大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 髭眼帯がいい事を言った風に見えて、実は色々と丸投げしたという疑惑が残る動物の森があった。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2020/06/09
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました鷺ノ宮様、坂下郁様、皇國臣民様、リア10爆発46様、霧島菊花様、頭が高いオジギ草様、有難う御座います、大変助かりました。


秋刀魚苦いかしょっぱいか。

「……何故だ」

 

 

 平時では余り見せない厳しい表情を表に貼り付け、大坂鎮守府総旗艦、長門型一番艦長門はそう呟いた。

 

 時刻は一〇一三(ひとまる ひとさん)、提督執務室のソファーに身を沈め、目の前に居る鎮守府司令長官へ向けて彼女は睨むかの様に視線を投げていた。

 

 

 吉野が動物の森で色々諸々されてからの翌朝、朝一でどうしてもという事情で散髪を済ませ、何時かぶりで普通の髪型へ戻してから執務室へ入ると、既に公務を始めていた秘書艦ズの他に応接区画に陣取っていた艦隊総旗艦という絵面(えづら)が髭眼帯の目の前にあった。

 

 その長門の様はどう見ても不機嫌という空気を漂わせており、執務室内の者に朝の挨拶をしながらもそこへ近寄る間に彼女がそうなっている(・・・・・・・)件についての心当たりを髭眼帯は考えつつ、問題のソファへと腰掛ける。

 

 その間凡そ十数秒、努めてゆっくり歩きつつ髭眼帯は今考えられる限りの諸々を思い浮かべたが、長門をそんな状態にする案件という物についぞ心当たりも思い当たる部分も無く、頭の上に『?』マークを浮かべたまま、『おはよう、どうしたん長門君』と挨拶を口にした後、不機嫌な相の艦隊総旗艦から返って来た言葉が冒頭の物であった。

 

 

「んと? 何故だとは何の事?」

 

「私は確かに現場の差配を任せられいてる、それは提督からの信頼の証だと誇りに思っている」

 

「う……うん? 何だかいきなりだねぇ、えっと確かに自分は君の事を信頼して現場の指揮を任せているけど……」

 

「その期待に応えるべく、私は精一杯今度の戦力配置に於ける教導の任を努めさせて貰った」

 

「うん、君達が頑張ってくれたお陰でデータ取りは滞りなく終了して、今日からはその処理に移るって昨日報告を受けたばっかじゃない、それに何か問題があったの?」

 

「正直玉石混交の者達を纏めて数値化するという作業は、数もそうだが個々の能力にバラ付きがあり過ぎて難航した、しかしそれでも教導特化を謳っているウチがまごついている様を見せれは後々の公務に影響する、そう思って無理を押して任務をこなしたのだ」

 

「うんそれは重々承知しているよ、随分と無理した上にほぼ無休でやってくれたお陰で、思ったよりも時間が掛からず仕事は纏まったみたいだし……」

 

「その後報告をした時提督は私に何と言った?」

 

「え、何と言ったって……んん?」

 

 

 不機嫌と言うよりは怒りという表現が出来そうな空気を漂わせ、長門は吉野へ問い詰める。

 

 現在大坂鎮守府は北から南洋へ送られる予定の艦娘達を一時預かり、その者達に教導カリキュラムと同じ事をさせた上で個々の能力を数値化し、それを大本営へ報告するという任に就いている。

 

 それは運用が極端に偏った形でしか回せざるを得ない海域に所属していた者達を、戦力的に平均化した状態で各拠点へ送らねばならないという事情が絡み、また南洋からは早期の異動が打電されていた為、割と修羅場的な状態で現場は任務に当たっていた。

 

 そしてその任も現場部分はほぼ終了した状態まで漕ぎ付け、現在は持ち回りで収拾したデータの整理と纏めをしている状態であった。

 

 

 そんな現在、現場にほぼ出ずっぱりであった総責任者の長門、教導部門総括の叢雲、そして仮想敵をローテでずっと勤めていた深海勢に対しては昨日の夕方に、吉野から直接休暇三日間という指示を与えたばかりであった。

 

 その為本来なら長門は現在その休暇真っ最中である筈であったが、何故か今不機嫌な状態で執務室を訪れているという状況にある。

 

 

 普段見せる事が余り無い彼女のその様は執務室の空気をピリピリと張り詰めさせ、秘書艦ズでさえ遠巻きに様子を窺うという有様。

 

 そんな空気の中で吉野はボリボリと頭を搔きつつ、自分が彼女へ出した指示の中に何か地雷的要素が無かったかと改めて思考を巡らせる。

 

 

「昨日の夕方、提督は私に『取り敢えず大きな案件は片付いたから休め』と言ったな?」

 

「う、うん? 確かにそう言ったけど」

 

「しかしその後まだ大事が残っていたでは無いか、何故そんな大事を私抜きで行ったのだ……」

 

「……大事?」

 

 

 ギロリという表現ができる程に睨み、歯軋りの音が聞こえそうな程に感情を噛み締めつつ、長門は組んでいた腕を解いて体を前のめりにする。

 

 

「あの後私と別れた後提督はどこへ行った?」

 

「どこへって……確かあの後は球磨君に捕まってグラウンドの方に……」

 

「そうだ、私には休めと言いつつ追い払っておいて、提督はその後くちくかん達との触れ合いキャンプに参加したのだろう!?」

 

「……ふ、触れ合いキャンプぅ?」

 

「そうだ、しかもそれは単冠湾(ひとかっぷわん)から来た者達限定の集いという事ではないか! 何故そこで私をハブにしたのだ!」

 

「え……えっと? 提督は君の事ハブにした覚えはこれっぽっちも無いと言うか、アレは巻き込まれただけと言うか」

 

「だーかーらぁ、何故その時私を呼んでくれなかったのだ! ズルいぞ提督!」

 

 

 怒りが頂点に達したのか、ビッグセブンは涙目になり、口を△にした状態でだだを捏ね始めた。

 

 それは正にナガモンご乱心が始まった瞬間でもあった。

 

 

「私は単冠湾(ひとかっぷわん)で艦隊総旗艦を張っていたのは提督も知っていた筈だ」

 

「ええまぁ……はい」

 

「そして単冠湾(ひとかっぷわん)から今回ここへ着任したくちくかん達は、私が第二特務課へ異動してから建造配備された者達だ」

 

「へ……へぇ、ソウナンダ」

 

「そんな未知との遭遇というかまだ見ぬ愛らしい妹達との出会いに、何故! 提督は! 呼んでくれなかったのだ!」

 

「ちょっとナガモン興奮し過ぎ! 提督もあのサバトには突発的に巻き込まれただけだから! てか愛らしい妹ってナニ!? 色々ぶっちゃけ過ぎでしょ君!」

 

「煩い! この今の私の口惜しさを……提督は理解出来ないと言うのか!」

 

「だから何でそれを提督に言う訳ってかヤメロ! 首を掴んでブンブンするの禁止! シグえもんヘルプ!!」

 

 

 こうして漸く修羅場が落ち着き、新たに着任した者達を加えた新生活の幕開けはご乱心したナガモンから寄せられた理不尽からスタートするという、ある意味大坂鎮守府らしい理不尽からスタートするのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「それで? 朝一執務室であったすったもんだは、結局長門のいつもの(・・・・)から始まった騒動だった訳ね?」

 

 

 艦娘寮大広間、夕食も採り終えプライベートを過ごす為に人が集まり始めたそこの一角では、ぐったりとして寝そべる髭眼帯と、脇で溜息を吐くむちむち叢雲、そして浴衣姿の親潮と、何故か馬乗り状態でご満悦という響の姿があった。

 

 

「ああまぁうん、結局あの後時雨君が触れ合いくちくかんイベントアゲインをしてくれるって事で事無きを得たカンジで……」

 

 

 うつ伏せで渋い顔の髭眼帯が見る大広間の一角では、単冠湾(ひとかっぷわん)から来たアニモー達に囲まれてクネクネとご満悦のナガモンの姿が見えるというカオスがあった。

 

 

「そんな事で司令長官に直談判してくる艦隊総旗艦もアレだけど、結局そのおかしな願いの為に段取りをするアンタもちょっと甘いと謂わざるを得ないわね」

 

「まぁ司令官はその辺りのフォローと気配りで私達の支持を取り付けてる様なものだしね、それを疎かにしたら存在意義の八割は無くなってしまうから」

 

「響君は何気に辛辣だねぇ……提督の存在意義の八割が気配りのみとか、ちょっと泣きそうです……」

 

「まぁそれは現場指揮を丸投げしてる皺寄せだから仕方ないわ、文句があるならもうちょっとそっちも頑張んなさいよ」

 

「いいんですぅー、提督がやるより誰かがやる方がそっちは上手く回るんですぅー」

 

「……スネたね、年甲斐も無く」

 

「ほんとね、年甲斐も無く……ってほら司令官(・・・)、お客さんよ、もっとシャンとしなさいな」

 

 

 響に馬乗りにされつつ、た○パンダプリントパジャマ姿の髭眼帯が叢雲に突かれ横を見れば、友ヶ島警備府艦隊総旗艦のフフ怖眼帯が浴衣姿で見下ろす様が見える。

 

 それは見上げる形の髭眼帯からしてみれば、世界水準を超えるかどうかギリのラインであるプルルンとした胸部装甲に阻まれて表情が見えない状態であるが、その脇に随伴しているくちくかんの表情を見れば、恐らく彼女達の顔はとても残念な物を見る目になっているのは想像に難くないなと髭眼帯は思った。

 

 

「こんばんは天龍君、今日はこっちに泊まり番?」

 

「おう、まー今日はウチから夜間哨戒に何人か出してるのは確かだけどよ、今日はそっちじゃなくて夕張に呼ばれて来たんだよ」

 

「うん? 夕張君に?」

 

「ああ、ほら来週ウチはこっちに引越しになるだろ? んでその寮の事とか色々詰める為にな……っと横邪魔するぜ? あ、んでコイツは天龍班の副官やってる長月だ、ヨロシクな」

 

「長月だ、噂は常々司令官(唐沢)から聞いている、よろしく頼む」

 

「いやいやこちらこそ、いつも哨戒関係でお世話になってるのにちゃんと話とかした事無かったね、申し訳ない」

 

 

 響を背中から降ろし、脇に座った二人へ胡坐という形で対する髭眼帯。

 

 片方は浴衣姿の天龍に、もう片方はタイが白い以外は上から下まで黒で統一したセーラーが特徴の、緑の髪をした駆逐艦。

 

 それは世の提督諸氏からは、サイハイソックスでフトモモを完全ガードした姿が『だがこれはこれで』との評価をされている、睦月型八番艦の長月である。

 

 

「いや、最近は遭遇戦も皆無だし、私達はある意味無駄飯食いになりつつあるからな…… そう畏まられては逆に心苦しい限りではあるんだが」

 

「ったくいつもお前は固過ぎるつってんだろ、ほら、ちっとはここの司令長官様みたいにプライベートは阿呆を晒すくれーは見習えってんだ」

 

「阿呆って……」

 

「まぁ反面教師としては優秀そうだが……」

 

「天龍君」

 

「うん?」

 

「えっとうん……何と言うか……うん、用事は何かなぁって……」

 

 

 一部の提督諸氏から『これはこれで』という評価のくちくかんは正直者且つド正論をそのまま口にするという属性であった為に、髭眼帯はプルプルしつつ乾いた笑いを口から漏らしつつ、この珍しい訪問者達の用事を心の傷が広がる前にとっとと聞き出そうとする。

 

 そうしないと只でさえ枯渇気味の威厳がスッカラカンになる危険性があったからという、そんな悲しい事情があるのは当然内緒の話であった。

 

 

「あーそれな、いや本当ならオヤジがこの辺りの話は詰めるべきなんだろうけどよ、ちっと今陸さんとあっち(友ヶ島)の施設引継ぎとか、近隣住民との折衝で動けない状態なんでよ」

 

「なる程ね、て言うかその感じじゃその話の詰めって辺りって寮の事……じゃなさそうだね」

 

「ああ、そっちはまぁ夕張とヨロシクさせてもらってるら問題はねぇんだけどよ、今度ウチの指揮を執るってほら、ドイツから来る士官さんの事でよ」

 

「リーゼロッテ嬢の事?」

 

「それな、確か来週にもこっちに来るって事だったろ? んでさ、実はその士官さんの事なんだけど……なんつーかさ、オヤジからは何も話が無くてさ」

 

「え? 唐沢さんその辺り君達に何も説明してないの? 何で?」

 

「『俺っちも実はあんまよく知らねぇ、知りたきゃボンに聞いてみろ』ってさ」

 

「え~…… 自分も彼女に関しては『どこの誰』程度にしか知らないんだけど……」

 

「嘘付け、こんな重要ポジに収まる人間の事、吉野司令が調べて無い訳ねーだろ? それとも何か俺達に言えない何かがあんのかよ」

 

「いやそういう訳じゃ無いんだけど、うーん…… 確かに色々と探ってはみたけど、特段怪しい部分も無いし、それに経歴からじゃ人となりなんて判んないと言うか、事前に色々考え過ぎて変にイメージ持っちゃうのは良くないんじゃないかって思うんだけどねぇ」

 

「言いたい事は判んだけどよ、それでもどんな人間かってくれーは知りたいってのが人情だろ?」

 

「まぁそりゃぁねぇ」

 

 

 胡坐で差し向かいの髭眼帯と天龍に、脇でチョコンと正座の長月。

 

 それに気を利かせたのか叢雲は響と親潮を連れて少し離れた卓で様子見しながらも、今預かっている艦娘達と入れ替わりで着任する予定の、ドイツから着任する者に付いての情報を興味深気に聞き入っていた。

 

 

 予定であればドイツから来るその者が着任した時点で、友ヶ島警備府はその機能を大坂鎮守府の敷地内に移し、鎮守府所管の海域警備を専門に受け持つという軍務を開始する事になる。

 

 その彼女達の執務や活動をする場は、現在出撃ドック脇に専用施設を建設する形で独立運用を計り、またプライベート面では現在大坂鎮守府の艦娘寮の脇に彼女達の住居を用意する事で、現在の共用スペースや施設等も使える様にという形で準備が進められていた。

 

 それと同時に現在友ヶ島警備府として使用している施設には資源の幾らかを備蓄しつつ、防衛設備をやや強化した形で残し、管理運営は大坂鎮守府所管のまま、実際は陸軍が担うという形で運営していく事になった。

 

 

 その為施設の建築が完了した時点で人員は全て大坂鎮守府へ異動という事になるが、問題はその友ヶ島警備府司令長官として着任するリーゼロッテ・ホルンシュタインという技術士官の存在にあった。

 

 

 元々人が従事しないという前提で活動している大坂鎮守府、そこへ別の指揮系統とはいえ人間の、それも国外から来る者が着任する事になる。

 

 それは鎮守府の運営方針にしても、または海軍という組織の面に於いても特例と言うよりは異例の事態であり、その渦中の人物であるリーゼロッテという人物に付いては天龍のみならず、叢雲を始めとする大坂鎮守府の要職に就く者達にとっては嫌でも興味を惹く存在となっていた。

 

 

 そんなフフ怖を含め場の注目を惹いているのを肌で感じつつも、髭眼帯は少し考えた後に取り敢えず出せる情報のみを伝える事にする。

 

 一応のらりくらりと誤魔化してはいたが、この着任劇には唐沢の勇退を切っ掛けとした諸々という事が表の理由としていたが、その裏には欧州より送られて来る艦娘の扱いや運用、果てはそこから発生する国同士の利権という物が複雑に絡む、実に面倒臭い関係性が出来上がる物となっている。

 

 

 それは今後大坂鎮守府の影響力に帰依する部分も多分に含まれる為に、当然吉野は裏で関係各所に対して暗躍と呼べる程の折衝を繰り返している訳だが、表向きにはただ関係各国からの話に乗っているという体を見せる事に終始し、その情報は必要な部分以外は鎮守府の者達へすら伝えていない状態にあった。

 

 

 そんな髭眼帯が言うリーゼロッテ・ホルンシュタインという技術士官は、ドイツ連邦政府の駐日大使を長く務めた高官を父に持ち、幼少より日本で過ごしていたと言う事で、本人にしてみれば日本とドイツはどちらも祖国の様な感覚を持っている人物であった。

 

 そして父親が軍部寄りの人物であった為、当時ドイツとの繋がりを強化しようとしていた染谷とは深い繋がりがあり、その縁でリーゼロッテは染谷の他、妙高や龍驤、そして鳳翔達という『嘗ての岩川基地の関係者』とも割りと気安い関係にあるという。

 

 

 更に父親が駐日大使の任を解かれドイツに帰国した後は艦娘関連の研究を志す事になったが、当時まだドイツではその道を目指す環境が限られており、結局父親の縁を頼りに日本へ技術留学生として渡航し、それを可能にする為軍籍を得て技本で暫く活動した後帰国、後に現在の欧州に於ける艦娘運用の雛形を作り、現在の欧州連合に於いてドイツという国の立ち位置を押し上げた立役者として名を馳せていた。

 

 

「その話が本当ならよ、ドイツよりも日本で過ごした時間の方が多いって事になるな」

 

「歳は確か23歳って聞いてるけど、結局ドイツで過ごしたのは5年程らしいね」

 

「だから日本語がペラペラだった訳だ…… 納得がいったぜ」

 

「ん? 天龍君は直接彼女と話した事があるんだ?」

 

「いや、俺とじゃなくてオヤジと話してるトコをちょっとな、しっかし技本の関係者ってよ…… 吉野司令から見たらバリバリ対立派閥の出のモンじゃねぇか」

 

「それなんだけどねぇ、彼女、何したか知らないんだけど当時技本で問題起こしたらしくて、追い出されちゃったらしいんだよね」

 

「……は? 追い出されたぁ? 何だそりゃ」

 

「残念ながらその辺りはほら、自分としては色々とあって(鷹派と鳩派の関係)詳しい事は掴み切れてないんだけど、結構な確執があった様で……」

 

「おいおい大丈夫かぁそのネーちゃん、折角心機一転気持ち良くスタートしようって時によ、揉め事なんぞ持ち込まれるのはゴメンだぜ?」

 

「まぁその技本も今は色々あって内部浄化をやってる最中いるらしいし、暫くは大丈夫なんじゃないかって思うんだけど」

 

 

 軍に於ける技術の中枢と言われる技本という組織は、技術だけでは無くオカルトも含めた文字通り『艦娘関係に於ける世界の最先端』と呼べる存在でもあった。

 

 それは軍の麾下にあって独立した権限を持ち、また機密を多く抱える関係で、統括する上位の者達からしても全てを掌握する者は少ないという一大部門でもあった。

 

 それ故吉野が天龍に言ったリーゼロッテが何をして技本を追い出されたか判らないという情報は、内容を知った上でぼかした物では無く、純粋に情報が得られなかったという正直な話でもあった。

 

 

 そんな技本という組織は、以前大本営で起こった騒ぎの中核にあった為に軍部からの査察を受ける事になり、長らく特別という形で黙認されてきた暗部にメスが入る事になったが、それらの多くは結局艦娘という存在を運用する部分において有用とされる技術を抱えていた為に、ある程度の浄化という形で幾らかの人事刷新は行われたものの、その存在は相変わらずという形で存続するに至っている。

 

 

「しかし今23って事はよ、技本に居た頃って未成年って事になるよな?」

 

「だねぇ、何でも飛び級で博士号取得までやっちゃって、17で技本入りしたらしいよ?」

 

「うは……マジかよ、そりゃ大したモンだって言いたいんだけどさ…… 結局ソイツは吉野司令から見てさ、使えるヤツ(・・・・・)なのか?」

 

 

 飄々とした雰囲気から一転、胡坐のまま前のめりになり、最後の辺りの言葉の部分にだけやたらとドスが利いた声色を乗せて、眼帯の艦隊総旗艦は髭眼帯に質問を投げた。

 

 ここまでの話の中で色々とあったが、それは彼女にとって結局最後の部分が一番聞きたい事だと単純に判る様であり、同時にこの数十年ずっと現場で水雷戦隊を牽引してきた古強者が他の天龍と呼ばれる艦娘と同じ、常に猛々しい部分が心の中で燻り続けている様をありありと見せ付ける様となっていた。

 

 

「それを決めるのは自分じゃないね、命を預けるのは君達だ、だったらそれは直に確かめてみて、それから君達自身が判断するべき事なんじゃぁないかなぁ?」

 

「ふぅんなる程ねぇ…… 吉野司令はそれでいいんだな?(・・・・・・・・・)

 

「ここに着任するって事はさ、『お客さん』じゃない、使えないなら置いておく価値は無い……でしょ?」

 

 

 髭眼帯も最後には腹の内を少しだけ見せ、物騒な言葉と共に冷たい視線を天龍へ返し、その返しを受けた友ヶ島警備府艦隊総旗艦も口元を歪め、それに負けない程に物騒な空気を醸し出していた。

 

 

「天龍が司令官以外にそんな接し方をするのは珍しいな」

 

「あ? まぁそりゃ当然だろ? なんせこの吉野司令はオヤジの弟子みてーなモンだ、なら俺にとっても身内みてぇなモンだし、まぁそれを別にしても腹に一物を抱えてるクセモンだってのは重々承知してっからな」

 

「クセモノって言い方は少々語弊があると言うか、自分的には心外な物言いだと思うんだけどねぇ」

 

「良く言うよったく、なぁ長月、お前も気をつけろよ? この髭の眼帯さんはよ、こう見えても色々と物騒なかんが……え」

 

「……どうした天龍、何かあった……か」

 

 

 軽口を叩いて溜息を吐くフフ怖が突然言葉を飲み込み、怪訝な表情を見せる。

 

 それに釣られて長月も天龍が見る方向へ視線を向けると、眉根を寄せて何かを凝視したまま動きを停止した。

 

 

 そんな二人を見て何事かと思った髭眼帯は、後ろへ振り向く。

 

 

 そこには例の磯風があの秋刀魚の着ぐるみを装着して立っており、手にした皿を片手にじっと髭眼帯を見下ろしているという絵面(えづら)

 

 それは何と言うか、とても表現のし辛い独特の空気を漂わせていた。

 

 

「えっと……磯風君、どうしたの?」

 

「司令、ちょっといいだろうか?」

 

「うん……ナニ?」

 

 

 例の磯風の言葉に受け答えしながらも、髭眼帯の視線は秋刀魚の向こうにある光景に目が奪われていた。

 

 それは最後に見た時はくちくかんに囲まれクネクネしていたナガモンという、ある意味病的な空間があった筈であったが、何故か現在はそのビッグセブンも含めアニモー達も床に転がりピクピクするという謎な光景が広がっていた。

 

 そしてその惨劇の場と髭眼帯の間にある卓では、ムチムチ叢雲とフリーダム響が青い表情のままプルプル震えており、親潮はおろおろとしたままどうしたら良いのか混乱している様に見える。

 

 

 その辺りの状態をビジュアル的に説明すれば、色々と込み入った話をしていた髭眼帯が振り向いたら、秋刀魚が何やら皿を持った状態で佇んでおり、その向こうでは何かに蹂躙され尽くした動物の森と、その手前でプルプルして固まる者達の姿という、詳細に表現しようとしても不可能な絵面(えづら)が展開されているというワケワカメがあった。

 

 

「いや、今年も何やら大本営から市井へ向けてのイメージアップ活動として、秋刀魚祭りの動きがあると情報を得たんだが」

 

「……秋刀魚祭りぃ?」

 

「うむ、それで秋刀魚と言えばこの磯風だろう?」

 

「そうなのぉ? 磯風君って秋刀魚なのぉ?」

 

「当然だ、この磯風、秋刀魚には一家言を持つ程拘りがある」

 

「へぇ~ 拘ってるんだぁ……そうなんだぁ……」

 

「それでだな、秋刀魚を採れば当然それだけでは終わらない、軍のイメージアップ活動と言うならとれとれピチピチの秋刀魚を料理して振舞うというフェスもあって然るべきだと思わないか?」

 

「ああうん……それはまぁ、うん」

 

 

 磯風がいう秋刀魚フェス、それは意見としては真っ当な催しである。

 

 秋刀魚という日本では馴染み深くも季節の代名詞としてすら言い換える事の出来る魚、それを軍が漁で捕まえ、とれとれピチピチを調理して振舞う、確かにそれは軍という一般とは乖離した集団が、善意を以って世間へ歩み寄るというイメージアップを図る催しとしては効果的な作戦ではあるだろう。

 

 

「そして秋刀魚と言えば塩焼き、このシンプルでありつつも日本の心を体現する秋の味覚、それをこの磯風が振舞おうという訳でな、皆にその計画を持ち掛けたのだが」

 

「……うん、それで?」

 

「いや、それがな……何故か皆反対意見しか出さなくてな、仕方なくこの磯風自ら秋刀魚を調理して、この料理の素晴らしさを味わって貰おうと思ったのだが、どうにもちゃんとした評価が返ってこなくてな」

 

 

 フンスと鼻息荒く、秋刀魚の着ぐるみな胸を張る例の磯風の向こうでは、恐らくそのテイスティングの結果だろうと思われる光景が繰り広げられ、既にメディック達が粛々と救出を開始を始めている姿が見えていた。

 

 例えば例の磯風が言うフェスを実行したとして、もし今繰り広げられている物と同じ現象が軍の主催する催しで発生したらどうだろうか。

 

 それは考えるべくも無く、イメージアップはおろか、軍のイメージダウンという、そんな世間から糾弾される様が容易に思い浮かべられちゃったりするのである。

 

 

 そんな事を想像させる光景を背に、例の磯風が手に持つ皿。

 

 

 見た目は何の変哲もなく、ズズイと差し出されたそれにはこんがりと焼けた秋刀魚が乗せられている。

 

 それは特に○コゲになっている訳でも無く、食欲をそそる香ばしい匂いが漂ってくる。

 

 

 が、しかしその向こうにある、球磨やアブゥ達によって運び出されていくアニモー達の絵面(えづら)は、恐らくこの見た目ふっつーのブツ偽装された秋刀魚の塩焼きという、例の磯風が焼いた物体による物によって齎された惨事である事は間違い無い。

 

 

 そんな例の磯風が差し出す皿に乗ったジュージュー音を立てる焼きたてのバイオ兵器(仮)と、向こうの様子をプルプルとしつつ交互に見る髭眼帯は、身の危険を感じたのか後ろに居る筈のフフ怖と、睦月型に拘りがある提督から『だがこれはこれで』と評価されている緑のくちくかんへ救助要請を出す為に振り返る。

 

 

 しかしそこには二人の姿は無く、何故かものっそ離れた位置にザブトゥンを設置し、そこに鎮座しているという二人の姿があったりした。

 

 

「まぁそういう訳で司令、秋刀魚祭りがあった場合はこの塩焼きを出そうと思っているんだが、味見をして貰って忌憚無き意見を聞かせて貰いたいんだが」

 

 

 こうして秋の夜長に発生した動物の森壊滅事件は、艦隊総旗艦を司令長官諸共戦闘不能に追い込んだというインパクトもあって、あっと言う間に鎮守府へ知れ渡る事になり、陽炎というお茶会テロリストと共に、例の磯風という存在を別な意味で関係者へ認知させる事になるのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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