大本営第二特務課の日常   作:zero-45

149 / 329
 軍の拠点は携わる内容や存在する海域によって抱える事情が千差万別であり、心を砕いて事に当たったとしても環境が改善されない場所も存在する。
 それは大抵個ではどうにもならない理不尽であり、しかし軍務としてはギリギリ正当性の内である場合が多い、そんな正当性を内包した理不尽をどうにかする為にある艦娘達は今日も身を粉にして奔走する。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/09/16
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、MWKURAYUKI様、sat様、有難う御座います、大変助かりました。


艦娘お助け課.1

 砲撃の音が彼方から聞こえてくる。

 

 遠く離れた彼方に光が明滅する様が見える。

 

 そして戦場の匂いがほんの少しだけ風に乗って感じる。

 

 

 あの遥か遠い場所では同胞が今も命を賭して戦っている。

 

 

「秋津州、第一の周辺、敵はどんな感じよ?」

 

「今の所増援の影は見えないかも、でも川内さんが中破してから陣が崩れ掛けてるし、もしかしたら撤退戦の準備はしておいた方がいいかも……」

 

「……ん、一応準備だけしとくか」

 

 

 インドネシア連邦スマトラ島南部約30海里。

 

 現在日本海軍は北部のアンダマン海周辺を制海権に置き、戦力を集中させて強固な防衛網を敷く事でヨーロッパとの海路を開き安定した国交を保っていた。

 

 それは大陸沿岸を舐める様に地球を半周する事を可能にした一大航路であり、日本にとっては深海棲艦の出現以降悲願としていた目標の一つでもあった。

 

 今から約一年程前、第二特務課が戦艦棲姫姉妹を鹵獲する為の隠れ蓑として実施された作戦、それは吉野達とは違い大本営側からしてみれば姫級の鹵獲よりもその隠れ蓑として実施した作戦こそが実は重要と位置付けをしていた。

 

 それまで敵の数が多く、更に複数の上位個体が海域の中を回遊し、首魁の居る深部までが遠いという攻めるには難があった海域を攻略する為には首魁を倒す為の戦力よりも、道中や海域を回遊する敵を叩く為の戦力が重要とされ、それなり以上の戦力を遊撃として配置し、更にもしもの為の防衛に別の艦隊を残す必要があった為、海域の開放に着手するには当時のリンガを始めとする周辺の拠点では戦力が足りなかった。

 

 内情で言えば派閥という枷が仇となり多方面からの戦力異動もままならず、防衛線を維持するのが精一杯という戦線に、振って沸いた強力な艦隊の参戦。

 

 しかも主力には姫や鬼を含む上位個体が居るというその艦隊は、海域の首魁では無く、海域を回遊している敵の鹵獲というのを目的にした艦隊であった。

 

 かくしてその艦隊との間に利害の一致を見た南洋の各拠点は、終わりの無い防衛戦という状況に甘んじていた方針を一転、一気に支配海域を西に抜き、ヨーロッパ迄の航路を開く為に攻勢を掛ける為に討って出る事になった。

 

 

 そして現在その作戦が功を奏し悲願を達成した形となっていたが、その影響で北から締め出された深海棲艦が南部へ押し出される形となり、その対応の為新規の警備府がリンガの南方へ幾つか置かれ、現在も防衛の為に戦いを繰り広げていた。

 

 

 その中の拠点の一つ、スマトラ島南部に新設されたクルイ警備府。

 

 規模としてはやや小さいながらも編成される艦娘は新型の者が集められ、特殊艦も一揃い配備されていた為、当該海域に於ける作戦は滞り無く展開が可能とされていた。

 

 しかし基地機能を開放し、リンガから海域維持を引き継いだ後運用段階に至った時、この基地規模では海域維持に於いて戦力が充分では無く、計画その物の見通しが甘かったという事が露呈する。

 

 その海域は元々上位個体の脅威は確認されず、出現する深海棲艦は補給艦が主体という認識であり、そこへ北部から流れてくる深海棲艦が増えた程度であるならば、戦力としては大型艦主体では無く足の速い艦で固めればいいという形で艦隊は編成されいた。

 

 しかし今まで本格的に作戦展開をしていなかったその海域は、実はスマトラ島より遥か西に繋がる広大な敵エリアの一角に掛かっており、軍が防衛の為戦力を展開した為北部から流れてきた深海棲艦だけでなく、それまで大人しくしていた居付きの個体(・・・・・・)達の動きをも活発化させてしまった。

 

 更にその居付きの中には今まで存在していないと思われていた上位個体も確認されるに至り、結果的に用意した戦力では防衛線を維持する事は不可能と判断され、軍は同基地に対して急遽戦力の入れ替えと増強を行った。

 

 しかし一年前にインド洋北部の支配海域維持の為に戦力の再配置や追加投入を行ったばかりという、厳しくなった軍の懐事情の煽りを食らい、クルイ警備府はギリギリの状態で今日も戦線を維持していた。

 

 

「陸奥さんから入電、もう少ししたら鬼怒さんを下げるから補給宜しくだってさ、速吸」

 

「判った、準備しとくね」

 

「嵐、ソナーに感や! 南20に潜水艦って……ちょっ、数5やて!?」

 

「チッ、マジかよ、これからが俺達の出番だってのに」

 

「どないする? このまま速吸とかもかもだけ前に詰めさせててちゃちゃっと補給だけさせるか?」

 

「いや、あっちも誰かを庇ってる余裕なんてねぇ、ここは敵を引き付けつつ一端下がるしか……」

 

「待って、もう鬼怒さんこっちに向ってるんだよ、せめて合流しないと鬼怒さんが」

 

 

 スマトラ南部にあるクルイ警備府に割り当てられた海域は南北に長く、哨戒するにも距離があり、航行するだけなら問題は無いが、戦闘を挟んで進むとなれば燃料と弾薬面で難がある状態だった。

 

 元々大規模な戦闘を考慮せず少数での防衛を想定した艦隊規模は、複数同時に艦隊を哨戒に出す余裕がなく、必然的に一艦隊に負担が掛かる状態になっていた。

 

 その為クルイでは哨戒に当たる艦隊は本隊一艦隊に対し、補給艦一、哨戒の為水上機母艦一、それを護衛する為の駆逐艦二で編成された補給部隊を随伴させ、長時間の任務を回すという苦肉の策を取っていた。

 

 

「くそっ、しょうがねぇ、ここは俺と黒潮が食い止めて鬼怒さんを後方へ送るから、お前と速吸は先に後方へ下がれ」

 

「……判ったかも」

 

「ちょっと待って、潜水艦5隻相手に二人だけなんて無茶だよ! それに鬼怒さんが標的になるかも知れないんだよっ」

 

「だからってお前達二人がここに残っても何にもなんねぇだろ! 下がれってんだよ!」

 

「なら二人が食い止めてくれてる間に私が前に出て鬼怒さんに補給してくるから」

 

「バカヤロウ! もしその間に俺達が抜かれちまったらどうすんだ、下がってくるお前までやられちまうんだぞ! 早く下がれよっ!」

 

「アカン! 雷跡4! 回避や!」

 

「クソッタレぇ!」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「提督、川内さんと鬼怒さん、並びに飛龍さんと嵐の入渠を開始しました、他今回の出撃で救援に出た母艦は中破となりましたので暫くは出撃出来ません」

 

「……そうか、それで嵐の状態はどうだ?」

 

「取り敢えず一命は取り留めました、しかし艤装の修復が可能かどうかはまだ判らないそうです」

 

「判った、取り敢えず他の者の負担は増えてしまうが、哨戒シフトの編成を組み直して三交代とし、一出撃の人数を増やす事にしたから、皆にその通達を頼む」

 

「了解しました」

 

 

 クルイ警備府執務棟、一応整備されたとはいえ急造感が否めない建物の奥に位置する執務室。

 

 諸々の処理の為そこを出た大淀の後に残っているのは、まだ歳若い指揮官と艦娘が二人。

 

 ペナン基地で椎原登喜男(しいはら ときお)大佐の元、副官を務めていた日下部栄治(くさかべ えいじ)という中佐は水雷戦隊の差配に定評があり、周辺海域の事情に明るいという事もあって、若干25歳という若さで一拠点を任されこのクルイ警備府を切り盛りしていた。

 

 昼に発生した戦闘は結局前で戦う第一艦隊が敵本隊に止めを刺すに至らない迄も何とかそれを退ける事には成功したが、後方に居た補給艦隊は敵潜水艦の襲撃で半壊、たまたまペナンへ出ていた日下部が帰投途中に戦闘中の通信を拾い、救援の為駆けつけたお陰で轟沈者こそ出さなかったが、被害は散々たる物だった。

 

 第一艦隊からは川内と飛龍が其々中破、後退中だった鬼怒と敵潜水艦隊と交戦した嵐は大破。

 

 かくして大量の戦線離脱者を出し、母艦も暫く使えないとあってクルイの哨戒任務は暫く切迫した状態となった。

 

 

「さて、戦闘記録はさっき見せて貰ったが速吸、何故あの時旗艦の嵐に従わずに後退しなかったんだ?」

 

 

 日下部は疲れを誤魔化す様に眉根を指で揉み、手元の分厚い報告書に目を通しつつ、目の前に立つ艦娘の一人、速吸に戦闘時に取った行動の理由を問いただす。

 

 それに対し速吸は足元に視線を落とし、唇を噛み締め肩を震わせている。

 

 そんな二人を見る黒潮は黙って様子を見るが、その心中には色々複雑な思いが渦巻いていた。

 

 戦略的には嵐が指示した行動が一番艦隊を危機に晒さない安全策だったのは間違いない、しかしそれには前提としてその場に残り敵潜水艦を食い止める役目を担う嵐と黒潮の犠牲が伴うのを必要とする。

 

 対して速吸の策を実行した場合、上手くいけば補給の終わった鬼怒を一時的に嵐達に合流させ、その間に速吸と秋津州が撤退をする事も可能であった。

 

 しかし鬼怒の補給は済ませたものの嵐と黒潮の救援に間に合わないという状況になった時は、速吸という戦闘に向かない艦を戦闘中の第一艦隊が背負う事になり、不利な状況が出来上がってしまう。

 

 成否は速吸が如何に補給を手早く済ませるかに掛かってくる訳だが、現在の戦闘結果を見る限りではあそこで速吸が後退しておけば、嵐と黒潮が支え続ける限り第一艦隊には支障は出ない、例え黒潮と嵐が沈んだとしても、後方で補給を終えた鬼怒一人で始末が出来る程度には敵の数は減らせると嵐は踏んでいた。

 

 結果的に日下部の母艦が救援に駆けつけ、母艦護衛の任に就いていた者が支援したお陰で誰も轟沈せずに済んでいるが、その面で考えても速吸が退いていれば被害はもっと少なくて済んだだろう。

 

 仲間の事を思い行動しようとした覚悟は理解出来るが、最小限の犠牲で多くを生かすか、それとも全滅の危機というリスクを背負ったまま賭けに出るか、そんな物考える事も無く答えは出る筈であった。

 

 

「すいませんでした……でも、あれでは嵐も黒潮も見捨てる事になってしまうと判断したので」

 

「お前の考えを真っ向から否定するつもりは無い、しかし艦隊の旗艦は嵐だ、その命令が理不尽な物であっても従うのが軍務だ、判るな?」

 

「……はい」

 

「これ以上言わなくてもお前には判っているだろ? お前の悔しさ、そして仲間を思う気持ちは皆理解している、だがな速吸、お前が仲間を思う様に、誰かもお前を思って戦っているんだ、その気持ちを汲んでやるのもお前の務めだ」

 

「判り……ました」

 

 

 クルイ警備府は立ち上げからまだ一年経つかどうかの新設拠点である、しかしその軍務は過酷であり、既にこの短期間で轟沈者の数は三名を超えていた。

 

 これは現在の軍では攻略戦を除いた戦線での犠牲者が出るペースでは最悪の状態であり、日々誰かが入渠しているという程度には基地の事情が切迫し、高速修復剤も大破艦にしか回せないという事態に陥っていた。

 

 そんな日々、速吸という艦娘は補給艦という立場から他の艦よりも多く海へ出ていた。

 

 誰よりも多く戦場に出て、なのに戦えず、ただ傷付いていく仲間の手助けしか出来ない、それは重要な役目だと理解していても安全な後方で誰かが血を流すのを見ているしかないという日常は、速吸の心に相当な負担を強いていた。

 

 

「ねぇ黒潮……私どうすれば良かったのかなぁ、あのまま二人を見捨てて下がってれば良かったのかなぁ」

 

 

 執務室を出て黒潮と速吸が歩く廊下、窓の外は血の色をした赤が広がり、程なく世界は宵闇に包まれるだろう。

 

 そんな窓の外を見る速吸は夕日の(あか)色に、さっき運ばれていった傷だらけの嵐の姿を思い出し言葉を詰まらせる。

 

 

「さっき司令はんも言うてたやん、艦隊旗艦に従うのがうちらのお仕事やて、それに嵐は後退せぇ言うて命令してたやろ? 後ろに下がるんは逃げるんとちゃう、それはアンタも判ってるやろ?」

 

 

 黒潮の言う事も理解していた、そして自分の役目も判っていた、それでも心が揺れる程には速吸の心は壊れ掛けていた。

 

 故に恐怖に駆られ、後方で居る事に焦燥し、それが更に心を磨耗させていった。

 

 

「でも……でも私だけ安全なとこに逃げるなんて……出来ないよぉ……」

 

「ええ加減にせえっ!」

 

 

 力なく呟き窓の外を見る速吸の襟首を掴んだ黒潮はそのまま体を壁へ叩き付け、歯を食いしばって今も空ろな目の補給艦を睨み上げる。

 

 

「あの時お前が退いとったら嵐はあんな事にならんかった! 黙って従っとったら鬼怒さんもああなって無かったかも知れん! 皆がボロホロになったんは全部命令に従わんかったお前のせいやっ!」

 

 

 力の無かった速吸の瞳からは涙が零れ落ち嗚咽が口から洩れ出る、茫然自失に近い状態だった心に黒潮の言葉が刺さり、現状を明確に理解する心が戻って来る。

 

 そんな様を見て黒潮は振り払う様に手を離し、速吸に背を向けて言葉を吐き出し続ける。

 

 

「どうや満足か、自分のやった事に罪悪感持って、それでも誰からもナンも言われへん、そやから誰かに叱って欲しかったんやろ……」

 

「う……うぇぇぇ……」

 

「判っとんのや、皆知っとんのや、そやけどな……こんな場所で無いモンねだっても仕方ないやん」

 

 

 泣きじゃくる速吸に一瞥もする事無く黒潮はそこを後にする。

 

 早歩きで進む廊下、そこを行く少女の拳は命一杯の力で握られていた。

 

 

「アンタはうちって叱るモンがおったけどな……」

 

 

 洩れ出る声は震え、押し殺した物になっていた。

 

 

「あん時妹に庇ってもろて……のうのうと無傷やったうちは、一体誰が叱ってくれるっちゅうんや……」

 

 

 ボロボロと涙を流し、握った拳でそれを拭う陽炎型三番艦はそれでも歩みを止める事は無かった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「って事でコレ、今回の案件の詳細、ちょっと色々と面倒な事になってるわよ」

 

 

 大坂鎮守府執務室、ソファーセットに腰掛ける髭眼帯の前には苦虫を噛み潰したかの様な表情の足柄が書類の束を二つテーブルに並べ、深い溜息を吐いていた。

 

 

「面倒って? 何か問題ありなの?」

 

「それはもう、久々に頭が痛い案件ねこれ」

 

 

 足柄がテーブルに置いた書類には其々同じタイトルが記載されており、一見するとそれは吉野と足柄の二人分用意した物に見えるが、表紙の隅には案件を整理する為に振り分けられる番号が其々連番で書かれていた。

 

 それはこの二つの書類は其々別の物として受件した物であるという事を意味するが、案件名が同じという不自然さに髭眼帯が首を捻る。

 

 

「何で案件名と受件番号がこんな状態になってるの?」

 

「あー……それがね、同じ拠点から相談が持ち込まれたんだけど、その相談者は二人で、更に"別々に同じ件"で相談をしてきたのよ」

 

「んんんん? それはどっちの子もウチに相談してるって事を知らないんだよね?」

 

「そうね」

 

「って事は何? 拠点の司令官とかその辺りが拠点内の不特定多数の子に何かやらかしちゃってるとか」

 

「そんな事なら話は簡単じゃない、その司令長官を更迭すればいいだけなんだもの、でもこのご時勢そんな下から総スカン食らう様な無能なんて拠点の長になんかなれる訳なんか無いでしょ」

 

「だよねぇ、そうなったら任命責任で確実に上の首は幾つか飛んじゃうだろうし、色んな意味で大変な事になっちゃうだろうしねぇ」

 

 

 眉根に皺を寄せてコーヒーを啜る足柄を前に、並んだ二つの書類の表紙を其々めくった吉野はそこに記載されている相談者の名前を口にする。

 

 

「補給艦速吸、んでこっちのは駆逐艦黒潮……で、この二人の相談って何?」

 

「うん……それなんだけど、その話に入る前にちょっといい?」

 

「ん? 何かな?」

 

 

 足柄は一度深呼吸する様に間を置き、暫くテーブルに視線を落す様な仕草を見せた後、よしっと小さく呟いて真っ直ぐに吉野の顔を見る。

 

 それは割りとズケズケと話を口にする彼女にしては珍しく言い澱むかの様な仕草になり、まるで何かを覚悟する為に一端間を置いて気合を入れたかの様に吉野には見えた。

 

 

「この案件は前から言ってた"将官による公権の発動"が必要になる案件になるわ」

 

「ふむ、それは穏やかじゃないねぇ、もしかしてそれって荒事関係の準備をしないといけないとかなの?」

 

「いいえ、この際だから説明しておくけど、ウチの課では艦隊を動かしての戦闘行為や強制査察という物は殆ど発生しないの」

 

「うん、それで」

 

「でも稀に他拠点の司令長官の意向を無視して艦娘を異動させたり、拠点の内部的な要因に対しての環境改善を命令という形で強要させる場合があるの、で、それで問題になってくるのは前者」

 

「他拠点の艦娘さんの処遇を、そこの司令長官をすっ飛ばして自分の命令で決めちゃうって事かぁ」

 

「……そうね、でもそんな案件って……特に今受件してる件は正直覚悟が必要になるわ」

 

「覚悟?」

 

 

 そろそろ本題という処で再び足柄はコーヒーを一口含み、頭の中にある言葉を整理しつつ、今まで携わってきた出来事を思い出す。

 

 正直誰かの為に何かをするという事は、別の誰かの不利益に繋がる事は極当たり前の様に発生する。

 

 それを押してでも優先する事を推し進めれば、受件した仕事は片付くが心が晴れる様な結果は大抵得られず、苦い思いを噛み潰す事になる。

 

 

「詳細は後で説明するけど、ぶっちゃけこの案件を片付けるには提督の公権を発動して艦娘を一人引き抜く事が必要になるわ」

 

「そうなんだ」

 

「そして問題が解決したとしても、引き抜かれた本人も、周りの者も、拠点の司令長官も、誰も救えない、ただ問題が解決しただけって結果が残る、その上高い確率で提督がそこの司令長官から心象を悪くするというリスクもあるわ、その辺り前もって説明してなかったのは卑怯と思われるかも知れないけど、それでも……」

 

「うん判った、じゃその辺り段取りしちゃうから現状の詳細説明してくんない?」

 

「……は? ねぇちょっと提督私の話聞いてた? ヘタすると提督の敵が増えちゃうかも知れないのよ?」

 

 

 ソファーから立ち上がり、足柄にしては珍しく突っ込み以外で声を荒げ髭眼帯を睨む。

 

 それに対し吉野は頭をボリボリと搔いて暫く何かを考える仕草をしていたが、結局これという言葉を見つけられなかったのだろう、目の前の飢えた狼さんに対して真面目な相で語り始めた。

 

 

「本来ならもっと上手く話を纏めて仕事を回すべきなんだろうけど、君は妙に聡いとこがあるから変に誤魔化す事は無理だろうし、ズバっと言っちゃうけど」

 

「……何?」

 

「君達が前任地でどんな案件に携わって、どんな事をして来たのか自分は知っている」

 

「え……ちょっと、一応秘匿事項だからその辺りは洩れない様になってる筈よ、それも呉の厳重なセキュリティが掛かったデータベースにしか記録は残ってない筈なのに……何でそんな事知ってるの?」

 

 

 怪訝な表情の足柄に、余り表に出さない真面目な相を向け吉野は問いに答えていく。

 

 

「自分は提督業で言えばからっきしなのかも知れないけど、この課を受け持つ前は一応情報将校ってヤツを張ってたんだ……相手が呉だろうと横須賀だろうと関係は無い、自分の領域の内なら大抵は負ける気がしないね、でね、足柄君さ……」

 

 

 最後の一言を言う一瞬だけだが、髭眼帯は足柄の見た事の無い、言い知れない程の重い空気を纏っていた。

 

 

「無能が生き残れる程アッチの世界(・・・・・・)は生易しくは無いんだよ?」

 

 

 暫く無言で見つめ合う二人、事前に人払いをしていたせいもあり室内には時計の秒針が刻む音だけが規則正しく響く。

 

 そして髭眼帯の言った言葉に納得したのだろう、足柄は根負けした様に脱力し、あーあと呟きながらソファーに腰掛け、背もたれに深く身を委ねた。

 

 

「それで……提督は私達が呉で活動してた内容をどの程度把握してるの?」

 

「んー……大本営へ報告が行ってる分と、電子化して呉のサーバーに記録している内容は概ね確認してると思う」

 

「……それって殆ど全部じゃない」

 

「だね、だから知っている、今まで君がやりたくても出来なかった案件がここなら出来るだろうと思って異動して来た事を」

 

 

 既にいつもの抜けた表情に戻った髭眼帯の言葉に身を硬くし、黙ってそれを足柄は聞いていた。

 

 

「あの呉での演習で艦娘主体で作戦を遂行した自分なら、崖っぷち状態なのに保身より彼女達の気持ちを優先させた自分なら、寺田(呉司令長官)さんが待ったを掛ける様な案件でもやれる事が出来る……」

 

 

 妙高型三番艦は次々と自分の中にだけ仕舞ってあった内情を言い当てられ、何も言えずに目を見開いて目の前の男が言う言葉を聞いていた。

 

 

「ここに来れば、今まで救う(・・・・・)事が出来なかった(・・・・・・・・)誰かを救う事が出来る、その辺りあの演習後の勉強会で交わした会話を通して、自分という人間がどんな人間かという確信を得たから無理矢理ウチに異動する事にしたんでしょ?」

 

「……厄介事を確実に持ち込むと判った上で、提督は私が異動してくるのを受け入れたの?」

 

「今更敵の一人二人増えた所で何の問題も無いさ、それにそこまで評価されてるならほら、受けないとじゃない? だからさ、今更公権がどうのとか人間関係がどうのって話は気にしなくていいよ、君が救うべきと思ったら迷う事は無い」

 

「っ……ほんとに貴方って人は」

 

「ただ何でもかんでもOKって訳じゃない、何かをする時は必ず事前報告はしてくれるかな?」

 

「有難う、その辺りは肝に銘じておくわ、それじゃ早速この案件の詳細なんだけど……」

 

 

 

 こうして大坂鎮守府に移設された『職場環境保全課』が本格的に関わる大きな案件は、またしても南洋という因縁がある海域が関係する物となり、その一件は課を取り仕切る狼さんの睡眠時間を削ってお肌に良く無い影響を与えていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。