大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 原点回帰という言葉がある。
 それは初心に帰るという言葉と似ているが、少しだけ違う意味合いを含む。
 初心と言うのは心構えを言い、原点と言うのは出発点を指す言葉である。
 嘗て何も無く、暗中模索を続け至った今、それなりの経験を経てはいた、その時とは目指す先は違えど、結局やる事の基本は変らない。
 故にそれは原点回帰であり、変らぬ日常とも言えた。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/05/25
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、拓摩様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


川内型二番艦

 梅雨もそろそろ本番かという大坂鎮守府。

 

 執務室の応接ソファーでは髭眼帯を挟み陽炎とぬいぬいが座っている。

 

 

 珍しくもコーヒーを啜る吉野の右ではぬいぬいが感情の抜け落ちた表情で動きを止めて固まっている、殆ど見えない視力を矯正する為に掛けているメロン子謹製の超分厚いレンズのメガネは、彼女の視線がどこへ向いているかの様子を伺えなくさせているが、少なくとも雰囲気的に今彼女は必死に自分の存在を消そうと気配を消す事に専念しているのは感じ取れる。

 

 対して陽炎は俯き、膝の上で握った両手に視線を落としつつ、何故かプルプル震えて前を見ようとしないという状態と言うかぶっちゃけ怯えているという雰囲気を醸し出していた。

 

 そんな二人に挟まれている髭眼帯は何とも微妙な雰囲気を滲ませ、どうしたもんかという表情のまま、ズズズとコーヒーを啜りつつも前に視線を向けている。

 

 その視線の先には足を組んでニコニコとする川内型一番艦、ラバウル基地より着任した川内が興味深げに髭眼帯と左右の陽炎姉妹に視線を向け、そしてその隣には同じくラバウルより来た川内型二番艦、次女の神通が湯飲みに口を付け、静かに茶を啜っていた。

 

 

 このおかしな雰囲気の応接セットに座る面々は、元々第二特務課に着任予定だった神通と髭眼帯という薄い縁から始まり、結局当時の戦力再整備の煽りでそれが無しになり、更にはその関係で代わりに陽炎姉妹が着任したという経緯と、川内姉妹と陽炎姉妹が同じ基地所属だったという、全員が何かしらの縁で繋がった関係であった。

 

 

「陽炎、不知火、お久し振りですね、息災でしたか?」

 

「はい神通教官、お陰さまで恙無(つつがな)く、日々軍務に励んでおります」

 

「それは何よりです……陽炎? どうしました? 先程から様子がおかしいようですが」

 

「ひゃい!? い……いえ、申し訳ありません! こちらも日々提督のお力になろうと鋭意努力をしていますっ!」

 

「そうですか、二人ともちゃんとこちらのお役に立てていると言うなら、私も安心して着任出来るというものです」

 

 

 陽炎はピシリと敬礼したまま背筋を伸ばして固まり、ぬいぬいは相変わらず無表情かつ、影のうっすい状態で受け答えをしていた。

 

 そんな二人の状態になんとなーく関係性を見た髭眼帯はハハハと乾いた笑いを口から漏らし、このまま放置するのも可哀想だとわざと神通の意識を自分へ向ける為、テーブルの上の書類を拾い上げて業務の話へ移る事にした。

 

 

「遠路遥々ようこそ大坂鎮守府へ、改めて自分がここの司令長官をしている吉野だ、我々は君達二人を歓迎する……と、まぁ堅苦しい挨拶はここまでとして、急な異動、且つ最前線からこんな後方の拠点へ送られた君達には色々不満があるだろうが、何分ウチは今人員が足りずに……」

 

「不満なんてとんでもありません! 私は吉野提督の元に就ける事に今無常の喜びを感じています!」

 

「え……えぇ~……そ、そうなんだぁ……」

 

 

 静かに仕事の話をと場の空気を読んで始めた髭眼帯の言葉を遮って、何故か突然キラキラした状態で半身を乗り出す神通さん。

 

 第二特務課発足時に得た情報が古い為に更新した彼女の情報は、あの時と相も変らずと言うか、装備の一部が潜水艦搭載電探&逆探(E27)とか、6連装酸素魚雷とか何だか恐ろしいと言うか装備的に軽巡には不可能ちっくなブツが搭載されるという、別な意味で進化した状態のデータが確認されていた。

 

 

 その辺り色々と不安があったが、それ以前に聞いた前評判も割りと凄まじい物があり、そっちの印象が吉野には強くあった、それと言うのも手元にある資料一覧にある記述。

 

 

 曰く、昼なのにガンガン魚雷のカットインを発動させ、姫や鬼に単艦挑んで仕留めちゃうとか。

 

 曰く、陸上型深海棲艦であろうと何であろうと関係なく、何故か魚雷でガスガスとダメージを入れてしまうとか。

 

 曰く、質量を持った残像を発生させ、敵を混乱させ一方的に攻めるとか。

 

 曰く、対空雷撃という特殊な戦法を駆使する万能型軽巡であるとか。

 

 

 その資料は以前見た時よりも更に進化したと言うか、訳の判らない情報がてんこ盛り状態であった為である。

 

 

 その辺りの眉唾物と言える情報の確認と、これからの彼女の配属に付いての相談をと考えての話の矢先にキラキラの神通さんである、正直髭眼帯には色んな意味で話の切り出しと言うか、どこからどう手を付けていいのかという、現在ある意味第二特務課を立ち上げた際、初期組に対した時以来の混乱状況にあるという状態であった。

 

 

「嘗て第二特務課の立ち上げの際、召還のお話があった時、私はそのお話を断りました」

 

「え? あ、そうなんだ」

 

「はい、艦娘とは常在戦場、前線にあってこそですし、それ以前に指揮する者……提督には戦場に対する特別な影響力を持つ者がならないといけないと私は思っています」

 

「特別ぅ?」

 

「指揮能力、艦隊に対する戦意高揚、卓越した推察眼、どれでも良い、しかし必ず戦場を動かす程の……何かしらの特別があってこそ、提督という存在は艦娘を指揮する資格があると思うのです」

 

「ああうん、なる程……うん、えっと……そっかぁ」

 

 

 神通の言う提督としての資格、それはハードルが高いと言えば高いと言えた、しかし実情で言えば現在艦娘を指揮し、拠点を構えている者達は多かれ少なかれその資質を持った者達である、その能力があるからこそ拠点を任され、艦娘の指揮を許されている、それを考えれば軍内に於ける神通の言う「提督としての資格」という物はある意味的外れな意見では無いと言えた。

 

 

「当時は新設の、しかも非戦闘を主眼にした……いえ、対人部隊設立の初期人員としての召還とお聞きしていました、そしてそれを指揮する者は海軍にあって、海の者で無い(・・・・・・)と言う事も聞き及んでおりました」

 

「あー、なる程、そりゃ君が言う艦娘本来の戦いとは掛け離れた運用に聞こえるのも当然だよね」

 

「はい、そして失礼ながらあの時聞かされた……当時吉野中佐であった提督の経歴、能力は私の求める指揮官のあるべき姿とは掛け離れた物だったのです、海を離れ、艦娘としての本懐が遂げられない戦いへと送られる、それは私にとって死よりも受け入れ難い事実だったのです……」

 

「うんまぁ確かに艦娘さんにとっての戦場て……」

 

「しかし!」

 

「アッ、ハイ」

 

「それからの軍内に於ける変革、そして深海棲艦との共闘という驚くべき事実……その中心には第二特務課という名が必ずありました」

 

「あ……ああうん、まぁそれは……」

 

「余りの急変と、そして変化、それに興味を惹かれ色々と第二特務課の戦いを調べてみたのです、そしてそれを見て私は当時自分の浅慮から出た考えが間違いであったと恥ました」

 

「え? 見た? 何を?」

 

「第二特務課の戦いをですが?」

 

「ん……んんんん? 見たて、一応その辺り機密扱いの部分があって一般には……ああ、クルイ海域のヤツは一般資料として公開してたっけ」

 

 

 首を捻る髭眼帯の前で川内が胸元に手を突っ込み、そしてズルリとノートパソコンを引きずり出した、そしてそれをテーブルに置くとクルリと吉野へ向け、電源をポチリと入れる。

 

 サイズ的に17インチワイドなそのブツは、服の中に仕込むにはサイズ的にアレな物体である事は言うまでもないが、それは色々と逸話のある川内型一番艦のする事である、その辺りは忍者的テクニックと言うか、ぶっちゃけ例の艦娘が持つ不思議収納的な能力なんだろうと髭眼帯は真面目な相でパソコンの画面に見入った。

 

 そこには南鳥島で行われた(空母棲鬼)が率いる艦隊との戦い、そして次にはアンダマンでの海戦、更には叢雲と髭眼帯のタイマンからついこの間行われたインド洋での電撃戦がダイジェストで映し出されている。

 

 そこに映る映像の殆どは秘匿情報として扱われ一般に見る事は適わない類の物であった為に、怪訝な表情でそれを見る髭眼帯は、フとその動画の隅に浮ぶロゴに注目する。

 

 

 『HDアカシドキュメントチャンネル』

 

 

「ねぇ……なぁにこれぇ?」

 

「え? 最近酒保が始めた会員制のケーブルTVサービスだけど」

 

「酒保のぉ? 会員制サービスぅ?」

 

「そそ、月額\4,980で基本見放題、後は追加でアニメとか映画チャンネルとかもあるよ? いやーいい時代になったよねぇ、前線でこんな娯楽が楽しめるなんてさ」

 

 

 プルプルと映像に入るアカシドキュメントのロゴを指差す髭眼帯に、川内=サンがニコリと微笑んでそう説明する。

 

 そしてプルプルしたまま吉野はテーブルに備えてあるテレフォンに手を伸ばし、そのボタンをピポパした。

 

 

「もしもし明石酒保? あ、妖精さん? 自分自分、え? もう少し名乗りにエスプリは効かせられないのか? そんなんだからモブとか言われるんだってナニまじ最近辛辣だね君ら! うんそのえっと明石居る? え? 留守? どこ行ったの? ナニ? 鬼が出るか姫が出るか、虎穴に入らずんば銭を得ずぅ? ナニ今回は諺重ねちゃう系なの? てか姫とか鬼てナニ? え? キリバスに営業!? 行ったの!? ハッちゃんチに営業行ったのアイツ!? マぁジで!? うんうん……えっ……いやなにそれコワイ……うんうん……そっかぁ……うん……そうなのかぁ……へぇぇ……」

 

 

 テレフォンをプチリと切った髭眼帯はコトリとそれを充電器に戻し、そして今度は当時髭眼帯が使用していた武装の解説が始まった動画を死んだ鯖の様な濁った目で眺め、ハハハと口から乾いた笑いを漏らしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ね……ねぇ司令、そろそろ私おいとましたいんだけど……」

 

「んんん? いや何言ってんの陽炎君、そんな遠慮しないで、久々に師弟が顔合わせしたんでしょ、もっとこう……色々話に華を咲かせるとかなんとかさ……」

 

「いや神通さん司令に興味津々じゃない、むしろ私達を巻き込むのはヤメテよっ、てかほんとマジこの空気心臓に悪いのよっ」

 

 

 陽炎と髭眼帯がこそこそと醜い言い争いをするのは相変わらずの執務室。

 

 あれからこんこんと神通からの言葉を聞かされる場は何とも言えない微妙な空気が漂っていた。

 

 それはベタ褒めと言うか、要するに艦隊戦にほぼ随伴する吉野の姿勢と、直接深海棲艦へ与えた戦果に対する評価故の彼女なりの恭順の意思表明であったが、元々そういう性格なのか、それともこの神通がそんなカンジなのか、それはやや行き過ぎたと言うには生易しい雰囲気を醸し出していた。

 

 

 そして現在は哨戒任務を終えたグラーフがいつもの定位置に就き、チチを吉野のヘッドにセットした状態。

 

 

 それまで色んな意味で戸惑いが蔓延していた執務室は、現在北極圏で吹き荒ぶブリザードの如き空気が吹き荒れていた。

 

 

「提督、そちらの方は?」

 

「Guten Morgen.私が大坂鎮守府提督親衛隊所属、グラーフツェッペリンだ、宜しく頼む」

 

「提督親衛隊?」

 

「そうだ、我々親衛隊の親衛隊による提督の為の護衛を目的とした秘密結社、それが提督親衛隊こと『青のドナウ』だ」

 

「えっ!? 提督親衛隊って秘密結社だったの!? 提督初耳なんだけど!?」

 

「大淀から予算が降りなかった、なので今は私設組織だAdmiral」

 

 

 驚愕の事実を知らされた髭眼帯はビクリと身を震わせ、頭の上のたわわな果実がプルンとした、そして神通の眉間の皺がより深くなり、執務室に吹き荒ぶブリザードが更に強くなった。

 

 そして陽炎のカタカタが目に見えて増大し、ぬいぬいの死に物狂いの努力は功を奏し透明度が増していった。

 

 その関係図をビジュアル的に説明すると、何か髭眼帯が反応するとプルルンが発生し、そのプルルン度で神通の殺気が増大、それにより執務室の天候が悪化して陽炎姉妹がその煽りを受けるというカオスが展開する。

 

 要するにグラ子のチチの揺れ具合で全てのバロメーターが決定する世界がそこに広がっていた。

 

 

「まぁ提督程のお方ならその身を案ずる艦娘が私設の親衛隊を編成するのは当然と言えば当然の流れ、しかし何故警護の為に貴女は乳を提督の頭部に乗せる必要があるのでしょうか?」

 

「それはAdmiralが乳を好むからだ、警護をする者として、警護対象には緊張感では無く癒しを与えるのは当然という思想の元、このポジションはそれから導き出された最適解と言える」

 

「待って! 今グラ子君聞き捨てなら無い事言わなかった!? ナニ提督の乳好きて!?」

 

「……なる程、そういう事情でしたか」

 

「納得しないでそこの二水戦!? 提督そんな性癖全然無いからね!?」

 

「ちなみにこのポジションは、胸に伝わる振動でAdmiralの心の乱れや混乱等、負の感情を感知する事が出来る」

 

「心を乱させてるの誰だと思ってるのグラ子!? 何か深い事言ってる様で元凶は君だから! お願い気付いてマジで!」

 

「もし私が警護に進み出るなら、乳の感度を上げないといけない……そういう事ですか」

 

「神通君正気に戻って! 何チチの感度て!? 一体君達何の話をそんな雰囲気で繰り広げてるワケ!?」

 

 

 この時間違った方向で色々な話が繰り広げられ、本人の与り知らぬ所で髭眼帯の性癖が拡散されてしまうのだが、それはまた後日別の騒動を引き起こす結果に繋がる。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あーうんと、それでだ、君達二人の取り敢えずの配属先なんだけど、川内君は自分の指揮下にある情報課へ、神通君はそうだね……取り敢えず水雷戦隊所属辺りを基本としてだね……」

 

「ねぇねぇ提督、情報課って何? 夜戦とかあるの?」

 

「うん? あーまぁ夜戦は無いと言うか、君のデータにはほら、索敵や隠密性が高いという能力が綴られてるし、ウチってほらドンパチよりもそっち系に力を入れてるって拠点だからね」

 

「やっぱそっち系に配属かぁ、うん、何となくそうなるのは仕方ないかなぁって思ってたんだけど」

 

「何か他に希望があるなら一応聞くけど?」

 

「無いよ? そういう配属で考えてるなら提督が私に望む働きってそういう事なんでしょ?」

 

「まぁねぇ、今そっち系の人材って足りてないし、能力的に適正のある人材も居ないんだよ」

 

「求められての配属なら何も言う事は無いよ、でも本格的にその……諜報? やった事無いから、その辺りの働きは保障出来ないからね」

 

「んじゃ暫くは先任のあきつ丸君か、青葉君と行動して仕事を覚えて貰う所から始めようか」

 

「判った、じゃこれから宜しくね、提督」

 

 

 こうしてラバウルから来た艦娘の内、川内の所属は本人の了承の下、あっさりと情報課へと言う事で決定する事になる。

 

 大坂鎮守府に於ける諜報という仕事は艦娘にとっては特殊な行動である為、それに合った適正を持つ者は割と少ないと言えたが、この川内という艦娘はそんな中にあって恐らく情報課の必要とする能力を持つ数少ない存在であり、そして先任として活動している二人とはまた違った意味での能力を有していた為、この後大坂鎮守府の諜報という面は大きく強化される事になるのであった。

 

 

 そんな川内型長女の話も終わり、ではともう一人の艦娘、神通へと話を振ろうと髭眼帯が見る先では、コホンと咳払いをした彼女が(おもむろ)に立ち上がる。

 

 何事かとそれを無言で見ていると、何故か彼女はスタスタと髭眼帯の背後に回り、チチセットポジションに居たグラ子に目配せして位置を入れ替える。

 

 

 グラ子程では無いがそれなりのボリュームのモノが頭部に置かれ、物凄く怪訝な表情の髭眼帯、真面目な表情の神通さんというセットが出来上がる。

 

 そして何故かその脇ではうんうんと頷くグラ子。

 

 

 その流れは誰も無言で、そして音も無い静かな執務室で行われ、余りにもアレな空気の為に誰も言葉を口に出来ない雰囲気を醸し出していた。

 

 

「すいません提督、時雨ちゃんの検診がちょっと長引きそうで、もう暫く戻れないって親潮ちゃんから連絡……が」

 

 

 そんな居空間に榛名がINするという非常事態。

 

 

「あーそうなんだ……てか、響君は?」

 

「……事務方との打ち合わせがもう暫く掛かるそうで、榛名が代わりにお手伝いにきまし……たっ!」

 

 

 交わす言葉の間にスタスタと榛名は執務室へ入り、そのまま髭眼帯の背後に回る、そして(おもむろ)に神通の距離を詰めるとヒュボッという空気を切り裂く音と共に裏拳を放つ。

 

 それに反応した神通はひらりと身を躱したが、その隙に何故か榛名の乳は髭眼帯の頭にセットされ、ドヤ顔の武蔵殺しOn Theオッパイという布陣が完成する。

 

 

 冷たい視線を交わす武蔵殺しと水雷の鬼、そして怪訝な表情の髭眼帯。

 

 そして何故かうんうんと頷くグラ子に、殺気を感じてプルプル震える陽炎姉妹。

 

 

「……何者ですか?」

 

「それはこっちの台詞です、貴女こそ何者なのです?」

 

「私は今日からこちらでお世話になる事になりました、川内型二番艦神通と申します」

 

「神通……そうですか貴女があの(・・)、私は第二特務課所属(・・・・・・・)金剛型三番艦榛名です」

 

「貴女が……武蔵殺し」

 

 

 双方の間に得も言えぬ、しかし硬質な空気が張り詰める。

 

 

 そしてそんな殺気を漂わせる榛名のチチを頭上にセットした髭眼帯とそれを見てうんうんと頷くグラ子、もう訳が判らない。

 

 

「えっと君達……」

 

ラバウルの魚雷狂さん(・・・・・・・・・・)が何故提督の頭におっぱいを?」

 

「それがここの流儀だと聞いた物で」

 

「そんな流儀無いからね!? って何殺気垂れ流しつつさり気なくオッパイ乗せてんの榛名君!?」

 

「それで? ブインの死にたがり屋さん(・・・・・・・・・・・・)はどうして私の邪魔を?」

 

「物凄く懐かしい忌み名を聞いた気がします……特に邪魔する気はありませんが、強いて言うなら、勝手は、榛名が、許しません」

 

「意味判んないから!? 君達ちょっと落ち着いて! て言うか取り敢えず榛名君チチ移動して! 提督からのお願い!」

 

「そうか、艦載機を放って突撃、これだ!」

 

「何が!? どっから生えてきたの師匠!? て言うか陽炎君どこ行くの! カムバック陽炎! 提督を置いてかないで!」

 

 

 相変わらず榛名と神通の睨み合いが続き、うんうんと頷くグラ子の横にはプロペラをプルプルしたズイウンを持つ師匠が並び、場の空気に耐えられなくなった陽炎が逃走を果そうとしたが、それをセンダイ=サンがスススと背後を取って捕縛、そのまま髭眼帯の横にセットし直す。

 

 そして相変わらず頭上でプルンプルンと揺れる榛名のオッパイ。

 

 

 嘗て第二特務課の編成が計画された時に名を連ねた六人の内の二人、当時"ブインの榛名"と"ラバウルの鬼"と呼ばれた二人が長い時を経てここに邂逅と言うか、対峙しちゃったのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで、提督の頭を巡ってひと悶着があったと?」

 

 

 大坂鎮守府執務棟提督執務室、そこは現在大和砲ですら傷が付かないという強化レンガで作られた壁に大穴が幾つか空き、そこからは久し振りの晴れ間に穏やかな姿を見せる大阪湾が見えていた。

 

 室内ではソファーに腰掛け、カクカクと首を上下に振る髭眼帯と、部屋の有様に盛大な溜息を吐く長門と大和の姿があった。

 

 

 結局あの後榛名Vs神通と言う、ある意味格闘に秀でた二人の鍔迫り合いが発生したのだが、双方の技量が近かった為か、それ以上に相手の力量に力加減を損ねた為か、示威行動に留めるつもりだった二人だったが引っ込みが付かず、そのまま割りとガチな戦闘をおっ初めてしまい、執務室は戦場と化してしまった。

 

 

 それなり以上に卓越した技術は場で固まっていた者達を巧みに避けると共に、相手へのデコイとして利用し、必要最低限でありながらも全力の一撃が飛び交い、たった数合であったがその応酬は壁に穴を空け、窓を吹き飛ばし、異変に気付いた長門や大和が駆け付けるほんの数分で部屋をガレキの山にしてしまった。

 

 

「あの榛名さんとやり合って無傷ですか……流石に提督も居る事ですし、相手に手加減をしたという感じでしょうか」

 

「榛名がか? まさかそんな事はあるまい」

 

 

 長門は床に転がる砕けたレンガの破片を一つ拾い上げ、それを大和へと放り投げる。

 

 それを受け取った大和は首を傾げるが、長門はそのレンガを指でチョンチョンと指しつつ再び溜息を吐いた。

 

 

「それを握ってみろ、力一杯な」

 

「力一杯ですか? ……師匠、これは……」

 

「大和型の握力で潰れない強化レンガ、大坂鎮守府工廠妖精が20年を費やして開発した技術の結晶だ、そのレンガが砕ける程の立ち回りをあの二人がやったと言う事はだ……」

 

「本気、ですか、これは当たれば只では済みませんね、良く怪我人が出なかった物です」

 

怪我人が出ない程度に抑え(・・・・・・・・・・・・)た本気(・・・)だったのだろう、まったく……難儀な物だ」

 

「それでもその"武蔵殺し"の本気に付き合える軽巡、中々侮れませんね」

 

「役立たずだの、戦えなくなっただのと散々な評価をされた者を寄せ集めたと評価されてはいたがな、あの(・・)大隅大将が勅令を発動してまで本気で集めようとした艦娘達だ、第二特務課の初期に名を連ねた艦娘に普通の者なんて居る筈がなかろう」

 

「あの時鉢合わせしなくて良かったと思うよ、只でさえ大本営の執務棟じゃやらかしてばかりだったからさ」

 

 

 いつの間にか取り出した灰皿片手に、咥えた煙草の隙間から紫煙を吐き出し、ソファーの背もたれに身を預けた髭眼帯は天井に視線を巡らし苦い顔をしていた。

 

 

「で、あの二人は?」

 

「取り敢えずは提督に指示された様に時雨と叢雲殿の監視の下、大人しくバケツ正座に処されている」

 

「そっかぁ、しかしアレだねぇ、どうしようか神通君、ちゃんと話最後まで出来なかったけど、あの持て余し様じゃ教導だけで満足するか不安なんだけど」

 

「その辺りは様子見と言うしかあるまい? しかし間違いなく色々と持て余すだろうな、アレの戦歴は提督も見たのだろう?」

 

「……まぁ一応」

 

「姫級1、鬼級3……Flagship以下に至っては数知れず……ここまで戦果を上げていると言うのに、先方が易々と手放すと言うのはやはり……」

 

「それ、彼女単艦での戦果(・・・・・・・・)ってのがキモだよねぇ」

 

 

 大和が言った数字に更に苦い色を濃くした相の髭眼帯は、よいしょと一声立ち上がり、短くなった煙草を灰皿で揉み消した。

 

 

「……行くのか?」

 

「ん、まぁ何と言うか久々に昔……と言うにはそれ程経ってないけどさ、この感じ……あの頃の、第二特務課を立ち上げた頃を思い出すねぇ」

 

 

 首をコキコキと鳴らして腕を回すその姿、騒動の煽りを受け割とヨレヨレになった白い軍装は、まだ第二特務課を立ち上げた時に身嗜(みだしな)みを気にせず洗いざらしの物をそのまま着ていた、当時の"吉野三郎中佐"を彷彿させる後ろ姿だった。

 

 

 

 こうして吉野三郎(30歳独身大坂鎮守府司令長官海軍中将髭眼帯)は、鎮守府の埠頭でバケツ正座をしている筈の川内型二番艦に会うため吹き飛ばされた扉を潜り、執務室を後にするのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します

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