大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 勘違いという物はどこにでも転がっている物である。
 それの多くは自然に解消され、何も問題は無い事として忘れ去られるのが普通である。
 しかし稀にではあるがそれはボタンの掛け違いの様にズレたまま、若しくは雪球が嵩を増すが如く大きく膨らみ、気が付けば収拾が付かなくなる場合もある。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/10/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、リア10爆発46様、鷺ノ宮様、K2様、rigu様、有難う御座います、大変助かりました。


髷から始まるアレやコレ -①-

「……提督、その頭どうしたの?」

 

「えっとその、ほら北極って息ハーしたら髭回り吐息で凍っちゃって酷い事になるって聞いたからさ、ちょっとどうにかして貰おうと頼んだんだよね……」

 

 

 大坂鎮守府艦娘寮大広間。

 

 この鎮守府では昼や夜は間宮が切り盛りする甘味処兼食堂や、鳳翔が営む居酒屋、更に寮に備え付けのキッチンでの自炊と其々の場で艦娘達が任意で食事を採る形になっている。

 

 それは司令長官の他は全ての軍務を艦娘のみで行っているという特殊な環境の為、業務シフトや広大な鎮守府島内の移動時間という都合に拠る処が大きいのだが、それでも朝食は出来るだけ寮で採るという決まりになっており、バラバラになりがちな集団生活を纏めつつ、平時より艦娘同士の交流を深める目的もあって、当番制で其々が料理を作り、それを食べるというのが毎朝の決まりとなっていた。

 

 そんな大広間の一番上座、髭眼帯の左右の席は、毎日ローテで座る者が決められているという変則的な座席配置となっていた。

 

 今日は右に時雨、左に瑞鶴という組み合わせであり、二人に挟まれた髭眼帯は茶碗を手に何ともいえない顔で焼き鮭をホジホジし、時雨は真顔でその様を見つつ、逆サイドでは箸を口に咥えたズイズイが怪訝な表情のまま首を傾げ、じっと髭眼帯を見ていた。

 

 

「それで、誰がその髪型にしちゃったの?」

 

「あー……電ちゃんと間宮君」

 

「随分珍しい組み合わせだね、で? 提督その頭(・・・)で北極行くの?」

 

 

 時雨の言う髭眼帯の現況は、ピッチリ切り揃えられた髭に、髪がオールバック的なと言うか後ろで束ねられていると言うか、ぶっちゃけ柳生○兵衛か宮元○蔵かという様なゴッツイ髷がそそり立ち、刀の鍔で作った眼帯も相まって、そこに剣豪スタイルの吉野が誕生していた。

 

 

「いやそれ幾らなんでもヤバいでしょ、って言うかさ、出来たらどうにかしたいけど……ほら、あの二人が組んでる状態で提督に拒否権なんてあると思う?」

 

「あー……」

 

 

 現在吉野は北極海へ抜錨する準備段階に入っており、その為の業務に追われている毎日であったが、今回の散髪はその一環というかついでで行った物であったが、その結果がマミーヤとプラズマのやる気と気合を妙に空回りさせてしまい、常識がどこぞに飛んでいってしまった結果が吉野の頭部に発現してしまっていた。

 

 

「ねぇ提督さん、やっぱそれヤバいんじゃない? 今回の北極行きってさ、深海のボスに会いに行くんでしょ?」

 

「うん、そうなんだけどね……」

 

「そのまま行ったら相手……無茶苦茶警戒するんじゃない?」

 

 

 北極と言えば常時零下帯の気温であり、バナナで釘が打てるのがデフォと思われがちであるが、実は七月前後は一年で一番気温が高く、気温は平均して0℃前後の状態であった。

 

 それは太陽が丸一日沈まない『白夜』と呼ばれる時期が関係しており、一日の気温変化が少ない季節でもあった。

 

 天候的な物で言えば一年で一番安定しているこの時期は、北極圏の踏破が容易であり、作戦期間とコスト面を考慮してという事情があった為、吉野は敢えて他作戦が実行されるというこの状況にも関わらず、少々強引であったが今作戦を進める事にしたのであった。

 

 しかし時期的に作戦がし易いと言っても冷蔵庫の中よりも気温が低いとされる氷の世界は、様々な障害が待ち受けているのは当然であり、深海棲艦を相手にしなくとも行動は困難を極める事が予想される。

 

 

 そんな極寒の地に棲むと言われる深海棲艦上位個体、原初の者と呼ばれる存在の一人である北方棲姫。

 

 

 未だ人が邂逅した事が無いという未知の存在へ対する為に、ある意味人類の代表として訪れるのが野武士という、致命的に間違ったヘアースタイルの海軍中将。

 

 

 因みにビジュアル的にそれを判り易く説明すると、ス○ーク的な顔面パーツに刀の鍔で出来た眼帯、頭部には例のキテ○ツが作ったコ○助のチョンマゲ風味な何かがぶっ刺さっているという見た目。

 

 そんなある意味狂ったノスタルジーにも程がある勘違い武士がテリトリーに出現しちゃったとすれば、相手が深海棲艦で無くとも警戒度MAXになるのは最早不可避と言えた。

 

 

「やはりここは誰かに修正して貰うか、最悪抜錨中に母艦で切っちゃうか」

 

 

 因みに吉野の北極行きに随伴する人員は身辺警護の時雨、母艦の運用に叢雲、現地でのナビにぬいぬい、オペレーターは古鷹、機器管理に山風、給糧業務は龍鳳、母艦の護衛に長門、赤城、秋月という計九名のメンバーが決定している。

 

 その人員一人ひとりを思い浮かべ、理髪系のスキルがありそうな人物は誰だと髭眼帯は思考を巡らせる。

 

 作戦に従事する者には今回メロン子も電も含まれてはいない、それは即ち散髪に失敗してもリカバリ(毛生え)が望めないと言う事になる。

 

 それは一般的には極当たり前の事なのだが、それでも大坂鎮守府という魔窟が基準となりつつある髭眼帯には物凄いプレッシャーとして圧し掛かっていた。

 

 

「これはちょっとリサーチしておく必要があるね……」

 

 

 こうして髭眼帯(野武士)は今日一日の仕事のスケジュールを思い出しながら、散髪という業務とは離れた日常的な段取りを整える為に行動を起こすのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 朝食も終わり、取り敢えず執務室へ移動する髭眼帯(武士)

 

 その手には北極へ随伴する人員の名が書かれた手帳のページが開かれている。

 

 それらの幾つかには既に線が引かれており、それを見る髭(武士)の視線は極めて真剣な物となっていた。

 

 

 先ず除外筆頭は長門、剃刀のスキルが高い事はこれまでの騒動では知られていたが、彼女は剃るという行為のエキスパートであって整髪スキルは0という、ある意味手遅れになった時の最終兵器(スキンヘッド理容師)的な存在と言えた。

 

 次は時雨、以前の散髪騒動に於いて彼女の話が出なかったのはそこに居なかった訳では無く、散髪をする道具としてニコニコと当然の様に鉈を持ち出した為に周りが止めに入り、以来彼女にその手の話題を振るというのは禁句となっていた。

 

 次にぬいぬい、彼女は視力がアレなので刃物を持たせるのはデンジャーであり、夕張謹製眼鏡を装備して視力矯正を行ったとしても、結局超ド近眼状態というとてもデンジャーな結果が予想された為に候補から除外した

 

 そして赤城だが、風の噂に聞くと彼女のノリは、どうやら例のサイドテール(加賀)が悪意を以っての悪乗りをするという性格に対し、同じレベルで真面目に悪乗りをするタイプだと木曾からの情報にあったので、当然対象外として名前に線が引かれていた。

 

 そして叢雲は操船に終始する為自由が無く、また山風はその補助に入る為に負担が大きいという理由から除外する形となっていた。

 

 

「んー…… イメージとしては古鷹君か龍鳳君辺りだと割りとお願いすればやってくれそうだし、多分秋月君辺りもその手の事はイケそうかなぁ……」

 

「何をお願いするんです?」

 

 

 真剣に悩む髭(武士)の脇から脈絡も無く青葉がヒョッコリと現れる、何となく気配は感じていたがギリギリに近付かなければ誰かが判らなかったというそれは、スキルを仕込んだ吉野にとっては嬉しくもあり、しかしプライベートという面では余り宜しくない行動であった為に苦笑を漏らしつつ、手にした手帳をポケットに仕舞い込んだ。

 

 

「いつでも()けていいよとは言ったけどさ、何か暇さえあったら君提督の事()け回してない?」

 

()け回すだなんて言い方は心外ですねぇ、青葉は一日でも早く提督のお役に立ちたくて日々精進してるんですよ?」

 

「あーうん、その努力は認めるけどさ、いつものその……何と言うか、風呂とかトイレのアレは正直どうにかなんないのかなぁ」

 

「一応細心の注意を払って設置はしてるんですけどね~ 何故か毎回見付かっちゃいますし、て言うか毎回補充する機材の購入費もバカにならないんですけどっ」

 

「アレって命令された業務じゃ無いでしょ? 訓練の一環としてやってるんならそこは自腹でやんないとねぇ」

 

「そんなぁ、じゃあ全部とは言いませんから高価な機材だけでも返して下さいよぉ~」

 

「ダメです、それを許すと隠し撮りの頻度が増すだろうし、リスクを伴わないとなれば気が緩んじゃって訓練の意味が無くなるだろうからね」

 

 

 プクーと頬を膨らませ、髭(武士)の横に並ぶ青葉、それは一応スネた表情を見せていたが、妙に軽い足取りと、頭を頭突き宜しくグリグリと肩に擦り付けてジャレる様は、それがただのポーズなのは誰が見ても明らかだった。

 

 

「んでんで? さっきのメモは何なんです?」

 

「あー、まぁその辺りはプライベートな事だから内緒」

 

「へ~ プライベートですかぁ」

 

「そーそー、プライベート」

 

 

 結局話はその場で有耶無耶になり、吉野は執務室へ、青葉は業務へ行くという事で其々は特に突っ込んだ話もしないまま別れる事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ねぇ青葉……その話マジなの?」

 

「えぇ、あのメモの内容と取捨選択の基準、そして直前に呟いていた言葉から考えるとほぼ間違いないと思いますよ?」

 

 

 鎮守府北にある電ガーデン、陽の光に照らされ数々の果実を実らせた木々の中心にあるテーブルには、数人の艦娘がもいできた果物を口にしつつ話に華を咲かせていた。

 

 

「でもあの提督よ? 周りから掛けられてるアプローチを尽く避けてるヘタレなのに、今更そんな行動起こすかしら?」

 

 

 青葉と共に話をするのは陽炎に五十鈴、そして親潮という珍しい組み合わせの面々。

 

 その四人の中央には一枚のメモが置かれていた。

 

 

 それは青葉があの時盗み見た吉野の手帳に記されていた写しであり、名前に線が引かれた状態も忠実に再現された形でそこにあった。

 

 

「古鷹さんに龍鳳さん、そして秋月ちゃんというチョイス、そして選考基準は手先が器用だとか、お願いすればやってくれそうという辺り、これはもうほら、ね?」

 

「いや確かに押しに弱そうな感じがしそうなメンツだけど、何でそっから司令がそんなお願いを(・・・・・・・)するって話になるのよ」

 

「時雨ちゃんとか長門さん、それに不知火ちゃんってほら、一度関係を持っちゃうと重そうな感じがあったりしますし? 赤城さんに山風ちゃんは司令官に対して今一良く判らないと言うか、なんとなーくOUT OF眼中的なトコがあるじゃないですか」

 

「だからってそこから司令がその……そんな行為に及ぶ相手を選んでるって話に飛躍するのはどうかと思うんですが」

 

「そうね、私も親潮の言う通りだと思うわ」

 

「なら五十鈴さんはこれって何のメモだと思います?」

 

「それは……例えば母艦内の雑務的な物をする人員を選んでたとか」

 

「でも司令官はプライベートって確かに言ったんですよ? この手の事であの人は嘘を言わないのは確かですし、物凄く悩んでたみたいですから、そんな軽い理由じゃ無い筈なんです」

 

 

 吉野が業務外の事で悩み、それを誰かの手を借りて処理する(・・・・・・・・・・・・)という部分では、青葉が言う推理はある意味的を射ていた、但しそれは散髪という行為であって、アハンウフンに繋がる要素は当然皆無である。

 

 しかし髭(武士)が浮かべていた表情に、呟いた言葉は、仕事を離れた場では余り見せない物であり、更に私用という理由で話を切られるという事を今まで経験した事が無かった青葉は、本人も半信半疑であったが、無理矢理に理由付けをした結果、そんなふんわりとした考えに至っている状態であった。

 

 それは言い換えるとプライベートの話題自体殆どする事は無いという、ある意味流され易く、仕事=生活というワーカーホリッカーな髭眼帯が誤解されるという、自業自得に事に端を発した話であった。

 

 

「なる程……最近は色々と皆に気安くなったと思ってたけど、とうとうテイトクもそんなフレンドを作るという心境に至ったのね」

 

「ちょっ!? 朔夜(防空棲姫)居たの? て言うかそんなフレンドって何?」

 

「嫁を持つという踏ん切りは出来ず、しかしこれだけメスに囲まれて生活していれば性を持て余すという悩みも当然起こり得るわ、しかし元々そっち系では奥手なテイトク、故にこれだけ人が多いとそれを実行する度胸が持てなかった、しかし今度の北極行きは極少人数で行動する作戦、そして割り当てられた人員には土下座でもすれば首を縦に振り、尚且つ後腐れも無さそうな者が含まれていた……そこで取り敢えずこの機会にそんなフレンド作り、たぎるリビドーに終止符を打とうという考えに至った、それが今回の出来事なんじゃないかしら?」

 

 

 そのまま何事もなければ青葉の話は一蹴され、何も起こらなかった筈であった。

 

 しかしそこにアポーをシャクッと齧りながら珍妙な、所謂ジョ○ョ立ちで現れた朔夜(防空棲姫)が話に参戦するという緊急事態。

 

 

 元々そっち関係には何かとオープンな勘違い系耳年増の朔夜(防空棲姫)は、青葉の胡散臭い話を灰色の脳で色々と変換し、そして全てを桃色に染め上げてしまい、色々とアレな空想をそれっぽく作り出してしまった。

 

 

 それは本人が与り知らない処で、青い性のお悩みを悶々と抱えるチェリーな髭眼帯(武士)というイメージが出来上がってしまうという悲劇。

 

 

「ねぇ朔夜(防空棲姫)、ちょっと落ち着いたらどう?」

 

「フ……五十鈴、そんなに余裕ぶっこいててもいいの?」

 

「……何が?」

 

「知ってるのよ? 貴女が隠れテイトクLOVE勢って事は」

 

「なっ!?」

 

「体裁を保ちたいのはいいんだけど、そうやってお高くとまってたら、ほら、知らない間にテイトクは別の女に溺れちゃって貴女の手の届かない処に行ってしまうかも知れないのよ?」

 

「ななな、何を言うのよっ、私は別に……」

 

「尽す女の古鷹、ムチムチバディの龍鳳、そして従順な少女秋月……このメンツを前に、一歩先に行かれて貴女はテイトクの寵愛を捥ぎ取る自信はあるのかしら?」

 

 

 眉間に皺を寄せ、俯く五十鈴の首に腕を回し、ボソボソと耳元で言葉を吐く朔夜(防空棲姫)

 

 その口から漏れるのは、正に悪魔の甘言であった。

 

 

「えっと朔夜(防空棲姫)さん、余り暴走をするのは……」

 

「それでいいの親潮?」

 

「……はい?」

 

「貴女も隠してはいるけれど、何かと甲斐甲斐しくテイトクのお世話をしているわよね?」

 

「え、えぇまぁそれがお仕事ですし」

 

「そんなのでいいの? 忍ぶ恋を夢見る乙女で居たいのは判るけれど、ある意味貴女とキャラ被りがある秋月がテイトクとほら……そうなっちゃったら、只でさえ影の薄い貴女の事、もうチャンスなんて巡っては来ないわよ?」

 

「そっ……それは……その」

 

 

 悪魔の甘言に惑わされた二人目が誕生した瞬間であった。

 

 

 右に五十鈴、左に親潮、両者の首に手を回してボソボソする朔夜(防空棲姫)

 

 それを見る青葉はフと思った、もしかして自分はとんでもない爆弾の導火線に火を点けたのではなかろうかと。

 

 

 そして俯く対潜オッパイと、地味目女子の秘書艦からゆらりと視線を陽炎に向ける朔夜(防空棲姫)という、ある意味逃げられない場がそこに出来上がりつつあった。

 

 

 こうして髷の処理から始まった緩い話は、アオバワレの迂闊な行動が勘違い耳年増の暴挙を誘発し、何故か鎮守府の一部の者達の本気を煽るという恐ろしい結果へと繋がってしまうのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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