大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 旧式と新型、この間には性能的に埋められぬ差が存在する、それと同じく人には時間と経験という越えられない壁がある、そんな壁と言うか絶壁がぶつかり合い、意地に対して教えで対するという関係性、それを超えて彼女達の関係性はより強固な物となり、コミュニティの結束は深まっていくのである。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。


2017/04/08
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、京勇樹様、たんぺい様、リア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


龍と鶴、平たい決戦

 風が舞う、青の只中静かにそれを身に受け彼女は遥か先の僅かに見える者を見据える。

 

 航空母艦としては軽量の、しかし当時としては様々な時代の流れを受け想定していなかった数々の試みが施された船体は、喫水を危険域までに上げてしまうと言う程に技術を詰め込んだ船という前世を持つ艦娘。

 

 後に大型の航空母艦が台頭し高性能化が進んだが、それらは時勢に飲み込まれ満足な活躍も出来ずに沈み、結局は軽空母と呼ばれ、初期に作られた彼女が八面六臂の活躍で大日本帝国海軍史に名を刻む事になった。

 

 物静かに佇む彼女の名は龍驤、龍が天に昇っていくという意味を持つ猛々しい名を持つ小柄な彼女が対峙するのは翔鶴型二番艦を前世に持つ艦娘。

 

 彼女は既に航空母艦としての技術が確立し、効率的な運用が出来る様にと設計された船であった為、今佇む龍驤よりは完成された航空母艦であったと言えよう。

 

 しかし時勢が悪かったのか、それとも運が悪かったのか、性能も安定性も劣ると言われた龍驤と、加賀達一航戦を超えると言われた性能を持つ瑞鶴達の終わり方は対極にあった。

 

 戦いの最中、まだ希望が僅かでもあると思われた中で航空母艦としての天寿を全うしたと言える龍驤に対し、瑞鶴はその性能を充分に発揮する程の航空機を揃える事がままならず、最後はほぼ囮という形での出撃を以っての最後となった。

 

 

「平たい胸族の間で抗争勃発ですか」

 

「いやその言い方止めなさい、て言うかこれ一体どうなってんの?」

 

 

 本気の気合を滲ませて海に立つ二人を眺めつつ、髭眼帯は隣で映像資料の記録の準備を進める青葉に突っ込みを入れつつ、その向こうであらあらと見学をしている鳳翔へ現況の説明を求めていた。

 

 当初は龍驤達が航空機運用の為に勉強会を開き、そこで出た戦術を試す為に実演をする、という計画書が上がってきており、予定では数隻の者が参加しての演習がされる筈であった。

 

 しかし今海に居るのは瑞鶴と龍驤の二人だけ、しかも様子を見るに其々は怒気を孕んだ雰囲気で互いを睨み、お世辞にも勉強会という物から繋がる演習と言うよりは、青葉が言う抗争という言葉が似合いそうな雰囲気であった。

 

 

「ええ、それなんですが……勉強会が始まった辺りは皆色々と意見を出し合ったり、新旧入り混じっての戦術を語り合って教導カリキュラムに有用な戦術を模索したりしていたんですよ、でも……」

 

 

 航空母艦総括の加賀が取り纏めをしつつ各員は己の得意とする戦術と装備に付いて発表し、それらをある程度整理して艦種に拠る戦術を体系化するという目的の下話し合いがなされていた。

 

 それはある態度のセオリーに沿って戦う艦隊戦に於いて使用航空機の幾らかが"好み"という基準で選びがちである彼女達に対し、普段使う機会の無い機種のメリット・デメリットを正確に把握させ、戦況に沿った柔軟な装備運用を促す為にという目的の元開かれた勉強会であったという。

 

 艦戦、艦爆、艦攻、偵察機。

 

 其々の役割は勿論違うが、其々の機種に於いても性能は勿論特性もかなり違い、組み合わせも当然多岐に渡り、どれが正解なのかというのは実際明言する事は不可能とも言えた。

 

 拠って各艦は作戦内容と編成された艦隊に合わせて搭載する機種をある程度選別するのだが、この時点で其々の好みと得意とする戦術が絡み、それは個性として現れる事になる。

 

 それはある意味仕方の無い事であったが、現場では無く教導という場に於いてその類の部分は大きな問題となってくる。

 

 教える側も教えられる側も好みというふんわりとし纏まりが無い基準を前提に活動するのは難しく、そして効率が悪い、かと言って教える側が己の持つ技術と共に、好みという物も無理に押し付ける事も論外であった。

 

 

「そんな訳で幾つかの代表的な戦術を基本として、それに沿う機種の組み合わせや運用法というのを体系付ける事にしたんです」

 

「それはまた壮大な話になったねぇ」

 

「まぁ現在様々な航空機が存在しますが、それにも流行廃りはありますし、あくまで"セオリー"としての物ですから機種の絞込み自体はそれ程難航はしなかったんです、でも……」

 

 

 戦術としては敵に対する艦隊編成という確固たる物が決まっているので、それに合わせた動きと緊急的な対処という物を抽出するのは容易かった。

 

 しかしその際搭載するべき艦載機の選定に入る時に揉め事が起こった。

 

 本来戦術として各作戦に充てる航空機は最新鋭と呼ばれる航空機を選ぶのが理想的であったが、それは各拠点毎の懐事情で大きく変わってくる。

 

 資源が潤沢に用意出来る拠点と、小規模で装備更新も難しい拠点では当然航空機の質と言う物は、開発に注ぎ込む資材量に依存する為に明確な差として現れる。

 

 拠って戦略が一つに付き高性能機を積む状況と、それなりの汎用機を使用する状況、更に初期装備と呼ばれる機体を使用する場合の戦術を考えテンプレート化するという話が持ち上がる。

 

 しかしこれに瑞鶴と加賀というある意味犬猿の仲の二人が珍しく意を同じくして待ったを掛けた。

 

 教導とはあくまで各人の戦闘技術の向上を目的とした物であり、それを受ける者は上を目指すのが基本となる、なれば使用する装備と言う物は上位の物を用意するのは何よりの基本となるのが当たり前という事で、性能の低い航空機を前提とした教導プランは非効率過ぎるから排除してはどうかという意見をこの二人は述べた。

 

 これに対して補給の為様々な拠点を巡り、実情を見てきた龍驤は加賀と瑞鶴の意見に一定の理解を示しつつも、効率の為に最も基本となる低性能航空機を排除するのは台所事情の厳しい拠点を足切りにするのと同じなのでは無いかと反論をしたという。

 

 

 そもそも資源が潤沢に回っていない拠点というのは重要度の低い海域に存在している、拠って装備はそれ程整っていなくても維持が可能な海域であり、そういった拠点からの教導依頼は殆ど来ないというのが実情である。

 

 しかしそれでも前線とそんな拠点では戦力はおろか、艦娘自体の錬度が同じでも質に差があるいう見過ごせない現実がある以上、戦力の平均化というのが教導という任務の目的とも言える。

 

 本来後者の考えで任務を遂行するのが望ましくあったが、設備・資源に余裕があっても人的余裕の無い大坂鎮守府ではそれら全ての要望に応えるのは現況難しい。

 

 かくしてこの話は場を二つに割る程に紛糾し、其々からは意見が出尽くすまで会議が行われたが、話は結局平行線のままで終了したという。

 

 

「で、その辺り決着を付ける為にあの二人が?」

 

「まぁ状況的にはそうなりますね、加賀自体鎮守府の事情が前提で意見を述べていただけで、龍驤の意見には基本的に納得する部分があったので今は中立という立場になってますが、瑞鶴としてはやはりその辺りの納得がいかないらしくて」

 

「ふむ……どっちの意見もまぁ間違ってはいない気がするねぇ」

 

「ですね、私としてはとりあえずカリキュラムだけは全て網羅した形で作っておいて、暫くは限定した教導で様子を見てはと思っているのですが」

 

「ってそれでいいんじゃないの? あの二人はそれに納得してないの?」

 

「いえ、それは言ってません、結局の処今の状態は効率云々を超えて只の意地に固執した状態になってますから、その意地を折ってやらないと話を納得させる事もままなりませんし、それは龍驤も重々承知しています」

 

「て事は龍驤君が瑞鶴君と対しているのは意地を張ってとかじゃ無いんだ?」

 

「はい、龍驤は最初から彼女達の意見に納得しつつも、その上で苦言を呈して先の備えを自覚させる為に反対意見を出しただけですので」

 

「あーそういう……なる程」

 

「話は判ったんですが鳳翔さん、その話を収める為には龍驤さんが瑞鶴さんに勝たないといけないんじゃないですか? あの艦載機(・・・・・)編成で機数も性能も上の瑞鶴さんを相手にするって無理があるんじゃないかなぁって青葉は思っちゃうんですが」

 

 

 カメラを通して見る先には既に発艦体勢に入った瑞鶴が弓を天に向け引き絞る姿と、対する龍驤は大巻物片手に未だ佇む姿がある。

 

 青葉の心配する様に今回の話は航空機自体の性能から始まった物であった、それは演習でそのカタを付けるとなれば当然瑞鶴は最新鋭と呼ばれる烈風や流星を主体とした編成になり、対する龍驤は九七式艦攻や彗星という"艦娘が改修時に持ってくる航空機のみ"を搭載した状態で相手をするという事になる。

 

 

「まぁ龍驤には改二になった時から使用している62型(零式艦戦62型(爆戦))もありますし、まったく歯が立たないという事も無いでしょう」

 

「いやぁそれでも厳しいんじゃないかなぁって思うんですけどねぇ」

 

「ふふっ、まあそれは見ていれば判りますよ」

 

 

 戦力的に致命的な差があるにも関わらずオカンは暢気に構え、髭眼帯は黙って海を見る。

 

 そしてズイズイとまな板のガチによる航空演習は直掩としての烈風が瑞鶴の上空に展開を終えた瞬間から大きく動く事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 瑞鶴の流星改が唸りを上げて空に放たれ、編隊を組んで動き出した頃、まだ龍驤はそれを眺めたまま航空機の発艦すらしていなかった。

 

 通常航空戦となれば制空権の取り合いから始まり、それを経た後は互いに相手へ戦力を差し向けるという形が常套手段と言える。

 

 故に守りに難のある航空母艦は先ず対空の為の直掩機を如何に素早く発艦させ、それを展開するかが艦隊戦の趨勢(すうせい)を決めると言っても良い。

 

 

(何? まだ直掩も出して無いの? 何のつもり?)

 

 

 いぶかしむ瑞鶴は編成した流星に進撃の指示を出しつつ次の天山隊を発艦させるべく矢を弓に(つが)えていた。

 

 

(さわ)りなす 天魔女(あまのこさめ)(かみ)(みな) (まつ)れば(かえ)(もと)太空(みそら)を」

 

 

 航空式鬼神(こうくうしきがみ)召喚法陣(しょうかんほうじん )龍驤大符(りゅうじょう だいふ)改二(かいに)と名が刻まれた大巻物を展開し、左手を前に構える龍驤は静かに咒文(じゅもん)を呟やくと、紙人形がひらりと舞って28機の九九艦爆へと成り低空を飛んでいく。

 

 それらは蜂の群れの如く入り乱れながら瑞鶴を目指し、空気を切り裂いていく。

 

 

「早っ!? 何あれ召還した後そのまま突っ込んで来る!? て言うか編隊も組ませずに……しかも艦爆を低空で飛ばすなんて何考えてんのよ!」

 

 

 発艦のタイミングとしては遅いながらも、展開即進撃という型のない龍驤の九九艦爆は高空にある瑞鶴の流星とほぼ互角の進み具合で飛んでいる。

 

 爆撃機である九九艦爆は腹下に懸架する爆弾を投下する必要がある為通常では高度を稼がないと攻撃その物が行えない、拠って水面すれすれに飛翔するそれらはどこかのタイミングで上昇させねばならず、結果として展開が速くとも敵へ攻撃をするタイミングとしては流星よりも遥かに遅くなってしまう。

 

 

御恵(みめぐみ)()けても(そむ)(あだなえ)籠弓羽々矢(かごゆみははや) (もて)射落(いお)とす」

 

 

 続く言霊を受けて顕現するは九七式艦攻、これも出現と同時に即飛翔し、足の遅い九九艦爆の後を追う。

 

 矢を(つが)えて引き絞り、それを放つというプロセスを経て航空機を発艦させる瑞鶴とは違い、神道・陰陽を元に言霊と巻物にて艦載機を召還させる龍驤の方が発艦までの時間は短い、しかしそれは身体能力に依存してはいないものの、精神力と胆力に大きく依存しつつ気を()るという行為を経なければならない為、練度と経験が伴わなければ弓を射る動作よりも遥かに遅くなってしまう。

 

 

「龍驤は岩川基地で輸送艦の護衛の取り仕切りをずっとやってました、それは国を生かす為に是可否(ぜがひ)でも護衛対象を守らねばならない任務であり、基本的に戦いは撤退戦を意味しています、故に即断即応、そして攻めと守りを同時に行う必要があります」

 

 

 前線で海域の攻略や守護に当たる者は対象位置がはっきりとした物であり、艦隊は自分の位置を基本として立ち回るという自由がある。

 

 しかし移動する護衛対象を背負い、決まった方向から来る筈も無い敵と戦いつつ撤退戦を繰り広げるのは、自分を盾としつつも相手を蹴散らして退路を切り開かねばならないという特殊性も帯びている。

 

 そして背負った物は前線を生かす、若しくは国を生かす為の物資や資源であり、例えどんな理由があろうとも、自身を沈めてでもそれを届けなければいけないという過酷な任務であった。

 

 平時では基地で現場の差配をしていても、重要物資を載せた船や大型輸送船等の護衛には殆ど龍驤が護衛艦隊の旗艦に就き、そして延々とその任務を成功させてきたのであった。

 

 

「……舐めんなや五航戦……お前誰を相手にしとると思ってんねん」

 

 

 既に魚雷投下体勢に入りつつある流星を視界に入れつつ、獰猛な笑みを(たた)えて小さな体躯は波を蹴った。

 

 そして手に持つそれ(25mm連装機銃)を前に振り(かざ)し、今正に腹に抱いた魚雷を投下しようとしていた流星の鼻面に機銃弾をばら撒いていく。

 

 

「嘘!? 前に出た!? 何考えてるの!? あれじゃ魚雷の散布界が狭い位置に飛び込んで逃げ場を自分で無くすようなモンじゃない!?」

 

「せやからお前は甘い言うんや! ガン逃げしとったら自分の行きたい先に何時まで経っても行けんのや!」

 

 

 機銃弾を更に海面へばら撒く、防空艦程の命中精度を持たない龍驤のそれはしかし、自身を前に出す事で射撃距離を縮め当たる位置へと至り、更に散布界が充分に取れる前の密集した魚雷群へ命中、何本かを誘爆させて己が前に出る程度の隙間をこじ開ける。

 

 

 更に瑞鶴の放った天山と後発の流星改が飛ぶ空に向け九九艦爆は急上昇し、九七式艦攻は更に水面へ向け高度を下げる。

 

 下から突然乱入してきた九九艦爆に隊列を乱し混乱に陥る瑞鶴の艦載機達、更に編隊という体を成していないそれらの為回避コースが定まらず、もはや空域は双方入り乱れての混戦となった。

 

 

「ちょっ!? 危ない! 何考えてんのよっ! 艦載機に特攻でもさせるつも……え」

 

 

 攻守入り乱れ互いに無茶苦茶な軌道を描く様に見えるそれらは、良く見れば瑞鶴の天山と流星改は回避に必死で幾らか衝突し、無軌道な動きをしていた、しかし龍驤の九九艦爆は確かに無茶な急上昇を続行していてたが、それらは周りを飛ぶ艦載機へギリギリの位置を通過しながらも上昇速度を落す事無く空へと抜けていく。

 

 

「ウチは何度も上からの無茶な仕様変更を受けたせいで飛行甲板がちょーっち使い難い造りになっとってな、艦載機乗りがへたくそやとまともに着艦が出来へん、芯をちょっとでも外すと即海にボチャーンや、せやからウチの艦載機達はなぁ……むっちゃデリケートで正確な機体操作が身に染み付いとんのや」

 

 

 尚も流星から投下される魚雷を躱しつつも再び大巻物を展開し、残るスロット二つ(・・)から航空機を召還する為気を練り、言霊を口から紡いでいく。

 

 

茅葉屋経(ちはやふる) (あま)(つるぎ)法琢(のりとぎ)敵災事(あだわざごと) 悉斬失(ふつかたえうす)

 

 

 6機の爆装をしていない(・・・・・・・・)零式艦戦62型(爆戦)が顕現し、左右へ3機づつ展開、爆装の為の改装を施したとはいえそれは零戦を改修した物であり、烈風等とは比べ物にはならないが、それでも魚雷投下コースに入った流星や天山の邪魔をする程度には充分な働きは期待出来る。

 

 それらが統率された編隊を組んでいたとしたら功を成さなかっただろう、更にたった6機であったがそれは龍驤が往く為の隙間という限定した道を切り崩す為だけならギリギリ事足りる数でもあった。

 

 直撃は受けてはいない、しかしそれでも徐々にダメージとして蓄積しつつある小さな体躯、しかしそれは周囲を敵機と味方の機に囲まれながらも徐々に距離を詰めてくる。

 

 対する瑞鶴は攻めあぐねている上に直掩の烈風が上下の九九艦爆・九七式艦攻を蹴散らすのに精一杯で中々身動きがとれない。

 

 互いに進退窮まる鉄火場にあり、それでも瑞鶴はまだ余裕があると先を読んでいた。

 

 

「確かに艦載機の技量差や突拍子も無い立ち回りで今はごちゃごちゃになってるけど……結局数はこっちが上よ、それにもうすぐ体制も立て直せる、そうなったらもう手札の無いそっちを封じるのは容易(たやすい)いわ」

 

「誰が手札を使いきった言うんや」

 

「九七式艦攻、九九艦爆、25mm連装機銃……そして零戦62型、これで合計4スロット、積める武装は全て展開してるのにまだ何か隠し玉があるっていうの?」

 

「ほんまに……ギリギリの戦場を経験した事無いんやなぁ……はぁ、後でその辺りみっちり教育したるさかい覚悟しぃや」

 

「……何が言いたいのよ」

 

 

 既に互いの表情が見える位置での睨み合い、ほんの少し出来てしまった(・・・・・・・・)時間的空白に龍驤が手にした大巻物を一際大きく(はため)かせ、左手に念を集中して印を切る。

 

 

四海(よつのうみ) 五地(いつつのくに)(あるじ)とは 吾大君(あがおおきみ)天津大龍(あまつわだつみ)

 

「え!? 真言!? まだ艦載機が残ってるの!?」

 

「元祖一航戦 航空母艦龍驤が代名詞! 龍神印(りゅうじんいん)御霊降(みたまおろ)ろせし我が眷族! 三つ首の龍(彗星)よ我が御敵(おんてき)を滅し(たま)え!」

 

 

 龍驤の最小搭載部に当たる第4スロット(・・・・・・)に格納されていた虎の子の彗星は、距離が接近し過ぎたせいで互いの間で舞う機達の間を縫う様に飛翔し、本来直上からの降下と重力を伴って行う爆撃を、水平飛行による慣性のみでの水平爆撃という馬鹿馬鹿しくも在りえない方法で敢行する。

 

 本来直掩という障害に阻まれる筈の直進コースは巧みな飛行技術と混乱した空域の為飛行可能とし、重量がある爆弾は特攻もかくやという距離で突っ込み至近で切り放たれた為に瑞鶴へ直撃する。

 

 直撃した二九号250kg爆弾(演習)は僅かに子弾を広げ瑞鶴の上半身を緑の極彩色に染め上げ、切り離し位置が直近だった彗星自身もその煽りを受けてフラフラと水面に着水する。

 

 

「僚艦に守ってもらうの前提で戦ってきたから(補強増設)も開けとらんかったんやろ? せやけどな、ウチら航空母艦は甲板が使えんよーになっても置物になったらアカンのや、せやからせめて対空兵装の一つでも積んで、最後まで(あらが)わんとな……なぁ瑞鶴」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……ずっこい」

 

 

 30分も掛けずに電撃的な演習を終え、結果龍驤の畳み掛ける様な奇襲染みた猛攻に敗北した瑞鶴は、青葉や鳳翔に伴われて間宮で甘味を前にテーブルに突っ伏した状態でむくれていた。

 

 そして散々暴れた龍驤はと言えば午後に到着予定の米軍一団を迎えるメンツとしての予定があり、事が済んだ後はさっさとシャワーを浴びて執務棟へ入ってしまった。

 

 サラトガという航空母艦も着任を予定している手前、航空母艦の総括である加賀も同席する予定であり、更に艦種問わずこの手の取り纏めをしている龍驤、艦隊総旗艦長門、戦艦総括の金剛、そしてそこに大和と叢雲という教導部門の代表という鎮守府の中核が揃って執務棟詰めになっている為業務は警邏という物以外は休止状態。

 

 それでも一応要人を迎えるとあって手の空いた者もいつでも出撃出来る様に現在屋内待機となっている。

 

 が、一応間宮もその屋内待機の場として許可されていると言う辺りに大坂鎮守府の緩さが伺えるが、そこはそれ、外に出られないとあって平時は閑散としている時間帯の間宮は現在割りと人影が多く、また其々は予定が無い為まったりとした空気がそこに漂っていた。

 

 

「まぁまぁアレは仕方ありませんよぉ、元々龍驤さんはずっと現場に出てた生え抜きですし、旧型艦載機でタイマンに勝とうと思ったら短期決戦しか手が無いですから」

 

「でもそれならそれで最初から補強増設してるとかの情報を事前に公表するのはルールじゃないの?」

 

「瑞鶴」

 

「何?」

 

「戦争にはルールがありますが、戦いにはルールなんて存在しませんよ、ましてや深海棲艦を相手に殺し合いをする身となれば、生き残った方が正義なんです」

 

 

 ニコニコとしつつもピシャリと切って落すオカン、その言葉に苦い顔をする瑞鶴にも判っていた、今自分がただ意地を張ってだだをこねているだけだというのを、そしてあの演習も敗因の殆どが自身の慢心が呼び込んだ結果だという事も。

 

 

「龍驤はあんな厳しい接し方をしていますが、本当は貴女も、そして加賀の事も可愛いと思ってるんですよ?」

 

「可愛いって、なにそれ」

 

「だって加賀は一航戦、そして貴女も一航戦の名を背負って戦ってきた身です、龍驤にとって、いえ私にとっても貴方達は特別な後輩に当たりますから」

 

 

 嘗て第一航空戦隊と言われた艦隊、その任に就き名を背負った艦は数多い。

 

 その中でも最も有名で今も語り継がれているのは赤城、加賀という二人だが、龍驤に鳳翔、そして翔鶴に瑞鶴も一航戦として海へ出ていた時期があった。

 

 太平洋戦争時はミッドウェー海戦で先達が沈み、その名を受け継いだ鶴姉妹は一航戦として海で戦っていた。

 

 しかし今世では数多くの艦娘が存在し、生きている、その為便宜上正規空母であり、性能が安定した赤城、加賀がその名を名乗り、そして鶴姉妹は元々所属していた第五航空艦隊の二枚看板として認知される状態にある。

 

 

「貴女だけじゃない、大鳳の事も同じ位可愛いと思ってます……なんて言うと、一航戦以外はどうでも良いみたいな言い方になっていますけど、同じ艦隊の空を守り、同じ物を見て戦う私達は(えにし)で繋がった(ともがら)、仲間であり姉妹であり、親子なんです」

 

「艦種ごとに横の繋がりは強い傾向にありますけど、空母の方達は身内意識が特に強いですもんねぇ」

 

「そうですねぇ、私達は群れないと戦えないですから、戦艦や重巡の方達みたいに前に出る艦娘とはまたちょっと考え方が違うのかもしれませんね」

 

 

 平時は居酒屋を切り盛りしている為中々間宮に訪れる機会が無い為、ニコニコと羊羹を味わいつつ茶を楽しむオカンと、録画した演習の映像を見つつうんうん頷く青葉。

 

 

 その前ではまだ口をへの字にしつつもパフェをちびちび口に入れ何かを考える瑞鶴と、纏まりの無い卓は暫く言葉も無く静かな物だった。

 

 

「ねぇ鳳翔さん」

 

「何でしょう?」

 

「龍驤ってさ、あれだけやれるのに何で教導任務に就いてないの?」

 

「それは加賀の仕事だからですよ、幾ら立ち回りに秀でていても性能的には貴女や他の正規空母には及ばない、今や戦場では正規空母が最大戦力ですし、軽空母に至っては高速艦が前提とも言われてますからね」

 

「それでもさ、実力があればそんなの関係ないと思うんだけど」

 

「個の能力は関係ないんですよ、艦としての基本性能と、汎用性、それを前提にした教育……強いエースを育てるのでは無く、戦える"兵"を育てる、それが教導と言う物なんです」

 

「強くても……ダメなんだぁ」

 

「ウチでは既に前線で戦ってる人を中心に更なる強化というのを目的とした教導をしていますけど、それをするには一度戦場でついた癖を矯正する事が必要になりますから」

 

「あーなる程……確かにあれだけ癖の強い戦い方してたら教えられる側もおかしくなっちゃうかもね……」

 

「でも鳳翔さん、龍驤さんさっき瑞鶴さんを鍛え直すとか言ってませんでした?」

 

「ええ、教導に就く者は基本を知ると同時に教える者より強くならないとダメですから、そのつもりで言ったんでしょうね」

 

「でも瑞鶴さんと龍驤さんて弓道系と陰陽系だから指導は難しくありません?」

 

「そうですね、だから根性を叩き直すって言ってましたよ」

 

「こ……根性?」

 

 

 ズイズイが何か嫌な予感を感じ思わず眉を顰める。

 

 オカンは羊羹を口に入れ、変らぬ笑顔で目の前の平たいツインテを見つつ、最後に釘を刺す。

 

 

「さっき演習して判ってると思いますが、龍驤はアレでかなりのスパルタですから、それなり(・・・・)の覚悟はしておいた方がいいですよ? 瑞鶴」

 

「え……」

 

「伊達に岩川で二十年以上護衛船団の長をしていた訳ではありません、そこいらのボンクラ(・・・・)とは気合の入り方が違います」

 

 

 静かにニコニコと、それでも言葉尻がちょっと物騒というのが逆に恐ろしいオカンがズイズイに忠告を入れる。

 

 怪訝な表情で固まるズイズイに、取り敢えずとばっちりを受けない様にポジションを調整するアオバワレ。

 

 

 

 そんなオカンの言うそれなり(・・・・)の訓練は苛烈を極め、それまでズイズイがまな板を呼ぶ時は呼び捨てだった筈だが、何故かその訓練を経た後は彼女の事を『龍驤さん(・・)』と呼ぶ程には畏怖と尊敬の念を抱く様になったのだという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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