大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 人生を道に例えると、幾度か進む方向を選択しないといけないという場合に直面する事は割りと頻繁にある。
 それは左右という単純な物もあれは遥かにそれより多い時もある、そして選択し一歩を踏み出せば、後は戻る事は適わず、ただ只管に進むしか無い。
 そんな岐路という物は見える物だけでは無く、実は自分で敷くという手段がある事に気付く者は案外少ない、それは見える道よりも最短を行く物である場合が多いが、代わりに険しく、そして目的地に届かない場合が多い。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/05/15
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたorione様、リア10爆発46様、皇國臣民様、拓摩様、坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


選択

「なぁ提督よ、本当にそれ(・・)で行くのか?」

 

 

 大坂鎮守府執務棟の二階廊下、髭眼帯は秘書官時雨と艦隊総旗艦の長門を伴って来客が待つであろう応接室へ向っていた。

 

 そこに待つのは大本営より移動してきた舞鶴の新しい司令長官である輪島博隆(わじま ひろたか)中将、歳で言えば奇しくも吉野と同じであり、経歴で言えば海軍兵学校を卒業後海軍特殊工作隊では前線を生き抜き、常に退かない姿勢と絶対的な自信に裏打ちされた攻撃的な艦隊運用は数々の危機的状況を覆してきた、そんな手腕を買われ艦隊本部では切り込み隊長的な立場で前線を転戦し、大本営第一艦隊に次ぐ戦果をもぎ取ったという男は生粋の戦馬鹿であった。

 

 大本営に席を置いていた時でもその能力は発揮され、武勲の面では精鋭を極める大本営の第一から第三艦隊を向こうに回し、艦隊本部の指揮する戦闘面を支える武官として若くして大佐、そして少将へと抜擢され、好戦的と言われる者達の中でも特に飛び抜けた"狂犬"振りを発揮する男でもあった。

 

 

「ああこれね、まぁ一種軍装なんて内側に何かぶら下げるスペースなんて無いからさ、工夫したとしても仕込んでる事なんて結局バレちゃうだろうし、そんな面倒な事をする位なら素直にホルスターとスリーブガンを無理なく仕込んだ方がいいと思ってね」

 

「にしてもあから様だな、それだともう銃を携帯していますって公言している様な物なんだが……」

 

「長門君、君も判っていると思うけど銃ってのは使用して相手を無力化する力と、持ってますよって相手に認知させて抑止するっていう力の二面性があるんだよ」

 

「ああそんな事は判っているさ、だが相手は生粋の武官だぞ? 逆にそれが相手に挑発と取られんかと心配になってな」

 

 

 溜息を吐く艦隊旗艦を前にいつもの飄々とする髭眼帯は、両脇と両腕にやや不自然な膨らみを見せる黒い一種軍装の詰襟を嵌め直し、それでも歩みを止める事無く廊下を進んでいく。

 

 

「まぁそれだけ提督から信用されてるんだって思うと、僕は頑張んなくちゃって逆に気合が入っちゃうけどね」

 

「そそそ、そっちの方は二人を信用してるって事で宜しく頼むよ」

 

「……まったく、お前達は変に肝っ玉が座っていると言うか、いらん処だけはそっくりなのだな」

 

 

 廊下を往く髭眼帯の後ろでは、両手を後ろに組んだ小さな秘書官が一度だけクルリと回転してニコリと長門の言葉に微笑み返し、鼻歌交じりに後へと続いていく。

 

 そして溜息一つ、苦笑を表に貼り付けた長門型一番艦は目的のドアが見えた辺りで一度呼吸を整え、艦隊旗艦としての貌を表へ出す。

 

 

 こうして狂犬と呼ばれた鷹派の武官と、嘗て影法師と呼ばれた慎重派の始末屋が大坂鎮守府という拠点で初めて邂逅する事になったのである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「初めまして、今度舞鶴鎮守府に司令長官として着任する事になった輪島です、忙しい処時間を空けて頂き有難う御座います」

 

「いえこちらこそわざわざ赴任前にご足労頂き有難う御座います、自分が当大坂鎮守府の司令長官をしてます吉野三郎です、宜しくお願い致します」

 

 

 円状に配された皮張りソファーの対面に座るのは吉野と輪島の二人、片方は髭に眼帯と言う胡散臭いナリをしており、対する者は短く刈り上げた頭に額から側頭部に掛けて大きな傷跡のあるこれまたいかにもな風貌の男。

 

 其々はにこやかに挨拶は交わすが握手の様な物もせず、互いに言葉だけは親しみ易いニュアンスを湛え軽く頭を下げるだけで初めての邂逅は終了した。

 

 吉野は先に長門が指摘した通り両脇にそれなりのサイズの銃二丁と、両腕に飛び出し式の小型拳銃二丁を携帯し、対する輪島は椅子に腰掛けつつも刀を前にそれへ両手を掛けて正対という何とも物騒な状態で其々は対していた。

 

 

「それで輪島さんから事前にご連絡頂いていた件ですが、後ろに控えてらっしゃる彼女達が?」

 

「えぇそうなります、まだ吉野さんからはちゃんとした回答を頂いてませんが、取り敢えず連れて来た次第でありまして」

 

「いやぁすいません気を使って頂いて、では早速ですがそちらからご提案頂いた件なのですが……」

 

「えぇそれなんですがね……ゴホン、失礼」

 

 

 其々は当たり障りの無い口調で会話を交わしていたが視線は互いに値踏みする様な物になっており、お世辞にも互いに友好的な雰囲気とは言い難い。

 

 そして後ろに控える艦娘達も場の空気を読んでか其々無表情で場を眺める事に徹しており、微妙に場の空気は張り詰めた物になっている。

 

 そんな中、刀に手を預け咳払いをした舞鶴司令長官はふっと一息吐き出し、次の瞬間には口角を吊り上げて表情を一変させた。

 

 

「あー……んー……、余所行きのツラで対面したがこりゃダメだな、なーんかしっくりこねぇ、なぁ吉野さンよ、ちょっと申し訳ねぇんだけど色々本音で話したいしサ、無礼を承知で崩した物言いになっちまうがいいだろうか?」

 

「あーもぉ輪島さん、あれだけ地は出すなって言ったじゃないですかぁ、もうっ、いきなりなんですから!」

 

「しょうがねぇだろぉ? クソつまんねぇ相手だったらデスマス調でも構わねぇンだけどよ、本音でガツーンと言い合うならやっぱいつもの喋りでねーと調子出ねぇンだよ」

 

 

 突然ガラが悪くなった舞鶴司令長官に、今までシャンとして後ろに控えていた鹿島がカスンプ状態で抗議をぶっ放し、更に横にいた香取は額に手を当て天を仰いでいた。

 

 その余りにも突然の豹変振りに長門は言葉を失い、時雨は苦笑しつつ乾いた笑いで茶を濁している。

 

 

「まぁまぁ鹿島さん、輪島さんがそっちの方が話し易いと言うなら自分は全然構いませんよ、どの道自分も堅苦しい事は苦手ですし、これからご近所様になるんですから変に遠慮はいらないんじゃ無いでしょうか」

 

「おっ、良い事言うねぇ流石大隅さンとこで一番長い間影法師やってただけはある」

 

「あぁえっとその辺りはまぁ話とは何も関係ないのでは……と言うかそろそろ本題に入りませんか?」

 

「そうだな、こっちも実はあんま時間無いから手短にって思ってるンだけどな、その前に一つ確かめさせてくンねぇか?」

 

 

 輪島の言葉に吉野が「何が」と返そうとした時それは起こった。

 

 風を切る様な微かな音、そして今しがた杖の如く両手を添えていたそれ(・・)、鞘に納まっていた筈の刃が抜き身となり、その切っ先が吉野の顔面すれすれの位置で止まっていた。

 

 

 それは本当に瞬き一つに満たない様な一瞬で起こった出来事で、切っ先には混じりっ気無しの殺意がべったりと張り付いていた。

 

 そしてその刃の中程は長門が掴んだ状態で固定されており、それが無ければ間違いなく抜き身は吉野の顔面を刺し貫いていた事だろう。

 

 

「……うん、いきなりですね、まさか本気で抜いてくるとは」

 

「……それも予想していたクセに良く言うねぇあンた、なる程確かに悪くねぇ……俺の本気の突きを抑えるたぁいい艦娘侍らしてるじゃねぇか」

 

「えぇ陸の上となればここに居る二人は間違いなくウチの一番と二番ですから」

 

「へぇ? 大和型や金剛型も居るってぇのにそれを差し置いて白露型が二番なのか、こいつぁオドロキだ」

 

「いや輪島殿、それは勘違いしている、陸の上と限定してになるがウチでの一番は私では無くそこの時雨になる、もし私と時雨の立ち位置が反対だったなら、今頃貴方の首は胴と泣き別れになっていた事だろう」

 

「へぇ……そりゃおっかねぇな」

 

 

 長門が握る刀を手放し、心底楽し気に狂犬はソファに身を沈め、満足気に茶を暢気に啜り始める。

 

 それに対して長門は刀を握ったまま様子を伺いつつ姿勢を正し、時雨は何の感情も篭らない瞳で暢気に茶を啜る男へ視線を投げていた。

 

 

「今の話がホントなら心底俺はここに来て良かったと思うぜ」

 

「……ご納得された様で何よりです」

 

「テメェの命一つ守れねぇ腑抜けに今回の話はする価値はねぇし、本人が噂以上にマジモンだったってのも収穫はあった」

 

「マジモン?」

 

「ああ……俺が抜いた時長門に時雨は当然反応したが、あンたも俺の切っ先は目で追っていたな?」

 

 

 茶を含みつつもちらりと視線を時雨から吉野へ向け、輪島は笑いを含む顔を見せていた。

 

 

「確実にこっちの抜き身を目で追っていた、だが体がそれについていってねぇ……どうしてそんなバランスの悪い鍛え方してンのか知んねーけど、その目と引き金を引く指さえありゃ狙撃は噂並みには出来んだろうって事は判った、あンたがちゃん(・・・)と人を殺した事がある本物(・・・・・・・・・・・・)であるって事がな、んで俺が周りから聞かされていたあンたの評価は実働二流半、仕込みは一流ってヤツだったが……」

 

「ふむ……で、輪島さんの自身の評価は?」

 

「今ンとこ噂に偽り無し、って処かねぇ」

 

「でしょうねぇ」

 

 

 切った張ったがあった後が最初に会った時よりも和やかと言う意味不明な場は互いが茶を啜る音だけが聞こえ、静まり返っていた。

 

 そんな中、輪島は手にした鞘を長門に放り投げあーあーと首をゴリゴリと回し盛大な溜息を吐いた。

 

 

「ソイツは一応業モンでな、あんま抜いたままだと良くねぇから鞘に収めてくんねぇか?」

 

「ふむ、確かにこれは良い物だな、しかし手入れは杜撰(ずさん)な様だ、余り扱いが酷いと刀の方がヘソを曲げてしまっていざとなったら使い物にならなくなるぞ?」

 

 

 納刀したそれは再び長門から輪島へと渡り、それを受け取った狂犬はバツが悪そうに眉根を寄せて大坂鎮守府艦隊総旗艦へと視線を投げる。

 

 その視線を受けた長門は少し意地が悪い笑みを浮かべ、「次は無い、何故なら今度は私がしゃしゃり出る事は無いからな」とだけ付け加えて元の位置へと戻っていった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で、話に入る前に今更な事二つばかり聞くけどよ」

 

「何でしょう?」

 

「先ず俺がさっきやらかした件、あれの事何も言わねぇのな?」

 

「ああそれですか、まぁその辺りは貸し一つと言う事でこっちは納得してますが?」

 

「うへぇ、命一個分の貸しかぁ…… まぁそんくれーなら仕方ねぇな、もし何かあったら俺の命一個分程度のもンは返すから、必要な時は言ってくれや」

 

「えぇそうさせて貰います、それで二つ目とは?」

 

「いやさっきから済ました顔してるけどよ、この連れて来た二人は結局どーすんのかなって思ってよ」

 

「え? 話の本題ってそっちじゃ無かったんです?」

 

「それマジで言ってンのか? ンななーんもなんねぇ親切心でわざわざ何で俺が大阪くんだりまで来なくちゃなんねーンだよ」

 

「ああ確かにそれはそうですね」

 

「一応言っとくが、この二人は艦隊本部付けで飼い殺しにされていただけで、俺の部下でもなんでも無いからな? まぁ俺的にはあンたに会う為のエサだった訳だが、コイツらにとっちゃ純粋にそっちの仕事に興味があるってんで連れて来たモンだから安心してくれや」

 

「ああそうなんですか、それじゃ遠慮なく頂きます」

 

「えっ!? あ……あの吉野中将」

 

「えっと香取君だっけ? 何?」

 

「いえその…… 今の会話だけでそんな大切な事を決めてしまっていいんですか?」

 

 

 ヘラヘラしている狂犬に、首を傾げる髭眼帯と段々軽いと言うかちゃらんぽらんな雰囲気の中でいきなり決定した練習巡洋艦二人の異動劇。

 

 端から見ればそれは漫才の一部に見える程にお約束な受け答えに見え、呆気に取られた姉妹の姉の方が焦って髭眼帯に確認するが、問われた側は特に気にする素振りは見せずに「これからヨロシク」という言葉だけで会話は終了してしまった。

 

 それを見ていた時雨は苦笑いを浮べ、長門は額に手を当てため息を吐き、当事者の一人である鹿島はもうどうにでもしてくれと言わんばかりに天を仰ぐというとことん軽い空気が場を支配していた。

 

 

「まぁそんな訳でお前らは今日からここの子だからな、ちゃんと世話して貰うんだぞ? もう俺は引き取らねーからな?」

 

「ちょっと私達を犬猫みたいに扱わないで下さいっ! 輪島さんホント酷いですっ!」

 

「あーあーうっせぇ、これから俺はこの吉野さンと大事な話があんだからよ、ちっと黙ってろ」

 

 

 鹿島の抗議に手をプラプラさせてあしらった輪島はさてと一言呟いて一度延びをし、今度は上半身を前にした姿勢で下から睨み上げる様な形で髭眼帯に正対する。

 

 たったそれだけの行為だったがそれは場の空気を一瞬で硬質な物に変化させ、今まで腰砕け状態に近かった艦娘達は一瞬肩を跳ね上げて姿勢を正してしまう程に、狂犬は遠慮無しの気合を滲ませ始めた。

 

 それは交渉時に見せる吉野の空気とはまた質が違う物であり、本人は意図していないのだろうが武官として生きてきた経験がさせる、無意識から出る一種の殺気だと言うのは過去同じ様な輩と幾らか対した経験のあった吉野は、それでも相手の言葉を待つ程の余裕を見せる事で場に飲まれない様心掛け、それに対していた。

 

 

「今大本営は色々とごっちゃになっちまってるけど、吉野さンはその辺りどこまで事情を掴んでるよ?」

 

「その件ですか……正直何も、と言うか大抵の将官なら掴んでいる程度なら把握しているって程度ですけど」

 

「……なる程、大隅の大将に義理立てしてるって訳か、まぁ普通ならそうなるだろうなぁ……っと煙草いいかい? 灰皿が無いからもしかしてここ禁煙かなって遠慮はしてたんだけどよ」

 

「ああすいませんそれは失念してましたね、時雨君灰皿二つ(・・)頼めるかな?」

 

 

 極力武器に利用されそうな物を排するという事でわざと出されていなかった灰皿は輪島と吉野、二人の前に並べられ、取り敢えず二人は取り出したそれに火を点けて煙を肺に送り込む。

 

 

「へぇ……若葉か、随分と渋いチョイスしてるねぇ」

 

「えぇまぁ入手し易さで言えば二級品ってのは都合がいいですし、コレくらいキツくないと吸った気がしないもんで」

 

「まぁ俺も大本営以外じゃ一級煙草なんてお目に掛かった事はねぇんだけどな?」

 

 

 そう言って笑いつつも輪島が取り出したオレンジの紙箱には「echo」という文字が刻まれており、其々は苦笑いを交わして話を続けていく事にする。

 

 

「でと、今回の一件はアレだ、技本が予てより研究してた物の取り扱いをしくじって、大本営に被害を及ぼした事に原因がある」

 

「技本の……ですか?」

 

「その反応だと本当に何も知らねーのな? ソイツらは"マガイ"って呼ばれてる兵器でな……まぁあンたには"モザイク"だの"モドキ"だのと言う類のモンと同類と言った方が早いか」

 

 

 輪島が発した言葉に吉野が初めて強い感情を表に出し、先程輪島が発した殺気とは違った空気が場を染め上げ、練習巡洋艦姉妹はおろか、長門や時雨までもがその様に目が釘付けになった。

 

 モザイク、モドキ、そう呼ばれるモノは嘗て吉野が特務課という仕事に本気で身を投じる切っ掛けとなった被害者達の成れの果てであり、初めて命を刈り取るという事をさせた元凶でもあった。

 

 

「へぇ……そっちが影法師ってヤツの顔か、中々どうして文官にしちゃ物騒な空気を漂わせているじゃねぇか」

 

「……輪島さん、技本はその類の研究は……完成させてるんでしょうか?」

 

「ん~ 済まねぇがそっち関係はほら、俺は腹芸が苦手な事で知れちまってるモンで深くは知らされてねーんだが、ある程度の成功例はある筈だぜ、例えばほら、前にここへ来た査察部隊を率いてたヤツとかさ」

 

「槇原……南洲さんですか……」

 

 

 吉野の脳裏には以前大坂鎮守府へ査察と称して部隊を率いて乗り込んで来た、当時特務少佐を名乗った男の姿が思い浮かんでいた。

 

 大男と呼ぶに相応しい体躯と強靭な肉体、それでいて艦娘が反応出来ない程の動きで敵を制圧するという常人の域を超えた存在。

 

 その屈強な肉体と異常なまでの治癒速度、どう見てもそれはヒトでは無く、所属や背後関係を考慮すれば必ず技本という組織に突き当たり、そしてその槇原という男が自分が嘗て見てきた悪魔の研究の先にある技術に関係した何かに関わり、ヒトの枠を越える存在になってしまったと言う事は容易に想像が付いてしまう。

 

 

「ヤツを見てあンたはどう思ったよ?」

 

「ほんの少しだけの時間しか関わりが無かったですが、正直彼と敵対すると仮定するなら自分は直接相対せずに政治的、若しくはそれ以外の圧力を掛けて(・・・・・・)排除する方向に動くでしょうね」

 

「一佐官相手に中将様が権力を使って全力で潰しに掛かるってか、それはまた大袈裟なこって」

 

「……陸の上で艦娘と同等、若しくはそれ以上の能力を発揮する者に対しては、こちらが同じ程度以上の能力を有していないなら直接的な戦闘を仕掛けるべきじゃない、相手の土俵では恐らく数倍の艦娘さんを当てないと無力化は難しい筈ですし、それなり以上の被害も織り込み済みでいかなければいけない」

 

「なる程、何も知らないと言いつつも、今言った対処は正解を行ってると思うぜ、アレはもう人の手に負える代物じゃねーからな……まぁ俺は一度やりあってみてーって気はするが」

 

 

 本気か冗談か判別の付かない言葉を紫煙と共に口から吐き出し、狂犬と呼ばれた男は獰猛な笑みを噛み殺しつつも話の先を続ける事にする。

 

 それは確かに笑いと呼べる類に見える物であったが、同時に苛立たし気な雰囲気も混ざった、少し重い空気を含んだ物に吉野は見えた。

 

 

「俺は周りから鷹派だの狂犬だのと言われちゃいるが、それは今までずっと人類は深海棲艦を駆逐して海を取り戻せると信じて戦ってきた、そしてそんな結果が二つ名に繋がっちまったんだ、確かに倒しても倒してもヤツらはボウフラみてーに沸いてくるけどよ、それでもいつかは根絶やしにできるって信じてたんだ」

 

「……もしそれが出来るとしても今の日本が保有する戦力では、深海棲艦が再生しないと仮定しても駆逐は難しいでしょうね」

 

「あぁ、普通ならそう思うだろうさ、んでもよ、その足りない戦力が例の"マガイ"や槇原みてーなヤツらで補う事が出来たとしたらどうだい?」

 

「なる程……確かに前提条件を駆逐可能とするなら、時間を掛ければそれらは可能かも知れませんね」

 

「やってる事は人を潰して海を獲るって事になっちまうが、俺は外道に堕ちてでも深海棲艦を根絶やしに出来るンなら喜んでソイツを実行するぜ?」

 

「しかしそれは……」

 

「ああ深海棲艦ってのは無限に沸き続ける、どうやらそれは間違い無い事みたいだな、って事は俺らが……技本がやろうとしてた事は只の始末に終えねぇ人殺し行為だったって訳だ」

 

 

 根元近くまで灰になった煙草を忌々し気に灰皿で揉み消し、更に一本煙草に火を点け輪島は苦い顔でそれを咥えた。

 

 今まで苛烈な程戦いに身を投じ、犠牲も厭わない程に海を攻め立てていた狂犬は必ず自分の戦う先には人類の勝利があり、終わりが存在すると信じて疑わずに戦ってきた。

 

 そしてその考えの根拠となったのは、上層部から繰り返し聞かされてきた『人を超えた尖兵』『艦娘に依存しない増員が可能な戦力』という情報が元になっていた。

 

 それは保有戦力という情報としての面では嘘では無かった、事実技本という組織は人を素体として強化・戦力として投入可能な技術を確立しつつあり、不完全ながらもそれを量産するまでに至っていた。

 

 しかしその技術が確立したとしても肝心の敵である深海棲艦という存在は幾ら倒しても無限に沸き続け、駆逐する事が不可能な存在である為根本的な解決には至らない。

 

 故に導き出された答えは人類の勝利は絶無であり、投入される命は一時的な対処の為に磨り潰されるだけとなってしまい、艦娘を運用しつつ延命している今よりも人道面で、そして効率面でもそれは下策という事になってしまうだろう。

 

 

「別に騙されてたって訳じゃねぇ、俺が阿呆で真実に辿り着いて無かっただけだって話なんだがよ…… まぁそれは置いといて吉野さンよ」

 

「何でしょうか?」

 

「あンたは艦娘や深海棲艦を集めて色々やってんだろ?」

 

「えぇそうですね」

 

「そのあンたやろうとしてる事に俺もいっちょ噛みさせてくんねぇかな?」

 

「……どういう意味ですか?」

 

「正直俺は色々考えるのは苦手なんだけどよ、それでも判んだよ、あンたがやろうとしてる事は『人類の勝利は諦めているという事を前提とした行動』で、それでも『人類を敗北させない為に何かをしてる』って事なンじゃねーかなってよ、なぁ、違うかい?」

 

 

 淡々と輪島が語る内容は全てが正解では無かったが、大筋で言えば吉野がやろうとしている芯の一つに合致していた。

 

 人が人を基準として物事を推し量るのは自然な思考と言える、その前提で吉野がしている行動を紐解いていけば輪島が辿り着いた答えになるのは極当然の物と言えるだろう。

 

 しかし吉野という男の出自の特異性と、独特な精神構造は他者の理解の及ばない歪んだ物となっており、結果的に終着点は其々近い物となってはいるが、それは結局他者から見れば全然違う物に向っているとも言えた。

 

 

「自分のやろうとしている事はある意味人類を生かす為の行動に繋がりますが、目的は別にあります」

 

「……へぇ、それって俺にも理解出来るモンなのか?」

 

「理解は可能でしょうけど、納得するかどうかという点では保障し兼ねますね」

 

「んじゃさ、逆にそのやろうとしてる事で人類は生き残れンのか?」

 

「それは間違いなく、自分の目指す先には人類という存在は必要不可欠な物になりますから」

 

「優先順位が違うだけで、俺が言う目的とは合致している訳だ」

 

「……輪島さんの今目指す先と言うのはどんな未来なんです?」

 

「んなモン聞かなくても判んだろ? 人類の存続、負けねぇって未来だよ」

 

 

 ニヤリと笑う鷹派の男を前に吉野は一端頭の中で話を整理して、自分の中にある最適解を模索していく。

 

 そしてこの男と関係を持った時に発生するであろうメリットとデメリットを其々組み上げていき、自分がどう答えを口にするべきか思考の海へ意識を没入させていく。

 

 それから暫く、無言で考え込んでいた髭眼帯は目の前の狂犬へ視線を戻し、最後の判断を決定する為の言葉を口にし始める。

 

 

「ちょっと確認させて貰いたいんですが、輪島さんって舞鶴の司令長官なんですよね?」

 

「おう、そうだがそれが? まさか手を組みたいならその職から降りれって言うのか?」

 

「いえいえそう言う訳じゃなく、舞鶴って鷹派が押さえてる大事な拠点の一つですし、そこの司令長官に就くという事は必然的にあっちの派閥に属するって訳で、自分は今慎重派の一角に属していると思ってますし、今のとこそちらに鞍替えする気は毛頭無いんですが」

 

「あーそう言う事か、んなモン関係ねぇな、俺は派閥云々ってより負けたくねぇから戦う訳だし、このまま今の連中とツルんでてもその可能性は皆無だって思ってっから、舞鶴の司令長官になっても派閥なんかに縛られる気はサラサラねぇな」

 

「いやそういう訳には行かないでしょう? 何せ舞鶴が鷹派から抜ける事になったらそれこそ派閥の力関係は崩れてしまいますし、そうなったら慎重派も纏めて敵として構える事に……」

 

「んじゃ大坂と舞鶴が組んで派閥になっちまえばいいんじゃねーの? これでどっちも鎮守府一つづつ抜ける訳だし、力関係って面じゃ釣り合いが取れるだろ?」

 

「いや無茶苦茶力技ですね……大本営相手に喧嘩吹っかけてる様なもんですよそれ」

 

「ンなもん経済に武力、大坂にあるモンに舞鶴を足しちまえば軍だって露骨に潰す事なんて出来きゃしねぇだろ? 幾ら馬鹿の俺でもその辺りは察しが付くぜ?」

 

「それは逆に誰にも頼る事が出来ずに何もかも自力でやってく覚悟が必要になりますよ?」

 

「じゃ逆に聞くけどよ、あンたが目指す先ってのは誰かに頼った状態の、ぬるま湯に浸かったまんまで行けるよーなトコなのか?」

 

 

 輪島の言葉に吉野は絶句し、そしてその言葉を反芻する。

 

 確かにいつかは今の関係を清算し、独立して自由を手にしなければ先へは進めないという事は覚悟していた。

 

 しかしそれがいつという事は考えず、またそういう時は来るという程度の漠然とした認識で行動してきた、しかしそれがいつになるのかという事は考えていなかったが、それと同時に行動するのは今では無いという否定的な考えも思い浮かばなかった。

 

 

 もし今行動するなら拠点としては大坂鎮守府と舞鶴という国内の2/5が自分達の派閥となり、数的優位はそれなりに確保される。

 

 そしてクェゼリンから先にある南太平洋に関係を持ち、クルイという前線を影響下に置く事でインドネシアという日本の生命線にも食い込んでいる、更には経済界と諸外国にもそれなりのパイプを持つに為に国内や外交面では取り敢えずという形ではあるが孤立する事は無いと予想された。

 

 そして何より深海棲艦という戦力を保有しているという事が決め手となり、一番懸念としてきた国内での安全性という面でも距離が近い舞鶴と組み、日本列島のド真ん中を分断した形で押さえるとなれば、結果的に本陣である大坂鎮守府の後顧の憂いは断たれるという結論に結び付く。

 

 それら全てを纏めて、次に派閥として現在繋がっている全ての関係性を清算した場合の目減り分をザックリと計算し終えた髭眼帯は、再び目の前の舞鶴司令長官へ視線を戻した。

 

 

「えっと輪島さんあんまり時間が無いとか言ってませんでしたっけ?」

 

「おう、本当はもう今頃あっちに着いてないといけねぇ時間なんだけどよ、それが?」

 

「んじゃ取り敢えずそっちの予定はキャンセルで、色々な詰めをするのに時間が掛かりますし、最低でも今晩は時間を空けて下さい」

 

「はぁ!? 何無茶言っちゃってんの吉野さン!? 俺マジで舞鶴行かねーとヤバいんだけど!?」

 

「そうですか、なら仕方ないですね、取り敢えず連絡はこっちから適当な理由をでっち上げて向こうに入れときますから、んじゃ早速色々詰めに取り掛かりましょうか」

 

「おい人の話を聞けよ! 何だよでっち上げるってよぉ!? おいって!」

 

 

 

 こうして鷹派で名を馳せたイケイケの狂犬は自分の矜持に従い進むべき道を定めた訳だが、その為に組むと決めた相手が予想以上に無茶振りをする者だった為に、これから先は結構な頻度で、それも相当な長い時間を振り回されつつ髭眼帯と行動を共にするのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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