大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 付き合いというのはどんな関係性であっても互いに本音と建前が存在する。
 それは相手が承知していたとしても口にしてはいけない物と、知っていると判っていても敢えて確認する為に口にしないといけない物がある。
 それは通さねばならない筋であったり、または言質として相手に預けるという意味合いの場合もある。
 多くは何の意味も無い様な回りくどい儀式である場合が多いが、それをけじめとして全てが始まると考えれば、その手間に掛かる労力に対しては自然と諦めが付くだろう。


また今回は作中の一部に以前コラボさせて頂きました

坂下郁 様作
逃げ水の鎮守府-艦隊りこれくしょん-
https://novel.syosetu.org/98338/

との一部世界観を共有している為、あちらの物語に触れる部分が幾らが御座います、お気になられた方はあちらも拝読して頂ければと思います。

 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/05/29
 誤字脱字修正反映致しました。
 また作中に於ける文字装飾レイアウト修正致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、皇國臣民様、有難う御座います、大変助かりました。


執務棟の屋根の上

 連日の雨が途切れ、久々に訪れた晴れ間、まだ天気予報では暫く梅雨明けまであるという季節は少しだけ肌寒く、空気も少し湿りがち。

 

 そんな大坂鎮守府の執務棟屋根上では何故か髭眼帯が空をぼーっと眺め黄昏(たそがれ)れていた。

 

 

 ここ数日自分のやらかし案件を含め色々と問題が噴出していたが、それも漸くと片付き、まだやらねばならない諸々を整理しつつ段取りをするという、ある意味ルーチンワークにとも呼べる仕事に取り掛かろうと今日も朝から執務を開始していた。

 

 しかしそんな執務中、ある一報が髭眼帯の耳に入り、またしても彼の平和(?) は脆くも崩れ去る事になった。

 

 そして現在その緊急事態に対し、ここ数日の精神的疲労と睡眠不足からプチっと切れてしまった吉野は何故か執務室から逃亡を計り、現在執務棟の屋根上で体育座りのまま空を眺めるという現実逃避に入っていた。

 

 

 

「……マジ何なのこの状況」

 

「あっ、提督こんな所に居た、も~探したんだからね? ほら下で皆待ってるんだから早く行こう」

 

「ああうん……てか、マジどうしよっかぁ、もー色々起こりすぎて提督頭パーンになっちゃってます」

 

「んっと、提督の気持ちも判らなくは無いんだけど、あのまま執務室放置してたら日本崩壊しちゃう可能性があるから、ほら、ね? 行こうよ」

 

「やぁだもぅ提督行きたくなぁい」

 

 

 体育座りの二種軍装の髭眼帯が駄々を捏ね、それを小さな秘書艦が宥めるという海軍中将にあるまじき絵面(えづら)と言える物であったが、今回髭眼帯が現実逃避してウワーン状態になるのはこれまでの色々諸々がどうとより、突如降りかかった厄介事と言うか、ぶっちゃけ有り得ない事態がそうさせていた。

 

 

「ふむ? ヨシノンはこんな所で仕事をしているのか? 何と言うか縄張りを一望するには良い場所かも知れんが、何ともまぁ……ここはテリトリーのボスが控えるには聊か何も無さ過ぎる気がするのだが」

 

「うーわマジで来てるぅ、泊地棲姫さん何でいきなり日本に来てるのぉ?」

 

「泊地棲姫ではなくハッちゃんと呼べと言っただろう? そもそも今回の訪問に付いては前の便でそちらへ行くと連絡をしておいたではないか」

 

「その船が着いたの30分前だったんですが」

 

「ふむ……船の到着と時間差が殆ど無かったと言う事か、なら潜行して移動なんて面倒をせずに、船に乗ってくれば良かったな」

 

「いやハッちゃんさん抜き打ちで来るのヤメテ!? 提督色んな意味でピンチになっちゃうから!」

 

 

 屋根上で黄昏て体育座りの髭眼帯に、その奇行をさせた張本人が顔を見せ首を捻っていた。

 

 前頭部に黒い幾何学的形状の角を生やし、白い肌を際どい何かで隠した感じの深海棲艦、その名を泊地棲姫。

 

 

 言わずと知れた太平洋南部をテリトリーとする深海棲艦の大親分の一人である。

 

 

「前の交易便で重巡棲姫……いや、静海(重巡棲姫)だったか、あれが寄越した手紙に面白い事が書いてあったからな、一度直接会って話をせんとなと思って邪魔をしたのだが」

 

「いや何と言うか、話が云々以前にいきなりと言うか、泊地……ハッちゃんテリトリーから離れて良かったんです?」

 

「うむ、私が不在でもウチにちょっかい出してくる愚か者なんぞおらんし、もし居たとしても返り討ちにしてやるから何の問題も無い」

 

「そうなんだぁ……問題無いんだぁ……、て言うかハッちゃんさんがここに居るのバレたら日本大騒ぎなんですが……」

 

「だろうな、だから今日はお忍びで行くから宜しくと手紙に書いてあっただろう?」

 

「だからその手紙の30分後にハッちゃん到着なんて手紙の意味ないですから!」

 

 

 話をしていない状況なので事情の把握は出来て無いが、事実だけを述べると今人類が接触している深海棲艦中最大勢力のボスがいきなり鎮守府へ来るという非常事態、しかも誰の入れ知恵かは不明だが、大坂鎮守府へ上陸した際彼女が発した第一声が『来ちゃった♡』と言う事であり、それを聞いた髭眼帯は色々とポッキリ折れてしまい現在は屋根上で体育座りという事態へと発展していた。

 

 

 そして涙目でベシベシと屋根を叩きつつ突っ込みを入れる髭眼帯を見たハッちゃんだが、暫く首を捻ってその様を見た後、ふむ、と一言呟いて、そのままヨシノンの隣に体育座りで並ぶという奇行に及んだ。

 

 

 方や大坂鎮守府司令長官であり海軍中将、そしてその隣には深海棲艦の大ボスである。

 

 そんな二人が執務棟の屋根の上で並んで膝を抱えて体育座りという絵面(えづら)に時雨は何も言えず佇み、ハッちゃんを追って屋根に上がってきた静海(重巡棲姫)は怪訝な表情で体育座りの二人を見るというカオス。

 

 

 繰り返し言うか方や海軍中将であり、方や数十万を優に超える配下を持つ深海棲艦上位個体である。

 

 

 それが執務棟の屋根上で体育座りして語らっているのである、はっきり言ってその状況を誰かに言っても冗談とも受け取って貰えないだろうという程にマヌーな世界が展開されていた。

 

 

「ところでヨシノン」

 

「……何です?」

 

「日本は寒いな……」

 

「でしょうね……ってか日本と言う以前にここ屋根の上ですから、風遮る壁無いですもん」

 

「ふむ……でだヨシノン」

 

「……何です?」

 

「私はコーヒーが飲みたいのだが」

 

「いや屋根の上でコーヒーを所望されても……」

 

「こんな事もあろうかとご用意しております、どうぞ」

 

「あるの!? てかこんな事もあろうかとってどんな事想定したらこんな屋根上でコーヒーなんて出てくるの!?」

 

「流石静海(重巡棲姫)、相変わらず気が利くな」

 

「お褒めに預かり恐縮です、ささ、テイトクの分もありますから」

 

テイトク(・・・・)? ふむ……なる程、流石だなヨシノン」

 

「……何がです?」

 

「いや静海(重巡棲姫)なのだが……この者は中々他人に対して興味を持たない堅物で、あっちでも極めて交友関係が偏った生き方をしていたのだが……まさかこの短期間にこれだけ親しくなっているとは、なる程、朔夜(防空棲姫)が言う様にヨシノンにはタラシの素質が……」

 

「タラシってナニ!? 朔夜(防空棲姫)君提督の事ハッちゃんに何て紹介してたの!? むしろ名前呼ばれただけで驚くとか静海(重巡棲姫)君交友関係冷め過ぎじゃないっ!? ねぇっ!?」

 

「いや、この者が誰かを固有名詞で呼ぶのは相当の物だぞ?」

 

 

 何かを満足したのか泊地棲姫は体育座りのまま紙コップのコーヒーをジルジルと啜りつつ頷く、そんな様を横目に静海(重巡棲姫)がどこから取り出したのか奇妙な物体をブンと一振りすると、それはカチャカチャと音を立てて椅子へとトランスフォームしていく。

 

 その様を見た吉野が物凄く怪訝な表情をしているが、それを無視してカチャカチャは続行され、作業はあっと言う間に終了し、いつの間にか屋根の上に小粋なテーブルセットが展開される。

 

 

「あ~それ見たことあるぅ、むっちゃ見たことあるぅ~」

 

「局地戦ティータイム用フォールディングセットです、どうぞこちらへ」

 

 

 こうして三角座りでヨシノンとハッちゃんのお話は展開していくかと思われたが、静海(重巡棲姫)が余計な気を利かせたお陰で小粋なティータイムセットがそこに設置され、海風がピューピューする中執務棟の屋根上で世紀のお茶会は開始するハメとなったのである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それでハッちゃんさん、今回のご用件はと言うか滞在予定は?」

 

「うむ、先ず滞在予定は2~3日程、用件はヨシノンがやると宣言した件で色々聞きたい事があるのと、それに付いての質疑応答になるか」

 

「に……2~3日ご滞在ですかぁ、えっとその、ウチ今個室的な場所が全部埋まってまして、えっと……その部屋ご用意するのちょっと待って頂きたいのですが……」

 

「ああ構わんぞ? 滞在中は静海(重巡棲姫)の部屋に邪魔するか、何ならヨシノンの部屋に邪魔しても良いのだがな」

 

「ああなる程……それじゃ自分は執務室かどこかで寝るとして……」

 

「うん? いや気を使わなくても良いぞ? 私はヨシノンと同衾(どうきん)でも構わない」

 

「いきなり人のナワバリに入ってきたと思ったら何言い出すのよアンタはっ!」

 

 

 海風がピューピューする屋根の上でのコーヒーブレイク、結局そこには髭眼帯とハッちゃん、朔夜(防空棲姫)に長門という面々と、その脇にはクラシカルなメイド服を着込んだ静海(重巡棲姫)が控えるという状態でお話が始まっていた。

 

 泊地棲姫のハッちゃんは海外旅行時にありがちなハイテンション状態にでもなっているのか、事の他饒舌かつ上機嫌であり、対して朔夜(防空棲姫)は口を△にしてテーブルをバンバン叩きながら突っ込みを入れている。

 

 確認の為言っておくと、今コーヒー片手にボケているのは太平洋の1/3を支配下に置く深海棲艦上位個体であり、それに突っ込みを入れているのは日本近海を支配する姫である、因みに隣でメイドをしているのはちょっとした海域ではボスとして見掛けちゃう姫であり、そんな中話に参加しているのは元大本営第一艦隊旗艦を経て現在大坂鎮守府艦隊総旗艦を努めている世界のビッグセブン、長門型一番艦長門である。

 

 

 そして添え物の髭眼帯。

 

 

「提督よ……」

 

「何でしょうか長門君……」

 

「これは一体何なのだろうな」

 

「それは提督が聞きたいです……」

 

「あぁそうそうヨシノンよ」

 

「はい、何でしょうハッちゃんさん」

 

「話に移る前に一つ頼み事があってな、何、そんなに大層な事では無い、まだ付き合いはそれ程深くは無いのはアレだが、ここは私にも一つ名前を付けてくれないか?」

 

「……えぇ~ 何で名前を自分がぁ? 何がここは一つなのぉ? も~ハッちゃんさんでいいじゃないですかぁ」

 

「それがだな、静海(重巡棲姫)のヤツが毎度手紙で名前の事を自慢する様な事を書いて来るものでなぁ、何と言うか私も固有名詞が無いと立場的にアレと言うか、正直に言うと羨ましい」

 

「ハッちゃんぶっちゃけ過ぎィ……むしろ何その軽さ、前会った時の威厳はどこいったのぉ?」

 

 

 物凄く微妙な表情で突っ込みを入れる髭眼帯は、またしても超個人的に不得意な無茶振りをされてどうした物かと思った瞬間ハッとして視線をハッちゃんの隣に向ける。

 

 そこには凄く真顔で口元を手で押さえ、クックックと含み笑いをする静海(重巡棲姫)の姿があった。

 

 続いて隣に座るナガモンにヘルプの視線を走らせるとプイッと視線を外され、反対を向けばジト目で口を△にした朔夜(防空棲姫)がこっちを凝視している、正に色んな意味での四面楚歌がそこに完成した瞬間であった。

 

 因みに吉野三郎をIMEで変換した場合、毒飲料フェチとかツッコミモブの他に、高確率で壊滅的なネーミングセンスと出る程致命的な属性を持つ髭眼帯であった。

 

 そんな自他共に認める弱点を付かれプルプルしつつも、どうやらその儀式を終えねば話が進まないという事を悟った吉野は諦めて色々思考をフル回転させる事にした。

 

 

「えっと……それじゃ、ハッちゃんという愛称からイメージしてアハトアハトさんとかは……」

 

「私は潜水艦でもメガネでも無いぞ?」

 

「あー元ネタ知ってるんだぁ……う~ん、じゃ読みから幾らか拝借してハク……ハッチさん? ハクチーさん? んんんん……いっそ見た目でカブトさんとかアギトさんとか……」

 

「泊地棲姫のヨシノンに対する好感度が-20された」

 

「何この状況……てか好感度システム実装されてるんだ……因みに今数値はどれ位です?」

 

「ふむ……今は-20という所か、因みに-100になると人類と泊地棲姫の間で大戦争が勃発する」

 

「0スタートでマイナスありとかどんだけハードモードなの!? て言うか提督に対する好感度が人類の未来を左右しちゃうとか嫌過ぎるっ!」

 

 

 吉野は思った、何故自分は今執務棟の屋根上でコーヒーブレイクをしつつ深海棲艦の大オヤビンに無理難題を押し付けられているのだろうと。

 

 そして静海(重巡棲姫)がメイド服とか色々染まり過ぎでは無いのだろうかと、このままその手のカオスがハッちゃんにまで侵食してしまうとかなり大ピンチなのでとっととリクエストを消化して、本題に入らないとロクな事にならないと、辺りにヒントを求め忙しなく視線を彷徨わせ始めた。

 

 

「えぇと……泊地さんと言う事は港に関係したお名前がいいと思うんですよぼかぁ……」

 

「ふむ、それで?」

 

「んでハッちゃんさんてキリバス在住な訳で、属性で言うなら水ポケm……もとい、海に関係した名前になる訳ですね?」

 

「……深海棲艦なら海に関係して当たり前だと思うが」

 

「えーと、その辺りを混ぜ混ぜして、えーっと、そう! 海湊(うみ)さんでどうでしょう? 静海(重巡棲姫)君と同じ当て字法になっちゃいますが、「湊」は「港」という意味を含みますし、語呂的にうみさんってほら、オシャレじゃないかなーとか! ドウデスカ!」

 

「……オシャレなのか?」

 

「……えぇ! むっちゃナウくてヤングにバカウケな名前だと自負します!」

 

「ふむ、ナウいのか」

 

「提督よ……今時ナウいって……」

 

 

 こうして髭眼帯の全力による努力が実を結び、好感度が再び0に戻るという結果と共に泊地棲姫は海湊(泊地棲姫)(うみ)という名前が付与され、あわや人類対深海の大戦争という危機的状況は回避されるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「しかし提督よ……今のこの状況、かなりマズくは無いか?」

 

「かなりマズいと言うか、ヘタしたら大本営に召還されて色々ヤバいかもというカンジだねぇ、なので手は打っておいたよ」

 

「ほう? 流石だな、それでどんな手を打ったんだ?」

 

 

 相変わらず屋根上でのコーヒータイム、現状を見て心配する長門は髭眼帯に警告気味に言葉を掛けた。

 

 現在大坂鎮守府は新しく出来た派閥の中心であり、周りはまだ力関係が流動的で微妙な状況にある。

 

 その状態の中、深海棲艦上位個体を引き込み国内で密会しているという状況は防衛という観点からも、そして軍内の立場的物としても許される状態では無く、そのまま何も手を打たない状況で事が進めばまた厄介な事になるのは想像に難くない。

 

 そんな心配をする長門に吉野からは既に手は打ってあるという返事が返ってくる。

 

 その状況に流石提督だとうんうん納得の艦隊総旗艦に、髭眼帯がスッとスマホを差し出した。

 

 

 

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[メッセージ] 坂田一・元帥大将♡ [編集]

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10:28(既読)[すいません元帥殿、お時間宜しいですか?>

 

<構わないが、どうしたのかね吉野君]10:29

 

10:29(既読)[今大坂鎮守府にアポ無しで来客があったのですが>

 

<ふむ、来客か、それに何か問題が?]10:31

 

10:32(既読)[はい、実は現在泊地棲姫さんがいらしてまして>

 

<……すまない、私には君が一体何を言っているのか

良く理解出来ないのだが……]10:33

 

10:35(既読)[※泊地棲姫の写メ添付※>

 

<何事かねこれは……]10:37

 

10:37(既読)[今一状況が飲み込めないのですがおもてなしに失敗すると

日本がピンチになる危機的状況にありまして>

 

<……それで彼女は何と?]10:38

 

10:40(既読)[2~3日滞在して、その間に色々と会談的な物をするという予定で……>

 

<それで、軍としてはどうすれば良いのかね?]10:42

 

10:42(既読)[いえその辺り、元帥殿的にはどの様な対応をお望みなのかと

 

<なる程、そうか、なら私は何も聞かなかったし

何も知らない、そして私はこの時間鳳翔とお茶して

世間話に華を咲かせて寛いでいたし、君はどこにも

連絡はしていなかった、良いかね?]10:44

 

10:45(既読)[はい、了解致しました、元帥殿>

 

<うむ、それでは後は宜しく頼む]10:47

 

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[写] [ SMS/MMS ] [送信]

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「元帥ぃぃぃぃぃぃ!」

 

 

 長門が見たスマホの画面には、ハッちゃん達との会談中に髭眼帯と元帥がやり取りしたLINEの履歴があった。

 

 そしてそれを見たナガモンが何故か悶絶をしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで、ハッちゃん……じゃなく、海湊(泊地棲姫)さん、お話と言うのは?」

 

「そうだな、先ず静海(重巡棲姫)から聞いたのだがヨシノンはこの先我がテリトリーの北側に隣接する海を攻めると聞いたが、前に色々こっちへ問い合わせしてきたのはこの為だったのか?」

 

「はい、そのテリトリーは現在誰の支配下にも無い縄張りだと聞いてましたし、もしも自分達が侵攻した場合もそちらにご迷惑が掛からないとお聞きした返事が『特に支障は無い』との事でしたので、準備が整い次第行動を開始しようかと」

 

「そう言えば、ミッドウェー近海で何やら誰ぞが色々やっているようだが、あれはヨシノンの指示による物なのか? こちらに一言も無く派手にやっているようだったが、その辺りヨシノンには何か意図しての行動なのか?」

 

「んぇ? ミッドウェー? ……あーあー! いやそれ自分は全然関わってません」

 

「……ふむ、その表情は強ち韜晦してるようではなさそうだな、実はあの辺りで連合艦隊級の深海棲艦の群れと、日本の軍と思われるニンゲンの三個艦隊程が派手に艦隊戦を繰り広げていたようなのだが、そうか……何の目的かは知らんが、テートクの範疇に無い連中も何ぞ企みをしているようだな」

 

「んーとですね、それに付いての心辺りがあると言えば、あったり無かったりと言うか明言出来る程の情報を持ってないカンジですね、てかちょこーっと事情がありましてあまりそっち系は正面から関わりたくない感じのサムシングなので、その辺りはちょっとスルーさせて頂いても宜しいでしょうか?」

 

「ふむ? 良く判らんが取り敢えずこの件にはヨシノンは噛んで無いのだな? ならまぁいいが……しかしあの海域をヨシノン達が攻める目的が"変わり者"達の鹵獲だったか、その言葉通りに事を進めるのなら、侵攻後は落とした縄張りを放置すると言う事になるのだろう?」

 

「ですねぇ、そこを維持する戦力はウチにはありませんし、あの辺りの海域を獲っても現状我が国にはメリットが無いですから」

 

「ふむ……しかし思い切った事をする物だな、日本から遠く離れた海で戦う事自体リスクとなるのに、それでも攻めた末に残るのは広大な縄張りでは無く、"変わり者"の深海棲艦だけとは」

 

「ちょっと泊地棲姫……じゃなかった、海湊(泊地棲姫)、何のかんのってテイトクに色々吹き込んでそんな感じに話を持ってったのは貴女でしょう? 何を今更そんなわざとらしい言い回しをするのかしらね」

 

 

 テーブルに着く吉野と海湊(泊地棲姫)は、対面で互いの腹を探りつつこれからの事を確認するが如く話を進めていたが、それに対して横でコーヒーを啜っていた朔夜(防空棲姫)が顔を顰めて海湊(泊地棲姫)の言葉へ苦言を投げ始める。

 

 そもそも吉野がやろうとしている計画は、テリトリーを隣する海湊(泊地棲姫)からの情報が無ければ形になる事は無かった。

 

 また侵攻する際もお伺いと言う形で確認を事前に取っている関係で、計画の内容や目的は海湊(泊地棲姫)の知る処となっているのは当然と言えば当然だった。

 

 それは朔夜(防空棲姫)が言う"話を誘導した"という表現とは違う物ではあったが、やろうとしている事を認知しつつ情報を与えるというのはそれに協力しているのと同義と言えるだろう。

 

 

「何だ朔夜(防空棲姫)はヨシノンの計画に反対なのか?」

 

「反対とは言わないわ、でもこの計画はやればやるほど難易度が上がっていくし、目的の水準まで戦っていこうと思えば必ず貴女の力を借りないといけなくなる、まさか貴女その辺り気付いて無いなんて事は言わないでしょう? 一体何を企んでいるの?」

 

 

 一口に太平洋を攻めると言ってもそれは無作為に攻略に掛かる訳では無く、現在該当する海域に展開する"艦娘の前世を持つ深海棲艦上位個体"を鹵獲する為に目標を定め、決まった海域を侵攻しなければならない。

 

 その存在は全ての海域に居る訳では無く、また運良くその存在を鹵獲したとして、攻略を終えて放置した海域には時間経過と共に、"本来そこに存在するべき首魁が自然発生する"という結果が積み重なっていく。

 

 それは海域が連なる海の西側外縁から攻め始め、回数を重ねる毎に東進していくという経過を考えれば、目的の海域に至る道のりは遠くなっていき、通過するエリアも敵も徐々に増えると言う事になる。

 

 また海域を攻略した後放置すると言う事は、再びそこから先へ行く道へ強固な敵を発生させ、攻略を重ねれば重ねる程通過するべき海域を強固な敵の巣にしていくという、正に己の首を締める状態へしていくという行為に他ならない。

 

 その状況は改善される事は無く、理論的にはある程度侵攻した先には到達が不可能という答えが見え隠れする。

 

 故に吉野が目的を達成する規模まで鹵獲を繰り返すには、橋頭堡としての場所を用意するなり、更なる情報を入手する事が必須という事になるだろう。

 

 そして攻める海域周辺は基本的に日本海軍の手が及ばない海であり、攻めるにしても探るにしても、より前線に近い場に簡易的な拠点を用意するのは必須であり、もしそれを築いたとしてもそこには防衛ラインを構築する必要が出てくる。

 

 緒戦段階ならば位置的にクェゼリンを足掛かりとしてそれは用意せずとも攻略は可能だろう、しかし侵攻を続けていけば到達点の限界は何れ訪れ、間延びした補給線は計画を頓挫させるのが目に見えている。

 

 故に現地には遅かれ早かれ安全策を敷く何かを用(・・・・・・・・・・)意する(・・・)のは、この作戦を続けていく為には必須事項となる。

 

 

 しかしこの場でその何かを用意可能な唯一の存在、当該海域に隣接する縄張りを持つ海湊(泊地棲姫)朔夜(防空棲姫)の言う言葉に対し特に表情も変えず、我関せずとただコーヒーを口にするだけであった。

 

 

「取り敢えず事が始まってもパターンが掴めるまで暫くは調整を続ける事に終始するだろうね、でも朔夜(防空棲姫)君が言う様にいつかは……多分、早い段階で海湊(泊地棲姫)さんのからの協力は取り付けないと先へは進めないと思う」

 

「協力か、ヨシノンの事は個人的に気に入ってはいるが、今言おうとしている言葉にニンゲンへの協力という物が含まれているならば先に言っておこうか、返事は"否"と」

 

「あー内容に説明不足の部分がありましたね、えっとこの先今自分がやろうとする作戦が進んだとして、事が成せば海湊(泊地棲姫)さんにも色々とメリットは出てきます、なのでこの話は"お願い"では無く、"提案"と言う事になります」

 

 

 澄ました顔でコーヒーを啜っていた海湊(泊地棲姫)がほんの少しだけ反応し、閉じていた瞼の片側だけが開く。

 

 相変わらず風が吹く鎮守府の屋根上では暫くヨシノンが海湊(泊地棲姫)からの言葉を待つという時間が流れ、長門と朔夜(防空棲姫)はその様子を無言で伺っていた。

 

 そして何故か静海(重巡棲姫)だけは暇を持て余したのか、せっせと茶菓子をテーブルに並べていた。

 

 

 メイド服の胸元に手を突っ込んでポイポイとそれを取り出しながら。

 

 

「……提案? ニンゲンのやる事の片棒を担いで、同胞を駆逐する事を是とする事に対して、それを上回る(えき)をヨシノンは私に提示出来ると?」

 

「えぇ、今自分がやろうとしている事は人の住む陸へ深海棲艦が侵攻出来ない防衛線を築く為に、その戦力となる深海棲艦上位個体……貴女が言う"変わり者"の上位個体を鹵獲しようとしている訳です」

 

「ああその様だな」

 

「そしてその存在を我々が間引いた海域は時間が経過すれば"居付き"の深海棲艦が発生し、本来の主が治める海域となる、つまり我々が鹵獲行動を展開すればする程、貴女のテリトリーと隣接する海域は純粋に人類と敵対する、深海棲艦の海となる」

 

「その海と現状との違いは?」

 

不確定要素(元艦娘の上位個体)を廃し、無闇にテリトリー間での争いが発生しない、貴女にとっては秩序の保たれた海と言う物になりますね」

 

 

 元々から深海棲艦として生まれた存在と、艦娘という前世を持って生まれた深海棲艦との差は、個体によって生態が大きく違うという点に集約される。

 

 集団よりも個としての自分を強く意識し、縄張りに縛られず、基本的に戦闘は好まないが、深海棲艦としての本能以外の"理"で戦う事もあるという存在。

 

 それは海湊(泊地棲姫)が"変わり者"と称する様に、異端で、場合によっては争いの元となる存在であった。

 

 

「自分達を支配する者が存在しない海でテリトリーを持つ、そこに存在するのが"居付き"の深海棲艦であったならばテリトリーを跨いでの活動を行わないという生態の為に、基本的には同族間での争いは発生しない、それはテリトリーを越えて侵攻するのは"原初の者"が命じた時のみであるからです、しかし海湊(泊地棲姫)さん……貴女から頂いた情報には『自分の縄張りの北にある海域は、そこを統括する者が居ない為に常に混沌としている』とありました」

 

 

 テーブルに着く泊地棲姫は尚顔色を変えず、中身の空になったカップを横に差し出し、静海(重巡棲姫)にお代わりを注いで貰っている。

 

 朔夜(防空棲姫)は多少不自然な色を見せつつもテーブルに肘を付いて両者を傍観し、長門に至っては腕を組んで目を閉じたまま微動だにしなかった。

 

 そんな中、海湊(泊地棲姫)の表情から何も感情の揺らぎが読めない事を確認した髭眼帯はふうと溜息を吐き、話の続きに取り掛かった。

 

 

「ここからは自分の想像の域を出ない話なんですが、あの海域では深海棲艦の世界では通常起こり得ない何かが発生している、しかもその海域とは貴女のテリトリーの隣に存在する、そしてその『混沌』とは恐らく貴女が言う"変わり者"達が関わった可能性が高い、それに加え……何事にも病的な程筋という物に拘り、また義理堅い貴女の事だ、何か起こる度に今も"関わってしまった"人の営みがある……例えばハワイ、あの辺りを守る為に一々出張るのは色々と煩わしく思っている筈です」

 

 

 "病的に"という言葉に僅かばかりの反応があるのを見て、ほんの少しだけ口角を上げた吉野は更に言葉を続けていく。

 

 

「しかしその人達を放置出来る程貴女は自分の矜持に無頓着な性質では無い、しかし煩わしいからと一応でも同族である"変わり者"を、しかもテリトリー外の者達を手に掛ける訳にはいかない、しかしその存在を我々が鹵獲するとなると……どうでしょうか?」

 

「……朔夜(防空棲姫)

 

「……何かしら?」

 

「お前が認めた者は面倒が無くていいな、私は臆病者とニンゲンは反吐が出る程気に入らんが、頭が回る者はその限りでは無い」

 

「ホント貴女は相変わらず回りくどい物言いをするのね、そんな一々ごちゃごちゃと理由付けなんてせずに、素直にテイトクが言ってる事に一言"そうだな"って言って認めればいいだけじゃない」

 

「ふむ……よしのん、一つだけ確認して良いか?」

 

「ええ、どうぞ」

 

「何かをやると口にするのは簡単だ、しかし実際それを成そうとすればそれ相応の覚悟と苦難が伴う、それを承知で事を起こし、お前達が目的を成し遂げるという保障……約束を(たが)えぬという担保はあるのか?」

 

「無いです」

 

 

 間髪入れず返って来た返事に、カップを手に目を細めた海湊(泊地棲姫)は感情の篭らない目で直視し、それを真っ向から受け止める髭眼帯。

 

 丸でその返事を最初から用意していた様な言葉に朔夜(防空棲姫)は思わず吹き出しそうになるのを堪え、長門に至っては片眉をピクリと上下させつつ平静を装うとしていた。

 

 そんな中、己の言葉に否定の返事を返された張本人の海湊(泊地棲姫)は怒りも戸惑いも見せず、更に何か納得したのか椅子に深く身を預けカップをソーサーの上に置いた。

 

 

「無いのか」

 

「無いです、正直この作戦はやればやるだけ貴女の手間や煩わしさは改善され続けます、要するに貴女が自分達に協力すれば、その都度貴女にとって理想の環境へと変化していく事が予想されます」

 

「それは出撃毎の成功率が常に100%という事が前提での話だろう?」

 

「この作戦に於いては失敗の目があった場合出撃はしない、必ず勝つと私が判断した時が出撃の時だ、故に成功率なんて無駄な物は論ずるに値しない」

 

 

 それまで押し黙っていた長門が口を開く。

 

 その言葉はきっぱりと断言する内容であり、同時にややトーンが押さえられた声色になっていた。

 

 

「この長門が艦隊総旗艦で居る限り、この鎮守府の者達が海を往く限り、負けの二文字は微塵も存在しない」

 

 

 本音を言えば100%の勝率などありはしない、この世に絶対と言う言葉はそれ自体を否定する為にのみ存在する。

 

 この世に絶対と言う事象は"絶対に存在し得ない"

 

 

 それでも第二改装を終え、更なる力を手に入れたこの大坂鎮守府艦隊総旗艦は澱み無く海湊(泊地棲姫)へ言い放つ、己が立ち、この鎮守府の者達が戦うからには負けは無いと、故に確率などと言う言葉は無意味だと。

 

 

 海湊(泊地棲姫)は暴論とも曲論とも取れる言葉を吐いた艦娘を睨み、それでも楽し気な色を表に出した。

 

 

 ゆったりと構える深海の王を前に、腕を組んで一歩も引かない長門型一番艦の睨み合いはいつまでも続きそうであったが、たっぷりと数十秒、結局最後はその様子を見つつ冷め掛けたコーヒーを飲み干した髭眼帯の言葉が静寂を終わらせる事になった。

 

 

海湊(泊地棲姫)さん」

 

「何だヨシノン」

 

「以前結んで頂いた約定は互いに不安要素があったので、現在もまだ手探りで互いの落し処を模索している状態です、しかし今回の件は違う、互いの目的が明確で条件的にも五分だと自分は判断しています、そしてもし何か問題が発生し、作戦が続行不可能となってもその時点までのメリットはそのまま、デメリットは殆ど発生しない筈です」

 

「……そうか、なら準備が整ったら知らせてくるがいい、そこに居る艦娘が旗艦を努める限り、私は協力を惜しまん」

 

 

 

 こうして梅雨の晴れ間に執務棟の屋根の上で行われた会談は、極めて珍妙な絵面(えづら)を見せつつも、この後大坂鎮守府を軸として長きに渡る闘争の日々へと繋がる、しかし人類史に刻まれる事の無い歴史の第一歩を踏み出したのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。

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