大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 気持ちは言葉にしなければ伝わらない、行動の裏にある物は言葉という裏付けがあるからこそ理解される。
 そして言葉を用いても真意の幾らかを排除した物は誤解を招き、伝えられた者達はそこにある真意を知らぬまま行動する時がある。
 人と動物との違いは本能では無く理性で行動するという部分と、言葉という手段を以って意思疎通が出来る部分にある。
 しかしその言葉が逆に真実や真意という何もかもを隠す道具となる時がある。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/08/05
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


北の地での邂逅

 

 室内ではペッタンペッタンと肌を叩く音だけが聞こえる。

 

 赤い相貌、白い肌、腰まで届こうかという髪を纏めようとせず、そして幼女と言っても遜色の無い程の小さい存在は、椅子に腰掛ける武者然とした男の顔や首筋といった肌の露出している部分を重点的に、ペッタンペッタンと触ってはキラキラとした表情でうんうん頷いていた。

 

 

「すごーい! すごーい! え、まさかこんな……うわ、うーわぁ!」

 

 

 北方棲姫。

 

 人類が対した初の上位個体と呼ばれる存在。

 

 嘗てその侵攻は北極海に隣接した全ての海を蹂躙し、北の海に留まらず、一時期は北半球に存在する大陸北部の陥落も時間の問題とされる程に苛烈に、そして圧倒的速度で人類を駆逐していった存在であった。

 

 神出鬼没、但し現れる時は必ず猛吹雪を伴って、まだ艦娘が充分に整っていなかった頃であった為に多くの国では人が対したが、その多くは余りにも気温が下がった戦場で体が凍り付き、また有象無象の波に飲まれ、有視界距離にすら近付けなかったという深海棲艦上位個体。

 

 

 その小さい存在はひとしきりペッタンした事で満足したのだろう、とてもキラキラした相を浮べ、この邂逅に随伴してきた時雨と叢雲へ振り向き無茶苦茶いい笑顔を向けたのであった。

 

 

「コイツ……オイテケ」

 

「はぁっ!? いきなり何言ってんのアンタ!?」

 

「ちょっとそれは困るんだけど……」

 

 

 そこは北極点と言われる地球の最果て、何も無い氷の原野にポツンと立てられた建造物。

 

 船の部材、何かの建物に使用されていたと思われる廃材、自然の岩と思われる物、本来海であるそこには存在しない筈の、しかも統一感の無い物を組み上げて作った、それでも建造物と一目で判るそこに彼女は棲んでいた。

 

 

「あーごめん、ちょっと興奮して周り見てなかったよ、ようこそ我が家へ、北方棲姫でーす、よろしくね?」

 

「か……軽い……」

 

「え、軽いかな? んー…… んんっ、えっと……ヨクキタカンムスドモ、ワタシガコノテリトリーノシハイシャデアルホッポウ……」

 

「いや、普通に喋れるならそれで、そんな風味でお願いします」

 

 

 そんな他に例え様がない形状の建物の中、壁面が全て書物に囲まれた部屋の中心では、髭眼帯(武士)に馬乗りになってキラキラする幼女と、それを怪訝な表情で見るムチムチくちくかんと、結局白熊と出会えなかった為に意気消沈した狩人時雨というのが彼女との初邂逅という、何とも締まらない絵面(えづら)がそこにあった。

 

 

 そんなカオスな出会いから暫く、色々満足したのか北方棲姫はわざとらしく咳払いをした後吉野(髷)の対面に腰掛け、未だ怪訝な表情で立ち尽くす駆逐艦二人に席を勧め、テーブルの上に置いてあったサーモマグをズズイと前に出し、ついでに紙コップも人数分並べ始めた。

 

 

「これコーヒー、こっちが紅茶、好きなの飲んでよ、ウチはお茶セルフになってるから」

 

「あ……ああうん、頂きます」

 

「何この所帯染みたおもてなし」

 

「って言うか、留守番してる子供にお茶どうぞって勧められてる感じがしなくもないね……」

 

 

 其々は勧められるまま紙コップに飲み物を注ぎ、シュガーやミルクをINしてグルグルし始めた。

 

 そこは極北の地であり、そして対するは人類史上最も恐れられたと言われても良い北方棲姫の棲み家である。

 

 当初はどんな危険が待ち受けているかと警戒心をMAXに抱きつつ招きに応じた面々だったが、まさかそこでお留守番幼女にお茶どうぞ的なもてなしを受けるという予想外の出来事に、少し抜けた空気が漂う場があった。

 

 

「て言うかコーヒー紅茶というチョイスが既に色々アレだと言うか、流石に日本茶的な物は無いのね」

 

「日本茶? あーあれ苦いじゃない、あんなの好んで飲むヤツの気が知れない」

 

「おこちゃまかっ!」

 

「えーっと、先ずは色々ありますが自己紹介から」

 

「自己紹介? いらないでしょ? そっちもこっちも互いの事知ってるんだから、そんな非生産的な事はしなくていいっていうか、正直メンドイ」

 

 

 紅茶の入った紙コップに角砂糖5つ、ミルクたっぷりのおこちゃまティーをズズズと啜り、手をフリフリして面倒とのたまう幼女にハハハと乾いた笑いしか出せない髭眼帯(武士)は、同じくコーヒーをズズズと啜りつつも予想外のノリにどうした物かと思考を巡らせる。

 

 視界一杯に入るのはお世辞にも人を迎える体の部屋では無く、壁一面に配された本が最早壁の部材なのではという有様は生活空間とも呼べない見た目で、見える背表紙に記される文字も統一感皆無であり雑多、整理もされていないそれらはうず高く積み上げられている有様である。

 

 そんな整理もされておらず、保管方法もおざなりな様は彼女の性格がどういった物なのかと言うのをありありと感じさせ、見た目が幼女というギャップも相まって、それは緊張を以って対峙した吉野達の出鼻を挫くには充分な出会いになっていた。

 

 

「本当なら茶菓子の一つもって思うんだけど、私じゃどこに何があるのか判らないし、ヘタに触ったら怒られるから」

 

「怒られるぅ? 誰にぃ?」

 

「んっと、今外でオニーサンが連れて来た艦娘を相手してる子」

 

「あー彼女(港湾棲姫)に……」

 

「て言うかいいの? 確かにこっちは話し合いに来たつもりでいるけど、それでも初対面の、しかも敵である一団を前に護衛を付けなくても」

 

「……何? オネーサンって殴り合わないと友情を育めない系の面倒な人?」

 

「くっ、そんな訳ないでしょっ!」

 

 

 肘をテーブルに付き、鼻で笑う幼女にからかわれた叢雲は明らかに敵意の篭った視線を向け睨みつける。

 

 その視線を流す様にあまぁいティーを一口含み、この幼女然とした深海棲艦上位個体はこの日初めてになるだろう、真面目な相で叢雲の視線を受ける。

 

 

「幾ら番人と言ってももう貴女に私と戦う力は残ってないでしょ? そこの駆逐艦もそれなりだと思うけど、オニーサンを庇いつつこんな閉所で戦う事なんか無理って理解してるよね?」

 

 

 そして本の隙間から僅かに見える窓から外を伺い、テーブルに乗せた手に顎を乗せ、何か思う処があるのだろうか静かに溜息を吐いた。

 

 

「それにあの子にはこっちより先に片付けないといけない事があるから、おもてなしは暫く私ので我慢してよ」

 

 

 そう言った言葉は少し小さく、まるで独り言の様なそれは、誰に聞かせるでもない程に小さく曖昧な呟きだった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 髭眼帯一団が中へと消えた建造物の前、雪が静かに舞うそこではスプーから降りて待つ長門と、港湾棲姫が其々を前に据えて立っていた。

 

 スプーの運転席からその様子を見る不知火からはまるでそれが睨み合っている様な物に見え、既に小一時間も経つのに言葉すらない双方が微動だにしない状態であった為に自然とその様子から目が離せないでいる。

 

 

 吹雪とは言わない迄も降りしきる雪は二人の頭や肩に白い雪を積もらせ、気温は0℃という極寒の世界であるにもにも関わらず互いをじっと見詰めたまま。

 

 

 そんないつ終わるのかと不知火が固唾を呑んで見守る睨み合いを、先に崩したのは黒髪の長門型一番艦であった。

 

 無言のまま懐に手を入れ、そこから取り出した物を港湾棲姫の前にかざした。

 

 

「ここに来る前に全てに納得し、そして全てを捨てたと思っていた」

 

 

 その手にあるのは鈍く金色に輝く一枚の硬貨然とした物。

 

 

「だがそれでも想いはまだ中途半端だったらしい……」

 

 

 それは飾りが全て千切れ、金属の部分だけが残った勲章だった。

 

 

「あの日北の海で戦い、私だけが生き残った日から今まで、色々あったが……漸く往く道を定め、此処まで来たと、そう思っていた」

 

「……それで、実際此処に来たのはいいけど、やっぱり仇を前にして気が変ったと?」

 

 

 その勲章は大本営第一艦隊が抜錨し、南海で奮闘した際賜った嘗ての栄光と思い出が形になった物だった。

 

 

「仇……ふむ、確かに今その中で我が主と対しているのは、私にとっては嘗ての仇敵だったと言える存在だろうな」

 

「なら、どうするの? もしそうしたいと言うなら私は止めないけど」

 

 

 その過去と思い出が詰まった、長門に残ったたった一つのそれ(過去)を握り締め、震える拳からはメシメシとそれが潰れていく音が二人の間に聞こえる。

 

 

「今更そんな事をして何になる、私はそれら全てを捨てて今此処に居る、そして……」

 

 

 完全に握り切ったそれを横に振り払い、クシャクシャになった勲章は長門の手で白銀の世界へと消えていった。

 

 

「何故今なんだなんて言わない、どうしてと聞こうなんて思わない、だが……お前に会って沸いてくるこの気持ちはこれからの私にとって邪魔になる、だから……ここまで捨てきれて無かった最後の欠片を私は捨てた、お前の目の前で……捨てたぞ、捨てたんだ……陸奥!」

 

 

 戦場でしか吠えた事のない長門型一番艦が吠え、投げ捨てた勲章を掴んでた拳を再び握り、その拳を港湾棲姫の胸元へ突き出した。

 

 その様を見る大柄で、景色に溶け込むかの如き白い深海棲艦は困った様な、それでいて諦めも混じった複雑な色を滲ませて、目の前で吠える艦娘をじっと見詰めていた。

 

 

「……何にでもケジメを付けたがるって面倒な性格は……相変わらずね、姉さん」

 

「そうしないと前に進めない程……色々があったんだ、妹よ」

 

 

 力を込めた拳は震えたまま、睨む相貌はそのままに。

 

 

「私はお前の事もアイツラの事も捨てて今ここに居る、それに何か文句があるか」

 

「……無いわ、そんな足踏みしなんかして、ウジウジしてるなんて……長門らしくないもの」

 

 

 北方棲姫と戦い、北の海に沈んだ嘗ての大本営第一艦隊、その艦隊で副官をしていた長門型二番艦。

 

 彼女が沈んでからは何故か大本営では一度も建造出来ず、呪いとまで言われた存在は沈んだ後港湾棲姫として黄泉還り、嘗て己を沈めた張本人である北方棲姫と共に極北の地に存在していた。

 

 

 ここに訪れた一団を見た時、第二次改装を受けた為大きく見た目が変わった長門を見て、それでも昔と変らないと懐かしさに言葉を失った妹。

 

 そして変わり果てた姿を見ても尚、それが己の妹だと気付いた姉。

 

 

 そんな本来絡む筈が無い縁は、吉野が起こした行動によって極北という場所で再び絡み合う事になった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……え、あの港湾棲姫さんって長門君の妹さんなんですか!?」

 

「うん、以前戦ったあと引き上げる時にね、まだそこにあの子が漂ってたんだけど、死体が分解され始めてて、変質しちゃう兆候が見られたから持って帰ったのよ」

 

「変質?」

 

「そう、本来艦娘の死体って腐る事は無いけど、徐々に時間を掛けて分解されてくっていうのは知ってる?」

 

「ええ……まぁそれは」

 

「でも深海棲艦として還る個体ってね、必ずじゃないけど……変質する時には急速に死体が分解してく事が多いのよね」

 

 

 北方棲姫が言う現象は人類が知らない事実の一つであった。

 

 その現象は主に沈んだ直後、深海棲艦の影響の濃い海で、更に何かしらの触媒を通して海の想念を取り込み、艦娘は深海棲艦として黄泉還るのだという。

 

 

 陸奥の場合は長門が握り捨てた物と同じ想いが篭った勲章、そして時雨が嘗て沈んだ時はゴーヤの刀がその触媒として作用した。

 

 それは誰もがそうなるべき可能性を含んでいたが、共通しているのは、その触媒に込められ続けた想いの深さと、吸い上げた想念の質が左右する。

 

 

 時雨は沈んだ海域に眠っていた二次大戦の英霊達と南海で消えた艦娘達の、そして陸奥は共に沈んだ僚艦達の想い()を吸って。

 

 そうして深海棲艦として黄泉還ってきた。

 

 

「……オカルト的要素が満載ですねそれ」

 

「でも実際それは現象として存在してる、結局ニンゲンって自分達で理解の及ばない現象や考えの及ばない事って全部オカルトで一括りにして考えを放棄しちゃうから」

 

「確かに、艦娘さん達や深海棲艦の事も実際核心部分は何も判ってないですし……」

 

「人知が及ぶ物よりも謎って言われてる事の方がこの世には多いのよ? なんせこんな世界(・・・・・)にした"(張本人)"ですら存在してるんだから」

 

「……神?」

 

私達(深海棲艦)を創り、艦娘なんて存在をニンゲンへ託し……そんな色々を作ったヤツは確実に居る、それはあんた達ニンゲンが崇拝する全知全能な存在なんかじゃ無いけど、生命体を一から創る事が出来る存在、私はずっとその影を追ってきた」

 

 

 吉野は北方棲姫の言葉に、以前天草ハカセが言った事を思い出す。

 

 叢雲が覚悟を決め、五月雨が介錯したあの時、司令部施設で彼女が忌々しげに語った呟きの如くの言葉。

 

 

「艦娘や深海棲艦……それは自然発生した生物では無い、この一連の関係性の裏には、『必ず誰かの意思がこのシステムに介在する』」

 

 

 その言葉に幼女棲姫は強い反応を示し、口角を不自然に吊り上げた。

 

 

「その言葉は……オニーサン自身の考え?」

 

「いえ、今ウチで研究している方が以前言ってた言葉なんですが」

 

「システム……そう、それ、何から何まで順序だてて、全部が終わらないギリギリのタイミングでいつもリカバリがされて、結局ニンゲンと艦娘、そして私達(深海棲艦)が同居しているこんな世界、そっかぁ、ニンゲンの中にもそう思ってる人が居るんだね」

 

 

 楽しげにテーブルに手を付いて、対面に居る髭眼帯の顔をニヤリとしつつ一撫でするその様は、幼女然としたこの小さい存在が、中身と外観が一致しないアンバランスな存在なのだと周りに印象付ける。

 

 

「ニンゲンを"憎い"という感情だけで駆り立て、殺し尽くす為に生み出して、それに対して"人を守る"っていう感情で自分を鑑みない存在をニンゲンに与える、そんな全てが掌の上で弄ばれてるって気付いた時、私はニンゲンが憎いって感情よりも、そんな事を私達に強いたヤツの目的を知りたいって感情の方が勝った、それからあっちこっちに散らばる欠片を追い求め、テリトリーに引き篭もって枝葉を広げながらずっとずっとその影を追ってきた、そのお陰で私はこの地球上で最も真理に近付いた存在になったと自負はするけど、まだ足りない、だって……」

 

 

 そのまま座る事はせず、立ったまま一度テーブルに着く者達をゆっくり見渡し、北方棲姫と呼ばれた小さい者は、歓喜に染まった顔を隠そうともせず、無い胸を張って言葉を〆た。

 

 

「深海棲艦の事だけ調べても足りないでしょ? でも今日は艦娘の元になった個体(叢雲)、深海棲艦でも艦娘でも無い個体(時雨)、そして人と艦娘と深海棲艦の混ぜ物(吉野)、いろーんな可能性の結果がここに揃ったってワケ、これで色々と捗っちゃうんじゃないかって嬉しくて嬉しくて」

 

 

 こうして自称『地球上で最も真理に近付いた存在』は、言葉も無く視線を向ける三人に対し不敵な笑みを向けるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「んで、結局全員してお茶してる訳なんだけど、こんな風になるならもっと艦隊員を連れてくれば良かったわね、そうすればもっとすんなりとベーリング海峡も抜けれた筈だし」

 

「ちょっとカンベンしてくんない? これ以上人が入ったらギッチギチのすし詰め状態でおちおち話も出来ないから」

 

 

 北方棲姫が大風呂敷を広げて暫く、外で港湾棲姫と対峙していた長門と、スプーで待機していた不知火も屋内に招かれ現在はテーブルに着いて出された紅茶を啜っていた。

 

 それは紙コップでは無くちゃんとした陶器製のカップで、しかし其々形の違う不揃いな物で茶をするというテーブル。

 

 そんな脇では港湾棲姫があらあらと言いつつ茶菓子を配り、当初髭眼帯(髷)達が見たお留守番然とした雰囲気はお茶会的な物になっていた。

 

 

「……それで、さっきの話の続きなんですが」

 

「その前にちょっといい? 私は貴方達に色々聞いたり調べたりするのが目的だから別に構わないんだけど、オニーサンの目的とか判んないから今一どう話を進めればいいのか悩んじゃうのよね」

 

「え? えっと……自分達がここに来た事の目的はご存知無いので?」

 

「確かに情報伝達で何処の誰が何したって『終わった事実』は知る事が可能だけど、何もしてない事とか、これからやろうとしてる事なんて本人に聞いてみないと判る訳無いじゃない」

 

「あーそうなんです? もっとこう色々と知られてると思ってたんですが……要するに北方棲姫さんは話をする前に互いの目的の摺り合わせをして、話の効率化を図ろうと?」

 

「そね、まぁそんな感じ、で? オニーサンは何の目的でこんな世界の果てに来たの?」

 

 

 実際吉野がここに来たのは海湊(泊地棲姫)に勧められたというのが理由ではあったが、その裏には海湊(泊地棲姫)には吉野が目指す目的を全て話した上で、その返答が『先ず北極へ行って北方棲姫と会え』という物であった為、そこには何かしらの意味が必ずあるのだという、『答えは無いがはっきりとした動機が存在する』という理由で日本から北極へと遥々海を渡ってきたのである。

 

 そうして対した北方棲姫との邂逅は、互いの目的を話して其々に求める物を認識するという、極々当たり前の段階から始まる会談が開始される事になった。

 

 

 北方棲姫は今の世界に当然の如く居て、それでも多くが謎とされている深海棲艦や艦娘という存在とは何かという事を知りたくて。

 

 そして吉野は人と艦娘、そして深海棲艦という『不完全な三(すく)み』という世界を完全な形にしたいが為に。

 

 そんなこれからやろうとしている事や目的を、自身の想いを排した客観的な情報という形で其々は口にする。

 

 そんな摺り合わせの最中、髭眼帯の話を当初は興味深げに、それこそ笑顔でその話を聞いていた北方棲姫であったが、吉野の目的が太平洋攻めにあるのと、そしてそこから『元艦娘であった上位個体の鹵獲』という部分に触れた辺りから、彼女は徐々に眉を顰め首を捻る仕草を見せた。

 

 

「ねぇオニーサン、その鹵獲とか色々はいいんだけど、どれだけの数がその計画には必要になるの?」

 

「取り敢えずは現状人類が掌握している航路をカバーする分、試算では最低40体程は……」

 

「……正気?」

 

 

 その溜息にも似た呟きに場の者は、いや吉野以外の者の視線は集中する。

 

 それは計画の達成率に対して言った物なのか、それとも深海棲艦という立場からの好ましく無いという感情から出た物なのか。

 

 そんな憶測を含む周りの視線を無視し、北方棲姫はただ吉野のみを視界に入れ、表情を歪ませたまま質問を続ける。

 

 

「それってどれだけの時間を掛けてやるつもりなの?」

 

「さて……何年掛かるんでしょうねぇ?」

 

「何年掛かるのかって……それってさ、後一年程しか生きられない者が言う言葉じゃないよね?」

 

 

 北方棲姫の言葉に場は固まった。

 

 

 ──────あと一年程しか生きられない

 

 

 そんな言葉に理解が追い付かず、ただ唖然とその言葉を心の中で繰り返す者達。

 

「あー……それだけしか時間無いんですか、うーん……少なくとも後二~三年は持つと思ってたんですけど」

 

「ん~どうなんだろ、今でも随分と無理しちゃってるんでしょ? 自覚症状が出たならもうその部分は死に始めてるって事だから、二年なんて持たないと思うけど」

 

 

 そんな凍った空気の中、当の髭眼帯だけは苦い表情で頭をボリボリと搔き、まるで世間話をする様な軽さで北方棲姫と自分の余命に付いての話を口にしていた。

 

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

「あ、うん? ってちょっと叢雲君提督の襟首掴むのヤメテ、痛いから」

 

「今のどういう事!? 一年しか生きられないって誰の事を言ってるのよっ!」

 

 

 むちむちくちくかんの言葉に苦い表情のままの髭眼帯は己を指差し、そして北方棲姫も同時に髭眼帯の事を指差した。

 

 

「は……はぁ? 何言ってんの? 一年? 一年でアンタが……え? ちょっと何言ってんの……」

 

「あーちょっとねぇ、今受けてる治療でもいよいよ限界が来たみたいでね、うん、もう少し時間あると思ってたからまだ内緒にしてたんだけど、うん」

 

「待て提督よ……それでは何か? 貴方は自分の余命を知っていたにも関わらず、こんな大事を進めたと言うのか」

 

 

 目を細め静かに、しかし明らかに怒りを込めた視線のまま長門が言う言葉は、それでも思う処があったのか、震えた物になっていた。

 

 そんな叢雲に詰め寄られ、艦隊総旗艦に睨まれた髭眼帯は大きく溜息を吐き、そして首を締め上げる手を軽くタップする。

 

 

 作戦に必要だと思って極北に来た筈が、これからと言う時にそれを主導する指揮官の残された時間という、正に寝耳に水とも言うべき話を聞き、その言葉の意味する物を理解した辺りで其々は様々な反応を見せた。

 

 叢雲は詰め寄り、長門は怒りの感情を向け、不知火は唖然として動かない、そしてこの中で一番付き合いが長い時雨は深く深呼吸しつつもじっと吉野の姿を見ていたが、冷静に何かを思い出し、そこから拾った言葉を静かに口から漏らし始めた。

 

 

「『自分が死ぬまでの間に残された時間はそれをするのに足りなさ過ぎる』」

 

 

 そんな時雨の言葉に場の者の視線が集中する。

 

 

「『次の誰かが君達と共に在る為に』……もう時間が無いって知ってたから提督はあんな事を言ったんだね」

 

 

 いつかこの太平洋攻めを決め、それを鎮守府の者達に話した時。

 

 榛名や妙高が憤慨し、自分達の心を理解していないと涙したあの時。

 

 確かに言った、次の誰かが(・・・・・)と言うあの言葉は、どうあっても死が回避不可だと判明した為早々に方針転換をし、そして備える覚悟を決めたが為に出た言葉だった。

 

 そしてまだギリギリを足掻いていた電はその言葉に怒りを覚え、何も知らない周りの者は自分達との縁を理解していないと憤慨した。

 

 

 そんな色々な裏側にあったのは、派閥という一番自分が嫌っていた手段で足場を固め、太平洋付近を海湊(泊地棲姫)と通じて強引に形を整え、オーストラリアとの筋を軍部を飛び越え経済界と結託して結ぶ。

 

 

 そうすれば少なくとも吉野が居なくなっても取り敢えず、自分についてきた者達がこの先問題なく進んでいける、派閥に居る者達がその形のまま生き残れる。

 

 軍を割ってでも、大隅の反目に回ってでも輪島達と通じた理由は全て『自分が居なくなった後に備えた物』だった。

 

 

 電の予想では最低三年、上手くいけば五年の時間はある筈だった。

 

 それを踏まえ着々と既成事実と状況を作り上げ、その間に朔夜(防空棲姫)を説得して筋道が出来るまでに現状を維持して貰う。

 

 

 それが髭眼帯が計画していた、これから己に残された時間の内にすべき行動の全てだった。

 

 

「酷いよ提督、それなら先に言っといてくれないとさ……僕はいいけど、皆は納得なんて出来ないと思うよ」

 

 

 まるで他人事の様に言う時雨の言葉は、吉野が死ねば共に往く(・・・・)と既に決めてあるから故の言葉であり、そんな覚悟は決めていたが、いざそれが不可避の物と聞けば、やはりカップを持つ手が震える程には動揺し、無理を押し殺して口にする程には切羽詰った言葉であった。

 

 

「それが後一年であろうが五年であろうが、今の作戦は全て提督……貴方が居なくなった時の事を含めての計画だったのか」

 

「あー……うん、例えば太平洋を攻めるだけならウチとクェゼリンだけでもいけただろうし、オーストラリアと経済界を結び付けるなんて面倒しなくてもさ、大隅さんの協力さえあれば充分計画の実行は可能だったんだよ」

 

「では舞鶴と手を組み派閥を割ったのも、無理矢理経済的な後ろ盾を得ようとしたのも……」

 

「作戦を続けていくには将官という存在は必要になるし、派閥を維持して自由に動こうとすれば大坂鎮守府のみの経済活動では足りない、だから自分が居なくてもそれが回る様に……」

 

 

 そこまで言葉を言った体はソファーに叩き付けられる。

 

 叢雲がそうやって乱暴に手を離し、睨む様に見る目は怒りに染まっていた。

 

 

「この作戦は確かに艦娘が人と一緒に居る為には必要な手段だったのかも知れない、でもね……誰がアンタにそうしてくれって頼んだのよ」

 

 

 噛み締める歯からはギリギリと音が響き、そこから洩れ出る言葉は搾り出す様に震えていた。

 

 

「この作戦も、何もかも……アンタがやるって言ったから、アンタが望んだから皆はついてきたの」

 

 

 ボロボロと流れる涙も隠そうともせずに、叢雲は言葉を続けた。

 

 

「私達の未来なんて心配する必要なんて無かったわ、私達はただ司令官(・・・)が望むから戦ってきたの、それを後の為って……そんなの、大きなお世話よ!」

 

「ねぇオネーサン、ちょっとあんまり暴れられると困るんだけど、ここってソファーとか家具壊されたりしたら代わりとか手に入れるの大変なのよ?」

 

「煩い……外野は黙れ!」

 

「うわぁこわっ、て言うかその手の内輪揉めは他でやってよ、もぅ……て言うか、問題はあれ? そこのオニーサンの寿命が云々って事でいいの?」

 

 

 叢雲に睨まれ首を竦める仕草をする北方棲姫は、やれやれと呟きながら今も絶賛続行中の内輪揉めを見つつ溜息を吐いた。

 

 

「ちょっと色々と問題はあるけど、その辺りの事は何とかなると言えばどう?」

 

「……は?」

 

「色々とね、ちゃんと聞かないとどれだけ出来るかも判らないんだけど、たーぶーん、何とかなるかなぁって」

 

 

 幼女の言葉に怪訝な表情で返すむちむちくちくかんと、その言葉にキョトンとする面々とソファーで折檻を喰らってる髭眼帯(髷)。

 

 

 そんなこの極北の地で吉野と幼女が出会った事を基点として進む未来は、関わった人と艦娘と、そして深海棲艦をも巻き込んだ長い長い歴史の始まりになると言う事を、この時まだ誰も知らない。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。
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