大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 プロという存在は一般に認知されている部分は大層に見えるが、内情は実の処それほど大した事はしていない場合が多い。
 熟達した技よりも、場慣れと知識のみがプロとそうで無い場合も多い。
 だったそれだけの差であっても一般人とプロとの差は明らかであり、内情を知らないからこそ素人とプロという存在が成り立つのである。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/06/10
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


提督によるプロ養成講座

 執務棟一階にある第一講義室

 

 棚田の様に奥へ行くに従い高さを増す座席並び、最下段の教壇を見る形になったそこには現在駆逐艦を中心とした数名と、教壇に居る髭眼帯が手にしたレポートを読むという、講義染みた世界が展開されている。

 

 教卓にはそれなりに積みあがったレポートの山、真剣な顔でそれに目を通す吉野、その様を席に着く艦娘達は固唾を呑んで見守っている。

 

 そんな髭眼帯が背にする巨大なスクリーンには『提督の尾行講座』という文字がデカデカと浮かび上がっていた。

 

 

 現在大坂鎮守府では内政の整理に追われ、人員の配置はあらかた終了したもののそれは適正を大きく欠く人員を含む物であった為、その人員に対しての教育を施す為に注力しているという状態であった。

 

 教導や開発という面では艦娘が元から有する能力で補える部分があった為何とか回せる状態にあったが、それ以外の部課署、主に艦娘お助け課や香取型姉妹が主導する教習部門の人員は軒並み能力的な壁によって開店休業中に近い有様である。

 

 香取・鹿島は元々教習という面に於いては数々の資格と経験を有していた為、現在ほぼ完成している鎮守府内の設備にて有資格者を増やす為に講義に追われているが、鎮守府という生活空間と職場が同居した環境はある意味短期合宿という形になっていた為、今の所は順調に職務は進んでいた。

 

 

 しかし問題は艦娘お助け課である。

 

 それは相談員というフロントでは能力以前に性格的に向き不向きが存在し、実務面では戦闘というより"調べる"という能力が求められる為、人員の育成には、絶対数が少ない経験者が時間を掛けて基礎から教え込まないといけないという割と逼迫した状況に追い込まれていた。

 

 実務専任、調査員としてはあきつ丸と青葉の二人が居るが、その二人を教官に抜いてしまうと鎮守府の業務が回らなくなる、しかし実務に就く者の数が明らかに足りない、そんな苦しい台所事情の末白羽の矢が立ったのが基本的に鎮守府から移動せず、そっち系が専任だった吉野であった。

 

 

「んね~しれー! 時津風の出した報告書どう? バッチリでしょ?」

 

「ちょっと子犬(時津風)机バンバン叩くのよしなさい、少しは落ち着いたらどうなの」

 

「なにさ~そっちだってさっきからしれぇの方見てソワソワしてんじゃない、ほらあまつんがそんなだから連装砲君達もさっきからチョコチョコしてるし」

 

「なっ、ちょっといつ私がそわそわなんてしてたのよ……って何? 山風?」

 

「……天津風落ち着く、ほら……飴ちゃんでも食べて」

 

「何で飴? てか貴女いつもマイペースねぇ、訓練の時も何か一人だけ独特な動きしてたし……」

 

「をうっ!」

 

 

 女三人寄れば(かしま)しいとは昔の諺であるが、艦娘と言えど大坂鎮守府で建造、または生まれて日が浅い、しかも駆逐艦ともなれば同じ境遇の者達が集ってしまうと必然的に場は緩い物になるのは仕方が無い。

 

 現在この 『提督の尾行講座』を受講しているのは時津風に天津風、それに島風という風トリオに加え、風繋がりという雑な理由で放り込まれてしまった山風の四人、そして現場限定ではあったが索敵に秀でた能力のある不知火が参入しての混沌としたメンバーである。

 

 

「あーはいはい、君達から貰った『調査報告書』は取り敢えず全部目を通したから、これからこの報告書と尾行訓練時の動きを絡めて色々と講義を進めたいと思います」

 

 

 髭眼帯が指揮棒片手に場へ視線を投げると、雑談然としていた空気がやや静まり、視線は教壇へと集中する。

 

 それを確認した髭眼帯は講義の始めとして先ず訓練時の状況を其々に思い出させる為、実地訓練前に伝えた情報を背後のスクリーンへ映し出し、おさらいの意味を含めてそれを読み上げていく。

 

 

「先ず其々には何も知識が無い状態で、自分が鎮守府をウロウロしているのを尾行して、それを其々が持つ記録機器に収めつつ、後で「調査報告書」として提出してねって形で始めたのは覚えてるかな?」

 

「はい、確か自分が不自然にならないと思う形で司令を尾行し、その記録から「報告書」として文章を起こせと伺いました」

 

「そそそ、ぬいぬいが言った通りの訓練を取り敢えずって形でやって……今こういう講義になってるんだけど、何と言うか割とうん……仕方が無いのは判ってるんだけどまぁ何と言うか……」

 

「何? 確かに出来は良くなかったかも知れないけど、こっちは何も知らない素人なんだからしょうがないでしょ?」

 

「ああうんそうなんだけど……あまつん、幾ら素人だからってほら、首からゴツい一眼レフぶら下げて、要所要所でこっちをパシャーするのは致命的に目立つと言うか、あの辺り提督どうかと思います……」

 

「でも報告書を書くにはその資料は必要なんでしょ? ならそれ位我慢してよね」

 

「何で秘密裏に調べる対象相手に我慢を強要するのあまつん!? 相手に感づかれず行動してっ! ワカッテルノ!?」

 

「そーだよあまつん、目立っちゃダメなんだからね!」

 

「ぜかましも尾行対象の提督をいきなりぶっちぎってましたね? もうそれ目立つとか目立たない以前の問題だと思います……」

 

「をうっ!?」

 

「敵の視界に入らない……これは基本」

 

「だからって山風くんみたく、物陰から物陰へ忍者みたいに移動し続けるのは提督関心しません」

 

「……なん……だと、ダメなの? ……はぁ、飴ちゃん食べる?」

 

 

 素人にありがちな間違いはやるだろうと予想はしていたが、まさがそれらを全てやるとはと髭眼帯は溜息を吐くが、何故かその講義は時間が進む程に提督包囲網(物理)となり、いつの間にか教壇はくちくかんに囲まれつつあるという意味不明の様相を呈していた。

 

 

「物事は繊細に、しかし大胆にやるのが良いと不知火は提言します」

 

「いやぬいぬいはずーっと提督にベッタリで、しかも何かクンカクンカしてたでしょ!? アレ繊細欠片も無いし!? 大胆にも程がありますっ!」

 

「そーだよぬいぬいはしれぇにベッタリし過ぎ! も~良くない! ほんっと良くないよっ!」

 

「いや子犬(時津風)ちゃんは何と言うか……そもそも尾行相手に肩車を要求する時点で訓練してないと提督思うんですが……」

 

「だって最近しれー相手してくんないんだもんっ! 仕方ないじゃん!」

 

 

 尾行の講習の筈が何故か教壇が包囲され、子犬(時津風)の言に其々はうんうんと頷くというカオス、そんな中心で山風が執拗に飴をグリグリと捻じ込もうとするのを顔面に受け止めつつ、髭眼帯は口から乾いた笑いを漏らすしか無かった。

 

 

 行われた実地訓練をビジュアル的な物で説明すると、先ず尾行の開始を告げた直後にぜかましがスタートダッシュで髭眼帯をぶっちぎって風の彼方へと走り去り、それを呆然と眺めつつてこてこ歩くと、背後ではシュタシュタとカバディでもやるのかと言うポーズで物陰から物陰へと移動する山風、そして曲がり角に差し掛かったりどこぞの建物に入ったりする度に、天津風がバズーカと見紛う程のカメラを構えパシャーする。

 

 そして徐々にぬいぬいが接近してきたかと思うと最後はペットリと背後にくっつきクンカクンカしつつ「ああ……司令の香りが……」と呟き始め、それを見た子犬(時津風)がずるいと連呼しつつ髭眼帯に襲い掛かり、強制肩車を敢行する。

 

 

 尾行という繊細かつ隠密行動とは掛け離れた何かがそこに展開されるという、もしそれが本番だったなら色んな意味でアウトな世界が広がっていた、むしろ尾行抜きにしてもそれは軍務と言うか人としてアウトな部分も含んでいる気がしないでも無かった。

 

 

 繰り返し言おう、調査の世界での基本は尾行と張り込みと言われている、そして彼女達のしている事は休日のパパを取り合いする小学生のお子様的行動である、そこには調査の欠片も存在していない。

 

 

「あー……取り敢えずその辺りは後でまとめて説明するとして……この報告書、うん……あー……うん」

 

「なになに? どーしたのしれー?」

 

「えっと子犬(時津風)ちゃんがくれたこの……うん、報告書がジャ○ニカの「えにっき帳」なのは何で?」

 

「え? 何か文章だけじゃ寂しいじゃん? だから絵もサービス! いいでしょー」

 

「ああうん……てかこの3mの宇○人的な謎生命体はもしや……」

 

「ん? これってしれーじゃん、○宙人ってなにさ! 叩くよ!」

 

 

 時津風の提出したジ○ポニカえにっき帳には、何と言うか妙にヒョロっとした三角に、取り敢えず頭を乗せた後手足を生やしてみました的謎生物の絵と、髭眼帯が歩いたルートの羅列に続き「肩車はバランスが全ての基本となる」という、そこを境に妙に研究論文的な物を彷彿とする肩車理論と、計算方式を交えた力学的な図で埋め尽くされた何かかが記載されていた。

 

 どうしてえにっき帳に研究論文がズラズラと記載されているのか、何故肩車一つにニュートンの運動の3法則を語る必要があるのかと吉野はプルプル震え始めた。

 

 

「物事はシンプルに纏めるべきよ、でないと何も伝わらないわ」

 

「……あまつんの言う事は芯を捉えてると思いますが、提督この内容はちょっとどうかと思います……」

 

 

 髭眼帯がペロンと差し出した紙には「今日は訓練として有意義な日を過ごしたと思う、だからこんな紙切れなんかに言葉として書くなんて事は出来ないわ」と一文が書かれていた。

 

 

「報告書になってなーーーい! てかあのバズーカでパシャーしてた写真は!? ずっと執拗にこっちのアングルとか拘ってたでしょ君!?」

 

「やっぱりレフ板とか無いと光彩とかが決まらないのよ、あんな中途な作品人の目に晒すのは私には耐えられない」

 

「変にプロ根性出さなくていいから! もぅ携帯のカメラでも充分だからちゃんと報告書作って!?」

 

 

 被写体と構図に拘り、それに心血を注いだあまつんは己の作品に納得いかず次こそはと意気込んでいた。

 

 取り敢えず次があったとして、その行動は調査的に言うと壊滅的に間違っていると吉野は思ったが、何故か闘志に燃えるあまつんの頭のアレからやる気を示す星型やらハート型の煙が出ているのを見て、喉まで出掛かった言葉を飲み込んだのであった。

 

 

「あーはいはいちゅうもーく!」

 

 

 教卓に並ぶ数々の絵日記やらポエム染みたそれから目を逸らしつつ、これでは埒が明かないと判断した髭眼帯は渋い色を顔に貼り付け、ペシペシと指揮棒で教卓を叩いて極々基本的な説明を施す事にした。

 

 

「先ず君達が哨戒なんかの後出す報告書があるでしょ、基本はあれと同じだと思って下さい」

 

「業務報告書ですか?」

 

「そう、基本的に"いつ・どこで・誰が・何をして・どうした"という事を、客観的事実……簡単に言うと「見聞きした物」だけ抽出して纏めて下さい」

 

「客観的事実……だけ、なの?」

 

「報告書は事実のみを伝えるという性質の物である為、哨戒時の報告書にある様な所見は必要ありません、その報告書から事実だけを相手が読み取る事にのみ特化した物、それが"調査報告書"になります、調査とは調査員が事実を調べそれを要求した者へと伝える事に終始し、後の判断や行動的な考える部分は別の者がやるのが基本です、なので客観的事実を判り易く、そして簡潔に纏める事が重要になります」

 

「それってどう書けばいいの?」

 

「具体的には何月何日調査開始と日付を最初に確定させ、後は何時何分誰がどこで何をしたと"対象の行動が変化する毎に記載する"、それが尾行時に於ける基本、"行動調査"の記述になります、映像を抑えるのは後で報告書を起こす時にそれを確認する為と、対象の行動を静止画で切り抜き報告書に添付する為です」

 

「それじゃあなたがどこかに入るとか、角を曲がる度に撮影していた私のやり方って正解って事になるわよね?」

 

「概ね間違いじゃないね、ただ映像として残すのなら対象を収めた風景に場所を特定する物を一緒に写すとか……具体的には地名が入った道路標識や店名が判る看板を入れるという配慮はしておかないとダメかな、報告書を見る側からでもその辺りの情報が作成者の確認無しに読み取れる形に撮影、文章を構成するのは報告書では必須となるからね」

 

「それだとカメラじゃ難しいわね……やっぱりビデオとかの方がいいのかしら」

 

「その方が編集は楽だし後の処理は簡単になるけど、対象との距離がある場合どうしても画質の問題でカメラの方が絵は鮮明になるから、使い分けは必要になるね」

 

 

 情報と言うのは正確さという物を第一に考え、それに個の考えが混じらない様考慮しなければ価値は無く、またそれを元に軍務を計画するとなれば可能な限り詳細な物が必要となってくる。

 

 そうした時文字情報と共に添えられる映像や画像という視覚情報は、文字の内容を補完すると共に事実を証明する手段ともなる、故にその様式、そして撮影法は先鋭化され、且つ普遍的な物となっているのが現状であった。

 

 

 そこにはあまつんが求める芸術的なテクニックは微塵も必要なかったという事実を添えておこう。

 

 

 そんな事実を淡々とあまつんに伝える髭眼帯の袖を山風がツンツンと引き、何事かと振り向けば再び飴ちゃんを口に捻じ込まれるという理不尽。

 

 真面目な相で首を傾げ、口をモゴモゴする髭眼帯ジっと見る不思議くちくかんは、ならどうした尾行をすればいいのかという問いを口にした。

 

 

「えっと基本は準備、そしてセオリー」

 

「……準備?」

 

「そそ、例えば尾ける(尾行)相手の行動範囲がビジネス街であったらこっちもそれなりのビジネス的な格好をしなくちゃなんないし、逆に遊園地で尾行するとして、その時こっちがスーツだと悪目立ちするでしょ? だから場所を考えた格好で行動するのが一つ」

 

「ふむ、なる程……一つ賢くなった、お礼に飴ちゃん……あげる」

 

「ムグゴッ……お……おふっ、え……えっと次に相手は公共交通機関を利用するかも知れないし、どこかのお店に入るかも知れない、そんな時は速やかに行動出来る様に現金は小銭を含め多めに崩しておく事、万が一手元に小銭が無かったら「釣りはいらない」って札を置いてくハメになるし、清算時に時間が掛かればそれだけ対象から目を離す時間が増える、そうなると失尾(しつび)する可能性も必然的に増えちゃうからね」

 

「タメになる……褒美に飴ちゃん……はい」

 

 

 細かに説明すると何故か飴が逐次投入されるという危機感から髭眼帯は手元のコンソールを叩き、一気に注意点等を箇条書きし、スクリーンへ映し出した。

 

 

・対象を追って店舗へ入るなら対象の視線に入らない、かつ入り口に近い側の可能な限り声が聞こえる位置に陣取る。

 

・食べ物を供する店の場合、注文はすぐ出てくる物で、すぐ飲み食い出来る物を、コーヒー等が時間調整し易いので基本になる。

 

・対象がエレベーターを利用するなら可能な限り同乗する。

 

・対象が連続して角を同じ方向に三回曲がったら尾行は中止する。

 

 

 次々と書かれていくそれらは、メモを取るには膨大な物であった為に講義室に備え付けのプリンターで印字され、其々に配られる事になる。

 

 

「ねぇねぇ提督、何で角を三回曲がったら中止しないとダメなの?」

 

「連続して同じ方向へ三回、だね、んと……じゃ島風君、提督の前に立ってみて?」

 

「ん? こう?」

 

「じゃ回れ右して、そこから試しに教壇の周りを右へ三回回ってみようか」

 

「右に三回? えっと……あれ? 何か提督の後ろ側に来ちゃった」

 

「建物や道路を四回同じ方向に曲がるという事は、元居た場所に戻ってくるという事になる、これは高確率で対象が尾行に気付いている、若しくは警戒して尾行をしている者を確認する為にやる典型的な行動なんだ、だから四回目に角を曲がる前に離脱しないと相手に感付かれる事になっちゃうからね、ほら……普通わざわざ建物とかをグルっと回って元の位置に戻るなんて事しないでしょ? だから尾行時は相手が迷っているとかじゃ無い限り同じ方向に連続して三回角を曲がった時点で大事を取って一端尾行は中止ってのがセオリーになるのね」

 

「へーそうなんだ、おもしろーい!」

 

「後は基本的な心構えとして……ぬいぬい」

 

「不知火です、何でしょうか司令」

 

「例えば君の後ろで誰かが歩いていたとする」

 

「はい」

 

「んで何かの拍子に振り向いたとして、その人物があからさまに物陰へ隠れたり、プイッて視線を逸らしたのを見たとしたら、どう?」

 

「……とても怪しく見えます」

 

「んじゃ逆に目の前に誰かが歩いてて、その人が振り向いてぬいぬいの顔を凝視したら君はどうする?」

 

「不知火です、そうですね……こちらに落ち度が無ければ睨み返します」

 

「君に本気で睨まれたら相手気絶するんじゃないかって危機感が提督にはありますが……まぁ今君が言ったのが概ねふっつーの人がする反応です、なので山風君の忍者ウォークとか、あまつんのパパラッチ的行動は不自然であり、かつ相手の印象に残っちゃう行動と言えますね」

 

「パパラッチって何よ!」

 

「まぁ天津風の特殊な性癖は置いといて、なるべく自然体という心構えで尾行をすると言うのが基本的な心構えだと」

 

「君のクンカクンカも大概特殊な性癖を醸し出して無かったかと提督は思うのですが……まぁ基本は、風景に溶け込む事、目立たない事、モブに成り切る事、かな?」

 

「しれーは天然モブだから、その辺りはお手のもんだよねー!」

 

「ヤメテッ! 天然モブとか空気とか言われると提督心が痛くなっちゃうから言うの禁止!」

 

 

 割と本気の嘆願を口にしつつ、髭眼帯は基本的な尾行術を対話形式で其々へ仕込んでいく。

 

 自分が仕込まれた時はもっとスパルタで、どちらかと言えば先達はこちらの精神をへし折りに掛かっていたなと昔を思い出し、苦笑いを表に貼り付けつつ髭眼帯は講義を続けていく。

 

 今教えている全ては基本で、その先は経験という形で其々は現実を見ていく事になる。

 

 それに対して彼女達がどう向き合い、そしてどう行動していくのか、探る正解は恐らく一つだが、それに至る道は数限り無くあり、同じ世界に生きる者であってもそれら全てを共有し、行動を共にするのは難しい、基本的にやり方は自由、そして結果だけ求められる仕事と言うのは自由がある代わりに孤独を常とする為、吉野は今無邪気に言葉を交わす駆逐艦達を見て、少し複雑な心境になっていた。

 

 

 そこに関わるのは基本的に汚く、表に出る事の無い裏に手を入れる事になるのだから、尚更心は晴れない物となる。

 

 

「ねーねーしれー」

 

「ん? どしたの?」

 

「しれーって今も訓練とかしてるの?」

 

「あー、たまにやったりするかな」

 

「どんな感じで?」

 

「尾行訓練ってのは相手が常に警戒している対象を選択するのが望ましい」

 

「うんうん、それで?」

 

「なので人気が少ないとこを歩く、若い女性をターゲットにする場合が多い」

 

「え……」

 

「人気の少ない暗い路地裏、若い女性がそんなゾーンを歩くとなれば、ナチュラルに警戒が入った状態になるからね、だから尾行対象は若い美人の女性、それを狙ってこっそりと後を尾ける、これは長年ソロプレイを経験した中で到達した最適解だと自負しています」

 

「そ……そうなんだぁ、じゃさ、張り込みとかは? どんな感じで教えて貰ったの?」

 

「あー……例えば、自分を仕込んだ人の話だけど、先ずその人を尾けるじゃない?」

 

「うんうん」

 

「その人ってもぅ嫌らしい人でねぇ、わざとこっちが尾行してんの知っててピンク街に出掛けて、そんなお店に入ってアハンウフンしちゃう訳」

 

「え……」

 

「んでそんなお店が立ち並ぶド真ん中で90分……ヘタしたら延長で120分、提督ずっと張り込み、もう何か晒し者って言うかポン引きの対処で心が折れると言うか、そうやって根性を鍛え上げられました」

 

「そ……そうなんだぁ……」

 

 

 

 こうして無垢な心を持つくちくかん達は、髭眼帯の話から防諜という世界の闇に初めて触れる事になり、提督主催の講義は相変わらずの生々しい豆知識とアレな話に及び、とても微妙な幕引きとなるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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