大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 大坂鎮守府に現れたテント村、そこには自由を愛するフリーな人は住まず、何故かくちくかんという名のアニモーがコロニー的なアレを形成していた。
 そこに引き込まれた髭眼帯(カリフラワー)、果たして彼は無事夜を越える事が出来るのか、そしてアニモー達の生態は明らかとなるのだろうか。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


Their campfire.2

 

 

 吉野は眉根を寄せて思い返していた。

 

 何故自分は夜の野外でこんな席に着いているのかと。

 

 

 球磨に連れられ迷い込んだテント村、そこには白露型駆逐艦達を中心とした動物の森が存在していた。

 

 それは格好がアレではあったが、見た目のそれを除外すれば彼女達は特段おかしな行動はとっていない状態であった。

 

 

 秘書艦が己に対してちょっとアレな行動を起こした以外は。

 

 

 そして彼女達が用意した夕食も、それなりに美味な物だった。

 

 長波の作るチャーハンは多少オイリーでスパイスが効いた物であったが、逆にそれはクセになる感じの美味さがあった。

 

 綾波の作ったカレーも市販のルーを使った物であったが、野菜がゴロゴロする、食べてて懐かしさと安心感が心に染み入る『家のカレー』という物であった。

 

 更にそれに加え、時雨が北極で仕留めて来た白熊の肉が熟成を終えたと言う事で、丁寧に下拵えと調理をし、多少畜産肉とは赴きが違った、しかし嫌味の無い風味の野趣溢れるステーキはジビエ料理としては秀逸な物と言えるだろう。

 

 

 そんなくちくかん達が腕を奮って作った料理がワンプレートにINされる。

 

 

 長波様のチャーハンに綾波のカレーがドバーされ、そこに白熊ステーキが乗せられる。

 

 一つ一つは美味いそれが絶妙に其々を台無しにしていると言うか、濃過ぎると言うか、そんな夕食。

 

 

 全員がそれを食べ終え、調理器具や食器類が軽くバケツの水で(すす)がれ、調理台脇の箱型の機械に放り込まれる。

 

 それはテント泊という野外シチュには余りと言うかまったく合致しない食洗機。

 

 動物の森はキャンプを楽しむという空気があったが、面倒な部分は徹底的に廃し、利便性を惜しみなく追求したガチで生活をする為の備えがされたフィールドであったりした。

 

 

 そんな夕食が終わり、テーブルにはポイヌ(夕立)が買ってきた間宮謹製のデザートが並べられる。

 

 其々の前に配られたちょっと大き目のプラ容器に盛られていたそれは、甘味の女王が夏でも美味しく食べられる様にと工夫を詰め込んだ和のテイストが盛り込まれた新しい甘味。

 

 

 粒が適度に残る小豆に刻まれた桜桃や葛切りが浮ぶ冷たい汁粉、それには涼を意識したのかいつもの間宮アイスでは無く、甘さを控えたソフトクリームが浮ぶという逸品。

 

 ともすれば重くなりがちな和菓子の系譜を踏襲しつつも、桜桃の爽やかさ、汁と適度に混ざるソフトクリームが口当たりを軽くさせ口にする者達の笑顔を引き出していく。

 

 

 アニモーな着ぐるみを装備しつつもそんな甘味に舌鼓を打ちつつ、ニコニコとして今日あった出来事を話し合うくちくかん達。

 

 そこには色々な突っ込み処があったが、間違いなく親睦を深める為のお泊り会という目的は達成されていると言えた。

 

 

「はぁ……癒されます、感謝ですね~」

 

「っておい綾波、そろそろ哨戒の時間じゃねーのか?」

 

「あっそうでした、そろそろ行かないと……」

 

「今日は誰と出るの?」

 

「友ヶ島からの人達と馴染めるようにって、睦月ちゃんと皐月ちゃんが一緒になるみたいですね」

 

「そうなんだ、じゃ帰ってくるのは朝になるんだね」

 

「はい、朝食は長波ちゃんにお任せになっちゃいますが、一応ピンチヒッターも頼んでるから……」

 

「そんな気を使わなくても大丈夫なんだけどな、まぁ後は任せときな、ちゃんと綾波の分も朝飯作っとくからさ」

 

「ありがと~ じゃちょっと行ってくるね~」

 

 

 そして歓談が進む中、綾波が夜間の哨戒だからとお着替えを済ませ、場を後にする。

 

 そんなまったりとしたデザートタイムが行われている卓の中心へ、シャーと音を立てて滑ってくる白い箱。

 

 

「Welcome to Paradise! ちょっと野暮用で夕食には参加出来なかったけど、アフターディナーティーには何とか間に合ったわね、さぁそれじゃ楽しいティータイムにこの陽炎様が用意した至高の飲み物を提供するわ、順番にクジを引いてってね!」

 

 

 綾波が良かれと呼んだピンチヒッターが入れ替わりで卓へ降臨し、動物の森に地獄の釜が出現、その蓋が開かれた瞬間であった。

 

 

 と言うかアフターディナーティー(夕食後のティータイム)という、英国にしか存在しないそんな病的な習慣を無理矢理持ち込んで、お茶会テロリストはニヤリと口角を吊り上げ、アニモー達の視線を一身に受ける。

 

 其々は突然生えてきたこの陽炎型ネームシップへ何事かと首を捻り、不思議そうな視線を投げ掛けていた。

 

 しかしその中の二人、いや一人と一匹、熊の着ぐるみを装着した時雨と髭眼帯(カリフラワー)は、嘗て繰り広げられた陽炎によるお茶会テロリズムの惨状を思い出し、其々驚愕の相を表に貼り付け、あの時の焼き直しの如くの今に何かを察したのか、言葉も無く卓の中心にシャーされた白い箱を凝視しつつ戦慄(わなな)いていた。

 

 

 こうして動物の森で食後のティータイムが展開される事になるのだが、それは後に場に居るアニモー達にトラウマを植え付けるサバトになる事を、この時北から来た者達は知らずに居た。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ん~ 三番って書いてっけど、これ何なん? そのジュースとか自分で選んじゃダメなん?」

 

「それじゃワクワク感がないでしょ、折角のお茶会なんだから楽しくやんないとね」

 

 

 一番バッターの長波様が首を捻り引いたクジを眺めつつ口にした言葉。

 

 それに対してテロリスト(陽炎)が返した楽しいという催しは、正確な漢字にすると『愉しい』、つまり愉悦という表現が当てはまる物だったのだと参加者達は後に知る事になる。

 

 ニコニコ愉しげに陽炎がクーラーボックスからカロンと音を立てて引き抜いた飲み物の瓶。

 

 それには薄い乳白色の液体が入っていたが、何故かラベルの類は貼られておらず、手書きの物だろうマジックで『③』というナンバリングだけがされていた瓶であった。

 

 

 そうして差し出された瓶を見てカリフラワー(髭眼帯)は目を見開いて唖然とし、逆に陽炎はニヤリと邪悪な笑いを更に深くした。

 

 

 以前行われたお茶会では、知識豊富な吉野の解説でおかしな表現ではあったが、内容物が何かという事を参加者へ伝えるという形で場は推移した。

 

 しかしそれらはラベルから中身を推察したという経緯があった訳で、流石の吉野でもその表記が無ければ瓶の中身が何かという事は判らない。

 

 つまり今回はガチのテイスティング、正に何が来るか判らないというハイレベルな戦いが繰り広げられる事になる。

 

 

 と言うかそこにある瓶の形状は間違いなくジョーンズさんチのソーダなのは間違いないので、結果はお察しなのはもう予想は付くのだが。

 

 

 そんな陽炎とカリフラワー(髭眼帯)との間にあった心理戦の脇では、長波様が早くも蓋をもぎ落とし、瓶を煽って液体を喉へ流し込んでいた。

 

 

「オブォッ!?」

 

 

 事の恐ろしさを理解していないチャーハン職人である彼女の口中には、一瞬だけ清涼飲料水の甘みが伝わり、それを追いかけてくる形で予想外の味が伝播していく。

 

 それはさっき食したカレーにもINされていた食材の風味、英語で言うならポタィト、つまりジャガイモの風味。

 

 芋芋しいそれは適度に塩味で整えられ、そしてアメリケン風に作られていた為にバターの風味がガッツリと加えられたポテトサラダ味のソーダ。

 

 

 ジョーンズソーダが毎年感謝祭の時期に発売するという限定商品。

 

 嘗てアメリカに入植した者達への感謝を込めて、家族全員で祝うという習慣をソーダに詰め込んだという逸品の内の一つ、サンクスビギングデー(感謝祭)に因んだテーマでジョーンズさんが世に送り出したそれは、マッシュポテトの味を忠実に再現したソーダという、飲んだ者が感謝はおろか、呪いの言葉を吐き出してしまうという仕上がりのブツになっていた。

 

 

「長波ぃ!?」

 

「ぽいぃぃ!?」

 

 

 液体であるが故にダイレクト且つ予想外なテイストを一気に喉へ流し込んだ長波様は、卒倒して椅子から転げ落ち、両脇に座っていた江風とポイヌ(夕立)はその様を見て驚愕に顔を歪めた。

 

 それはただ事では無い、そう感じた場の者達がクーラーボックスの前で仁王立ちする悪魔(陽炎)の顔に浮ぶ笑いの意味に気付いた瞬間であった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 月の輪熊(長波)が脱落して緊張感が支配する卓、そこでは凄く真面目な相の者達が次にクジを引くであろう江風に視線を集中させていた。

 

 通常こんな催しは避けて通る物だろうがそこはそれ、集団的真理が織り成す逃げられないという不思議意識と、テリトリーを他者に明け渡すというアニモー的な矜持が撤退という行動を彼女達の選択肢から除外していた。

 

 

「……一番」

 

 

 ファンシーなレッサーパンダの着ぐるみハンドで引いたクジの番号を口にして、この短期で改二迄至った彼女は陽炎を睨めつける。

 

 

「一番だとコレね」

 

 

 そうしてゴトリと卓に置かれた例の瓶。

 

 やや濁った赤茶色をした液体が入るそれも、やはりラベルが剥がされたブツであった。

 

 それを手に恐る恐る蓋をもぎり、プルプルと震えつつ溜息を吐く江風。

 

 

「一応ギブアップもOKよ? 嫌がる者に無理矢理飲ませてもしょうがないし」

 

「だだだ……誰がギブアップなンてするかよっ!」

 

 

 一応気遣って掛けた陽炎(悪魔)の言葉は逆に江風を煽る結果となってしまい、瓶の中身を一気に煽るという、さっき長波が犯してしまった愚を彼女は再び犯してしまう。

 

 

 肉々しい風味と香味野菜が混在したガッツリしたテイスト、次いで野趣溢れる鶏肉にも似た、それでも独特の味が混在するそれ。

 

 

「ガハッ!?」

 

「かっ……江風ぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」

 

 

 今日まで先人への感謝を忘れず、それを後の世に伝える為に行われる『感謝祭』。

 

 嘗てアメリカへ渡ってきた者達が自然に飲み込まれ、冬の厳しさに多くの犠牲を出した時、当時の先住民の助けで飢えを凌ぎ、また現地の作物の栽培知識を授かって生き延びた事に感謝する為に始まったこの祭。

 

 ジョーンズさんはその感謝の気持ちを込め、ご家庭で供される『感謝祭に出される料理のフルコース』をソーダとして作る事にした。

 

 そんな『食と感謝』をテーマに作られたという飲み物は、七面鳥のグレイビーソース風味という、正にメインディッシュに相応しい味と風味を肉々しくも再現してしまう事に成功した。

 

 シュワシュワと弾けるそれにはターキーの丸焼きと、そこにタップリと掛かる肉汁を使った香味野菜のソースを忠実に再現したそれは、神に感謝の祈りを捧げる食卓を思い浮べさせる程のインパクトを隆起させる。

 

 香ばしいターキを丸呑み、そんな形でグビグビとしてしまった江風は脳の処理が追いつかず、一度(むせ)た後は放心して天を仰いだままになってしまった。

 

 

 そんな妹を例のブルーシートなハウスにINし、戻ってきた海風の表情は決意に満ちていた。

 

 志半ばで倒れた妹の為、そして今も尚続く怨嗟を断ち切る為に彼女はスパッと箱からクジを引き抜いた。

 

 

「四番」

 

「四番四番……っと、ああこれね、はい」

 

 

 凄く真面目な表情のアライグマの前に置かれた瓶は、相変わらず番号が書かれただけの簡素な姿でランタンの光を反射していた。

 

 中に見える液体は江風の飲んだ物に似た、しかしやや薄い色合いの赤茶色。

 

 蓋を静かにもぎり、海風は一度卓の者達へ視線を送ると、何かを決意したのか静かに微笑んでそれに口を付ける。

 

 

 コクがありまったりとしたサーモン特有の風味、それに混じってクリーミーかつ酸味が調和し、更にそれらが炭酸にフレーバーされて口中で弾ける。

 

 サーモンパテ味ソーダ。

 

 それはご家庭で供される感謝祭の伝統料理を手軽に味わってもらおうとしたジョーンズさんが、主菜だけでは無く、副菜もと拘り抜いて味を再現し、そして完成させてしまった逸品であった。

 

 本来パンに塗ったりクラッカーに乗せるというソレをお手軽に、かつダイレクトに喉へ流し込むというテイスティングは、海風を微笑ませた表情のまま固まらせる程のインパクツをそこに発現させてしまった。

 

 

「ぽ……ぽい? ぽぽぽい?」

 

 

 そんな口の端から液体をタパーしたまま笑顔で昇天する彼女の前で、手をフリフリしつつ反応を伺っていたポイヌ(夕立)は暫くそれを繰り返していたが、微動だにしない海風を見て彼女にしては珍しく真面目な相で振り返りつつ、残りの面々へこう告げたのである。

 

 

「……駄目ね、テントに連れて行ってくるわ」

 

「あ……ああうん、宜しく……」

 

 

 初めてぽいという語尾を付けない彼女の言葉に戦慄しつつ、英霊を運ぶ後姿を見送ったカリフラワー(髭眼帯)はプルプル震えつつ今回のラインナップを振り返る。

 

 明確に感謝祭仕様という限定商品を並べたブツの数々。

 

 それはある意味ラインナップとしては前回の様に物体というブツとは違った安心感があったが、逆にそれらは固形物であり、かつ味付けがアメリカナイズされている為、飲んだ者達が混乱して茫然自失にさせる効果を発揮させているとも言えた。

 

 ポテサラから始まりターキー、サーモンと凡そメインディッシュが食された今、残りはある意味安全牌と言うか、インパクトは少なめのブツしか無いと予想された。

 

 しかし吉野は思い出す、以前の時もそういう予想を立て、そしてサルミアッキソーダを飲まされた最後があった。

 

 そんな過去を心で反芻(はんすう)しつつ、深呼吸し最後まで油断はしまいと髭眼帯は心を引き締める。

 

 何せ出されるブツはラベルが無い為に中身はテイストするまで判明しない、だから心を強く持たないと容易に折れてしまうだろうと覚悟を固める。

 

 

 そう目を閉じ瞑想していたカリフラワー(髭眼帯)の耳に『ゴフッ』という湿った噴出音が聞こえ、それと共に袖を引っ張られる感覚が伝わってくる。

 

 何事かと目を見開きそちらに視線を走らせれば、既にゴクリしてしまったのかカリフラワーの袖を握り締め、俯いたままプルプルする(時雨)の姿が見える。

 

 

「しっ……時雨くーーーん!?」

 

 

 そんな叫びに似た問い掛けに、彼女はプルプルしつつカリフラワー(髭眼帯)を指差しつつ握っていた袖を手放し、ペシペシとチョップを開始した。

 

 

 そんなイミフな熊の行動に首を傾げ、卓に乗っている彼女が飲んだのであろうブツをカリフラワーは見る。

 

 視線の先には怪しく輝く透明の瓶に入った、半分程残る濃緑の液体。

 

 

 ブロッコリー・キャセロール味ソーダ。

 

 

 感謝祭に食するホームメイドフルコース、その中でも主菜の脇を固めるもう一つの主役、それはブロッコリーをメインにタマネギやマッシュルームをINし、大量のチェダーチーズを盛ってオーブンでこんがり焼き上げた、所謂ブロッコリーのグラタンと言うべき料理である。

 

 感謝祭とは12月、クリスマスを目前に控えた季節に行われる祭りである、そんな寒い季節に身も心も温まる料理は必要にして不可欠な物と言えるだろう。

 

 そんな心遣いを存分に発揮し、圧倒的感謝の気持ちで生み出したという飲み物は当然味の再現率は完璧であり、こんがりした野菜の甘みがありつつも、チェダーチーズのガツンとくる風味に、メイン食材であるブロッコリーの青臭さが加味されたというグラタンソーダ。

 

 料理としてテイストするならちょっとクドいだろうが美味しく頂けるブツなのかも知れない、しかしそれがソーダという炭酸飲料として喉を通ったとすれば、今時雨が髭眼帯のボーンした頭部を執拗に指差す様に、ブロッコリーのインパクトに苛まれる程の青臭い地獄が心中へ展開されるに違いない。

 

 

 そんな経緯を辿り、ここにカリフラワー(髭眼帯)がブロッコリー(髭眼帯)にジョブチェンジするというささやかな出来事が起こった。

 

 

 鎮守府司令長官が密かにジョブチェンジを果した脇では、海風をブルーシートハウスへ収納してきたポイポイが再び卓へ着き、白い箱から抜き出したクジの番号も確かめずにそれを陽炎へ放り投げた。

 

 

「……五番」

 

 

 受け取ったクジを確認し、陽炎は対応した瓶を卓へ置いて、シャーっとポイヌ(夕立)の前へそれを滑らせた。

 

 その無駄にスタイリッシュなやり取りに、今も時雨にペシペシと熊チョップを受けるブロッコリー(髭眼帯)は注視する。

 

 

 ポイヌ(夕立)が受け取った瓶は、中身が薄い茶色の液体で満たされたブツ、それは今までのラインナップを考慮すれば、吉野としては残りが何かと予想が付く物であり、そこから導き出された答えはポイヌ(夕立)の精神的ダメージを緩和する為、ブツの正体をテイストするより先に伝えるべきというものであった。

 

 そんな言葉と忠告をブロッコリーがポイヌ(夕立)へ伝えようとした時、彼女は少し微笑みが混じる表情を浮べ、静かに首を左右に振る。

 

 

 姉妹を含む仲間が目の前で挑み、そして散っていった、それらの者達は背を見せる事は無く堂々と立ち向かって逝ったのだ。

 

 なら自分も退く訳にはいかないだろう、そしてブロッコリーが伝えようとする言葉がそれに打ち勝つ為の情報であろうとも、第三者の手を借りる事はこの戦いを冒涜する事に他ならない。

 

 艦娘という存在が戦いに対する時に持つとされるそんな矜持は、ある意味潔い戦士の振る舞いと言えたが、そんな彼女が対するのは米の国で発売された、作った者でさえ『こんなゲロマズなモン飲めるかーい!』とコメントした飲料なのである。

 

 

 ある意味シュールを通り越してカオスが過ぎるその空気の中、ポイヌ(夕立)は瓶の中身を躊躇わずに煽った。

 

 

 ゴクゴクと嚥下(えんげ)され、喉を落ちていく炭酸飲料。

 

 

 ブロッコリー(髭眼帯)が正体を見極めたそれは、ジョーンズさんが用意した感謝祭フルコースの最後を〆る料理、ピーカン・パイ風味ソーダである。

 

 ピーカン・パイ、若しくはペカンパイと呼称されるそれは、パイ生地の上にペカンナッツを敷き詰め、コーンシロップや溶き卵、そしてバターを大量に添加し焼き上げたデザートである。

 

 それは主に感謝祭やクリスマスに供されるアメリカ南部の名物料理とされており、感謝祭に於いて食事の後には必ず供されるという程にメジャーなデザートでもあった。

 

 そんな食事の後のデザートも当然忘れない、感謝の気持ちから出た気遣いという気狂いが用意した最後の刺客。

 

 香ばしく焼き上げられたナッツの風味、飴状に溶けつつも固まらない程に大量のバターがそれらを包み込み、そしてコーンシロップが全てを侵食する、そんな甘いと言うには生ぬるい米国特有の手加減の無さが再現されたクソ甘デザートが、全ての風味を伴ってシュワシュワとポイヌ(夕立)の喉を通って流れ落ちる。

 

 

 怪訝な表情で見るブロッコリー(髭眼帯)の前では、何がそうまでさせるのだろう、ポイヌ(夕立)が一気飲みで瓶の中身をゴクゴク飲み干し、ゴトリとそれを卓に置いた後、拳を天に突き上げたポーズのまま微動だにしなくなった。

 

 時間が静かに流れ、それでも動かないポイヌ(夕立)にダメージから復帰を果した時雨が歩み寄り様子を伺う、そして振り向いた彼女は言葉も無く、無言で首を振って○オウのポーズで固まった彼女を脇に抱え、静かにブルーシートなテントへと輸送していった。

 

 

 無言でそんな事が繰り広げられたアフターディナーティ、卓に残るのはテロリスト(陽炎)ブロッコリー(吉野)の二人だけである。

 

 

 そして吉野は思い出す、ジョーンズさんが感謝の気持ちで用意した狂ったフルコースは、記憶が正しければもう既に出揃っているという事を。

 

 なら次に来るブツは予想が付かず、またラベルが剥がされるという今回の展開では苦しい戦いが展開されるだろうと。

 

 

 そんなブロッコリーはプルプル震えつつ白い箱へ手を突っ込もうとしたが、それをそっと陽炎が手元に引き寄せ、そして首を静かに振った。

 

 

「……司令には別に用意した物があるの」

 

「……ナニが?」

 

 

 陽炎が言う言葉に嫌な予感メーターがレッドゾーンへ突入するブロッコリーの前に、二つのブツがコトリと並べられる。

 

 

 それは片方が黄金色の液体、そしてもう片方が濃い水色の液体が入ったプラペットのボトルであった。

 

 

「……ねぇ陽炎君、これは……」

 

「世の提督諸氏からの希望を鑑みて明石さんが製品化した製品、それが今回司令に託されたテイストミッションになるわ」

 

 

 髭眼帯がプルプルする前に並ぶ二つの飲料、それは片方にポイヌ(夕立)が、そしてもう片方に時雨の姿がプリントされたラベルが貼り付けられた、製品名『艦娘冷却水』と呼ばれるブツであった。

 

 その名と存在感は色々とイメージをさせるブツであり、一部では聖水、若しくは艦娘汁という呼称で提督諸氏の心を掻き乱す事になるという、明石ビバレッジでは後に一部の熱狂なリピーターを生み出す事になる清涼飲料水であった。

 

 

 そんな尊いブツを目の前にプルプルするブロッコリーはそれらを手に取り、怪訝な表情でラベルを観察する。

 

 ポイヌ(夕立)がプリントされているブツは黄金色をした液体が入っており、商品の名称からして完全にアウトだと言う事が判る。

 

 何故ならそれは言ってしまえば艦娘冷却水と言いながらも、夕立の黄金水と言うワードが容易に口を吐いて出てきてしまうべきビジュアルのブツであったからだ。

 

 

 そして超真面目な表情でそれからもう片方のブツへ視線を移した時、ポンポンとブロッコリーは誰かに肩を叩かれる。

 

 

 振り向けばポイヌ(夕立)をテントへ収納してきたのであろう時雨がそこに居り、とてもいい笑顔で艦娘汁を両手に真面目な観察をしていた吉野の事を見ていた。

 

 

「提督……それ、何?」

 

「え……いやそのこれはアレと言うか何と言うか」

 

「提督の欲望を明石さんが形にした製品、艦娘冷却水よ」

 

「陽炎君『提督』と『の』って言葉の間に『達』の一文字抜けてるから! 提督が特注してこんな汁が出来上がったみたいな言い方はヤメテ!? お願い!」

 

「そう、僕に興味があるの? いいよ、なんでも……って言いたいとこだけど、もう片方のソレ(・・)は何なのかな?」

 

 

 ニコリと微笑む時雨の表情は慈愛に満ちつつも、口から出る言葉には凍て付く波動が含まれていた。

 

 そんな危機的状況に、原因を作った陽炎へ説明を求めようとして振り向くも、何故かそこにはダース単位で置かれた艦娘冷却水の他には何も存在しないというメーな卓が広がるのみであった。

 

 そして誤解を解く為ブロッコリーが再び振り向いた先には、時雨の他に戦線復帰を果した者達が立ち並ぶという色んな意味で手遅れな光景が広がっていた。

 

 

 

 こうして食後のティータイムは終了し、明石の新製品を贈られたブロッコリーは色んな意味で北から着任してきた彼女達に間違った性癖持ちとして認知される事になるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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