大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 過去と現在、それを比べて今が満たされていると感じられればそれは幸せである。
 それが例え忘れたくなる程の苦いものでも、それがあるからこその今であるのは忘れてはならない。
 過去が過ちであった場合はより良い結果をする為の努力を、同じ道を行かぬ為に最適な選択を。
 重要なのは過ちでは無く、同じ事象をなぞらぬ事を旨とした生き方であるのは言うまでも無い。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/09/19
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました坂下郁様、リア10爆発46様、黒25様、sat様、有難う御座います、大変助かりました。
 また内容に不備がありました部分の改訂を致しました、ご指摘頂きました眞川 實様、有難う御座いました。


上陸

 ショリショリと金属の擦れる音がする。

 

 外界とは隔絶された、それでも明るいそこで彼女は自分の道具であるそれ(・・)を研ぐ。

 

 艦内のLED照明という人工の灯りに照らされて、それは艶かしく、そして数多の血を吸ってきた金肌を晒す。

 

 

 時雨は北極圏へ上陸する為の備えとしてそれを研いでいた。

 

 

 外では誰かが戦っている、しかし今の自分はその助けになれない事を知っている。

 

 その様を見れば心を焦がし、何故自分はあそこに立てないのだろうと嫉妬するだろう。

 

 だから敢えて誰も居ないこの艦内の一室で、自分の最大の武器になるだろう獲物を研ぐ。

 

 

 ゆっくり、丁寧に、北極という地は日本より、自分が嘗て所属していた単冠湾泊地よりも寒い場所だという。

 

 ならば艤装の武装はもしかしたら用を成さないかも知れない、いや、それ以前に自分にとって獲物を狩るのにそんな物を使うのは以ての外であった。

 

 

 相手は対した事も無い敵で、それでも何度か狩った事のある手合いに近い存在、なれば今研ぐこの得物を使うのが最も適しているだろうと彼女は思った。

 

 

 何度も何度もゆっくりと砥石の上を前後させ、刃を返し、握りの方から刃先を見る。

 

 歪みは無いか、研ぎが甘い部分は無いか。

 

 単冠湾で警邏隊に編成され、失意に沈んでた時に泊地に所属していた老人から譲ってもらったその刃は、今も尚彼女が頼りにする相棒であり、そして使い勝手の良い道具でもあった。

 

 

 必ず今の窮地を乗り越え、母艦は北極海へ至るだろう。

 

 自分の信じる同胞(はらから)と、共に往くと誓った提督が戦っているのだ、それは疑うべくも無い。

 

 なれば自分が今するべきは、傍らで何も出来ないままその様を見ているよりは、次の機会に備え万全に得物を仕上げる事。

 

 

「……うん」

 

 

 そうして研ぎ上がった相棒を見て、その地金の如く冷たい刃を見て時雨は口角を上げ、そして満足気に頷いた。

 

 

「……ねぇちょっと長門君」

 

「何だ提督」

 

「あれ……時雨君のアレ、ナニしてんの?」

 

「うむ? 鉈を研いでいるのだろう? 何かおかしな処があったか?」

 

 

 鉄火場が終わって暫く、誰も居ない艦娘母艦泉和(いずわ)の厨房では、秘書艦時雨が愛用の大鉈を砥石でショリショリと研ぎつつ、その仕上がりにニヤリとほくそ笑んで頷いていた。

 

 そんな何と言うかアレな絵面(えづら)に怪訝な表情の髭眼帯(武士)が様子を伺い、傍らに居たビッグセブンに鉈をショリショリしている小さな秘書艦の行動は何かという事を聞いていた。

 

 確かに彼女は鉈を研いでいるのだろう、誰がどうみてもそうとしか見えない。

 

 しかし髭眼帯(武士)が聞きたいのはそうじゃなく、何故彼女が厨房で鉈をネットリとショリショリしているのか、どうしてその仕上がりを確認してニヤリと笑っているのか。

 

 その辺りの見たまんまでは無く、行動に至る理由が聞きたかったのである。

 

 

「北極に上陸すればこれは嫌でも必要になるからだよ、提督」

 

「あっと、邪魔したかな?」

 

「ううん、今研ぎ終わったとこ、それよりそっちはどうなったの?」

 

「滞りなくベーリング海峡を抜けた処だ、後は追撃の有無に警戒しつつ極北を目指すだけだな」

 

「なる程、じゃやっぱりこれは必要になるね」

 

 

 時雨は研ぎ終わった鉈を軽く振り抜いて、皮製のシースーへと収める。

 

 

「あー、えっと時雨君、その鉈って何に使うの?」

 

「これ? えっと北極には白熊が居るじゃない?」

 

「あーうん? 確かに居るねぇ」

 

「それを仕留めて捌くにはやっぱり鉈が最適だと思うんだ」

 

「……白熊ぁ? 鉈でぇ? ()っちゃうのぉ?」

 

「後は朔夜(防空棲姫)さんからアザラシを何頭か仕留めて来て欲しいって、何て言ったかな……キビヤック? にするからって」

 

「アザラシでぇ? キビヤックぅ? 作っちゃうのぉ?」

 

「でも楽しみだね」

 

「ナニがぁ?」

 

「僕今までヒグマか月の輪グマしか仕留めた事無いから、白熊ってもっと凄いんでしょ? 何だかウズウズしちゃうね」

 

「あーうん……えっとその、まぁ白熊はほら、九州のご当地アイスと言うか、そんなカンジの物しか提督知らないっていうか何ていうか」

 

「白熊か……鉈だけじゃもしもの時の不安があるな、何なら私も随伴してやろうか?」

 

「長門さんじゃ勢いあまってアベシしちゃうかもだからいいよ、大丈夫、ちゃんと仕留めてみせるから」

 

「……アベシ?」

 

 

 どこかで聞いた有名な一言に眉根を寄せて髭眼帯は聞き返す、そして時雨と長門は首を傾げ、その言葉の意味を口にする。

 

 

「長門流極限空手奥義、長門破顔拳、気を込めた拳で殴れば相手はアベシと言いつつ弾けて死ぬ」

 

「え、ナニソレ怖い、て言うかそれって空手じゃなくて、世紀末のアタタタの人の技なんかじゃないかって提督思うんだけど……」

 

「他にも長門流極限空手、長門龍撃拳とか使い勝手が良いな、気を込めたパンチで殴れば相手はタワバと言いつつ弾けて死ぬ」

 

「待って、ねぇちょっと待って、それさっきのアベシとプロセスも結果も提督には同じに聞こえたんだけど」

 

「アベシとタワバ、全然違うでは無いか」

 

「絶命する時の呻き以外は全部同じィ!? むしろどっちも気を込めて相手をシバいてるだけじゃない!? おかしくないそれ!?」

 

「僕アベシは習得できたけど、タワバは今一つ上手くいかないんだ……」

 

「いやそれどっちも殴ってるだけじゃない!? 違いなんてあるの!?」

 

「気の込め方がこう……ぬううんとむううんという感じで少し趣が違う、やってみろ」

 

「ナニそのふんわりとしつつもファジーな違いを唸りで誤魔化してる系!?」

 

「あーそうか、むううんでいいんだ」

 

「納得!? それで納得しちゃうの!? どこまでアバウトなの長門流極限空手!?」

 

 

 結局鉄火場が終わった厨房では時雨が鉈をショリショリと研ぎ、その後何故か長門が合流すると二人してぬううんとかむううんと怪しげな唸りを上げ始め、そこから少し離れた位置では食事の支度をしたいのに珍妙な一団がキッチンを占拠している為、何も出来ない龍鳳が目のハイライトを薄くしてその様を眺めていたという。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで龍鳳があんな目をしてたのね、なにやってんだか……ってアンタも大丈夫なの? 何かボヘーっとしてるけど」

 

「ああうん、ちょっとね……」

 

 

 地球の極北と言われる海域、北極点。

 

 そこは年間を通し氷が世界の全てであり、またそれが地面の代わりとして存在する死の世界。

 

 北極圏とそうでない場の境は白夜の影響が及ぶ範囲か、そうでないかで分類され、通常表記の世界地図では余りその広さが判らないが、周り全てを世界のほぼ主要大陸に接し、尚且つどことも繋がっていない広大な海であった。

 

 母艦泉和(いずわ)はベーリング海峡をチュクチ海へ向けて抜け、そのまま東進、アラスカのポイントバローから北極点へ進路を取り、そのまま母艦で進行可能域迄へと進む。

 

 本来7月から8月という季節に於ける北極点へのアプローチは砕氷船で到達可能ではあったが、深海棲艦が出現して以降、北方棲姫がその地を支配した頃から環境は激変、北極点を中心とした凡そ500海里内は完全な氷の世界となってしまい、そのエリア外では氷が完全に溶けてしまっているにも関わらず、何故かその内側の氷は溶けず、砕けずという物質となっており、また日が昇っているにも関わらず常時吹雪という天候となっていた。

 

 そうなって以降人が踏み入った事は無く、吹雪のカーテンと氷に閉ざされたそこは生きとし生ける者全てを拒むかの如くの様を見せ、何者をも拒む正に隔絶された世界として存在していた。

 

 そんな世界の外輪、丁度問題とされている境界線の辺りでは、母艦泉和(いずわ)が停泊しており、上陸して移動する為の装備、夕張謹製の『Sファイター』を展開している処であった。

 

 ボヘーとする髭眼帯(武士)一行が見るそこは、常に猛吹雪で上陸が難しいとなっていた事前情報とは違い、雲も無い快晴状態、おまけに泉和(いずわ)が氷の外縁へ接舷したのとほぼ時を置かず進入してきた辺りに猛吹雪が発生し、まるで泉和(いずわ)を招き入れる為に入り口を開ける様なその状況は、兼ねてより囁かれていた『北方棲姫はテリトリー内の自然環境すら自由に操る』という眉唾情報を肯定するかの如くの様を見せていた。

 

 

「にしてもアレだねぇ、今さっきのアレ見た?」

 

「えぇ……何て言えばいいのか、深海棲艦が天候すら自由に操れるなんてバカらしい話だと思ってたけど、今の状態を見たらそれを認めない訳にはいかないわよね」

 

 

 母艦が進入してきた方向を見れば、比喩では無く吹雪のカーテンがそこに存在し、そこから僅か数キロという距離の泉和(いずわ)周辺は晴れ渡るという不自然極まりない有様となっている。

 

 

「こんな力があるってんなら、もし艦娘の数に縛りが無かったとしても勝つなんて事は難しいわね」

 

「そこそこの数しか居なかった北方棲姫の侵攻が人類側の脅威となっていたのも、必ず戦場がこんな吹雪になってたって一面もあるし、案外彼女達って我々が思う以上に何ていうか……」

 

「自然を味方に付けている、と言いたいのか、提督よ」

 

 

 ムチムチ叢雲と並んで吹雪のカーテンを眺めていた髭眼帯に長門が声を掛ける。

 

 振り向いてそちらを見れば、例のキャタピラ駆動のロボ的何かと、それに牽引されるシルバ○アハウスを前に、苦々しい表情を滲ませる長門が立っていた。

 

 

「確かに私が嘗て北方棲姫と対した時も、砲で狙うのも難しい程の猛吹雪に見舞われ接敵を余儀なくされた、そうして私達が前へ出ざるを得なかったせいで、僚艦の殆どは至近からの攻撃で何もさせて貰えなかった」

 

 

 精鋭を極めた当時の大本営第一艦隊、それは長門、陸奥を筆頭に高雄、加賀、多摩、磯波という当時の軍内でも指折りの高錬度艦を集めた艦隊だった。

 

 まだ改二もカッコカリも確認されていなかったなかった当時、それでも限界練度に達してはいたが、主に南方の前線を転戦していた彼女達は、初の極北での戦いという環境の違いと、それにも増して視界のほぼ効かない猛吹雪の中、人類が初めて接触した上位個体、北方棲姫との戦闘に突入した。

 

 連合艦隊でも無く、当時は基本とされていた母艦の随伴すら無い、そんな戦いは長門達に接近戦を強いる形で展開し、防御に難がある駆逐艦や航空母艦だけに留まらず、陸奥ですら海へと没するという結果となり、長門自身どうやってその戦場から戻ってこられたかと今でも思う程の苛烈な戦いが繰り広げられたのだという。

 

 またこの予想も付かない戦闘の結果、第一艦隊の壊滅という多大な損失を誘発したという事で、その作戦を主導した当時の鷹派と称されていた一派は一部勢力を削ぐという自滅の煽りを受け、坂田が引責して名誉職に追い遣られ、ほぼ力を失っていた慎重派の勢力が巻き返しを計り、そこに軍を二分する派閥が拮抗した力関係で存在するという、それから長きに渡って悪しき慣習と派閥闘争を生む切欠となったのがその戦いであった。

 

 今大坂鎮守府に居る加賀はその後建造された二人目(・・・)であり、また没した多摩は同じく大坂鎮守府所属の球磨の実の妹にあたる。

 

 

「あの時もっと徒手空拳が使えていたなら、砲に頼る戦いをしていなければ結果は負けとしても、僚艦の幾らかは沈まずに済んだのかも知れん」

 

「もしそうなってたら恐らくアンタが代わりに沈んでたわよ、あれこれと後悔するのは勝手だけど、前提としてあの作戦には無理が多過ぎた、犠牲をゼロに抑えられる要素なんてそもそも無かった、それは理解しているでしょう?」

 

「ああそれは理解しているさ、だから今は戦場に赴く前の備え、それの大切さを痛感している」

 

 

 そして長門は髭眼帯を見て、少し寂しそうな、そして自嘲の色を濃く滲ませて、深く溜息を吐いた。

 

 

「あの時我々に足らなかったのは状況に対応する備えと、戦い以外の部分を支えてくれる優秀な指揮官だった」

 

「まぁその結果を踏まえてアレコレした結果が今ここに居るチョンマゲの中将様と、あんなトンデモ装備だってのは笑えない現実だと思うけど?」

 

「……マゲとロボはどう考えても提督のせいじゃないと思うのですが……」

 

 

 嘗ての海を思い出し、そして今との違いをしみじみ感じるビックセブンの前には、チョンマゲの指揮官と珍妙なロボ、そしてその脇で鉈を引き抜いてニヤリとする妹分というおかしな世界が見えていた。

 

 全てを失った場所よりもまだ北へと進んだそこは、昔に自分から全てを奪い去った仇敵が棲む縄張りの内であったが、それでもこの長門型一番艦は心を乱す事は無く、穏やかと言える程に落ち着いている自分に気付いた。

 

 

「じゃあそろそろ行こうか、長門君運転頼める?」

 

「ああ任せておけ、この視界でなら当初予定していたよりも楽に走破が出来る、提督達はキャリアでのんびりとしているといい」

 

 

 スプーに搭乗する時に着る赤いピッチリとしたライダスーツ姿で気合を入れ、長門は掌に拳を叩き付け不適な笑いを表に出した。

 

 

「では不知火はナビゲートをする為弐号機に搭乗しますので」

 

「あ……ああうん、頼んだよ、疲れたらそこでビバーグするからちゃんと申告する様にね」

 

 

 物凄く怪訝な表情でそう口にする髭眼帯(髷)の前では、いつか改修したメロン子印の索敵兵装、頭頂部でクルクルアンテナを回すロボなコップ的な銀色のヘルメットを被ったぬいぬいが、ピコーンピコーンと音を発しつつコクリと頷いていた。

 

 

 深海棲艦の中でも特に特別と言われるという存在に邂逅する為極北の地に訪れたのは、スープラを改造したロボ的な何かに牽引されるシ○バニアハウスで移動する、髭で眼帯の武芸者が指揮する鉈を装備したお下げ、ムチムチくちくかん、ピッチリしたド真っ赤なスーツを着るナガモンとピコーンピコーンするぬいぬいという、言葉にしてしまうととても色んな意味で致命的におかしい集団であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……白熊居ないね」

 

「あー何て言うか、もしかしたらここって今北方棲姫のテリトリーになってるから、自然動物とか居ない可能性もあるかもね」

 

「え!? じゃ僕何しに北極に来たか判らないよ!?」

 

「時雨君がココに来たのは提督の護衛する為デショ!? 狩人の血が騒ぐのは判るけどもうちょっとお仕事に集中して! お願い!」

 

「心配しなくてもほら、鳥とか飛んでるから熊もその内現れるわよ」

 

「あ、ほんとだ、良かった……熊が居なかったら何の為にこんな辺境まで来たか判らないからね」

 

 

 母艦に赤城、秋月、龍鳳に古鷹という留守番を残し、北極点へ向う一行は何もない白一色の世界をキュラキュラと進んでいく。

 

 窓から見えるそんな世界に単冠湾時代を思い出したのか、いつもの落ち着いた雰囲気より幼い様を見せる時雨は外を見つつワクテカし、髭眼帯(武士)が乾いた笑いを口から漏らしていた。

 

 ロボに牽引されてそろそろ20時間は経とうかという現在、当初の予定では様々な事態を想定して母艦から北極点までの行程は三日程を予定していたが、吹雪を想定した備えはほぼ使用する事は無く、氷の足場にクレバスはおろか目立った起伏すら無いそこは、ただただ白く、穏やかで広いだけの氷原と言える世界であり、そこを移動する為に費やす時間を予定の1/3程に短縮させていた。

 

 

『このままの速度で進めれば後二時間程で北極点です』

 

「ご苦労様、電探に何か変化は?」

 

『今の処特に何も……と言いたい処ですが、不調が相変わらず続いていますので断言は出来ないです、申し訳ありません』

 

 

 北極圏入りを果たして暫く、母艦泉和(いずわ)搭載の索敵用電子機器は謎の電波障害による不調に陥り、艦娘用装備である電探も正体不明の陰を無数に捕らえるという不調が出る状態になっていた。

 

 それでも方向や物体の感知という部分の判別が出来た為、不知火は策敵を続行してはいたが、無数に浮ぶ染みの如き影のお陰で通常の索敵よりも手間と時間が掛かり、結局現在は進行方向の指示と、大型の障害物を確認するだけの状態となっていた。

 

 

「まぁ深海棲艦が支配してるエリアだし、そこの首魁が未知の存在だからねぇ、何があっても不思議じゃないよ」

 

『しかし何なのだろうなその現象は、妨害されているにしては中途な状態だが、しかし電探には確かに無数の影が映り込んで策敵がままならん、運良く今は相手からの攻撃は無い状態だが、もしこの状態で戦闘となるとこちらは有視界戦闘を行うハメになる』

 

『別にこっちは妨害なんてしてる訳じゃないわ、その電探は正常よ、だってそこに映ってる影って全部私達深海棲艦だもの、反応して当然ね』

 

『……誰だ』

 

『日本より遠路遥々ようこそ、私の名は港湾棲姫、北方棲姫の名代として貴方達の案内を仰せつかっているわ、宜しくね』

 

「あー……その言い方だとマジで、自分達がここに来る事知ってたんだ、もしかしてそちらに泊地棲姫さんから何か連絡が?」

 

『いいえ、別に彼女達と私達は何の繋がりもないわよ、でも私達深海棲艦は情報が遮断出来る様な状態に無いから、其々が得た情報なんかはゆっくりとだけど仲間を通して伝達していくわ』

 

「と言う事は、我々がどこの何者だと言う事はそちらには筒抜けと言うことで?」

 

『えぇ、貴方は我々の世界ではちょっとした時の人になってるわよ、吉野三郎さん』

 

 

 港湾棲姫と名乗る者の言葉に其々は二の句が継げず、緊張が場を支配する。

 

 確かに海湊(泊地棲姫)は北方棲姫と自分は繋がっていないと言っていた、全面的にその言葉を信じるのは危険と言えたが、それを隠す意味もメリットも無い現状、吉野達に嘘の情報を与えたとは考え難い。

 

 そして今の言葉を信じるなら、どこかの上位個体という知能の高い存在がある種の情報を得たとなれば、どれだけの時間が掛かるかは謎だが、それは何れ全世界の深海棲艦が共有する物となるという事が考えられる。

 

 その精度は名乗りを挙げる前に髭眼帯の名を告げる程に正確な物を得ているとなれば、吉野が常より重要視する情報という物の取り扱いの面が相当な危機的状況にあるという事になってしまうだろう。

 

 

「あー……知られちゃってますかぁ」

 

『まぁそれなりには、暇を持て余している者の興味を惹く程度には、知られているんじゃないかしら』

 

「それは何と言うか光栄な話ですね、それで今我々は貴女の主である北方棲姫さんへお話があってテリトリーにお邪魔している訳なんですが、それに何か問題とかあったりします?」

 

『さっき私はようこそって言ったでしょ? もし貴方達が招かざる者達であったらテリトリーに踏み込んだ時点で終わってるわよ、今電探に映ってる影って氷の中で眠ってる私たちの(ともがら)よ? そんな数を相手に生きてここまで辿り着ける訳ないでしょうし』

 

 

 港湾棲姫の言葉に不知火の表情が強張る、彼女の電探には今も相変わらず謎の影が映り込んでいる。

 

 その数は一つ二つでは無い、見渡す限り数え切れない程に、策敵すらままならない程の影がそこに見えていた。

 

 

『提督……申し訳ありません、知らなかったとは言えもう少し不知火は現状を熟慮すべきでした』

 

「いやいやぬいぬいに落ち度は無いよ、誰だってこんな想定外な事に予想を立てるなんて出来ないだろうしさ、んで? その影って今どれ位見えてんの?」

 

『……正確な数は不明、策敵範囲には恐らく数百単位で深海棲艦が潜んでいると思われます』

 

「電探で感知出来る範囲でそれかぁ、参ったねぇ……で、港湾棲姫さん?」

 

『もう北方棲姫は貴方達の存在を認知しているわ、そのまま進んでくればここに辿り着くから』

 

「なる程、では今しばらく掛かると思いますが、お邪魔させて頂きますね」

 

『ええ、伝えておくわね、ああ後一つ、私は北方棲姫の配下でも何でも無いから、その辺りは誤解しないでね』

 

「えーっと? はいまぁその辺りは、はい、了解しました」

 

『それじゃ待ってるから』

 

 

 一端それで会話は終了し、キャリア内の者は誰も無言で、緊張感が蔓延したままの空気となった。

 

 

 こうして何もかもが想定外の北極の地で、この後髭眼帯達は北方棲姫の元に辿り着き、後に転換点となる邂逅を果すのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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