大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 個人が出来る事には限界があり、目的を効率的に、恙無く遂行するには誰かを頼り、また使う事でしか成し得ないというのが現実である。
 そして環境が変ればやり方も変化し、今までの経験は糧とはなってもそれだけではどうにもならない事もある。
 それに気付くのは全てが終わり後悔する時か、それとも道半ばで気付き求める物を掴めるのか、それはその者だけでは無く、必ず関わる周囲の協力があってこそである。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/09/23
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたorione様、リア10爆発46様、鷺ノ宮様、有難う御座います、大変助かりました。


艦娘お助け課.4

 

「大坂鎮守府艦隊、敵と会敵しました、数は6、モニターに母艦からのライヴ映像と母艦を中心とした戦略マップをこっちとリンクさせます」

 

「飛龍、戦闘記録と映像は取り敢えず全部保存ね、あと同伴してる木曾との通信は?」

 

「広域通信は遮断されていますが、秘匿通信の一部にこちらの回線を割り込ませているので短時間なら影響はないです」

 

「うん、そんじゃ吉野君……て言うか指揮は長門が執ってるんだっけか、大坂鎮守府艦隊のお手並み拝見といこうかねぇ」

 

 

 リンガ泊地執務棟地下に設置された作戦指揮所。

 

 そこでは現在スマトラ島西部沖合い400海里付近で発生している海戦をリアルタイムで見ながら情報収集に当たっている。

 

 

 大坂鎮守府の様に謎技術とロマンな見た目とは違い質実剛健、耐爆コンクリートの地が剥き出しの室内は軍では良く見かけるスタンダードな造りをしている。

 

 中央やや入り口側には指揮官席に泊地の司令長官である斉藤が陣取り、補助席にはペナンから駆け付けた椎原が現在進行中の戦闘状況を見つつ眉を顰めていた。

 

 

「流石武蔵殺し……攻撃特化艦の名は伊達じゃないですね、それに大和と並べる事で息切れした際は入れ替えて体勢を整えてる、これは最深部にも至ってないのに初手から全力ですか?」

 

「大和に榛名の二枚看板を据えた第一艦隊を複縦陣で突貫、左右は第二・第三艦隊の梯形陣で討ち漏らしを駆逐、母艦には第四艦隊で輪形陣を敷き直掩しつつ補給に下がってきた者と適時入れ替えての進軍、これって艦隊全部で一つの鋒矢(ほうし)の陣を形成してるって感じだろうか」

 

「母艦を陣の中央に据える事で艦隊の解体・再編成を戦いながら行えるので、継戦力で言えば母艦の物資が尽きるまで可能という事になりますが……これは……」

 

「艦隊の編成は司令長官が指揮する拠点でしか出来ない、しかし母艦を簡易拠点としてそこに吉野君が居ればやれる事の幅が広がるが、その母艦が艦隊のド真ん中だと守勢に回るのはちょっと難しくなるねぇ」

 

 

 クルイ警備府に一端集結した大坂鎮守府艦隊は、即座に母艦から人員が展開、そして艦隊を組んで抜錨した。

 

 それは四艦隊総勢24名の艦が母艦泉和(いずわ)を中心にした一大陣形を成す形をしており、攻めに特化した攻撃的な手法で海域深部を目指していた。

 

 その陣形は俯瞰して見ると(やじり)の様な形をしており、中央には母艦を置くという危険極まりない物であったが、逆に移動時にも補給だけでは無く、負傷艦の即時復帰や、戦闘中での艦隊の再編成が可能というメリットも持ち、対する敵艦隊が連合艦隊規模であっても蹴散らしていくという数の暴力で対応するという形になっていた。

 

 元々飽和攻撃にて道中の敵艦を減らし、そこから攻略艦隊を出すというセオリーを取らず、会敵した敵を轢き潰して進むならこの様な母艦を艦隊に据えた陣で行くのは実はセオリーとしては存在する戦い方であったが、提督という替えの効かない存在を危険に晒すやり方は前代的と言われ、現在では殆ど行われない戦い方でもあった。

 

 逆に言えばまだ戦力が安定せず、それでも海を獲らねばならなかった頃はこの様な戦い方の方が主流であり、時間を掛けて攻略が出来ない今回の戦いではむしろ大坂鎮守府艦隊のこのやり方は選択肢が少ない中では一番安定した戦略だとも言える。

 

 

「僕も昔は良くこの手のやり方をしたモンだけど、今の飽和攻略に馴れちゃったのか、見ててヒヤヒヤするねぇ」

 

「まったくです、このやり方は命令一つ間違えるだけで艦隊が瓦解する、指揮官の腕が一番物を言うやり方ですが、掛かるプレッシャーは相当なモンになりますからね」

 

「まぁその指揮は長門が執ってる訳だし、吉野君はお飾り的な役目が強いだろうけどねぇ」

 

「良くその状態でこのやり方を実行しようと思ったもんだ、神経が図太いのか、只のバカなのか……」

 

「いやいや椎原君、彼はある意味バカだけど、無能じゃないよ」

 

 

 簡易モニターに映し出される光点の内、敵艦のマークを示す赤が出現しては即消えるというバカげたペースでそれらは明滅していく。

 

 そしてその中で忙しなく後方の艦は入れ替わり立ち替わりしつつ陣は形を保ったまま西へと進む、それはまごう事無き電撃戦といえる物だった。

 

 総勢24名、艦種も個性も違う者達がそれだけ複雑な行動をしつつも安定して戦うというのは言葉で言う程簡単ではなく、其々が其々の役割を把握しつつも突出しないという、自分の役割を弁えた上で更に一定のモチベーションを維持しないと成立しない戦い方を繰り広げなければならない。

 

 

「このやり方の最大の利点は、提督って保護対象を抱えたまま敵陣を行かなくちゃならないって事に尽きるだろう、艦娘と提督の絆が強固な程彼女達は奮戦する、提督を生かす為に」

 

「自分を餌に、そして艦娘達に後に引けないという状況を作り出す……中々えげつないですな、確かにこれなら提督としての能力に難があっても彼が艦隊に伴う意味がある」

 

「まぁ彼は元々提督業なんかするつもりは無いだろうから、これから先もずっと現場ではお飾りだろうけどね……」

 

「提督を……するつもりが無い?」

 

「そう、僕も含め基本司令長官ってのは艦隊指揮を執っていた現場指揮官上がりが普通でしょ? だから戦略を練る時も基本艦隊というミニマムな物から拡大していって一段上の戦場を俯瞰する今の立ち位置に至る」

 

「まぁそうですね」

 

「でも彼は戦いという面には関与せず、そこに至るまでの準備と、後の処理に注力する、そしてそのスケールは艦隊単位じゃ無く拠点単位から始まる、そしてそれは影響が及ぶ最大範囲を見ながら動く」

 

「……すいません、ちょっと俺には斉藤さんが何を言っているのか……」

 

「あー僕も今の立場に就いてからしみじみ実感したんだけどね、将官って現場経験者のままじゃやってけないんだよ、艦隊って狭い視点で戦場に集中しちゃうと、終わった後のゴタゴタなんかに対応できない」

 

 

 嘗ての軍に於けるスケールとは違い、艦娘という戦力を抱えた今の軍に於ける提督という存在は、それ即ち艦娘の指揮と言う事と同義である。

 

 故に現場指揮である提督は現場の戦いに終始し、艦隊に対する差配で提督という者の評価は上下する。

 

 しかし太平洋戦争時提督と言えば艦隊を指揮する最高指揮官であり、麾下に所属する艦艇から乗組員に至る、万を越す存在を掌握してそれを指揮する軍団の長であった。

 

 つまり嘗ての提督とは違い、今の提督とは六人で一艦隊、連合艦隊を編成しても麾下に置き指揮する者の数は十二名程度、言い換えれば一度に直接指揮する対象は小隊にも及ばない分隊程度の人数でしか無い。

 

 それはつまり現場指揮官は目に見える範囲を掌握し、敵を殲滅するという最小単位の働きを主眼に置いた立場であり、それは軍団という単位を指揮する立場の将官とはまるで違う視点を持つと言う事になる。

 

 

「分隊程度の指揮ならばセオリーと経験があれば正直大抵の者がやれるだろう、だから彼はそれらを経験豊富な艦娘に任せ、自分はその一段上、将官にしか出来ない、いや、将官だから出来る仕事に注力する……だから提督としての能力は低い、だって提督業をやんないんだから……」

 

 

 苦々しい顔のリンガ司令長官は既に海域の最深部へ辿り着こうとしている大坂鎮守府艦艇の動きを見ながら、そろそろ敵影も濃くなり周りを囲まれ始めた母艦の様子に目を細め、そろそろクライマックスだよと横で言葉もなく画面を眺める椎原に声を掛けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「おい吉野さんこれマジで大丈夫なのか? 一端ペース落として体勢立て直した方がいいんじゃねーのか?」

 

「ん、自分もそう思うんだけど、長門君がイケると踏んで進んでるんだからまぁそれはしょうがないよねぇ」

 

「何暢気に構えてんだよ! 後ろ! ほら後ろから敵が……って何だアレ……ふっ飛んじまったけど」

 

 

 スマトラ島から西へ凡そ550海里、陸から1000km近くも西へ間延びした細長い敵の支配エリアの最深部手前では、母艦泉和(いずわ)を中心とした後詰の艦隊が敵に包囲されつつ戦闘を繰り広げてきた。

 

 抜錨してからほぼノンストップで進軍し、正に前に進むのに殆どの戦力を集中してきた為に、敵影が濃い場に突入すれば取りこぼしが発生し、それが徐々に陣の薄い後方から攻勢を掛けてくる。

 

 そんな状態でもお構い無しに先頭の第一艦隊は前に切り込んでいき、そしてとうとう手が回らなくなった後方に出現した敵艦隊を確認したリンガ所属の木曾は母艦の指揮所で声を荒げるが、次の瞬間敵艦隊が爆発四散し跡形もなく消滅する様を見て絶句してしまう。

 

 

「ああ後方には潜水艦隊が展開しているからね、まぁ余程の事が無い限り通って来た辺りの残存戦力程度じゃ脅威にはならないかなぁ」

 

「潜水艦隊って……ちょっと待ってくれ、今攻略には四艦隊が出撃してるんだろ? じゃその潜水艦隊ってのはどこの所属艦隊なんだよ……」

 

「あーそれね、今展開している艦隊の内、第一と第二、そして潜水艦隊は大坂鎮守府の所属艦隊、そして第三第四は一時的に友ヶ島警備府所属艦隊としての随伴って事にして指揮権をウチを預かってる形にしてるから」

 

「それって……最大八艦隊を一人の指揮官で運用するって事かぁ? 何だそれどんなイカサマなんだよ」

 

「実際システム的にそれが成立してるんだからイカサマもクソも無いと自分は思うんだけどねぇ、それに最大では確かに八艦隊の展開は可能だけど、流石に鎮守府の守りを無しにする事は出来ないからさ、あっちには二艦隊(・・・)残して来てるよ」

 

 

 普通で考えれば一拠点は規模に関わらず艦隊運用は四艦隊迄というのが常識である、それは妖精という摩訶不思議な存在が関わる理不尽なシステムが生み出す限界値ではあったが、大規模作戦を展開する場合はシステム外での指揮系統を構築して、拠点の上位に作戦本部を置くという形が取られる事もある。

 

 しかしこの作戦に関しては大坂鎮守府という拠点が単独で展開する作戦であり、常識的に考えれば指揮系統を分割して作戦を展開するという規模には無い為に投入される艦隊は四艦隊と考えるのが普通である。

 

 吉野の言う所属を分け指揮系統を統合すれば確かに投入する戦力を増やす事も可能であったが、その際は艦隊総旗艦の長門の強制命令が別所属として充てられている第三、第四艦隊へ及ばない為、緊急時の足並みが揃わないというデメリットが生まれる事になる。

 

 それは一艦隊という小さな単位で考えれば致命的なミスを生み、連携が密に取れないと補給や補修を平行しつつ陣形を維持する今のやり方に綻びが生まれる可能性もあった。

 

 

「まぁでも確かに指揮系統の分離はちょっと色々問題があるからさ、今回は攻めに出る第一と第二、そして艦隊支援の潜水艦隊は一纏め、壁になる第三第四を一纏めって分けて運用してるんだけどねぇ」

 

「ああ……補給や入れ替わりって部分で艦隊分けしたのか……ん? 今吉野さんは拠点に二艦隊を置いてきたって言ったよな」

 

「うん、それがどしたの?」

 

「で、今こっちで展開してるのは五艦隊だよな? じゃ残りの一艦隊はどこに居んだよ? 数が足りなくねーか?」

 

「あー、それなんだけどね」

 

「提督! 第一艦隊が敵本隊を補足! 位置データ来ます!」

 

 

 古鷹の声と同時に戦略モニターにある海図へ新たな光点が浮かび上がり、その周辺状況も刻々と更新されていく。

 

 そしてその中でも一際大きく表示された光点、そこには海域の首魁である深海棲艦上位個体、『装甲空母姫』の名が付記されていた。

 

 

 モニターに今必要なデータが出揃い、そして最終目標が表示され全ての戦力がそちらに向く形で展開を始める。

 

 そして同時に母艦の指揮所にはサイレンが鳴り響き、潜望鏡深度から船体を浮上させていく。

 

 

「お……おい、何をする気なんだ?」

 

「今君が言った残りの一艦隊(・・・)、海域攻略の最後の切り札を今から出すんだよ」

 

 

 船体が浮上した事で船首側の外部映像がモニターに映し出され、そこには狭い上部甲板へ細長い鉄骨状の何かが横に二つ並びで迫り出してくる。

 

 前方へ掛けてやや上方の傾斜を持つそれの一番低い部分には其々人影があり、今抜錨している艦隊員と同じ色の外套を羽織って敵首魁が居るであろう方向へ視線を向けていた。

 

 

「まさか私達が先陣で出して貰えるとは思わなかったわね、提督のお心遣いに報いる様頑張りましょうね、山城(戦艦棲姫)

 

「って言うかこれどう見ても後発の為の盾的扱いじゃないかと思うんだけど……嗚呼……不幸だわ」

 

 

 モーターの唸りが低く響き、一瞬火花が散ったかと思うと並んだ戦艦棲姫姉妹が高速で射出される。

 

 濃紺の外套に大きく風を孕み、後方へ流れる黒髪は宙に踊り、二人一対の盾が砲火轟く戦場を飛び越え姫級の暴力を携えて水面(みなも)へ突き刺さる。

 

 そして独立して動く彼女達の艤装も続いて空から舞い降り、二人を包囲する為展開しつつあった一団へ襲い掛かった。

 

 突如空から落下してきた脅威、それも戦艦棲姫という存在を前に深海棲艦達は混乱し、陣が乱れる、そしてそれに構わず二人は並び、手近な場所に居る有象無象を撃ち砕いていく。

 

 砲撃と防御力に特化した、しかも深海棲艦上位個体は言い換えれば砲撃戦を突き詰めた暴力の権化であり、通常艦からの砲が直撃してもその端麗な表情を崩す事も無い様は正に恐怖の象徴とも言えた。

 

 そしてその二人を囲む様に展開しつつある外側では新たに二つの水柱が上がる。

 

 

 黒く禍々しい艤装に跨り、赤く燐光を発する(しもべ)達を放ちつつ、大空を浸食していく空を統べる者。

 

 四つの(あぎと)を背に負って、目に映る全てを片っ端からすり潰していく理不尽の塊。

 

 

「ねぇ(空母棲鬼)…… 気合入れて飛んで来たのはいいんだけど、これってもう私達が出なくてもカタが付いたんじゃない?」

 

「くっ…… うっさいわね、そんな事言われなくても判ってるわよっ、でもこんなとこまでノコノコと付いて来て最後まで出ないまま終わったら間抜けにも程があるじゃない!」

 

「あらあら必死になっちゃってまぁ、よっぽどテイトクにいいとこ見せたいのねぇ(空母棲鬼)ちゃんは」

 

「無駄口叩かない! ほらまだ仕事残ってるでしょっ!」

 

「はいはい…… じゃとっとと終わらせてテイトクにご褒美でも頂きましょうか」

 

 

 言葉尻は軽く、しかし奮う力は一切の手抜き無く。

 

 本来なら白い裸体を晒して戦う姫と鬼は外套の濃紺を風に靡かせて恐怖を周りへ広げ始める。

 

 通常なら海域に一人居るかどうかの強力な戦力が四体纏めて暴れる様は正に圧巻という様を見せ、他の深海棲艦と違う風貌が相まってそこに異質な空間を作り出している。

 

 基本的に色素が薄い深海棲艦の白と飛び散る赤に混じって外套の背に舞う薄桃色の桜吹雪が流れる、そして死を目の前に有象無象達が目にするのは金色に刻まれた菊水の紋と、朔夜、空という文字。

 

 そして敵主力艦隊付近で起こった混乱は周囲にも伝播し、後方から来る大坂鎮守府の艦隊が更に周りを蹂躙していく事で戦いの趨勢は決し、この海域に於ける戦闘は一度も止まる事無く一気に収束へ向うのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「深海棲艦…… 艦隊」

 

「大坂鎮守府にはコレがあるからね、多少の無理はあっても最後は力ずくでひっくり返せてしまう」

 

 

 リンガ泊地の指揮所では敵の首魁を仕留めた大坂鎮守府艦隊の映像をモニタリングしつつ、二人の司令長官がその様を凝視していた。

 

 通常数日を掛けて行うべき海域攻略を強引とも取れるやり方で完了させてしまったその様は、作戦も何も無い正に力押し。

 

 言葉にすればたったそれだけだが、実際その様を映像として見せられれば恐らくそのインパクトは絶大な物として見る者の言葉を奪ってしまうだろう。

 

 

 現に椎原は椅子から腰を浮かせ、敵主力艦隊を歯牙にも掛けず平らげていく深海棲艦艦隊に釘付けとなり、斉藤は平然を装ってはいたが、目の前の光景を眺めつつ眉根に深い皺を寄せていた。

 

 

「なる程、参考資料の為の戦闘記録を取るのにすんなり許可を出したのも、木曾を随伴させてリアルタイムで指揮所の様子を探らせるのにも特に何も制限を設けなかったのもこの為だったのか……」

 

「え、この為とは?」

 

「彼は今回のウチが記録した資料を自分達の戦闘記録に乗せて海域攻略の正当性を謳うと共に、自身の戦力を周囲に喧伝する為に使うつもりなんだよ」

 

「……ふむ、なる程、確かにこれだけ一方的に相手を叩ける戦力は他に存在しませんからね」

 

「そして大坂鎮守府という場所は、いざとなったら周囲の拠点から制圧が容易である様にという形で彼らを押し込んでいると周りは思っているけど、それが間違いだったとこれを見たら気付くだろうね」

 

「艦娘は海にあってこそ力を発揮する、そして海上拠点である大坂鎮守府の索敵範囲は大阪湾全域をカバーしている、もし攻めようと事を起こしても拠点に到達する前に必ず感知され迎撃戦が発生する……」

 

「て言うより、そうなったら先ず彼らは戦わず逃亡を計るだろうね、そうなると逃げる方向は南部の紀伊水道一択になるだろう、そしてあの狭い海域じゃ展開できる艦隊の数は知れているから、戦いは数より質になってくる、となれば……」

 

「深海棲艦を擁した大坂鎮守府を押し留めるのは容易ではない」

 

「実際は幾重にも封鎖する形でいけば何とかはなるだろうね、但しその犠牲となる数は半端じゃない、紀伊水道で展開して一度に戦える艦の上限が決まってるなら完全に逐次投入の戦いになるだろうからさ」

 

「それ以前に包囲網が完了する前に彼なら討って出るのでは?」

 

「違いない、あの艦隊をやり込めるだけの大戦力を太平洋側へ出して配置するのは中々事だろうから、実質大坂鎮守府に戦力を増強した時点でもう軍としては彼らを力では排除が出来ない状況にしてしまった訳だ」

 

 

 武と言う事に終始し大坂鎮守府という存在の事を話し合う二人、映像を見ただけでそこまで思い至る程に今回の戦いは周りに対して影響を与える物となっているが、それは吉野としては今まで着々と進めてきた足場固めという防衛計画が成ったと周囲に知らしめる為の行為であり、そして未だ自分達へ干渉し直接的な行動を起こそうとしている者達への示威行為と言う事になる。

 

 事の発端は足柄の業務から始まった物であり、それの対策の為にした全力出撃であったが、本来吉野的にはそれを解決するだけならもっと目立たず、穏便に済ませる手も幾つか用意出来たが、それでもこの派手な作戦を発動したのはやはり周囲へ対しての影響を狙ってと、後は一人の部下へ対する無言のメッセージとしての意味合いも含んでいた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……出撃してからまさか一日ちょっとで海域一つ落としてくるなんて、ちょっと普通じゃ無いわよね」

 

 

 スマトラ島クルイ警備府。

 

 厳戒態勢が解かれ、係留された泉和(いずわ)を前に足柄が苦い顔で口から言葉を搾り出す。

 

 その前には南洋遠征の為二種軍装に着替えた髭眼帯と、警護の為に随伴している時雨の姿があった。

 

 

 足柄が日下部より大坂鎮守府艦隊の海域攻略の件を聞かされた後、事の真意を確認する為に外へ出ようとしたがそれは許されず、また無線封鎖を理由に今まで連絡を取る事も出来なかった。

 

 艦隊が出撃した後も自分達なりに状況を考え、そしてこの攻略はクルイの現状を打破する為の出撃である事に思い至りはしたが、それでも何故足柄にはその旨が知らされてなかったのか、当事者である自分がどうして蚊帳の外の状態なのか納得がいかず、母艦から降りてきた髭眼帯に対して彼女は抗議の意味合いを含んだ睨む様な視線を向けて出迎える事となった。

 

 

「やあ足柄君、そっちの具合はどんな感じかな?」

 

「……ちょっと提督、何のつもり?」

 

「ん? 何のつもりとは?」

 

「今更(とぼ)けないで、何でこの出撃の事私に何も言ってくれなかった訳? どうして最後までこっちの連絡を遮断してたのよ」

 

「あー、その聞き方だとこの攻略の意図は理解してる訳だ」

 

「そりゃぁね、私が仕事でこのクルイ入りしてる状態で提督が艦隊を率いて乗り込んで来て、そこに何も関係が無いなんて思う方がおかしいでしょうよ」

 

 

 足柄の後ろには遅れて出てきた愛宕と霞が控え、其々も現状を理解しつつも納得がいかないのか、足柄程では無いにしても余り愉快とは言えない雰囲気で髭眼帯を見ている。

 

 それに対し吉野は一端其々に視線を向けて、最後にまた足柄を見据え、非難染みた視線を真っ向から受けつつ問われた事に対する返答の言葉を口にした。

 

 

「これが今回の案件に対して自分が出来る、最良の解決法だと思ったからだよ、足柄君」

 

「そんな事言われなくても判ってるわよっ、私が聞きたいのは何で私にその話が伝わってないのかって事なの!」

 

「いや、聞かれなかったから」

 

「はぁ!? なにそれ!?」

 

「君は課の発足の時も、この案件の詳細を伝えに来た時も、繰り返し"この案件は将官の公権発動が欠かせない"と言い、そして"呉では出来なかったがここなら可能だと思う"とも言った」

 

「……ええ、確かに言ったわね」

 

「それに対し自分は君へ"何かをするなら先ずこっちへ話を通せ"と言わなかったかい?」

 

「言ってたわね、でも提督の権限を借りる前の段階で話が行き詰ってて状況がそこまで進まなかったのよ」

 

「て言うかさ足柄君」

 

「……何よ」

 

「君にとって自分は将官権限を発動するだけの存在で、仕事的な物の判断は全て君の考える内で回そうとか考えてた訳?」

 

「えっ……別にそんなつもりは……」

 

 

 足柄が発した非難めいた言葉に返されたのは逆に咎められるという思いも拠らない言葉のカウンターだった。

 

 彼女は別に吉野をお飾りとして扱った訳でも無く、自分に出来る精一杯をやって助けを求めてきた者を救おうとしていただけであった、その為に寝食を削り、考えられる手は尽くしてきた、それは比喩では無く、彼女なりの精一杯の行動なのは間違いでは無かった。

 

 

「君はどんな手を使ってでも(・・・・・・・・・・)助けを求めてきた子達を救いたいんじゃなかったのかな?」

 

「当たり前じゃない、だから無理を通して呉から大坂に移ったのよ」

 

「なら何で自分で出来る事だけで全部を進めようとしたんだい?」

 

「え……何でって……」

 

「何でそこで自分を使わなかった?(・・・・・・・・・・) 問題を解決する為にどんな手でも使うんじゃ無かったのかい?」

 

 

 髭眼帯の淡々とした言葉に言い返す事が出来ず、その意味を頭の中で整理していく。

 

 確かに問題を解決するのに自分は今までやって来た経験を元に問題を解決しようと動いてきた、今まではそこから導き出された答えを実行するのに制限が掛かり、どうにも出来ないという悔しい思いをしてきた。

 

 しかし今回に限っては、その範疇では問題解決の糸口は掴めず、結局答えが見つからないままズルズルと現地入りしていたのは確かである。

 

 そしてその中には吉野に頼るという選択肢は無く、どちらかと言えば仕事の為動くのに必要な手段や許可を与えてくれる者としてこの司令長官の事を認識していたのは確かであった。

 

 

 そして彼女は気付いた、どんな手を使ってでも助けを求められたなら救うつもりだったのに、自分の出来る事という範疇でやるというのは、今までと同じ行動と何ら変らない物なのでは無いかという事実に。

 

 

「まぁ普段から仕事は適任者に投げっ放し状態の自分が言う事じゃないかも知れないけどさ、君は君の出来る範囲でしか物事を考えて来なかったんだろう、それは呉というある意味制限がある場で活動してきたのなら仕方が無い事かも知れない、でもね、それじゃダメだと思ったからウチに来たんじゃない? なら何で求めてた最大の利点を君は使わないんだろうね」

 

「あ……うん、そうね……その通りよね……」

 

 

 様々な思いと自己嫌悪に脱力し、力無く見る先には多くの者達と母艦を背にした髭眼帯の姿が映る。

 

 それは比喩では無くこの大坂鎮守府の主が持つ力であり、そしてそれは未知の海域を一日で落す程には戦える精鋭達であった。

 

 

「なら君は確認出来ただろう、これが自分の考える解決法であり、出来る精一杯だ、そして君がこれから誰かを救いたいと思った時、どんな手を使ってでもと思った時に使える最大戦力がこれだと認識するといい」

 

「ええ、そうね……有難う提督、お陰で目から鱗が落ちた気分よ、今度から仕事を進める時は……目一杯頼らせて貰うわ」

 

 

 何故か少し涙目になりながらも狼さんは歯を見せる様に大袈裟に微笑んで、それでも胸を張って言葉を返した。

 

 

 こうして馬鹿馬鹿しくも南洋にある一拠点の大袈裟な職場環境改善が実施され、大きく付近の勢力図を塗り替える事となったが、まだ職場環境保全課の仕事は終わってはおらず、足柄が受けた依頼の解決はこれから始まると言っても過言では無かった。

 

 

 

 そして事の発端となった二人の艦娘を救う為、同課は動き出す事になる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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