最適とは物事を切り捨て整理した状態を指すが、最良とは逆に不要な物を抱えるという一見して矛盾を含んだ物である。
目指した最良が成った時、全ての物へ目を配ればそこには複雑に絡み合った、もう解く事は適わない理不尽と歪さがあり、そこにあってこそ最良があるのだと言う事に気付く事になる。
それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。
2017/05/09
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きました黒25様、リア10爆発46様、拓摩様、有難う御座います、大変助かりました。
「提督、何してるの?」
春と初夏の間、昼暖かく朝晩が寒いという中途な季節。
年始からこれまで割りと色々があって忙しかった大坂鎮守府だが、拠点内の施設増築という件を除いては久々にゆったりとした時間が訪れている今。
執務室では急ぎの書類を片付けもうすぐ昼休憩になろうかという時間帯に、髭眼帯は書類とは違ったノート的な物に文字を綴りつつ、親潮が淹れた茶を啜っていた。
丁度酒保へ備品を買いに出ていた時雨がそれを奥の給湯室へ仕舞い込んで出てくれば、髭眼帯が何やらカキカキしている姿と、手元の何と言うか執務に使用するにはファンシーと表現出来そうな乙女ちっくなノート、その違和感に首を傾げてそれが何かという疑問を問う為に発した言葉が冒頭の言葉だった。
「うん? ああ交換日記をちょっとね」
「……交換……日記?」
「そそ、ちょっとせがまれちゃってねぇ、まぁ暇な時しか書けないよとは言ってあるんだけど」
軍事拠点の司令長官が言うにはイメージ的に物凄く違和感のある単語に少し眉根を寄せて、時雨は髭眼帯の手元にあるピンクのノートに視線を向ける。
割と達筆な吉野の文字が書き込まれるページの隣には、几帳面ながらも角が取れたやや丸い文字が並び、割とびっしりと書かれたそれは中々のボリュームに見える。
「誰と交換日記してるのかな?」
「ああ黒潮くんと速吸君だね、一冊のノートを順番に回して書くって変則的な交換日記なんだけどさ」
「黒潮と速吸ってクルイから来た?」
「そそそ」
話を聞けば、彼女達二人が大坂鎮守府へ保護されてからこちら既に半月は経ったが、その間彼女達へは鎮守府の殆どの者が面通し宜しく部屋を訪ね、特に同じ陽炎型である陽炎や不知火を始め、意外にも
一方鎮守府の長である吉野だが、実はクルイの攻略から暫くは忙しく件の二人とは顔を合わす機会すらなく、また時間が取れたからと初邂逅の為彼女達の部屋へ行こうとした処、周りの者からちょっと待ったコールが掛かり、実はまだクルイから来た二人とは一度も顔合わせをしていないという状態であったという。
「え、まだ提督あの二人とは会った事無いの?」
「うん、足柄君とか電ちゃんがさ、ヤバいから遠慮しろって言うんだよねぇ」
「ヤバいって何が?」
「うん……何か顔面が物騒だから、二人がショックを受けるかもって言うんだよ……ねぇ時雨君、自分の顔ってそんなに物騒に見えるの?」
「あー……物騒って言うか、うん、ちょっと色々派手かも……」
現在吉野の顔面は髭眼帯と称される様に、割とビシッとした口髭と、モミアゲに繋がる程の顎鬚が生えている。
しかも左眼は
元々モブ属性の吉野を少しでもそれっぽく見せる為に周りが色々と盛り込んだそれは、現在本人が当時より落ち着いた雰囲気になった為に割と違和感なく見れる様になったと長門が称する程の物になっていたが、それは逆に言うと
そんな話を要約してしまえば本人の属性は相変わらずツッコミモブから変っていないのだが、見た目だけのハッタリは充分なレベルになってしまったという悲しい結果が完成してしまっていたのだあった。
「うん、心が弱ってる子に見せるには提督の顔はちょっと刺激が強過ぎるかも……」
「くっ……髭か!? それともこの眼帯がいけないのか……」
取り敢えず全部なのではと小さな秘書艦は思ったが、割と仕事を離れた部分では豆腐メンタルな髭眼帯を思い遣って、その辺りは取り敢えず笑って誤魔化す事にした。
「全部だと思うよ、昔から流され易い性格が祟って見た目に合わせた立ち振る舞いを自然にしようとしてきた結果が、ガワがそんなになった理由じゃないかな」
「流され易いとか言わないでっ!? 提督これでも一生懸命努力したのにっ!」
小さな秘書艦の気遣いをハラショーが無残にも踏みにじった瞬間であった。
そんな感じで色々とゆったりとした一時は、それまで構う余裕が無かった髭眼帯の苦悩から始まった悩みが波及してしまい、またしても大坂鎮守府恒例のちょっとした騒動に繋がっていくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「そんな訳で、今回は提督のイメージチェンジに付いて皆の知恵を借りたいと思う」
大坂鎮守府艦娘寮地下一階、そこは軍務を離れたプライベートを面を支える施設が入った階であり、ランドリールームや縫製の為の作業部屋、または美容室やエステルームという部屋が入った区画である。
そこの中央に位置する美容室、元々無目的で区画割りされた中の一つに割り当てられたそこは、理容用の椅子と洗髪設備がセットになった物が八つ程並び、他にもパーティションで仕切った向こうはエステ用具が並ぶ、ある意味艦娘達の身嗜みを整える秘密の花園であった。
凡そ40畳の広さがあるその部屋は現在パーティションと諸々の設備が部屋の隅に移動され、備え付けの理容椅子には理髪用の水色ケープを装備した髭眼帯が何故か皮ベルトで手足を椅子に固定された状態でプルプル震えており、その周りには数人の艦娘が取り囲むという状態になっていた。
吉野が鏡越しに後方を確認すると十数名の者が居並び、長門がなにやら今回の趣旨を説明中という風景が見え、更に何故か椅子の脇には白衣にマスク姿という電が待機しているという、不安度メーターがグングンと上昇する
「イメージチェンジと言うと、例えばどんな感じにするっぽい?」
「その辺りの事を含め色々と試し、最終的には威厳を保ちつつ、誰にでも愛され、かつ爽やかな将官という見た目が構築出来ればと思っている」
「あの……長門君」
「む? 何だ提督」
「その……色々提督のイメチェンに協力してくれるのはあり難いんだけどその……今のほら、イメージの理想と言うかその辺り盛り過ぎな気がするというか、混ぜるな危険と言うか……」
「大丈夫だ、何事も試行錯誤を重ねて、丁度良い落し処を模索すれば案外何とでもなる物だ」
「いやそもそも髭とか髪って切っちゃうとどんどん短くなってくから、試行錯誤の限界回数があるんじゃないかって提督思ったりするんですが……」
「ああその事なら心配はいらんぞ、ほら電殿が一塗りで髪が再生する薬品や、ちょっと飲めば肌色や目の色が変化する薬とかも常備しているからな」
「何その無茶苦茶胡散臭いドーピングセット!? 提督どこまで見た目変化されちゃうの!? 待って、ちょっと君達落ち着いて!?」
身の危険を感じプルプル震えて突っ込みを入れる吉野の隣では、何故か青い手術用手袋を装着した電が両手の甲を見せる用に顔の前にかざし、これからオペしちゃいますよ的な雰囲気を醸し出している。
こうして艦娘達による春の提督イメージアップ大作戦というイベントは開始され、数々のアイデアと趣味趣向が織り成すカオスが吉野を襲うという事態へと発展していくのであった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「では先ず妙高と榛名によるプランだが……これは中々……」
「今回の案をご説明しますと、先ず6mm-3mmというパンチ処理を頭頂部に施しアダルティさを施しつつも、刈り上げという清潔感を盛り込み、更に側頭部にはイナヅマ形の剃り込みをワンポイントで配してオシャレも両立させるという物になっています」
バリカンとアイロンコテを其々手にした妙高と榛名に挟まれた吉野の髪型は、頭頂部だけがチリチリのパンチで他の部分が三枚刈りというある意味ヤンキーっぽい髪型となっており、更に側頭部にはサッカー選手が入れそうなカミナリマーク状の地肌が見えるという有様になっていた。
周りを取り囲む者達はおおーと感嘆の声を漏らし注目するが、それを施された吉野自身は何故か物凄く真面目な相で微動だにせず、ただ眉根を寄せて鏡に映る自分を凝視している。
「えっと妙高君……」
「はい何でしょう提督」
「うん……気合入れてパンチなのはうん……まぁアレだけど、このイナズママークは公の場に出るにはちょっとアレかなぁって提督思うのですが……」
「そうですか? ワンポイントがとても可愛らしいと思うのですが……」
「うーん、マーク的な物だからいけないかも知れませんね、ではこれでどうです?」
髭眼帯のクレームに即応し榛名は電に頼んでサササっと毛生え薬でイナズママークを消去、そしてバリカンでビビビーっと右側頭部から左側頭部へ掛けてぐるっとラインを刻んだ、それも三本も。
「うむ、これなら違和感が無いな」
「何が!? むっちゃ被害拡大してるよコレ!? 色んな意味でもっと提督公式の場に出れないカンジになっちゃってるから考え直して!?」
「ラインを二本に減らしてバランスを取りましょうか……」
「いやラインとか以前に諸々バリカンアートするのから離れて!? もっと穏便に!」
「バリカンがダメならこうやったらいいんじゃないかクマ?」
球磨が電の薬品をベッタリと刈り上げ部分に塗りこみわっさーと髪をロングにし、それを整える。
そうして頭頂部はパンチヘアー、そしてサイドがロン毛という別な意味でカオスなヘアーが誕生する。
「それだと頭頂部とバランスが取れませんねぇ……じゃ上はこんなカンジでどうでしょう?」
「うーん何か色合いが地味っぽい、ちょっと染めた方がいいっぽい」
わちゃわちゃと球磨がやった後に大和と
因みにパーマをする際使用するパーマ液は頭皮にそこそこのダメージを齎し、それを洗い流すまで痒かったり痛かったりとそこそこ我慢を要する事になったりする。
そしてそんな「カユッ!? イタッ!?」と髭眼帯が悶絶する事数分、次に完成したヘアーは極ありふれたパーマヘアーとなった。
主に茨城とかで見掛ける特定の方達がしていそうなヘアーだが。
「出来たっぽい」
「……夕立君」
「どうどう提督さん? 夕立頑張ったっぽい! 褒めて褒めて~!」
「ああうん努力は認めるけど……こんな髪型で提督大本営とかの会議に出席するとちょっと後々不都合が起きる気がするんだけど……」
「金髪がいけないのでしょうか?」
「いや大和君、色だけってピンポインツな物じゃなくてさ……うん、根本的にこのヘアーってもう
軍の舵取りをする将官達が集う大本営の会議、それは比喩では無く軍内の全てを決定する正に日本の生命線を決定付ける重要な場である。
日々国を憂い、そして艦娘達の命を削る事に心を痛めつつも心を鬼にして熱い議論を交わす場でボツンと生えるトウモロコシ、それも一人だけ攻めの姿勢という別な方向に気合が入っちゃった状態、ある意味それは別な意味で周りから憂うという感情を向けられる対象となってしまう危険性を孕んでいた。
「fum……何かJAPANのAdmiralってカンジにしては軽いと思うんダケド」
「そうね、私もアイオワと同じ意見なんですけど……」
「ふむ、なる程、大和男児が変に西洋かぶれだとそれはそれで威厳が無い印象が持たれるかも知れんな」
「それじゃ一端剃って髪を元に戻しましょうか」
再び榛名のバリカンが唸りを上げ、長門がツルツルに剃った後に電が薬で毛を生やすという流れ作業でロン毛提督が出来上がる。
「日本男児的な髪型と言えば……こうだろう」
「なる程、ではここはこう剃れば良いのか」
「まぁそうなるな」
「Oh my god! これは……サムラーイ!」
「いや何で髷結ってんの君ら! 提督何か柳○十兵衛みたいになってるし!」
「いや、これなら大本営の会議に出ても大丈夫なのでは無いか?」
「全然大丈夫じゃないよ!? むしろさっきとは別な意味で提督ダメな気がするんですけど!」
「まぁそうなるな」
「気付いてたんなら髷なんか結わないで師匠!」
軍の舵取りをする将官達が集う大本営の会議、それは比喩では無く軍内の全てを決定する正に日本の生命線を決定付ける重要な場である。
日々国を憂い、そして艦娘達の命を削る事に心を痛めつつも心を鬼にして熱い議論を交わす場で突如現れる眼帯の剣豪、トウモロコシと比較すればそれは遥かにマシと言えるかも知れないが、そもそも軍という近代化された組織内で侍という旧態然とした存在はある意味浮いた存在となる危険性を孕むと言うか、ぶっちゃけどこに居ても浮いてしまう存在と言えるだろう。
「て言うかそもそも提督の見た目的な話って、黒潮と速吸に会うのに見た目がアレだからどうにかならないかなって事から始まったんじゃなかったのかな……」
「何だそういう事か、なら簡単では無いか、眼帯をもっと普通な感じの物に取り替えて、髭を剃れば大分マシになるのでは無いか?」
「
「金剛君は提督の事髭の添え物程度にしか思ってないと言う事を今理解しました……」
「いっそ医療用の眼帯付けて、髭を隠す為に電ちゃんが付けてるみたいなマスクしたらどうかと僕は思うんだけど」
「それって別な意味で怪しいと思うクマ……」
「司令官! 青葉に妙案があるんですが!」
妙ににこやかにカットインしてきた青葉を髭眼帯は見る、そのアオバワレの手には嘗て彼女と初エンカウントした時に吉野が装着していた
確かにそれを装着すると言う事はイカツイ顔面をカバーするという目的には沿った装備と言えるだろう。
しかしそもそも威圧感を与えないという大前提はそのマスクでは逆効果と言うか、鎮守府の中でそんなジェイ○ン風味(Black)なブツを装備して徘徊する提督と言うのは色々と問題があるのではと吉野は思った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「んで結果を言うとだな、アイツら二人はお前の顔をクルイの一件で見た事あるらしいから、変に気を回さなくていいからな?」
結局あれから数回イメチェンチャレンジを敢行したものの、中々方針が固まらずタイムアップとなり、現在髭眼帯はどんなヘアーにでも出来る様にロン毛を後ろで三つ編みに纏め、執務室でハカセと諸々の件で話し合っていた。
「……て言うかそういう事知ってたら先に言って欲しかったんですが」
「いや私はお前に何も言って無いだろ? むしろそんな面白い事になってるなら参加したかったんだが」
「参加してどうするつもりなんです?」
「ん? そうさね、私ならほら髪型とか色だけじゃなくて、パーツの形とか位置を変化させたりとか」
「それって普通に整形とか言いませんか?」
たまにはイメチェンで顔パーツを弄ったらどうだと本気か冗談か判らない事を言いつつケラケラと笑うハカセを前に、髭眼帯は大きく溜息を吐いて手元の書類を投げ出した。
結局の処周りの者が色々と気を回し過ぎた騒動があった訳だが、当の黒潮と速吸はわざわざ忙しい中病棟に足を運んでもらうのが忍びないという理由から、気を使っていつでも暇な時に出来る様にと交換日記という古風な手段を用いて髭眼帯とのコミュニケーションを取った訳だが、それが余計に周りの者の誤解を生むという結果に繋がったというのが今回の騒動であった。
「まぁ元々アイツらが居た拠点の提督ってのはずっと仕事に忙殺されてまともに艦娘と話す暇も無かったらしいからね、そんな姿しか見た事が無い者からしてみりゃこんな変化球を投げるのも仕方が無いっちゃ仕方が無いんだけどさ」
「成る程……じゃこれって逆に彼女達に気を使わせているって事なんですね……」
「そんなに気に病む事は無いと思うけどね、ただアイツらはお前に会いたがっているってのは確かだね」
「あーそれはまぁ、こっちに移動してきて半月も司令長官が顔見せなきゃ不安になっても仕方ないですよねぇ」
「それもあるけどさ、その"会いたい"ってのには別な意味も含んでると思うよ?」
「別な意味?」
首を捻る髭眼帯を前にハカセは煙草を咥え、紫煙を肺に送り込むとたっぷり間を取ってそれを口から吐き出した。
そして続きの言葉を待つ吉野も珍しく胸ポケットから煙草を取り出し、それに火を点けて椅子に身を沈める。
そんな様を横目で見つつ、いつもの軽い感じの雰囲気で話すハカセの言葉は、髭眼帯が想像もしなかった黒潮と速吸という二人の艦娘が見たあの時の、吉野にとっては何でもない時間を切り取り言葉にした物だった。
「錚々たる面々が居並ぶ港でさ、母艦の上から抜錨の言葉を言ったお前の背中がアイツらは忘れられないんだとさ」
「はい? 背中……ですか?」
「ああ、アイツらが見る提督ってのはそれまで執務室で俯いて、じっと耐えてるってイメージが強かったらしくてね、それに対して見た事も無い程大規模な艦隊と一緒に海に出るヤツってのは相当インパクトがあったんだろうよ」
濃紺を凪いだ一団へ号令を下す白い軍装の者は、漆黒の母艦の艦上で遥か沖、クルイの艦娘にとっては死が広がっている海の向こうを指し示していた。
それは例え強力な戦力を有していたとしても、命を落とす危険性を孕み、現在の軍でも余程の事が無い限りは見られない風景だとも言える。
しかしそれでも艦娘と共に抜錨し、あまつさえ敵首魁を仕留めた上で誰も脱落させずに帰還したと聞き、絶望の淵に居た黒潮と速吸は驚き、そして抜錨の時に見た指揮官の背中を更に強く、心に印象付ける事になったと言う。
「お前達が戻ってきた時はクルイの連中は喜んだと言うより、張り詰めた物が緩んだって感じで皆呆然としてたけどさ、あの二人だけは号泣してたっけか……」
ほんの一日前には絶望しか無かった状況が一変し、喜びや安心よりも、今まで耐えてきた何かを崩壊させた二人は感情を押し殺す事が出来ずにただ声を上げて泣くしか出来なかった。
そしてその後は心の整理も付かぬ内に眠らされ、目が覚めたら遠く内地の鎮守府に居た。
「曲がりなりにもお前はアイツらの心の支えになっちまったんだ、その期待は裏切るんじゃないよ」
「心の支えですか、それはちょっと責任重大ですねぇ」
「んー……その辺りは変に意識せず、ってか難しく考える必要は無いさ、他のモンと同じ分け隔てなく接してやればいい、但し……」
「但し?」
「暫くはあんまり深く踏み込む事は避けた方がいいね、今の不安定な精神状態で構い過ぎたらお前に依存しちまう、もう時雨みたいなヤツを生み出すのはお前にとってはご免だろ?」
「それは確かに……」
ハカセの言葉に苦笑しつつ髭眼帯が見る先には、ずっと話を聞いていた時雨が笑う姿が見える。
本来ならそんな者を前にする類の話では無いのだろうが、この小さな秘書艦は自分がどんな状態なのか、自分が普通では無いという自覚を持っている事を吉野もハカセも知っているからこそ、敢えて隠す事も無く少し歪な話を口にしていた。
「提督の背中に三人じゃちょっと狭いしね、僕がぶら下がってる位が丁度いいんじゃないかな?」
「ホントお前も変ったヤツだよ、自分が普通じゃ無いって自覚した上でそんなに飄々としてるなんてさ」
「ん~でも悩んだって仕方ない事だし、どうしようもない事を考えるよりは現実を受け入れた方が生産的だと思うんだけど」
「お前なぁ……自分が何言ってるのか理解してるのか?」
「うん、提督が居ないとボクは今の黒潮達より酷くなっちゃうって事でしょ?」
あっけらかんと口から出た言葉に髭眼帯は溜息を吐き、ハカセは珍しくイラついた様子で頭をバリバリと搔いた。
艦娘という者達は人よりも遥かに長く生きる者で、一部の研究者の間では寿命という概念が存在しないのではとまで言われている。
そんな現実を照らし合わせれば、この時雨という小さな秘書艦は吉野という支えが寿命で居なくなればそれと運命を共にするという事になる。
納得していると言う、言葉にすれば簡単な物だが、それは刹那的で破滅的な考えには違いない。
元々艦娘という存在を対等の者とはせず研究対象として見てきたハカセでさえ眉を顰めるこの関係性は、艦娘という存在が出現して以降それまでに無かった程の強い絆を生み出し、大坂鎮守府という集団を他では類を見ない強力な戦力へと変貌させていた。
「特定個人が指揮を執る事で戦力の底上げが成っている拠点、そう言えば聞こえはいいけど、コイツが居なくなったら全部パーだとかシャレになってないよまったく……」
こうして内部からでしか気付けない歪な構造を見せる大坂鎮守府は、軍内では既にひっそりと存在する事は出来ず、この後軍内で大幅に派閥の色分けが変化した煽りを受け今までになかった者達と関係を持つに至るのだが、それは意外な方面からの物であり、そしてその時は意外とすぐに訪れるのであった。
誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。