大本営第二特務課の日常   作:zero-45
<< 前の話 次の話 >>

217 / 310
 前回までのあらすじ

 今回の作戦は、当初からは意図しない形で達成する事となった。
 それはリスクを伴い、また危険を呼び込む事を知っても尚、吉野三郎はそれを抱える覚悟を固めた。
 そうして目的は達成されたが、未だ戦いは終わってはいない。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2017/11/01
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


指揮官達の腹の内と、付き従う艦娘さん達

 

『ほんと何やってくれちゃってンのよ吉野さンよ』

 

 

 ウェルドロン島湾内に座礁する技本特殊母艦付近。

 

 作戦の目標であった当該海域で戦闘行為を繰り返す個体の無効化(・・・)を終えた吉野達別働隊は、現在母艦泉和(いずわ)への帰還準備を整えつつ、帰還の為に周辺海域の状況を確認する為母艦へ連絡を取っていた。

 

 あれから抵抗する様子を見せない雪風は取り敢えず保護という形で連れて行く事とし、飛魚(揚陸艦)が合流するまでに船内に残っている記録用サーバーから可能な限り記録用媒体やデータを回収、それらが大体終了した時点で人員や回収した諸々の積み込作業を時雨達に任せ、髭眼帯は輪島へ事のあらましを説明しつつも、現在展開している艦隊の状況を聞いて渋い相で今後の動きを思案している処であった。

 

 

「うんまぁ色々あってね、取り敢えずは彼女を連れ帰る事にしたよ」

 

『連れ帰るって……マジかよ、おい……』

 

「ああ、当初の目的通りこの海域で暴れ回ってる元凶はこれで無くなる訳だし? 作戦はちゃんと遂行した事になるでしょ?」

 

『いやいやいや、その個体を始末しなきゃ軍部が黙ってねぇだろ? てか俺らの仕事は……』

 

「『当該海域の所属不明艦の無効化』、でしょ? 事前に提出し、許可を得た作戦概要の中には対象の殲滅なんて文字は一文字も記載されていない」

 

 

 吉野達が大本営へ提出し認可された作戦概要には、確かに『目標の殲滅』という文言は一文字も含まれてはいなかった。

 

 しかし軍部が意図するのは当該海域に存在する負の遺産全ての消去、つまり技本の作戦に投入された物全てを排除する事にある。

 

 それらは直接的な表現はされていなかったが間違いなく抹殺指令であり、例えそれが言い渡されていなくても実行するのが吉野達の仕事であった。

 

 

『吉野さンよぉ、そりゃぁ言葉遊びってもンじゃねぇの?』

 

「ん~……でもさ、結局は言葉で遊ばれる程度の作戦を許可した上層部がこの場合悪いんだと自分は思うんだけどねぇ?」

 

『……あぁそうかい、ふーん、それが吉野さンの答えかい』

 

「あぁ、そうなるねぇ」

 

 

 互いの言葉にはそれ程差し迫った空気は感じ取れなかった。

 

 ただその内容は己の進退だけでは無く、そこから紐付けられている関係各所、そして麾下に置く艦娘全ての今後にすら影響を及ぼす大事であった。

 

 それでも尚吉野の考えはブレず、完全な独断から出た我儘を聞く狂犬も、何故か言葉少な気に受け答えをするだけであった。

 

 

『まぁそっち関係は全部任せた手前俺がどうこう文句を言う筋合いはねぇな、吉野さンがそう決めたんなら仕方ねぇ』

 

「その辺りの後始末はこっちでするつもりなんで」

 

『あぁ、俺じゃそーいうのは無理だからよ、頼むぜマジで?』

 

「それは確実に、で? そっちの方はどんな感じになってます?」

 

『あー……あの数相手にって考えりゃぁ、まぁ悪くはねぇ、悪くはねぇンだけどよ、今一つ爆発力が足りねぇ、このまんまだと撤退は何とかって感じで、攻略って事で言やぁ失敗って事になンのかねぇ』

 

 

 現在深海棲艦と対している大坂・舞鶴混成艦隊は、ミッドウェー島南30海里に展開し、今も戦いを繰り広げていた。

 

 先行した第一艦隊は離島棲鬼と駆逐棲姫を中心とした敵本陣を相手取っていたが、流石に上位個体含む精鋭で固めた相手に苦戦しており戦線は膠着、また翔鶴が脱落した事により対空という面に不安を抱えているとあって、継戦という面で言えば不安を残す状態にあった。

 

 そして武蔵が率いる第二艦隊は後から出現した空母水鬼に漸く接敵する処であり、更には後方から追撃を掛けて来る有象無象が迫っている為、こちらも早期に上位個体を始末しなければ敵に飲み込まれる危険があった。

 

 今回の作戦に於いてこの深海棲艦の艦隊との戦いは想定された物では無く、また一応の作戦目標は達成した為、後は撤退すれば良いという状況にはあった。

 

 そして現在の第一艦隊と第二艦隊の位置を鑑みれば、撤退へ全ての戦力を注力すれば恐らくそれは可能な状態にある。

 

 

 しかし輪島の中には艦隊を退かせる事に幾分かの引っ掛かりがあった。

 

 それは元々の気性から来る物もあったが、それ以上に今回の戦いは輪島にとって特別な意味合いが含まれている。

 

 

 確かに当初には無かった海戦が勃発した為備え不足の面があった、しかしそれでも現在対しているのは、大坂鎮守府と舞鶴鎮守府の精鋭が殆どを占める艦隊である。

 

 そして吉野と輪島がこれから先行おうとしているのは太平洋攻め、つまりここで今投入している艦隊で敵に勝てなければ、今後の戦いに於いて良くない結果を(もたら)してしまうという懸念があった。

 

 

 今回の戦いで得た経験とデータを元に其々を鍛え直し、更なる備えをする事は可能かも知れない。

 

 姫鬼を含む戦力差五倍以上の戦場を生き残ったという実績は、上層部に対して充分な言い訳になるだろう。

 

 

 しかし『最後は退いた』という事実は、今後の戦いに於いて其々が極限時状態に置かれた際、良くない影響が出ると輪島は考える。

 

 生きるか死ぬかの場面でギリギリの戦いを制するのは技量と経験、そして戦って勝ってきたという意地が心の支えとなる。

 

 勝利という物を引き寄せるのは運も多分に含むが、それすら引き寄せるのは全てに於いて全力を傾けたという事実があってこそであると、この舞鶴の狂犬は思っていた。

 

 

「……撤退という選択肢は、無いと?」

 

『負け癖が付いちまった犬はよ、二度とシッポを立てる事ぁできねぇんだよ、吉野さン』

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いいんですかぁ? あの個体を鹵獲するって事は軍部へ喧嘩を売る事になりますよ?」

 

 

 母艦泉和(いずわ)の指揮所では、現在も戦闘続行を命じた輪島が海域に展開する者達の戦いを睨みながら、眉根に深い皺を寄せていた。

 

 

「テメェが心配する事じゃぁねぇだろ、黙ってろよ」

 

「ふぅむ、あの個体の扱いは吉野さんは元より、君の進退、ひいては舞鶴鎮守府の大事も招く悪手だと私は思うんですがねぇ?」

 

「けっ、ンな事ぁ百も承知だ、ンでも吉野さンがやるっつったら俺が何を言っても無駄だぁ、特に艦娘が絡んだ事ならよ」

 

「随分と達観してますねぇ、輪島君はもっとこう……唯我独尊な人間だと思ってましたよ」

 

 

 優雅なティータイムを終えたへんたいさは、今も戦いが続く海を映し出すモニターを見ながら、腰を左右に振っては白衣を靡かせ、へん体操をしながら疑問を口にしていた。

 

 そんなピチピチスパッツで白衣をブワッブワッするへんたいさに狂犬は首だけをグルリと向け、それまでとは違った、本気の殺意が滲む視線を投げた。

 

 

「お前ぇが言う個体(雪風)はこっちに下った、要するに降伏したんだ、ンな負けを認めた相手を……それも艦娘をよぉ、俺に切れって言うのかよぉ……あぁ?」

 

 

 これまでとは違う、全身に殺気を纏わり付けた輪島は、真っ直ぐ仁科を睨んだ。

 

 その空気はナビゲーションシートに座る夕張と不知火すら固唾を呑む程の空気を作り出し、指揮所には剣呑な空気が蔓延する。

 

 

 が、そんな殺気を受けたへんたいさはどこ吹く風の如くそれらをスルーし、殺気を霧散させる様に白衣を華麗にブワッブワッしていた。

 

 

「おお怖い怖い、何だか人間が丸くなってフレンドリーな関係が築けるかと思ったんですがねぇ、これは無理という事ですかぁ?」

 

「……やかましい、もうお前ぇの出番はねぇンだ、とっとと指揮所から失せろ、鉄火場が終わるまで俺の前にそのニヤけたツラ見せンじゃねぇ」

 

「あ~はいはい、丁度こっちも荷造りしないといけない時間ですし、そろそろお(いとま)させて頂きますよ」

 

 

 結局殺気をとことんスルーしたへんたいさはへんたいほうを伴い指揮所を去り、その様子を睨んでいた狂犬はモニターへ視線を戻すが、その顔は苦い物になっていた。

 

 

「その気になりゃ俺より狂った戦いをするよーなヤツがよ、結局最後まで三味線弾いてやがった、クソがっ」

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「いいんですか大佐、あの雪風を始末させなくても」

 

「えぇ大丈夫ですよ、本人達がどうにかすると言うなら何が何でもするでしょ、その程度の筋も力もあの二人は持ってますでしょ~しぃ」

 

 

 艦内の長い廊下を腰を前後左右にフリフリしつつ、へんたいさはへんたいほうを伴い自室に割り当てられた部屋へ向っていた。

 

 その顔は何故か満足気であり、余程いい事があったのか腰のキレがいつもより三割り増しの物になっていた。

 

 そんなへんたいさを見つつもへんたいほうは今一つ納得出来ない表情を浮べ、へんたいさの後をトコトコとついていく。

 

 

「……おやぁ? 大鳳、何か納得いかない顔をしていますねぇ?」

 

「いえ……大佐はあの実験個体に殊更嫌悪を抱いてましたし、大坂、舞鶴鎮守府には日本との繋がりとして重要視されていた様でしたので、その……」

 

「ふぅむ……それはですね大鳳、海よりもふか~い訳があるんです、そう、あの個体が彼らの手に渡れば、私達の研究に有益な情報が入るチャンスになるかも知れないので放置したんですよぉ?」

 

「有益……な、物ですか?」

 

「ですですぅ、言い換えれば我々に足りないかも知れない物が、ですねぇ」

 

 

 へんたいさの言葉に難しい表情のへんたいほうは首を捻り、答えを必死に搾り出そうとしている。

 

 その様を横目で確認するへんたいさはさもおかしそうに、そして満足気にうんうんと大袈裟に頷いてみせる。

 

 

「判らない、そういう表情ですねぇ、ま~ぁ当然です、私にもその足りない物というヤツの答えは出てないのですからぁ」

 

「えっ、大佐も判らないのですか?」

 

「はぃ、判りません、嘗て私が手掛け、完成して、私と貴女という成功した結果と同時に槇原南洲(まきはら よしくに)という男に恭順した失敗作達、研究結果が二極に至った切っ掛けと言うか元凶はこの天才の私ですら未だ取っ掛かりさえ見えないまま……何度考えても謎なのです、ならばそれは私の知識面と言うより人間性、若しくは生き方という知識とは違う面が答えを得るには必要なんじゃないかと思うんですよ」

 

「……人間性に生き方、ですか」

 

「そぉう! 私と彼らは目指す先も生き方も違う、そんな彼らが私が不要と断じた実験個体を引き取ると言う!」

 

 

 飛魚から送られて来た雪風の映像、それは仁科が以前見た資料映像の物とは変らない姿に見えた。

 

 しかし強固な精神依存で命令に従事していた個体は、それが解けたら恐らく自害するだろうと仁科が予想していた物とは違い、自発的で無いにしろ吉野達に連れられ行動を共にしていた。

 

 

「輪島という男はああ見えて勝つ為には味方ですら平気で餌に仕立てる冷徹な男です、そして吉野三郎と言えば嘗て特務という大義を傘に、最も多くの味方を殺してきた男です」

 

 

 そして仁科は低い天井に視線を巡らせ、己の身を抱く様にして恍惚の表情を滲ませ、ニィィと口元を歪めた。

 

 

「どちらも死体の山を築いてきたド外道、だぁが何故か艦娘の事となると揃って別の反応を見せる、ただ甘いだけの凡夫では無い、特大の狂気を抱えた者が生き死にを共にする者を今は育てている、そんな二人が揃ってあの個体を仕上げると言うのです、なら、私とは違ったアプローチで、違った完成品を作るとは思いませんか? ねぇ大鳳? それがもし完成したなら、もしかしたら私に足りない何かが判明するかも知れませんでしょぉ?」

 

 

 一事が万事探求という狂気を元にする仁科良典(にしな よしのり)という男は、全てが己の望む方向へ向いた事への満足感で胸を膨らませ、まるで舞台で踊るバレリーノの如くクルクル回転しながら廊下を進んでいくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「鬱陶しいわね貴女……いい加減そこどいてくれないかしら?」

 

 

 黒いフリルがひらひらと舞い、軽やかに手を振れば空を舞う艦載機が猛然と襲い掛かる。

 

 混沌とした戦場の最北端では離島棲姫を相手に榛名が空からの猛攻を躱しながら、今だ苦しい戦いを展開していた。

 

 雪風が特殊母艦へと去った直後、それまで第一艦隊へ矛先を向けていた深海棲艦本陣が何故かその後を追う様を見せた為、第一艦隊はその進路を塞ぐ形で陣を張り直し、現在は榛名、霧島、そして残りの者という狭い範囲で三つに別れた戦いが繰り広げられる。

 

 霧島が相手取るのは駆逐棲鬼、火力と装甲は霧島が上回っていたものの、艦種から来る足の速さは相当な物である為霧島の攻撃はほぼ躱される形で翻弄され、それは戦いというよりも相手が時間稼ぎの為に全力で逃げている状態となり、中々決着が付かない物になっていた。

 

 そして残る摩耶、神通、ポイヌ(夕立)、瑞鶴であるが、対峙するのはタ級(戦艦)二体、当初僚艦として伴っていたチ級(雷巡)は神通が仕留め、リ級(重巡)は摩耶とポイヌ(夕立)の猛攻で轟沈はしていた。

 

 だがその後散発的に横撃してくる深海棲艦達を捌きつつもタ級(戦艦)二体を相手取り、離島棲姫と周囲から投入される航空戦力を押さえる為に瑞鶴が掛かりっ切りになっている為、こちらも戦いが膠着した状態になっていた。

 

 また戦場の最北に陣取る榛名は離島棲姫と一対一で対峙してはいたが、先へ抜ける為の動きを優先する相手を押さえ込む為守勢に回らざるを得ない為と、包囲されつつある敵陣を牽制するという事を同時に行っていた為、持ち味である突貫力が潰されジワジワとダメージを蓄積する状態に追い込まれていた。

 

 

「この先へは……榛名が行かせません」

 

「……たった一人で私を押さえ込む根性は買うわ、でも幾らなんでも無謀過ぎない? 私達の狙いは貴女じゃないわ、邪魔しないなら見逃してあげてもいいんだけど」

 

 

 その言葉と同時に榛名へ畳み掛ける様に爆撃が降って来る。

 

 瑞鶴が牽制の為烈風を幾らか直掩に回してはいたが、流石に一人で三つに分かれた戦場全てをカバーするのには無理があり、しかも離島棲姫が陣取る場には他から飛来する敵機の数も多い為、制空権は完全に深海棲艦側の物となっていた。

 

 

「近づけない……もっと動くスペースがあったら、でも……これ以上距離を取っては他の深海棲艦を後ろへ通してしまいます……」

 

 

 避ける範囲をギリギリに押さえつつも、時折仕掛けて来る深海棲艦を砲で黙らせ相手の動きを制限する。

 

 榛名が言う後方とは即ち碌な武装もしていない吉野達が作戦を展開している海域になる為、意地でも敵を通す事が出来ない。

 

 そして予想を超えた航空戦力を前に思い切った動きが取れず、結局は悪循環が徐々に自身を窮地に追い遣っているのに榛名は気付けないでいた。

 

 

「くっ!? 邪魔ですっ!」

 

 

 前に出ようとする処へ突っ込んできたハ級(駆逐艦)を蹴り飛ばして砲の狙いを定めるも、その影から敵艦載機が放った航空魚雷が見えた為に目標を変更し、結局敵は仕留められないまま、防御の為に51cm連装砲は火を吐き出した。

 

 幾ら膨大な威力を持つとは言っても大型の艦砲の為、次弾の装填には時間が掛かり手数は限られる。

 

 そう多くの敵数では無いにしても全てに対処し、遮る物が皆無の海で相手を押し留め続けるのには限度がある。

 

 

 更にはこの『通せんぼ』に時間を掛けすぎた為に、敵本陣付近には後続の深海棲艦達が集まりつつあり、今はまだその相手が足が早い駆逐艦辺りで済んではいるが、時間を掛ければ掛ける程、相手をするのは大型艦を含んだ大部隊になってしまう。

 

 

 攻めるに攻められず、しかし相手をどうにかしなければという焦りが立ち回りを中途半端な物とし、普段なら歯牙にも掛けない相手にさえ手こずる榛名は窮地に追い込まれつつあった。

 

 

「くそっ! ポイヌ(夕立)後ろだっ!」

 

「ぽいッ!」

 

 

 そんな状況に焦りを感じているのは榛名だけでは無く、程近い位置で戦う摩耶たち第一艦隊の面々も同じであった。

 

 たかが二隻と言えども相手はタ級(戦艦)、しかも両方flagshipクラスである、重巡1に軽巡1、そして駆逐艦1では本来相手取る事も難しいそれらを互角以上に押し込め、更には後方に居る瑞鶴のカバーもしなくてはならない状態。

 

 それでも何とか榛名の援護に夕立は回ろうとするが、ここでも後続の深海棲艦が邪魔になり、その対処の為に動けなくなっていた。

 

 不用意に近付く有象無象は神通が接近戦で狩り、その数は既に一艦隊分を超える物となっていたが、徐々に相手が大型艦となっていた為砲撃戦の色が濃い物となりつつあった今は、徐々に瑞鶴の傍から離れられなくなっていた。

 

 

「ごめん神通、これだけ戦場が分散してしまうと躱してる余裕無いっ!」

 

「判ってます、こちらの事は気にせずに瑞鶴さんは艦載機の差配に集中して下さい」

 

 

 後方に対して盾の形になる様位置取りをした神通は短く息を吐き出すと、未だ侵攻してくる敵艦達を睨んだ。

 

 

「……とは言えこれではじり貧ですね、流石に近寄れないとどうにもなりません」

 

 

 厳しい表情で腹を括って周りの状況把握に努める神通は、辺りに展開する敵の数を数えながら、あとどれだけ敵を食えるかという事を考えていた。

 

 相手が格下であっても、数が三倍を超えた辺りで戦いの趨勢(すうせい)は普通覆らない。

 

 例え相手の懐に潜り込み、一度に対する敵を制限したところで、それは時間稼ぎにしかならない。

 

 

 故に突貫を掛けるなら飛び込む位置は重要であり、それを見定めるのは殊更難しい。

 

 

 敵弾を躱しつつもその場を探し、睨む。

 

 が、そんな神通の視界にあり得ない光景が飛び込んできた。

 

 

 空を大きく舞うホ級(軽巡)

 

 神通の記憶が確かなら、空を飛ぶ深海棲艦など存在しない筈であった。

 

 だがそのホ級(軽巡)は確かに空を飛んでいた、そしてその深海棲艦は綺麗な放物線を描き、最後は艦載機を発艦させていたヌ級改(軽空母)に突き刺さった。

 

 

「……何です?」

 

 

 怪訝な表情の神通が見る先では、またニ級(駆逐艦)イ級(駆逐艦)が空を舞い、他の深海棲艦の只中へ落下していった。

 

 

「舐めるなよザコがぁっ! この距離で武蔵に勝てると思うなっ!」

 

 

 神通が見る有象無象が作る壁の向こう側、丁度空母水鬼が陣取る辺りでは、後発だった第二艦隊旗艦の武蔵が漸く接敵を果し、僚艦として展開している深海棲艦を殴り飛ばしつつ猛攻を仕掛けていた。

 

 

 それはお世辞にも速いとは言えない航行速度だった。

 

 しかし深海棲艦という敵の只中、それらを相手取りながら進む足は、いつも彼女が海を行く速度と何ら変わりがなかった。

 

 

 相手が己の距離に入った事を確認した大和型 二番艦は、それまで巧みに敵の攻撃を躱し続けていた手錬(てだれ)の仮面を脱ぎ捨て、内に隠していた牙を剥き出して敵に襲い掛かった。

 

 

 受ける攻撃を躱そうともせず、立ちはだかるどれもこれもを拳で粉砕し。

 

 砲が吠えれば敵が爆ぜ、巨大な艤装は触れる者を轢き潰す。

 

 そんな暴虐が進んだ後は海を割るかの如く、敵の姿が一つも無い。

 

 

「……ねぇ千歳」

 

「言いたい事は判るけど今は援護よ、陸奥」

 

 

 舞鶴のツートップがドン引きし、神通さんが怪訝な表情で凝視するその艦娘は、人修羅(長門)鉄壁(大和)と呼ばれた二人から全てを受け継いだ元聯合艦隊旗艦。

 

 

「なっ……ななななんなのよアンタぁっ!」

 

「大和型弐番艦! 武蔵だ! 敵として戦場(いくさば)でこの()を聞いて……生き永らえるなどと思うなよ!」

 

 

 そこまで艦隊の盾として敵の注意を集め、防戦一方で進んできた武蔵は、耐えに耐えてきた鬱憤と煮え(たぎ)る怒りを拳に握り込み、目に映る有象無象に叩き付ける。

 

 こうして劣勢にあった大坂・舞鶴混成艦隊は、全戦力が敵陣に到達した事により流れが変り、戦いの混迷は深まっていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 一瞬ではあったが敵の動きに乱れが見えた。

 

 度重なる猛攻を一身に受け続けた榛名の前では、僅かばかり数を減らした敵機が相変わらず縦横無尽に舞っていた。

 

 姫級を相手に長時間耐えた結果、彼女は現在中破状態で、主に艤装に乗る武装へ被害が集中する状態になっていた。

 

 砲の半分は潰され、左側の装甲は歪み、機動力が落ちない様立ち回った結果、今の彼女には戦艦の最大の武器である長距離からの攻撃手段を大きく欠いた状態にあった。

 

 

「……援軍? 第二艦隊が合流したんでしょうか、でも……」

 

 

 相手取る離島棲姫の周りには確かに変化はあったが、それも一瞬の事であり、変化に気付いた時には相手の陣は既に元通りの強固な物へと戻っていた。

 

 流石にこれだけ時間を掛ければ空からの攻撃は幾らか減ったが、代わりに合流してきた有象無象が減った分の戦力以上に脇を固める状況を作り出していた。

 

 

「もう少し粘れば応援が来るでしょうか……でもそれまで持つかどうかは微妙ですね……」

 

 

 空から来る敵は減っても、今度は雷撃交じりの物が己を叩く。

 

 それは一撃の威力がより増した物であり、躱す難易度も上がる事を意味していた。

 

 周りを見れば摩耶と夕立が漸くタ級(戦艦)の片割れを仕留めたのが見えたが、それでもさっきより囲む敵は増え、戦力差という面では好転したとは言い難い。

 

 

「……これは」

 

 

 総合的な戦力比に変化がなくとも、数が増えるという事はそれだけ対処が難しくなる。

 

 そしてもう既に自力では退けない位置に自分は居る自覚もあった。

 

 それら全てを鑑み、出来る事、やらなければならない事を頭の中で整理して。

 

 

 榛名は大きく息を吸い込み、ある種の覚悟を固めようとしていた。

 

 どうすれば効果的に相手を混乱させ、どうすれば自分が長持ちするか。

 

 既に諦めを前提とした物に思考を切り替え、突貫するカウントを心の中で始めた時、それは聞こえてきた。

 

 

 雑音に混じる派手なエンジン音、艦娘の艤装では無い甲高いメカノイズ。

 

 それに乗ってやや振動でプルプルするなさけない声。

 

 そんな物がヘッドセットを通じて榛名の耳に届く。

 

 

『あーテステス、こちら吉野、榛名君聞こえてる?』

 

「え……てい、とく?」

 

『ごめんごめん、今取り込み中? んや忙しいなら返事しなくていいから、ちょっと提督の言葉聞いてくれる?』

 

 

 腹に溜めた力が抜け、怪訝な表情を浮かべた榛名は、敵弾を躱しつつも耳に入る声に意識を集中する。

 

 

『別働隊を率いてた為に輪島中将に預けてた君の指揮権は、現時刻を以ってこちらに返して貰った』

 

 

 怪訝な物を貼り付けた顔からは、色が抜け落ちるかの如く変化していく。

 

 

『あっちは今手一杯らしくて君に指示を飛ばす余裕は無いそうだ、だからこれからは自分が君の指揮に当たる、いいね?』

 

 

 大きく見開かれた瞳には、未だ有象無象に囲まれた姫の姿が映っていた。

 

 

『つっても自分じゃ複雑な指示は飛ばせないし、君の背後から敵の動きを伝える位しか出来ないけどさ』

 

 

 榛名の後方約1海里、そこには松風(水上バイク)にまたがった時雨と、その後ろで雪風からパクってきた双眼鏡で周囲を見る吉野の姿があった。

 

 

 深海棲艦に対して今回投入されていた艦隊は二つ。

 

 摩耶を旗艦に霧島、神通、夕立、翔鶴、瑞鶴という第一艦隊。

 

 武蔵を旗艦とした陸奥、千歳、五十鈴、阿武隈、秋月という第二艦隊。

 

 これら全ては今回輪島が全指揮を執る事で海域の深海棲艦との戦闘に従事していた。

 

 

 なら今そこに出ている榛名は、彼女は誰の麾下にあったか。

 

 普通なら提督という存在は4艦隊を一度に掌握し、同時運用が出来る。

 

 しかし今回榛名は輪島麾下の艦隊に編入されず、吉野の麾下に置かれたまま、その戦闘力を買われて第一、第二艦隊へ随伴し戦場へ出ていた。

 

 彼女が望んでそういう形にした訳では無いが、吉野は第二特務課からずっと苦楽を共にしてきた部下と言う事で、敢えて指揮権を預けるという形にはしたが、榛名はたった一人ではあったが、自分の艦隊として麾下に置いていた。

 

 それはただの感傷から出た物かもしれない、何の事は無い、ちょっとした拘りと言われても仕方が無い、だがしかし─────

 

 

「提督……そんな場所に居ては危険だと榛名は思います」

 

『僕も反対したんだけどさ、いつもの提督病が出ちゃってどうしようも無かったんだ』

 

『いやぁ、いつも時雨くんには迷惑掛けるねぇ』

 

『おとっつぁん、それは言わない約束だよ?』

 

 

 ─────いつもの気の抜けるやりとりに口元を緩めながらも、そこに至る経緯も知らないままに、それでも榛名の心は不思議とそれまでとは違ったフラットな状態になっていた。

 

 

 飛魚(揚陸艦)は翔鶴や雪風を母艦へ運ばねばならない為、どうしても吉野が前線へ出る為には松風リベイクフルシティで別行動をするしかなかった。

 

 だが松風に搭載する通信機は精度が低い為に、そして指揮を執る為には榛名が視認出来る位置に出るしかなかった。

 

 そして髭眼帯は、榛名の事を信用しているが故に、それを理由に前に出ても大丈夫だと時雨を説き伏せた。

 

 

『まぁそんな訳でいざ指揮をと思って出張ってきたんだけど、何か無茶苦茶敵多くない?』

 

「……はい、かなり多いですね」

 

 

 淡々と提督の言葉に答える金剛型 三番艦。

 

 

『で、榛名君、何とかなりそう?』

 

 

 気の抜ける様な、最早指揮とは言えない提督の言葉に問い掛けられた艦娘の口角は吊り上がり、フラットだった心に火が灯った。

 

 

「勿論です、この程度の敵ならば……榛名一人でどうとでもなります」

 

『マジで? んじゃ取り敢えずはあそこに居る姫級、頼めるかな?』

 

 

 刹那、敵を躱す軌道で進んでいた航路が直線的な物へ変化する。

 

 温存していた主機は爆発的な推進力を与え、身を守る為に動いていた体は前傾姿勢になる。

 

 その変化に離島棲姫は対応できず、恐ろしい速度で突貫してきたソレに目を奪われる。

 

 

 薄く煙を引き、半壊した武装を積んだ艤装の先に備えたモノ(・・)

 

 金剛型戦艦特有のシールドアーム、ただ榛名のそれは先端が無骨な鉄で覆われた、彼女しか持たない唯一にして無二の武装だった。

 

 

「勝利を! 提督に!!」

 

 

 離島棲姫へ至る線上に敵は数体存在したが、それらは冗談の様な角度で弾き飛ばされ、尚も勢いを増す榛名は相手を倒すと決め、突き進む狂気は誰も阻む事は出来なかった。

 

 

 乾坤一擲

 

 

 ()るか()るかという意味のそれは、一度放てば後は無いという榛名の覚悟を表す言葉。

 

 

 大和型の装甲すら貫く武装、嘗て戦艦棲姫をも仕留めた捨て身の剛撃は、離島棲姫の体にめり込み致命的なダメージを与える。

 

 即死とまでは至らないまでも、まともに動く事も叶わない程のダメージを受けつつ深海棲艦上位個体は水面を跳ねる石の如く、二転三転と水面を跳ねていく。

 

 更にそこへ大小様々な砲弾が突き刺さり、離島棲姫の周りには凄まじい数の水柱が立ち上る。

 

 

 突貫を終えた榛名が体勢を整え周りを見渡せば、今まで有象無象が跋扈(ばっこ)していた辺りに仁王立ちになった武蔵の姿が見える。

 

 長門譲りの近接攻撃に加え、陸奥からの砲撃、そして阿武隈と五十鈴の集中砲火に空母水鬼はたまらず逃走。

 

 その勢いは追撃には当てず、千歳の指示で第一艦隊へ向けた結果、足が鈍った駆逐棲鬼を霧島が捉え止めを刺し、そして空母水鬼が戦闘放棄した事に続き、離島棲姫が榛名の剛撃で戦闘不能に陥った事で未だ包囲を続けていた深海棲艦達が撤退を始める事となった。

 

 

 波が退く様な光景を横目に大きく深呼吸した榛名は天を仰ぎ、それから後ろに視線を向けた。

 

 

『……一撃デスカ……ナンカスゴイデスネ』

 

「当然のことをしたまでです、特別な評価なんて……榛名には、もったいないです」

 

『ああうん……何と言うかその、えぇまぁ……はい』

 

 

 華が咲くかの如き満面の笑顔を浮かべる榛名に、それまでライバル心を燃やしていた霧島(戦艦棲姫)は戦慄し、舞鶴の者達は再びドン引きをするという幕引きを以って、この混乱した海戦は一応の決着を見るに至った。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。


※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。