大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 吉野達を再び襲うテロリズム、それはジョーンズさんが作った、圧倒的感謝の気持ちを込めたフルコースという、日常を逸脱した品と書いて逸品と呼称するブツ達であった。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/09/04
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鷺ノ宮様、リア10爆発46様、対艦ヘリ骸龍様、柱島低督様、有難う御座います、大変助かりました。


Their campfire.3

 

「あーマジひでぇ目に遭ったぜ……」

 

 

 夜も更け始めた動物の森、そこには季節外れの感謝祭というサバトから復帰を果したアニモー達が焚き火を囲み、倒木にシッダウンして談笑するという場が広がっていた。

 

 あの時点で陽炎のミサイルベイ(クーラーボックス)にはまだ残弾が多く残されてはいたが、絨毯爆撃が取り敢えず一巡した為に満足したのか、お茶会テロリスト(陽炎)は『じゃ、またね』と一言残してその場を後にした。

 

 吉野の記憶が確かなら陽炎は黒豹さんに朝ごはんを作る人員として呼ばれていた筈ではと思ったもんだが、それよりも艦娘冷却水というブツの言い訳やら事後処理やらに追われ、ついぞその辺りの追求が出来ないままでアフターディナーティーはお開きとなっていた。

 

 

「もー何やってるの、色々自由にさせて貰えるのが嬉しいからって、はしゃぎ過ぎちゃ駄目じゃない!」

 

 

 渋い表情でボロロンと弾き語りを再開した江風に、彼女と同じく単冠湾(ひとかっぷわん)泊地から大坂鎮守府へ着任が決定している駆逐艦である雷がプンスコしつつも、夜は体が冷えるだろうと気を利かして淹れたココアを配給している最中であった。

 

 雷まじロリオカンである。

 

 今回の北方戦力の再配置に於いて南方へ送られる戦力の総数は40人、それとは別に大坂鎮守府着任の者は10名という事になっている。

 

 

 白露型七番艦 海風、白露型九番艦 江風、綾波型一番艦 綾波、夕雲型四番艦 長波、初春型一番艦 初春、陽炎型十二番艦 磯風、暁型三番艦 雷、瑞穂型一番艦 瑞穂、高雄型一番艦 高雄、雲龍型三番艦 葛城

 

 これら低錬度、若しくは戦闘に向かないと判断された者達が今回大坂へ着任する人員の全てとなっている。

 

 駆逐艦は前線でもそれなりに数多く、錬度が低いと育成コストという面からの費用対効果が低いという判断で先ず省かれ、次いで型遅れで戦力としては微妙という評価を受ける身であり、且つ駆逐艦達を心配していた高雄は大坂への転任を自ら希望。

 

 更にそこへ南洋ではそれなりの数が行き届き、また常用するには使い処が難しいと判断された水上機母艦の瑞穂が加わり、そして大坂鎮守府側(フラット5)から強く要望があった為に、戦力として使えるとしながらも例外として大坂へ着任となった葛城。

 

 

 その中にあってカッコカリ実装後の高錬度にあった雷だけは特殊な立ち位置にあった。

 

 

 単冠湾泊地筆頭秘書艦であり、建造以来司令長官であった石村毅郎(いしむら たくろう)中将と共にあった彼女であるが、その石村が横須賀鎮守府の司令長官の任に就く事が決定した時点で彼女は同伴しないと決めていた。

 

 実務よりも艦娘達の取り纏めや司令長官の身の回りを世話していた彼女は、中央の要所へ就く主には自分よりも他の能力に秀でた者が脇を固めるべきだという考えの元、引き止める石村の誘いを固辞し、長門や時雨という付き合いが長い者が要職に就いているという点と、また高雄と同じく錬度が低い者達を心配してという理由から大坂鎮守府への着任を希望し異動してきた。

 

 

「別にはしゃいでた訳じゃないンだけどなぁ、どっちかっつーと巻き込まれた感じっつーか」

 

「うんまぁ今回のは仕方ないかな、陽炎もお祭り好きな面があるし、一気に人が増えてワクテカしてたみたいだし……」

 

「時雨姉さん、陽炎ちゃんっていつもああなんですか?」

 

「……うーん、いつもって言うか、そういうスイッチが入ったらああなるって言うか……」

 

「ぽいっ」

 

 

 白露型の四人が座る倒木では、時雨に後ろから抱き付くポイヌ(夕立)を中心に、姉妹達があれこれまったりと話に華を咲かせ、長波と雷が朝食のメニューに付いて打ち合わせを行うという、穏やかな時間が焚き火を中心に流れていた。

 

 

「しかしもう九月じゃと言うにまだまだここらは温かくて過ごしやすいのぅ、それに加え鎮守府施設もかなり整備されておるし、何をするにも過不足無い作りになっておる、急に異動が決まってわらわも色々不安じゃったが……まさかこんなにまったり出来る拠点じゃったとは」

 

「うむ…… 泊地から後方の鎮守府へ送られると聞いた時は正直どうなんだと不安があったんだが、ちゃんと私達の事も戦力として考えてくれている様だし、ここの先任達にしても皆ちゃんと驕り無く軍務を回している、これならばこの磯風、遠慮せずに……思う存分腕を奮えそうだ」

 

「いや磯風……その、軍務は良いのじゃが、食事の用意はその……少々遠慮するが良いぞ? それがそちにとって人付き合いを上手く回すコツじゃからの?」

 

 

 そして髭眼帯(ブロッコリー)の両脇には、のじゃロリの初春と例の磯風さんが脇を固める倒木という、ある意味単冠湾(ひとかっぷわん)泊地産のくちくかんアニモーが勢揃い的なキャンプファイアーが完成していた。

 

 後から合流してきた者達もご他聞に漏れず、明石セレクションのパジャマで身を固めるという出で立ちになっており、雷は三毛猫タイプのパジャマ(着ぐるみ)を、のじゃロリはキツネタイプのパジャマ(着ぐるみ)を装備。

 

 そんな愛くるしいと言えるビジュアルを眺めつつも、何故か髭眼帯は左隣から漂ってくる圧倒的存在感に眉根を寄せ、どう反応したら良いのか言葉が口から出てこない状態にあった。

 

 

「うん? どうした司令、磯風の顔に何か付いているか?」

 

「ああうん別にそんな事は無いよ? うん……ナイナイ」

 

 

 例の磯風の顔には特段おかしな部分は無かった。

 

 しかし何とも表現の出来ない真顔になりつつ、顔の前で手を左右にプルプルする髭眼帯が見る例の磯風は、ビジュアル的にはヒョロ長い見た目の着ぐるみを着用していた。

 

 それは秋になると日本の食卓を飾る海の幸、あの秋刀魚という魚類のパジャマ(着ぐるみ)を装着した例の磯風という絵面(えづら)

 

 見渡す限り周りは動物シリーズに統一されているのに、何故彼女だけは海の生き物シリーズなのだろうか、どうしてそんな大根おろし的なオブションが側面にくっ付いたイロモノをチョイスしているのだろうかと、髭眼帯はやたらとリアルに再現されている死んだ秋刀魚の目と視線を合わせつつ、ハハハと乾いた笑いを口から漏らしていた。

 

 

「磯風はの、その……秋刀魚には少々煩っている傾向にあっての、余りその辺りの詮索はせんで貰えると助かる……」

 

「ああそうなんだぁ……うん、そっかぁ……煩っちゃってるのかぁ」

 

 

 キツネののじゃロリからコショコショと耳打ちされ、凄く真面目な相で目の前の秋刀魚を見る髭眼帯。

 

 対してそれに首を傾げる例の磯風。

 

 

 そんな動物の森は静かに夜が更けていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ねぇ提督」

 

「うん? どしたの時雨君」

 

「うん、ちょっと江風の悩みを聞いてあげて欲しいんだけど」

 

 

 髭眼帯から丁度焚き火を挟んで真向かい側、白露型三姉妹が座るそこでは時雨の言葉に江風がちょっと待てという風に戸惑いながら、何か言い辛そうな空気を漂わせているのが見える。

 

 時間的にはそろそろ就寝という時間で、焚き火の勢いもそろそろ墨がジワリと光を滲ませる程に落ち着いたそこには、眠気という空気が僅かに漂う静かな色が見えていた。

 

 

「……悩み?」

 

「うん、ここ最近江風って神通さんの短期集中教導受けてたじゃない?」

 

「ああうん、そう言えば大変だって話はちょくちょく聞いてたね……イロイロと、ダイイングもといメモ的なカンジで、でもそのお陰で確かもう第二段階改装も終えたんだっけ?」

 

「うん、お陰様でそれなりに強くはなったンだと思うンだけどさ……」

 

「……随分歯切れが悪い感じみたいだけど、何か問題があった?」

 

 

 少し前にグラーフに全ての扱いを任した結果、本人の強い希望もあって大坂鎮守府名物である短期速成というカリキュラムで錬度を上げる事になった江風。

 

 それは現在実戦での経験を積むという部分以外の、彼女が望んだ結果を得る事にはなっていた。

 

 元々それなりに基本性能が高い艦であった為教導の結果は概ね良好で、実戦へ出すにしても充分という報告は髭眼帯には届いている状態にはあった。

 

 そんな結果を経た白露型九番艦は、取り敢えず目的であった自分達を戦力外と断罪した者達を見返すという目的は果したと言っても良い状態にはあった。

 

 

「やっぱアレ? 前線に行きたいって気持ちは変らないと?」

 

「いやそうじゃないンだけどさ、なんて言うのかなぁ……確かに我儘を叶えて貰って強くはなったンだと思う、けど……」

 

「けど?」

 

「うン、ちょっとどう言えばいいのか判ンねぇンだけど、実際ここまで練度が上がって感じた事なンだけどさ、ンー……これが求めてた答えなのか良く判ンないって言うか……」

 

 

 彼女は艦娘としては強くなった、そしてそれ以上を望むならもう前線へ出て経験を積むしかない。

 

 単純に『強くなりたい』と思う部分を突き詰めていけばそういう答えに行き着くのが自然と言えた。

 

 

 しかしそれでも江風は言った、『それが自分の求めた答えなのかが判らない』と。

 

 

 なら前線へ出てその辺りがどうなのか確かめるのが答えを得るには早い道と言えるだろう、それは誰に聞いても返ってくるだろう答えである筈である。

 

 しかしそんな妹の話を聞いて、敢えて時雨は髭眼帯に答えを求めた。

 

 

 確かに吉野は大坂鎮守府の司令長官であり、そこに所属する者に対する全てを決定する権限を持っていた。

 

 だが教導段階の者に対する何かは司令長官という『権限を持つだけの者』ではなく、教導を受け持っている担当者が関わるべき事案であった。

 

 教導という行為は教え導くという言葉の通り、それが意味する全ては戦う技術だけではなく、覚悟や心根というメンタル部分も同時に鍛え、戦う者へと導いていくという行為に他ならない。

 

 故にそれが出来る者は戦いの只中で生き残り、そして全てを()る者で無ければならない。

 

 

 そんな大事な部分を教導担当の神通では無く、艦隊戦という経験の面ではこの鎮守府中、ぶっちぎりで役立たずと称される吉野へと時雨は答えを求めた。

 

 

 その意図する物は吉野には判らない、そんな謎を抱きつつ前を見れば、焚き火の向こうでニッコリ笑い黙って見ている時雨と、その横で所在無さ気に視線を落とす江風が見える。

 

 そして髭眼帯は少し苦い相を表に滲ませ、一旦溜息染みた物を口から吐き出し、再び視線を江風へ戻した。

 

 

「江風君、君の悩みに対する答えという物は、残念ながら自分は持ち合わせていないかな」

 

「……うん、まぁこっちも自分自身でよ……何がどうって判らない状態だしさ、それにどうすればいいかなンて提督に答えを出せって方が無茶ってもンなのは判ってンだけどもさ」

 

「だねぇ、それにそもそも教導系は門外漢だから、その辺り自分に聞く事自体どうなのって気がするんだけどね?」

 

「なンだよそれ、頼りになンないなぁ」

 

 

 ここに集う者は全て単冠湾(ひとかっぷわん)泊地より来た者達である。

 

 それらが異動前に聞いていた大坂鎮守府という拠点は、新規に整備され急成長した大型拠点であるという事、そして主目的は教導任務が中心であり、そこの司令長官は現場指揮官と言うよりは、組織運営に秀でた文官であるという事を聞くのがせいぜいであった。

 

 故に彼女達は戦力としては徴用されず、己は労働力として請われ異動していくのだという思いが強く心にあった。

 

 

 そして今目の前で江風の悩みに良く判らないと応えた司令長官は、事前に彼女達が予想した状況を肯定するかの如く、共に戦う者では無く、運営を担うタイプの指揮官であるという印象を強く与える言葉を口にしていた。

 

 

「まぁでもまだ神通君の教導は全部終わった訳じゃないんでしょ?」

 

「ン、これからは艦隊での立ち回りを覚えて……後は深海艦隊とかと演習するとか言ってたっけ」

 

「ならそれが終わるまで答えを出すのは早いと思うんだけどなぁ」

 

「やっぱそうなンかなぁ……」

 

「ねぇ司令官」

 

「ん? 何?」

 

 

 髭眼帯の何とも言えない受け答えに黙って様子を見ていた雷が言葉を漏らす。

 

 周りの者には頼りなく見えるこの髭眼帯、でもそう見せていても一貫して『確たる答えを一つも口にしない』という姿勢は、ある意味彼女が所属していた単冠湾(ひとかっぷわん)を指揮していた者のやり方に似た、そんな懐かしいやり取りをしている事に気付いていた。

 

 

 ここ暫くの間は大本営でゴタゴタがあり、泊地ではその煽りを受けて経験の浅い者達に対してフォローが出来ない程の状態となっていた。

 

 しかしそれまでの単冠湾(ひとかっぷわん)では時間が掛かるものの、常に目標だけを与え、そこに至るまでの手段から備えまで、全てそれらは艦娘本人に考えさせるという自主的な教育を施すという方針が採られていた。

 

 彼女()の主であった中将は常に口にしていた、『環境が変ればやり方は変る、それを一元化して教え込むには無理がある』と。

 

 そのやり方は理想的であり、主の言葉は至言であると雷も思っていたが、軍という組織に於いてそれは非効率であり、また運営としては下策と評価されるやり方であった。

 

 しかし北の拠点という、それまで逼迫していなかった場であった為に通用したかも知れないそれは、大坂鎮守府という教導を主軸に置いた拠点では非効率故に成り立たない筈である、実際短期速成で錬度上げをするというやり方で江風が強くなったという面を考慮しても、ここでの育成に対する方針はどういう物なのかという答えは、雷からは概ね見えていた。

 

 しかし今目の前の男は実際行っている運営とは剥離した物言いと、行動を"わざと"している、雷は直感的にそう感じた。

 

 

「司令官は私達に何を望んでいるのか、そこんとこをじっくりと聞きたいわ」

 

 

 指揮官として無能を晒している風にも見えるが、そんな者が例えお飾りであっても嘗ての主と同じ中将の肩書きを持ち、あまつさえ鎮守府という拠点を任される筈は無い。

 

 長門程歳を重ねた訳では無いにしても単冠湾(ひとかっぷわん)泊地という拠点が据えられ、そこで初めて建造されたというこの古参の艦娘は、時雨という"手遅れであった者"と、長門という"もう誰にも己の手綱を渡さないだろうと思われた者"から信頼され、それらを上手く使っている髭眼帯への興味も相まって、本来なら静観すべき話に割り込んででもこの指揮官の考えを知りたいという欲求に駆られた。

 

 

「君達に何を望んでいるか?」

 

「そう、これだけ一度に艦娘を迎えて事細かにどうこうするなんて判断は難しいと思うわ、でもそれとは別に司令自身がどう望むかって事はある筈じゃない? その辺りはどうなのかなって」

 

「ああそういう訳ね、んー……特にこれと言って無いかなぁ」

 

「え……無い、の? ホントに?」

 

「雷君自身は自分が言わなくてもさ、君自身自分が一番働けるのはどの部分かって辺りは熟知した部分があるんじゃない? なら君はその部分で貢献してくれればいいさ」

 

 

 少し不満気な相の雷へは問い掛けはそのまま言葉にしないまでも、『ちゃんとした形の答え』を髭眼帯は返し、あくまで踏み込んだ答えは避ける姿勢を貫く。

 

 

「んで江風君だけどさ、悩むなら今ここで出来る全ての事をやってみて、やりたい事を見付ければどうだろう?」

 

「うン? 出来る事全て?」

 

「前線に出たいなら定期的に出る遠征艦隊に随伴する事は可能だし、ここには水雷系だけでも違うタイプの指揮官が複数居る、他には空母機動艦隊も水上打撃部隊も存在する、ある意味やれる事に関してウチはより取り見取りじゃない?」

 

「……うん」

 

「一通り色々やっても答えが出ないなら、それはもう君の望むのはどう戦いたいかじゃなく、どう生きたいかって事になるんだと思う」

 

「どう生きたいか? なンだか良く判ンない話だなそれ……」

 

「答えが見えてないから今はそう感じるんじゃないかなぁ、てか実際教導段階でそれを見付けられる者の方が少ないと思うよ?」

 

「じゃさ、提督が雷が言ったみたいにさ、江風に何か望む部分は無いのか?」

 

 

 出せない答えでは無く出せる言葉を聞き、少しでも安心したいというそれは、江風だけでは無くそこに居る、『戦力外通知』を受け、大坂鎮守府所属を言い渡された全ての者が聞きたい言葉でもあった。

 

 そんな重い言葉に『ふむ』とだけ呟いた髭眼帯は一度周りを見渡した。

 

 ゆるゆるとした場であった焚き火周りの空気は、雷と江風の言葉により髭眼帯へ注視するという、そんな物へと変化していた。

 

 

「経験が無く、まだ一人前とは言えない君達に対して、自分が今望む物は今んとこ何もないよ?」

 

「……確かに今は何もお役に立てる術を私達は持ち合わせてはいませんが、せめて提督がこうあるべきと命令して下されば、それに向って私達は───」

 

「海風君、君達へ指揮官としての立場から望む物は、残念ながら極決まりきった範囲の物しか出せないのは理解出来るね? 特に自分みたく浅慮な物がそれを命じれば更に狭く、可能性を排した目的しか君達には与えられないだろう」

 

「……はい」

 

「その話も、君達が出される軍務を回せるだけの能力を持っている事が前提での事だ」

 

「は……い」

 

「でも自分は今の君達に『頑張れ』とは言わない、『無責任な応援』もしない、そして『生き方を狭める命令』も出さない」

 

 

 髭眼帯の言葉に江風達は項垂れ、雷は目を見開き、そして時雨と夕立は黙って耳を傾けていた。

 

 

「君達は一番になるのでは無く、唯一の自分になりなさい、教えを請う事はあってもそれを忠実にこなすだけ(・・)の者になってはいけない」

 

 

 艦種と個という部分では艦娘という存在は画一化された者達であった。

 

 意思を持ち自発的に行動したとしても、それは同型同種の者は殆ど同じ事をなぞる、それが艦娘という存在である。

 

 その者達には環境や経験による僅かばかりの優劣は存在しても、個の差異という部分は殆ど存在し得ない。

 

 

 そんな者達に対して『唯一の存在となれ』という言葉は何物にも例えられない、難易度が高い要求となる。

 

 

「そしてもし君達が答えを見付け、胸を張って自分なりの生き方が見えたと言える様になった時は、改めて自分へ言ってくれればいい、『自分がやりたい仕事はこれです』って」

 

 

 汎用性を元に効率を重んじる軍の方針とは掛け離れた、そんな無茶な事を言う指揮官に周りの殆どは意味が判らず首を捻り、そして判った者は逆に言葉を失った。

 

 なんて無茶な要求をしてくるのだこの男はという感情に顔を歪ませて。

 

 

「江風君」

 

「……ン」

 

「判らないなら悩むといい、誰にでも相談すればいい、そこで答えが出なくても、必ず悩んだ時間とその経験は君というオリジナルを作る一部となる」

 

 

 悩む色を更に深くして考え込む江風。

 

 そしてそれとは逆に雷は一つの答えを導いていた。

 

 

 個という存在を廃したがる軍という組織にあって、あくまでその真逆を推し進めるこの司令長官。

 

 その男が言う思想は教導という活動の枠には収まりそうで、実はまるで違う。

 

 それは艦娘という存在自体を戦力として育成する訳では無く、自分と言う存在を強く個々に認識させ、人と同じ立場へ引き上げるという事を目的とした思想なのでは無いかと。

 

 

 嘗ての単冠湾(ひとかっぷわん)の主のやり方は、他の指揮官よりは艦娘本意の物であったのは確かであったが、結局彼女達の依存するという部分を利用した上下の関係を前提とし、ある意味それが必然という関係を最大限利用した艦隊運営に他ならなかった。

 

 しかしここではそれに近くはあったが、『艦娘本意』という部分が文字と違わぬそのままの意味として運営されていた。

 

 それはある意味艦娘という存在からしてみれば拒絶に近く、己を否定されていると思われてもおかしくは無い、そんな危険も伴うやり方でもある。

 

 

 そんな思惑を読み取った雷の視線は自然と時雨の方を向く。

 

 ここに来てから見た彼女(時雨)の行動は、吉野へ対する強い依存で成り立っている様に見えた。

 

 その時雨にじゃれ付く夕立もまたその依存度は高い物に見えた、だから誤解をしている部分があったと今更ながらに気付いた。

 

 

 目の前の二人へは軍務という命令と同じ程度の自由が与えられていた、義務は課せられていても最低限保障されているプライベートがあった。

 

 その範囲では吉野からは何も関わる様は見せていない、ならばその依存は仕向けられた物では無く、彼女達の自由から出た物なのだろう。

 

 

 そして与えられた自由は彼女達に考える時間を作り、その中で納得する生き様を見付ける事になる、其々の関係が崩壊しない程度に保たれ、そして信頼関係を崩す事無く自立を促すという綱渡りな関係。

 

 

 軍務という上に乗っかり、そこでどうあるかと悩む二人と、そこで話を聞きつつも受け入れているという二人という対比。

 

 それは今吉野の話に悩む江風と海風という姉妹があり、その二人に挟まれた時雨と夕立を見れば、無茶とも思えた思想がある程度実を結んでいる物だと言う事は疑うべくも無い、雷がこの場で感じ取った物の答えはそこに行き着いた。

 

 

「……ね、ねぇ江風」

 

「ン?」

 

「えっと……うんごめん、何でもない」

 

 

 未だ悩む江風達に声を掛ける瞬間彼女は思い出してしまった、『悩みと真剣に向き合うという自由』と、『何かを自分で決めるという何でもない事』が殊更難しい物である事を。

 

 何かを聞けば答えを与えられ、常に命令という物に従うという日々は思考を鈍化させ、『歪な当たり前』が常識として繰り返される。

 

 そんな繰り返しは結果として『当然』と認識されてしまうされる為に、艦娘という愚直な存在は思考の殆どを『生きるか死ぬか』、『強いか弱いか』という単純な物にしか向けなくなってしまう。

 

 

 だから『戦う事が出来なくなった』時雨は選択肢が無くなってしまった為に壊れていき、『誰かの死の上に生き延びてしまった』長門はずっとそれに囚われ続け、次へ踏み出せないままでいた。

 

 

 物事は単純であればある程強固にして、そして掌握が容易くなる。

 

 しかしその枠から外れた者に待つ未来もまた単純で、多様性を欠いた結末しか用意されていない。

 

 

「……そっか、時雨はそれ以外の答えを見つけたのね」

 

 

 嘗てその問題に直面し、幾度かそんな理不尽に晒された者達を迎え、そしてその者達を(ともがら)として生きていく覚悟をした者が居た。

 

 

 今もその者自身にも確たる答えは見えていない、しかしその者は共に寄り添い、共に悩むという事で答えを模索する道を選んだ。

 

 

 生きるか死ぬかでしか結果が得られない戦場に於いて、それ以外で答えを模索するという行為は恐らく間違っていると言われるに違いない。

 

 軍部にあって、何かを捨てる(命を消費する)事で何かを(勝利)得るという当然とも言える公式(戦場の理論)を、敢えて真っ向から否定し、それ以外の答えを得る可能性は限り無く絶無に近いと言えるだろう。

 

 

「……ねぇ司令官」

 

 

 そんな馬鹿みたいな事を言葉に出す事は無く、一時的にであっても支配下に置く者達にすら無能扱いされて、それでも淡々とそんな事を続けてきたという事が、短くは無い時間を秘書艦という裏側が見える立場で過ごしてきた経験が過ぎた為か、雷にはありありと判ってしまう。

 

 そんな彼女は、秘書艦という職務を経た事により色々と聡い部分があり、更には元来尽す事に喜びを感じる性癖であった為か、この時ある事を心に決めたという。

 

 

「……うん、雷、司令官のためにもっともっと働いちゃうね! だからこれからはどんどん私に頼っていいのよ!」

 

 

 こうして職業『ロリオカン』というある意味特別なジョブの艦娘が大坂鎮守府に誕生する事になった。

 

 

 それは髭眼帯曰く、『自室に戻ったら部屋が綺麗に整頓されており、更には何故か隠し財宝が机の上にキチンと分類分けされた形で鎮座している的な、感謝とそれ以外の念がほろ苦く共存する気持ち』を醸し出す母性が鎮守府に展開する事になるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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