大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 心と言うのは理性で制御してこそそう呼ばれる物である。
 律するという理性の根底には常識という物から派生する物だけでは無く、己の内にある矜持や信条という拘りを元にする物もあれば、負い目や諦めという部分から生まれる理性もある。
 その心にある問題は長きに渡り縛り付けられた物であればある程根が深く、人格を形成する一因ともなっている事が多い、しかし一端その箍が外れてしまうとその者の人格を変えてしまう程に、そして急激に何かを変えてしまう場合がある。
 抑圧されればされる程に、その時が長ければ長いだけ、正義不能なそれは激的な変化を齎してしまう、そして多くはその急激な変化に本人は気付かず、または翻弄されるのみの場合が多い。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/05/23
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


提督と長門さん。

「提督の気持ちは判らんでも無いが、あの『次の誰かが君達と共に在る』という一言は余計だったな、あれでは共に在るという覚悟を以って海に出る者達は誰も救われまい」

 

 

 大坂鎮守府執務棟二階廊下、会議室の一件から三日経った現在、渋面の長門と髭眼帯は執務室へ移動中であった。

 

 あの後会議は予想通り吉野の言葉に憤慨した一部の艦娘が教壇へ詰め寄り混乱するという状態を経て、結局は髭眼帯が正座させられ数時間説教を食らうという何とも締まらない状態で全ての幕は閉じた。

 

 髭眼帯が最後に平謝りしたお陰で一応現在はいつも通りの平穏を保ち、業務も滞りなく回っている状態であったが、それでもまだ特定の数人はオコ状態であり、その機嫌を直して貰う為にあれこれ手を尽くすという後始末を仕事と平行して行っているのが現在の吉野の状況であった。

 

 

「いやまさか妙高君と鳳翔君があれだけ強情だとは思ってもみませんでした……」

 

「強情と言う言い方はどうかと思うがな? それだけ提督の事を想っていたのだろう、妙高は幸い機嫌が直ったが……問題は鳳翔だな」

 

「うーん、一度二人だけで話しした方がいいのかなぁ……」

 

「そうだな、それに付いては龍驤に相談しておいた方がいいのでは無いか?」

 

「あー、確かに鳳翔君と一番付き合いが長いのは彼女だったねぇ、ちょっとその辺り後から話を聞きに行ってみるよ……ところで長門君」

 

「ん? 何だ?」

 

 

 話す内容は極普通の物で、口調もいつもと変わらないが、何故か長門は髭眼帯にピットリとくっついて廊下を移動していた。

 

 それは比喩では無く、モロにピットリと体をくっつけて、テクテク歩く髭眼帯の歩行速度に器用に合わせての状態、それは端から見ると二人三脚をしているかの如き絵面(えづら)である。

 

 そんな異様な行動をしている割にはふっつーの長門の受け答えに、逆にそれが何かヤバいと感じる吉野はその件にツッコミを入れると何か良く無い事が起こるのではという予感の為、その行動はずっとスルーの状態でやり過ごしていた。

 

 朝起きて飯を食う時はいつも対面に座してる筈の長門が隣に座り、アーンの輪に極自然に混じるという事から始まり、執務中はグラ子ばりに背後に立ちチチを頭にセット、更に移動中はペットリとくっ付き状態で紐レス二人三脚状態。

 

 そんなアッピールにしては真顔でいつものという事が逆に恐怖を煽られる髭眼帯は、プルプルしつつ執務室へと急いだりするのであった。

 

 

「ああうん……いや、なんでも、はい」

 

「ふむ……そうか」

 

 

 そして執務室に到着し、丁度午後休憩の時間の為ソファーに座り茶を出された時も何故かナガモンは隣に座りペットリとくっ付いたまま、そして髭眼帯はプルプル状態が続くという魔空間がそこに出来上がっていた。

 

 

「提督、取り敢えず今日の書類関係は終了してるけど、この後はどうするの?」

 

「うーん……じゃ取り敢えず航空母艦用施設群の様子を確認がてら、ちょっと龍驤君にも話しがあるから……それと、それが終わったら鳳翔君とこ行こうかなって思ってるんだけど」

 

「えっと、じゃ晩御飯は?」

 

「ついでに鳳翔君とこで食べようかと思ってるから、後は頼める?」

 

「うん判った、じゃ間宮さんにはそう伝えておくね? それと提督」

 

「うん? 何かな?」

 

「長門さんのそれ……どうしてそんな事に?」

 

「それはこっちが聞きたいです」

 

「改装されたビッグ7の力、侮るなよ」

 

「いや侮ってないからね!? 改装ってやっぱそれ系なの!? ってナニ提督の腕に噛み付いてんのナガモン!? 痛いからヤメテ!」

 

「うん、やっぱり改二の姿見て『男前になったね』って言ったあれ、言葉の選択が間違ってたんじゃないかな司令官」

 

「僕もそう思うな……折角格好くなったのに『脱・タイムパトローラー』とか言われたら誰でも拗ねちゃうと思うよ」

 

 

 苦笑いの時雨に響の前では髭眼帯の袖を捲り、まるでトウキビに齧りつくが如きビッグセブンが涙目でウーウー言うという異様な状態になっていた。

 

 

 艦娘が出現して以来、初期の戦線から軍を支え長きに渡り活躍してきた大戦艦長門、しかも目の前でウーウー言っているのは史上初、この世で一番最初に艦娘長門として生を受けた個体であった。

 

 第一線で戦いつつも、時間が経つにつれて後から邂逅してくる者達よりも能力が微妙な状態と称される様になり、それでも自分の矜持に従い、性能差を何かで埋める努力を常にしてきた彼女。

 

 艦隊総旗艦という立場から表に出せなかったが、長門もまた強さに対する渇望は少なからずあった筈であった、そして内に秘めたその強い渇望の為か、それとも主が死を()して討って出ると宣言した為か、あの会議の直後に長門は体調の変化を訴え、医局で精密検査を受けた結果、改二の兆候有りと言う結果を得て、碌な下準備もせずに彼女は史上初の長門型改二の改装に踏み切った。

 

 前例の無いそれは、旧式と言われつつあった彼女の肉体にどう作用するか予想も付かず、性能以上に艦種さえ変化するという例のある改装はある意味賭けと言える行為だった。

 

 それでも諦めていた筈のそれに、ほんの少しだけでも見えた可能性のか細い糸を手繰った長門型一番艦が至ったのは、アイオワ以上大和型に僅かに届かずという強固さと、対空兵装や陸戦用特殊装備も搭載可能という、現在の戦艦に於いて彼女だけが持つ唯一無二の力を手に入れた。

 

 その強固さを物語る様に、肌の多くを晒していた制服は布面積が増加し、黒い外套の様な上着に身を包み、各所には追加装甲と思われる補強が施されていた。

 

 それは間違いなく彼女が欲した、誰も彼もを守る盾として、そして戦艦だからと戦う以外の全てを排除してしまった物を取り返した、『どこへでも艦隊旗艦として随伴出来る能力』を限界まで引き出した、彼女の渇望を形にした姿だった。

 

 

 そんな己の理想に近い姿に成れた事と、同時に艦隊総旗艦として、そして他艦に性能面で引け目があった事で遠慮していた部分がある程度解消された為か、ルンルンとスキップ状態で褒めて褒めてと髭眼帯に報告に行った時に返って来た言葉が『男前になった』や、『タイムパトローラーから新撰組にジョブチェンジした』という台詞。

 

 

 当初は何か聞きたかった言葉とは違う物の、それは頼もしくなったと称する言葉なんだと納得はしたが、一晩じっくりその言葉を咀嚼し、翌日の朝……つまり時間軸で言うと今朝の話になるが、眠りから覚めて身支度の為に洗面台の前に立ち、自分の姿を改めて鏡で確認した彼女は思ったという。

 

 

─────────いやその評価はどうなんだ!?

 

 

 と。

 

 

 そして取り敢えず自分はどう評価して欲しいのか、どんな言葉が欲しいのかは判っていないが、その辺りのモヤモヤした部分を持て余し、髭眼帯にペットりしたり、グラ子を模してチチをセットしたり、色々試してみたがしっくり来ず、しかも髭眼帯は眉尻をピクピクさせて明らかに動揺している様を見て、何となくのモヤモヤが怒りへとシフトした末に持て余した感情は、吉野の腕に齧り付くという奇行へと繋がっていった。

 

 

「ちょっ!? マジ痛いからナガモン!? シグえもんヘルプ!」

 

しんひぇんぐみ(新撰組)ってなんらっ! ていひょく(提督)はこのながとをなんらとおもっているんらっ!」

 

「いやそのカッコイーとか強そうって思った事を述べただけでってかイッタァァイ! 千切れる! 提督の手ぇピンチ!? ヤメテナガモン!」

 

「わらしはごりらではにゃい!」

 

「提督君の事ナガト・ナガトなんて言って無いからね!? 何で君そんなに自虐的なの!?」

 

「うるひゃいっ!」

 

 

 こうして二段階目の改装を経てより高みへと至った艦隊総旗艦であったが、それの影響か、それともそれ以外の何かが原因なのかは不明ではあったが、この日を境に彼女は大きく変化したのだと言う。

 

 それは立ち振る舞いや性格はそのままに、見た目が大きく変わったという以上に、提督LOVEを自認し口にする事も憚らないという色んな意味での大変化であったという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「建屋は完成したし、来週には社殿を開く祈祷が出来そうやからそれが終わったら取り敢えずここは完成やね」

 

 

 鎮守府島西側に広がる敷地には、予てより建設中だった航空母艦用の施設群がほぼ完成した状態でその姿を見せていた。

 

 それなりの大きさを誇る社殿の前より伸びる、石畳で舗装された道を中央に、西に弓道場と板張りの道場が並び東には射撃場という配置で、そして石畳の端には朱塗りのそこそこな大きさを誇る鳥居が構える。

 

 神道を基本とした造りのそこは随所に仏教とも陰陽とも言えない何かの様式を取り込みつつも、未だ完成していないと言うその空間に足を踏み入れれば、鳥居の内側は吉野でも判る程に空気が違っているのを肌で感じられた。

 

 

「ふむ、来週かぁ……社殿を開くってどんな事するの?」

 

「ん~説明は難しいんやけどな、普通は神社とか建立する時て勧請(かんじょう)言うて……どこかの神社に名前を分けて貰ろてそこと繋げるんが普通なんやけど、ここって元々海やったし、一般人が使う目的のモンとちゃうからなぁ、取り敢えず祈祷は神道に則って社を降ろすけど、細々した仕来(しきた)りとかに縛られてたら色々と面倒な手順踏んで作業せなアカン事になるし、取り敢えずここは独立した社って事で御霊(みたま)降ろして形だけ整えるから、そないに面倒にはならんと思うよ?」

 

「そっかぁ、んじゃ何か準備しておく事は?」

 

「ん、後で色々纏めて報告しとくけど、神主はうちが勤めるから後は……まぁ奉納とか舞いは空母組で何とか出来るし、後は参加するモンに清めを受けて貰うんと、参列する時にちょこっと協力して貰う程度やろか」

 

 

 相変わらず例の栄養ドリンクをチューチューしつつ、龍驤は頭の中にある工程を整理し、説明に必要な部分だけを抽出していく。

 

 着工から凡そ二ヶ月、妖精さんの手による建築にしては異様に時間が掛かっているその構造物群は霊的加工に手間が掛かり、また龍脈から直に霊脈を引き込んだ為にそれを安定させる為の仕事に悪戦苦闘した挙句、漸く終わりが見える段階までに漕ぎ付けていた。

 

 実際予算的な物は見た目ほど掛かってはいないそれらは、携わった者の延べ人数が僅か二ヶ月足らずで千を超える手間を要し、規模という面では呉の持つ厳島工廠に迫るという馬鹿げた状態になっている。

 

 それは施設の規模は除外して、容量で換算すれば数十名が一度に霊的作業を行っても問題無い規模を誇り、更にはその社殿地下に展開する陣は鎮守府全体へ霊的な力場を張り、一種の聖域を築く造りになっているという。

 

 

「いや~えぇ経験させて貰ろたわ、こんだけ好き勝手にやらせて貰う機会なんかそう無いし、加賀とか大鳳もああ見えて一流やからな、思い付く限りの全部ぶち込んでもちゃんと形になったわ」

 

 

 龍驤の言葉に何か一抹の不安を感じる髭眼帯はハハハと乾いた笑いを口から漏らしつつ、最終的な日程の調整と、ザックリとした予定を決定していく。

 

 それは本来報告として受け取り執務室で詰める話ではあったが、事がまるで理解の及ばない物を元とした話である為、最終調整の前に現場で見聞きした方が良いという判断での打ち合わせであった為、髭眼帯にしては珍しく、聞き慣れない単語をメモに取りつつうんうんと首を上下に振っていた。

 

 

「それはまぁええとして、なぁ司令官?」

 

「ん? ナニ?」

 

「その……なんちゅうか、それ、んっと……そこの背後霊……」

 

 

 栄養ドリンクをチューチューし終えたまな板の視界には、一生懸命メモを取る髭眼帯と、その後ろでドヨーンとした何かを背負ったナガモンがジト目で立つと言う異様な風景があった。

 

 国内でも有数の霊的場にあって、それを物ともしない負の空気は髭眼帯の二歩程後ろから発生しており、ゴゴゴゴという効果音を背負った長門改二から滲み出す圧力は、まな板と髭眼帯が無意識にプイッと視線を逸らしてしまう程の何かを醸し出していた。

 

 

「なぁ司令官……今度は何やらかしたん?」

 

「今度はってナニ? そんな提督が諸悪の根源みたいな言い方はどうかと思うの……」

 

「せやかてほら長門の目ぇ、司令官の背中ジっと見詰めとるやんか、て言うか色々やらかすのは勝手やけどウチを巻き込むのは勘弁してっ!」

 

 

 ナガモンに背を向けたまな板と髭眼帯はボソボソと醜い言い争いを展開するが、その間もジト目のナガモンは髭眼帯の背後霊として無言で張り付き状態というカオス。

 

 その気配に振り向けば殺気とはまた違う質の視線で睨み上げられ、カタカタ震えつつ前を向くと、何故か微妙に距離が開いた龍驤の姿が吉野には見える。

 

 

─────────このままソロで行動していては色んな意味で命がデンジャーなのでは無いのか?

 

 

 そう思った髭眼帯はズリズリと摺り足で前に間合いを詰めるが、何故か距離が縮まらないという不思議。

 

 数々の戦場を潜り抜け、生き抜いてきた平たい胸族のフラットドラゴンは、航空母艦に必要な空間把握能力と、戦場での理想的な立ち位置を感知する能力に秀出ていた。

 

 そしてそのスキルを全力で発揮し、危機的状況からスススと離脱を図ろうとするまな板に、ズリズリと間を詰める髭眼帯、そしてその最後尾には音も無く寄り添う背後霊というホラーが展開される。

 

 

「んん~? 龍驤君ん? まだ話は終わってないんだけどどこ行くのぉ?」

 

「いややなぁ司令官、うちまだ色々とやらなアカン事あるしぃ、ちょーっちほら、作業してる加賀の様子見てこなアカンしぃ」

 

「いやさっき今日はもう半休って言ってたじゃなぃ? て言うか提督ちょっと色々君に相談あるんだけどぉ?」

 

「相談てなぁに? うちお祓いも出来るけど、流石に長門型改二相手はキッツイわーって思うねん」

 

「お祓いでなんとかなるのぉ? ならないでしょお? ていうか相談ってのはそっちじゃなくてぇ」

 

「やめーや! ナニこんな時だけ俊敏に動いてんねんキミ! くっそ……Hail Mary, full of grace,……」

 

「って何で英語の悪魔祓いなの!? キミ神道系じゃないの!? ねぇっ!?」

 

「やかましいっ! 近寄んなっ! Amen.Amen.エイメーーーン!」

 

 

 声を震わせ、極めて真顔でジリジリと移動を続ける二人は、軽やかにムーンウォークで後退しつつ悪魔祓いを行うまな板と、剣道の達人の如き摺り足で高速移動するという髭眼帯という様を見せていた。

 

 

 

 こうして鳥居の下でスタートした珍妙な三竦(さんすく)みは結局本殿前までズリズリと続き、まな板が形振り構わず十字を切りつつ逃亡、そして髭眼帯が逃亡に失敗し背後霊に鹵獲されるという結末で幕を降ろしたのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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