大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 物事に執着する、物事に拘る、意味はほぼ同義だが、そこには同質と言えない差が存在する。
 全てを捨ててもそれを得ようとする執念と、成すべく為に拘る様、どちらも強い意志の表れであるが結末は違う物として表れる。
 至った結果に対する満足や後悔は本人だけの物であるのは変わりないが、捨てるだけの行為よりは、まだ後者の方が救いがあるのは確かと言えるかも知れない。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/06/15
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、MWKURAYUKI様、リア10爆発46様、orione様、有難う御座います、大変助かりました。


"執念"と"拘り"の差

「うんうん……そそ、了解、んじゃまた後で連絡するからさ、宜しくね?」

 

 

 どこぞへの連絡を終え一息付く廊下、執務室から出て一階へと続く階段の手前まで来た吉野の前には、壁に寄り掛かりこちらを見る川内の姿が見えた。

 

 それは執務室の騒動から暫く、ラバウルから来た艦娘の内の一人、神通が榛名とやらかした件で髭眼帯が事後の事を考えつつも、事の騒動を起こした二人がバケツ正座をしている筈の埠頭へと移動中に忍者が待ち伏せしていたという状況。

 

 梅雨の晴れ間の日差しが差し込む廊下は、空気の入れ替えの為に窓が開けられており爽やかな海風が舞い込んでいる。

 

 そんな風に髪とマフラーを(なび)かせこちらを見る彼女の表情は、何とも言えない複雑な感情を滲ませていた。

 

 

「あー……えっと提督、着任早々面倒掛けてごめんね?」

 

「うん? ああこの程度ってウチじゃ日常茶飯事(ちゃめしごと)だから気にしなくていいよ、怪我人さえ出なけりゃそれでいい」

 

「チャメシゴトって……まぁそれは別として、どういう流れであの正座になってるのか判んないんだけど、やっぱ最終的な処分は謹慎辺りじゃ済まないんでしょ?」

 

「え? 処分? バケツ正座してるじゃない」

 

「ああうんそうじゃなくて、その後の処分」

 

「バケツ正座以外の処分なんか無いよ? その辺りはまぁこれからの話次第だけど、その辺自分が言うのもナンだけどちょっとウチって緩いからねぇ」

 

「え? あれで処分終わり? いやいやそれは無いでしょ? マジで?」

 

「うんマジ」

 

 

 髭眼帯の言葉に川内は着任以来初めて見せる焦りの相を表に出し、繰り返し髭眼帯の言葉を確認し直す。

 

 

 現実問題大坂鎮守府では軍規に抵触する事案が発生した場合、通常の罰則を適用する準備は当然ある、しかしそれを決定する髭眼帯が何かとバケツ正座を乱発し、その内容も石抱きだの、ギャラクシー投入だのと地味にバラエティ豊か、かつ精神的にクる状態にあった為、比較的軽微だと思われる軍規違反はその辺りで殆ど解決している状態にあった。

 

 対してそれを受ける者達の経歴には公式的な処罰記録が残らない為、心因的なプレッシャーは無いという緩い状態とも言えたが、これが積み重なっていった場合、逆にこれでいいのかと自発的に考えるようになり、重大な処分が必要になるという軍規違反がほぼ発生しないというおかしな現象が生まれる事となった。

 

 逆を言えば軽微な規則違反の発生率は、それこそいつもの事と言う程に大坂鎮守府では当たり前の状態になってはいたが、それは逆に艦娘達のストレスのはけ口ともなり、そしてギリギリバケツ正座で許されるラインという物を模索するという行為を通じての行動は、そこから得られる経験、悪知恵という名の知識として蓄積さていき、結果として彼女達を他拠点の者達よりも人間臭い存在へと変えていった。

 

 

 それらは意図しての物か、それとも自然とそうなってしまった形なのかは髭眼帯以外の者には推し量れない物であったが、大淀や長門達を始めとする鎮守府運営の重鎮達からは「提督独特の教育方針」と言わしめ、割と歓迎されてはいた。

 

 

「……うーん、何だか釈然としないけど、提督がそれでいいって言うなら……うん」

 

「因みに今回は初回なので甘めになっていますが、回数が重なっていく度にオプションが追加されていきます」

 

「オ……オプション?」

 

「そそ、オプション」

 

「……例えば?」

 

「生尻をペシペシしたり、石抱きであったり、その姿を鎮守府裏掲示板に貼り付けたり」

 

「なにそれ……」

 

 

 首を捻る川内が見る髭眼帯の表情は物凄く真面目、かつ口元だけが嫌らしく歪んだ物となっており、その見た目は割と緩い罰なんじゃないかと思っていた彼女の考えを改めさせるには充分な空気を漂わせていた。

 

 

「うん、その辺り私も充分気を付ける事にする……て言うか提督」

 

「うん、何?」

 

「あー……えっと、その、何て言えばいいのか判んないんだけどさ……」

 

「ああ、取り敢えず神通君の事は任して貰えるかな?」

 

 

 殆ど会話にならない受け答えの末に出たその言葉に一瞬唖然とした表情をする彼女だったが、それでも暫く考える素振りを見せ、結局何かを納得したのか、少し笑いを含めた溜息を吐いた。

 

 

「んじゃ取り敢えず任せよっかなぁ、でもあの子結構意地っぱりだからさ……その辺り、提督のお手並みを拝見させて貰からね」

 

 

 それだけ言うと川内さんはウインクしつつ髭眼帯に投げキッスをすると、返事の言葉も聞かずに窓をヒョイと乗り越え、そしてスタスタと鎮守府探検の旅に出てしまった。

 

 

「何で階段目の前にあるのにわざわざ二階の窓から飛び降りてくの?」

 

 

 流石忍者と呟きつつ、物凄く思考が独特なその軽巡の後姿を見送った髭眼帯は、再び港へ向けて歩き始めた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あーんっと金剛君?」

 

「何? どーしたのテートク」

 

「うんいやその、君達は何をしている訳?」

 

「ハルナが今日はここでバケツ正座をしてるので、ティータイムをここでする事にしましタ」

 

 

 大坂鎮守府最南端にあるコンテナヤード、その脇に位置する突堤では例のフォールディングしちゃうティーセットを展開し、お茶を楽しむ金剛型三姉妹と、それのお相伴に預かっている時雨と叢雲の姿があった。

 

 相変わらず無駄に本格的で、しかもゴージャスなティータイムが繰り広げられる脇では、緑の「修復」と書かれたバケツを被った金剛型姉妹最後の一人の榛名と、神通の二人が茣蓙(ござ)の上で正座しつつカタカタ震えていた。

 

 

 バケツ正座に処されている二人にも気を使ってか、彼女達にもティーが振舞われていたが、そこはそれ無駄に本格的な物に拘る金剛型、ティーに対する情熱も半端な物では無く、榛名と神通の手には見事な意匠が施されたソーサーの上に乗るカップがあり、そこには琥珀色をしたアツアツの紅茶が湯気を上げていた。

 

 ニコニコとティーを楽しむテーブルと、カタカタ震える正座組。

 

 

 バケツを被って正座という罰は、それ即ち飲み物や食べ物を口にするにはそれなりの工夫やテクニックを要する。

 

 

 ティーカップに注がれるアツアツの紅茶はバケツを被ったままでは当然そのまま口にする事が出来ず、しかし折角だからと気を利かせた者達がそのカップへストローを添えるという余計なお世話を施していた。

 

 

「Hey.ハルナ、ジンツー、遠慮なんてしなくていいのヨ? ほらお代わりもあるから沢山飲むネ」

 

「あ……あのお姉さま、榛名は出来ればホットでは無くアイスでティーをお願いしたいのですが……」

 

「何言ってるネ! ティーと言えばストレートかつホット! むしろアイスなんて物は邪道だからティーにアイスもホットも無いネ! ティーは温かいというのが当たり前デース!」

 

「いや金剛君の拘りに文句を言うつもり無いけど、その……アツアツのティーをストローでとか、ちょーっとハードル高過ぎるんじゃないかって提督も思います……」

 

「それはティーに対する愛が足りないからデース! 見なさい、愛があればストローでティーを飲むなんて造作も無い事……ブフッ!?」

 

「おっ……お姉さまーーーーー!!」

 

 

 アッツイティーを勢い良くストローで啜ったデースは一瞬吹き出し、口を押さえてそのまま背を向けプルプルし、ヒエーがタオル片手にそれをフォローするという地獄が展開された。

 

 愛があってもそれが物理的なアレコレを捻じ曲げる事は無い、そして答えは金剛の愛よりティーの温度が上回るという結果が出た瞬間であった。

 

 

「私の計算では一気に啜ってしまうとアツアツのままのティーが喉に達してしまう為、ゆっくり啜って口でワンクッションを置いてそれから飲み込むのが良いと思います、口は案外高温耐性があるのでこの手でいけばほら……ゴフッ!?」

 

「きっ……霧島ーーーーーー!!」

 

 

 金剛型随一の頭脳派の立てた合理的ティーの飲み方は計算され尽くした物だった、但し人並み外れた己の肺活量を計算式に入れてなかった為に大惨事を引き起こすという結果に終わった。

 

 そしてそんな惨状を耳にした、正座をする二人のカタカタ度が増した瞬間であった。

 

 

「ちょっとだけ冷まして飲めば随分違うと思うんだけど」

 

「止しなさい時雨、この子達からアイディンティティを奪ったら紅茶しか残らなくなるでしょ」

 

「いやそのティーに対するアイディンティティでこんな惨状になっている訳なんだけど……」

 

 

 今日も金剛型姉妹は金剛型姉妹だった、そしてある意味鎮守府は平和だった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 宵闇迫る海は濃い紅を広げ、空の青を紫に染め上げていた。

 

 肌を撫でる風は少し冷たく、そして目の前に広がる鎮守府前島ではポツポツと人の営みを示す明かりが灯っていく。

 

 

 それを黙って眺める髭眼帯は係留柱に腰掛け、その隣では神通さんが茣蓙(ゴザ)の上で正座のまま並んでいる。

 

 

 あの後やかましくも(かしま)しいティータイムは暫く続いたが、バケツ正座の刑期が終了すると共に解散となったが、その時吉野は神通さんにだけ残って欲しいと声を掛けた為、色々を察したのか他の者達はその場を後にし、それから暫く二人は黙って海を見るという時間を過ごしていた。

 

 

「ここは静かですね、内地の拠点だともっと色々と人の気配が騒がしいと思っていたので、少し意外な感じがします」

 

「んーここは海上拠点だし、陸側のアクセスポイントは軍用地として制限してるから、割と人の生活とは切り離された形になってるんだよねぇ」

 

「なる程……それでも夜になると明かりが見える、適度に距離を置きつつも、ここは内地……日本だと感じる事が出来て、少し不思議な気分になります」

 

「ふむ、不思議な気分か……てか神通くん、何故にまだ正座なの?」

 

茣蓙(ござ)が敷いてありますから正座をする事に苦はありませんし、隣の係留柱に座るとなると提督のお傍より離れてしまいますので」

 

「そっかぁ」

 

 

 突堤には幾つか船を結び付ける係留柱が設置されているが、それは15m間隔で設置された物なので、会話をするにはその距離は遠過ぎた。

 

 そしてチョコンと正座のまま神通さんは髭眼帯に並びつつも、今もポツポツと明かりが増えていく陸に視線が釘付けとなっている。

 

 

 最前線であり、軍の要所でもあるラバウルは防衛設備が充実しており、海兵隊と陸軍憲兵隊が周りを固めている関係上、関係者以外の姿を目にする機会は殆ど無い、そんな景色が当たり前の彼女にとって、今目の前に広がる退屈な光景も興味の対象になる程には不思議な風景なのだろう。

 

 

「提督」

 

「んー?」

 

「私に何かお聞きしたい事があるのでしょう?」

 

「ああうん、それね、んっと今回の異動の件さ、君が執務室で言った意外にも別の理由があるんでしょ? その辺りの確認と、こっちと君との考えの摺り合わせとかしなくちゃなーって思ってねぇ」

 

「やはりそのお話でしたか、私が吉野提督の下にと志願した理由は、執務室で言った事が全てではありませんが、あの言葉に嘘はありません」

 

「だろうねぇ、んでもさ、あの言葉はここに来た理由の何割程度なのかなってのと、他の理由ってのも知りたくてさ」

 

「……個人的な理由であっても、お聞きになりたいですか?」

 

「大体は察してるつもりだけど、生憎とこれからウチは結構シビアな戦いを繰り広げる事になるからさ、その辺り不安要素があるなら解消しておきたいんだよねぇ」

 

 

 「不安要素」と言う言葉に苦い表情を浮かべつつ、それでも遠慮無しに腹を割って話を続ける吉野に対し、神通さんは律儀な性格から、それ以上に会って間もないと言うのに近しく接してくれるこの中将に、ならばと包み隠さず本音で対する決意を固めた。

 

 

「こちらに来れば、今のパターン化した戦いとは違う戦場で、自分を鍛えられると思ったからです」

 

「ふむ……鍛えるねぇ、一体何を?」

 

「我々軽巡が持つ最大火力、雷撃のみでどこまでやれるかという戦い方の模索と、それの完成です」

 

「んと、それってさ、要するに君という"個"の戦いであって、艦隊戦を前提とした行動じゃないよね?」

 

「違います、確かに私が平時使っている兵装だけだと限られた行動しか取れませんが、やり方次第では他の艦種に無い、もっと有効的な働きが出来ると思うんです、それは即ち艦隊の戦力としての底上げとして……」

 

「いやいやいや、その辺りは軽巡を編成しなくても戦艦とか重巡を入れればカバー出来る問題でしょ?」

 

「確かに、しかし一部海域では大型艦では侵攻が出来ない場所もあります、ならばその場ではこの戦い方は有効になってくるのではないでしょうか?」

 

「それってさ、物凄く限られた場面だけでしか君を使えないって事になるんだけど……そういう場以外では砲とか電探積んで戦うって選択肢は、無いの?」

 

「……私達の扱う砲では火力面での不安が残ります、経験上小口径砲では敵に対し牽制としてしか役に立たない場合が殆どです……それでは……」

 

「打撃力が足りないと、インド洋沖の様に僚艦達を……那珂ちゃんみたいな事にしてしまうんじゃないかって不安が残るんだ?」

 

 

 那珂と言う名に初めて神通は言葉を詰まらせ、膝に置いた手に力を込めた。

 

 それは彼女に取って認めたくは無いが、間違いなく今の愚行とも呼べる戦い方をさせる、理由の大半を占める事柄である事は本人も自覚していた。

 

 

 五年前、アンダマン周辺で初めて深海棲艦がテリトリー外の拠点、当時のペナン付近へ侵攻してきたという事実に対抗する為、それまで防衛一辺倒だった軍の方針は一時侵攻という意見が多数を占める事になり、各拠点より少しづつ抽出した戦力を掻き集め西へ大攻勢を掛ける事となった。

 

 その一大攻勢は海域の深部に行く程敵の数が増大し、更に別の上位個体が横撃や伏兵等の、それまでしてこなかった緻密な動きを見せた為に戦線は瓦解、攻めの中心であった先遣隊よりも、寧ろそのサポートに回っていた後方部隊に多大な犠牲を出す結果となった。

 

 そしてラバウルからは川内型の三姉妹がその作戦へ召還されており、当時の連合艦隊のサポートとして水雷戦隊を率いる形で参戦していた。

 

 

 Flagshipで固めた、それも人型が中心となった敵艦隊。

 

 横撃の形で受けたその襲撃は、あろう事か相手は連合艦隊規模の敵であった。

 

 

 大規模戦闘では正面でのぶつかり合いという"面での戦闘"より、ある意味それを支える後方部隊や兵站を潰す方が重要なのは当然である、しかしそれまでの深海棲艦はそんな動きをした事が無く、ある意味力押しという戦い方が当たり前とされてきた。

 

 だからこそそれまで、数で劣る艦娘であっても戦い続けてこれたとも言える。

 

 しかしこのインド洋での戦いはその人類側のアドバンテージをあっさりと覆される結果となり、多大な犠牲を強いた上で以後暫くは戦線を膠着させる事となった。

 

 

「ただ相手を屠るという理由だけではありません、退くにしても、囮として立ち回るにしても、ある程度の打撃力がなければ何も出来ないのです……」

 

 

 搾り出すかの様に語る神通の目には、戦線が瓦解し、それでも体制を立て直して撤退をしようとしていたあの時の海の光景が浮んでいた。

 

 僚艦は誰も彼も傷付き、周りにはどこもかしこも敵だらけ、それでも足掻き、退路を切り開こうと敵陣の一点を攻める。

 

 

 あと少し、もう一撃でそれが成せる……そう思った時、彼女の持つ20.3cm3号砲は沈黙した。

 

 

─────────弾切れ

 

 

 それを理解した時点では既に手遅れであり、包囲を突破する為に突出していた神通は逆に四方を囲まれる形で敵の猛攻を受ける事となった。

 

 

 装備した武装に残弾は無く、退く為に動こうとしてもそれが出来ない程の鉄火の雨。

 

 諦めた訳では無かったが、平時より冷静に努める事に長けていた神通はもうどうしようもないと悟り、死までの間に出来る事は無いかという思考に考えを切り替えようとした。

 

 

 しかしその行為は無駄になった。

 

 

 彼女と敵の間に割り込み、死に体になっていたリ級に止めを刺して退路をこじ開け、そしてその穴を広げた者が居た。

 

 それは自分の妹であり、いつもは飄々として艦隊のムードメーカーとして立ち回っていた那珂だった。

 

 

 吠える様に叫び、夥しい程に降り注ぐ弾雨を物ともせず、死地で戦うその姿は艦隊のアイドルというふんわりとした存在では無く、嘗ての最後を迎えた戦いで、船体を離断されても尚応戦を続けたという、"最後の川内型"の意地を見せたあの時を彷彿とさせる程に苛烈な姿だった。

 

 

「あの時……もう一撃、いえ砲では無く雷撃で対していたなら……あんな事にはなって無かった筈、ほんの僅か足りなかった為に私は掛け替えの無い物を無くしてしまったんです、だから……」

 

『ちょっと神通ちゃんひど~い! その言い方だと那珂ちゃん死んじゃってるみたいじゃない!』

 

「……え?」

 

 

 苦々しかった表情が一変、呆けた相になった神通さんが見る先には髭眼帯が見せるスマホの画面。

 

 そこには『那珂ちゃん』という文字と、通話している事を示す記号が浮んでいた。

 

 

「な……那珂ちゃん、なの?」

 

『そ~だよ~、なっかちゃんだよ~! 神通ちゃんひっさしぶり~!』

 

「え……何で?」

 

『……何でじゃ無いよも~! ヨシノンから連絡貰ったんだけどさ、神通ちゃん相変わらず無茶ばっかしてるって話だし、ちょっとお話させてって頼んだんだよ!』

 

「提督と那珂ちゃんは……知り合いだったの?」

 

『知り合いって言うかぁ、ちょっと前までヨシノンは那珂ちゃんの専属マネージャーだったんだよ!』

 

「いやマネージャーじゃなくてライブとか公演関係の現地調整してただけだからね!?」

 

『んでさ聞いてよ~ ヨシノンの後に来たマネージャーってさ、ホンット使えない人でさ~ 午後ティーとか買ってきてって言っても買ってきてくんないんだよぉ、酷いと思わない?』

 

「だから特務課のお仕事は広報活動の調整であって、パシリじゃないとあれ程言ったデショ!」

 

 

 嘗てまだ第二特務課という物が存在せず、吉野が特務として受け持っていた仕事は多種多様に渡り、それは表に出せないイリーガルな物もあれば、丁稚時代からさせられていた大隅の愛犬、ペスの世話や、広報活動をする那珂ちゃんの現地活動の調整も含まれていた。

 

 その当時から現在まで軍のイメージアップとして活動する広報課、そのメインとして活躍する川内型三番艦那珂、その個体は嘗てラバウル泊地に所属していた、インド洋沖海戦で多大な戦果を挙げつつも、結果として受けたダメージが大きく海に出れなくなったという、今目の前にいる神通の妹であった。

 

 

『……ホントにさ、神通ちゃん連絡しても全然出てくんなくてさ……心配してた矢先にヨシノンのとこに着任してたって聞いて、もうビックリだよ』

 

「……うん」

 

『うんじゃないよ、もー無茶ばっかりしてぇ……川内ちゃんも心配してるんだからね、判ってるの?』

 

「うん、ごめんね……」

 

『神通ちゃんの事だからあの時の事気にして、それで無茶してるんだと思うけど……それが周りの人に迷惑掛けてるんだよ?』

 

「……無茶なんかしてないから、色々と頑張ってるから」

 

『魚雷だけで戦ってるって事のどこが色々なの? それが無茶してるって言うんだよ? まったくも~!』

 

「それはっ」

 

『出来ない事を無理にする必要は無いけど、やれる事を頑張って一番になる!』

 

「……え?」

 

『昔広報課に配属になって、お仕事が上手くできなくてね、どうしよっかって悩んでた頃相談した人に言われた言葉』

 

「……」

 

『書類仕事とか、難しいお話なんか出来ないし、ホントどうしようかって思ってたんだけど、その時こっちの仕事とか手伝ってた人に愚痴交じりで相談したらね、「なら今那珂ちゃんが自信をもってやれるのは何?」って聞かれたから……歌とダンスかなって言ったの、そしたらね』

 

「そしたら?」

 

『「んじゃそれでいこう」って、出来ない事を無理にする必要は無いけど、やれる事を頑張って一番になればいい、広報課ならそれが出来るからって』

 

「そう……なんだ」

 

『神通ちゃん連絡しても全然出てくれないしさ、多分気にしてるんだろって思ってたからね、だから歌と踊りで頑張ろうって、そして有名になったらいつか神通ちゃんもそれ見る機会はあるかなーって』

 

 

 髭眼帯に手渡されたスマホを両手に持ち、ただ相槌に近い返事だけを返す神通さんは、それまで背筋を伸ばし、戦いとはと勇ましく持論を口にしていた艦娘さんでは無く、那珂ちゃんのお姉さんの、神通さんだった。

 

 

『頑張って有名になったらほら、那珂ちゃんが元気でちゃんとお仕事頑張ってるって伝わるでしょ?』

 

「うん……そうだね」

 

『那珂ちゃんはあれからずっと頑張ってるから、一番になったから! だからあの時の事気にして無茶なんてしたらダメなんだからね! これからは那珂ちゃんの連絡無視しても、ヨシノン命令で無理に連絡取れるんだから! 無視するの禁止! わかった?』

 

「ふふ……提督命令だと逆らえないね、ずるいよ那珂ちゃん」

 

 

 上手く笑えていない複雑な相の神通さんの目に映るのは、さっきまで見えていた、最後に見た血だらけの妹の姿では無く、ステージで歌って踊る、艦隊のアイドル那珂ちゃんの姿だった。

 

 それから暫く、スマホのバッテリーがほぼ尽きるまでの間、久し振りに言葉を交わした姉妹はずっと取り留めの無い会話を続けていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「提督が那珂ちゃんと知り合いだったなんてちっとも知りませんでした」

 

「知り合いと言うか、体のいいパシリとして使われてただけとも言うけどね」

 

 

 完全に日が沈み、街灯の明かりに照らされた突堤。

 

 相変わらず髭眼帯は係留柱に座り、神通さんは茣蓙(ござ)に正座で並んでいた。

 

 

 どちらの雰囲気も特に変わらず、ただゆったりと並んでポツポツと会話を交わすだけの場がそこにあった。

 

 

「正直那珂ちゃんとお話が出来て……良かったと思います、色々思う処があって避け続けてきましたけど、それがこんなにあっさりと、簡単に縁が戻るなんて……」

 

「て言うかそれは那珂ちゃんの凄い所だと思うよ、どんなにこっちが構えててもさ、彼女はスルリと懐に入って来て、いつの間にかこっちの心に踏み込んで来る」

 

「えぇ知ってます……だから那珂ちゃんと話したら、きっとあの子は全部を有耶無耶にして、私の罪までも無かった事にしてしまうだろうと、それが判ってましたからずっと……連絡を取らずに居たんです」

 

 

 苦い色を滲ませ、それでもどこか嬉しそうに、神通さんは正座を崩さず自慢の妹(・・・・)の話を口にしていた。

 

 それは執務室でキラキラしていた時より、自分の戦い方の正当性を口にしていた時よりも、ずっとずっと自然で、魅力的な神通さんに見えた。

 

 

「それでどう? 那珂ちゃんに無茶するなって釘を刺された訳だけど、君はその……魚雷てんこ盛りの戦い方、変えるつもりになった?」

 

「……いいえ、この装備は共に死地を乗り越え、そしてもう私の戦いには欠かせない物となりました」

 

 

 それでもこの雷撃の鬼と謳われた彼女は、生き方を変えないと口にした。

 

 それは矜持によるものか、拘りから来る物だろうか、どちらにせよその言葉を聞いた髭眼帯はしかし、執務棟で感じた危ういという空気を感じなくなっていた。

 

 雷撃しか出来ない艦娘、確かにそれは艦隊運営という面で考えれば使い辛く、そしてリスクが伴う存在だと言える。

 

 そして妹と想いを通わせる前に彼女が口にした言葉には、ある種の狂気染みた部分もあった。

 

 

「でも」

 

「……でも?」

 

「このままでも、ちゃんと皆と一緒に戦える、こんな私だからこそ出来るという艦隊戦を、提督にお見せしたいと思います」

 

「そっかぁ……」

 

「いつか貴方が那珂ちゃんに言って、あの子が自分の未来を切り開いたように、私も出来ない事を無理にする気はありませんが、しかしやれる事を頑張って一番になり、艦隊に貢献したい……と、そう思うのですが提督、如何でしょうか?」

 

 

 結局彼女の決意は変らなかった。

 

 

 しかしその心根には、やろうとしている戦いには、今まで一人で突出し、誰も前に居ないという戦場を見ていた彼女ではなく、仲間を視界に入れた戦いを、艦隊戦をやるという強い意思が芽生えていた。

 

 

「あーうん、そう言われちゃ自分には何も言えないなぁ」

 

「有難う御座います、それでは改めて……川内型二番艦神通、これよりは身命を()して、提督(あなた)へ勝利を捧げる為にお傍に控えさせて頂きます」

 

 

 突堤に敷いた茣蓙(ござ)の上と言うちょっとどうかと思う場所で、三つ指を突く神通さんと、頭をボリボリと搔いて苦笑いの髭眼帯。

 

 

 こうしてラバウルより着任した川内型姉妹は姉が諜報面で鎮守府を支え、妹が水雷戦隊を攻めの面で牽引していく存在となっていくのである。

 

 

 

 が、この一本気が過ぎる神通さんはある意味キャラが濃いのと、忠義が過ぎる事から艦隊の運用面よりも、それ以外の所で髭眼帯の毛根にダメージを与える存在となってしまうのだが、それはまた別の話であった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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