大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 人間関係というのは個人的な面で言えば情が先に立ち、大局的な面で言えば利害が先に立つ。
 組織内もそれと同じく個々での関係は個人的な物で繋がる部分は多いが、それが職務を介した物になればまるで逆の物で関係性が成立する事になる。
 大坂鎮守府という組織を立ち上げ足場を固めた吉野は変化しつつ軍の中で、自分と繋がりのあった上司と共に先を目指すのか、それとも別の道を歩み袂を別つのか、その決断は本人が気付かないだけですぐそこへと迫っていた。



 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。

2017/05/10
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。






軍の中で生きると言う事

 

 

「で、現在の新規施設建設の進捗状況は弓道場が6割程、北部の教習施設は実技用機材の搬入待ち状態って事でいいのかな?」

 

 

 大坂鎮守府執務棟、二階の最奥にある執務室では今日も髭眼帯が執務を繰り広げそれなりに頭を抱えている。

 

 その理由は少し前に新規海域を開放し、南洋方面軍との間で諸々の話を取り纏め、更にその結果報告と新たな人員配置やら管轄海域の移管申請やらで多忙を極め、それに関連しての来客だの打ち合わせだので混沌としているというある意味自業自得が招き寄せた物であったが、ほぼ一ヶ月を掛けて漸くそれらの根回し関係は終了しつつあった。

 

 しかしそれらはただ手続きをしただけで終わりでは無く、関係各所への挨拶回りや打ち合わせというある意味一番面倒な部分がまだ残った状態であり、それらはヘタをすると数ヶ月を掛けての折衝になる事も予想される為、取り敢えずはややこしい辺りから話を進めようと髭眼帯は段取りを始めたのだが、現在何かしらの事案が発生している大本営内部のゴタゴタが予想以上に深刻な状況になっている煽りを受け、中々その辺りは進展しないという事で現在は髭眼帯の仕事は処理しているのにいるのに消化されないという状態になっている。

 

 そんな混沌としている執務の合間、丁度今日も事前に会談の調整をしていた相手からのキャンセルの一報を苦い顔で聞き、電話を置いた処で長門が報告書を持参してきたのを受けて気分転換にとソファーへ移動し、茶を飲みつつ報告を聞く事にしたと言うのが現在の状況である。

 

 

「弓道場の建屋はほぼ完成しつつあるのだが、どうにも陣の安定がままならんらしくてな、今暫く龍驤と加賀、それと大鳳が交代でそれに務めるという事だ」

 

「あー、やっぱ元々何も無いとこに霊場を開くのは無理があったって処なのかな」

 

「それもあるだろうが、アイツらの設計にある仕様要求が高過ぎるのがそもそもの原因なんじゃないかと鳳翔は言っているな」

 

「え? そうなんだ」

 

「ああ、あの手の事は私も門外漢だし結局は当事者しか詳細が判らんのは仕方が無い事だが、それでもこのままズルズルいく様なら一度話を詰め直す必要があるんじゃないか?」

 

「うーん、でも出来るという確信があるから彼女達は作業してるんでしょ?」

 

「その辺りの判断が我々では出来ないというのが難点だな……」

 

「そんじゃ後で鳳翔君にその辺り聞いてみるから、また何か問題があったら龍驤君とは話を詰める事にするよ」

 

「うむ、そうしてくれると助かる、このままでは哨戒のシフトに穴が開いたまま他に影響が及ぶ可能性があるからな」

 

 

 鎮守府敷地内西側に建設中の航空母艦用施設群と呼ばれる物は、数々の作業を行う霊的工廠を始め航空母艦の練兵場も併設する総合施設群として着工していた。

 

 それは大型拠点では普通に設置される施設ではあったが、元々人工的に作られた島である大坂鎮守府にそれらを設置すると言うのは何もかもを一から用意するという手間を経てから漸く出来上がる代物でもある。

 

 更には吉野達が認知している状況では無かったが、今龍驤達が着手している施設の規模は現在軍内では厳島神社(いつくしまじんじゃ)に大工廠分署を持つ呉と、日本三代八幡宮とされる石清水八幡宮(いわしみずはちまんぐう)の分社を持つ舞鶴が持つ霊的工廠の規模を基準に作業が進められているとあり、それを整えるのに龍驤を始め空母組の者は掛かり切りでその作業に追われている状態であった。

 

 なまじ目に見えない物の規模を推し量る事が出来ない為、まさかそんな大袈裟な工事が行われているとは知らない髭眼帯は後にまた色々と悶絶するハメになるのだが、それはまた後日の話になる。

 

 

「次に艦娘用の資格取得用の総合教習所の件になるのだが、こちらは施設自体はほぼ完成しつつある」

 

「うん、自分も見てきたけどあれってさ……思ったより大型の施設になっちゃったねって印象はあるかなぁ」

 

「まぁ車両系から建機、そしてフォークリフトを始めとする特殊な物を網羅してしまうと、どうしてもあの規模になるのは仕方あるまい、しかしここでも問題は発生して作業は中断している」

 

「……教習用の車両や建機の選定が進まないって話だね」

 

「と言うよりそれらを含め、業務を進める上で必要不可欠な教官が居ない状態が全ての原因となっているな」

 

「その辺りは大本営にお願いして民間からの出向か、こっちから人員を出して教務資格の取得をさせて貰う手筈だったんだけど……」

 

「ああ、それは例のゴタゴタが響いてしまいその話が進んでいないと?」

 

「だねぇ、元々民間人の出向って話は無理があると予想はしてたんだけど、まさか資格を取得する為に関係各所へ手続きする為の話その物が宙ぶらりんになるなんて思ってもみなかったからさ、もーどうしようかと……」

 

「提督の(つて)でその辺りは何とか出来ないのか?」

 

「うーん、その系統って艦隊本部の管轄だからヘタにやっちゃうと後々面倒な事になっちゃうんだよねぇ」

 

「その艦隊本部が今のゴタゴタを引き起こしている原因と聞いてはいるが、それはまだ沈静化の見込みは立たない様だな」

 

「らしいねぇ、こっちも色々と探りは入れてるけどさ、多分その辺り首突っ込んだら只じゃ済まない感じなんで、今はどうにもなんないかなぁ」

 

 

 艦隊本部が抱える艦娘研究機関、通称『技本(ぎほん)』を発端とした大本営内部の騒動は、業務の混乱による軍務の遅延に始まり、更に施設に何かしらの物理的問題が発生したのか外部よりの出入りも制限するという厳戒態勢を発令する事態へと発展していた。

 

 それらは強固な情報統制により外部の者が知る術も無い状態であったが、吉野自身もその情報を探る事に躊躇し、実は大坂鎮守府でも事態の詳細は未だ掴み切れてはいない状況にあった。

 

 それは単に情報取得の難易度が高いという類の物では無く、その情報を統制しているのが艦隊本部と、そして大隅巌(おおすみ いわお)麾下にある特務課、つまり吉野の古巣も噛んでいるという事にある。

 

 元々艦隊本部とは対立派閥の筆頭である大隅が今回のスキャンダルとも言える情報を秘匿するのに関与している理由は単純で、現在軍を二分している派閥は艦隊本部を筆頭とする鷹派と、軍令部を頭とする慎重派であるが、その片方である鷹派が弱体化し軍の体制が慎重派に傾く事を良しとしない為であった。

 

 派閥とはそれ単体では成り立たず、対立する派閥という物が無ければ存続が出来ない。

 

 それは互いの力関係が拮抗すれば安定し、どちらかに傾き過ぎれば瓦解する、もし鷹派という派閥が瓦解した場合、派閥が消滅したとしてもそこに属した者達が軍から去るという事は無く、結局それらの者は新しく派閥を作るか慎重派に取り込まれるだけとなる。

 

 そして鷹派という派閥が消滅した場合、慎重派という集団も同時に内部分裂を起こし混乱に拍車が掛かるのは間違いないだろう。

 

 派閥とは自分と思想が同じくする者達の集い等では無く、多くは対立する意見を持つ者達に対して対抗する為に寄り集まった集団とも言える。

 

 それは基本的に"敵の敵は味方"という思想であり、多少の思想の違いは妥協して行動している状態である為に、対立する存在が消滅すれば今度は今まで徒党を組んでいた者達との間にある思想の違いから、自然とそれらとの関係性を共闘関係から対立関係へと変化させていく、そうしてまたより近しい思想の者同士が組んでいく事になり、結果として其々は袂を別つ事になって新たな対立派閥を生む事になっていく。

 

 そうなれば新たな対立関係が生まれるだけでは無く、己達の内情を知っている者達が敵となったり、現在味方だと認識している者が内通していたりという混沌が出来上がり、その関係把握から整理、始末へと大隅にとっては今まで積み上げてきた事を全て一からやり直さねばならなくなる。

 

 故に派閥を維持する為には力関係が拮抗し、尚且つほんの少しだけ自分達よりも弱い、それが理想的な形となる為、現在大隅は鷹派を分裂させず、尚且つこのスキャンダルで少しだけ弱体化の目がある状態で鷹派を維持する為、今回の件へ介入をしているのであった。

 

 

「まぁ大本営のゴタゴタは横に置いとくとしてさ、その教官の件なんだけど…… ここだけの話、別方面から打電はあったりはするんだけどさ」

 

「ふむ、その言い方では何かその話に問題があるという事か?」

 

「それなんだけどさ長門君、輪島博隆(わじま ひろたか)って少将さん知ってる?」

 

「知っているも何も輪島少将と言えば鷹派でも指折りの武官じゃないか…… ってまさか」

 

「そのまさかなんだよねぇ、んでその輪島さんってこの揉めてる最中なのに大本営付けから配置転換で舞鶴鎮守府司令長官に任命さたらしくて、内地の鎮守府司令長官の任に就くって例の慣例で中将を拝命してから近々現地入りするらしいんだけどさ」

 

「舞鶴と言えば鷹派の押さえている拠点だから足場固めの為と思えばその人事に違和感は無いが…… しかしその輪島殿が何故ウチへ絡んで来るのだ」

 

「そこが謎、正直鷹派の中でも一番ウチとは縁遠い人の筈なんだけどさ、いきなり連絡してきたと思ったら『一般資格の教練教官を探しているならウチの香取と鹿島はどうだ?』だもんねぇ」

 

「何だそれは…… その辺りに関して提督には何か心当たりは……」

 

「無い無い、だからどうしたモンかって頭抱えちゃってるの」

 

「ふむ…… 今の大本営で起こっているゴタゴタを考えれば、提督へ繋ぎを付けて鷹派へ引き込み形勢逆転を狙う算段か、それとも単に舞鶴入りする前にウチへ間者を紛れ込ませ内部事情を探らせるつもりなのか」

 

「その輪島さんってのはどちらかと言うと敵味方はっきり分けるタイプの人みたいで、搦め手関係も嫌ってる感じだからそんな手を使ってくるとは思えないんだよねぇ」

 

「確かに噂では武人然と言うか、武官を地で行く人物という話を聞いた事もあるが…… 提督が調べた範疇でもその通りだったと?」

 

「正にその通りの人物でした、って長門君良くその辺り自分が調べてたって事判ったね」

 

「まぁ今の話を聞いていれば提督の事だからな、その辺りは既に何かしら段取りをしているからこそ私に話を振ったんだろう? で? 私は何をすればいい?」

 

「ん、話を受けるか受けないかの基準が今は判明しない以上直接話をして判断するしか無いと思う、だからその場には君も"鎮守府を切り盛りしている艦隊総旗艦"と言う体で同席して欲しい」

 

「相手が直接的手段に出る可能性も考えてる訳か、で、身辺警護は時雨だけでは足りないと?」

 

「相手は香取、鹿島という艦娘二人を伴っている、そして本人も割と有名な剣客でもあるらしいから……」

 

「なる程、ウチで話をする場合相手は賓客扱いだから応接室を使わねばならんし、そこには秘書艦である時雨しか同席が出来ないからという事情を汲んでか」

 

「そそ、総合的な面で遅れを取る事は無いだろうけど、流石に相手将官を無力化しつつ、最悪練習巡洋艦とは言え二人を同時に相手するにはちょっと時雨君だけでは手が足りないしねぇ」

 

「なる程、確かに話がその練習巡洋艦二人の編入に関してだから会談の場から排する事は出来ないな、しかし提督よ」

 

「ん? 何?」

 

「私を頼ってくれるのは嬉しいのだがな、何かあったら他人に守って貰う気満々の布陣をさも当然の様に段取りするのは、正直軍人としてはどうかと思うぞ?」

 

「達人とか言われてる人相手に君は提督が自分の身を守り通せるとでも?」

 

「……すまん、無理を言うつもりは無かったんだ……つい提督の技量を忘れて常識が口を吐いて出てしまった」

 

「うんそうね、納得して貰えたら何よりです、そんな訳でいざとなったら助けて下さい、でないと提督瞬殺されてしまいます」

 

 

 こうして長門の報告から始まったきな臭い話は最後は髭眼帯の情けない面を当然としての護衛という事に及び、後日鷹派の武官筆頭と称される者を迎え、長く始まる変化の日々へと繋がっていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そんで? その話から何で"司令官決戦仕様"の試し撃ちがここでって事になるん?」

 

 

 鎮守府施設群西側。

 

 大阪湾が一望出来る広い敷地に建築中の航空母艦用施設群にある射撃場、そこは弓術を用いて航空機を召還する艦娘と同じく、大鳳やサラトガの様な射撃兵装を用いて航空機を召還する者達の訓練用に建設された施設である。

 

 弓道場も射撃場もその用途上固定された天井があっては不都合な面もあり、射座周辺は展開式の天井が設置されてはいるが、現在はそれも開放されて青空が見える状態になっている。

 

 ターゲットまでの距離は100m、設置は一面だけの物であるが射座は六つ設置されており、ターゲット周辺は土塁や耐爆素材で固められた無骨な見た目を晒している、そんな射撃場は隣接する弓道場とは違って軍事施設というイメージが強い雰囲気になっていた。

 

 そしてその射撃場の射座中央辺りの一区画にはちょっと大き目の机が設置され、様々な銃器類と弾薬を山積みにした状態になっており、更に脇では髭眼帯が久々に例の鎧武者風の耐爆スーツを身に纏った状態で持ち込んだ銃器に弾薬を装填していた。

 

 その脇ではつい今しがたまで施設地下の陣を安定させる為詰めていた龍驤が大鳳と交代し表に出てきたばかりであり、ヘロヘロな状態で握り飯を齧りつつ鎧武者に対して突っ込みを入れているというカオスが広がっていた。

 

 

「いやほら、執務棟地下のシューティングレンジじゃハンドガンの調整位しか出来ないしさ、ここなら距離は充分だから丁度いいかなって」

 

「ほーん、なる程なぁ…… でも司令官?」

 

「ん? 何かな?」

 

「その来客と会うんはどこぞの人里離れた荒地とか山ん中なんか?」

 

「いや? 応接室だけど?」

 

「んなら司令官はその人と会う時応接室にライフルとか機関銃とかRPGとか持ち込んでお話するのん?」

 

「はっはっはっそんな訳無いじゃない」

 

「あっはっはっせやなぁ、そんなモン室内でぶっ放したら司令官もただでは済まんしなぁー」

 

「だねぇ、ヘタしたら提督まで木っ端微塵になっちゃうよねー」

 

「んなら何でそんな物騒なモンにまで弾込めとんねんっ!」

 

 

 お握りをモグモグしつつズビシと水平チョップばりのツッコミを入れるまな板の前では、鎧武者がM202ロケットランチャーへM74ロケット弾を装填中という訳の判らない絵面(えづら)が展開中で、更にその脇ではメロン子がキラキラしつつ弾薬を積み上げ、何故かちょっと後ろではピクニックシートを広げた暇な一団がお弁当を展開して物見由山状態である。

 

 因みに龍驤がモグモグしている握り飯もそこから掻っ攫ってきた物であるのは言うまでも無い。

 

 

「いやほらここって距離もそうだけど、耐爆仕様な上に結界とかが張ってあって爆発物を使用しても大丈夫なんでしょ?」

 

「確かにそうやけどな、うちが聞きたいんはここを使う理由やのーて、何で司令官がロケットランチャーにウキウキ弾込めしとるんかって事なんやけどな!」

 

「あーそれね、んとほら、提督が昔所属してた課って作戦立案された時に計上された装備以外は基本自腹で揃えなきゃいけなかったんだよねぇ」

 

「……そんで?」

 

「んでさぁ、提督アウトレンジで決めちゃう派の人だから、どうしても作戦に合わせた銃器とか揃えないといけない場合が多くてねぇ」

 

「ああまぁ体力的にひ弱やったらそうせなあかん時もあるかも知れへんなぁ」

 

「でさ、作戦の中には一度きりしか使わないブツとかもある訳なんだけど、その時買った予備弾とかずっと使う機会がなくて、武器ロッカーのこやしになっちゃってたんだよねぇ」

 

 

 ハハハと笑う鎧武者から視線を移すと山の様に積み上げられたブツの数々がまな板の視界に入る。

 

 それはどう見てもロッカーの一つや二つに納まる量では無く、またそれらはハンドガンに始まり重機関銃やらロケットランチャーだけでは無く、榴弾砲だの迫撃砲だのという火砲までズラズラと並んでいる。

 

 確かに特務と呼ばれる類の仕事は困難を極め、失敗の許されない物という事は龍驤も理解する物であったが、武装装甲車で牽引しなくてはならないブツやら、数km先を狙う滑空兵器を使わねばコンプリートが出来ない案件とは一体どんな物なのだろうかとささやかな胸の前で腕を組み、まな板は首を捻る。

 

 

「なぁ司令官…… これ、全部武器ロッカーから出してきたて…… ちょっと量的に無理があるんとちゃう?」

 

「提督の武器ロッカーって名前がロッカーになってるけど、広さはガレージ三つ分位あるんだ」

 

「それもうロッカーって言わんのとちゃうかなってうち思うんやけど」

 

「そうしないと保管申請が通らないから無理矢理ロッカーって事にしたらしいよ?」

 

 

 せっせと給弾する鎧武者の横では時雨がまな板の至極真っ当な質問に答えつつ、メロンから流れてきた弾薬をバケツリレーでハラショーに手渡し、それが親潮の手で設置される事で着々と兵器の山が積み上がっていく。

 

 

「あーちょっと休憩、一服入れようか」

 

「うん、じゃちょっと僕達飲み物とか何か摘める物取ってくるね」

 

「よろしく~」

 

「えっと提督、まだ87にかなり残弾あるんですけどどうします?」

 

「そうなの? ん~射座にアレ進入出来る?」

 

「今なら工事用物資搬入口を迂回してくれば何とか」

 

「んじゃセコセコ運ぶのもナンだし直接ここに乗り付けちゃって」

 

「了解です~」

 

 

 そうして怪訝な表情のまな板を残し、着々と何か物騒な準備は整いつつある。

 

 

 燦々と陽が降り注ぐ青空、爽やかに吹く風、そして目の前には何故か体のあちこちに銃器をセットして屈伸運動をする鎧武者、正に意味不明状態である。

 

 そんな絵面(えづら)を前にまな板は更に眉間の皺を深くし様子を伺っていると、微かな振動を感じると共にキュラキュラという耳障りな金属音が耳に届いてくる。

 

 グルンと音のする方に首を向けるとそこにはオーライオーライとガードマンさんが手に持つあのピカピカ光るラ○トセイバーっぽいアレを片手に車両を誘導する親潮の後姿と、その向こうにはゴゴゴゴという効果音が張り付きそうなゴツい箱型の物体が見える。

 

 その巨大な鉄の箱を確認すると眉間の皺が消え去り、変りに眉尻を跳ね上げピクピクさせた龍驤はその様を凝視したまま、後ろに居るであろう鎧武者に対し事の次第を問い質す事にした。

 

 

「なぁ司令官……あれ何?」

 

「ん? あーあれは87式砲側弾薬車だね」

 

「弾薬車ぁ?」

 

 

 87式砲側弾薬車

 

 それは弾薬を運搬する為に陸軍が運用している車両である。

 

 幅約3m、全長7m強、高さは凡そ3mの箱型車両は舗装が途切れた原野でも走破が可能な様に無限軌道、つまりキャタピラを駆動系に備える車両であり、用途は自走砲に随伴し戦場にて弾薬補給を担う移動弾薬庫である。

 

 車両には内部に積載している大型榴弾を懸架する為のクレーンが装備されていたり、自走砲に横付け出来るならオプションを使用してそのまま直接自走砲へ弾薬を装填できちゃったりもする、野戦特科の頼もしい縁の下の力持ちさんなのである。

 

 そんなゴツいのがキュラキュラと親潮の誘導でバックしつつまな板と鎧武者の前で停止すると、運転席からメロン子がウキウキと降りてくる。

 

 

「提督、残弾確認しましたがまだ4割強はありそうです」

 

「そんなに? んじゃ装填とかの時間入れると今日中に撃ち尽くすのは無理かなぁ?」

 

「ちょい待ち! 撃ち尽くすって何やねん! アレに何発弾ぁ積んどんねん!」

 

「ん? 積載量? どれ位だっけ?」

 

「えっと何t残ってましたっけ……」

 

「トン!? 発やのーてトン!?」

 

「いや全部撃ち尽くす時間も無いしそんなに大袈裟な事にはならないと思うんだけど」

 

「いやこれって時間一杯ドンパチするつもりやろ!?」

 

「あのー…… 提督」

 

 

 激オコ状態の龍驤を見て夕張が鎧武者とヒソヒソ話を始める。

 

 それは時折チラチラとまな板を見つつうんうんと頷く感じのモノであり、時間経過と共にメロン子の表情が生暖かい物へとなって行くのを龍驤は見逃さなかった。

 

 普段から表情が豊かと言うか考えた事が4KTVよりクッキリハッキリ顔に出てしまうメロン子のそれは、龍驤という艦娘の触ってはいけない逆鱗をなでなでし、更なる混沌を生み出す事になってしまった。

 

 

「なんやメロン、言いたい事あんならはっきり言いや」

 

「えっとそうですよね、すいません調子乗ってました」

 

「……何が?」

 

「いえまだこちらは建築中であり訓練施設ですから、余り大量の弾薬消費は施設にその……影響が出るかなぁって」

 

「ん? それどういう意味やねん」

 

「えっとそれでどの武装までが使用OKでどの武装から使用NGなのか教えて頂けたらなーって」

 

「いやどれからどれて、式はもう組んであるから施設的には何も問題無いけどもやな、後始末とか諸々考えたらな…… っておいこらメロン! 何生暖かい目ぇでこっち見とんねん! 別に強度的に問題はなんも無いっちゅーとるやろ! 何か言いたい事あるんならハッキリ言わんかいっ! 司令官も何カクカク頷いとんねんっ! うちの組んだ式はそんなヤワないっちゅーねん!」

 

「あーうんうん了解したよ龍驤君、それでどの程度の物はOKなのかな?」

 

「せやから何も問題ないっちゅーとるやろっ! アレか? 実際見せんと信用せーへんってヤツか? おーそんなら上等や標的外の部分はうち謹製の防御陣組どるさかい影響無いからな! 今からそれ証明したる! いくで皆! 航空戦隊フラット5! 抜錨や!」

 

 

 掛け声と共にスポーンと服をキャストオフし、胸に『うょじうゅり』と書かれたゼッケンが張り付いたスク水姿になるまな板。

 

 それは今までの取り敢えず的な作りの物では無く、体のサイドにも白い二本のラインが入り、その間には『FLAT DRAGON』という銘も入るという専用デザインとなっているが、ぶっちゃけそれは伊14(イヨ)のスク水デザインをパクったブツであり、スク水はスク水以上の何物でも無かった。

 

 そんなブツを装備したまな板は例の獣の構えでポージングをするが、掛け声とは裏腹に他のメンバーが集合する事は無く、結果的にそれはソロプレイ状態であった為に航空戦隊は戦隊では無くなり、ただのフラット1にしかなっていなかった。

 

 

「あの…… 龍驤君、ソロプレイは戦隊と言わないと提督は思うのですが…… てかそれ…… いつも中に着込んでるの?」

 

「平氏は常在戦場! いつでも戦えるよう備えるんは当たり前や!」

 

 

 平氏という平たい胸族はいつもそんなブツを服の下に着込んでいるのだろうかと思った鎧武者は、後ろでピクニックに興じているズイズイとエステ航巡を見るが、当の本人達は顔の前で手をプルプル左右に振ってまな板の言葉を否定する素振りを見せる。

 

 そして首を傾げた鎧武者が再び視線を前に戻すと何故かフラットドラゴンは既にズンズンと標的ゾーンへ向け進軍を開始しており、それを見る夕張がオロオロしている状態であった。

 

 

「ちょっと龍驤君!? どこ行くの!? てか例のその…… 仮面とかは!?」

 

「あん!? あんなん飾りや! 偉い人にはそれが判らんのや!」

 

 

 例の有名な常套句を織り交ぜたまな板が言う言葉に、フラットドラゴンから仮面という物を排除してしまうとフラットドラゴン的成分はキャストオフされてしまい、後はただのスク水を着用しただけのちっぱい軽空母的な何かしか残らないのではと吉野は思ったが、それを言うには既に時遅し、スク水軽空母は既にターゲットの脇に陣取り『バッチコーイ!』と雄叫びを上げて準備を整えてしまっていた。

 

 

 そしてこの後は使用期限が近くなってしまった弾薬を消費する為大型火器を何故かメロン子が嬉々として使用し、真・フラットドラゴンがそれを迎え撃つという一大スペクタクルアクションが展開され、それをピクニックする者達がやんややんやと囃し立てるという世界が繰り広げられるのであったという。

 

 

 因みにに鎧武者はその騒ぎの片隅でポツンとハンドガンや仕込み用の小型火器をパンパンと撃っていたが、それは端で弾ける重火器の音に掻き消され、秘書官ズの三人という寂しいギャラリーのみの状態でそそくさと調整を終えた後、いつの間にかピクニックの輪に参加し束の間の休息を楽しんだのであった。

 

 

 




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