大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 新規着任が終了したと言ったな? アレは嘘だ!


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


(※)
作中にあります艦隊本部、及び技本に関する人物像、そして関係性は以前コラボさせて頂きました

坂下郁様 作
逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-
https://novel.syosetu.org/98338/

側世界と作品内で一部世界観を共有していると言う事で、そちらの設定を使用させて頂いております、お気になられた方はそちらをご一読して頂けると幸いです。


2017/06/27
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、拓摩様、黒25様、orione様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


先を見据えた其々の立ち位置 -神威外伝-

「どうかね大隅君、新しい編成は」

 

「まだ連携に荒さが目立ちますが実用には足りますね、ただやはり連合艦隊での運用が常となると、戦闘で消費される資材よりも移動時に掛かるコストが随分と跳ね上がります」

 

「ふむ……行動範囲は大本営から支配海域全般だからね、護衛艦隊や随伴の母艦を含めると以前の八割増しといった処かね」

 

「えぇ、今回の再編で艦隊の安定度は増しましたが、図体がデカくなったお陰で即応性に欠ける物になってしまいました」

 

「それは仕方ないよ、今までの第一艦隊(・・・・・・・・・)は少数精鋭と言いつつもこれまで随分無理を押して運用してきたからね、本来ならこの形こそが大本営の拠出部隊としての相応しい規模と、安定性と言えるのではないのかね?」

 

「えぇ、それは理解しているのですが……」

 

 

 大本営執務棟最上階、将官用の執務室が入るフロアの最奥、坂田一(さかた はじめ)元帥大将の執務室では部屋の主である坂田と、大隅巌(おおすみ いわお)大将が差し向かいで対して打ち合わせを行っていた。

 

 吉野が輪島と接触し、其々が協力体制の下行動を開始してからほぼ一ヶ月、それまで艦隊本部が主導していた舞鶴鎮守府の人事を輪島が拒否した事から端を発し、大坂鎮守府と舞鶴鎮守府間の陸路による輸送路整備計画が大本営に提出されるまでのあからさま(・・・・・)な行動に、周りの者はその意図に気付かない筈は無く、また大坂鎮守府が申請したクェゼリンとクルイに対する大本営からの物資補給経路を国内で一端大坂へ集積し、そこから分割調整してから岩国ルートで送るという案も絡み、大本営では既に大坂鎮守府を筆頭とした派閥が完成しつつあるという認識が持たれていた。

 

 元々大坂鎮守府と舞鶴鎮守府というのは単純な距離で言えば200kmにも満たないという場所に存在していた。

 

 しかし海軍という組織は拠点配置をする時、あくまでも海域単位という物を基準として考える、その括りで考慮すれば大坂から舞鶴という場所へは互いに日本列島のド真ん中に位置した太平洋側と日本海側に位置する拠点である為、互いにそこへ至るには南・北どちら側からも日本列島をぐるりと迂回して初めて到達するという、国内で一番距離が近い、しかし海軍という組織基準で言えば最も遠い鎮守府という関係であった。

 

 更に双方鷹派・慎重派の拠点という事もあり密な連携体制が取られていた訳でも無く、状況的には其々存在を考慮しない関係であった為に、特段陸路を利用しての軍事的繋がりを持たないというのがこれまでの状況であった。

 

 しかし大坂鎮守府よりその二拠点間を一部民間路線も利用するという鉄道による物資・人員の高速輸送計画案や、有事の際の戦力共有を以っての『近畿圏戦力再整備構想』という計画書が大隅では無く坂田へ直接上(・・・・・・・・・・・・)がってきた(・・・・・)時点で、名実共に其々が手を組んで独自の繋がりを持つという事を周囲へ認知させるに至った。

 

 

「立ち位置的に大本営の予備と言う事で中途な運営体制だった横須賀を専守防衛として宛て、大本営第一艦隊と第二艦隊を再編成、それにより艦隊本部が進めていた『諸外国との連携をしつつ海軍が持つ支配海域の防衛に努める』という目的を達成するという構想は、一応これで調整は出来たと思っても良いのかな」

 

「ええ、第一にはアイオワやウォースパイト、そしてイタリア等の諸外国の艦艇を集め、その脇を我が海軍保有の艦艇を適時入れ替える事で海域維持の理想的な編成を組んで抜錨、これまでよりも安定・確実な海域維持を完遂する……確かにそれは文字通りの効力は発揮しますね」

 

「それにより諸外国との繋がりが強くなり、更に海外艦を利用する事でこちらとしても戦力の絶対数の底上げが出来るか、確かに三上君のこの案は耳障りの良い、そして広義的な意味(・・・・・・)では誰からも不服の出ない形の艦隊運用が可能だ」

 

「……しかしその艦隊計画の内訳では第一艦隊には赤城と秋月、この二人しか日本の艦艇は含まれていません、日本が切り開いた海を守護する艦隊がこの形だとやはり軍部の中には納得しない者も出てくるでしょう」

 

「本来これは『大本営第一艦隊』という存在があってこそ最も効率的に作用する筈だった計画だ、それを第一艦隊という物と入れ替えて単体運用するとなると、問題が出るのは当然だと言えるだろうね」

 

「しかし今その計画を立てた本人は軍務に就ける立場では無く、またそれを引き継いで推し進める器は艦隊本部には残っていない……いや、能力がある者はいても、これらの計画を引き継いでこっちと事を構えようという人間は居ない、という事で……」

 

「良くも悪くも彼は優秀だったという事だ、多少強引な処があったが、それを回せる技量があった」

 

「そのお陰で後に残された計画をこっちが引き継がなくてはいけない事になりましたがね」

 

「計画は国内には留まらず諸外国も関係する物だからね、君の立場から言えばそれは対立派閥が勝手に進めた計画という認識であるかも知れんが、関係した諸外国からすればそんなウチの内部事情なんか関係は無いだろう、外部的な見地から言えばこれらは全て日本の海軍が推進してきた計画という前提になるし、担当の者が計画から離れれば誰か次の者が引き継ぎ仕事を続けるという考えは当然の事になるだろうからね」

 

「欧米諸国は特に契約と言う物に重きを置いてます、この件を放置した場合我が国の信用は我々が思うよりも大きなマイナスとなりますし、何よりこれらは艦隊本部が軍として関係諸国と交わした契約、それを反故にした場合の責任は軍が負わなくてはならないと言う事になるでしょうから」

 

「うむ、本当に難儀だねぇ」

 

 

 元々大本営では艦隊本部と慎重派の二大派閥が存在するが、それらに属する者達は無能と言う訳では無く思想が違うだけで軍務はそれなりに回る状況にあった。

 

 しかし第二特務課という存在が、力関係が拮抗し丁度良い形で噛み合っていた筈の軍中枢部に於ける歯車の噛み合わせをほんの少しズラしてしまい、時間の経過と共に徐々に深く、そして大きく全てを狂わせてしまった。

 

 そこへ折り悪く、艦隊本部の暗部と言われる大本営の研究機関総括に就いていた中臣由門(なかとみ よしかど)という技術中将が技本を作り上げ、三上をも傀儡として利用し長きに渡り己の宿願の為、全てを復讐に注ぎ込んで、軍上層部を巻き込んだ計画が発動するという、太平洋戦争時代の亡霊(・・・・・・・・・・)が引き起こした一件により各所に生じていた歪みが一気に瓦解、大本営は軍の中枢としての機能を麻痺させるという前代未聞の事態へと発展していった。

 

 そんな重なってはいけない変化と企みが重複した結果、それを収拾する為に残された者達は形振り構ってはいられない状況に追い込まれ、その結果一番変らねばならなくなったのは、皮肉にも軍の象徴とも言うべき存在の大本営第一艦隊であった。

 

 

「しかしこの機に乗じて完全な独立と身辺を固めるとはね、吉野君も中々大胆な行動をするもんだ」

 

「深海棲艦を懐に抱えた時点で大本営ではもうどうこう出来る存在ではなくなりましたからね、だから敢えて大坂という地に追い遣って軍中枢から切り離しましたが……」

 

「潰れるか台頭するか、まぁあの立ち位置で生き残るという事を模索すれば自力で派閥を作ると言うのはある意味既定路線と言えるが、それでも我々が予想するよりは早かったという感じかね」

 

「えぇ、事前にクルイの件が無ければこっちは動きに気付かず対処が後手に回っていたでしょう、その点今回は僥倖でしたよ」

 

「本音を言ってしまえば、大本営内部の艦隊再編成に対しての良い口実となるし、あぶれた者の受け皿にもなる、君にしてみれば実の処彼の行動は渡りに船といった処じゃないのかね?」

 

「坂田さんも人が悪い…… まぁしかし今回の件(・・・・)は対外的にアイツが出した"近畿圏の戦力再整備案"を受けた大本営が、戦力補充という全力の支援をしてやった形で貸しを作ったという筋が通りますし、そのお陰で暫く大坂と舞鶴はこっちへ敵対行為をし辛いという事実を作り上げる事に成功しましたから、まぁ概ね上手く纏まったかなという印象はあります」

 

「同時にそうしなければ余計な処に武蔵と木曾という生え抜きを持っていかれる可能性があったからね、なら最悪しか残ってない選択肢の内最も有効的な使い方をしたという点ではこの人事は何らおかしい事では無いと私は思うんだがね」

 

「そのケツ拭きの為に余計な手間が増えて奔走させられましたが……」

 

「はっはっはっ、しかし君の立場からしてみれば自分で出来ない事を私の名で実行出来た訳だから、恨み言を言われる筋合いは無いと思うんだがねぇ、それで大隅君」

 

「何でしょうか?」

 

「当事者の武蔵と木曾は素直に君の命令に従ったかね?」

 

「……その辺りは吹雪に一任しましたから、有無を言わさず事は実行されましたよ」

 

「そうか……彼女が差配したか、なら安心だ、後は新体制となった大本営艦隊と、艦隊員を抜いてしまった横須賀の機能回復だが……」

 

「その横須賀の司令長官を始めとした人事がまだ困窮しているので、それまではまだ枕を高く出来ない日々は続きますね」

 

「うむ、しかしまぁ先は見えた、これから暫くはまた私も対外的な件で忙しくなる、その辺りの後始末は君に負担を掛ける事になるだろうが宜しく頼むよ」

 

 

 

 こうして大坂鎮守府側では着々と派閥としての形を作り上げている最中であったが、大本営側では既にそれに対する対処を決め、そして実行に移すという先手を打つ事による格の違いを見せ付る事になり、軍の内部事情は緩やかに沈静化していくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「提督お茶が入りましたのでこちらに置いておきますね?」

 

「ウン……親潮クンアリガトウネ……」

 

「司令官、予算の変更案の承認と寮の増築許可は関係部署に回しておいたけど、さっき廊下で足柄に会った時にまた人員の増員要請をされたんだけど、どうする?」

 

「ゴクロウサン響君……狼サンの件はまたこっちで直接話しするから……うん」

 

「そうかい? まぁそれはいいんだけど司令官」

 

「……何かな?」

 

「何で司令官はさっきから執務机に突っ伏したままなんだい?」

 

 

 大坂鎮守府執務棟提督執務室。

 

 梅雨が近く雲が空の半分を隠す中途な気温のその場では、パタパタと茶や茶菓子を運ぶ親潮と、微妙な表情でそれを手伝う時雨、そして諸々の事で関係箇所へ使いに出ていた響が報告の為執務机の脇に立ち、そしてその前では髭眼帯が気を付けの直立した姿勢のまま折れ曲がって、執務机に顔面を押し付け突っ伏すという珍妙な絵面(えづら)を見せていた。

 

 そして響の真っ当な質問を受け髭眼帯がプルプルと指差す方向には、執務机向かいに備え付けられた応接セットと、そのソファーで盛大に寛ぎ世間話に興じる一団の姿があった。

 

 

「しかしいきなり第一艦隊を首にされて大本営を叩き出された時は執務棟を51(ゴーイチ)で薙ぎ払ってやろうかと思ったが、その前に吹雪に制圧されてしまってな、気が付けば既に輸送機の貨物室に叩き込まれた後だった」

 

「吹雪さんは海に出れないだけで、(おか)の上では以前と変らない力を発揮出来るから一対一では武蔵でも分が悪過ぎるわね」

 

「大和はその辺り遠慮が過ぎるのではないか? もっとこうアグレッシブに物事をだな……」

 

「その結果がこのザマか、お前の向う見ずな性格は昔とちっとも変らんな」

 

「俺も長門さんの言う通りだと思うぜ姐御、幾らステゴロでも吹雪さんとタイマンはちょっと無謀過ぎだって」

 

「む……木曾よ、お前まで私に意見するのか? 大本営からこっちに越してきてから何となく態度がおかしくなったようだが? その辺り何かあったのか? どうなんだおい?」

 

「あーもー面倒くせぇぇ、おいサブ、お前からも姐御に何とか言ってやってくれよ」

 

「おい木曾、お前も今は大坂鎮守府所属クマ、口調は別にしても提督の事をサブと呼ぶのはダメクマ」

 

「あーそうだった、おい提督、おーいテイトクー! 何黄昏てんだよー」

 

 

 大本営での艦隊再編成を受けてそれまで第一艦隊に所属してた内の旗艦武蔵、そして副官木曾はその任を解かれ大坂鎮守府に送られ、そして赤城に秋月はそのまま引き続き第一艦隊に残留、そしてプリンツは第二艦隊へ移動する事になった。

 

 当然それは実と言うよりも対外的な意味合いを多分に含み、更に個別運用されていた各艦隊の一部統合による大規模な組織運営は、それまでの少数精鋭というやり方を否定する物でもあった為武蔵と木曾は反発したが、その嘆願は上には届かず、直接の指揮を執っていた大隅とも碌に話が出来ない状態で吹雪に力づくで叩き出され、都落ちという形で大坂鎮守府に押し付けられていた。

 

 これにより大坂鎮守府には初代吹雪を除く歴代大本営第一艦隊旗艦が揃うだけでは無く、事前に着任を済ましていた加賀、日向を含めると、対空艦という事で残留した秋月を除いた、最後の純粋な日本艦艇で固めた大本営第一艦隊がそっくりそのまま大坂鎮守府へ異動した事になる。

 

 

 そして数という点に於いては国内五つの鎮守府の内最も少ない大坂鎮守府であったが、今回の異動劇を経て総合的な戦力では大本営に次ぐ物となり、周りからの注目を嫌が応でも集める事になった為に、吉野の得意な隠密性を利用した数々の企みという手段は暫く封じられる事になった。

 

 と言うより武蔵と木曾という、戦力的には頼もしくも、元々同僚という立場の二人を迎え、髭眼帯の職務を始めプライベートな部分も色々と爆弾を抱える形となってしまった。

 

 

「大本営第一艦隊に居た人達か、随分と頼りになる人達が仲魔になったじゃないか、提督的に彼女達の着任は何か問題があるのかい?」

 

「……うん、響くん、その"ナカマ"って言葉のニュアンスに若干不穏な物が混じっている様に提督は聞こえるんだけど、それは気のせいなのかな……」

 

「提督の心が曇っているからそう聞こえるんだよ、もっと大らかな心で周りを見ないと真実は見えてこないよ?」

 

 

 真顔で口の端だけ不自然に釣り上がった、何と言うか嫌な笑いを堪えるという表情のハラショーの言葉に再び机に突っ伏した髭眼帯の裾をクイクイと誰かが引っ張った。

 

 そこには今までの艦娘達とは赴きの違う意匠の制服に身を纏い、オドオドと下から吉野を見上げる白い髪の艦娘の姿があった。

 

 

 大本営のゴタゴタから現在まで軍では中央からの大規模な作戦は発令されてはいなかったが、吉野はその中にあって独断染みていたが独自に海域を落すという行動を起こしていた。

 

 その余波は劣勢に回った鷹派の一部の者達の不安を煽り、それ程大規模では無かったが今までとは違った活動にて功を得ようと独自に動く者達を生み出す事になった。

 

 そんな一派達は比較的まだ軍が手を付けず放置していた北方へ戦力を向ける事により、海域を獲るという事は無かったものの、これまで確認された事の無い類の艦娘との邂逅を果し、それを手土産に凱旋を果たした。

 

 しかしそれはイカサマ染みた手を講じていても一応軍の認可を受けて行動した吉野とは違い、それらは完全な独断専行であり、幾ら未知の艦娘との邂逅を果したという実績を残したとしても、結果さえ残せば全て許されるという悪しき前例を作る訳にはいかない中央はそれらの者達へ処罰を下し、後任人事に頭を悩ませるという新たな悩みを抱え込む事となった。

 

 そして新たに邂逅した艦達は嘗ての大戦期を生きた現在確認されている艦娘達よりも戦力的に微妙、または限られた運用しか出来ない性能しか有していないのではという者達であり、それでも新規の艦娘の存在は兎にも角にも貴重だと言う事でその処遇にも頭を悩ませた。

 

 

 そして折角邂逅した艦娘達の性能が余りパっとしない為に、処分された者達の恨みを買ってまでそれらの艦娘を引き取ろうという拠点は皆無であり、その結果行き場の無くした艦娘達は、元々の主任務が教導と兵装開発・運用試験という事で設置された大坂鎮守府に対して送られる事になり

 

『新たに邂逅した艦娘の性能把握と効率的な運用を確立し、そのデータを収集せよ』

 

 という適当な理由を付けの元、またしても大坂鎮守府に厄介事を丸投げをするという、髭眼帯の精神疲労を助長する事態へとなっていた。

 

 

 処理としては模擬戦闘の回数が多い大坂鎮守府ではあるが、前線を離れている為実戦データの収集に難があると言う事で、受領した艦娘六隻の内

 

 

海防艦「占守(しむしゅ)」「国後(くなしり)」「択捉(えとろふ)

 

 この三隻は作戦遂行時の消費資源が軽いのと、対潜能力が高い割には装備や能力面が大幅に制限されているという点を鑑み、本隊では無く支援艦を欲し、更に資源消費の少ないという艦が目的に沿ったクルイでの運用をしつつデータを取るという名目で南洋へ。

 

 

 

護衛空母「春日丸(かすがまる)大鷹(たいよう))」及び戦艦「Гангут(ガングート)

 

 前者は低速艦でありながら改装すれば夜戦での航空機運用も可能な特殊性を持ち、更に爆雷が搭載可能、後者は低速艦ではある物の、夜戦火力に秀でた性能と、戦艦の割には燃費が良いと言う事で拠点の防衛シフトに組み込みやすいという適正を見出された、そしてそれは夜間の哨戒に難があったクェゼリンへ着任させるには丁度良いという事で、中部海域でデータ収集をするという事で落ち着いた。

 

 

 しかし最後に残る神威(かもい)という艦娘は艦種が補給艦であり、本来なら速吸が抜けたクルイへという事で吉野は話を進めていたが、クルイの管轄する海域周辺の事情が変化し、また二艦隊編成での哨戒という形は変っていなかったが、敵勢力が弱体化した為に頻繁な補給の必要無くなったと言う事と、同じ二艦隊を編成するならば攻撃手段を持つ艦で全てを編成する方がより安定した艦隊運営が出来るという建前と、速吸の件があり戦闘に参加できない特殊艦を常時運用する事に司令長官の日下部自身が思う処があり、結局彼女の着任は見送る事になった。

 

 

 結果、クルイには海防艦の三隻が、クェゼリンには護衛空母と戦艦の二隻が、そして大坂鎮守府には戦艦一隻、重雷装巡洋艦一隻、補給艦一隻、そして上記の理由により同様にクルイの運用から外れてしまった水上機母艦の秋津州の計四隻の着任が決定した。

 

 

「あの提督、何もせずに待機だと神威もちょっと手持ち無沙汰なので、皆様のお手伝い、良いですか?」

 

「あーうん、君がいいなら別に構わないけど」

 

イアイライケレ(ありがとう)提督、ではお手伝いしてきます、はい」

 

 

 アイヌの民族衣装を彷彿とする改造制服は彼女の豊満な肉体と相まって色々キケンな見た目を醸し出していたが、そのムチムチな見た目とは裏腹に機敏な動きでシパシパと雑務をこなし、更に小脇に抱えた謎の籠と言うか箱から飲み物や菓子を取り出してはそれを配るという甲斐甲斐しさを見せていた。

 

 そしてそんな北の大地をイメージする彼女ではあるが、実は意外にも建造はアメリカでされた艦であり、主戦場は南方がメインであった。

 

 更に搭載される機関が電気推進機関という当時まだ実験段階だった物を搭載するという事情も鑑み、機能面でも安定せず、大戦時に良くある技術検証という物の煽りを受けたある意味不遇な前世を持っていた。

 

 

「えっと神威さんだっけ? 僕は時雨、ここの秘書官をしてるんだ、宜しくね」

 

イランカラㇷ゚テ(はじめまして)時雨、ごめんなさい、神威の読みは「かむい」じゃなくて「かもい」なの、よろしくね」

 

「あ、そうなんだごめん」

 

「ううん、元々アイヌの発音は特殊、文字の神威は「かむい」で間違いじゃないけど、発音が当時の人達には「かもい」に聞こえたんだと思うの」

 

「発音かぁ」

 

「そう、興味あったら覚えてみる?」

 

「うん、何か面白そうだね、それじゃ教えて貰うだけじゃあれだし僕からも何か……そうだ、神威さんは料理とかに興味ある?」

 

「料理……」

 

「ちょちょちょっ! 時雨君!?」

 

「ん? 何?」

 

「えっと時雨君の料理と定義するのはほら、やたらとワイルドかつ自然系と言うか何と言うか……」

 

 

 新しく迎えた者と時雨が織り成すハートフルな会話に癒されていた髭眼帯は、その秘書官の口から飛び出した料理という単語に不穏な気配を感じ待ったを掛けた。

 

 

 この小さな秘書官は単冠湾(ひとかっぷ)泊地生まれの北方領土育ちであり、艦隊活動から外された後は拠点の警邏隊所属という事で人が居ない原野で数々のサバイバル技術を身に付けた、ある意味マタギ的なスキルを持つ艦娘であった。

 

 以前料理を作った時もその技術は遺憾なく発揮され、鹿肉を熱した石で焼くバーベQだの、クマ肉のカレーだの、大鉈を片手に大自然料理と言うかジビエ料理を作っていた姿を髭眼帯は思い出し、慌ててその行動を遮ろうとした。

 

 

「……自然系?」

 

「んー提督が何を言ってるか判んないけど、僕の料理はそんなに難しく無いし覚えるのは簡単だと思ったんだけど……」

 

「いや調理はむっちゃシンプルだけど! 食材の入手難易度考えて!? クマとか鹿ってどこで狩るつもりなの!?」

 

「え? 何か最近どこかの鎮守府から良く熊とか鹿とかイノシシの肉が送られてくるって加賀さんとかにお裾分けして貰ってるから、その辺り特に問題は無いんだけど……」

 

「ナニソレどこの鎮守府がそんなワイルドな付け届けしてくるの!? おかしいデショ!?」

 

「さぁ? 何か知り合いの提督とか言ってたけど……」

 

 

 大本営第一艦隊に所属していた利根が現在所属する鎮守府は、奇しくも吉野の後輩が指揮を執る魔境となっていたのだが、その辺りとの折衝は主に加賀やメロン子が窓口をしていた為に、最後まで吉野にはその辺り謎のままで会話は終了してしまうのであった。

 

 そしてそんな時雨と髭眼帯の会話の中に出た熊や鹿というワードに神威はピクリと反応を示し、じっと時雨を見る。

 

 その様を見た髭眼帯は頭の中にあった拙い知識を引っ張り出し色々考え始めた。

 

 

 確かアイヌという民族にとって熊と言うのは神様という位置付けで扱いに関する事も厳格に決められていた筈である、他の動植物に関してまでの事は記憶に無かったが、少なくともアイヌ的な立ち振る舞いをしている彼女に対して、熊を食材としてホイホイ扱う的な会話は不味いのではないかと眉根に皺を寄せて吉野は神威の様子を眺めていた。

 

 

「熊……いいですね、肉だけじゃなくてモツも美味ですし、脳みそなんかも美味しいです、はい」

 

「あ、らしいね、新鮮な熊だと骨と毛皮以外は全部食べちゃうって僕も聞いた事あるよ」

 

「はい、熊、美味ですね」

 

「え!? いや神威君そんな認識なの!? 確かアイヌさん達って熊さんは神様だって崇めるモンなんじゃないの!?」

 

「えっと、これでも神威はメリケン生まれの南洋育ちですから、はい、その辺拘りはないですよ? ご安心下さい提督」

 

「提督何を安心したらいいの!? それよりメリケン生まれとか色々イメージ的にカミングアウトしちゃいけない事言ってる気がするんだけど!?」

 

「大丈夫です、これでも神威は順応性は高いですから、はい、提督が飲んでらっしゃるドクペやサラトガさんが愛飲しているA&Wも全然平気です」

 

「ちょっ!? なんかぶっちゃけ始めたよこの子!」

 

 

 全力で突っ込みを入れる髭眼帯に首をチョコンと傾げ、何を言っているのだろうかという表情のムチムチ補給艦にスッと差し出される白と黒のチェッカーフラッグ模様の缶飲料。

 

 それを差し出した黒髪お下げと缶飲料を交互に見る神威に時雨はどうぞとそれを差し出し、そして暫く受け取ったそれを観察した後、おもむろにプルタブを跳ね上げ、ムチムチ補給艦はそれを口に含んだ。

 

 

 一口二口味わう様にそれを確かめ、最後はゴクゴクと嚥下するムチムチ補給艦を怪訝な表情で見る髭眼帯に、何故かうんうんと頷く時雨、既にそこには普通では無い、しかし大坂鎮守府特有のワールドが展開しつつあった。

 

 そんな色々とヤな予感に黙って観察する髭眼帯を余所に「ケプッ」と可愛いゲップを出した神威は、空になった缶を「ありがとう」と言いつつ時雨に手渡した。

 

 

「味は基本的にCola、しかし炭酸成分は幾分ソフトに、同時に味もやや薄めに調整されバランスが取れた味わいですね、でもやはり少し薄い印象を受けます、流石コーラの横を駆け抜ける冒険活劇飲料ですね、はい」

 

「何か饒舌に語り出したよ!? て言うか何その的確な分析!?」

 

「薄いのかぁ、じゃコレなんかどう?」

 

 

 次に時雨が手渡す缶飲料はドクターペッパー、それはドクターの名を冠しているが中身は人体に優しくない風味と評判の、ある意味定番の毒飲料である。

 

 

「ん……相変わらずの後味、人を選ぶ風味ではありますが正しくこれもスタンダード、毒と言われつつもベストセラーとして今も販売されているのにはちゃんとした理由があると納得してしまう味ですね、はい」

 

「ちょぉっ!? 的確過ぎるデショ!? 君何者なの!? て言うか相変わらずって君この前艦娘として生まれ変わったばっかなんじゃないの!? ねえっ!?」

 

「ふむ、中々この系統の飲み物に造詣が深いご様子、ではこれは如何でしょう?」

 

「いや妙高君いつからそこに居たの!? て言うか既にキンキンに冷えたギャラクシー差し出してナニ!? どんな状況なのコレ!?」

 

「コレは……確か生産は終了されていた筈ですが、賞味期限は?」

 

「心配いりません、我が拠点は失われた遺産を後世へ継承する為に、独自にオリジナルレシピを入手しそれを生産しています」

 

「それは素晴らしい」

 

 

 何かご大層な語り口をしてはいるが、要するに言っている事は当時勢いと思い付きだけで作ったブツが、一部の熱狂的な変人を生み出してしまったという毒の付く飲料達を無理矢理レシピを探り、それを生産しているだけという状況であった。

 

 そんな常飲するのも色々と体に悪い負の遺産を後世に残すのはどうなのであろうと、自分の事は棚に上げた状態の髭眼帯の前で、またしてもムチムチ補給艦は青いベニア炭酸をラッパ飲みで全て飲み干し、プハーと無表情な顔をしつつ瓶を武装事務員へ返却する。

 

 因みに口元を拭った彼女の袖の辺りは青色の染料に染まり、ついでに唇辺りも青色に染まって色々とヤバい見た目になっちゃってるという事は、口が裂けても言えない髭眼帯であった。

 

 

「流石としか言い様がありません、一口目のインパクト、ギャラクシーという名に何も関連性が無いベニア板の風味、そして何よりこの全てを塗り潰してしまうかの様な濃厚な着色料……他の物とは一線を画した逸品とは正にこの事を言うのでしょうね」

 

「君の感想って明らかにソッチ系のテイスター基準の物だと提督は思うのですが……てかそこの! 榛名君とかグラ子君とかキラキラしながら列を作らないっ! ナニこの状況!? 解散! ほら解散してっ!」

 

 

 

 こうして新たに大坂鎮守府の仲魔となった艦娘は、新規艦の内1/6の確率で大坂鎮守府特性の高い者を引き当て、更に初日から馴染んでしまうという色んな意味でカオスな結果になってしまうのであった。

 

 

 

 そして一応ムチムチ補給艦の騒動は色々な意味で髭眼帯の不安が残る感じでの終息をしたが、まだこの執務室を舞台とした騒動は終わってはおらず、これからはタケゾウとキャプテンを加えたカオスが繰り広げられる事をまだ髭眼帯は知らない。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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