大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 誰かを思う気持ちは、それが本人にとって好意的な物であっても相手にはそう感じられない場合がある、心とは存在しても目に出来ない物であり、言葉を交わさねば他者へは伝わらない不完全な物である。
 言葉を尽くしてもそれを理解して貰えるかどうかの保障さえ無い相互理解とは、片側通行では高い確率で一方を無視した結果しか生み出さず、好意を以ってした結果であってもそれは芳しく無い未来を生み出すだけだろう。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/02
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました拓摩様、リア10爆発46様、orione様、坂下郁様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


彼氏彼女達の事情

 

「なぁ千歳……吉野のアンちゃんが言ってたアレ、どう思うよ?」

 

 

 大坂鎮守府島連絡道、凡そ2kmある海上橋を前島へ走る車両、ランドクルーザーを改装した装甲車両の中、ソファータイプの座席に置き換えられたそこに身を預け、舞鶴司令長官輪島博隆(わじま ひろたか)は咥えた煙草に火を点けつつ、ハンドルを握る秘書艦の千歳へ言葉を投げた。

 

 内装全てを取り払い、重厚なソファー二席のみを据えた車内で足をテーブルに投げ出し、外に広がる連絡橋から見える海を見る狂犬の目は何かを睨むが如く厳しい物になっているが、それとは裏腹に口角は吊り上がり、見る者を威圧するかの如き雰囲気を漂わせている。

 

 

「……正直中央の認可を取り付けるのは難しい、という内容ですけど、吉野中将がやると言えば認めざるを得ない状況ですよね」

 

「あ? んな許可とかそんな部分じゃ無くてよ、やろうとしてる事の成否に付いてだ」

 

「提督が成否なんて言葉を使うのは珍しいですね、いつもは上の無茶振りに対しても『出来るか出来ねぇじゃねえ、やるかやらないかなんだよ』って言ってるじゃないですか、今回はそう言わないんですか?」

 

「ん……そうだナァ、正直あの話はナンてのかな、俺が言うのもナンだけどよ……一度公の場で口にしたら死ぬまで止まれねぇし、先という事で言ゃぁ終わりなんて無いんだぜ? 要するに誰も彼も死ぬまで戦い続けるって事だぁ、なぁ?」

 

「提督としては上等……と言いそうな内容でしたけど、違うんですか?」

 

「あぁ上等だよ、んでもよ、あの文官さんがあんな……ナンつーのかな、俺でもちょっと待てって言いそうになる無茶を口にするモンだからよ」

 

「要するに途中でイモ引いて辞めちまうんじゃねぇか……と、こう仰りたいんですね?」

 

「おい人の口調真似んじゃねぇよ、まぁお前ぇの言ってることそのまんまなんだけどよ」

 

 

 ハンドルを握る秘書艦の背中に苦笑と吐き出した煙を向け、輪島は頭の後ろで手を組んで、視線を外から天井へと移す。

 

 大坂鎮守府では輪島の他に司令長官の吉野と、そして友ヶ島警備府司令長官の唐沢、それに加えクェゼリン司令長官の飯野とクルイ司令長官である日下部が暗号用回線を繋げての会議を行った。

 

 内容は現状の説明から入り大坂鎮守府を中心として派閥としての役割と、これから行う予定の各拠点の整備計画、そしてその為に準備するべき事の確認と、其々が必要毎に連絡を取り合って進めてきた事を初めて全員が会する場で今一度確認し、情報の摺り合わせが行われた。

 

 そしてそれの内容が滞りなく行われている事が確認された後、全ての仕事が落ち着き、足場が完全に固まった後に吉野が進めようとしている計画に付いて其々に説明を行った。

 

 その内容は現在輪島ですら眉を顰める程に予想外且つ壮大で、更に言えば無茶と言えそうな内容だったが、結論を言うと既に出来る範囲のお膳立ては整った状態にあり、各拠点の司令長官が口にする懸念を吉野が論破し潰していくという異様な場になり、最終的には誰もが反論が出来ず、口を(つぐ)むという異様な結果となった。

 

 そして暫く誰の発言も無い状態を確認した髭眼帯は、その状態で最後はこう締め括った。

 

 

 『我々がやる事は基本人柱以外の何者でも無い、そして無茶な物だとも理解している、なのでこの計画へ参加するも拒否するも自由である、その際計画実行が大坂のみとなっても開始時期がずれるだけで実行には何ら支障が無い』と。

 

 

 つまり、前提として派閥の内情如何に関わらずその計画は元々大坂鎮守府単体での実行も視野に入れた物であり、派閥という形を得た今はそれが時期的に早まっただけに過ぎないという意味の言葉だった。

 

 そして今それが出来なくてもクェゼリンとクルイには影響が出ない様な、派閥という形を保ちつつ、大坂のみでやる用意もあると。

 

 

「大坂だけでやる場合は……恐らく守りが最大の懸念事項として上がる筈ですから、あの計画を実行に移す際は拠点を捨てるのも視野に入れていたのでは無いでしょうか?」

 

「おう、んでもし派閥という体でこの集団が続くんなら、実働に加わらなくても資源や資金の面倒見るから大坂の防衛はヨロシクって事だ、まぁどの道遅かれ早かれ大坂鎮守府は止まらねぇって事だな」

 

「どっち道計画的には戦力の中心は大坂になりますし、参加不参加問わず態勢は変らないと思うのですが……まぁ、提督がそんな事許す筈ありませんよね?」

 

「当たんめぇだろ、何で俺が前でドンパチやってんのにお留守番なんぞしてなきゃなんねーんだよ」

 

 

 煙草を揉み消し、ニヤリと笑いを貼り付け椅子にふんぞり返る司令長官の姿をバックミラーで確認しつつ、舞鶴鎮守府第一秘書艦は盛大な溜息を吐いて、大本営時代から付き従っていたこの男が出した答えを舞鶴でどう回すかという思考へと切り替えた。

 

 そんな要人輸送用の改造4WDの車内には、イケイケの司令長官の手綱を秘書艦がどう締めるのかという、大坂鎮守府にある提督と艦娘とは真逆の役割が成立しているのだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 大坂鎮守府執務棟一階、第一講義室。

 

 以前に集った時よりほぼ倍の人数が入ったそこには鎮守府所属の艦娘全員と、友ヶ島警備府から出向してきた12名を含めた者達が集うという場になっていた。

 

 通常なら哨戒や防衛に幾らかの者が出るというのが普通であり、所属人員を全て集合させ、その上で拠点周辺の防衛を一時的にでも陸軍のみとする行為は間違いなく異常事態と言える物であった。

 

 そんな状態で集められた者達もやはり何事かという雰囲気で席に着き、場の最下段中央の教壇に立つ白い軍装の髭眼帯の言葉を待っている。

 

 その教壇の脇には友ヶ島警備府司令長官の唐沢と、そして泊地棲姫の代理である静海(重巡棲姫)が椅子に腰掛けて控え、否が応でも空気は張り詰めた物になっていた。

 

 

「さて諸君、其々忙しい処の総員呼集、すまないね」

 

 

 髭眼帯の口から最初に出たのは場の空気にはそぐわない軽い口調の言葉。

 

 それはいつものと言えなくも無い佇まいであり、吉野三郎という男が誰にでも見せる雰囲気であった、しかしその言葉を聞いても室内に居る者達の表情は変らない、ピンと張り詰めた空気に注目する瞳、それらの原因は他ならぬ今口を開いた男の姿にあった。

 

 

 平時には鎮守府では被らない軍帽を被り、白い二種軍装には中将の肩飾りが乗せられ、そして腰には時雨でさえ見た事が無い軍刀をぶら下げて。

 

 将官を拝命した際に賜ったそれを腰にした男は、白い手袋を嵌めた手を教壇へ置いて、いつもの相で場の全員へ言葉を発していた。

 

 

「今回皆に集まって貰ったのは他でも無い、これから我が大坂鎮守府が進むべき先を、今まで君達には言ってなかった最終目標の話をしておこうと思ったからだ」

 

 

 吉野の言葉に鎮守府に所属して日が浅い者達は首を捻り、逆に古参の者程驚きに目を見開いた。

 

 今まで状況に流され、発生した事案に対応する形で組織を作ってきたのが第二特務課であり、受動的な組織運営が常だったそこには目標としては自分達の居場所を作り、守るという事に終始してきたというのが今までであった。

 

 そして指揮を執る吉野自体、何かを模索し、目指しているという事は周りの者自体何となく察してはいたが、それは決して本人の口から出る事は無く、そしてそれは古参の者達にでさえ個人的な思想が元にあるからと言う一言以外聞かされる事が無かった物であった。

 

 

「先ずその話をする前に、言っておきたい事がある」

 

 

 今までのらりくらりと誤魔化し、そして誰にも言う事の無かった話を口にすると言った男の腰には、それを嫌って決して腰にしなかった軍刀と、そして平時は手にしない帽子という姿であった。

 

 

「内容の事を口にする前に言う事じゃ無いと思うんだけど、どうしても最初に伝えて、そして自分の覚悟を固めないと迷いそうだからその辺りは勘弁して欲しい」

 

 

 そこまで形を整えて尚覚悟を固める為にと発しようとする言葉とは何なのか、全ての者は鎮守府司令長官の次の言葉に全ての神経を集中させた。

 

 

「これから先は自分の思想、そして考えを君達に押し付け、そして終わりの無い茨の道へと追い遣る事になる、それは誰の為とは言い難いあやふやな物であり、そして理不尽も伴う物である事は確かだ、しかしそれを押しても自分は往こうと思う、君達の賭ける命に対し返せる物はこの身一つという対価に釣り合わない物になるだろう、しかし……それでも自分は往くと決めた」

 

 

 確たる言葉にしてはいないがそれは、理不尽を伴い、生死を賭け、しかも終わりが無いという救いの無い物であった。

 

 

「本来人が数世代掛けてやるべき物を、これから自分は一足飛びでやろうとしている、無理もある、無茶もある、それでも今それをするのが可能かも知れないという物が手元に揃ってしまった、そして自分はそれらを無視して安全で、誰か……これから先に生まれてくるだろう次の世代へ任せるという選択肢は選べなかった」

 

 

 そこまで言うと、一端視線を机に落とし、自嘲が張り付いた顔を振り払う様に深呼吸をする。

 

 

「君達の命をくれ、代わりに差し出せるのは自分の命だけという対価に見合わないものだが……共に戦い、共に死んでくれ」

 

 

 最後にその口から出たのはいつか誰かに言った、そして降りかかった理不尽へ対する時に口にした、あの時の約束の言葉だった。

 

 

「これから軍は外へでは無く内へ力を向ける事になるだろう」

 

 

 吉野の言葉に返って来たそれは、最前列の奥に陣取り、腕を組んで教壇を睨む大和型二番艦だった。

 

 その言葉は低く、重く、そして言葉は恐らく途中であった為に意味が通らない物だったが、それでも誰も何も言わず、その様子を見るだけという場がそこにあった。

 

 

「だから私達は大坂へ行くべきだと、そう吹雪から言われ大本営を追い出された、私は勝てない(いくさ)でも理不尽な命令でもそれに殉じ死ぬ覚悟は出来ていた、それは吹雪も大隅大将も知っていた筈だ、それを知ってて尚私をお前の所へ寄越した……ならそれには何か意味があるんだろう、話せよ提督(・・)、お前が何を考えているのか、何をしようとしているのか、私が命をお前にくれてやる理由を聞かせろ」

 

 

 武蔵の言葉には何かしらを読み取った嘗ての上司の言葉と、そして己が命を懸ける為の、あの大本営第一艦隊で身に刻んだ時と同じ海へ出る覚悟を固めるだけの理由をよこせという物が含まれていた。

 

 

「武蔵君の問いに対し……その話をするには先ず色々な前提から話さないといけないので、先ずはその辺りからしようと思う」

 

 

 その言葉と共に脇に座っていた静海(重巡棲姫)へ吉野は視線を向け、それを受けた静海(重巡棲姫)は席を立ち、吉野と入れ替わる形で教壇へ着いた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「先ず、この話はテイトクからお願いされてする話であり、事実だけを抽出しただけの物となります、そしてそれは貴女方には不快に思う内容を多分に含む物になっていると予め言っておきます」

 

 

 静海(重巡棲姫)は一端言葉を切り、場の者に言葉が行き渡ったのを確認し終えると改めて視線を真正面へ向け、続きを語りだした。

 

 

「この惑星は陸と海の比率が3:7であり、その内我々深海棲艦は海の殆どを支配している状態にあります、また人類が単独で海を維持している部分は大陸等に沿った極一部分でしかなく、我々としてはその辺りに貴女方が縄張りを設けても何も問題の無いという認識で居ます、それは陸をどうこうしようという面倒な事をするつもりが無いという考えがあるからの物だと理解して下さい」

 

 

 人類と艦娘が必死で切り開き、維持に努めた海は、深海棲艦としては獲られても問題の無い範囲(・・・・・・・・・・・・)の海である(・・・・・)のだという、それに幾人かの者はやや怒気を孕んだ空気を滲ませるという反応を見せるが、静海(重巡棲姫)はその部分は事前に前置きしているので再び口にする必要は無いという認識であった為に、敢えてその者達へ特別な返しもせずに淡々と言葉を続けていった。

 

 

「我々には陸を攻める能力が無いという認識は先ず捨てて下さい、我々がそうしないのは今の縄張りで事足りているからで、陸を獲る意味が無いからです、逆に言うと攻め落とすべき何らかの理由が発生した場合、我々は(おか)に上がって侵攻を開始するでしょう、その攻める理由と言うのは実の所現在発生するか否かという微妙なラインにある状態と言えます」

 

 

 深海棲艦と戦端を開いてから30年、大陸と呼ばれる場は絶対安全圏という認識で人類は行動してきた、しかし今静海(重巡棲姫)が言う事が本当ならそれらの認識は間違いとなり、人類の生殺与奪の権利は深海棲艦が握っているという事になる。

 

 

「我々の世界ではピラミッド的な関係性で全てが成り立っています、そして底辺を幾ら削られようとも戦力比で言えば支障が無いレベルにあると言えますが、それでも支配者階級の者にはメンツとプライドがあります、例えそれが羽虫の如く脆弱な存在であろうと、ブンブンと目に見える範囲で飛ばれるのは鬱陶しいと感じるのは確かでしょう、その部分に於いて、現況は彼女達支配者階級の者が気に障るかどうかのギリギリの線にあると思って下さい」

 

 

 静海(重巡棲姫)はそこまで語ると、以上ですとだけ言葉を残し、さっさと席へ戻っていった。

 

 

 深海棲艦が陸の上でも戦える、そして現在は必死に抗う人類に対して羽虫と称する程の認識であり、そして気にも留めていないから現状が維持されていると聞き、場の者達は言葉を失って静海(重巡棲姫)を見る。

 

 それは正しく、彼女が話の前に言った"不快な物を多分に含んだ内容"であり、更にはそれ以上に衝撃的な内容を含む物であった。

 

 そして再び教壇へ戻ってきた吉野は一つ咳払いをした上で室内を見渡し、溜息を吐きつつ静海(重巡棲姫)の言った言葉を継ぐ形で話を進め始める。

 

 

「と言う訳で、我々人類にはこの地球上での安全圏は無く、彼女達深海棲艦の胸先三寸でどうにでもされてしまう危機的状況にあると言う事だ、そして今辛うじて維持出来てる世界はこの先も続くという保障がどこにもないと言う事になる、拠ってこの現状を打開し、更に我々が生存していく為には結構無茶をした上で、長い時間を費やして現況を変化させていかなければいけない、その為に自分が出した答えは」

 

 

 教壇の後ろにある巨大なスクリーンに世界地図が映し出される、そこには世界を五つに割る様にラインが走り、更に人が今支配しているであろう海域が薄い赤で示されていた。

 

 

「西太平洋北部を攻める、太平洋をド真ん中で割り、その西側ハワイ近海から北極海までの海を駆逐し続け、特定の深海棲艦上位個体()を鹵獲する」

 

「太平洋……だと?」

 

 

 吉野の言葉に、その場で一番静海(重巡棲姫)の言葉へ怒りの感情を抱えていた武蔵が反応する。

 

 今静海(重巡棲姫)が言った言葉には様々な新事実が含まれてはいたが、最大の懸念は今以上の侵攻によって人類は陸を攻められるという可能性があるという部分であり、その言葉を前提とするなら吉野の言う西太平洋北部を攻めるという言葉は、支配階級に居る深海棲艦に陸を攻めさせるという可能性を増大させるという行動に繋がる物に他ならなかった。

 

 

「もしそこの重巡棲姫が言った言葉が本当なら今以上の侵攻は危険という事ではなかったか? 太平洋を攻める……私としては上等と言える話ではあるが、それは可能な事なのか?」

 

「現在海を五つに割って、そこを統治するピラミッドの頂点は四体存在し、五つの海の内西太平洋北部には現在統治する者が居らず、細かに区切られた海域が並び、各海域の首魁が其々を支配している形になっている……その首魁達を纏め上げ、戦力を縄張りの外へと出せるのは『原初の者』と呼ばれる存在だけらしいと言う事なのでその辺りの問題はクリアしているかなと、そして鹵獲対象とするのは、各海域から当該海域へと流れ、そこに首魁として存在する"元艦娘だった"深海棲艦、ウチの深海勢と同じ状態にある鬼級、姫級の個体」

 

「……鹵獲目的だとすると、海域を獲ると言う事では無いのだな、しかし南洋と違い太平洋では艦娘の戦闘回数は殆ど無いに等しい、艦娘の前世を認識する上位個体は状況的にそこに居る確率は低いのでは無いか?」

 

「海域を獲っても維持する戦力は無いからね、だから作戦は上位個体を鹵獲するだけの行動に終始する事になると思う、そして確かにあの海域では戦闘は殆ど行われた事が無いけど、南洋で戦う事を嫌い、そしてその為居場所を無くした多くの上位個体が支配者が居ないあの辺りに流れていってるらしくてね」

 

「……なる程、泊地棲姫からその辺りの情報は得た上で計画を立てたと言う事か、それで? それがお前の目指すと言った目標か?」

 

「いや、それは目的の為に必要な手段を得る為の準備になる」

 

「ふむ……では最終的な目標とは何だ?」

 

「人が住む陸へ深海棲艦が侵攻不可能な絶対防衛線を作り上げる、その為に必要な戦力を集め、恒久的な戦争が行える世界を構築する……と、多分この辺りまで出来れば上等かなと」

 

「恒久的な戦争が可能な世界、またややこしい言い方をするな、もっと判りやすい言い方は無いのか?」

 

 

 吉野が口にした目標を聞いた武蔵は硬い雰囲気を霧散させ、変わりに苦い顔で溜息を吐く。

 

 元々が難解な言い回しをする髭眼帯の言葉は内容がトンデモ系であってもそれなりに聞こえるという効果があったが、逆に簡単で判り易い物も纏めて難しい言葉に変えてしまうという欠点を含んでいた。

 

 

「あー、うん、深海棲艦が駆逐不可能な存在という前提で、人と艦娘、そして深海棲艦が確実に存在し得る未来を作り上げる……という事になるのかな?」

 

「確実にとはまた大きく出たな」

 

「それを現実の物とするのは簡単な話で、深海棲艦と人類側の戦力を拮抗させればいい、そして足りない戦力は深海側から得ようと、まぁこういう計画なんだけど、それは必ず戦力は拮抗状態でないといけないというバランスを含んだ話になるかな」

 

「……何故双方の戦力を拮抗させないといけないんだ?」

 

「戦力が足りなければ人類は疲弊する、逆に戦力に余裕が出れば艦娘という存在の価値が薄れ、君達は戦力という認識から道具という物へと成り下がるだろう、だから深海棲艦の脅威を押さえ人類の未来を確実な物としつつ、艦娘という存在が必要だという関係性を保つ必要がある、それと同時に……」

 

 

 そこまで言うと吉野の顔は少しだけ迷いを含んだ物になったが、一端目を閉じ、再び前を向いた時にはその表情は真剣な物へと変化していた。

 

 

「君達艦娘の精神構造と行動理念は人のソレと大きく違う、前世が軍艦という特殊性を持つ為に戦いに拘り、常に戦場に身を置いていないと精神的安寧は得られない、それは軍艦としての前世が国を、民を守るという強い存在意義を君達に与え、戦う事で人類を守るという行為を通してでないと己と言う存在を認識出来ないからだ、その意識は艤装と切り離せばある程度改善されるとハカセの研究にはあるが、そうした場合君達は人でも艦娘でも無い、力という人類に対する唯一のアドバンテージすら奪われた何かになってしまう、そしてその存在を対等の者として受け入れる世界は人類側には存在しない」

 

 

 艦娘は軍艦という兵器から生まれた存在であった。

 

 しかし艦娘という存在は人から見れば歪な存在であったが、確実に、間違いなく、意思を持ち、感情を有する生命体であると吉野は認識し、それを裏付けるかの様に天草や電の、そして吉野の母親が残した研究結果が不完全ながらもそれらを証明していた。

 

 

「理想を言うなら、君達と艤装を切り離し、一個の生命体として生きて行ける世界を作るべきだろう、しかし深海棲艦という存在との融和は絶望的、そして人類には人と言う存在以外を受け入れる素地は無い、自分がもし君達と同じ程の時間を生きれたならそれを目指すという選択をしただろう、しかしその糸口さえ見えない今を考えるとその理想的状況を作り出すのは不可能だ、自分が死ぬまでの間に残された時間はそれをするのに足りなさ過ぎるんだ、だから自分は戦う事で君達の存在意義を持たせ、深海棲艦に対する人との間で必要とされる存在にしようと決めた、それは終わりの無い戦いへと君達を追い遣る外道だと理解はしている、だからせめて"負けない為に"……世界の戦力を拮抗させる為に西太平洋北部を攻める」

 

「提督」

 

 

 最後は吐き捨てるかの如く、吉野が噛み締めた口から洩れる様に呟いた言葉に、壇の中央に立つ艦娘が言葉を掛けた。

 

 表情に色は見られない、そして静かに呟く榛名は、どうしても確認しなくてはいられない言葉を口から紡いでいく。

 

 

「その計画は、榛名達艦娘の為に考えられた物でしょうか?」

 

「……違う」

 

「では人類の為に?」

 

「それも、違う」

 

 

 榛名の言葉に否定をする吉野の表情は自嘲を含み、それでも何かを押さえ込んだ、真っ直ぐに榛名に対する、そしてここに集う者達へと向ける視線へと続いていった。

 

 

「君達と約束した……共に在り、共に死ぬ、そして手の届く場所に居るという約束を果し続け、いつか自分が居なくなっても次の誰かが(・・・・・)君達と共に在る為に、その不安と後悔を残さず先に逝ける様に、自分は道を残そうと思う」

 

「……提督の言う、戦力の増強が更に進めば……人はもっと安全になりますよね?」

 

「ああ、しかしそれだけの数を鹵獲するとなれば時間が足りないだろうし、もし出来たとしても君達艦娘の立場は……」

 

「知った事じゃ無いです、提督はズルイです……勝手に自分が居なくなった時の話をして、残された榛名達の事をちっとも考えてくれてないです」

 

「しかし君達と自分との間には、寿命というどうしようも無い壁が存在するだろう?」

 

「ハカセ」

 

 

 榛名が吉野の言葉を遮り、壇の最前列、そこに電と並んで座る白衣の者へ声を掛ける、その言葉に振り向きはしないが、"あぁ?"というやや不機嫌な色の言葉が返ってくる。

 

 

「もし榛名が艤装を切り離せば、榛名の寿命はどうなりますか?」

 

「お前はアホか? 艦娘が艤装から切り離されると言う事は、生体の維持がままならなくなるから死んじまうだけだよ」

 

「叢雲さんの様にコアをどうにかするという事は?」

 

「出来たとしても、結局お前は艤装のコアに依存して生きると言う事になるから寿命は変んないさ、ただ……」

 

 

 榛名に言葉を返しつつも、ハカセの目は教壇を睨み続けたままだった、それは静かな物だったが、明らかに怒りの色を含んでいた。

 

 

「後3年待て、そうすりゃ艤装をお前達から切り離すって簡単な研究なんざ完了させてやるさ」

 

「なのです、人の心も無視して独りよがりな事を口にするボンクラに目に物を見せてやるのです」

 

「ちょっとボンクラって……それに艦娘が前線を退いたら誰が深海棲艦へ対するんですか」

 

「戦力を拮抗させる為に先を目指すのでしょう? ならここに居る人数程度(・・・・・・・・・)抜ける事になっても問題無いと思うのです」

 

 

 言葉にすれば、自分達の役目を他人に押し付けるという宣言の言葉。

 

 誰の為でも無く、自分の望みの為に吐き出した言葉。

 

 

 理屈も矜持すらも引っくり返すその言葉は、それでも幾らかの者達の心を如実に表した、曲げる事が出来ない心からの願いだった。

 

 

「選択肢があると言うなら戦いを選ぶも、去るも自由だ、誰にもそれを邪魔する事は出来んだろうな、但し戦場から去ると言うなら抜けた戦力分の穴埋めは自分でする、これなら筋は通ると思うぞ提督……なら命を懸ける価値はある、私は死ぬまで海に居続けるつもりだがな」

 

 

 サバサバと己の気持ちを口にし、椅子でふんぞり返る武蔵の向こうでは、机に手を付き、ぼろぼろと涙を零し、そして吉野を睨む金剛型三番艦の姿があった。

 

 

「勝手は……絶対に、絶対に榛名が……許しません」

 

 

 この金剛型三番艦の言葉に同意する者は場の半分はいただろう、そして残りの者はその言葉に思う部分は無くても、吉野がやろうとしている事を理解し、この作戦を是として反対の意見はついぞ出なかった。

 

 

 

 そして大坂鎮守府を筆頭とした派閥はこれより着々と準備を進め、割り当てられた軍務をこなしつつ再び太平洋へ打って出る事になるのだが、その遥か先にはまだ吉野も、そして近海を治める泊地棲姫すら知らない真実が転がっており、それを元にした更なる事案が待ち受ける事になるのだが、それが語られるのは随分と先の事になる。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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