普通に生き、普通に行動する、それは極当たり前の日常には違いない。
しかしそれの終わりが見えたら、それが不可避となったなら。
そうして延々と続いてきた日常が、その瞬間から特別な物へと認識は変化するだろう。
物事に普通等という物は存在しない、それは幸運と特別が延々と積み重なってきた物だと、終わりを垣間見た瞬間からでしか認識できない物なのだと気付いてしまうのである。
それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。
2017/08/09
誤字脱字修正反映致しました。
ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。
「オニーサンに聞いた情報から立てた予想が当たってたから、これからそれに対する施術をしてみようと思うんだけど」
北極点に建つ謎の建造物地下一階。
ご丁寧にも壁面が石造りになったそこは、一階の書庫然とした雰囲気とはガラリと違った趣となっており、あちらこちらに新旧入り乱れた医療器具やら薬品やらが雑多に置かれた棚に囲まれ、また中央には
髭眼帯の件ですったもんだがあった後だが、あれからホッポちゃんがボソリと提案した話に全員が食い付き、結局はその話を進める為には吉野自身の現状と、それまでに至った経緯という物を話せねばならず、取り敢えずの質疑応答から簡単な検査までを終わらせる為に約半日という時間を要し、その結果を伴っての幼女棲姫の言葉が冒頭の物となっている。
「えーっと、施術と言うか、その辺りをいきなり今からって……何をするんです?」
ものっそ不安な髭眼帯(武士)はやや目を泳がせて周りの有様を眺めている。
整理も碌にされておらず、医療行為を行うにしては不衛生かつ怪し過ぎるそんな地下室。
ピチョンピチョンと雫の音がどこからともなく聞こえるそこは、壁が石造りで薄暗いというある意味お約束的な雰囲気も部屋も相まって、嫌でもB級ホラー映画染みたマッドサイエンティストの秘密の研究室っぽいナニカを彷彿させる。
「んと、先ず施術の内容とかそこから至る結果を言う前に、今オニーサンはどうなってて、それをこれからどうするって事を理解して貰わないといけないと思うんだけど」
「ああそれは確かに、寧ろその辺りをしっかりガッツリ説明して頂けると助かります」
白衣を着て古風な聴診器を首に掛けた幼女を前に、武士然とした髭がカクカクと首を上下させている。
まるで子供のお医者様ごっこに武士が付き合うという珍妙な
付き添いの者達はその様を黙って聞きつつも、髭眼帯(武士)と同じイメージを持っているのだろう、幼女の怪しい格好も相まって、其々は微妙な表情のまま二人の会話に耳を傾けていた。
「先ずオニーサンの体は元々機能不全を起こした部分を艦娘の体組織、及び器官を移植する事で延命する状態になっているのよね」
「ですねぇ……」
「で、人とは作りが違う艦娘の組織を結合させる為に、深海棲艦の組織体を利用して移植を完成させているとか」
「らしいですね」
「このメカニズムはどういう理論を基にしてなされてるってのは知ってる?」
「……あー、実はそれ程詳しくないと言うか、専門的な知識を要する部分は何となくとしか理解してないですね」
「うんうん、じゃあ基本からザックリと説明が必要な訳ね? じゃムツ、例の物を」
名を呼ばれて部屋の奥からホワイトボードをカラカラと押してくる
そんな深海的コントでも始まりそうな雰囲気を怪訝な表情で見る吉野は思った。
何で幼女棲姫の頭には歯医者さんが装着している反射鏡が装備されているのか、もしかして施術とは歯科的な何かをするのだろうか、寧ろ何故
そんな不安一杯の髷を置いてきぼりにして幼女棲姫はホワイトボードに何やら図っぽい物をカキカキしていた。
「先ずDNAという物から話をしてくんだけど、この形にオニーサン見覚えは?」
幼女がペシペシするボードには、二本の線をX状にクロスして、その間に横を繋ぐかの如き線が幾つも書かれた、所謂二重螺旋と称される極ありふれた形状のDNAの図が描かれていた。
「あーそれって良く見るDNAの図ってヤツです?」
「そね、正式名称は"デオキシリボ核酸"、deoxyribo nucleic acidの頭文字を並べてDNA、主に五炭糖とリン酸、塩基で構成される核酸で、色々省いてザックリ言うと生物の細胞構成や生態的特長、そして生物毎の基礎情報が詰まった物質と言われてる物ね」
「生命の設計図とか言われてるアレですね」
「ノンノン、生命に設計図なんて無いわ、生物は生長し進化するものよ、DNAは基礎情報を有してはいても、生物が成長して活動する為に必要な情報はあくまで活動過程で発生、変化していく物だから、DNAはその生命体の基礎情報のみが詰まった物質と理解するべきね」
「あーそうなんですか……」
「で、このDNAなんだけど、人に限ればこの螺旋の両端は互いに結合しておらず独立状態で、全体的な見た目は捻ったX状をしているんだけど、艦娘と
ホワイトボードに新たに掛かれたそれは、二重の螺旋が絡み合った状態は人のそれと酷似しつつも、その両端は繋がった形で描かれていた。
それは人のDNAが梯子を捻ったかの様な形状をしているのに対し、深海棲艦と艦娘のDNAとして書かれている物は輪を捻り、その間を横の線で繋げた形状の物として描かれている。
「この人のDNAの末端、繋がってない部分はテロメアという物で構成され、染色体の末端部分を保護する働きを持っている……と同時にこの物質が人の寿命に大きく関わっているのよ」
「……えっと?」
「そんなに難しく考えなくてもいいんだけどなぁ、……えーっとそうね、乱暴な言い方をするとこのテロメアの存在=寿命という現象に直結しているという部分だけ理解してくれればいいわ、OK?」
「あ、はい判りました」
「でと、基本的に人は細胞の循環、所謂代謝を繰り返しながら生きてる訳だけど、その細胞が入れ替わる回数は生物によって決まっているの、そしてその回数が進む内に後から生み出される細胞は劣化、つまり老化が進行していく訳、そしてその回数の限界を迎えると寿命が尽きた事になり、死を迎えるというのが生体のメカニズムな訳ね、でと、さっき言ったテロメアもその細胞に含まれている訳なんだけど、若い細胞と老化が進んだ細胞とでは、同じ個体から抽出したテロメアであるにも関わらず長さが違うという現象が確認出来る、つまりテロメアの長さがその生物の寿命を推し量る情報となる訳」
「なる程……病気や怪我という外因的な物は排除し、寿命と言う生物の絶対的な生存期間という物はそのDNAを調べれば凡そ判明すると」
「絶対って訳じゃないけど、概ねそんな感じと思ってくれて構わないかな、んじゃとりあえずDNAはここらで一端置いといて、次」
矢次ぎ早に諸々の説明を終えた幼女棲姫はホワイトボードに新たな絵を描き始める。
それは恐らく人と思われる形状の何かと、周りにも意味不明の何かが書かれている。
何故思われるだの、何かだのというふんわりとした表現でそれらを呼称しているのかと言うと、色々と壊滅的である為だからである。
主に見た目が。
そんな抽象画という単語が口を付いて出そうな気持ちを抑える髭眼帯の前では、そんな絵を描き終えて額に装備している反射鏡をクイクイしつつ、盛大なドヤ顔と無い胸を張りつつ北方棲姫が講義の続きに取り掛かる。
「オニーサンの体は生命維持に必要な部分の幾らかを艦娘の物に置き換え、そして人と艦娘の細胞がマッチングしない問題を、強引に深海棲艦の体組織で繋ぐ形で施術されてる感じなのかな」
「ですねぇ」
「これは私達深海棲艦の細胞が人に対してある程度同化する事が出来、更には艦娘の細胞とも融和しつつ、侵食を留める働きがあるからそれを利用したんだと思うよ?」
「侵食? 艦娘の細胞が人の細胞を侵食するんですか?」
「そそ、その辺りを説明するのに言っておくと、先ずニンゲンが存在し、次に
ホワイトボードに書くそれは『人→深海棲艦→艦娘』という文字。
それは北方棲姫が長年に渡り情報を収集し、バラバラにあるそれらを繋ぎ合わせていった末に辿り着いた答えなのだという。
誰かが人類に対し脅威となる天敵として深海棲艦という存在を生み出した、それは意図した様に人の世界を海から締め出し、そして抗う事が出来ない絶対的な敵として君臨するに至る。
しかしそれは人類の絶滅を目的とした物では無く、あくまでも生命の頂点として一人勝ちしていた人類をその座から蹴落とし、地球での絶対的支配者で無くすのが目的では無いかと彼女は言う。
縄張りに固執する生態であるにも関わらず、陸という場に対しては興味を示さない、寧ろ避ける傾向にある精神構造、そして基本的に生まれた海域からは移動しないという性質、それは最低限人類を生かす為の線引きをインプリントされているかの如く、
更にそれらが猛威を奮い始め人類の数が激減し始めた辺りで艦娘という存在が現れ、徐々にその侵攻が緩やかな物となっていく。
そしてそのまま行けば攻勢が逆転し、再び人類の世界が戻るかどうかと予想され始めた時点で、何故か艦娘の数が頭打ちとなり戦線が膠着、結果的に今は深海棲艦と人類の間には生存圏としての大きな変化は無く、不都合ながらも住み分けという形で地球に存在するに至っている。
加えて深海棲艦側には艦娘を含めた人類を駆逐する力はあるというのに、何故か相手が陸上に引き篭もっているなら攻めようという考えには至らないという不思議な考えが蔓延しているらしく、いつでも殺し尽せるという精神的余裕が更にその住み分けを確実な物にさせているのだという。
人が憎いという感情は我慢出来ない程に強い物である筈なのに、同時に海に出なければ放置して良いという相反した感情は不条理かつ不自然な考えであり、それでも本能に焼き付けられたかの様に刻まれたその生態は、己の内にあるそんな二面性を持つ精神構造がおかしいという事にすら気付かせないという形で今も海を漂っているのだという。
「人類の仇敵として出現した私達は傷を負っても自己治癒で事足りる、燃料や弾薬も補給は出来るけど、栄養を摂取していれば時間は掛かるけど体内で生成されていく、そんな"個"で完結した生き物、それは恐らく人類を元に、あるいは基準としてその上位互換として作られた生物なんじゃないかって思うのよね」
「……深海棲艦が人類の上位互換ですかぁ、では艦娘はどうなんです」
「そっちは明らかに
北方棲姫はホワイトボードに書かれた『人→深海棲艦→艦娘』という部分を再びペシペシと叩き、歪んだ笑いを口元に湛えつつ、己の仮説の答えを口にし始める。
「深海棲艦は人類を元にし、それを攻撃的に進化させた形で生み出された、でもその深海棲艦に対する艦娘は数に劣る戦力を補う為に、より強力で損耗した部分を外的要因……修理や補給という形で補う為の頑強な体を備える必要があったから、無機物……要するに兵器としての特徴を帯びた生態として作り出された、それはニンゲン、
敵か味方か、そんな区切りで言えば人類と艦娘は近しい存在と言えるが、生態的な関係で言えば己達は深海棲艦よりも人から遠い存在と言われ、その場に居た者達は言葉を失ったまま北方棲姫の言葉を聞くしかなかった。
反論はしたいという気持ちが大きくはあったが、実際の処それらの事実は突きつけられて初めて意識する、しかし認知していた事実であった為に喉まで出掛かっている言葉は口から出る事は無く、胸の内でグルグルとない交ぜになって表情を曇らせていく
「出現時期と生態的特長、その辺りを聞けば確かにその仮説には説得力がありそうですが、逆に言えばそれはこじつけと感じる気もしなくは無いですね」
「でもそうでないと説明が付かない部分があるのよね」
「……例えばどの辺りがそう言い切る理由になるんです?」
「深海棲艦と呼ばれる私達も、艦娘と呼ばれる存在も、構成する細胞はニンゲンとは違う物になっているけど、人型に限って言えば器官の造りと位置それらは全て人間と同じ、更には子供も作れないのに子宮まで備えてるわ」
「……確かにそれは聞いた事はありますが」
「にも関わらず排卵機能が備わっていない、それ以前に
言われてみれば不自然極まりない誕生の経緯、何かが進化した訳では無く、人知が及ばない生態を持ちつつ突然出現した者達。
それらを一番違和感無く、それでいて理解の及ぶ範囲で結論付けるなら、『誰かがそれらを作り出した』という物に辿り着く。
そこまで言って北方棲姫は一端言葉を区切り、何かを考える素振りを見せるが、結局次に出た言葉は『続きはまだ研究中』という物であり、この壮大で、尚且つ謎多い話題は一端棚上げする事にし、話は当初の筋に戻す事になった。
「それで……結局、その生態を利用して提督の体は維持されてるって事でいいんだよね?」
「そね、それで今オニーサンが服用してるって薬なんだけど……これって主要成分が深海棲艦の組織由来の物で構成されてるのは知ってた?」
「それは知ってます、何でも体内の深海棲艦の生体部分が劣化していくから、それの維持をする為に経口して補給する必要があるんだとか」
「それ、対処的には間違ってないんだけど、根本的な部分が間違ってるからオニーサンの体が段々死んでっちゃうのよね」
「根本的な部分の間違い? それってどういった物なんです?」
「先ずオニーサンの体には艦娘の生体組織と器官が移植されている」
「そうですね」
「で、その処置を受けたのが凡そ25年前」
「ですねぇ」
「じゃぁ聞くけど、その時居たって艦娘ってさ、本当に艦娘って呼べる存在だったの?」
「……えっと? 仰ってる意味が今一判らないんですが」
「今オニーサンが言う艦娘って建造とか海で邂逅した存在な訳よね? でもオニーサンがそんな体になった頃って、そんな存在居なかったでしょ?」
「……あぁ、確かにその頃は彼女達最初の五人しか……ってまさか」
「そね、今やってる治療は
「じゃ、僕のして貰ってる治療も何か問題があるのかな」
「お下げちゃんは深海化してる上に元々艦娘さんだから、割合的な調整を適切にすれば大丈夫なんじゃないかな、多分治療的な面で言えば正解だと思うよ?」
「そうなんだ、じゃ提督の場合はどうするの?」
「色々手は考えられるけど、今は緊急的な状態って事で手段が限定されるって言うか、ちょっとした荒療治が必要になっちゃうかなぁ」
「荒療治……」
「単純にさ、今ある体内の深海棲艦の部分をより強力な物に置き換える、メリットとしては番人の生態部分から受ける浸食を過不足無く受け止められると思うから、体に掛かる負担も少なくなって今服用してるお薬の量も激減する、だから結果的に体の負担は軽くなるんじゃないかって思うんだけど」
「それでデメリットなんかは?」
「深海棲艦の部分が強くなる為に人の部分がある程度そっちに侵食される事かな、容姿がこっちに近くなっちゃうとか、処置の調整を間違うと番人の細胞と深海棲艦の細胞の力関係が逆転しちゃうから、今度は弱くなった方の細胞移植をしなくちゃならないんだけど、そうなっちゃうと人の部分が持たないかも知れないから……これからする処置は慎重に行う必要があるので時間が掛かるのと、暫くは頻繁に検査をして確かめないといけない手間が発生するって点……まぁその辺りかなぁ」
「ふむ……検査云々は恒久的な物になるんです?」
「一端安定すれば必要ないと思うけど、その辺り落ち着くまでの期間って今日明日になるのか、それとも数年掛かるのかなんて前例が無いから判んないよ?」
「そうですか……」
髭眼帯は幼女棲姫から聞かされた情報を咀嚼する様に頭の中で整理していく。
結論としてはその処置をしなければ残された命は一年程で尽きるのは確定している、ならある程度のデメリットは承知でその処置をと思った辺りで、はたと思考が停止する。
聞かされた話は現状の把握と、それに対処した処置の概要だけで、その処置とはどういった事をするのか、そもそもそれを行った場合、肝心の寿命という部分はどうなるのかという部分を聞かされていないという事に気付く。
そんな髭眼帯を見てニヤニヤとする幼女棲姫、その視線に気付き無言で答えを催促する視線を髷の眼帯は飛ばしてみる。
「あーうん、気付いた? えっと処置をした後どうなるかって話なんだけど、ぶっちゃけ体内のバランスは拮抗した物になって安定はするけど、オニーサンから採取した細胞に色々試した結果から推測すると、DNA自体が上書きされる感じって言うか、変質しちゃうって言うか」
「……というと、結果的にどうなるんです?」
再び無言でホワイトボード脇に移動した北方棲姫は、そこに書いてあったDNAの部分をペシペシ叩く。
それは人のDNAを書いた部分ではなく、艦娘、若しくは深海棲艦の物を書いた部分を叩いていた。
「末端が始点に結合され、ループとなったDNAはテロメアが事実上機能しなくなる為細胞分裂が停止する、つまり艦娘のそれと同じく細胞の分裂寿命が消失しちゃうから、実質歳を取らない体が出来上がりって事になるのかな?」
「すいません、それって不老不死になるって聞こえるんですが……」
「流石に死なない体になんてなる訳ないでしょ、ただ艦娘や私達深海棲艦のDNAはテロメア部分は存在しててもループしてるから分裂寿命は存在しないし、何かしらの要因でテロメアの短縮が起こっても、次に生み出される物はそれの影響を受けてない時点のテロメア長の物が供給されるから、生体機能は永遠に同じまま、つまり不老と言う事になるけど、オニーサンのDNAも恐らくそれに準拠した物へと変質すると思うわ」
「……はぁ? 歳を取らないぃ?」
「そそ、ただ今の体の特徴や性質は引き継ぐ訳だから、今より健康になったり凄い能力が発現するなんて期待はゼロ、その辺りは諦めて?」
物凄く怪訝な表情のまま固まる髭眼帯、対して物凄くいい笑顔の幼女な棲姫。
そんな二人を余所に何故かその場に居た艦娘達は部屋の隅に集合し、コショコショと何やら話し合うという怪しい空気が蔓延し、ひとりだけハブになった状態の
そうして暫く、話し合いも落ち着いたのか、艦娘を代表して時雨がピコッと手を挙げた。
「え? どしたのお下げちゃん」
「えっとその……要するに、その処置って提督の肉体改造をするって事ていいんだよね?」
「肉体改造……何かちょっと違う気がするけど、まぁ絶対的に違うかと言えば違わないっていうか……」
「例えば提督をマッチョメンにする事とか出来たりしない?」
その時雨の発言を耳にし、それまで放心していた髭眼帯の意識が覚醒する。
嫌な予感メータの針が反応するという現象を伴って。
「……マッチョメン? それって施術の目的に沿った効果とは関係ないから、うーん……そうはならないと思うけど」
「じゃ必要な処置をすればマッチョメンにはなるんだ」
「確かにそれはやろうと思えば出来ると思うけど……え? 何?」
「ちょっと待ってみようか時雨君」
首を捻るホッポちゃんにあらあらと困った顔の
取り敢えず今は生きるか死ぬかという極限の話をしている最中であり、そこから齎された話は不老というとんでもない位置へと飛んだ状態であった。
そんな中唐突にINされる髭眼帯(武士)マッチョ化という計画。
何故いきなりそんな話になるのか、どうして筋肉が必要事項に付け加えられるのか。
嫌な予感メーターがピコンピコン左右に激しく振れる感覚に苛まれながら、髭眼帯は会話がおかしい方向へ進むのを阻止しようと、全力での抵抗を試みる。
「……何かな、提督」
「……何でそこで筋肉?」
「海の男なら、筋肉はある程度必要だと僕は思うんだ」
「いや提督別に筋肉が無くても不自由してないんだけど?」
「でもでも筋肉があったらさ、こう……お姫様だっことか、力強い抱擁とか……」
「それ提督の寿命に何の関係も無いよね!? てかこのままだと提督死んじゃうの! 筋肉どころじゃないから!」
海のヲトコとか凛々しいという以前に、それは時雨の願望から生まれた極めて個人的な要望であった。
吉野は思った、このまま黙って傍観していると自分は筋肉モリモリのアメリカンヒーロー的なゴツい存在になってしまうと、そんなマーベル的な見た目の自分が艦娘の中心でHAHAHAしているのは何となくシュールと言うか、ぶっちゃけ嫌だと思ったのでどうにかしなくてはと焦りを覚えた。
「では百歩譲ってショタ化ではどうだ? 凛々しいのが不満だと言うならここは愛らしさで勝負してはどうだろうか?」
「そこのナガモンも露骨に自分の性癖を持ち出さないで!? ナニショタ化って!? どう百歩譲ったらそんな結論が出るの!? てか提督を何と勝負させるつもり!?」
本来はこの様な無茶且つ無茶苦茶な時雨の行動を諌めるべき立場の艦隊総旗艦が発したのは、提督という存在を幼くして愛でようという欲望ダダ洩れの言葉であった。
そんな目の前の棲姫さんみたく自分がちっこくなってしまうと色々とマズいと言うか、恐らく精神的に色々とヤバイ事になってしまうのは請け合いだと思った髭眼帯はプルプルが更に加速してしまった。
と言うかその状態で他の艦娘の今までの性癖も合体してしまうと、ちっこいままの髭眼帯という可能性に気付いてしまった吉野は、それって只のちっさいオッサンなのではと思い至ってしまう。
「不知火はそのままの司令でも良いと思うんですが……」
「ほらぁ! ぬいぬいだけだよ提督の良さを理解してるのは! もー君達ナニ!? 提督に何か不満とかあるワケ!? あるなら聞くけどその辺りどうなの!?」
「いえ、できたらもっと何と言うか、不知火的には男臭い感じと言うか、香りと言いますか体臭的にもう少し強い感じであると好ましいとか思うのですが……」
「もっとダメなのキタ!? もうちょっと性癖とか何と言うかオブラートに包んでぬいぬいぃぃぃ! ぶっちゃけないでぇっ!」
一瞬だけ見えた希望は更なる絶望の始まりだった、吉野は後にそう述懐したという。
そんな絶望を垣間見た髭眼帯(仮)はフと隣を見ると、何故か難しい顔をしたむちむちくちくかんの様子に気付く。
もう嫌な予感メーターは振り切ったまま、その様からは詳細が感じられないが、今までのパターンから察するにきっとこれから言う言葉や行動は碌な物が無いのは充分理解出来ている。
「中々いい線いってるけど、今一こう……って決め手に掛けるわね、マッチョもいいしショタも捨て難い、でもそうすると髭とか違和感感じるし……」
昔と違い集団の中で責任のある立場に立つようになったムチムチは、他者の意見をなるべく無下にせず、それを生かしつつも最善とは何かを模索するするという考えをするという成長を見せていた。
しかしここに至ってその成長した思考は、別な意味で更なるカオスを呼ぶ原因となってやしないかと眉根を寄せる髭眼帯は、その隣に居る幼女棲姫が何やらブツブツ言って考え込む様を目撃してしまう。
「……マッチョなショタで臭いがキツ目? それは中々難しいオーダーね……だがそれがいい」
「ナニやる気になってるのそこの幼女! ドサクサに紛れて若葉タンのセリフを織り交ぜつつそんな病的なプラン立てなくていいから!」
艦娘達の要望を纏めると、凛々しさと力強さを兼ね備えた筋肉モリモリの、しかし保護欲を駆り立てられる愛らしい少年という属性も兼ね備えた、更に男臭さという物が物理的に匂い立つという究極の存在。
そんな存在自体がメーな提督は例え不老になったとしても、生きていくのに苦行を背負うというか、ある意味生きているだけでハードモードな存在となってしまうのは想像に難くない。
そんな自分の未来予想図を思い浮かべプルプルする髭眼帯(髷)は、今も尚提督の肉体改造についてワイワイしちゃってる艦娘達に対し精一杯の抵抗を試みる為、灰色の脳細胞をフル回転しつつ思考を巡らせていくのであった。
誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。
ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。
また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。
それではどうか宜しくお願い致します。