大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 口にした言葉の裏にある本当の意味を伝えられない時、相手はどう思うだろう。
 返ってくる気持ちや涙に返す言葉が無い場合は、それを噛み締めるしか無いのだろうか。
 それでもと請われれば飲み込むしかなく、己すら騙すしか無い時は、そこには全てを誤魔化す笑いしか無いのかも知れない。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/28
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、リア10爆発46様、Naka_YUJI様、京勇樹様、有難う御座います、大変助かりました。


北へ

「ごめんなさいなのです、結局電は間に合わせる事が出来なかったのです」

 

 

 大坂鎮守府地下四階、医局よりも尚深い位置にある電の個人研究施設。

 

 そこは嘗て研究ラボの主一之瀬桔梗(いちのせ ききょう)博士が艦娘の為の研究を行い、息子に人外の施術を施した場所。

 

 現在電はその施設を利用してその研究を引き継ぎ、それと同時に吉野と時雨の定期的な検診を行っている。

 

 

「あーうん? いやお陰で前より随分と自由が効いてるし、もし電ちゃんが居なかったら今頃病院で寝たきりになってんじゃない? それに比べたらさ」

 

「……でも電は大本営からこっちに移る時約束したのです、絶対研究を完成させて、ちゃんとした体にしてあげると」

 

「いやコレはほら、自分の我がままでなっちゃった事だからさ、電ちゃんが気に病む必要は無いと思うんだけどなぁ」

 

 

 点滴の針を抜き、止血バンを張りつつ悲痛な表情をする小さい医療研究者に、苦笑を投げつつ掛けてあったシャツを手繰る髭の男。

 

 歳の見た目は遙かに白衣の少女の方が歳若く見えるが、本来の肉体年齢で言えばどちらも同じ程、そして精神年齢では電の方が幾分か上になる。

 

 そんな年上の少女は唇を噛み締める様に押し黙り、目尻には涙の粒が浮んでいる。

 

 

「それも……電の研究が形になっていたら、無理しなくても良かった事なのです」

 

「既にそうなっちゃった今はさ、それにくよくよしないでもちっとほら、プラス的な何かを考えてくれると有り難いんだけど?」

 

「……そうでした、間に合わなくなってもまだ、時間を稼ぐ事は出来るのです」

 

「えーっとそれってさ、もう確定事項なの? マジで」

 

「今この場で研究が完成していて、施術をという処でギリギリなのです、例え残された時間で研究がなんとかなったとしても、その時はもう間に合わないのです」

 

「あー……そっかぁ」

 

 

 普段はニコニコと悪巧みを巡らす少女は今日に限り無口で、そして言葉を一つ吐く度に肩を震わせ、そして涙を流す。

 

 それは悔しさと、悲しさと、絶望と。

 

 全てが等しくない交ぜになった感情が胸中を支配していたからであった。

 

 

「まぁその辺りは仕方ないって言うか、残りの時間が判ればそれなりに出来る事を段取り出来るから、まだ救いはあるってもんだよね」

 

 

 髭眼帯にしては珍しく、歯を見せた笑いを電に向け、白い二種軍装を羽織って伸びをする。

 

 薬品と消毒液と、そして工業製品染みた油の臭いもするそこは、常人なら顔を顰める程に混沌とした空気が漂い、そして薄暗く。

 

 

 しかしそこは間違いなく、嘗ては艦娘の全てを生み出し、後の世に今の技術を齎す雛形となった研究を生み出した場所であり、吉野三郎という存在が生れ落ちた場所でもあった。

 

 

「今度の作戦、やっぱり電が同行するのはダメなのですか?」

 

「ん、君は非戦闘員だ、作戦の目的に沿わないそんな人を連れて行く訳にはいかない」

 

「……電が居れば、無茶を止めるからですね?」

 

「それもある、でも今度の作戦では『番人を連れて行け』って海湊(泊地棲姫)さんも言ってたからさ、その辺りで君に何かあると困るし」

 

 

 肩をグルグルと回し、そして白衣の少女を部屋に残して髭眼帯は扉から出る。

 

 一歩外へ出て、未だ俯く電に振り返り、そして再び髭眼帯はわざとらしい、それでも満面の笑みを向けて言葉を掛ける。

 

 

「いつも無理を聞いてくれてありがとう、もう少しだけ迷惑を掛けると思うけど……頼むよ」

 

 

 そうして扉は閉まり、そして再び部屋には静寂と暗さが戻ってくる。

 

 

「ひどいのです……結局電は何も出来ないまま、また家族を失ってしまうのに、そんなに昔みたいな……笑顔を向けて……ありがとうなんて言わないで欲しいのです」

 

 

 こうして絶望が確定した事で彼女が続けてきた研究は、この時を境に一端方針変更をする事を余儀なくされる事になった訳だが、それが予期せぬ形で再び元の目指す物へと変化していく事を、まだこの時の電は知らない。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お薬は貰って来たの?」

 

「ああ、一応予備日の分も含めてちょっと多めに」

 

「なら、準備完了だね」

 

 

 青空が広がる大阪湾、中央運河まで出た母艦泉和(いずわ)の前では既に抜錨準備を終えたのか、幾らかの者と今作戦に随伴する者達が岸壁に整列していた。

 

 半潜水し、艦橋部の入り口には艀が渡され、後は乗り込むだけの状態、そこに至る道は左右に居並ぶ艦娘達で道が出来上がっていた。

 

 その中を珍しく軍帽を被り、答礼のまま進む髭眼帯は苦笑のまま、時雨を供にその中を進んでいく。

 

 

「こっちは全て滞りなく」

 

「そっか、んじゃダラダラしててもアレだし、往こうか」

 

 

 岸壁では長門と赤城が出迎え、揃っていつもの空気で髭眼帯を出迎える。

 

 振り返ればさっきまでピシリと敬礼をしていた面々は既に崩れた雰囲気となっており、其々手をフリフリしていたり、サムズアップで送り出す『大坂鎮守府のいつもの』風景になっていた。

 

 それに帽子を挙げ、振って答えると母艦へと乗艦する。

 

 漸く夏を迎えたというのに北極という極寒の地へ向う事になった者達は、艦内で配置に就くと同時に一端表情を引き締め、そして未知の海域へ挑むというミッションへ向けて思いを巡らす。

 

 

「抜錨後は紀伊水道を抜け太平洋に、そこから本州沿いに北上して一端幌筵(ばらむしる)泊地近海を目指す」

 

「了解、現海域より目的地を幌筵(ばらむしる)島近海に設定、深度50、27ノットにて航行、予定到着時間は凡そ70時間後」

 

「約3日か……浮上して行ければもっと時間は短縮されるんだがな」

 

「その辺り色々とほら、良からぬ話を聞いてるしさ、隠蔽出来る部分は隠蔽しておいた方がいいし」

 

 

 大坂鎮守府を抜錨した後母艦泉和(いずわ)は一端北上し、そこから日本が持つ最北端の拠点幌筵(ばらむしる)泊地を目指す。

 

 事前に他拠点との打ち合わせ通りそこまで至り、その辺りで実施されるであろう太平洋とインド洋作戦の状況を一端確認し、それが予定通りの推移で進んでいる事を確認できたら無線封鎖、一路北極圏を目指すという行程が今作戦の概要である。

 

 そしてこの作戦は艦隊を伴わず、戦闘を想定しない形での物であった為、幌筵(ばらむしる)泊地側へは作戦の概要は伝えてあるが寄港はせず、敢えて泉和(いずわ)はそのまま北進する予定になっていた。

 

 

「それで? 幌筵(ばらむしる)からの航路は未だ聞かされていない訳だが、どういったルートで北を目指すんだ?」

 

「ん、先ずは東に制海権一杯の位置まで進み、そこから北東へ、ベーリング海まで進んでセントローレンス島を東に迂回し、アラスカ沿いにチュクチ海に抜けれればと思ってるんだけど」

 

「なる程……出来るだけロシアとは離れたルートを行く訳か、しかしそれではやや遠回りになりはしないか?」

 

「んー、ベーリング海のド真ん中を突っ切る形になっちゃうだろうけど、今の季節は流氷も殆ど無いだろうし、ロスはそんなに無いと思うよ?」

 

 

 日本から北極へ。

 

 それは単純なイメージとしてはただ北を目指せば良いと思われるだろうが、日本は東シナ海からオホーツク海方面に掛けての南西から北東に浮ぶ島国である、そして真北には中国大陸があり、また海路を利用して北極圏を目指すなら先ず北東へ進路を取り、ロシアとカナダに挟まれたベーリング海峡を抜けないと北へは出られない。

 

 またこの海峡は双方の国の距離が86kmと狭く、また水深は30-50mと浅い。

 

 目視では殆ど見えない両国ではあるが、そこには当然相当な索敵網が敷かれ、深海棲艦という存在がある為に水中に設置する類の索敵機器は無い物の、陸上施設からでも哨戒は充分可能な広さとなっている。

 

 そしてこの海峡を抜けなければならない泉和(いずわ)はロシアからの横槍を想定していた為、一端ベーリング海を北東へ進路を取り、カナダの排他的経済水域ギリギリのラインまで至り、そのままアラスカ沿いに北を目指すつもりであった。

 

 

「レーダーなら潜水母艦という事でなんとでも誤魔化せるだろうが、ソナー網が敷かれていれば一発でバレるだろうな」

 

「平時なら深海棲艦にやられちゃうからそんな無駄な事はしないんだろうけどさ、こっちを是が非でも捕捉したいってんなら網を張ってる可能性も否定出来ないねぇ」

 

「普通に考えれば仕掛けて来る位置は、一番哨戒範囲が絞れるベーリング海峡辺りになるか……」

 

 

 ロシアとアラスカが接するその海峡は、南にセントローレンス島という島が蓋の様な形で位置し、一端北上すれば東のノートン湾方面にしか逃げ場は無く、またアメリカとロシアの哨戒するエリアが隣接し、加えて冬は流氷や吹雪という厳しいという環境故か、深海棲艦の数も比較的少ない傾向にあった。

 

 それ故その一帯は人類がまだ手を入れる余地があり、嘗ての通常兵器を多く残すロシアにとって、吉野達を捕捉する為の作戦を展開するのに一番適した海域になっているとも言えた。

 

 

「もし相手に捕捉されたとして、相手側の予想戦力はどうなっているんだ?」

 

「艦娘で言えば確かГангут(ガングート)って戦艦級が居る筈なんだけど、問題は通常兵器をどれだけ持ち出して来るかなんだよねぇ……」

 

「平時であれば易々と行ける海も、警戒されるとなるとそうもいかんか……」

 

 

 長門と吉野は天井のスクリーンに海図を映し出し、そこにマーカーを置いたり消したりを繰り返し戦略を練っている。

 

 本来その辺りは深海棲艦が支配する海域なのだが、先程言った理由があり居付きの深海棲艦の数は少なく、また決まった首魁の存在も確認されていなかった。

 

 それは嘗て北方棲姫が地球の北側に位置する海の広範囲を支配していた名残であり、その影響はベーリング海だけに留まらず、そのまま大西洋側、北海に至る海までに広がっている。

 

 また北方棲姫が侵攻していた当時の猛攻は凄まじく、北極海に隣接する海域は全て深海棲艦に奪取され、未だグリーンランドは国交をどこにも結べてはおらず、アイスランドに至っては国家その物が無くなって無人の大地となってしまっている。

 

 

「正直最初はインド洋経由でヨーロッパを打通して大西洋、そっから北上するルートを考えてたんだけど、無補給で流石にそれは無理だし、ヨーロッパが絡むと少なからずロシアにこっちの動きが洩れる危険性がある」

 

「行程や手間を考えると確かにこっちのルートの方が手っ取り早いかも知れんが……少々博打要素が過ぎるのでは無いか?」

 

「その辺りはちょっと手を打ってあってね、まぁ実際どこまで上手くいくか判んないんだけど、ベーリング海峡付近の安全はほんのちょっとだけど確保してるんだよね」

 

「ほぅ? 保険か?」

 

 

 長門の訝しむ表情を見て、少しだけ口角を上げた笑いを浮べ、髭眼帯は海図の一部分、ベーリング海峡の南部に位置する島にポイントを置く。

 

 

「セントローレンス島?」

 

「そそそ、元々あそこは米国の領土だったんだけど、深海棲艦が現れて以来どの国も手を付けてない島になってたんだよね」

 

「……それで?」

 

「まぁそれは表向きの話で、実はあそこには現在ロシアの無人レーダー施設が置かれた基地が存在するんだけど」

 

「何? それではあの周辺はロシアが掌握していると言う事にはならんか」

 

「まぁそうなるねぇ」

 

 

 今己達が目指す取り敢えずの目標で一番警戒するべき場所であるベーリング海周辺、その辺りさえどうにかなれば北極圏に至れる可能性は高いとされていた。

 

 しかしそのエリアは既に仮想敵国の手に落ちているのだという、もしその話が本当であれば今計画しているルートは打通が困難な物となってしまうだろう。

 

 

「まったく……それで、提督の事だからまた無茶を考えているんだろう? で? 今度は一体どんな悪巧みを用意したんだ」

 

「酷い言い掛かりだねぇ、こっちは色々考えて一番北極海に抜ける可能性の高い手段を打ったってのにさ」

 

「あーあー御託はいい、結局何をどうするんだ、このまま進んでもルートはロシアの警戒網のド真ん中だ、そこをどうやって掻い潜るつもりだ提督よ」

 

「掻い潜るつもりは無いよ?」

 

「……なんだと?」

 

「取り敢えずウチはぬいぬいがロシアのレーダー施設の位置を特定出来るギリギリの位置まで進出、それから探査した敵施設の位置情報を米軍に送るだけ」

 

「米軍だと?」

 

「そそそ、さっき言った様に元々あそこは米国の領土だったし、今は昔と違ってセントローレンス島を奪取後にそこを防衛出来る戦力を有しているし」

 

「『実行支配権の行使』か……しかし幾らアイオワにサラトガが居たとしても、一艦隊にも満たない戦力であの海域を維持するのは……」

 

「それなんだけど、実は米国ってヨーロッパ連合と安全保障条約を結ぶ事になったんだよね、公に発表するのはまだ暫く後になるだろうけど、その先駆けとして既に幾らかヨーロッパ諸国と艦娘のトレンドリースをしてるらしいし、ついでにそれは日本も一枚噛む事になっててね、今んとこの総数は知れているけど、これまで本国沿岸はアイオワとサラトガだけでやってきてたからそれはそのまま維持しつつ、その条約で得た艦娘達は主に大西洋の航路維持と、アラスカ付近へ展開する事にしたらしいよ?」

 

 

 この世界のアメリカは主に内需で国を回しつつも、ロシアとはいかないまでも通常兵器をそれなりに保有するという、相変わらずの大国として世界に君臨する国の一つであった。

 

 海路が閉ざされて以来、南米諸国と密に関係を築き資源や経済を維持してきたが、それまでより流入が増した移民の問題や、メキシコから南米へと繋がる地理が深海棲艦の脅威を帯びていた為、結局としてその関係を続けていく事に希望は見出せず、活路を大西洋の向こう側へと移した。

 

 それはヨーロッパ諸国が保有する艦娘の存在に頼る部分があったのと、資源があっても消費がギリギリという消費大国故の安定の無さという問題が絡んだ物であったが、それでも国が成り立っている程には力は衰えてはいない状態にある。

 

 そして自国でも艦娘との邂逅に成功し、その数は少ないものの、世界的な時勢で言えば年々艦娘は僅かながらも邂逅の種類は増えている現状、二次大戦時に世界最大の海軍を保有していたかの国の潜在的な邂逅予想率は当然無視出来ないものがあり、もしかすると何れ日本を凌ぐ数の艦娘が出現するかもしれないという可能性を鑑みた結果、各国は米国を無視する事は出来ず、取り敢えずの安全保障条約という枠組みを組んで幾らかの艦娘を共有という運用を選択する事になった。

 

 そんな現在、米国が一番杞憂している問題はロシアという国の存在であった。

 

 長らく自国の維持に力を注ぐしかなかった米国は隣国であるカナダとの関係が冷え切った物になっており、必要最低限の支援しかする余裕が無かった。

 

 そして逆に元々社会主義という戦時下に最も安定する社会構造のロシアはベーリング海を跨いで東へ経済的な介入を果し、現在アラスカ周辺はかの国の影響が強い状態になっていた。

 

 そんなジワジワとロシアの影響が広がっている現在、艦娘の保有数は少なくとも、通常兵器とそれを運用する資源が豊富な社会主義国家からの影響が本国近くへ及ぶのは米国としても危機感を抱く状況にあり、海軍兵力に余裕が出来た今、北に持っていた領土、セントローレンス島へ軍の一部を配置して、周辺の深海棲艦の脅威を排除するという名目の元、ロシアの影響を周辺から払拭しようと行動を起こす事にしたのであった。

 

 深海棲艦が出現して以降、離島や公海に存在する島の領有権を主張するには、あるお約束事(・・・・)をクリアするというのがある意味暗黙の了解となっていた。

 

 海域を奪取し、その後深海棲艦を駆逐し続けそこを維持する戦力を置くという単純な条件。

 

 それは正に艦娘を保有する国、若しくはそんな国の協力を取り付け、ある種の約束事を結べた国にだけ享受出来る権利。

 

 現在セントローレンス島は周辺が深海棲艦の影響が薄い為に、艦種が一種しか無いロシアでも維持出来ると言えば出来るだろうが、元々そこはアメリカの領土であった場所であり、更には現在米軍にはそこを維持する戦力が整っているという状況。

 

 故にその島に軍施設を置き、領有権を宣言すればセントローレンス島は再びアメリカの領土にする事は可能であった。

 

 後の問題は、現在そこに非公式で置かれているロシアのレーダー施設群の存在だけである。

 

 

「一応あの島は現在無人島という事になっているが、ロシアが基地を置いているのは公然の秘密になっている、そこに米国が領有権を主張してもそのまま上陸を果すのは難しい」

 

「まぁそのまま行けば戦闘が発生し、両国は戦争状態になってしまうからな……ああなる程、そこでウチか」

 

「ウチはかの島のレーダー索敵範囲に入った時点で浮上、そのまま島の東側を迂回して北を目指す、恐らくロシアが手を出してくるのはここ以外に無いだろう」

 

「当然その時はロシアから何かしらの、恐らくは攻撃か、若しくは臨検という形でウチは狙われる事になると」

 

「そうなった場合、まだ発布されてはいないが、日本と米国は安全保障条約の締結を前提に既に艦娘のトレンドリースを交わしている同盟国だ、もしロシアがウチに対し何かしらのアクションを起こした場合は……」

 

「それの救援に、同盟国の米国が駆け付ける」

 

「で、その時のゴタゴタ中に不幸にも流れ弾と言うか、流れミサイルというか? そんなのがセントローレンス島に着弾しちゃったりなんかして」

 

「まぁ公式的には無人島となっている場所に砲弾やミサイルが着弾しても問題は無い……と、しかしそんな安易な手をロシアが読んでいない訳は無いな?」

 

「だねぇ、だからあの島を捨てる事になってでも仕掛けて来るだろうさ、こっちをどうにか出来れば、後はあちらさんがあれこれ理由を付けてのらりくらり躱していれば、日本の国内情勢はゴタゴタになってロシアの一人勝ちになるだろうし」

 

「そんな鉄火場になると判っているのに、ウチは戦闘をしない事を前提にした備えしかしていない、幾らなんでもこれは無茶では無いか?」

 

「あくまでウチは囮さ、先に相手からの攻撃を受けたって事実が必要だからこっちからの攻撃は厳禁になるし、専守防衛に徹し敵を釣って、砲撃の2~3発でも撃たせたら、後は全力で東へ退避、そっからの始末は米国が付けてくれる」

 

「おいおい……幾ら米国が艦娘の艦隊を揃えようと、相手はあのロシアだぞ? そんなに簡単には……」

 

「そこはまぁあの(・・)バーンスタイン少将が任せろって言ってるんだから、ウチは遠慮なくロシアの戦力を擦り付けさせて貰うさ」

 

「アイオワであの二人をウチへ届けに来た少将殿か、それはまたえらく気前がいい話だな」

 

「今はロシアも艦娘を保有し、着々と経済圏をカナダへと延ばしている最中だからね、このまま放置すれば間違いなくセントローレンス島の実行支配権はロシアの物となる、そうなってしまえばベーリング海を含め、カナダ周辺はかの国の物になってしまうだろうし、今このタイミングが米国にとっても最後のチャンスなんだよ、だからウチが囮になる事で戦闘行為の正当性を得る事が出来るとなれば、ウチも米国も其々win-winって感じになるのさ」

 

 

 海図に予定ルートを表示しつつ、時雨が持って来たコーヒーを受け取り艦長席に深く身を沈める髭眼帯と、話に納得したのか空いた席に腰を降ろして何かを考える長門。

 

 未だ母艦は紀伊水道を南下中であり、太平洋にも出ていない。

 

 しかし事前に打てる手は打ってあったので、何かあった場合は護衛を受け持つ己の采配次第かと一息吐き、長門は艦長席に座る髭眼帯を何気なく見る。

 

 そこにはコーヒーのカップに視線を落とし、何故か物凄く渋いと言うか、苦々しいと言うか、某クシャオジサン的な表情の髭眼帯(武士)の顔があった。

 

 

「……ねぇ時雨君」

 

「ん? どうしたの?」

 

「これ……この、えっとこのコーヒーは」

 

「ああそれね、んと五月雨から美味しい淹れ方を教わったから試してみたんだ」

 

「美味しいコーヒーぃ? 五月雨ぇ? どこのぉ?」

 

「ほら、この前間宮さんが言ってた九州の基地ってあったじゃない? そこの五月雨とメル友になったんだけどさ」

 

「いつの間に? いやメル友ってナニ?」

 

「鎮守府裏掲示板で色々とね」

 

「……で? そのサミダレンにコーヒーの淹れ方を教わったと?」

 

「そそそ、僕には口に合わなかったんだけど、これは味の違いが判る大人の味だって聞いたからさ、どう?」

 

「ああうん……何と言うか、うん、この絶妙に何と言うか、えぇまぁ、はい……」

 

 

 吉野は思った、食べる相手に修羅レベルの苦痛を与える甘味を作ってしまう間宮に、不味いと一言で表すには色々な複雑過ぎる微妙さを醸し出す毒コーヒーを、コーヒー豆だけで作り出してしまう五月雨が居る鎮守府とは一体どんな魔窟なんだろうと。

 

 

「KAGAKAGAKAGA~」

 

「なぁ提督よ、最近時雨が口ずさむあの……何と言うか、心がささくれ立つ様な不安を煽るあの歌は何だ?」

 

「いや、それ提督に聞かれても……」

 

「あっ時雨ちゃん、さっき時雨ちゃんが釣って来たアナゴなんだけど、折角だからどんな料理にするかリクエストしてくれるかなぁ」

 

「えっとそうだね、適当に処してくれればいいと思うよ」

 

「え、処す?」

 

「うん、処して」

 

 

 物凄く怪訝な表情で様子を伺う髭眼帯と長門の前では、何やら物騒なリクエストと言うか単語を笑顔で言う時雨と、その言葉にエプロン姿の龍鳳が目のハイライトを薄くして佇むというカオスが見えていた。

 

 

 こうして抜錨初日は機密事項の為通達されていなかった予定と航路の説明が其々になされ、認識の摺り合わせを行った後、割とのほほんとした雰囲気のまま太平洋へ出た後は、一路幌筵(ばらむしる)泊地を目的地とし、北を目指すのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。

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