大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 他者との関係はそれが個では無く集団単位へと膨らむにつれ情では無く、利益を元とした関係へと変化していく。
 相手との関係を考慮しつつも基準は己達、それは今日友好的であったも明日は敵対するという歪な繋がりを生み出す事になる。
 その関係を好ましいまま続けていくには相手の欲する物を差し出し続けるだけでは無く、時には恫喝や弱みを握る等の友好という言葉とは相反した物を以って対する事が必要となるだろう。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/005/09
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 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、対艦ヘリ骸龍様、黒25様、K2様有難う御座います、大変助かりました。


帰路にて

 

「やぁMr吉野、目的は果せたかね?」

 

「えぇバーンスタイン少将、色々予定外の事はありましたが、まぁ取り敢えずは」

 

 

 艦娘母艦泉和(いずわ)、その艦長席に座る吉野はメインスクリーンに映る合衆国海軍太平洋機動部隊司令長官ジョン・バーンスタインにくぐもった声を口から搾り出し、引きつった笑いを浮かべながら会談を行っていた。

 

 

 現在泉和(いずわ)は北極圏の外れ、米国領アラスカ州北部に位置するボフォート海付近で情報収集の真っ最中であった。

 

 当初警戒していたロシア艦艇の包囲という物は一切無く、また周囲に通信が可能な関係国と言えば米国しか無い現在、帰路の選択を決定するべき情報の多くは現在米国から得られる物しか無く、またベーリング海峡を抜けるとなれば当然その方面へ話を通し、許可を得なければいけないとあって往路で使用していた米国海軍側との秘匿回線で連絡を取り付け、諸々の話を進めている真っ最中である。

 

 結局あれから吉野は北方棲姫の棲家を出てから母艦へ戻るまでに意識は覚醒したものの、傷の具合は相変わらずという状態な為、無理を押して艦長席に座してはいるものの、その容姿は相変わらず全身を包帯でグルグル巻きにしたミイラ状態であった。

 

 ただある程度体を動かせる様それは必要最低限の範囲になる様巻き直しており、ガッチリと固定はされてはおらず、更に頭頂部のカッパハゲは空気に晒された状態となっている。

 

 

「ふむ、しかし大丈夫なのかね? その……かなり重篤な状態に見えるが」

 

「その辺りはお気遣い無く、取り敢えず口を動かす程度なら問題ありませんから」

 

「ならいいのだがね、それで今君の言ったロシアがこちらに再侵攻してくる可能性が低いという話だが、そう言い切れる根拠、若しくはその情報はどこから得た物なのかと言う辺りを聞かせて貰えるだろうか」

 

「それはほんの少し前……今年の四月頃なのですが、北方棲姫とロシアとの間で大規模な戦闘が行われたらしく、その結果ロシア側は東シベリア海へ展開していた艦隊と、同海域沿岸にある海軍施設のほぼ全てを失ったと言う事らしいのです」

 

「……まさか、東シベリア海と言えばロシア海軍の約八割を要する艦隊が展開していた筈、それにそんな大規模な戦闘があればこちらが感知していないと言うのはおかしい」

 

「あちらもその辺りの情報を秘匿するのにかなりの労力を掛けたみたいですね、しかしその戦闘では北方棲姫本人が侵攻したらしいですから、そうなれば幾ら数を揃えていたとしても、通常兵器が殆どのロシア海軍は一たまりも無かったのではないかと思います」

 

「待て、今君は北方棲姫本人が侵攻したと言ったな? その情報はどこから得たのかね」

 

「ええ、それは本人に聞きました」

 

 

 カッパゲなミイラの言葉を聞き、鉄面皮を崩さないまでも明らかに動揺の色を含んだ声色を口から洩らす米国海軍司令長官。

 

 それは今までどんな話を振っても済ました顔で言葉を返してきた『米国海軍の顔』としての威厳は崩れ、正に呆気に取られたという表現の空気が表に浮かび上がっていた。

 

 

「待ちたまえ、今本人がと言ったか? 君はあの北方棲姫と邂逅したのか、北極圏の調査という事で今回は作戦を行うと聞いていたが、まさか君はあの氷の大陸に……」

 

「えぇ、上陸して彼女と話をしてきました」

 

 

 吉野が今回行った作戦は、軍内の一部には北方棲姫との邂逅という目的を告げてはいたが、その存在に対して今も脅威を感じているだろう彼女(北方棲姫)のテリトリーと領海が接している国々に対しては、あくまで『日本からヨーロッパ方面への新規航路の調査の為に北極海へ入る』と説明をしていた為、米国側は当然吉野達が北方棲姫のテリトリーへ入ると言う事は知らされてはいない状態であった。

 

 

「ばかな……あの氷の世界へ、死の大陸に足を踏み込んで君は生きて帰って来たと言うのかね」

 

「まぁそうなりますね、と言うかバーンスタイン少将はあの辺りの事はお詳しいんですか?」

 

「……詳しいと言えば詳しいとも言えるか、しかし私が知っているのは、あの周辺に渦巻く吹雪は北方棲姫のテリトリーを守る障壁の役割をしており、その向こうには凄まじい数の深海棲艦が待ち受ける氷の世界であるという程度の認識しか無い状態だが」

 

 

 嘗て米国はまだ深海棲艦が跋扈(ばっこ)し始めた頃、北方棲姫に対して一大攻勢を掛けた事があった。

 

 それは当時有していた海軍戦力の殆どを投入した集中攻撃を行い、それすらを囮に陸軍及び海兵隊の混成部隊を北極圏に送り込み、北方棲姫が居るであろう北極点を目指して侵攻を試みるという内容の物であった。

 

 しかしそこに展開していた艦隊は半日と持たず壊滅状態になり、そうまでして送り込んだ部隊はテリトリー内で待ち構えていた深海棲艦達によって駆逐されるに至った。

 

 

 深海棲艦は陸上では戦闘を行わないというのがまだ常識だった当時、米軍の前に立ちはだかったその存在は、例えそこが氷で出来た仮初の大地であったとしても陸という場所であり、そこで深海棲艦が戦うという事実は米軍側にとっては想定外の事態であり、また対した数が戦力比にして10を超える物であった為、当然その作戦は米国側の壊滅という物になり、それ以降北極圏は人の手が及ばない死の世界として、関係各国がそんな共通した認識を持つに至る様になった。

 

 

「さっきまで命であったモノが、辺り一面に転がるあの光景は……今でも私の目に焼き付いて離れないよ」

 

 

 その当時このバーンスタインは上陸をする大隊の指揮を執る少佐の任に就いており、作戦時その隊は殿(しんがり)を務める場に位置していた為辛くもその戦場から脱出する事には成功した。

 

 アメリカという大国の威厳と誇りを背負い、総出撃に近い戦いに赴いた筈の大隊指揮官は余りにも理不尽で一方的な暴力に晒され、後退と称するには無様で背中を見せる事を厭わないその戦いは、一度はこの少将の心を折るという苦い経験をさせ、あの北極圏という世界は人知の及ばぬ死の世界だという恐怖を心に刻み付ける事となった。

 

 

「あの地獄へ踏み込み、あまつさえそのバケモノと対峙するとは……それで、君のソレ(・・)は北方棲姫に?」

 

「えぇまぁそんな感じと言うか、色々ありまして……」

 

「まぁそうなるだろうな、それで? 君達はこれから日本へ帰還する為、再びベーリング海峡を通過して南へ抜けたいというのが今回の話だったかね」

 

 

 実際は善意を前提にと言うか、髭眼帯のその姿は益となる事があってのミイラ状態であったが、このマッチョメンの米国将官の目にはその様が別な意味での結果に映るという、ある意味誤解から生まれる同情の念がこの時あった訳だが、その辺りの誤解が解かれぬまま話が進んでしまっているというという真実に気付く者は結局皆無であった。

 

 

「はい、出来れば再びそちらの領海を通過させて頂き太平洋側に出たいと思うのですが、ロシア側の懸念をご心配すると言うならその辺りは難しい物となるでしょうし、出来ればその辺りご検討して頂けたらなと」

 

「ふむ……君の情報が確かならそれは問題は無いと言えるかも知れんが、裏の取れていない情報を元に私は兵を危険に晒す事は出来んよ、Mr吉野」

 

「なる程、それは仰る通りだと思います……では米国としては我が艦の領海への再侵入は許可出来ないというお話で宜しいですか?」

 

「もしそう言ったなら、君達は大西洋へ進路を取る事になるのだね」

 

「はい、そちら方面に進めないとなると、もう大西洋しか南へ行くルートは存在していませんし」

 

「北極海航路では無く、北西航路を逆に辿って日本へと帰還するという事か……ふむ」

 

 

 北極海から南へ繋がる海は世界に二箇所しか存在しない。

 

 一つはベーリング海峡から太平洋へ抜ける海路が、そしてもう一つはカナダのデービス海峡を経て北大西洋へと抜ける海路が。

 

 それは単純に太平洋か大西洋へ至るという選択肢になると言う事になるが、航海の終点を日本に設定した場合、それらには航行距離に大きな差が生まれてしまう結果となる。

 

 北極海からほぼそのまま南下するというルートのベーリング海経由と、地球を西から東へほぼ一周しつつ南下する大西洋ルート、本来ならそれらは比較するべくも無い物であったが、米国領海へ対するロシアからの影響とという、国同士の事情を鑑みればそんな吉野達側の都合は考慮するに値しないというのはある意味当然とも言える。

 

 

「Mr吉野」

 

「はい、何でしょうか?」

 

「現在我が国はロシアに対し先の件で外交筋から厳重な抗議を行っている最中でね」

 

「それは……領海侵犯を始めとした今回の動きに対してでしょうか」

 

「うむ、領海へ軍事活動を前提とした艦艇を配備した件、不当に軍事施設をセントローレンス島へ設置した件、領海へ機雷を敷設した件、そして我が領海内に於いて同盟国である貴艦へ攻撃を加えた件、その他色々あるが大まかに挙げてもこれだけの暴挙が確認出来る、それらは君に貰った"攻撃を受けたという事実を証明する記録"も添えた状態で証拠を固め、かの国の暴挙を世界へ喧伝する事で今回の戦闘行為は我が国に正義があると世界へ知らしめる事が可能となったのだよ」

 

「なる程、では今度の件は外交という形で政治決着を目指すのですね」

 

「ああ、現在は予想通り国連がしゃしゃり出てきてはいるが、現状で言えばそんな形骸化した組織に発言権は無いだろうし、それを排して当事者のみで政治的な決着を付けようとするなら国同士の力関係を推し量り、その上で動かぬ証拠を以って世界へ正義を示し、他国からの支持を得なければならないのは君も承知の事だろうと思う」

 

 

 深海棲艦が出現して以降、海も空も行く事は困難となった為に世界は一時国同士の結び付きが途切れ、それまで各国の関係を取り持ち、一応の調整として機能していた国際連合という機関は存在自体こそは無くならなかったが、現在その機関は機能しておらず、嘗ての常任理事国の一部が私物化した状態の『名前だけの存在』と成り下がっていた。

 

 それの多くは政治的に安定した国の道具としてのみ機能し、またそこで議論される問題は一部の国に対する都合が優先される偏った決議しか生み出さず、政治的介入に於ける強制力も殆ど失せている。

 

 従って現在世界の国々は国家間に於ける直接的な約定と、力関係から発生する国交という物を軸とした関係で繋がっていた。

 

 

 現在の世界情勢で言えばヨーロッパ連合に日米を加えた艦娘を要する連合を筆頭に、ロシアを中心としたユーラシア大陸に接する社会主義連合、その何れにも繋がらない南米やアフリカ、そしてオーストラリア等という自立して生けていける大国。

 

 そこに資源や経済を軸に関係を持つインドネシアやインドといった小国等。

 

 複雑に絡み合いつつも利害と力関係のみが世界情勢を形作っている、そんな大航海時代まで逆行したかの如き状態で成り立っているのが今の世界と言っても過言では無かった。

 

 

 そんな世界で自国の主義主張を通すとなれば、先ず言葉を押し通す為の国力を備え、次にその正当性を証明する為の証拠を示し他国の支持を取り付けなれればならない。

 

 弱者を守護し、平等を謳うという『世界平和』という耳障りの良い物はそこには存在せず、強者でなければ搾取され続ける、そんなある程度の弱肉強食を前提とするのがこの世界の基本ともなっていた。

 

 

「今はそういう状況であるので、もし君の言う情報が間違いという事でロシア側に今も余力が残されてあったとしても、その辺りの問題を解決していない現状で我が国に何かをすると言う事は、当然国際社会から孤立してしまう恐れがある、それを前提に話をするなら君の言う話に現在我々が何かをする必要性は無いのではないか……いや、逆にこれ以上関わるのは避けるべきだという判断も考えられる」

 

「なる程、ではMrバーンスタイン、結論としては今回我々としては貴国に関わる事を避け、互いに一定の距離を置くという選択をするのが最も好ましいと……そういう事で宜しいのでしょうか」

 

「……この件に関しては既に政府間の折衝に入っている状態でね、君達に対する決定権は実の処私の手を離れていると言うのが正直な答えとなるのだが……敢えてそれを排して言うとするなら、君が北極圏で得た情報をこちらにも伝えてくれると言うのなら、それを手土産として私も上を説き伏せる事が出来ると思うのだが、どうだろうか?」

 

「ふむ……なる程、しかしそれは自分の一存では決定出来ない部分もありますし、現時点ではご希望に添えない提案と言う事になりますね」

 

「そうか、なら君達はこのまま大西洋を目指すと言うのかね、あちらにも我が国の領海は伸びているし、今回の顛末は既にヨーロッパ側も知る事になっている、実際接触してみなければ何とも言えんが、北極圏の情報と言えばそこと近い位置にある国々には喉から手が出る程に欲しい物でもある、そうなれば状況としては我が国とヨーロッパ諸国、どちらの対応も同じ物となるのは予想が付くだろう?」

 

「もしそうなった場合は仕方ありませんね、我々はどの国も頼らず公海のみを進む為に一端大西洋を南下し、アフリカ大陸沿いから喜望峰を回ってインド洋を目指すしかありません」

 

「正気かね? その航路は現在人類の手を離れた深海棲艦の支配海域だ、幾ら高性能な潜水母艦を以ってしてもそこを単艦で打通するのは不可能だよ」

 

「"米国やヨーロッパ諸国が我々の支配海域へ至る道を閉ざす"と言うなら、我々に残された選択肢はそれしか無いでしょう? なら我々は本国へそれを伝え、残された道を進むしかありません、それに現在は我が拠点よりインド洋近海に海域攻略規模の艦隊を派遣中であります、最悪その艦隊を西へ進出させこちらと合流する事で強引に未知の海域を突破する事は不可能ではありませんよ、そして……」

 

 

 自国の益を優先し、当たり前とも言える主張で選択を迫る海軍少将と、命を張ってそれを拒否し、自分の考えを押し通そうとする海軍中将。

 

 そこには等しく意地の張り合いがあった。

 

 

「もしそうなった場合、日本という国は別として、少なくとも自分は貴国や、同じ対応をした国に対してはこの先協力関係を持つ事に消極的にならざるを得なくなりますね」

 

 

 道理を力関係で切り返す、そんな世界常識を前提とした吉野の言葉を受けても尚、メインスクリーンに映るバーンスタインの顔に変化は無く、また画面を通してのやり取りでは吉野側に空気を読み取る事は難しい状態にある。

 

 対して泉和(いずわ)の指揮所では両者の会談に耳を傾けつつも、その場に居た数名の艦娘が固唾を呑む程に張り詰めた空気が蔓延し、事の成り行きをただ黙って見守っていた。

 

 

「つまりそれは、自国の国益を鑑み正当な行動をしているだけなのに、その私の言葉一つで"states(アメリカ)が君達を死地へと追い払った"という事実が成り立ち、大坂鎮守府との関係が悪化する可能性があると……そう君は言うのかね?」

 

「いいえ少将、貴方は貴方の職務を全しただけなのでしょう? ならそれによって発生した結果に責任を負う義務は生まれないと思いますが……ただ、それによって生まれる結果はそれとは別物だと、自分の言う話はそういう事だと認識して頂けたらと思います」

 

 

 そう言う包帯塗れの男の表情を推し量る事は誰にも出来なかった、しかしその言葉には明らかな敵意が混じるかの如き色と、そして一切を拒絶する空気を含んでいた。

 

 

 搦め手を旨とし、平時ではのらりくらりが常のヒョロ助は、稀にだが相手に対し攻撃的な物言いをする時がある。

 

 そして滅多に見せないそんな行動に出た時は間違いなく相手に対し譲歩をする事は無く、また事前には何かしらの覚悟を固めてた上でそうしていると知っていた長門と時雨は、米国司令長官が次に発する言葉でこの先の全てが決まると相手の言葉に注視し、初めてそんな髭眼帯の姿を見る龍鳳や不知火という者達は見た事も無いそんな髭眼帯の姿に困惑し、言葉も無くその様子を伺っていた。

 

 

「……現状君達は、どの程度の時間を返答を待つ時間に充てる事が可能かね?」

 

「この位置で待機と言う事ならば恐らく20時間程度の時間的余裕がありますが、それを過ぎれば大西洋を越える為の燃料が不足してしまいますので……」

 

「なる程……こちらも今色々とややこしい事になっていてね、恐らく上から返答が返ってくるには最低5~6時間は掛かるだろう」

 

「判りました、では本艦は現時刻より10時間現在位置にてそちらのご返答をお待ちしています、またそれが過ぎた場合はご返答が頂けないと判断し、我々はそちらに頼らず帰路に付く行動を開始致します」

 

「うむ、了解した」

 

「それではご返答をお待ちしています……って、あぁそうそう、Mrバーンスタイン」

 

「……何かね?」

 

「そちらはもう"赤毛のエイリーク"さんには会いに行かないんですか?」

 

 

 唐突に吉野が口にした言葉に、初めて鉄面皮然としていた米国海軍少将の表情に変化が現れた。

 

 一瞬驚くかの如く、そして徐々に苦い色を滲ませて、米国海軍太平洋機動部隊司令長官の名を背負う男は暫く包帯塗れのヒョロ助を伺うかの如く、言葉も無いままただじっと眺めているだけであった。

 

 そんな無言の時が数十秒は続いただろうか、大柄の体躯を揺らしつつジョン・バーンスタイン少将が苦笑交じりのままの相で吉野の言葉に答えを返す。

 

 

「行こう行こうと思ってはいるんだがね、どうやらヤツは悪い女に捕まったらしく、どうにもこうにも会わせて貰えないんだよ」

 

「なる程、それは難儀ですね……と言うかちょっと小耳に挟んだんですが、どうやらその彼女の興味は最近別な物に向いた様で」

 

「ほう? それは興味深い話だね、それじゃもうヤツの処に行ってもヒステリー女に門前払いを喰らう心配は無いと言う事かね?」

 

「えぇ、そのヒステリーな彼女本人がそう言ってましたから、それは大丈夫だと思いますよ?」

 

「それは朗報だ、Mr吉野……有益な情報ありがとう、これは早速レジデンスのタフ・ガイに連絡を入れないとな」

 

 

 その会話を最後に一端通話は終了する。

 

 

「提督……何やら最後は意味不明な会話をしていた様だが、貴方とあの少将の間にはプライベートを話す程度の付き合いがあったのか?」

 

「いんや全然?」

 

 

 長門の問いに答える髭眼帯(カッパゲ・ミイラ)は溜息一つ、たどたどしい動きで煙草を一本咥え、首を捻る艦隊総旗艦へ意味深な笑いを向けた。

 

 

「米軍はね、幾度か艦隊を編成してグリーンランドへ上陸する作戦を敢行しようとしてたんだよ」

 

「うん? グリーンランド?」

 

「そそそ、米軍が以前行った北極圏への侵攻作戦が失敗した時にね、東側から侵攻した当時の第2艦隊……所謂合衆国北西大西洋艦隊と言われる軍団は作戦参加艦隊中最も被害が少ない艦隊だったらしくてね、その艦隊が撤退した際、北方棲姫さんが一応追撃を掛けたらしいんだけど、何とかそれから逃れ、その生き残りの殆どは……確か数千人単位の海兵がグリーンランドへ落ち延びたそうだ」

 

「ほぉ、数千人とは中々の数になるな」

 

「まぁねぇ、そんで米国はその人達を救出する為に幾度か作戦を実施したらしいんだけど、その全てが失敗に終わった訳で」

 

「それがあの会話に関係していると、そう言う事か」

 

 

 北極海に浮ぶ最大の島グリーンランド、そこはデンマーク王国を構成する自治政府群の一つであり、200万k㎡を超えるこの島には東西南北四つに区分された行政区を持つ形で人の生活圏が存在する。

 

 その歴史は島へ最初に入植したノルウェー出身の「赤毛のエイリーク」という名の人物が始まりとされ、その者は南グリーンランドに位置する"ナルサルスアーク"からこの島へと上陸し、その後多くの入植者を募って人の営みを広げていき、現在のグリーンランドが出来上がったのだという。

 

 そして現在始まりの地であるナルサルアークはグリーンランドの南部最大の都市とされ、その地の名を口にする時は嘗ての歴史をなぞり『赤毛のエイリーク』と呼称される事もあると言う。

 

 そして米軍が敗残兵の救助作戦を立案し、上陸ポイントとして目指していたのもこのナルサルアークであり、吉野がバーンスタインへ言った『赤毛のエイリークへ会いに行く』と言った言葉はその救出作戦の事を指す隠語であった。

 

 

「なる程な、ではその作戦を邪魔するヒステリー女と言うのは……」

 

「北方棲姫さんって事になるねぇ」

 

「そう言う事か、しかしその情報が何故現在の我々に絡んで来るのかが今一理解出来んのだが」

 

「グリーンランドに落ち延びた米軍の中には当時の上流階級の子息がかなり含まれていたらしくてね、それこそ現合衆国大統領の実弟さんなんかもそこに含まれていたらしいよ」

 

「米国の上流階級には社会奉仕と責任に重きを置き、従軍経験という肩書きはある意味社交界へ出る為に必要な物とは聞いた事があるが……」

 

「義務と権利に拘るお国柄だしね、そんな事情も多分に含んでいたから深海棲艦の影響が濃い海を管轄していた太平洋艦隊にじゃなく、割とその影響が少ない大西洋艦隊へと、その手の人達は配備される傾向にあったって事なんじゃないかな」

 

「確かにかの国は何よりも面子を重要視する傾向にあるし、救出する対象にそういう階層の者が多く含まれているなら是が非でも救出しなければという考えに至っても不思議では無いな」

 

「で、バーンスタイン少将が言ってたレジデンスって言うのはホワイトハウスの大統領公邸が入るエリア、"エグゼクティヴ・レジデンス"の事を指し、タフ・ガイと言うのは大統領を指す隠語に当たる」

 

 

「……何と言うかどうして文官はそんな回りくどい話し方を好むのか」

 

「直接的な表現をされれば心象が悪くなる話題だってあるんだよ、今回の件なんて正にそれさ、君の言う様に彼らは面子を何よりも重要視する、その手の人達に北方棲姫さんが攻める心配は無いからお迎えを出せば? なんて言い方しちゃうとそれこそ心象最悪になっちゃうでしょ?」

 

「ふむ……ではこの情報で少なくとも色好い返答が返ってくる確率が上がると、提督はそう判断したと言う事か」

 

「いんや、そうでなくとも米国の領海を通過する許可は出てたと思うよ?」

 

「うん? なら何故こんな回りくどい話をしたと言うのだ?」

 

「同じ話を進めるならさ、それが終わった後相手に貸しが出来るかどうかってのは、ほら……とても重要な問題だとは思わない?」

 

「……そういう事か」

 

 

 禁煙エリアの為に火を点ける事が出来ない煙草を咥えたまま、ニヤリと不気味に笑う髭眼帯(カッパゲ・ミイラ)に対し、長門は溜息で応じ、この持って回った話は一端幕引きとなった。

 

 

 そんないつもの文官然とした吉野の立ち振舞いは、艦隊総旗艦や秘書艦にはいつもの事として苦笑を誘う結果となっていた。

 

 

「にしても米国の強面相手に中々堂の入った対応、色々と提督の事は噂には聞いてはいましたが、一歩も退かない処かまさか対等に話を持って行くとは」

 

 

 しかしそんな長門達とは違い、着任して初の作戦参加となった赤城に秋月、そして現場で殆ど一緒になった事のない龍鳳と、初めてオペレーターとして同行した山風は平時では見せない"仕事をしている"髭眼帯の姿を見た為か、赤城の言葉にコクコクと頷いている。

 

 

「提督……仕事してた、穀潰しじゃなかった……」

 

「え、山風君今まで提督の事ゴクツブシとかってイメージで見てたの!?」

 

「チョンマゲにしたりカッパヘアーにしたり、奇抜な事ばかりしてましたから変な人だとは思ってたのですが、今回の件で正直見直しました」

 

「ああうん何と言うか龍鳳君に初めて評価して貰った気がするって言うかえ? カッパ? カッパヘアーってナニ?」

 

 

 珍しくニコニコする元鯨の前で首を傾げ怪訝な表情をする髭眼帯、体が包帯でガッチガチに固められている上に、色々と緊張した時間を過ごしていた為、目鼻口以外に唯一露出している頭頂部が大惨事になっているのに本人は気付いておらず、何故かその隣では時雨がプイッと目を逸らしてプルプル震えていた。

 

 

「て言うか提督の頭が今更どんな状態になっていようがもう誰も驚かないと思うんですけど、それより米国から回線を貸して頂けましたので、鎮守府に連絡が取れました」

 

「え? 古鷹君なんて? 今提督の頭がどうとかナニ? 今提督の頭どうなってるの? ねぇちょっと!?」

 

「えーっと、クェゼリン、舞鶴合同艦隊の作戦は滞りなく終了し、現在夕張さんがキリバス側へ通信ケーブルの敷設に取り掛かっているそうです、それとクルイ海域の定期清掃も問題なく完遂……え? なにこれ……」

 

「だから提督のあーたーまー……ん? どしたの古鷹君?」

 

「いえ、どうもこちらの暗号スプリクトと米国回線との相性が悪い様で、通信の精度が今一なんですが…… 通信の最後辺りがちょっと受信し切れて無かったみたいで、謎の言葉で終了してる感じと言うか……」

 

「……謎の言葉?」

 

「はい、南方での作戦遂行中……って言いたいのかな、後判る単語はハタカゼとサ……サギ?という部分で内容が終わってまして」

 

「……ナニソレ?」

 

「さあ?」

 

 

 

 こうして諸々の目的を果した髭眼帯(カッパゲ・ミイラ)一行の旅路は、ロシアと米国という二つの大国に諸々の介入を受ける形で余計な時間と手間を掛けつつも因縁を残し、北の海から再び日本へと帰還を果す事になるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。

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