大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 オジーチャンの余計な活躍で新たな人員を補充し、取り敢えず秘書艦問題は解決した大坂鎮守府、そんな活動が安定へ向かう最中、残りの人員が呉鎮守府より着任を果たす事になる。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2019/04/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


色々絡んでしまった過去とアニモー

 

 艦娘という存在は軍艦としての前世を持ち、記憶を持ち、特徴を持ち、人と同じく喜怒哀楽という感情を持ち、この世に還って来た存在だという。

 

 史実として語り継がれる彼女達の前世は朧気(おぼろげ)であり、途切れ途切れの記憶であり、それでもそれは忘れる事が出来ない心の傷であり、死ぬまで向き合う事になる過去でもあった。

 

 

 彼女達は艦の時代に海を駆け抜けてきた生き様や死に様、そして座乗していた者達の特徴を色濃く残し、そうして人型としての今世はそれを元に其々の個性を持つに至る。

 

 

 ある者は強く、ある者は儚げに、苛烈に。

 

 

 彼女達が建造される時に刻まれる"テンプレート"という知識の幾らかにはその記憶が含まれ、環境が変っても変化する筈もないそれ(記憶)の多くは、大日本帝国海軍という壊滅した組織の艦艇であった為、彼女達艦娘にとって前世の記憶とは沈む時までずっと向き合う事になる呪い(トラウマ)となる。

 

 

「あーやっぱそうなんですねぇ……これってやっぱりあの噂は本当だったと……」

 

 

 彼女は知りたがりだった、知る為に行動し、それの真実を紐解く事に執念を燃やし。

 

 そして知った事を広く、知るべき者達に伝える、それに拘る艦娘だった。

 

 

「薬品メーカーの資材倉庫(・・・・)と言う割には妙に高い電力消費、汚染物質扱いの廃棄物コンテナが頻繁に出される状況、どう見てもココって倉庫と言うには無理がある施設なのに、メーカーが研究施設じゃなく倉庫として登録している訳って……」

 

 

 何かを知るというのは行動を起こす為の判断材料としては重要な要素であり、その内容が間違っていたら取り返しのつかない事になる場合もある。

 

 だから物事を広く知り、そして間違いの無い行動をする為にそれが正確な物なのかを確かめる。

 

 彼女はその行動に拘る、病的なまでに、それは彼女が生きた前世、取り返しの付かない過去に起因した呪い(トラウマ)

 

 

「本当に関心しませんねぇ、このご時勢人間同士争うのは愚行以外の何物でも無いんですけど、自分の利益以外見えてない人って意外と多いのにビックリです」

 

 

 薄暗く、無機質な空間には所狭しと詰め込まれた機械の数々、鼻を突く薬品に混じる匂いと正体不明の色々と、その正体を知りたくも無い何かが並ぶ光景。

 

 彼女の仕事は軍部から降りてくる情報を取り纏め、それを形にして市井(しせい)へと広めて軍としての活動を知って貰うという物であった。

 

 

 大本営麾下広報課

 

 対外的には軍という組織内の活動を喧伝し、国民に活動内容を知って貰う為の組織であり、武器を持つ集団である彼らの正当性を謳い支持を得る為に作られた部署である。

 

 それは良い部分は表に、不都合な部分は隠蔽するという清濁併せ持つ部署であったが、元々物事を知りたがり、そして"正しい情報"を広める事に拘る彼女にとって、色んな意味で天職とも言える活動が行える場所でもあった。

 

 

 諜報力が高いという能力がありながらも、知った物事を取り扱うという面では機密保持上致命的と言われる性格をしていた彼女は諜報系の部署へ就く事は出来なかったが、その活動姿勢や推察眼は高い物であった為に広報課の記者として徴用され、日々拠点を渡り歩いては面白おかしく、そして時には風刺が効いた記事を作っては真実という物を追い続けていた。

 

 

 そんな彼女がとある噂を聞き、内容のきな臭さから興味を持った情報。

 

 それを元に独自で取材し、時には上司より睨まれながらも調べ続け、そして辿り着いた噂の元凶。

 

 

「課長にはダメだって言われたんですが、これを放置してたらとんでも無い事になりますから……どうにかしないとですねぇ」

 

 

 外観は軽量鉄骨製の倉庫然とした建物は、内壁が何重にも施された防音仕様、そして不自然な程に強固に敷設された警備体制、更に汚染廃棄物処理コンテナを運ぶ車両が出入りするそこは、倉庫に偽装された研究施設と思われる建物だった。

 

 その内部は各種薬品が入ったタンクや、何かを加工すると思われる場所、そしてそれらから生み出されたと思われるモノ達が押し込められる区画と、凡そ分けて設置するべき施設を一箇所に詰め込んでしまった地獄だった。

 

 

「全部の作業が一箇所で出来る様に配置し、全てをここで完結させる為にした施設なんでしょうが、やってる事とか結果が全部被験者に見えるのは精神衛生上良く無いですね……」

 

 

 彼女が見る先には色々形容し難いモノが外部から様子が見え易い様な区画に押し込められ、蠢いていた。

 

 それは何なのかというのは一見して判別が付かないモノも混じってはいたが、これまで取材し、真実を追ってきた彼女にはそれが何なのかは判ってしまった。

 

 高い身体能力と水を往く力を有する彼女は、海辺に建つ工業団地の一角にあるこの施設に侵入する事は割りと簡単で、人に対する備えしか想定していなかったセキュリティは易々と暗部を彼女の目の前に曝け出してしまった。

 

 

 携帯していた録画機器で周囲の状況を記録し、ボソボソと様子をボイスレコーダーに吹き込む。

 

 今彼女がやっている事は彼女に充てられた軍務から逸脱した行為であったが、それでも目の前に放置が出来ない非人道的な行いがあれば見過す事は出来ない。

 

 それは彼女が前世で引き起こした、己の認識不足と思い込みからしてしまった取り返しの付かない行為、その前世を引き摺り異常なまでに情報の真実を求めるという呪い(トラウマ)がさせた行動だった。

 

 

「本来ならこれは陸の管轄なんでしょうけど、生憎と私はそっちに知り合いが少ないですから取り敢えずはこのまま情報を持ち帰って……」

 

 

 目の前に広がる凄惨な光景を無理矢理思考を逸らす事で考えない事にして、そろそろ引き上げようと動き出した時にそれは起こった。

 

 首筋に走る衝撃、重くなる体、視界はぶれ明滅する、それでも何とか視界は保てたものの瞬時に拘束されて猿ぐつわを噛まされる。

 

 突然起こった出来事に思考は停止し、目の前で起こる光景だけが映っていく。

 

 

「チッ……被験者か? 何でこんな処に"モドキ"が……」

 

「いや、どうやらコイツは部外者の様だ。携帯しているのは……録画機材一式にボイスレコーダー? 一体どこの所属だコイツ」

 

「……面倒な事になったな、艦娘だと海の管轄だから勝手に始末は出来んぞ」

 

「案内人聞こえるか? こちら"い組三番"、艦娘らしき者を拘束した。そちらからこっちは確認出来るか」

 

『こちら案内人、見たところ青葉型一番艦に酷似しているがこの距離では断定出来ない。ソイツは身分証明証の類は携帯しているか?』

 

「いや、個人用撮影機材以外何も持ってない。取り敢えず拘束して96(96式装甲車)に運んでおくので後で確認を頼む」

 

『了解した、そっちの退路に人影は無いがこちらから監視はしておく。速やかに行動してくれ』

 

「了解」

 

 

 訳も判らず引き摺られていく向こうでは、都市迷彩柄の戦闘服に目出し帽という出で立ちの、如何にもという集団が施設を制圧していく様が見える。

 

 時折聞こえる炸裂音と閃光はフラッシュパン(閃光手榴弾)による物だろうか、引き摺られている最中に傍の者が発砲しているのを見たが、カチカチという極小の発砲音と発砲光が無い小銃を使っているという事は、そんな(・・・)活動を常とした部隊なのだという事を彼女は理解した。

 

 

(統率の取れた行動に特殊な武装……それに艦娘である私を行動不能に出来る装備ですか、これはちょっと不味い事になっちゃいましたね……)

 

 

 建物の外に運び出された先には暗色に塗装されたトラックと、建物を囲む幾人かの者達、それは間違いなく軍隊と呼べる規模の一団で、使用している装備から考えれば陸軍に関係する者達というのは理解出来た。

 

 理解したが、意識を保っていられたのはそこまでで、彼女は引き摺られたまま遠くに倉庫を見つつその意識を手放した。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「多くは聞かない、こちらの問いにYESなら頷け、NOなら首を振れ、判ったか?」

 

 

 次に彼女が意識を取り戻したのは恐らく車両の中、目隠しをされ、猿ぐつわ状態ではちゃんと状況が把握出来ないが、身に感じる振動とエンジンの音で自分は車の中で拘束されているというのは理解出来た。

 

 聞こえてくる声は妙にくぐもり、そして隠す事も無い殺気と血の匂いが恐怖を想起させる。

 

 加えて痛みは殆ど感じないが、四肢の根元辺りに鈍痛がするという事は、動きを封じる為に関節へ何か異物が差し込まれているというのは理解出来た。

 

 艦娘という人よりも膂力に秀でた存在に対し、無力化をしようとするなら四肢の動きを制限するのが常套手段とされていた。

 

 そして憲兵隊では非常時に於いて釘や棒状の金属を四肢の根元にある関節に突き刺し、艦娘を無力化するのだというのを知識として知っていた為、恐らくはそれに類似した状況なのだろうという事を彼女はぼんやりと思い出していた。

 

 

「お前は海軍所属の艦娘か?」

 

「……」

 

 

 黙って首を縦に振る、例え艦娘であっても(おか)の上であり、人と同じ構造の体を有する為四肢の自由を奪われてしまっては何も出来ない。

 

 そして相手はもう疑う事も無く軍組織である、それなら次に取るべき行動はヘタに逆らわず自分の身分を開示し、なるべく穏便に事を進めるしか無いと思った。

 

 

「青葉型一番艦 青葉か」

 

「……」

 

 

 再び首を縦に振る、耳に聞こえる声に威圧感は無いが、それ以上に抑揚の無い声色であった為に危機感を募らせる。

 

 長く人の話を聞き、相手の腹を探る事で隠している本心を読むというのを生業としてきた彼女にとって、その声は関わってはいけない、物事を感情では無く、状況のみで判断する"特殊な環境で働く者"特有の特徴を感じ取ったからだ。

 

 

「ハグッ……ハウハウッ」

 

 

 ヘタをすればこのまま機密漏えいを防ぐ為に処分されてもおかしくは無い、そう判断して言葉を搾り出そうと必死に試みる。

 

 そしてすかさず額に当てられる異物感、冷たいソレは恐らく銃器の類だろう、人が使用する武器で艦娘をどうこうする事は出来ない筈であるが、相手はこの施設を制圧しに来た集団である。

 

 完全でなくても艦娘に近い何か(・・・・・・・)を制圧する武装を持っていると想定すれば、その武装は艦娘に対しても有効な物かもしれない、そんな恐怖と額の感触が彼女────青葉型一番艦 青葉の体を硬直させる。

 

 

 暫くそのまま続く無言の時間、混乱しつつ何も出来ない彼女は次の瞬間猿ぐつわを解かれ、続いて口に詰め込まれていた布切れを乱暴に引きずり出された。

 

 

「ゴホッゲホッ……カハッ……」

 

「必要以上の事は喋るな、質問も受け付けない、聞かれた事にだけ答えろ、いいな?」

 

「は……はい」

 

 

 厳重に閉じられていた口周りの戒めを解かれ、吸い込んだ空気には先程感じたよりも濃厚になった血の匂いと、車両に染み付いてるのだろう()えた臭いが鼻を突く。

 

 

「所属は?」

 

「大本営のこ……広報課です」

 

「何の目的であそこに居た?」

 

「……非合法施設を取材する為潜入していました」

 

「それは秘匿活動か? 命令の発布元はどこだ」

 

「ゲホッ……命令は受けてません、個人取材でココ辿り着いて……それで」

 

「個人取材? 何の為に?」

 

「おいサブ、確かにそっち(海軍)の広報課に青葉型一番艦は所属しとって、今は取材中で席を外してるっちゅーのを確認したで、取り敢えずそこの責任者に渡りを付けとるさかい、それまでちっと待っとけや」

 

「……了解です」

 

 

 会話の途中に崩れた関西弁が入り、再び場は静寂に包まれる。

 

 今の短いやり取りを考えるに恐らく自分の身分照会の為連絡をやり取りしているのだろう、課に連絡が行けば命は助かるが、取材に出る為に出した外出許可書の虚偽記載と、拘束された現状、民間施設への不法侵入その他諸々を考えれば軍法会議は不可避であり、別な意味でこれからの事に対する不安が沸いてくる。

 

 そんな状況に顔を歪めうな垂れる青葉に、先程から尋問をしていた者から詰問の言葉が尚も続く。

 

 

「何故広報課がこんな案件を追う? こんなネタは表に出る前に握り潰されるとは思わなかったのか?」

 

「それは……そのまま公表は出来なかったでしょうけど、持って行くとこによってはちゃんと処理してくれるでしょうし……」

 

 

 青葉の言葉に場の温度が下がる、それは肌で感じられる程の変化、言葉にすれば殺気という類の物であった。

 

 その変化に自分の言葉に何か地雷要素があったかと焦り、思わず次の言葉を飲み込んでしまう。

 

 

「処理……それはこの件を世間に公表するという事か?」

 

「それ……もありますが、目的はあくまで言葉のままの物ですよ。誰かの都合でこんな惨い事が起こってはならないし、してはいけない。だから告発する事で組織を摘発し、それを世間に公表する事で抑止力として……」

 

「そうして事が公になれば、まだ残っているかも知れないヤツ等は全てを無かった事にする為裏で動く事になる、そうなれば"まだ間に合う筈の者達も無かった事にされる"」

 

「……あっ!」

 

「この手の非合法施設は駆逐されつつある。それでもまだ存在しているのは確かに抑止力が足りてないのが原因なのかも知れない。しかしそれを公にする事で失われてしまう命もあれば、救える筈の者達や悪魔の手法を手の届かない場所(・・・・・・・・)へと持ち去られてしまう恐れもある」

 

 

 情報を広く拡散し、認知させるという手段は新たに悲劇を繰り返さない為の特効薬にもなるが、同時に現在深く病んでいる部分は切り捨てられるか別な部位に転移する可能性も秘めている。

 

 それは病と同じく、根治するには見える部分を取り除き、時間を掛けて観察して出てきた物を潰していくしか方法が無い。

 

 全てを切り捨てると言うなら最も簡単な話だが、そう出来ないのが現実であった。

 

 

「物事は単純じゃない、過ぎた正義感や一方的な考えは片手落ちの結果しか生まない」

 

「私は……ただ真実を知ろうとして……それで」

 

「真実と言うのは一つかも知れない、だがそれは知る者のさじ加減一つで周りを殺す事もある」

 

 

 淡々と言い聞かされる様に聞こえる言葉、それは彼女、青葉が前世でしてしまった出来事……敵味方を誤認した上で、情報を精査せずに突っ走ってしまった為に、僚艦を沈めてしまったという記憶に紐付けられたトラウマに突き刺さる。

 

 あんな事にならない様に知ろうとし、知った上で間違わない様行動する為にと常々思っていた。

 

 

 暗く広がるサボ島沖。

 

 味方と信じ行動し、それを疑いもしなかったあの時。

 

 その行動は僚艦吹雪を沈め、己を庇った古鷹も水底(みなぞこ)へと追い遣ってしまった。

 

 

 だから彼女は真実を知ろうとする、そして正しくあろうと行動し、それを皆に知って貰おうとする、行き過ぎた行動はジャーナリズムという物を元にさせた物では無く、彼女自身が心に刻んだ後悔、前世より背負った呪い(トラウマ)がそうさせていた。

 

 

「わた……私はただ……もう間違わない様に、ちゃんと出来る様に……もう誰にも沈んで欲しく無いから……」

 

 

 "また"間違えてしまったという現実と、それが命に関わる物であった事、それに気付いてしまいトラウマに、掻き毟る程に形容し難い感情が胸の奥底に沸き起こる。

 

 涙と鼻水を垂れ流し、視界が塞がれ暗闇という状況は更に彼女の意識を混濁させていく。

 

 

 そんな彼女の鼻と口を何かが乱暴に拭う感触、それは唐突に、余りにも乱暴に。

 

 それでも流す涙と鼻水を拭う物だと判った時、相変わらずのくぐもった声がポツポツと聞こえてきた。

 

 

「お前のミスは独断先行した事だ。個で何かをするというのには限界がある。対象が組織であるならこちらも組織で対するというのが基本だ、忘れるな」

 

「う゛……うぐっ……ごべんな゛ざい……」

 

「やり方は間違っていた。でもその心根は間違っていない、それは忘れるな」

 

 

 それから彼女は乱暴に顔を拭かれ、なすがまま時間を過ごし、暫く後に迎えに来た海軍関係者へと身柄は引き渡された。

 

 両手足にダメージが残り、自力で歩く事が難しい彼女はタンカで運ばれるという情けない状態でそこから連れ出される事になった。

 

 

 そして戒めが解かれ、自由になった視界で運ばれる際、周りには撤収準備をしている陸軍と思わしき部隊と、その中に一人だけ違う装備に身を包んだ者が見えた。

 

 都市迷彩で目出し帽の集団の中にあり、一人だけ黒尽くめで、ホラー映画に出てきそうな無骨で、顔全体を隠す様な形の面頬(めんぽ)を装着する人物。

 

 一瞬だがその人物と目が合った、そして今まで自分を尋問していたのはその人物では無いかと何となく思った。

 

 相手は何の反応も示さずその場から立ち去ったが、その姿は彼女には印象的に、そして鮮明な記憶として残る事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「まぁそんな訳で命を救って頂いた身としましては、恩人が広く人員を募ってるとあれば一も二も無く馳せ参じるのは自然の流れでして」

 

「……えっと青葉君? 自分と君ってどこかで会った事あったっけ?」

 

 

 大坂鎮守府提督執務室、怪訝な表情の髭眼帯の前には既に着任を果し、微妙な表情で笑う呉から来たパンパカパーンと熊野、そして満面の笑顔で着任の挨拶を果すワレアオバ。

 

 そんなズボン枠のポニテに首を傾げる吉野に響が一枚の書類を手渡す。

 

 

「呉の寺田中将からのお知らせだよ、はい」

 

「……お知らせ?」

 

 

 手渡された紙切れには簡素でたった一言だけ『本人の強い希望でもう一人異動する事になった、宜しく頼む』という一文が記されていた。

 

 足柄に愛宕、熊野に続き青葉となれば、呉鎮守府の重巡を一気に四名も大坂へ異動するという事になる。

 

 受ける側にとってそれは歓迎する物であるが、それでも呉側の損失はそれなりの物になる。

 

 

 そんな不可解な人事に益々怪訝な表情を深め、書類と青葉を交互に見る髭眼帯。

 

 

「いやーホントこの話を納得して貰うのに苦労しましたよぉ、何せ愛宕さん達の異動が決定した後に色々知ったもので~」

 

「ああうん……て言うかコレには本人の強い希望とか書いてるけど、て言うか何で?」

 

「あ~吉野中将は覚えてない? 覚えてない? まぁそれは仕方の無い事かも知れませんねぇ」

 

「え? 何が?」

 

「大場薬品取り締まり案件、そして大本営広報課の青葉」

 

「……マジぃ?」

 

 

 青葉の言葉に思い当たる節があり、髭眼帯は目を細める。

 

 当時の忘れる事も出来ない一連の事案は、関わってから始末まで半年という割と短い物であったが、吉野にとって忘れる事が出来ない出来事と、後に陸軍と強い関係を持つ切っ掛けとなった出来事だった。

 

 その中でも総仕上げとなる最後の施設へ踏み込んだ時に居た闖入者(ちんにゅうしゃ)、居る筈の無い艦娘が居たというのは割りと印象に残っていた。

 

 

「君あの時の青葉君?」

 

「はい。吉野中将の口添えのお陰で査問では解体処分にはならず、広報課はクビになりましたが呉に異動となりまして~」

 

「いや確かにあの時証人として査問に出たけどさ、その内容って君が知ってる筈無いんだけど……」

 

 

 特務に関わる情報は基本秘匿とされ、それに関わっていても全体を個人が把握出来ない様な仕組みとして組織は運営されている。

 

 その為青葉に対して査問委員会は開かれていたが、その内容や議事進行は非公開とされ、処分を受ける青葉本人でさえ決定事項のみが知らされる形となっていた。

 

 つまり青葉がその時吉野が案件に関わった事も、ましてや査問委員会へ証人として出た事も本来知ってる筈が無い情報なのである。

 

 

「いゃぁ実は青葉、漣さんとは色々とメル友と言うかマブダチって感じの関係でしてぇ~」

 

「……それで?」

 

「例の鎮守府裏掲示板の管理手伝いとかぁ、削除人をやってたりしましてぇ~」

 

「ふ……ふ~ん、君アレの関係者だったりしちゃうんだぁ、そっかぁ~……」

 

「で、ほら前に鎮守府一斉カッコカリの時に色々掲示板の情報操作の件で、青葉色々協力とかしまして~」

 

「情報操作ぁ? しちゃってるのぉ? あの掲示板ん?」

 

「はい、それで事が沈静化した後でお疲れパーティなんかしたんですけど」

 

「……なにそれぇ? 提督初耳なんですけどぉ?」

 

「あ~たまに拠点毎の管理人達でオフ会とかするんですよ? 司令官ご存知無かったですか?」

 

「なにそれしらなぁい……」

 

「んでんで、その時に色々盛り上がっちゃいまして、その時にですね、青葉の経歴を知ってた漣さんから色々と聞きまして~」

 

「そっかぁ、ふ~ん……時雨君、すまないけどイチゴパンツをこれに」

 

「処すの?」

 

「いや、先に締め上げて事実関係の確認からだね」

 

「ん、判った」

 

 

 極めて真面目な相の髭眼帯の言葉にスススと音も無くどこぞへと消える秘書艦その一。

 

 最近一部の者からはExecutioners(処刑人)と呼ばれているお下げが物の数分でイチゴパンツを執務室へ引っ立ててくる。

 

 そしてそこから数々の悪事が暴露される事態になり、漣と初雪は揃ってバケツ正座の末、暫くオシオキとして間宮や酒保からの出前禁止令や予算の監査等、ある意味腐敗した実情を改善する事になったという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「まぁそんな訳で色々見苦しいとこを見せてしまったけど、改めて着任ご苦労様。二人は現在足柄君が受け持っている職場環境保全課へ就いて貰う事になると思うので宜しくね」

 

「あっはい、それはいいんですけど……青葉はどこに……」

 

「余罪を追及する為の証人として別室に行って頂いています」

 

「まぁ叩けば埃が出るのは確実ですから、暫くは帰って来れないんじゃなくて?」

 

「かも知れないわねぇ」

 

 

 微妙な表情の愛宕と熊野はソファーで茶を飲みつつ、迎えの足柄が来るまでの間吉野と世間話に華を咲かせていた。

 

 丁度時間も15:00(ヒトゴーマルマル)を過ぎた休憩時間とあり、執務室の面々も揃って休憩に入っていた。

 

 

 時雨以外は。

 

 

「にしても足柄は遅いですわね、もう30分は待っていますのに」

 

「あー彼女は色々あって今朝まで仕事してたみたいでねぇ、仮眠に入ってたってさっき連絡があったよ」

 

「そうなんですの? でも今日わたくし達が来るの知ってたでしょうに、一体何をしてたのやら」

 

「それがすっかり忘れてたそうだよ」

 

「あははは、仕事に没頭しちゃったら色々忘れちゃうのは変って無いわねぇ」

 

「ゴメン! 寝過ごしたわ!」

 

 

 そんなのんびりと休憩中の執務室にドアを蹴破り何かが飛び込んでくる。

 

 一斉にその者へ視線は集中し、時間だけが停止する。

 

 パンパカパーンは笑顔のまま、クマノンは真顔で固まり、響に至ってはやれやれと両手を挙げて首を左右に振っていた。

 

 

「あ、足柄さんお疲れ様です。眠気覚ましにコーヒーでも如何です?」

 

「う……うん有難う親潮、頼めるかしら?」

 

「少々お待ち下さいね」

 

 

 何故か普通に受け答えをする親潮にばつが悪そうな表情でとことことソファーに移動し、よっこらせと吉野の隣へ腰掛ける飢えた狼。

 

 

「えっと足柄君……」

 

「ごめんなさいね、すっかり寝過ごしてしまったわ」

 

「うんいやそれはいいんだけど足柄君……」

 

「うん? 何かしら?」

 

「いやその……何と言うかその……」

 

 

 世間では妙齢型の熟れた狼と揶揄される彼女だが、平時はバシッとキメたキャリアウーマン然とした印象のあるデキる女子である。

 

 そんなウルフは何故かいつもの制服では無くモフモフとしたやや毛並みの長い犬と言うか、ウルフな着ぐるみを着たまま足を組んで溜息を吐いていた。

 

 

「テンパると色々台無しにしちゃうのは相変わらずですのね。焦ってたのは仕方のない事ですけど、せめてパジャマは何とかなりませんでしたの?」

 

「いゃぁこの後半休取っちゃってるから、二人を課に届けたらまた仮眠するしいいかなって」

 

「も~ほんと相変わらずねぇ」

 

「パジャマぁ?」

 

 

 HAHAHAと笑う三人に囲まれ怪訝な表情の髭眼帯。

 

 パンパカのアレがたゆんたゆんしている横では航巡の平たい枠がホホホと笑い、真横ではビジュアル的に狼なウルフさんが苦笑いというカオス。

 

 

「えっと足柄君そのアニモーと言うか、えっと……」

 

「あー、ちょっと仮眠してたら能代が気を使ったらしくて、着替えをクリーニングに出しちゃったみたいなのよね、だからほら、ここまで目と鼻の先だし取り敢えずパジャマで行っちゃえって」

 

「やっぱりそれってパジャマなんだぁ……そっかぁ……そうなのかぁ……」

 

「それっていつものじゃ無いわよね? 買い換えたのぉ?」

 

「そそそ、流石明石酒保の本部が入ってる拠点よね。ウルフ型パジャマも一種類じゃなくてほら、コレ春の新作『まどろみウルフ』なのよ」

 

「ホントですわ、目の部分がトロンとしてて可愛いですわね」

 

「まどろみウルフぅ?」

 

「他にもご機嫌ウルフとかオシャンティウルフとかもあって纏め買いしちゃったわよ」

 

「もう春の新作買えるのぉ? それじゃ他のタイプもぉ?」

 

「そうねぇ、ちゃんとチェックしてなかったけど、お牛さんシリーズはホルスタインさんだけじゃなくてジャージーさんとかエアシャーさんとか、ガンジーさんもあったわね」

 

 

 ホルスタイン、ジャージー、エアシャー、ガンジー、それ全部乳牛では無いかと吉野は思ったが、パンパカパーンを一瞥すると何故か妙に納得して話に耳を傾けた。

 

 

「お待たせしましたコーヒーです、そう言えば足柄さん」

 

「ん? 何かしら?」

 

「パジャマで思い出しましたけど、今度大広間を使ってお泊り会を開くって言ってませんでしたか?」

 

「あーあー、それ忘れてたわ」

 

「お泊り会ぃ?」

 

 

 お泊り会、その言葉に随分前、まだ第二特務課が大本営に居を構えてた頃に開催されたサバトを思い出し、思わず吉野は苦い表情を表に滲ませる。

 

 

「ねぇ提督、今日二人が着任したって事は残りは米国艦の二人だけなのよね?」

 

「ああうん、着任したの二人だけじゃないんだけどね……てか、後は確かにアイオワ君とサラトガ君を残すだけだねぇ」

 

「え? 他にも誰か着任したの?」

 

「青葉君」

 

「は? 何であの子が?」

 

「色々あってね……ちょっと今席を外してるんだけど」

 

「ふーん? まぁいいわ、それでね、長門達と色々相談したんだけど、予定していた着任が全て終わったら親睦会と歓迎会を兼ねてお泊り会をしてみたらどうかって話になってるんだけど」

 

「ああうん……それはいいんだけどお泊り会って事は、要するに皆で寮の大広間でザコ寝をするって事だよね?」

 

「ザコ寝って……うんまぁ布団とか準備しなくちゃならないけど、概ねそんな感じで」

 

「それって皆パジャマなんだよね?……」

 

「そうね、え? 何か問題があるの?」

 

 

 足柄の言葉に以前の催しを思い出す。

 

 数々のアニモーに始まりサンソー・ギョラーイやら亀やらズイウンやら。

 

 またあの百鬼夜行が再び発生するのかと思わずコメカミに指を当て吉野は眉を顰めた。今回はアレに加えてウルフだの乳牛だの、忘れかけていたグラ子のクリオネも参戦するのかと既に嫌な予感がゆんゆんとしてくるのは何故だろうか。

 

 

「う……うんイインジャナイカナ、たまにはそんな集いがあっても。そんじゃ提督その日はマイルームでゆっくりさせてもらおっかなぁ~」

 

「え? 何言ってるの提督も当然参加するのよ?」

 

「そうだね、折角の親睦会なのに拠点の長が不参加なんて認められないと思うよ。ね、親潮」

 

「そうですね、やはりそこは司令抜きでは問題があると思います」

 

「待って君達、提督はほら一応ノーマルだから、アニモーなんか所有してないから」

 

「ん? アニモーってパジャマの事かい? そんなのいつものアレ……何だっけ、変な動物プリントのパジャマでいいじゃないか」

 

「た○パンダですっ! 変なのとか言わないっ!」

 

「まぁ一応提督も参加枠に入ってるから、その辺りの段取りは龍驤がしてる筈だし予定は空けといてよね?」

 

「それどういうコト!? 提督動○の森にINするの決定しちゃってんの!? ナンデ!?」

 

「そんな集いがあるならわたくしも新しいパジャマ新調しようかしら」

 

「いいわね、じゃこの後明石の所に案内してあげるわ」

 

 

 こうしてそろそろ落ち着くかと安心していた髭眼帯は、新たに聞いてしまったレクリエーションに強制参加となってしまうという事実に色々諸々と驚愕するというハメになってしまった。

 

 

 そしてそれは前回のサバトに海外艦という未知の存在が加わってしまった事で更なる混沌になってしまうのだが、そんな百鬼夜行の話はまた後日繰り広げられる事となる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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