで」

 

「あたしの出番? そうこなくっちゃ、阿武隈、出撃です!」

 

「七面鳥ね、戦力になるといいけれど」

 

「えっと、なに?……って、焼き鳥製造機さんじゃん?! なに言ってんの!? 爆撃されたいの!?」

 

「頭にきました」

 

「えっとあたし的には、とってもOK……じゃないです……」

 

 

 大坂鎮守府執務室、他拠点から異動してきた艦娘の面々が居並び、執務机の前では着任の挨拶を述べているという惨状。

 

 当初予定していた到着日は其々の都合でバラバラの状態であったのだが、受け入れる側の大坂鎮守府では連日の手続きに割く時間や人員を準備するというのが手間であったという事情の元、色々と調整を進めていた。

 

 その結果やや予定よりも後日へずれ込んだ状態ではあったが、概ね着任人員が来るのは3日程に集約される事になった。

 

 

 その第一陣が今日であり、髭眼帯の前では数名の艦娘と、彼女達の責任者となる艦種の代表者が居並んでの一幕が展開されている。

 

 

 ラバウル基地より翔鶴型二番艦の瑞鶴が、ブイン基地より阿武隈が、宿毛湾泊地からは阿賀野という三名の着任。

 

 艦隊総旗艦長門を筆頭に其々の世話役ともなる空母総括の加賀、そして軽巡洋艦総括の球磨がそこに居る訳だが、事前に予想した通り加賀と瑞鶴は本気か冗談か判断の付かない程の舌戦を繰り広げ周りを引かせてる状態であり、その隣ではアブゥが涙目でカタカタ震えている。

 

 

 そんな様を見る髭眼帯は二人の空母による熱い戦に目もくれず、何故か球磨の隣に居る軽巡洋艦を怪訝な表情でじっと見詰めていた。

 

 

「こんにちはーっ! 最新鋭軽巡の阿賀野でーすっ。ふふっ♡」

 

 

 阿賀野型 一番艦、ネームシップである阿賀野、並居る長女艦の中にあって何故かゆるゆるとした性格と、少し抜けたイメージの彼女は通称『だらし姉ぇ』と称され、元が高性能艦でありながらも割りとマスコット的扱いされる事が多いとされる艦娘であった。

 

 

「……おい能代」

 

「キラリーン☆ 提督さぁーん、何言ってるのぉ?」

 

「キラリーン☆てナニ? いつからだらし姉ぇは三つ編みキャラになったの?」

 

「えへへ、イメチェンしたんだけどど~ぉ?」

 

「うんその、いつまでそのキャラで押し通すつもりなの? そしてリンガ所属の君がどうして宿毛湾泊地の阿賀野としてここに来てるのかの理由を聞いても?」

 

 

 不自然にキャピキャピのポーズを取るニセ阿賀野の前では真顔の髭眼帯。

 

 暫く無言で見詰め合う二人だったがそもそも能代が阿賀野と言い張るには何をどうしても無理しか存在しない。

 

 相変わらず焼き鳥と七面鳥の熱い戦いが繰り広げられている隣ではそんな微妙な空気が蔓延し、まるで中途に追い焚きをした風呂の様に熱い空気と冷たい空気が同居するカオスがそこに出来上がっていた。

 

 

「……チッ」

 

「舌打ちした!? ねぇ今舌打ちしなかった!? て言うかお前あの能代だろ! "謀略の能代"!」

 

 

 キャル~ンから一転ふてぶてしい態度へと豹変した阿賀野型二番艦は、胸の辺りから一枚の書類をズルリと取り出し、妙にスタイリッシュなポーズで投げるとそれはシャーっと髭眼帯の前に滑ってきた。

 

 

「これが異動の辞令書ですが何か?」

 

 

 机の上にシャーされた人肌のぬくもりでホカホカな書類を吉野が見ると、そこには簡素な内容の文字が数行記されていた。

 

 

─────────

 

海軍宿毛湾泊地軽巡洋艦 阿賀野型二番艦 能代

 

任 海軍大本営 麾下独立艦隊第二特務課 大坂鎮守府勤務

 

平成●●年●月●●日

 

軍令部総長 大隅巌

 

─────────

 

 

「軍令部総長発令の異動指令書ぉ? 拠点司令部発じゃなくてぇ? なぁにこれぇ?」

 

 

 通常異動時の差配は所属拠点の司令部発とされ、辞令書もその拠点の司令長官の名で発布される。

 

 軍令部発とされる指令書というのは基本大本営所属の艦娘か、若しくは大本営へ召還される時に於いてのみ出される物であり、大坂鎮守府ではまだ拠点が大本営にあった当時の者達へは軍令部よりの異動指令書が出されていたが、現在の大阪へ居を移してからは全ての発布元は拠点同士の物に分類される為に、軍令部付けの書類は基本出される事はない。

 

 逆に言うと、能代がシャーしてきた書類に軍令部発という奥付がされているならば、それは大本営が発した命令書という事になり、基本その命令は受けた側が撤回する事が出来ない絶対的な効力を有する事になる。

 

 

 公文書に格という物は存在しないが、重要度という言葉に変えてしまうと、その発布元と押されている印は、軍の中では文字通り格が違う物となってくる。

 

 

「何で異動指令書が軍令部付けで出てんの?」

 

「昨日付けでリンガから宿毛湾泊地に転任、そして今日大坂鎮守府へ転任という連続した手続きを踏もうとしたら軍令部からの直命でもなきゃ通らないでしょ?」

 

「ナニシテンノ君!? て言うかわざわざそんな事しなくてもリンガから直に大坂に異動願い出せばいいだけじゃないの!?」

 

「異動願い出したら既に定員一杯だって言われたし、リンガから異動されちゃ困るって言われたし、まぁそれじゃ仕方ないかなぁって」

 

「それがどうやって軍令部に繋がるの!?」

 

「ふふん……時間と資金があれば例え大坂だろうとホワイトハウスであろうと私は転任してみせるわよ?」

 

「……何したの君ぃ!?」

 

 

 因みに能代が言う事はある意味妄想という物と言い切る事は出来ない。

 

 何かしら行動を起こす際、関係する案件によってはそれが可能か不可能かという判断には組織の巨大さや権力は余り問題が無いケースも少なからず存在する。

 

 多くはそれを成す為の方法を知り、人脈を持ち、そして実行する資金があるかどうかの三点でその辺りの問題は解決してしまう。

 

 

 例えばその辺に居る一介のサラリーマンであっても、(つて)があり、やり方を知っていて、それに見合う対価を用意出来るのならば、大袈裟な例を挙げるならペンタゴン(アメリカ国防総省)の極秘資料を入手する事も可能であり、米国大統領の赤裸々なプライベートを知る事も不可能では無いのである。

 

 それが実際"出来ない"と断言されるのは、それをする対価が非常識な程天文学的数字に膨らんでしまうという、費用対効果が問題なだけで、実際"やり方と方法を知っている場合不可能な物は皆無"と言うのが諜報の世界に生きる者の常識でもあった。

 

 

 そんな暴挙と言うか方法を熟知しちゃってる阿賀野型二番艦の三つ編みは、前任がリンガの水雷戦隊を率いる長であったが、呉時代は吉野と同じく大隅麾下での特務に付く事を前提に色々仕込まれていた。

 

 しかし前線の変化や新拠点の立ち上げと言う事情が絡み大本営には召還されず、長らく同泊地の第二艦隊の指揮に就いていたが、それとは別に大隅仕込の技術を買われ、同泊地に於ける防諜関係の任も並行して受け持ってきた。

 

 要するに吉野程では無いが同じ穴の(むじな)であり、響の転任に於いては裏で暗躍して全てを主導したのは実はこの三つ編みであった。

 

 

「超娘さんLOVEな大将の最近の悩みは、お年頃の娘さんが『お父さんと私のパンツ一緒に洗わないで』とか、『友達来るから部屋に来ないで』とかいう環境と調べは付いていたわ、だから娘さんに取り入ってパパ(大隅)をコントロールすれば後はほら……ね?」

 

「やめてぇ……大将のそんな悲しいパパン事情を利用するのやめたげてよぉ……」

 

「使える物は何でも使え、そう仕込んだのは大隅大将よ、私はその教えを忠実に守っただけ、違う?」

 

 

 正に諸行無常、軍では"動かずの大隅"と一派閥を仕切る大将であろうとその弱みに付け込んで色々策略してしまうという艦娘。

 

 ある意味大坂鎮守府にはもってこいの人材とも言えるその艦娘は、例の呉組の中で当時一番上から目を付けられていた要注意人物であった。

 

 

「提督さん提督さん、この一航戦の焼き鳥屋が私の世話役ってマジなの?」

 

「え? いや航空母艦の筆頭は加賀君だからそうなっちゃうかなぁ」

 

「冗談じゃないわ、何でこの人が空母筆頭なのよ!」

 

「そう、私が貴女の上司なの、さぁ瑞鶴、取り敢えず午後ティーと焼きソバパンとサルミアッキを酒保で買ってきなさい、ダッシュで」

 

「ちょっと君達待って、取り敢えず落ち着いて」

 

「てーとくぅ……私はどうしたら……」

 

「ああもうっ球磨ちゃーん! アブゥ半泣きになっちゃってるから放置しないでぇ!」

 

 

 五航戦と一航戦の軋轢に加え超危険人物と豆腐メンタルを一度に集めてしまった結果、収集の付かないカオスワールドへと変貌してしまう執務室がそこに出来上がってしまうのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「え~それじゃ取り敢えず能代君は職場環境保全課の所属と言う事で足柄君のサポートに回って貰い、ズイズイは暫く加賀君と一緒に行動して貰って教官としてのカリキュラムの消化をしつつ、拠点哨戒の海域を覚えて貰います」

 

「……マジで私、加賀さんとペアを組むの?」

 

「君達二人は顔見知りなんでしょ? なら別に問題なんか無いんじゃないの?」

 

「提督、顔見知りと一括りにしても、それが必ずしも友好的な物だとは限らないのよ?」

 

「加賀くん……君も一応航空母艦筆頭の肩書き背負ってるんだからワガママ言うのはどうかと思うんだけど……てか、提督に弓を向けるのはよしなさい」

 

「ほらぁ、提督さんも我儘言うなって言ってるじゃない」

 

「ズイズイも煽るのは止めなさい、むしろ煽るだけ煽って人の事盾にするのは提督どうかと思います」

 

 

 一応の終息と言うか場のテンションダウンを見計らって実務の話を振ったのはいいのだが、何故か今度は無言での静かな戦いが始まってしまった執務室。

 

 髭眼帯の背に隠れてジャブを繰り出すズイズイの向こうでは加賀がマジ顔で弓を引き絞って待機状態。

 

 そして脇のソファーセットでは、意気投合してしまった足柄と能代が髭眼帯をそっちのけで仕事の話を進めているというやりたい放題。

 

 

「提督、幾らなんでも阿武隈を放置するのは可哀想クマ」

 

「……てーとくぅぅ」

 

「いやコレ! クマちゃんもアブゥも今の提督見て!? ムッチャ命の危機なの! 身動き取れないの!」

 

 

 そんな色々と濃過ぎる面々に囲まれ、物凄くガラスのハートなアブゥは涙目でプルプルと震えていた。

 

 

「Admiral 今哨戒を終えて来たのだが、次の交代要員が姿を見せて……む?」

 

「あらもうそんな時間なの? ごめんなさいねグラーフ、早急に七面鳥撃ちを終わらせて交代するからもう少し待って頂戴」

 

「うわぁ、なーんか修羅場っぽい事になってるんだけど……」

 

「どうしたのプリンツドアの前で……ってちょっと何してるの加賀、Admiralに弓なんか向けて」

 

「この弓は提督に向けているのでは無くて、提督の後ろに居るナインペタに向けているのよビスマルク」

 

 

 ここ暫く鎮守府周辺の海域事情を仕込む為、グラーフが主導して哨戒に出ていたドイツ組が執務室に現れる。

 

 そして自称提督親衛隊隊長を自負するグラ子の目の前では、弓を構える加賀とツルペタツインテが吉野を盾にしているという様は、更なる混沌の引き金となっていくのはもはや止められない悲劇とも言えた。

 

 ズカズカと執務室に入り、瑞鶴を胸部装甲でバイーンと排除しつつ流れる様に頭部へとそれをセットするサイコパス空母。

 

 提督の危機を感知してと言うよりチチ置き場の所有権を主張するグラ子という、ズレた対応の結果、髭眼帯の周りの拮抗は崩れ去る。

 

 

 プルルンと何故か勝ち誇るグラ子、そして気を利かせて瑞鶴を立たせようと手を差し伸べるビスマルク、それを手伝おうとするプリンツ。

 

 三方をプルンプルンと山脈に囲まれ、どんどんズイズイの目からハイライトが消えていくという状況は、後に大坂鎮守府のアレな派閥闘争の引き金となる出来事であった。

 

 

「空母機動艦隊、出撃するでー!」

 

「なんか来た!? て龍驤君いきなりナニ!?」

 

「胸部甲板は伊達ではないわ。第二次攻撃隊、発艦!」

 

「大鳳君そのセリフ自虐になっちゃってるからね!? て言うかボウガン提督に向けて構えるの禁止!」

 

「……なんや同志が危機に陥っとるっちゅー知らせを妖精さんから聞いてな、兎にも角にも急いで駆けつけて来たんや」

 

「……同志ぃ? なんの同志なのぉ?」

 

 

 髭眼帯はまな板とタウイタウイ、そしてズイズイと順に視線を送り、そのまま目頭をそっと押さえて視線を逸らしてしまった。

 

 そんな彼女達の痛々しい出会いは正に大坂鎮守府平たいコミュニティーが派閥として誕生した瞬間であった。

 

 

「……ちょっと君ぃ」

 

「うん……判ってるよ、うん、その……ほら、飴ちゃんでも食べるかぃ? ほぉら君の好きなミ○キーだよぉ」

 

「なんやのんその妙に生暖かいフォローはっ! そんな飴ちゃんで誤魔化そうってどこの大阪のおばちゃんやねん!」

 

「いやその、うん、えっと……ねぇ加賀君」

 

「何かしら?」

 

「その……ズイズイのさ、世話役は龍驤君に任せてみてはどうだろうかとか提督思っちゃったりするんだけど?」

 

「そうね、それがいいかも知れないわね、瑞鶴」

 

「……何?」

 

「意固地になって御免なさいね、貴女がこんな知らない土地で色々(・・)と不安になっていたのに、色々(・・)と気付いてあげられなくて……」

 

「ちゃんと顔見て言いなさいよ! 何でちょっといい雰囲気っぽい言葉を胸に向かって語り掛けてくるのよっ!」

 

「すまないズイズイ、ウチにはまだ瑞鳳着任してないんだ…… 何とかその辺り努力してみるから、暫くは我慢してくれないだろうか?」

 

「提督さんそれどういう意味!? 何でいきなり瑞鳳の話がここで出るのよっ!」

 

「いやほら……同じ空母仲間と言うか、仲良さそうな仲間というか、雰囲気的にそんな感じで?」

 

 

 因みにとある情報では龍驤は初霜ふもふと同サイズ、ズイズイは響と同サイズというデータがあるが、取り敢えず其々比較対象が駆逐艦という悲しい現実はこの時本人達は知る由も無かったのである。

 

 こうして色々な因縁が生まれた物の、取り敢えず龍驤、大鳳、瑞鶴というトリオがここに結成される事となり、暫くズイズイが鎮守府に馴染むまでは龍驤がその世話をするという事で話が纏まったのであった。

 

 因みにそのトリオが何を基準にしたトリオなのかという話は機密事項なので公言される事は無い。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、提督、何か金髪美女を侍らしてるとこ悪いんだけどちょっといい?」

 

「何か言葉に悪意を感じなくも無いんだけど何だろうか足柄君?」

 

「一応能代がこっちの所属って事になったけど、他の人員はどんな感じになってるのかしら」

 

「職場環境保全課は取り敢えず足柄君が総括、んで能代君が……」

 

「内務関係を任せるから副責任者的なポジになると思うわ」

 

「一応予定だと、呉から来る二人もあっちではお助け任務を専任してたんだっけ?」

 

「愛宕と熊野ね、その二人を含めて専任が四人、実働はまぁ都度長門から借りるとして、贅沢言うなら後一人は欲しいわね」

 

「ふむ…… 君から見てこれはという子は誰か居るかな?」

 

 

 平たい胸族が哨戒の為退出した執務室では、現在足柄と吉野が差し向かいで話しを詰めている最中であった。

 

 その周りでは一仕事終えて自由時間になったドイツ組のプリンツとビス子がコーヒーを飲みつつ休憩中であり、グラ子は引き続き髭眼帯の頭にチチセット状態。

 

 そして能代は執務室に隣接している情報課へ出向いており、これからの業務の為と早速打ち合わせに入っていた。

 

 現在通称艦娘お助けダイアルと称されていた課は、職場環境保全課という名前に改称され、執務棟情報課の隣に居を構えて設備の整備を行っている最中である。

 

 

 そして同課立ち上げに合わせ、呉で足柄と共に専任に就いていたという愛宕と熊野を着任させてそのまま業務へ就いて貰い、更に内務的な取り纏めは能代が行うという形になりつつあった。

 

 一応情報筋に強い能代が加わった事で業務は回る算段ではあったが、業務内容をある程度選別した上で行うにしても本来なら二桁人でやっていた仕事は、総勢四人では回す事は難しいという状況にある。

 

 

「……欲しい人材かぁ、指定する子って誰でもいいの?」

 

「それは要相談になるけど、取り敢えず誰が欲しいかってのは聞いておこうと思ってね」

 

「そうね……敢えて指定するなら霞ちゃん……かしら」

 

「霞君? そりゃまたどうして?」

 

「呉では霞ちゃん……当然別個体だけど、彼女もこの仕事を専任してたんだけどね、駆逐艦相手の相談役は最低限一人は欲しい処だし、何より彼女の歯に衣着せない物言いと、裏表が無い性格は相談役としては最適だったのよ」

 

「ふむ、なる程……彼女は今練度上げの為に教導を受けている状態なんだけど、それと並行して業務に就く事は可能なのかな?」

 

「暫くは問題ないわよ? 先にそっちを優先して貰って、合間に仕事を覚えて貰うって形でどうかしら」

 

「なら取り敢えず職場環境保全課の専任は足柄君、能代君、愛宕君に熊野君、そして最後に霞君の五名を充てて、情報課及び艦隊管理をしてる長門君達と適時連携しての業務という事で任せてもいいのかな?」

 

「多分それでOKだと思うけど、本格的に課が発足したら荒事も扱う可能性が出てくるから」

 

「うん、必要とあればこっちが根回しとか手配関係の事は受け持とう、ただ状況を随時把握しておきたいから業務報告は毎日上げて貰えるだろうか」

 

「判ったわ、それじゃ呉からの着任は明後日だから、一応業務開始はその翌日からと言う事でお願いね」

 

 

 こうして呉から移管された業務は漸く整備され、本格的に始動する事になったのだが、それは吉野が予想していたよりも他拠点の暗部に関わる事となり、少なからず大坂鎮守府という組織が異質な存在であるという認識が他拠点に知れ渡っていく切欠になるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで、足柄の方は何とかなったのか」

 

「漸くね、多分まだ色々と足りない物が多い状態なんだろうけど、それは様子見って事で、長門君にも彼女から色々と話が行くと思うけどその辺りは相談に乗ってあげてくれるかな」

 

「緊急支援艦隊の人材を出さなくていい分人員はいつでも出せると思うが、そうなるとそこそこ手錬(てだれ)を選ばんといけなくなるな」

 

「だねぇ、他拠点に武力介入なんて物騒な物をしなくちゃって可能性を考えると、戦力の質だけじゃなくて立ち回りの方が重要となってくるだろうからさ」

 

「そこは実際やってみないとどうとも言えんな、しかしウチは以前に比べ戦力の数も層も厚くなっている、艦隊編成をする時は出す者を迷う事があっても足りないという事は無いから安心してもいいだろうな」

 

 

 着任のドタバタが終了し、既に時間は20:00(フタマルマルマル)を少し過ぎた処。

 

 執務室では少し整理に手間取った書類を片付け、残業を終えた吉野が遅い夕食を採っていた。

 

 

 新規の課の立ち上げと具体的な指示を出すとあって業務には長門も加わり調整を進めていた為、結局彼女も吉野と同じく夕食を採り損ね、現在執務室では二人がソファーで鳳翔の作った食事をモグモグしつつ、仕事の事についての意見交換の最中というワーカーホリックな絵面(えづら)が展開されている。

 

 他の者は丁度時間的に風呂や雑事を行っている時間帯であり、二人の他にはおさんどんの為榛名が加わるという、割と珍しい組み合わせの三人がそこに居た。

 

 

「一応基地警備人員も分けて配置となってますけど、本当に榛名が責任者でいいのでしょうか?」

 

「なに、警備任務は総責任者を金剛が受け持つし、お前が指揮するのは四班の内の一つだ、だから必要以上に気負う必要は無いぞ」

 

「だねぇ、陸側は陸軍が受け持ってくれるから君達は今まで通り海を見ていてくれればいい、それに各班割り当ては8時間行動で、四班の内一斑は順次全休状態で運用するから、負担はそれほど掛かんないでしょ?」

 

「加賀にグラーフの二班は朝から昼固定、お前と霧島は夜間と昼組が全休の時にシフトに入るという変則的な物になるが、現在教導をしている者が現場に出る事が出来る様になれば、徐々に負担も軽くなっていくだろう」

 

「いえ、負担という面ではそのシフトは楽と言える位の物なんですけど、指揮を執るという事なら榛名よりも比叡お姉さまや日向さんが適任ではと思ったので……」

 

 

 大坂鎮守府に居る艦娘は、良くも悪くも戦場経験が長い者が揃っていた。

 

 その中にあって榛名はネームバリューこそ大きくあったが、生まれてからまだ実は7年という鎮守府内では若輩組に入る年齢であった。

 

 戦力としては上位から数える位置であっても、指揮経験という物で言えばそれより遥かに適任と言える者が他に居るのは確かである。

 

 

 常に前で戦う彼女であったがそれは艦隊の矛として、切り込み隊長としては立ち回っていたが、誰かの命を預かる指揮官としては経験が少ない状態であった。

 

 そんな状況での警備隊班長への辞令、例え相手が強敵では無いにせよ、守りをメインにした、それも誰かの命に責任を持つポジションは少なからず榛名にはプレッシャーとして重く圧し掛かっていた。

 

 

「……不安か?」

 

「はい、正直に言えば上手くやれる自信がありません」

 

「ふむ、そうか……しかし榛名、お前をその任に推薦したのは私でも金剛でも無いぞ」

 

「そうなのですか?」

 

「うむ、始めは昼を加賀達空母組に任せ、他は水雷系の者に一任する筈だったのだが、どこぞの誰かがお前の事を強くプッシュしてな」

 

「え? 一体誰が榛名の事なんかを推薦したんですか?」

 

「『第二特務課は設立から現在まで、ずっと榛名という戦艦が守護してきた、だからウチの海を守るというなら彼女という存在は外せない』と、そこの髭がな」

 

「えっ!?」

 

「南鳥島でも、南洋でも、呉の演習でも、いつでも君はウチの艦隊の要を張ってきたでしょ?」

 

 

 予想外の話に榛名は言葉に詰まり、驚きの相で味噌汁を暢気に啜る髭眼帯を見ていた。

 

 自分は確かに戦力としては自他共に認める働きをしてきたが、それはあくまで先にも述べた様に槍働(やりばたら)きに於いてであり、戦場を指揮する立場としては一度も任に就いた事が無い。

 

 それでも目の前の髭眼帯は防衛の要である隊の指揮官には榛名が欠かせないと言ったと聞き、驚きと同時に何故という事で頭が一杯になった。

 

 

「いいかい榛名君、指揮官と言うのに一番大事な能力は先ず部下からの信頼を得る事なんだよ」

 

「それは……能力が伴ってこそ得られる信用なのでは無いでしょうか、榛名にはその指揮という面での素養は備わっていません……」

 

「確かに君は今まで艦隊の一番槍として立ち回ってきた、けどそれは闇雲に突っ込んでった訳じゃない、自分が動く事で艦隊がどう動き、戦況がどう傾くか計算しての行動だった筈だ」

 

「それは……確かに、そうしないと皆に迷惑が掛かりますから」

 

「君は一番前に居ながら、同時にちゃんと艦隊の事も計算していた、誰に命令するでも無く、状況を読んで自分の行動一つで場をコントロールするという事をしてきたんだよ、それに……」

 

 

 茶碗に残る飯に残りの味噌汁をぶっ掛けて、ズルズルと行儀悪い食べ方をしながら髭眼帯は今も不安気な表情の榛名へ暢気な、そして飾り気の無い表情を向けて最後は言葉を締め括る。

 

 

「自分の中にある第二特務課に居る戦艦の"一番"は今も昔も、あの時からずっと変らない、そしてアクの強いこの鎮守府の一部の子達は君でないと纏める事が出来ない、だから自分は君を推薦した」

 

 

 個々の強さが秀でていても、協調性に欠ける者が幾らか居るという大坂鎮守府、他拠点では指揮能力が重要とされる指揮官の任は、ここではそれ以上の絶対的な何かを持たなければその者達のコントロールが難しい状態にあった。

 

 人員が充分に揃った拠点なら別だが、人数的な水準がギリギリにある此処ではその曲者達を纏め上げる存在が必要になってくる。

 

 

 それは何時如何なる戦場に於いても退かず、何者にも屈せず、必ず道を切り開いてきたという絶対的な信頼を得ていた存在。

 

 武蔵殺しの榛名という者にのみ御し得る事が可能な跳ねっ返り達が大坂鎮守府には少なからず居るのである。

 

 

「軍団としての指揮と言うならばお前は適任では無いかも知れん、しかし隊という声が届く単位の集団で言えば、皆を引っ張っていく能力が何より必要となる」

 

「だねぇ、君は後ろから支えるんじゃなく、前に出て隊の皆を引っ張っていくと言うのが適任じゃないかなって自分も思うんだけど」

 

「前に出て……」

 

「そそ、君の背中はさ、どんな窮地に追い込まれていても必ず何とかしてくれる、そう思わせる力強さがあるのさ」

 

 

 食事を採り終え、茶をすする髭眼帯と、同じく食器を纏めて榛名を見る長門。

 

 実際この差配に於いては色々と不安要素がある物でもあった、しかしそれを押してこの配置に榛名を据えたのは、増える人材、刻々と変化していく時勢、それに対して榛名という艦娘が次の段階に進まねばそれに続く者達も前に進めない。

 

 そう判断したからこそ長門も金剛も、そして大和もこの任を榛名へ与えたという事情があった。

 

 

 が、それ以上に吉野の強い意向もあったというも実は大きな影響を及ぼしてはいた。

 

 

「提督」

 

「何かな?」

 

「榛名は、他の方の様に緻密な戦略を立てるのも、先を読む事も苦手です」

 

「知ってるよ」

 

「殆ど勘でしか相手の予想を立ててきませんでした」

 

「即応力は小隊規模で言えば一番大事な能力の一つだ」

 

「……榛名で、本当に良いのですか?」

 

「もう一度言う、ウチに居る戦艦の"一番"は設立当時から今まで、ずっと変らず君だと自分は思っている」

 

 

 着任してから今まで、特に戦艦という艦種に限定すれば軍の名だたる者達が集った第二特務課。

 

 その中で劣る事は無くとも限定した場でしか貢献していないと思っていた自分。

 

 そんな自分を目の前の男は、艦隊総旗艦の、長門型一番艦を前にして、それでも"ウチの戦艦の中では一番"と称した。

 

 平時から現実主義者として知られ、任務に於いては一切の妥協を見せない男の口から出た言葉は自分が思いも拠らなかった、胸が痛いほどに感じる信頼を寄せた言葉だった。

 

 今も、昔も、ずっと、戦艦の中では変らず一番であると。

 

 その言葉は、この金剛型三番艦の中にある色んな物を吹き飛ばし、戦場を駆ける時の、あの高揚した気持ちと同じく迷いの無い強固な想いを形作らせ、新たな目標を与える事となった。

 

 状況が複雑化し、戦働(いくさばたら)きでしか役に立たないと思い前線以外では役に立たないと、敢えて一歩退くという事に努める事にした、傍に立てなくとも出来る範囲で自分は貢献出来ればいいと思っていた。

 

 嘗て第二特務課立ち上げ当初、近くに居た存在が遠い者になってしまっても、それは仕方の無い事だと半分諦めの心も持っていた。

 

 しかし今はっきりと、提督という者から言葉として自分を必要としていると言われたのなら、自分の事が一番だと言うのならば。

 

 

 その信頼には言葉ではなく、必ず形として応えてみせよう。

 

 

 こうして実の姉からですら戦闘力に秀でていても艦隊の長としての能力に欠けるという評価をされていた戦艦は、この日より一艦隊の要として、少数ではあったが兵を率いる立場となった。

 

 

 それは結局指揮官としての評価は高いと言える物にはならなかったが、特定の者達を率いての戦果は突出した物を記録する事となり、"大坂鎮守府と言えば最強の第二艦隊"と称される程の集団を生む事になっていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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