大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 出会いがあれば別れがある、公であれ私であれそれは状況によって、もしくは必然として。
 その時胸に去来するのは惜別の念か憎しみか。
 笑ってその時を迎えられるのは別れであっても幸せな事なのかも知れない。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/07
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、坂下郁様、皇國臣民様、orione様、有難う御座います、大変助かりました。


訣別

 

 

「この面子で集まるのはいつ振りだったかね」

 

「確か吉野中将が大阪へ移る前辺りだったかと」

 

「ああそうかね、もうそんなになるのか」

 

 

 大本営執務棟最上階、将官執務室が入るフロアの最奥、坂田のプレートが掛かった扉の向こう側。

 

 元帥大将坂田一(さかた はじめ)に割り当てられた執務室では部屋の主である坂田と、軍令部総長である大将大隅巌(おおすみ いわお)、そして大坂鎮守府司令長官である中将吉野三郎という三人がローテーブルを囲み、難しい顔を其々表に貼り付け茶を啜っていた。

 

 嘗て吉野が第二特務課を大本営から大坂鎮守府へ移す少し前、大和を坂田より受領したあの時がこの三者揃っての会談をした最後であり、個々人ではそれなりに話し合いの場は設けた物の、この三者で集まったのは結局あの時より三年も時を経た今になった。

 

 坂田は相変わらず軍部と元老院の調整役として執務をこなし、大隅は鷹派が起こした問題に絡み混乱した軍部の後始末と、そして吉野が派手に動いた影響で再編を余儀なくされた調整に追われる日々、そして当時まだ佐官であった吉野は現在将官であり、更に一派閥を擁するという、当時では想像も付かない立場に身を置いていた。

 

 

「面倒事は全部追い出した筈なんだがな……何でその時より面倒な事になってんだか」

 

「軍令部総長という立場は軍内の問題を片付けて調整する総括だからね、その辺り部下だの派閥だのは関係ないからそれは仕方の無い事では無いのかね」

 

「判っちゃいるんですがね、バカヤロウ共が好き勝手やって無茶苦茶にしちまった後始末も漸く先が見えてきたと思ったら、その辺り纏めて引っくり返すバカが現れやがったもんで……」

 

 

 ジロリと睨め付ける先には茶を暢気に啜る髭眼帯の姿、将官執務室の最奥であるそこは現在傷のヒゲと、口髭と、髭眼帯という大坂鎮守府の紅茶戦艦からしてみれば夢の様な髭フェスティボーな絵面(えづら)が広がっていた。

 

 

「あー美味いですねこの茶、玉露ですか?」

 

「いいえ、お中元に頂いたデパートギフトのお茶です」

 

「あ、これ鳳翔さんじゃなくパンツさんが淹れたんですか?」

 

「いえ、親潮さんが淹れたお茶です」

 

「ああうん……親潮君が淹れたお茶なのかぁ……そーなのかぁ」

 

「すいません、地味ですいません」

 

「いや地味とかこれっぽっちも思ってないからね!? お茶美味しいって提督言ったデジョ!?」

 

 

 何か一言発する度に周りの艦娘からの返答で墓穴の深度が増していく髭眼帯に、相変わらずだねと苦笑を向ける傷の髭と、盛大な溜息を吐く口髭。

 

 それは嘗てまだ其々の立場が近しく、まだ本音と建前が立場からの物で無かった頃の雰囲気にも見えた。

 

 

 

「まぁそれで改めて吉野中将の持って来た案件を精査し、関係各所と協議した結果なんだがね」

 

「一応コストはウチ持ちと言うご返答は頂いたので、現在作戦に於ける準備と概要の正式な纏めは詰めに入っている状態でありますが、何か問題が?」

 

「作戦自体は会議を通った、だが将官であるお前が直に動くという事と、身辺護衛が殆ど無いと言う事で関係各所より待ったが掛かっている」

 

「それは作戦の性質上仕方ない部分でありますし、戦闘行為が目的ではないという部分を相手に伝える為には艦隊を随伴する事は出来ないとお伝えしていた筈なんですが」

 

「お前は自分の立場を理解してねぇのか? 軍での立場以上に、お前に何かあったら大坂鎮守府を通じて各所に繋がった関係が全部切れちまうんだぞ」

 

「……待ったを掛けているのは元老院辺りですか」

 

「お前の強みは自分の立場を経済と政治に絡ませて軍部に睨みを効かせている事だ、そのお前自身の安全が保障されない作戦なんぞお前をメシの種にしてる連中からしてみりゃ、そりゃ首を縦に振る訳はねぇわな」

 

 

 大隅の言う通り、まだ30そこそこで将官という椅子に吉野が座れているのも、組織を割って派閥を組めたのも偏にそれは深海棲艦との繋がりから得た他の者には扱えない力と、そして軍事面では無く経済という国の舵取りに食い込んだ立場がそれを可能とさせていた。

 

 それは個人が差配するある意味理不尽な物ではあったが、吉野自身はその力や権力を公的な部分へと向ける事に注力し、恩恵という部分を前面に押し出しているから支持を取り付けているに過ぎない。

 

 それらは言い換えれば今までは存在しなかった利権や経済効果を生み出し、それを形にしているのは吉野という存在その物と言える、その吉野が居なくなれば今結んでいる対外的な関係も、経済的な繋がりも全て崩れるだけでは無く、信頼では無く力で得た優位故、それが覆ってしまえば日本はこれまで以上に足元を見られる立場に転落するだろう。

 

 

「何かをする為にゃ力が必要だ、だが力を持てば今度は責任でがんじがらめになって今度は動けなくなる」

 

「元老院側は君に護衛艦隊を就ける事が今作戦実行の最低条件だと言ってきてるんだよ」

 

「しかしそれでは相手に自分達が侵攻してきたと誤解を与える危険性が……」

 

「今大本営、特に第一艦隊と特務課は役割を大きく変えて人員もほぼ総入れ替えしている最中だ」

 

 

 それまでの話を切る様に大隅が話題を変える。

 

 それは今話題にしている案件とは関係の無い物に思えたが、その話題を口にする大隅の苦々しげな表情と皺を深くした眉根を指で揉む仕草は、いつも悩んだ際に見せるこの男の癖であり、これからの話は今問題になっている元老院の要求に繋がる物だと言う事を吉野に想起させる。

 

 

「対外的な繋がりが複雑になった関係で、軍は諜報の枝葉を国内だけじゃなく国外へも向けねばならん、そして第一艦隊は今まで以上に日本と他国を繋ぐ航路維持に努めねばならんと同時に、諸外国との繋がりを喧伝する存在としなくちゃならん」

 

「これから軍は外へでは無く内へ力を向ける事になるだろう……武蔵君は吹雪さんからそう聞いたと言ってました」

 

「……ああ、もう軍は新規の海域へ手を付ける余裕が無い、そして対外的な繋がりを強固にする為、大本営が持つ戦力の一部を多国籍な戦力配置を以って固めつつ、現在の支配海域の防衛に注力……つまり内へと力を向ける事になるだろう」

 

「日本から南洋、そしてインド洋からヨーロッパ、更にそこから大西洋を打通して米国へ、そんな長大な航路でこれからの世界は繋がっていく、その航路の構築と維持の中核として日本は立ち回る事になるだろうね、しかしその役割を担うという事は、日本は今までの様に自国の判断だけで好き勝手に動く事は難しくなるという立場に立たされるのだよ」

 

「その為活動の軸になるだろう第一艦隊の再編と、特務課の人員を拡大して諜報特化の組織を立ち上げる、それが今俺がやっている仕事だ……だがその整備をしている時に問題が発生した」

 

「問題?」

 

「伸ばした枝に外と繋がった士官が引っ掛かった、ソイツは参謀本部の次官でな、どれだけの情報が流れたかは今調査中だが、その流出情報の中にはお前が上申した今作戦概要も含まれていた」

 

「……漏洩先は?」

 

「ロシアだ」

 

 

 この世界にあって内需だけで国が成り立つ数少ない国の一つロシア。

 

 その国はこれまでは艦娘という戦力を保有していなかったが、国土の内海に面する割合が極めて少ない為に深海棲艦からの影響も少ないとされていた。

 

 更に深海棲艦へ対する武が無くとも資源の供給と、そして深海棲艦が出現する前の軍をそのまま維持している為に、他国への発言力は未だ無視できない程の物を有している。

 

 そして深海棲艦との戦いに突入した後シーレーンの殆どを失ったヨーロッパ諸国に対し、資源等が供給可能な近隣諸国で一番供給量が安定していたのもロシアであった為、艦娘との邂逅を果していなかった当時のヨーロッパ諸国にとってロシアはある意味生命線であった。

 

 社会主義にありがちな一党独裁という政治形態は他国に対しても強権を振り翳す事もあり、周辺各国ではそれが元で紛争の引き金となる事も少なくなかった。

 

 それでも国を維持する為には従わねばならないという政府と国民感情の剥離が混沌を呼び、ドイツは後に艦娘を保有したにも関わらず、長らく自国の防衛もままならずに政治不安が続いていた。

 

 そんな内政が似た様な状態にあった周辺各国にはロシアに対する不満があるのは当たり前で、艦娘の邂逅数が一定の水準を超えた辺りでドイツの呼び掛けによりヨーロッパの国々はある決断を下す事になる。

 

 

「ロシアからの影響を嫌った国々が少ない艦種を持ち寄ってヨーロッパ連合を結成したのは、かの国の影響から脱する為に、生命線をヨーロッパ外へ求めた結果なのだという事は吉野君も知っている事だと思う」

 

「そしてその連合はドイツとの縁もあって、日本と繋がりを持ち今の形になった、しかしそれはロシアにとっては面白く無い状況になったのは確かだろう」

 

「かの国も現在は戦艦級の艦娘と邂逅出来たらしいが、艦種が少ない上、他国に打電しても艦娘のトレンドリースは断られたそうだよ」

 

「そこでロシアが今画策しているのは、単体で一つの海域を支配出来、そして艦娘に比べ運用施設を殆ど必要としない戦力、深海棲艦上位個体の鹵獲」

 

「たった一人で制海権を維持し、そこに存在する深海棲艦を戦力下に置ける破格の存在、それはある意味艦娘を配備するよりも効率が良いとロシアは判断したんだろう」

 

「それが今度の自分の作戦に繋がる訳ですか……」

 

「お前を取り込めれば今大坂鎮守府に居る姫や鬼を獲得出来る可能性がある、もしそれが無理でもお前が居なくなれば(・・・・・・・・・)お前と個人的な縁で繋がっている防空棲姫が日本近海から離れてしまい、軍は内地の防衛に戦力を割かねばならなくなる為日本は余裕が無くなり、結果としてヨーロッパへ繋がる航路を維持する事が難しくなってしまう、つまりロシアにとってはお前をどんな形でもどうにかすれば、自国の利権が取り戻せる状況にあるって訳だ」

 

「そして今作戦の概要には碌な戦力も連れていない君が北極圏……つまりかの国の縄張り付近へ出るとなっている、となれば君に対する脅威は深海棲艦に対してよりも、むしろロシアという国に対して備えるべき物と言えるだろうね」

 

「……なる程、それでその辺りの話は元老院も?」

 

「情報を流していたヤツを摘発したのは陸だ、当然その報告は元老院には上がっているし、その煽りを受けて大本営は当該部課署の人員を刷新、大幅な整備をしなくちゃならんようになった、またその話はお前に勅命という形で命令を発布する切っ掛けとなった訳だが」

 

「そういう訳で吉野君、艦隊規模とは言わないが君が北極海を目指すなら腕の立つ者を幾らか随伴させんと、計画の遂行は国が許さんという状況になっておるんだよ」

 

 

 実際の話吉野が北極海を目指す時、連れて行く人員の選定は海湊(泊地棲姫)から聞いた者に加え、母艦運用の為に必要な非戦闘艦を若干名だけ連れ立って抜錨する腹積もりでいた。

 

 それは「そうしなければならない」という訳では無かったが、未知の存在に対する為に必要以上の規模で接触を計れば、相手からは敵対行為と取られる可能性があると予想したのと、もしそれ以外の者を連れて行くとなれば長門を随伴艦から外すという大義名分が崩れる事になってしまう為であった。

 

 

「そんな訳で今回お前が作戦を実行するに当たり、こちらがそれを認可する条件としては指定した艦を随伴させるという事が前提となる」

 

「大本営側が随伴艦を指定するんですか」

 

「そうだ、それが元老院に対してこちらが話を通せるギリギリのラインだと理解してくれ給え」

 

「今回の件はお前個人の話では無く、軍部の内情も多分に絡んだ物となる、だからお前が幾ら動こうがこの条件だけは絶対覆せない物という事は理解し、今後どうするかを決定しなければならない」

 

 

 きっぱりと譲歩する事は無いと言い切って大隅がテーブルへ出した書類は、軍令部総長の名は入っているが、その上位である元老院議長、天皇の名が入った勅命という書式の命令書であった。

 

 それは軍人という立場であるなら出されれば拒否は出来ない絶対的な物であり、軍部だけでなく元老院も関わっていなければ出ない類の命令書である。

 

 もし一連の話を先に吉野が感知していれば事前に幾らか手を回して何かしらの譲歩は引き出せた可能性があった、しかし軍部、元老院、更に陸軍という巨大な組織が複数関わっているにも関らず、吉野はその動きを感知する事が出来なかった。

 

 それはそれだけ今回の件は危険な物だと判断された上で、極少数の関係者がのみしか関らず、そして情報統制された上で推し進められた計画なのだろうというのは充分理解出来た。

 

 命令書の署名に苦い相を表に貼り付け、手に取った書類の内容を読み進めていく。

 

 そして書類の後半迄読み進めた処で吉野の表情は怪訝な物へと変化し、それを見た大隅は念を押す様にそこに記載されている者の名を口にする。

 

 

「今作戦に於いて、お前が事前に申告してきた艦の他に、長門、秋月、赤城を随伴させる事が作戦認可の条件となる」

 

「赤城に秋月、この二人はもしかして……」

 

「現在第一艦隊に編成されている二人だ」

 

「何故この艦娘さん達を指定しているのかの理由を聞いても?」

 

「先ず長門だが、彼女は単冠湾泊地にて艦隊総旗艦を努めた期間が長かった、北極圏とは行かない迄も北の事は他の者より詳しいだろうという事と、第二次改装が実施された事で戦力に於いても有用だと結論が出たんだよ」

 

「そしてさっき言った様に第一艦隊は再編成するのと同時に、対外的にこれまでの色を残す事は芳しくないと言う事で艦隊員の総入れ替えを行う事になった」

 

「……それってもしや」

 

「この作戦が終了したらそのまま大坂鎮守府へ連れて行け、その二人は掛け値無しに今の軍では一戦級だ、お前が太平洋攻めをするなら必ず役に立つ」

 

「吉野君、これから我々は今を維持する為だけの存在に成り下がる、もう国の傀儡として生きていくしか無いんだよ」

 

 

 傷の髭は自嘲気味に歪んだ笑みを口元に浮べ、そして髭眼帯を真っ直ぐ見据える。

 

 

「だから君には私達の今までを全て受け継いで貰う、国を想う心も、軍人としての意地も、そして海を獲る夢も……全てだ」

 

「これからお前とは袂を別つ事になるだろう、敵になるかも知れん、だから縁を切る前にお前には攻める為に備えてきた俺の全部をくれてやる、赤城と秋月、そして先に送ったヤツら……俺が手塩に掛けて育てた大本営第一艦隊(・・・・・・・)だ、上手く使ってみせろ」

 

 

 大隅の言葉には明らかに絶縁を匂わせる物が含まれていた。

 

 しかしそれには敵対という意味は含まれていても、ある意味これからの自分がしなければいけない事に納得はしていなく、それでも自分の立場故に果さねばならない苦悩を受け入れ、同時にこれまで築いてきた物を無かった事にしない為に、それは自分が育てた者(吉野三郎)へと全て託すという最後の足掻きが言わせた精一杯の言葉だった。

 

 それはこの命令を受領した瞬間赤城と秋月の二人は大坂鎮守府所属となり、結果として呉時代に行動を共にしていた同僚と、吉野が知っている(・・・・・・・・)大本営第一艦隊が大坂鎮守府の所属になる瞬間でもあった。

 

 それは比喩では無く、吉野が大隅の下で軍務に就いていた間に関わった、大隅巌という男が直接育て上げた全ての艦娘達であった。

 

 

「大将殿……いや、親父さん」

 

「……随分懐かしい呼び方だな、なんだよ丁稚小僧」

 

「なんも出来ない俺を拾って貰って……ここまで育てて貰って感謝しています」

 

「その分は今までの働きで返して貰った、お前には利用価値があった、だから使ってきた……お前を拾った理由なんてそれだけのもんでしかない」

 

「それでもあのままだったら、俺は今頃何も知らない……只の木偶になっていた筈です」

 

「こんな腐った世界に引き込んだヤツに礼を言うとか、お前も殊勝なヤツだよ」

 

「いや、どっちにしても生まれの時点で俺はこの世界に片足を突っ込んでた様な物ですし……」

 

「まぁな、でもお前は自力でここまでのし上がってきた、そして自分の軍団も持った、これからはもう逃げ場も何もねぇ、下に就いたヤツらを守っていかなきゃなんねぇ……だからよ、それをしくじって俺が育てた大切な艦娘共を無駄死にさせてみろ、その時はお前を殺しに行くからな」

 

「肝に、銘じておきます」

 

 

 自分の全てを捨て、軍という組織に己を捧げる事を覚悟した男がそこに居た。

 

 その男を父と呼び、捨てた全てを受け継いで袂を分かった男が居た。

 

 長らく一本の道を進んだ二人だったが、この日を境に其々は違う道を進むと決め、軍という組織の中では相反する立場として生きていく事になったのである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「長門君、済まないが君にはまた惨い命令を伝えなきゃならなくなったよ」

 

「ああ、話は赤城から聞いた、私は別に今度の命令に異を唱えるつもりは無いよ」

 

 

 大本営から大坂鎮守府へと戻る道、先日購入したロールスの車内には吉野と大淀の使いのついでに随伴した親潮、そして護衛の長門に異動手続きが済んだ赤城と秋月の姿があった。

 

 車は既に東名高速道路に入り神奈川県も終わりに近い位置、それまで色々と頭の中で命令された内容を作戦へどう反映するかを整理し、漸く出した結論を吉野は長門へと伝えていた。

 

 嘗ての僚艦と妹の仇を目の前にして何もしてはいけないという命令は、以前伝えた随伴させないと言う事よりも遙かに惨い内容であり、事態は吉野がどうしても避けたかった最悪という形として推移している。

 

 そんな髭眼帯の言葉を聞いた長門は、特に感情の揺らぎも見せない雰囲気でハンドルを握っている。

 

 助手席にはさっき休憩の為に寄ったPAで購入した山盛りのたい焼きをモリモリ食う赤城が座り、後部座席には右に親潮、左に秋月に挟まれた吉野のという餡子臭が盛大に漂うちょっとどうかという車内があった。

 

 

「そっかぁ……もぅ聞いちゃってたかぁ」

 

「ふふっ……ああそうだな」

 

「……なんか今の話に笑いのツボとかあった?」

 

「いやなに、大本営を出てからさっきのPAまで、提督が何か言いた気にこっちをチラ見していたり、そわそわしてる姿を見たらな……何と言うのかな」

 

 

 後部座席で眉を顰める髭眼帯の顔をバックミラーで見つつ笑いを噛み殺す長門と、その様をたい焼きを頬張りつつ見守る一航戦のREDが微妙な空気を醸し出している。

 

 因みに親潮と秋月はフカフカの椅子に緊張感が解れたのか、どちらも肘掛に肘を置いた状態で頭を髭眼帯に預けたまま寝息を立てていた。

 

 

「吉野さんは……ああ申し訳ありません、提督でした、んんっ……提督はそもそも艦娘にたいして気ほつかいふぎなんらないかほおもうんでふ」

 

「赤城君、食べ物を口にしたまま喋っちゃダメとかお母さんに言われませんでしたか?」

 

 

 頬袋をパンパンにしたハムスターみたいな顔をした赤城は、吉野の言葉を聞いて取り敢えず出掛かった言葉と共に餡子と皮を飲み込む作業へと戻った。

 

 軍の中でも加賀以上に名を馳せた航空母艦赤城、加賀が羊羹オバケと呼ばれ、そしてブラックホールと呼ばれる彼女。

 

 そのあだ名に違えず紙袋にパンパンに詰め込まれたたい焼きが高速でひょいぱくひょいぱくされ頬袋へと消えていく。

 

 

「まぁアレだ、この前武蔵に付き合って貰って一暴れした時点で私にはもう何も思う処は無い」

 

「あー……でもほら、飛鷹君と隼鷹君にはさ、その」

 

「ああでも言わんとあの場は治まらなかっただろう? 感謝はしている、でもあいつらは過去に引き摺られ過ぎている」

 

 

 長門が言う言葉は自分を思って行動を起こした二人に対しての心配と苦言が含まれてはいたが、それと同時に幾らか自分の中にある消せない苦い想いにも向けられていた。

 

 飛鷹達が戦っていた海へ向った時も、北で戦った時も、避けられない戦場が目の前にはあったが、それを受け入れた限りは全ての戦いは自分の意思で行った物であり、結果は全て自分が導いた物だという考えで生きてきた。

 

 それでもこの作戦内容を聞き、心を乱した切っ掛けは吉野が自分へ気を回し過ぎて事前に相談しなかった事が元になっていた。

 

 何があっても自分は大坂鎮守府艦隊総旗艦であり、吉野の艦であると心に刻み行動してきた。

 

 故に今度の作戦を立案する際も事前に相談なり、意見を求められるのは当たり前では無いかという怒りを抱えていた。

 

 それをせずに全てを決定し、通達するという行為は暗に長門の怒りの矛先をわざと吉野へ向ける為、そうする事で軍務という絶対的な物では無く、理不尽を噛み殺す理由を吉野のせいに出来るという心の逃げ道を長門に作る為であった。

 

 それを知っていたからこそ長門は敢えて吉野には自分の覚悟と余計な気を回す事への抗議として、そして飛鷹と隼鷹には負い目を抱えさせない為に。

 

 

 過去にあった事は自分が選んだ結果であり、その時感じた悔しさは自分だけが抱えるべき物であり、そして無念は他者に背負わせるべきではない。

 

 

 あの時言った言葉にはそんな彼女の気持ちが篭っていたのであった。

 

 

「艦娘として長く生きていれば、姉妹や僚艦を亡くしたなんて話はそれこそ珍しくも無い、どこにでも転がっている話だ、だからと言ってそれを忘れる事も誤魔化す事もしてはいけないが、囚われ過ぎるのは間違いだと私は思う、それをどうにか心に落とし込んで過去にしなければ……戦争なんてやっていられない、アンダマンで摩耶が暴走したのを考えばそれは提督にも判るだろう?」

 

「そういう面で言えば私は姉妹が居ませんから、幸せなのかも知れませんね」

 

 

 いつの間にか数十個のたい焼きを平らげ口をフキフキする赤城の言葉に苦笑を滲ませ、長門は溜息を吐いた。

 

 

「提督、言わなくても判っていると思うが、余計な気を使われるというのは私にとって何物にも変え難い苦痛になるんだ、私は貴方の船だ、それは忘れないで欲しい」

 

「あーうん、そっかぁ……」

 

 

 そのやり取りを最後に誰も皆無口になり、車内の音はオーディオから流れる音楽と駆逐艦二人の寝息だけになった。

 

 

 そうして暫く、ロールスは神奈川を抜け、一路大阪へ向けて走っていく。

 

 

「長門さん、次は清水PAです、マグロ丼が名物と聞きます」

 

「うん? 確かそこの名物は富士山メロンパンでは無かったか?」

 

「ああそれもありました、フフッ……ジュル、楽しみですねぇ」

 

「ちょっと君達……さっきPA寄ったばかりでしょ……」

 

「え? はいそうですね、それで次は清水PAですけど」

 

「え? ナニPAまた寄るの?」

 

「はい、そうですが何か問題が?」

 

 

 

 結局この後、大坂鎮守府へ帰る道中はPAのハシゴという食べ歩きが敢行され、鎮守府に到着した時は既に日付が変った深夜になってしまったのだという。

 

 

 因みに道々で買い込んだ物の料金は、ロールスのETCに差し込んでいた提督のカードで全て支払われていたと言うのは後日発覚したらしい。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。

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