大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 着々と組織の体を成す大坂鎮守府、徐々にだが確実に足場を固める為、少しづつだが変化しなくてはならない者達へ、吉野は艦娘達と今日も向き合う。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2019/02/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


気遣いが時として大きなお世話になるという悲劇

 

 

 艦娘というのは個性の固まりである。

 

 とある指揮官はこう言ったが正にその通りだと吉野三郎(三十路カウントダウン海軍中将)はしみじみ思っていた。

 

 

 昼食を採る為に訪れた居酒屋鳳翔、魅惑の手作りコロッケと焼きソバ、そしてドクターペッパーが並ぶカウンターを前に箸を止めて怪訝な表情で少し離れた席でランチをしている者達を見る。

 

 そこには球磨と島風、そして摩耶というトリオが小上がりの一席を占拠して居並ぶという絵面(えづら)

 

 

 ボショボショとランチ時にするには少し怪し気な会話風景は妙におかしく、また普段から余り行動を共にしているのを見た事が無いと言うか、結構珍しいとも言える組み合わせの面々。

 

 艦種も違えばキャラ的に被る要素も無い、そんなトリオが真剣な相で集っているなら、嫌が応でも視線は釘付けになっちゃうのが普通である。

 

 

 そんな連中が肩を寄せ合い髭眼帯が観察している異次元居酒屋に、鼻歌交じりの能代が暖簾を潜り、トリオが座る席へ合流を果す。

 

 経歴からして要注意人物No.1の誉れ高い阿賀野型二番艦がINした事で、更に吉野の顔が怪訝な物へと変っていく。

 

 

 因みに彼女達のテーブルには揚げ物や煮物が大皿に盛られ、其々が小皿でそれを取りつつ飲み物を飲むというスタイルの為、良くも悪くも色々とそこは異次元度が増している状態であった。

 

 

 元々その筋ではノーマルである球磨は午後からの業務が控えている為、ノンアルコールビールのジョッキを片手に、島風はオーソドックスにラムネをチョイスした状態。

 

 しかしノーマルな居酒屋風景はここまでで、摩耶の前にあるジョッキは毒々しい青色の何かが入った炭酸に白い液体が浮いているという非常に形容のし難いブツが鎮座しており、流石の吉野でもそれが何かというのが判らない状態であった。

 

 

「鳳翔さんすいませーん、頼んでたの入ってます?」

 

「はい、今朝入荷しましたけど、氷はどうしますか?」

 

「えーっと氷はいいかなぁ、冷えてるなら瓶のままで」

 

「はいはい、今お出ししますね」

 

 

 カウンターの奥からにこやかにオカンが小上がりへ注文品を持っていく。

 

 そして能代の前に置かれたのは琥珀色の液体が入った瓶飲料。

 

 

「あーこれこれ、内地でしか流通してないから滅多に飲めないのよ、嬉し~」

 

「……能代、それ何クマ?」

 

「ンクング……ッパア、あ゛ーいいわやっぱ、ってコレ? 球磨も飲んでみる?」

 

「いやお前それ人に勧めるのに何でラベル隠してるクマ、怪し過ぎるクマ」

 

「まあまあそう警戒しないで、ほらぜかましちゃんも、サイダー好きでしょ?」

 

「サイダー? うん好きだけど……」

 

「んじゃグラスにちょこっと注いであげるから、ほらほら」

 

「んー……この色ってコーラか何か? ……オ゛……オ゛ゥッ!?」

 

 

 能代がグラスに注いだ液体を口にし、ぜかましがいつものセリフを濁らせて突っ伏してしまう。

 

 そしてそれを見る能代は何故か満足気に瓶の中身を煽るというそれは、正に性格の悪さが滲み出ていた。

 

 

「ちょっ!? お前何飲ませたクマ!?」

 

「ん? 醤油サイダー」

 

 

 醤油サイダー

 

 香川県が誇る極一部の者達には伝説となっているご当地飲料。

 

 西日本の醤油界では和歌山の湯浅や島根の奥出雲に並ぶ古式醸造で知られる小豆島醤油、たまりという類の甘みを含んだそれは味わい深く、それだけを舐めても辛味よりふくよかな味わいと香りが立つ逸品である。

 

 昔ながらの製法で作られた醤油は味の芯が一本通り、煮炊きしても香りが損なわれない程の濃い仕上がりになっている。

 

 そんな醤油はサイダー如きとブレンドしても自己主張を曲げる事無く、炭酸飲料に混ざっても芯のある味と、引き立つ香りをそのままに清涼飲料水というブツとして誕生してしまったという小豆島の特産品である。

 

 世には似た類の醤油炭酸が幾らか存在するが、この小豆島の醤油サイダーは使用している醤油が400年前と変らぬ製法で頑固な蔵元さんが作っているマジモンを使用してしまっている為、サイダーと混ぜても調和する事無く醤油として自己主張してしまい、結果、テイスティングは正に醤油INサイダーというべき飲み物になってしまっていた。

 

 

「おまっ!? これうえっ!? 何だこりゃ!?」

 

「醤油サイダー」

 

「後味最悪クマ!?」

 

「いやいやいや後味って言うなら摩耶のギャラクシークリームの方がゲテモノじゃない」

 

「ばっかコイツは清涼飲料水だけど、お前のは調味料じゃねーか!」

 

 

 阿鼻叫喚が支配する小上がり、和のニューフェイスである毒飲料が投下されてしまったそこへ新たなる参加者が訪れる。

 

 

「すまない遅れてしまったな」

 

「長門、遅いクマ」

 

「色々と手が離せん事があってな……と言うか島風が何やら悶絶しているようだが? 大丈夫か?」

 

「オ゛……オ゛ゥゥ……」

 

 

 球磨、摩耶、島風、能代に続き艦隊総旗艦長門が加わった卓、共通点はおろか立場的な物もバラバラの組み合わせに益々"?"の文字を頭に浮かべ、髭眼帯はその一団を凝視する。

 

 

「さてと、やっと一息入れられるな、鳳翔、すまないがキープしておいたアレを頼む」

 

「はいはいただいま」

 

 

 何故か数分前に同じ光景を見た気がするのは気のせいだろうかと思う髭眼帯の視界には、再びカウンターの中からにこやかにオカンが数本のプラペットボトルを持って小上がりへ持って行く。

 

 それは白と水色の組み合わせが爽やかカラーな余り見た事の無い雰囲気のラベルが張り付いている。

 

 一見すると和のデザインを彷彿させるそれには、何故か稲穂の写真という異物がド真ん中にプリントされているという物体、そこには大きく『米づくり』という商品名と、『お米の炭酸飲料』というキャッチコピーが記されていた。

 

 

「はーやれやれ、加賀と瑞鶴はどうにかならんのか、寄ると一々言い合いになって話が進まん」

 

 

 溜息と共にゴクゴクと長門が嚥下するドリンク。

 

 

 米づくり

 

 それはJTブランドで販売された炭酸飲料。

 

 サントリー・伊藤園・JTという毒飲料界の三強と謡われる魔の一角が生み出した和の麒麟児。

 

 

 炭酸系飲料に米粉、米こうじエキス、大豆由来の安定剤をINする事で名称の如く米という物を前面に押し出しちゃったドリンクである。

 

 本来爽やかさと後味に清涼さが求められる炭酸飲料にありながら、ドロリという要素を加えた為に何もかもが台無しになってしまったそれは、米独特の甘さと妙に鼻につくフレーバーが同居してしまっている。

 

 瞬間的インパクトは控えめであるが、一度口にしたら最後、いつまで経ってもネトネトドロリが纏わり付いて悪夢が続いてしまうという、遅効性かつ継続性の高い性質を有してしまった炭酸飲料、それが米づくり。

 

 テイストはミキサーに掛けてドロドロにした粥に炭酸と甘味料を加えた物という、容易に想像が付くがしたくないという炭酸飲料。

 

 飲んだ者は口々にそれを『バリウム炭酸』と称して恐れ(おのの)くという。

 

 

 そんな色々アレな正体は吉野しか知る者はおらず、ゴクゴクとそれを飲む長門を見て思わずプルプルと震えてしまったというのは仕方の無い事と言えるだろう。

 

 

「そう言えば北上の姿が見えんようだが、どうしたのだ?」

 

「あー……アイツ参加するの拒否したから一応メンバーはこれだけクマ」

 

「そうなのか?」

 

「後は夕張も忙しくて今日は参加できねえっつってたな」

 

「ふむ、まぁ私的な集いだから強制する事も無いだろうし、その辺りは集まれる者だけ集まればいいのではないか」

 

「そーね、でも折角こういう機会があるんだから、もっと色々とメンバーを集めたいものね」

 

「オゥッ」

 

「そう言や今度着任する米艦、あの片割れのアイオワの写真見たけどアイツもメンツに誘えそーだぜ?」

 

 

 球磨、島風、摩耶、能代、長門、まるで繋がりが無いメンバーにアイオワという着任していない、しかも米艦の名が連なるという不可解な集いに髭眼帯は更に首を傾げる。

 

 更に話によると北上もその集いに誘われてはいたが断ったと言う事であり、今回は参加していないが夕張もメンバーに入っているという。

 

 考えれば考える程謎の集い、一体彼女達は何の繋がりで集っているのかと思っていた矢先、球磨が何やら紙を取り出してメモを取り始めた。

 

 

「取り敢えずアイオワの勧誘は長門に頼むクマ」

 

「良かろう、着任後の案内は丁度私が受け持つ事になっているからその時にでも声を掛けておく」

 

「他に誰か誘えるヤツは居るクマ?」

 

「今んとこ居ねぇんじゃないのか?」

 

「それじゃ取り敢えず7名で全部って事でいいのね?」

 

「オゥッ」

 

「えっと君達……ちょっといいかな?」

 

「む、どうした提督」

 

「いや……えっとその、君達はその……何の集いなの?」

 

 

 吉野の問いに音が消える異次元居酒屋、カウンターの向こうではにこにこと何かの料理を仕込むオカンがタンタンとリズミカルに包丁を叩く音と、鍋からコトコトと聞こえる音だけが静かに聞こえ、暫く首を傾げた艦娘達と髭眼帯が見つめ合う。

 

 

「ヘソ出し艦娘の会クマ」

 

「ヘ……ヘソぉ?」

 

「オゥッ!」

 

 

 球磨、島風、摩耶、能代、長門、北上、夕張、そしてアイオワ。

 

 確かに全員に共通する物を無理に上げればヘソ出しルックなのは間違いない、しかし何故そんなニッチかつおかしな特徴の者を集めて何をすると言うのだろうか。

 

 

「誰が考えたか知らねーんだけどさ、ヘソ丸出しのデザイン服って色々大変なんだぜ?」

 

「うむ、基本海の上は風が強く、ちょっとでも油断すると腹を壊す」

 

「そうクマ、近くに陸地があればいいけど、無ければ身を隠す場所も無い海の真ん中で色々と困った事にもなる事も少なくないクマ」

 

「オウッ」

 

「だからと言って腹巻とかするのもアレだし、服を羽織っても戦闘したらすぐビリビリになっちゃうし」

 

「そんな訳で色々と同じ悩みを抱える同士を集め、其々の知恵を出し合ったり対策を練る事にしたのだ」

 

「えっと……それが腹出し艦娘の会?」

 

「ヘソ出し艦娘の会クマ」

 

「オゥッ!」

 

 

 端から見ればセクシーかつワイルドに見えるヘソ出しルックという制服、それは着る本人からしてみれば腹部を冷やしお通じ事情の危機があるという生々しい問題を聞き、どう答えていいか判らず微妙な表情の髭眼帯。

 

 そんなお悩みを抱える艦娘達が集った一団は、色々な集団が誕生しつつある大坂鎮守府の中で新たに登場した一派閥として生まれ、割と結成理由が身につまされる物であった為に横の繋がりが強固な物として存続していく事になったのだという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そんな訳でさ、君達もほら、何か困った事とかそんな感じの物って無いの? 主にお通じとかその辺りも含めて」

 

 

 昼休憩も終わった執務室、書類仕事の傍ら髭眼帯はそこに居る艦娘達へ素直にそんな疑問を投げ掛けていた。

 

 善く善く考えれば艦娘と言えど人間と同じ物を口にし、カロリーを摂取するというプロセスは変らない、長時間海という何も無い場で行動するという事はそれに付随して色々な問題が発生するのは道理である。

 

 そして鎮守府司令長官という立場の吉野としては、より良い職場環境を作り出し、気持ち良く仕事をして貰う為の努力に努めるのは当然の行為であり、それに付いての対策もしなければならない立場であった為、忌憚無き意見を聞く為にそんな質問を口にしたのであった。

 

 

 現在執務室に居るのは仕事の補佐に就いている時雨に書類を持ってきた妙高、そして教導の報告に訪れていた大和という面々。

 

 其々は髭眼帯の言う話題に一瞬思考が伴わず動きを止めて言葉の意味を考えるが、時間が経つにつれて顔を真っ赤にしてプルプルと震え始める。

 

 

「ちょっと提督! 何でいきなりそんな話を振ってくるのかな!」

 

「いやほら、さっきのヘソ出し艦娘の会の話聞いてたらさ、君達も色々と不便な思いしてるんじゃないかって心配になっちゃったんだけど」

 

「提督、その……その辺りの話はもっとオブラートに包んでとか、その……」

 

 

 真っ赤になった時雨にベシベシとチョップを入れられながら、髭眼帯は歯切れの悪そうに言葉を漏らす妙高から首を傾げて大和へ視線を移す。

 

 そして大和は顔の前で両手をブンブンさせながら、他の二人と同じく顔を真っ赤に染め上げている。

 

 

「う……うん? どしたの君達?」

 

「どしたのじゃないですっ! 何でそんな事提督が気にする必要があるんですかっ!」

 

「え? いやほら小とかならまぁ何とかなりそうだけど、大とかだと……」

 

「サイテー! 提督サイテーだよっ!」

 

「え!? ナンデ!?」

 

 

 繰り返し言うが髭眼帯は純粋に職務に忠実な行動を取っているだけの話である、しかし最近色々と肥大化した職責に毒され色々と麻痺してしまった為に思考が変に働いているという状態が今の結果に繋がると言うか、周りが見えていない状況であった。

 

 

「そ……その辺りは出撃の予定に合わせて食事の時間や量を調整したりですね……」

 

「あ、やっぱりそういう消極的な手段しか方法が無いのかぁ……これは問題だなぁ、それだと空腹状態でいざと言う時力が発揮出来ないんじゃない?」

 

「提督……も、もぅその辺りで……」

 

「いやいや今までその辺りちゃんと考えて来なかったのは自分の怠慢だ、これはちゃんと考えて対処しなくちゃダメな問題じゃないかな」

 

「そんなの考えなくてもいいよもうっ!」

 

「え!? ナンデ!?」

 

 

 三度言うが髭眼帯に何か含むものは皆無である、むしろ善意を元にした職場改善に燃える上司の行動であったが、それは周りからすればデッカイお世話以外の何者でも無いと言うか、ぶっちゃけセクハラ染みた言葉攻めである。

 

 

「取り敢えず問題は視線を切る何かを準備する事と、事後の始末を速やかに行えるシステムの構築を……」

 

「真顔で何を想像しているんですかっ!?」

 

「大和君」

 

「何ですか!」

 

「済まないが自分は女性のその辺りの手間とか諸々の知識に乏しいんだけど、その辺りの知恵を貸して貰えないだろうか、て言うかシステムの構築から使用感のテストとか」

 

「よりにもよって何でそんな役目をピンポイントで大和に振るんですかっ!?」

 

「え!? ダメなの!?」

 

「だから提督その話はスルーしようよっ!」

 

「時雨君……」

 

「……何?」

 

「我慢はさ、良くないと提督は思うんだ」

 

「僕はさ……提督には色々と失望したよ」

 

 

 真顔でガッチリと時雨の両肩を掴んで熱弁する髭眼帯と、ジト目で口を△にした小さな秘書艦の間には分かり合えない何かが存在するという悲劇が横たわっていた。

 

 そして何故か俯きモジモジとする妙高と、涙目の三白眼で睨む大和という執務室がそこにあった。

 

 

 

 こうしてヘソ出し一同のお悩みから始まった一連の話は、色々な艦娘達の謎の生活というか事情的な物に及んでしまい、髭眼帯の妙に強い責任感とデリカシーの無さが無関係な者へ色々直撃してしまうという悲劇を生みつつ、後日余計なお世話な諸々の騒動へと発展していくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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