大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 道を進むと言うのは先を見つつ踏み出すと言う事。
 それは連続しての選択とそれを元にした行動の繰り返しと言える。
 人が見る未来予測は進むべき先の、ほんの一歩程度しか見渡す事は適わず、必ずしも望む方向へ進んでいるとは言い難い。
 しかしそれでも人は進むしか出来ず、足掻き続ける。


それではどうか宜しくお願い致します。


2019/02/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました拓摩様、リア10爆発46様、orione様、坂下郁様、himmelu様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


暗中模索

「この淡白さの中にも一本芯の通った味わい、和食と言うのは味が薄いというイメージがあったがどうして、満足感は中々の物だな」

 

「有難う御座います、お気に召された様で何よりです」

 

 

 大坂鎮守府居酒屋鳳翔。

 

 前日突然来襲した泊地棲姫の海湊(うみ)とのすったもんだがあって翌日、取り敢えずの会談とこれからの話に時間を費やし、深夜まで及んだそれを経て明けての今日は、静海(重巡棲姫)と球磨による案内で彼女は大坂鎮守府内の見学に出ていた。

 

 当初は日本の街というのを見学する事を切望していたのだが、突然の訪問による準備不足と、取り敢えず深海棲艦の、それも"原初の者"と呼ばれる特別な存在が一般人が生活するテリトリーに入れる筈も無く、また彼女が日本に居るという事実自体公になると不味いと言う事で吉野と静海(重巡棲姫)が説得を試み、渋々ながら現在の『大坂鎮守府見学ツアー』という事での折衝案が実現した。

 

 

「今回ここでお出しさせて頂いてます料理の他、色々と和食関係のレシピを纏めた物を後でお渡し致しますから、お帰りになった後もあちらで楽しんで頂けたらなと思います」

 

「それは有り難い、事前に書物で調べた時には和食という物は総じて味が薄く、少々味気ない料理だという記述がされていてな、今まで静海(重巡棲姫)にリクエストしていた料理関係の資料には和食に関する物は含んでいなかったのだ、しかし今日食してみて自分の認識不足をつくづく思い知らされた」

 

「人種によっては感じる旨みが微妙に違いますからね、でも今日の献立に旨みを感じた海湊(泊地棲姫)さんは割と日本人に近い味覚を持っているのではないかと思います」

 

「そうなのか?」

 

「はい、食文化の違いから日本人はグルタミン酸に旨みを強く感じ、欧米諸国はイノシン酸を好む傾向にあると言われています、グルタミン酸は植物由来の物が多く、イノシン酸は動物性たんぱく質に多く含まれています、元々農耕民族であった日本人と、狩猟民族を祖とする事が多い諸外国との歴史がこの差になったのではと言われていますから、米国の生活習慣がベースの海湊(泊地棲姫)さんが日本料理に興味を示さなかったというのは、割と当然の事だったと思います」

 

「ふむ、人種と生息域で生態に違いが出ると言うのは極自然と言える物だが、こうして食と言う身近な物でそれが顕著に見られるのも中々に面白い物だな」

 

「その辺りの文化的な違いも面白いですが、それ以外にも色々と面白いお話がありますね」

 

「ほう? 例えば?」

 

「日本人は島国という特殊な国土で生活してきた民族なので野菜や穀物中心の生活になっていました、また魚介類は保存という事情が絡み内地に行く程手が出ない物でしたから今程一般的な食材では無かったらしいのです、その為より栄養を効率的に吸収する為に欧米人より消化器系の内臓……特に腸が長くなるという身体的進化を遂げ、その影響で"胴長短足"という体躯になっていったようです、でも二次大戦後は食文化が欧米化していったお陰で食事は高カロリー・高タンパクとなり、現在は体型も欧米化しつつありますが、その急激な環境変化の為元々少ない栄養で事足りていた体に過剰な程の栄養を摂取する事が多くなったので、糖尿病や高血圧という所謂"生活習慣病"が蔓延する事になりました」

 

「ほう、そうなのか、しかし食事一つだけで生態的特長が激変するという話は中々に面白いな」

 

「食は生きる為に必要不可欠の物ですから、突き詰めて行くと栄養価の話になってしまい、間接的に医療と関わる事になります、そう考えれば料理を作るという行為の奥深さに触れる事になり、好奇心と探究心故に抜け出せない迷路に迷い込んでしまう事になってしまいます」

 

「好奇心と探究心の迷路か……」

 

 

 カウンターの上に並ぶ料理の数々、事前に鳳翔は海湊(泊地棲姫)が日本料理を食べた事が殆ど無く、また興味を示していないと聞いていた為、いつもなら家庭料理に近い物を出すメニューを今回に限り植物系をメインとした、所謂『精進料理』というジャンルを軸とした料理を提供していた。

 

 ただ本格的な精進料理ともなると、量は別として日本人でもやや物足りないという部分もある為あくまで調理法を"精進料理風"程度に纏め、動物由来の材料もそれなりに使った物を作っている。

 

 

 そんな食の匠と深海の王がウンウンと何やらこじらせたグルメ漫画染みた会話をしている横で、髭眼帯はいつもの如くドクペをゴクゴクしコロッケをパクパクするという、いつものと言うか隣で繰り広げられる美味○んぼ的な空気をぶち壊すスタイルで昼食を採っていた。

 

 

 コロッケを主菜に大根と厚揚げの煮物の小鉢、しろ菜のおひたしに豆腐と麩の味噌汁、それとセットで漬物に白米という鳳翔特製のコロッケ定食に風邪シロップ炭酸と揶揄されるドクターペッパーの組み合わせ、正にそこだけはいつもの異次元居酒屋という風情が漂っていた。

 

 そして吉野の隣には長門が業務で手が放せない為に、見学ツアーの案内役に抜擢された球磨が主菜が焼き鮭になった定食をもぐもぐとしており、海湊(泊地棲姫)の隣、髭眼帯とは反対側には静海(重巡棲姫)が寄り添うという形で展開をしている。

 

 

「……何だかあそこだけ空気が違うクマ」

 

「あーまぁ、うん、何と言うか何にでも"何故"とか"どうして"を突き詰める人同士がエンカウントすると、素人じゃ理解の及ばない世界が展開されるという顕著な例じゃないかと提督は思います」

 

「単にウンチクを垂れ流し合ってるいるだけじゃないのかって思うクマ」

 

「そうバッサリしてしまうと、交わす会話がアレに聞こえちゃうからちょっと控えようか球磨君」

 

「提督、球磨さん?」

 

 

 コロッケの付け合せに塩をファサーしている髭眼帯と、鮭の切り身をホジホジしている球磨にオカンがカウンターの向こうから笑顔を向けてきた。

 

 

「今日は他にオススメで関東炊きがありますがどうですか? 丁度いい具合に煮えてますよ?」

 

「コロッケ美味しいです! 関東炊きは今はちょっといいかなって提督思いますっ!」

 

「……関東炊きって何クマ? 初耳の料理クマ」

 

「関東炊きと言うのはですね……」

 

 

 好奇心球磨を殺す、この日関東炊き(アツアツオデン)の試食という形でオカンにアーンされた球磨は涙目で己の迂闊さを呪う事になり、同時に鎮守府では『鳳翔で関東炊きというワードが出たら要注意』という情報が拡散される事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで結局海湊(泊地棲姫)さんは昨日静海(重巡棲姫)君の部屋に泊まったんですか?」

 

 

 昼食も採り終えドクペを啜る隣では球磨が涙目でカタカタ震えて袖を掴み、海湊(泊地棲姫)静海(重巡棲姫)は食後のコーヒーを楽しんでいた。

 

 現在大坂鎮守府では急激に人員が増えた関係で寮の部屋には空きが無く、現在急ピッチで寮を建て増しする作業が行われていた。

 

 そんな基本的な部分で対応が後手に回っている理由は、ここ最近派閥間での調整の為の諸問題の解決に注力せざるを得なかったという事情を多分に含み、その煽りが鎮守府の内政関係、主に吉野が計画の中心にならざるを得ない業務の遅延へと繋がりドタバタ劇へと繋がっていった。

 

 そしてその騒動の元凶であった対外的な調整に漸く終わりが見えてきたというのが現状ではあったが、未だ騒動の中心にある大坂鎮守府に関わる事に躊躇し様子見状態の他拠点が軍内で多数を占めるという事情が絡み、必然的に教導という業務は一端休止状態にあった為、宿舎の部屋数という部分の問題は取り敢えずギリギリではあったが優先順位としては低く見られ、やっと現在はその工事に着手した処であった。

 

 しかしこの状況で急遽大阪に来た海湊(泊地棲姫)と言う事は、彼女が宿泊する部屋が無いと言う事で吉野は対応の為急遽その辺りの手筈を整えようとしたのだが、当の本人が『泊まる場所は確保したので心配は無用』と述べた為、恐らく当初本人が述べていた様に海湊(泊地棲姫)静海(重巡棲姫)の部屋で一夜を明かしたのだと吉野は思っていた。

 

 

「いや? 丁度宿泊に適した部屋があると静海(重巡棲姫)の紹介があってな、昨日はそこで泊まる事になった」

 

「え? 宿泊に適したて……今ウチに空き部屋なんてあったかなぁ?」

 

「はっはっはっ、何だヨシノンボケているのか? あんないい部屋が空いているというのに」

 

「……えっと? はい?」

 

「しかしアレだな、所変れば生活様式も随分と変化するが、まさかベッドが円形だったり、それがクルクル回ったり」

 

「はぁ? ベッドがクルクルぅ?」

 

「他に何故か外からのみ中が観察可能な風呂とか、鏡張りの天井とか」

 

「鏡張りぃ? 風呂が見えるぅ?」

 

「うむ、照明もスイッチ一つで桃色や紫に変化したりと中々楽しめる趣向の部屋だったが、窓が開かないという部分だけはどうにも理解出来なかったぞ」

 

 

 何故かキラキラと昨夜宿泊した部屋の特徴を述べるハクチーさんの言葉に、髭眼帯の嫌な予感メーターがピコンと反応し、話が進む度にそのメーターの針がレッドゾーンへ振れて行く。

 

 回転ベッド、見られ放題のお風呂、総鏡張りの天井にいかがわしいカラーの照明と来れば、もうそれはまごう事無きラヴなホテルの特徴であり、しかもその造りは古の昭和時代の既に現代では見られない様式の物であるのは間違いなかった。

 

 因みに色々とやりたい放題で割りと忘れがちになるがここは日本を守護する軍事拠点の一つであり、軍という存在を体現する存在でもある。

 

 その中に昭和のラヴなホテール的な部屋がある軍事拠点はどうなのかという以前に、極一般的な公共の施設にそんな部屋は普通設置される事は無い、設置したとしても利用する者など存在しない。

 

 

 しかしここは大坂鎮守府で、ご利用したのは泊地棲姫である、ある意味有り得ない組み合わせが絶無の可能性を信憑のある事実に変えてしまうという不思議。

 

 

「……海湊(泊地棲姫)さん」

 

「何だ?」

 

「えっとその部屋て……どこの建物にありました?」

 

「うむ? それは港脇の地面から生えてきた……静海(重巡棲姫)、何と言ったかあの建物は」

 

「確か"夜のスナイパー"という建造物だったと思います」

 

 

 夜のスナイパー

 

 教導任務を主眼に置いた拠点造りを進める計画が持ち上がった際、鎮守府外の者が宿泊する施設として設計され、建造された建物の一つである。

 

 それは拠点の再整備計画の殆どを夕張が手掛けた為生み出された大坂鎮守府に於ける暗黒面であり、同時に吉野が知らない大坂鎮守府260の秘密という物の3番目とされる建造物であった。

 

 外観は白と部分的にピンクが配色されたバロック様式の建造物で、夜になれば何故かサーチライトでピカピカ照らされるという防衛的な部分で致命的要素があるキャッスルであり、躯体は執務棟と同じく妖精さん技術由来の超強化建材で作られたお城風の何かである。

 

 その軍事拠点に存在するには余りにもアレな風情で且つ色んな意味で突っ込み処しか存在しないそれは、即提督命令で解体を命じられたが、榛名の全力の一撃にすら余裕で耐えるという、過剰に強度を持つ躯体であった為に解体が困難という結論がなされ、結局エレベーターに建物を乗せるという力技で地下に封印された。

 

 しかしその後何故か封印された筈の建物はメロン子が好き勝手に改築してしまい、結果、現在そこは彼女の趣味的発明品の置き場所や、数々の試作拠点防衛兵器と言うかロボの基地という名の保管場所という、本来の利用目的とは掛け離れた運用がされているという魔窟に変貌していた。

 

 因みにここだけメタい話をすればこれは筆者案ではなく某SS作者殿が性癖全開で考え出し、大坂鎮守府にいつの間にか出現してしまった建物であるのは内緒の話である。

 

 

「いやぁ部屋もそうだが色々興味深い物が目白押しでな、あの艦娘の名は何と言ったか……」

 

「夕張ですね」

 

「うむ、その夕張が作った新世代の兵器も中々の物だった、あれは……いい物だ、余りに良い出来だったので頼み込んで一台譲って貰う事になった」

 

「譲渡ぉ? して貰ったのぉ? 何をぉ?」

 

「うん? あれは何というロボだったか……」

 

「確か機動遊撃ロボ……ケニーと言う事でしたが」

 

「ケニぃ? なぁにそれぇ? 提督それ初耳なんですけどぉ?」

 

「確かあれは緑色のローソンと対になるバイクロボとして開発していた物だったらしいのですが、燃費が悪く趣味性が高い機体と言う事で扱いに困っていたらしく、それならと海湊(泊地棲姫)様が持ち帰る事になりまして」

 

 

 静海(重巡棲姫)が淡々と語るロボの名称、吉野の記憶ではここ大坂鎮守府に存在するロボと言うのは私物のスープラと贈り物のスープラを改造した拠点防衛ロボスプー1・2号機と、これまた吉野の私物であったバイクを改造した機動遊撃ロボローソンの三台であった筈である。

 

 そして新たに聞いたニューカマー、機動遊撃ロボケニー、その名前には少し前髭眼帯が購入したバイク『YAMAHA・RZV-500』に由来する伝説のレーサー"ケニー・ロバーツ"の名に通ずる匂いがプンプンしていた。

 

 むしろその名前を聞いた吉野はプルプル震えてポッケからスマホを取り出すと、秘書艦時雨のスマホの番号をピポパした。

 

 

「あー時雨君? お昼休憩中に悪いね、ちょーっと頼み事があるんだけど……うんうん、そう、メロン子だけど、うん、処す方向で、取り敢えず石抱き三枚コースでバケツ正座、後で時間空いたら提督も合流するからそれまで監視お願いね、うん、そそそ、んじゃ宜しくね」

 

 

 プルプルしつつ諸々の会話を終え、通話を切った髭眼帯の肩を誰かが叩く。

 

 その方向を見ると何故か諦めた感の色を滲ませた球磨がゆっくりと首を左右に振っていた。

 

 

「提督……幾らメロンを処しても愛車は帰ってこないクマ……」

 

「知ってるから! そんなの超知ってるから最後にトドメ刺すのヤメテクマちゃん!」

 

 

 こうしてまだ初ツーリングにも出掛けた事も無い髭眼帯の愛車はいつものロボとして生まれ変わり、後に海湊(泊地棲姫)の手でキリバスへと輸送され、末永く彼女の足として活躍したという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで一つ相談があるのだがなヨシノン」

 

「相談? 何でしょう?」

 

「部屋にあったあの……何と言うか色々な情報を映像発信する機械、何と言ったか……」

 

「テレビジョンです海湊(泊地棲姫)様」

 

「そう、テレビジョン、アレだが我が棲家でも視聴が出来る様工事をしたいのだが」

 

「え? テレビです? んー……技術的と言うか、日本からキリバスじゃ電波を受信するのが不可能な気が……」

 

「その件に関してはケーブルを敷き物理的に繋がれば大丈夫だと言っていたぞ? ただそれをするにはヨシノンの許可が必要だとも言っていたが」

 

「え? 物理的にって……どうやって?」

 

「さあ? だが夕張は可能だと言っていたから可能なのでは無いか?」

 

「あーそうなんですかぁ、てかそれは別に構わないのですが、物理的に日本からそちらに繋ぐって、施工は別にしても維持関係に色々と問題ありませんか?」

 

「無い、あったとしても何とかする、むしろそれが繋がれば娯楽面だけじゃ無く、文通という時間の掛かるやり取りをせずともお互い連絡が取れるメリットが生まれると思うのだが、その辺りどうだろうか?」

 

 

 現在大坂鎮守府とキリバスでは支配海域の都合があり、連絡手段は物資のやり取りを行う船に預ける手紙のみとなっていた。

 

 その船は輸送船団という形で行き来しているが、片道五日~七日の時間を要し、互いの意思疎通は一月に二度程しか出来ない状況にあった。

 

 今までの関係性で言えばそれでも事足りる状態と言えたが、これから大坂鎮守府がやろうと準備している作戦には迅速に、且つ綿密な意思疎通が出来る手段を用意する事が必須となる。

 

 その点で述べるなら海湊(泊地棲姫)の申し出は渡りに船であり、更に現在クェゼリンまでは現在深海棲艦の影響を受けない連絡手段を海底ケーブルを敷設する事で行っている為、それを延長する形で施工すれば連絡手段の確保に時間は掛からないと言えた。

 

 

「クェゼリンとキリバスまでの距離は凡そ500km、海底ケーブルでその距離を繋ぐとなればそれなりにメンテナンスや設備に対する防衛が必要となるんですけど……問題となるのはこっちの制海権とそちらのテリトリー間にある100km程の海になりますねぇ」

 

「ああ、あの辺りは中途に誰の影響下にも無い縄張りだからな、取り敢えずその辺りをどうにかする為にヨシノンが攻め落とすという事は可能か?」

 

「えっと、まぁそれは可能ですが……」

 

「我々にも色々都合があってな、テリトリー外の事に直接手を出すのは色々と不味い、しかしあの海域をヨシノンが落すならば後は問題無い」

 

「しかし落とした後の維持はどうなります? ウチにはそれに宛てる人員を捻出する余裕が無いのですが……」

 

「ああ、あの縄張りに居るボスを始末したなら後は冬華(レ級)に任せようと思っている、海域のボスをアレが勤めるなら居付きの者は発生しないし、冬華(レ級)の支配権は未だ朔夜(防空棲姫)にある、言い換えるなら冬華(レ級)があの縄張りのボスとなるならヨシノンがあの海を支配する形になるから維持的に何も問題は無かろう?」

 

 

 降って沸いた更なる制海権の話に流石の吉野も唖然とする。

 

 詳細を述べるならクェゼリンの支配海域は南北に長く東西に狭い、そして海湊(泊地棲姫)の支配海域とクェゼリンの支配海域の間には北側より続く"誰の支配下にも無い海"が東西に約100km程存在し、その海域を避ける為に大坂鎮守府から出発した船は一端クェゼリンへ行き、更にフィジー付近まで南下する形で大きく迂回する海路を経てキリバスへと繋がっている。

 

 そのルートを迂回無しに進める様になれば今後の作戦に於ける進行も楽になり、安全性も確保され、更には大坂鎮守府と海湊(泊地棲姫)の間には直接の連絡手段という繋がりが生まれるという、この作戦から得られる物はある意味利が大きい話に見える。

 

 しかしその海域を押さえるボスが冬華(レ級)となると、海湊(泊地棲姫)の言う様にそこは大坂鎮守府の支配海域となってしまう。

 

 それは即ち大坂鎮守府が新たに海域を支配下に置くというメリットよりも、対外的な全てに"攻める事によって権力を拡大させつつある"という懸念を植え付ける結果となり、その後に予定している北太平洋の攻略に対する不安要素を生む原因ともなり得る。

 

 その辺りは段取りと手回しをすれば何とかなるが、時間と手間が余分に掛かり肝心の作戦が遅延する事になる。

 

 常に事前準備には慎重である吉野なら迷わず海湊(泊地棲姫)からの提案を飲み、諸々の準備に取り掛かる筈であったが、それでも今は難しい表情で何かを考え、答えを言葉にするのを躊躇っていた。

 

 

「条件は悪く無いと思うのだがな? やはり時間が掛かるのが気になるか?」

 

「えぇ……支配海域外へ攻略部隊を送るとなると、今はちょっと前に南洋で無茶をやらかした分ほとぼりを冷ましている状態にありますから手を付けるのは数ヶ月先になりますし、それを前提として諸々の作戦をずらすとなれば、遅延する時間は年単位になってしまいますから……」

 

 

 軍という組織に身を置き、艦娘という戦力を保有すると言うのはどういった状況であれ行動する為には上層部の許可は必須となるのは当然である。

 

 そして行動する為には周りを納得させる理由と、それ以上に相手の面子を立てるという手順が必要となる。

 

 

 前者は正直どんな手を使っても政治的な面に強い吉野にはすぐに用意は出来るだろう、しかしここ最近立て続けに行動を進めてきた大坂鎮守府は現在悪目立ちという形で各所より睨まれている状態にある、よって長期的な作戦の実行を主眼にしている今はなるべく穏便に準備を進めるべき時期であり、それを考えると聊かこの話には無理があるという状況でもあった。

 

 足場をより強固にする為時間を費やすか、多少の不便とリスクを背負う形で時間を繰り上げるか。

 

 海湊(泊地棲姫)が言う様に全ては状況と言うよりも、時間が問題となってくる。

 

 

「ヨシノンよ」

 

「はい」

 

「お前はこれから先自分の理想を追い求めていこうとするなら、今は太平洋を攻めるよりも先ず北を目指すべきだと私は思う」

 

「……北、ですか?」

 

「そうだ、極北の地、北極点だ」

 

 

 

 この日大坂鎮守府の居酒屋で海湊(泊地棲姫)が口にした情報は、この先吉野という男と、そしてそれに関わる全ての者達にとって変え難い物を手に入れる為の行動をさせる事となり、半分諦めていた未来に対する可能性を得る切っ掛けとなるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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