大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 目指す先を往く者、それを阻む者、それは大きな物を背負いつつも、其々は己という最小単位の内で戦い、命を削る。
 矜持と誇り、どちらも譲れないそれがぶつかった時、勝利の天秤がどちらに傾くのか、それを決める重さは想いの強さと、それ以上に積み重ねてきた時間が決めるのでは無いだろうか。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/07/31
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、眞川 實様、山風様、有難う御座います、大変助かりました。


黒と銀

 

 

 ベーリング海峡、幅86kmのこの海峡の中央には大小二つの島が並んで浮いていた。

 

 名をダイオミード島、この二つの島(諸島)は特殊な状態にある。

 

 

 位置的に海峡のほぼ中央に位置し、西はロシア、東は米国領アラスカという海域の性質上、通常の"領海という陸からの距離"が取れず、米露両国の合意の下、地続きの如くそこは国境が敷かれ、まるで地上の如く国境が接した形で米国・ロシアの領海が海の上で並んでいる。

 

 そしてこのダイオミード諸島の二つの島の内、西側のビッグダイオミード島(イマクリク島)はロシア領、東側のリトルダイオミード島(イナリク島)は米国領となっており、その距離は僅かに3.7kmという位置関係と言う事もあって、米ロ海峡とも呼ばれるそこは両国にとって世界で最も国境が近い場所になっており、まだ深海棲艦が出現していなかった時代には世界で最も緊迫した海と呼ばれていた。

 

 両島の中間には国境、そして日付変更線が通っており、ビッグダイオミード島を『明日の島』、リトルダイオミード島を『昨日の島』と呼ぶ事もある。

 

 そんな二つの島は現在無人の島ではあるが、米国とロシアにとってこの二つの小さな島には、見た目の大きさからは想像が付かない程の重要度と、意味を内包している。

 

 

 日本から遙かに遠い北の海、ベーリング海峡に浮ぶそんな島の南20海里、水深約80mの海底ではノートン湾からアラスカ沿いに北上してきた大坂鎮守府所属、艦娘母艦泉和(いずわ)が機関を停止して様子を伺っていた。

 

 

「いやぁ、何かあるとは思ってたけどロシアは何と言うか……うん、ここまでやるとはねぇ」

 

 

 メインモニターに映る船外映像はデジタル処理が施され、実際の映像をコンピューターで再描画した鮮明な海底の映像を映し出していた。

 

 泥土の様な海底がなだらかに続くそれは水深が進むにつれ浅くなっている事を示し、更に途中には水中を漂う直径1m程の球体が海底から伸びたワイヤーと思われる物に繋がれ、海流を受けてゆらゆらと漂っているのが見える。

 

 

「形状から見てATM(Autonomous Torpedo Mine)……パッシブソナー起動型の、短魚雷……内包型の機雷だと……思う」

 

「大事をとってソナー探知は行ってませんが、望遠映像での走査の結果だけでもこの一帯に8機、其々敷設距離と水深を考えるとこれは……」

 

 

 苦笑いの相を表に滲ませた髭眼帯(武士)の脇では、山風が映像見つつ漂う物体の正体をぼそりと口にし、対面のオペレーターシートに座る古鷹がそこに映る数を数えつつ眉根を寄せていた。

 

 

「国境線が近いとはいえここは米国の領海だ、そんな場所に堂々と機雷を敷設するとはな、ロシアは余程我々の事が邪魔と見えるらしい」

 

「絶対コロス配置なら……もっと浅い位置にも必要……でもそれがない」

 

「という事は、浮上して航行すれば一応機雷の影響は無いと言う事ですね?」

 

「ん……潜望鏡深度でもちょっと微妙、ちゃんと浮上しないと……危ない、けど」

 

 

 山風の言葉に長門が腕を組んで溜息を吐き、赤城は今もゆっくりと水中に漂う機雷を見詰め何かを考えていた。

 

 

「って事はだ、あちらさんはまだこっちの拿捕をまだ一応ではあるが想定した作戦を展開してるって訳だ」

 

「魚雷辺りで機雷を除去しつつ進む事は出来んか?」

 

「全部見た訳じゃ無いから何とも言えない……けど、位置的な物を考えると、進行する範囲の機雷だけ……排除してくのは難しい、かも」

 

「爆発系じゃなくて短魚雷格納型ってのがミソだよねぇ、それに除去するって言ったって結局爆破してく事になるから、ルート外のパッシブに掛かる可能性があるだろうし、そんな派手な事したらアチラさんの掃海艇から爆雷がバンバン降って来るだろうから、どっちにしても潜行したままここを通過するのは難しいんじゃないかな」

 

「……米国の領海の事だし、米軍に再び連絡を取りどうにかする事は……無理か、さっきの返答では」

 

「『当該海域に確認された機雷敷設の件は、後日我が国より外交ルートを通じて強く遺憾の意を表明し、機雷の撤去は現在進行中のセントローレンス島近海奪還作戦終了後なる』、だもんねぇ……」

 

「作戦終了後……それって確かセントローレンス島に上陸して、基地施設の設営が終了してからって事になるんですよね」

 

「だねぇ、仮設営らしいけど、作業終了迄は今からだとたっぷり一週間は掛かると思うよ」

 

「……提督、一つご提案があるのですが」

 

 

 髭眼帯(武士が)赤城の方を見ると、提案という言葉を口にしつつもモニターの様子を今も伺い、それは位置的に表情が見えないと言うか、吉野から見て彼女の背中が前にあるだけだった。

 

 

「提案? 何か妙手があったりなんかする?」

 

「妙手と言うか……今の状況を考えますと我々には浮上して海峡を突破するしか手はありませんし、それ以外の手段は現在残されてないと思います」

 

「まぁそうなるねぇ、て事はやはり強行突破って手段を赤城君は支持する訳だ?」

 

「はい、本艦の性能なら掃海艇程度なら被害を殆ど受けずに突破をする事は可能でしょうし、もし艦娘が出てきても戦艦級の一人だけ、ならばここは手を(こまね)いて時間を浪費するよりも、さっさと浮上して海峡を突っ切る方が生産的だと思います」

 

「強行突破が生産的な作戦とか、君にしてはえらく粗暴な提案だねぇ」

 

「あら? 私がそんなに大人しい淑女に見えますか?」

 

 

 髭眼帯の言葉に漸く赤城は振り返る。

 

 その顔はいつもの笑顔を湛えた温和な表情だったが、口にした言葉と目に宿る強い光、それは鉄火場を潜り抜けてきた古強者(ふるつわもの)が持つ独特の物を含んでいた。

 

 

「ふむ……自分も代案を出せないからその作戦を許可する事はやぶさかでは無いんだけど、問題は相手の艦娘さんが出てきた時の対処だねぇ」

 

「と、申しますと?」

 

「相手になるのは仮想敵国所属の艦娘さんだ、しかしそれと同時に深海棲艦に対する人類の切り札とも言うべき存在になる訳だ、国と国とのしがらみ以前に自分は君達艦娘同士の『殺し合い』はなるべく避けたいと思う、君達の力はそんなくだらない国同士の姦計に使う物じゃないと思うし、ましてやその力を同族相食(あいは)む手段として奮う事を、自分は到底許容出来ない」

 

 

 吉野の言葉に赤城は視線のみで返し、周りの者はその様子を黙って伺う。

 

 どちらも目に宿る物は強く、そして言葉を用いなくとも其々にある意思は固いのは見て取れる。

 

 そんな睨み合いに近い間は暫く続くが、唐突に赤城が漏らした笑みによって崩れ、空気が弛緩していく。

 

 

「では、提督のオーダーは敵艦娘を轟沈させず、尚且つ排除せよと言う事で宜しいのでしょうか?」

 

「だね、それって可能かい?」

 

「ならばここはこの赤城にお任せを、必ず提督のご期待に応え、ご満足頂ける戦果を挙げてみせましょう」

 

 

 赤城の言葉に吉野は長門へ無言の視線を投げる、作戦の総指揮権は艦長を兼任する司令長官が持つ物ではあったが、戦闘行為やそれに付随する物は現在艦隊総旗艦の長門に一任している、もし吉野がそれを承知しても、長門が否というならそれは再考するべき案であり、最終的に赤城の押す案を認可する為にはこの艦隊総旗艦が首を縦に振る事が絶対条件となる。

 

 

「敵艦娘が単騎であった場合は赤城一人でも問題は無いだろう、後は母艦を浮上して突破すると言うなら甲板に私と秋月、そして龍鳳を展開させるという事が必須になるだろうがな」

 

「通常艦船に君達が手を出すのは……」

 

「それは承知している、艤装に乗っている(武装)を使わなくても持って来た装備で掃海艇の目を眩ませる事は可能だろうし、加えてここは敵領土から程近い位置だ、ミサイル等に対する迎撃手段も必要になるだろう?」

 

「なる程、それは確かに」

 

「なら決まりだな、敵艦娘の相手は赤城に、掃海艇等の迎撃は我々が、後はミサイルに対する備えだが、秋月一人でそれを捌き切れるかどうか……」

 

「音響弾……閃光弾……その他諸々、非殺傷兵装は夕張の指示で山程積んで……きてる、小型艇相手ならそれで充分……対応可能、対ミサイル兵装も任せて」

 

「と言うことだ、後は提督の判断を仰ぐだけとなるが?」

 

 

 メインモニターを背に凛としつつも笑みを浮かべる赤城と、腰に手を当てニヤリと口角を上げる艦隊総旗艦を見て、髭眼帯(武士)も覚悟を決めたのだろう、いつもの軽い空気を漂わせつつも片眉を跳ね上げ其々の視線を受け止める。

 

 

「そんじゃその案を採用するという前提で、改めて周辺海域の詳細走査、それと平行して海上の様子を索敵機器を用いて確認、そっちは山風君とぬいぬい、それに古鷹君がカバーに、龍鳳君と秋月君には長門君から通達し、出撃()る子達との事前打ち合わせと連絡は密に、そんな訳でよろしく」

 

 

 こうして大坂鎮守府が対する今作戦の最大の障害、ベーリング海峡に於ける同海峡突破作戦は小一時間程の時間を準備に充て、北の海で鉄火場が展開される事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「我が艦へ向けて飛翔する物体を高度12,000で確認、数は6、先程と同じくP-800(Бастион地対艦ミサイル)だと思われます」

 

「了解……高々度用対ミサイル誘導弾射出、エンゲージ……までカウント……10……5……4……2、全弾HIT、迎撃完了」

 

「かなりハイペースでバカスカ撃ってきてるけど、山風君こっちの残弾は?」

 

「残弾はまだ余裕の範囲……でも掃海艇と同時に対処はちょっと……辛いかも」

 

「長門君、そっちはどう?」

 

『今の処照明弾と音響弾の牽制でなんとかなってるな、ただ龍鳳がランチャーの弾込めでその……目のハイライトが消えかけてるが』

 

『結構消費のペースが早いですから、秋月もお手伝い出来ればいいのですが……中々そっちに手が回りません』

 

 

 泉和(いずわ)がリトルダイオミード島南20海里で浮上し、ベーリング海峡の突破を図ってから暫く、赤城が母艦に先行する形で航行する関係上それは25ノット程で進まねばならず、凡そその形で進んで程なくビッグダイミード島に待機していたのであろうロシアの掃海艇が四隻、横撃の形で泉和(いずわ)へと迫ってきた。

 

 それと平行して味方艦艇を避ける為だろう、低空軌道を取らず高々度を地対艦ミサイルが飛来し、ここに大坂鎮守府の海峡突破作戦の火蓋は切られる事となった。

 

 現在位置は母艦から見て真左にリトルダイオミード島が見える位置まで進出しており、そのままアラスカ沿いに進路を取れば幾らロシアでも突出が難しい状況になると思われるが、逆に陸へ近付き過ぎれば戦火がアメリカ領土のアラスカにまで及ぶ危険性があり、泉和(いずわ)自体も安易に陸側へ寄る事が出来ないという状況。

 

 その為あと暫く、時間にして一時間程はロシア側からの攻勢を避け続けねばいけない状態にあった。

 

 

「にしてもまだロシア側の艦娘さんが出張ってきてないんだけど、その辺り何か考えがあるのかねぇ……水中からダバーンって奇襲とかさ」

 

「幾らなんでもそれは無いと思います、ソナーにも感ありませんし、機雷も相変わらず敷設されていますから」

 

「どんだけバラ撒いたのあちらさん、もーこっちは早いトコ潜行してとっとと逃げたいんだけどねぇ」

 

『不知火のサポートで比較的安全ルートを辿っているけど、所々浮上してても機雷に掛かる場所があるから、もしかしたら……』

 

「あー、叢雲君の言いたい事は判ったよ、なる程……予め機雷でルートをある程度制限して、最後に彼女(・・)がいる位置まで誘導しようってのがあちらさんの考えだったようだね」

 

 

 メインモニターの望遠映像には、海の上で腕を組みこちらを待ち構える者の姿が見える。

 

 長い煙管を咥え、銀に映える髪を風に舞わせ、背負う艤装には30.5cm三連装砲が左右二基配列したその舟は、十月革命との意味を銘に持ち、ドレッドノートを超える為に作られた弩級戦艦。

 

 嘗ての冬戦争、そしてレニングラード包囲戦では猛威を奮い、赤旗戦艦十月革命号の称号を与えられ、二次大戦を沈む事無く生き抜いたこの舟は、口から紫煙を吐き出すと、母艦より先行していた赤城をそれなりの位置にまで近付くまで待ち構える様にそこに立ち、そして口元に薄い笑みを滲ませていた。

 

 

「なんの因果か終わった筈の生を、今度は受肉してこの世に舞い戻ってはきたものの、砲火交える敵も無く、生きる意義を感じられない(ぬる)い日々を送ってきたが……漸く戦舟(いくさぶね)の働きができる場に立てる、感謝するぞЯпония(日本)の舟よ、さぁ、この海を赤色に染め互いの命を削ろうではないか」

 

「随分と物騒な事を仰る方ですね、生憎とこちらは戦うのが目的では無く、ここを通る事が目的なのですが……その様だと黙って通して貰うというのは詮ない事と言うことでしょうか」

 

「アッハッハッ、そう先を急ぐ事はあるまい? 折角こうして広い海で奇跡的にも邂逅した者同士、じっくりと語り合おうでは無いか……但し我等は互いに戦舟(いくさぶね)、語り合うと言ってもそれは鉄の塊を以っての砲火に拠る物になるだろうがな」

 

「なる程、しかしこちらも先を急ぐ身、そうそうゆるゆるとしている暇はありませんので、速やかにお(いとま)したいと思います」

 

 

 腰に手を当て、着崩した上着を風に(はため)かせた銀髪のロシア艦は、煙管を歯で噛みつつ獰猛な笑いを(たた)えたまま、対する日本を代表する黒髪の航空母艦は矢筒から矢を抜き出し、大空へ向けてそれを放った。

 

 銀色の尾を引いて空へと放たれたそれは、弾ける様に別たれ濃緑に染められた零戦52型へと姿を変えていく。

 

 そしてまた矢継ぎ早に幾本、それらは全て零戦52型、赤城の搭載可能総量である82機の艦戦が空を埋め尽くすが如く緑に変えていく。

 

 

「……何故発艦が終わる迄待っていたのです?」

 

「うん? 航空母艦の攻撃手段は艦載機だけなんだろう? ならそれを整える前にこちらが手を出すのは無粋という物、それよりいいのか? 今展開しているのは全て艦戦のようだが」

 

「問題ありませんよ、しかし貴女は私が戦う準備を整えるまで黙ってそれを見ていた、それは戦舟(いくさぶね)の矜持がさせた物なのでしょうけど、余りにそれは慢心が過ぎると思うのですが」

 

「このГангут(ガングート)、相手が一人ならばРоссия(ロシア)の名を背負って戦う以上負ける事も、そしてそこで戦う同志達に対し引けた様を見せる事もできんからな」

 

「なる程、では一航戦赤城……謹んでお相手を(つかまつ)りましょう」

 

 

 互いに名乗りを挙げた事が戦端を開く合図となり、ガングートは砲を、赤城はそれを至近で躱しつつ鉄火場がそこに出来上がる。

 

 嘗ての設計ミスによる艦のバランスの悪さが身に染みている為か、砲火を吐き出すそれ(30.5cm三連装砲)は一斉射ではなく交互射撃で、それでも距離はそれ程無いという為に赤城の付近は水柱が絶えず吹き上がっていた。

 

 対して赤城は零戦よりの情報があった為に、視界を遮られていても飛翔してくる砲弾を巧みに躱し、空を舞う零戦達に相手への攻撃を指示し続ける。

 

 

 艦戦とは主な仕事が対空戦闘に特化され、そして母艦や爆撃機の直掩が中心であった為、拠点や艦船に対して有効な攻撃手段は持たない。

 

 艦娘が使用するそれも概ね同じく、機銃を使えばある程度の傷は負わせられる可能性もあったが、それに対するのが戦艦級の者であったなら、その強固な防御力に阻まれ有効打を与える事は難しい。

 

「ふむ……Япония(日本)の舟と相対するのは始めての経験だが、中々どうして、巧みな動きをする物だ……いや、この場合は艦戦の動きを賞賛するべきか」

 

 

 双方の距離的な物で言えば二人の立つそこは直接目視で敵を捕らえ、砲で相手を叩く戦艦の距離であり、数多の艦載機を操りつつ戦場を俯瞰(ふかん)する戦いを旨とする航空母艦はその処理を行いつつ、相手より遠距離に身を置き艦載機の運用に集中する為、僚艦に直接攻撃から守って貰うのが基本的な立ち位置となる。

 

 故にこの距離では相手の砲弾を躱すという防御にリソースを割く分、赤城には不利な立ち位置とも言えた。

 

 

「艦攻も艦爆も出さず、加えてこの距離……どう考えてもあの艦娘単体では私を叩く事は難しい、となればあの母艦に居る戦艦級か、それとも他の者が何かしらこちらに仕掛けてくるという事を……っ!?」

 

「どうしました? 随分と立ち回りが粗笨(そほん)になっている様ですが、幾ら艦戦の機銃が豆鉄砲と言っても、目や耳を撃たれればそれなりに効きますし、潰れる事もありますよ、余り慢心はされぬ様に」

 

 

 ギリギリに声が聞こえる位置での戦い、水柱を縫う様にヒラリヒラリと躱す航空母艦の言葉に、ロシアの戦艦は更に口角を上げ、牙の様な犬歯を見せつつ獰猛な笑いを表に貼り付ける。

 

 

 確かに艦戦には戦艦が脅威を感じる一撃は備わってはいない、しかし弓を片手にした目の前の空母は放つ砲弾を尽く躱し、あまつさえ徐々にではあったが距離を詰めてくる。

 

 しかも飛来する艦戦はГангут(ガングート)が前に出る事も、砲撃の為の最適な位置へ移動する事も出来ない様に絶妙な位置へ飛来し、それが相手への射線を限定させる結果となっていた。

 

 

「ふん、甘くはないようだ」

 

 

 赤城の後方に僅かに見える母艦への警戒が過ぎた為立ち回りが中途となり、対する者からは慢心という言葉も投げられた。

 

 そんな己に自嘲の笑みを浮かべ一度銀髪を搔き上げた彼女は、周りを飛翔する艦戦に注意を払いつつも前傾姿勢を取り、次の行動に備える事にする。

 

 

 それは一見砲の反動を殺す為に腰を落とし、バランスを取ってる風にも見えた。

 

 しかし戦場に身を置く者なら、それがただ備えただけの姿勢では無いと理解出来るだろう。

 

 

 肉食獣は獲物を捕らえる時は、深く静かに体勢を整え、身を低くして襲い掛かる時を待つ。

 

 そして彼女が浮かべている笑いというものは、楽しいという感情の元表へ出す霊長類のみの特徴であったが、戦場に身を置く者達の中には沸き立つ高揚感を押さえ切れず、戦意が笑いという形となって表へと滲ませる者も少なくは無い。

 

 

 神経を集中し、感じる枝葉を周囲に舞う艦載機へと飛ばし、獲物へ喰らい付くタイミングを計る。

 

 そうして暫く、Гангут(ガングート)には目に見えない、しかし赤城との間にある道筋をはっきりと捕らえる事に成功した。

 

 

「Ураааааааа!」

 

 

 備えた体勢は爆発的な力で海を蹴り、邪魔者が居ない空間を切り裂いて赤城迄の距離を飛ぶように縮める。

 

 そして水柱の影となった相手(赤城)は、それが収まった位置に突如現れた彼女(ガングート)の姿に驚愕し、至近で放たれる30.5cmの釣瓶撃(つるべう)ちによりその身を朱に染め上げる。

 

 Гангут(ガングート)が瞬間的に見た近視の未来はしかし、水柱から僅かに見える黒髪の航空母艦が構える弓によってそうはならなかった。

 

 

「っが!?」

 

 

 燃える様な熱さが左腿に発生し、激痛で行き足(航行速度)が瞬時に殺される。

 

 勢いは止まる足を軸に回転運動に変化し、それは彼女を水面に叩き付けつつ二度三度と転がって停止した。

 

 

 片膝立ちで見る左腿には細長い何か、それは恐らく矢であろう物が、しかも二本突き立っていた。

 

 一瞬でそれを理解したГангут(ガングート)は矢を抜こうとはせず、周りに神経を巡らせ目の前から消え失せた赤城を探す。

 

 すると後方、先程と同じ程の距離に身を置く姿を捉え、膝を着いたまま体の向きを変え、即座に砲撃体勢に入る。

 

 

「ぐっ……! この私が、この程度で沈むと思うな……! あったまってきたぞ!」

 

 

 片膝立ちの姿勢になった為に砲撃時の重心は低く、安定した物となり、また怒りに身を任せたそれは全門斉射の派手な砲火を(ほとば)せる。

 

 そしてそれが着弾せずとも次々と弾を砲へ装填し、凄まじい勢いで撃ち出す為に赤城の周囲は先程にも増して派手な水柱が立ち上り、同時に修正を加えていく為キルゾーンが徐々に収束していく。

 

 通常姿勢ではバランスが悪く、斉射や連撃という行為に難のある彼女(ガングート)ではあったが、足を潰され、空を舞う艦戦に構っていられない事態に陥れば逆に腹をくくり、ありったけの砲弾を叩き込むしかないと降り注ぐ機銃弾を無視して砲撃に集中する。

 

 

「流石にこれだけ間をおかず叩き込まれれば回避に専念するしかないだろう……私と貴様、先にどちらが削れ折れるか勝負だ!」

 

「そんな泥仕合に付き合って、一航戦の誇りをこんなところで失う訳にはいきませんね」

 

 

 そんな言葉と共にカツンという音を聞いたГангут(ガングート)は、次の瞬間猛烈な衝撃に横へ吹き飛び、膨大な熱量で左半身を焼かれる感覚と、飛び散る破片が刺さる痛みに顔を歪ませた。

 

 

 爆発にも似たそれは片側の鼓膜を破るだけには留まらず、三半規管を麻痺させて体を海に横たえる。

 

 顰めた表情で己の艤装を見れば、左にはラッパの様に先へ行く程広く、ズタズタに裂けた砲身と、そして吹き飛んで中身が空になった砲室が無残に晒された主砲が見える。

 

 

「カハッ……砲弾の直撃? いやこれは……腔発(砲身内暴発)? 一体何が……」

 

 

 明らかに内部から爆ぜた形跡のある主砲を唖然として見つつ、麻痺した耳に僅かに聞こえる波を切る音に気付き、痛みに顔を顰めたままその音の方向を見る。

 

 するとそこには弓を片手に黒髪を風に流し、しかも無傷で立つ航空母艦の姿が傍にあるのが見えた。

 

 砲はおろか手足すらまともに動かず、抗う力を喪失し、それらを素早く確認した為己が大破状態だと理解した彼女(ガングート)は、改めてそこに立つ赤城を見て苦々しい笑いを滲ませた。

 

 

「なる程な……まさかそんな手(・・・)を使って来るとは」

 

「確かに航空母艦の武器は艦載機ですが、私達艦娘の武器は人に準拠した物も加わります」

 

「だからと言って、砲の直撃も受ける距離で身を躱しつつ……弓で砲身を抜こうなんて博打はどうかと思うんだがな」

 

「私には貴女とは違い、四方八方に(艦戦)があります、躱す事も、狙いを定める事もそれ程難しい訳ではありませんよ」

 

 

 Гангут(ガングート)の主砲を暴発させたのは、砲撃直前に砲身内へ突き刺さった赤城の矢であった。

 

 それは砲を破壊する威力こそ無いが、装填された砲弾と砲身の間に滑り込み、腔発(砲身内暴発)を誘発する程度の結果を招き寄せる事は出来た。

 

 

 放った矢が相手の砲身内へ突き刺さり、それが元で砲撃時に腔発(砲身内暴発)が発生した、言ってみれば単純で、簡単な説明が成り立つ結果には違いない。

 

 しかしそれをする赤城は80を超える零戦52型を制御し、雨あられと降り注ぐ鉄火の猛威を躱し続け、更にそこから針の穴を通す様に砲身へ矢を突き立てるという事を同時にやるという、マルチタスクに優れるという航空母艦でも、それなり以上に負荷が掛かるであろう事を行うという無茶振り。

 

 しかもそれは幾度も試みた訳では無く、たった一度、一本の矢でそれを完遂した。

 

 逆にそれが繰り返される様な事になっていたなら、その意図はГангут(ガングート)にも気取られてしまい、攻撃の手段は封じられていた可能性さえあった。

 

 そんな諸々をあっさりとやってのけた艦娘の顔は平然とした物のまま、対する横たわる者は苦い笑いを顔に貼り付けたまま。

 

 

「ふん、見事だ……こうまで鮮やかに叩かれたら納得するしかないだろうな、さて……そっちも急ぐ身なのだろう? とっとと止めを刺したらどうだ?」

 

「いいえ、私は貴女を倒せとは言われましたが、沈めてはならないとも命を受けていますので」

 

「……なんだと?」

 

「そういう訳なので、これにて」

 

「お……おい待て! クッ……動けない、貴様ァ! このまま本当に何もせずに退くつもりか! そんな事が許されると思っているのか!」

 

 

 喀血(かっけつ)を撒き散らし吠えるГангут(ガングート)の言葉に、一度も振り返らず零戦を着艦させながら母艦へと赤城は(かえ)る。

 

 

 その艦娘は嘗て大和と武蔵が大本営第一艦隊の旗艦を勤めていた頃、艦隊の空を守り、支え続け、後に加賀へ戦い方を仕込んだという黒髪の者。

 

 それは二つ名も持たず、しかし一航戦と言えば赤城と誰もが口にした、そんな誇り高い艦娘であった。

 

 

 

 こうして艦娘対艦娘というあってはならない戦いは、北の海で命を懸けた鉄火場として展開された訳だが、それは誰一人の命も沈める事は無く幕を降ろす結果になるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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