それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。
髭眼帯は艦娘寮から雪駄を履いてドテラ姿のまま艦娘寮から少し離れた遊歩道をトコトコ歩いていた。
その行動は酒も飲まないので酔い覚ましという訳では無いが、先程フラット5の襲撃を食らった時、
艦娘の武装というのは技術的な物もさるものながら、それと同じ程にオカルトと呼ばれる要素を内包している。
それは口径がスケールダウンしたにも関わらず威力が実艦並みの砲であったり、デフォルメされている筈なのに機能的に作用している機関であったり。
そんな中でも航空母艦の主武装とも言える艦載機は特にオカルト要素が強い物と言える。
弓道、陰陽道、果ては大鳳やサラトガが使用する射出機構を備えた射撃兵装の様な装備、これらから空へ放たれる艦載機は格納している時は矢や紙人形という『
そしてその艦載機は開発した段階では『魂魄』という形で生み出されるが、それを艦娘が装備し、対応した『寄代』に霊力で転写する事によって艦載機としてこの世に顕現する。
つまり艦載機とは『魂魄』という概念で生み出され、運用には『寄代』へ霊力でコピーする形で生まれる物である、逆に言えばその『魂魄』は砲や魚雷の如く装備可能な艦娘達の間では使い回しが可能というシステムとなる。
しかしそのシステムを運用する上で欠かせない、コピーされる触媒となる『寄代』という物が問題となってくる、これは矢や式紙という物体になるのだが、砲弾や魚雷の様に工廠で生産されただけでは機能しない、何も手を加えず矢を作ったり紙を切り出しただけでは用を成さないのである。
それらは特定条件化で決まった作法に則って作らねば『寄代』として機能する事は出来無い、更にそれを作る時は霊的工程を施して作るという手間も掛かるが、それを行う際も場所がかなり重要な要因となってくる。
理想を言えば神社、仏閣の様に払い清められた上で霊場として機能している場所が最適と言われているが、軍事施設でその様な場所がある所は数少なく、大抵は拠点内に清めた場所へ嘗ての艦内神社を建立した様に簡略化した施設を設置し、そこで『寄代』を作成するというのが現在一般的となっていた。
そして大坂鎮守府でも小規模ではあるが寄代を作る為の小さな社を建立していたが、それはやはり簡易的な規模に過ぎず、現在の人員が整ってきた現状では色々と足りないという問題が発生する状態となっていた。
そこで問題解決の為その社周りを大幅に改修し、本格的な霊場の整備をすると同時に弓道場や、霊的工廠とも言える陣を敷いてみてはどうかと龍驤が吉野へ相談を持ち掛けたのである。
一口に霊場と言っても様々な条件が整っていないと開くのは無理であり、幾ら敷地が広い大坂鎮守府でもその条件をクリアする場所は限られている。
そんな中で一番条件に見合う場所は鎮守府西側の中央部分、海に程近い一角の土地であった。
元々海の上に作られた人工島という事で土地の霊的調査はされておらず、人の営みという歴史も浅い場で霊場という物を開く為には相当な力場が必要になる、そこで利用出来る物は"
この龍脈はオカルト的要素を排して言えば概ね活断層という地盤の境目と言い換える事も出来る代物であり、大坂鎮守府の位置的状況で言えば南に中央構造体という西日本最大の活断層が走り、更に西側の直近には関西淡路大震災の引き金となった六甲・淡路島断層帯が南北に走っている。
そして東側の山脈には霊山高野山や熊野古道等の強力な霊場と霊脈が存在し、それらを位置的に分析しつつ風水的な測量をした場合、今髭眼帯が確認しようとしている場所が最も霊的な効率が良い場所になるのだという。
ここまで前振りをした状態ではあるが、実際問題霊的な物に関して吉野は門外漢であり土地を見ても何も判らない状態ではあったが、取り合えずの気分転換というのと、龍驤が指定した場所に今何があるのかの確認をするという理由で髭眼帯は宴会を抜け出しての散歩に至っている。
そんな何となくパワースポットの候補地を目指す髭眼帯の前には取り敢えず目立った構造物は見えてこず、恐らく遊歩道か街路樹辺りがある程度なのではと言う事がほぼ確定となった為に、自然と視界は岸壁沿いに植樹してある桜の木々へと移っていった。
数日前は例の夜会で扶桑、山城姉妹と時雨の件で利用した東屋、ふとそこを見ると誰かが座っているのが見える。
一応全員参加と銘打ち宴会が開かれている為殆どの者は艦娘寮へ集っている状態であり、桜が満開とは言え海辺の東屋で一人で佇む者というのは正直おかしな
「こんな所で一人手酌ですか? 艦隊総旗艦殿」
「ん……ああ提督か、どうしたこんな所で?」
「それは自分の台詞だと思うんだけど、何かあったの?」
例の岸壁沿いの東屋は、既に満開から散り終わりになろうかという桜の花びらが舞っている状態で、月下の夜会の夜よりも薄桃色が濃い場になっていた。
そこで一人一升瓶と浅い朱塗りの杯を持ち込み手酌の長門、
「ん……まぁ色々とな、落ち着いた処で思う物があってな、まぁそんな所で立ち話も雅では無いし、暇なら少し座っていかないか」
「酒の相手は出来ないけど、酌と愚痴を聞く程度なら」
「愚痴か……そうか、私はそんな
自嘲気味に聞こえる言葉に誘われて髭眼帯はドテラのポケットから例の赤いメタリックの缶を二本ばかり取り出すと、長門の向かいでは無く海が見える様に並んで腰掛ける。
今夜の酒宴も計画も長門が取り仕切ってきた物であり、平時には率先して音頭を取っている彼女がそれを抜け出して一人佇むという事に普通じゃない物を感じたからこそ、吉野は『愚痴』という言葉を艦隊総旗艦へ投げた。
「で? どしたの長門君」
「いや、特に何があったと言う事では無いのだがな、まぁ言ってしまえば色々な思いを整理していた……といった処かな」
「まぁ最近色々とあったし忙しかったからねぇ、一端その辺り整理する時間は必要なのかも知れないねぇ」
「……ああ、うん、そうだな」
「まぁアレだ、君にしては珍しく溜息を吐いてる原因は何かというのは……聞いてもいい類の物なのかな?」
「別に隠す物では無いが、仕事的な物では無いし、聞いていて面白い話では無いぞ?」
「んー……以前さ、初めて染谷さんと話した時にさ」
「うん」
「将官の仕事の八割は厄介な仕事をそれに適した人間に回す事、そして残り二割は酒の席で部下の愚痴を黙って聞いてやる事だって聞いたんだよねぇ」
「ははっ、それは至言だな、確かに将官様が現場であれこれしていたら下の者も落ち着かないだろう」
貴方はただどっしり構えていればいい、そう言った長門型一番艦は杯の中身をチビチビと口に含み、静かに溜息を吐く。
「……私がここに配属されてそこそこの時を共にしているが提督、貴方は私がどういう経緯でこの艦隊へ送られたのか知っているか?」
「ん、大隅さんから『武蔵殺しだけでは艦隊は回らんだろうから長門を使え』って聞かされたけど、それ以外は全然」
「だろうなぁ、貴方なら調べようと思えば色々調べられた筈だが、その辺り何もしていないのだろう?」
「まぁねぇ、何か事情があるのは判ってるけどさ、それは本人が言い出さない限り聞かないって決めてあるんだ」
「情報将校の看板を背負った者の言葉にしては何とも抜けた言葉だと思うが、確かに……そうだからこそ皆は貴方に気安いのだなと納得はするな」
空になった杯に吉野が酌をする相手は男前の艦隊総旗艦という、ある意味大坂鎮守府らしい
そしてシパッと音を立て缶のプルタブを跳ね上げ中身を口にする髭眼帯を見つつ、長門自身も次の言葉を探すという静かな時間が暫く流れる。
「……私はな、本来第二特務課へ真っ先に選抜された艦だったんだ」
「あー、うん、なんとなーくその辺りは理由が判る気がするねぇ」
「一線を退き表に出る事を拒んできた、だが深海棲艦の脅威が薄い北方に配備するには戦力的に過剰という状態、そして艦隊本部との関係を考慮した大隅殿からしてみれば私と言う艦は最も状況的に引き入れ易い者だったからな、しかし……」
「あー、拒否った訳ね、だから時雨君が」
「アレが選ばれた理由としてはそれが全てでは無いが、確かに無関係では無いな」
「で、結局色々周りでゴタゴタがあって召還では無く命令という形でそれが下ったと」
「そうだな」
元々第二特務課へ編入される者達の中には最終案として固まった六人の他に、それなりの者達の名も挙がっていた。
それは派閥という関係や課の規模と目的という部分で精査されていき、最終的に全ての者が揃う前に第二特務課の仕事は舵を切る事になった、しかしそれは編成段階で没となった艦娘達を大坂鎮守府へと集めると言う皮肉な形で現在を迎えていた。
「状況的に断れる物では無かったし、実際任に就いた後の自分にも納得して……いや、満足している」
「の割には浮かない顔だけど、その切り出しだと何か問題が発生したと」
「問題というかな……この姿で顕現して、ずっと
ポツリポツリと自嘲気味に吐く言葉には、長らく『人修羅』と呼ばれ、関わった者達を引っ張ってきた偉大な艦娘としての力が篭っていなかった。
そんな弱々しい言葉を聞きつつ髭眼帯は再び酒を杯に注ぎ、黙って長門の独白を聞いていた。
「どの戦場でも勝利に拘り、艦隊の旗艦としてあろうとした、それは前世から続く私の誇りであり生き方なのは間違いない、第一艦隊の僚艦を失ってからここに着任する迄の戦場に対する姿勢は……言葉にする事も出来ない不甲斐ない物だったが、それは今世の事が理由での物で、前世の記憶とは無関係な物だったんだ」
艦娘は前世の記憶を持つ、それはどの艦娘にも生まれた時から焼き付けられた出来事であり、人格や特徴を形成する大きな要因となっていた。
多くの者はそれが元のトラウマを抱えるが、今世を生きる内に新たな価値観と目標を持つに至り、大抵はその出来事は上書きされ、克服されていく。
「護国に身も心も捧げ、前世で成し得なかった事を今世で果す為に今を生きている、だから私は強い、前世のトラウマなぞ持っていないとずっと思ってきた、だけどな……」
相変わらず表情の変化は無い、だがその言葉の端々に滲む物は色々な、感情を無理に押さえ込んだ音になっていく。
「アイオワを見た時……ああ、入港してきた艦の事だが、
米艦を届けにきた艦艇は嘗ての大戦を経ても尚今まで生き残った戦艦だった。
そこから現れたのはその艦の分霊を宿す戦艦と、嘗て敵艦として対峙していたにも関わらず
マーシャル諸島ビキニ環礁。
今も尚負の遺産としてその名を残す北太平洋に浮ぶ島周辺の海域。
そこでは嘗て大戦で生き残り、接収された数々の艦艇が次世代の戦争の手段として考えられていた兵器の標的艦として浮かべられ、実験に使用された。
それは国を守る象徴として創られた筈なのに最後まで満足に戦う事も適わず、更に戦艦と対極にある兵器の産声を広める手段として用いられるという最後。
クロスロードという作戦はそれまでの大戦で主役と言われていた艦達を贄として沈め、それらに取って代わり核と言う存在を世界へ喧伝し、力を象徴する兵器として君臨させる切っ掛けとなった。
そしてその標的艦の中には長門が存在しており、程近くには酒匂、見える距離にはプリンツとサラトガも居た。
「あの時何も出来なかったという後悔と、生き恥を晒すと言う屈辱と、そして国を、民を、救えなかったという悲しみがな……なんで私は忘れていたのか」
口調も表情も何も変わらない、何も変ってはいない、ただその頬には涙が一筋垂れていた。
悔しいのか、悲しいのか、それは本人にすら理解出来ない物であったが、鉄の意志で戦場を渡り滅私の精神で生きていた艦娘にでさえ、それを堪える事が出来ない程の感情の揺らぎが胸中を占めていた。
平然を装うのが精一杯なのだろう、そして艦隊総旗艦という立場と、長門型一番艦という銘が声を荒げる事を許さない。
そんな強情で意地っ張りな艦娘の頭を無言で撫でる髭眼帯。
言葉を掛ける訳では無く、席に着く時に言った様にただ愚痴を聞くだけの状態で頭をずっと撫でるだけ。
「そして気付いたんだ、私は強いのでは無く……戦場で生きるのに必死で、ただ忘れていただけなんだと、私はこんなにも弱かったんだと……あの光を思い出した時……気付いてしまったんだ……」
頭を撫でられ、言葉に嗚咽が混じっていき、手にした杯に涙が
そんな言葉をポツポツと吐くのは護国を象徴する大戦艦でも無く、大本営を一時期背負ってきた剛の者でも無く、鎮守府の艦隊総旗艦でも何でもない。
ただ泣きじゃくる、ちっぽけな一人の艦娘だった。
「それを……見せたくない、皆に見せる訳には……いかないんだ……」
芯の強さがあった為に、自分が生きてきた道を今更曲げる事が出来ない為に、沈んだ
だから何も言えず、逃げ道も無く、この艦娘は堪えるように嗚咽を漏らし、ただただ涙を流していた。
それから暫く、結局髭眼帯は長門が泣き止むまで最後まで言葉を掛ける事は無かった、但し聞くだけでは無く頭を撫でくりまわしてはいたが。
そんな奇妙な東屋で漸く落ち着き、泣き腫らした眼を擦って長門型一番艦はこれで話は終わりだとばかりに手にした杯を一気に煽った。
心の整理が付いた為か、無理矢理想いを押さえ込んだ為か、口にしたそれはアルコールと塩気が混じった、やけに苦い味がした。
「……貴方は酷い人だ、こんな時にあっても言葉の一つさえ掛けてはくれない……」
「ん、君が堪えているのに、自分がそれを折る事なんて出来ないでしょ?」
「……うん」
髭眼帯は知っていた、彼女は助けを求めている訳では無く、ただ今以上に強く立ち続ける為の切っ掛けを見つける為に、踏ん切りを付ける為に涙していたのだと。
それはやせ我慢以外の何物でもなかったが、そこで折れてしまえば二度と彼女は胸を張って海に出る事が出来なくなってしまうだろう。
"長門"の銘を背負い続けていく為には、更なる未来を引っ張っていく為には"誰にも頼らず、強くあり続ける自分"という芯は絶対に必要になる。
だから頭を撫で続けるだけというのが今の髭眼帯の出来るギリギリ一線を越えない行為だった。
「自分は君の言う様にそっちへ踏み込めないヘタレだけどさ、手を伸ばせば届く処には居ると約束した」
「……ああ、それでいい、私はただ傍で居て、たまに愚痴を聞いてくれる、そんな貴方だからついていけるんだ」
ジト眼から苦笑の相へ変わった長門の顔は目を赤く腫らした物であったが、それでもいつもの"艦隊総旗艦の貌"へと変っていった。
こうして嘗て老将が冗談の様な口調で言った"将官の務め"と言う物を身を以って実感した髭眼帯は、それから暫く東屋で酌に付き合い、ほろ酔いに状態になった艦隊総旗艦を伴って皆が待つ場所へと帰っていった。
誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。
それではどうか宜しくお願い致します。