大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 ミッドウェーで起こったあれこれの後半戦開始、そしてまたしても配備された新たなメカ。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/05/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたforest様、黒25様、対艦ヘリ骸龍様、鷺ノ宮様、京勇樹様、リア10爆発46様、orione様、拓摩様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


屁理屈も理屈、それを地でいくとこうなる

「ルート設定完了、大坂鎮守府から横須賀大本営まで545km、高速道路を利用して凡そ6時間で到着の予定です」

 

 

 大坂鎮守府移動要塞『KOS-MOS』の運転席では、出発前の準備を整え、ハンドルを握った夕張が確認の為に移動時間の確認をしていた。

 

 11月も少し過ぎた大阪、朝晩の気温は本格的に冷え込み、出発時間の〇一〇〇(マルヒト マルマル)では気温が10度前後と肌寒い物となっていた。

 

 今回髭眼帯が大本営から召還された件で同行するのは、案件に付いてオブザーバーとして同行する天草ハカセに夕張、そして大本の本人である雪風、護衛に時雨と神通、後は急遽参加となったあきつ丸に、これまたどうしても同行すると聞かなかった榛名という、計8名の団体であった。

 

 

「6時間というのは一応直行すればの時間ですが、途中休憩を挟みつつゆっくりとという提督からの指示ですので、大本営への到着は一一〇〇(ヒトヒト マルマル)を予定しています」

 

「三時間の余裕でありますか、まぁ時間的には松原ジャンクションも混んでいる事は無いでありましょうし、途中のSA(サービスエリア)にでも寄ってゆるゆるすればいいでありますか」

 

「ですね、一応食べ物も間宮さんがお弁当を作って積んでくれてますし、おトイレもありますからどこにも寄らなくていいと思うんですが、折角遠出するんですから……ちょっとお土産とかご当地グッツなんかはチェックしたいですよね」

 

「でありますな、ただその前に金魚のフン(・・・・・)がくっ付いてないか確認は必要でありますが」

 

 

 執務棟前から出発して、鎮守府連絡橋を目指しつつウキウキする夕張の横では、あきつ丸がナビシートに陣取って車両に搭載している外部カメラの操作をしつつ、作動確認の真っ最中であった。

 

 同車両の移動予定は鎮守府を出てそのまま連絡橋から一般道へは降りず、そのまま阪和道に入り北上、次いで近畿道から名神高速に至り、東名高速、横浜新道を経て横浜横須賀道路経由で大本営へ至る物となっている。

 

 行程の殆どは有料道路を行く事になっているが、ほんの僅かながらもそれには一般道も含まれており、また乗り換えも数箇所存在する為、非常時の行動という面では大型の車両で行動する為それなりの注意は必要になってくる。

 

 そして関西圏、中部、首都圏と交通の激しい箇所も通過する為、当然その辺りで尾行が付いたり、襲撃の可能性も考えられる為、基本運転する者とは別に、不審車両が周囲に居ないか確認する役割の者がナビシートに常駐し、周囲の警戒をする手筈となっていた。

 

 平時の長距離移動もそれなりの警戒はしているものの、今回は割りと狙われる可能性がある案件の為の移動であり、また髭眼帯が大本営に召還されている件を知る者は今回それなりに居るという予想の元、敢えて警戒の為の人員には目端が利くあきつ丸を据える事で、今回の移動は警戒を厳とする事にしたのであった。

 

 

「て言うかさ、まだ鎮守府出て10分も経ってないってのに、既に髭は爆睡状態なんだが」

 

「ここ二日程色々な調整で寝てなかったからね、本番の前にガッツリ寝とかなきゃって事だから、まぁしょうがないと思うんだ」

 

 

 やたらとデカいワイングラスでミネラルウォーターを飲みつつハカセが溜息を吐く向こう側では、壁面に固定された簡易ベッドでスヤァする髭眼帯の姿があった。

 

 元から眠りが浅いと言うか、特殊な環境に身を置く時間が長かった為熟睡するという事が出来ず、こういった移動時に吉野が睡眠を取ろうとすると、必然的に眠剤を頼る事になる。

 

 その為一旦眠りに落ちると覚醒するまで時間が掛かる為、どうしても護衛の者が就くのと、代理で指揮を執る者の存在は欠かせない状態になる。

 

 あきつ丸はそのどちらも担う意味で今回は同行していたが、こういう状態での団体行動は余り経験が無かった為か、ややテンションアゲアゲの状態でナビシートに胡坐をかいてシッダウンしている状態であった。

 

 

「んで? 髭が熟睡なのはいいんだけどさ、なんで榛名がその布団に潜り込んでスヤスヤしてんだい?」

 

「あー……あれはジャンケンで勝ったのでまぁ……」

 

「怪力でしがみ付かれて髭がウンウン唸ってるんだけど……まぁいいか」

 

「帰りは神通さんがそのポジをゲットしたんだけど……」

 

「はい、誠心誠意尽くさせて頂こうかと思います」

 

「……髭は帰りも寝るつもりかい?」

 

「んと、そのつもりが無くても寝ないといけない状況になっちゃったね……」

 

 

 自分の与り知らない所で帰りの予定までも組まれてしまっている髭眼帯は、榛名に抱き付かれつつ『ヤメロォ……ショッカー』といううわ言を繰り返すという救えない絵面(えづら)がそこにあった。

 

 

「まぁ僕は提督が起きたらお風呂に入って頭をスッキリさせるって言ってたから、そのお世話をする予定なんだけど」

 

 

 そして何故かその状態でもやけに落ち着いてるなとハカセが思っていた小さな秘書艦は、例の白露型に良く見る下着と同じデザインの、それもちょっとマイクロタイプに改造されている水着をフンフンと鼻歌交じりに用意しているのを、敢えて何も見なかった事にしつつグラスのミネラルウォーターを一気に煽るのであった。

 

 

「……元帥を筆頭に大将1、中将2、少将2とか、たかが公聴会如きに(りき)が入ってるじゃないか、今回の件は余程誰かの都合に関わってるみたいだねぇ」

 

「元々は査問という形にしたかったらしいでありますが、そういう風に持っていける材料が足りなかったみたいでありますから」

 

「この前の監査の事、だね?」

 

「で、ありますな、元々は艦政本部が許可を出した形にしてありますが、査察とは違って強制力は発生しないでありますし、一部方面からは越権行為だという声も上がっている為、今回の事は『公聴会』という形になったであります」

 

「ククッ……そうかいそうかい、まぁその辺りのややこしい話は髭に全部投げるとして、私ゃこのションベン垂れの相手をしてりゃいいって事だ」

 

「……ションベン垂れ? で、ありますか?」

 

「あぁこの参加者の中にある、技本から参考人として出席予定の沖正樹(おき まさき)って技術士官さ、まさかこんなとこでこの名前を見るとはねぇ、さて……どうしてくれようか」

 

 

 いつにも増して口元を歪め、目を細めて会議資料を睨むハカセは煙草を咥えて椅子に深く身を沈める。

 

 そして周りの者はその雰囲気に不穏な物を感じつつも、そう長くは無い旅路に備え其々の席に戻っていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「本日お集まりの皆様には軍務多忙の中、召還に応じて頂き感謝致します」

 

 

 大本営執務棟地下三階。

 

 軍部の中枢である総本山の、更に将官、若しくはそれらに呼ばれた者しか踏み入れる事が許されないエリア。

 

 非常時には指令本部として機能する地下区画の作戦指揮エリアにある中会議室、情報の漏洩を鑑み軍政に関わる案件を話し合う為にあるそこには、最大20名程の者が入って会議が出来る設備が整えられていた。

 

 一番上座には軍の最高権力者である元帥大将、坂田一(さかた はじめ)が座し、その左右には今回の公聴会という形で其々を召還した総武信二(そうぶ しんじ)中将、そして野田昭雄(のだ あきお)少将が席に着き、またその隣にはスーツを着た男が一人座る。

 

 また今回大隅は軍機という縛りから会議にはノータッチという形にはしていたが、事が将官に絡む案件とあり、情報収集と、大本営麾下の艦娘の取り纏めという立場で吹雪が随伴する形で会議に参加させられていた。

 

 そこから少し間を置き、下座には吉野を筆頭とし、隣に天草に雪風、逆隣が夕張という4人、総勢9名に書記や議事進行約の2名が加わった11名がこの中会議室に居る全ての人員という事になる。

 

 

 会議の開始は一三三〇(ヒトサン サルマル)、議長に坂田が、議事進行は軍令部付け少将、大幡亮(おおはた りょう)が務める形で公聴会は開始され、質疑応答という形でそれらは進められる事となった。

 

 開会の挨拶もそこそこに、大幡は今回の議題であるミッドウェーで行われた作戦の概要と、それに続いて問題とされた物とそれらが提議された経緯に付いての説明が行われ、其々の認識の摺り合わせが進められていく。

 

 

 作戦を計画、実行した総責任者は吉野三郎中将、それに対し問題の提議をした者が総武信二(そうぶ しんじ)中将、其々は大幡が口にする説明に耳を傾けつつも、手元のメモへ何かを書き込み、この後行われる質疑応答に対して必要な答えを準備していく。

 

 その説明は凡そ20分に及び、時折スクリーンに映し出される資料も交えて粛々とそれらは進んでいく。

 

 

「以上が今回の作戦概要と結果、そして総武中将が提議した問題とされる物であります」

 

「ふむ……要するに総武君は、吉野君が実行した作戦が上申された内容と違う物になっているにも関わらず、虚偽の報告をしていると?」

 

 

 坂田の問い掛けに総武は一度頷きつつも、詳しくはその案件に関わる者が説明すると隣に座る男へ話を繋ぎ、そして指名された男───艦政部執行部部長、野田昭雄(のだ あきお)少将が起立し一度場に頭を下げると、事の説明を始めるのであった。

 

 

「先ず当該作戦に於いて、この作戦には技術本部が嘗て実行し、最終的には『軍機』として処理されたとある作戦が関わっている事を念頭にお話をさせて頂きます」

 

「うむ、その『軍機』があるからこそ、今会議に関わる人員は必要最低限に纏めさせて貰った、各員には事前に誓約書に署名捺印をして貰い、またこの会議が秘匿される物と理解していると思うが、くれぐれも会議の内容は漏らさぬ様留意してくれ給え」

 

「それでは先ず今回の大坂鎮守府の作戦目標でありますが、当該海域で活動をしていた艦娘と思わしき存在の無効化と、それと平行してその個体が拠点としていた母艦の破壊にありました」

 

 

 野田の言葉と共に作戦目的が背後のスクリーンに映し出され、其々は手元の資料を読み進めつつ、言葉に耳を傾けている。

 

 

「結果としてはその個体は轟沈、母艦も破壊処分した、と、大坂鎮守府より出された報告書にはありますが、それより二日後に提出された同鎮守府の月次報告には……こちらは資料6ページ目をご覧下さい」

 

 

 野田の言う資料には、大坂鎮守府が大本営へ毎月報告している資料の一部が添付された物があった。

 

 それには建造報告の文字と、建造された艦娘、陽炎型 八番艦雪風の文字が刻まれていた。

 

 

「色々と制約がある為多くは語れませんが、当該作戦に於いて無効化する対象とされた固体も雪風であり、また建造された艦娘も雪風、更に言うと今回ここに随伴してきている雪風は、建造されて僅か一ヶ月にも満たない状態にも関わらず既に高錬度の82にあり、また嘗て技本の作戦に投入された個体と酷似した特長も有している……という情報を私たちは得ました」

 

 

 場の視線はそのまま下座に座る一人の艦娘に注がれる。

 

 それは言わずもかな、吉野の隣に座る雪風にであった。

 

 

「この結果を鑑み、その雪風が件の個体であったならば、吉野中将始め関係者は当該作戦に於いて虚偽の報告をしたのに加え、軍機とされている機密にも手を付けるという事になるのではないか、そういう趣旨で今回我々は質疑応答を致したいと皆様にご足労頂いた次第であります」

 

「ふむ……総武中将が提議した問題の内容はそういう事になると言う事だが、その雪風が当該対象と断ずる根拠とは何か、先ずはその辺りを説明して貰えるだろうか」

 

「はっ、先ずそれを説明するには、当時技本で当該計画の任に就いていた者をここに連れてきていますので、そちらから説明を致したいと思います、では沖君、宜しく頼む」

 

 

 野田と入れ替わりに席を立ち、場に一礼するスーツ姿の男。

 

 そけは研究者と言うよりどこか伊達を気取ったサラリーマン風に見える者は、一度咳払いをした後周りを見渡し、そしていかにも(・・・・)な笑顔を表に貼り付け、自己紹介を終えると共に早速と諸問題の根拠を口にしていく。

 

 

「どうも皆様、私は技術本部で生態工学部門の主査をしております、沖正樹(おき まさき)と申します、さて今回問題とされている雪風型の個体でありますが、大坂鎮守府で建造された個体は現在テンプレとは違ったレスポンス……というより、反応が極めて鈍い状態にあると言えます」

 

 

 トントン、とテーブルを叩くと共に、スクリーンには様々な文字が浮かび上がる。

 

 それは各人に配られた資料にも記載されていたが、整理し箇条書きされた状態で表記された物である為、より特徴が強調される形で其々の印象に残る様、意図して編集された物であった。

 

 

「先ず肉体的な差異は通常の艦娘と何ら変わりはありませんが、とある実験の結果によりその個体は生体に刻まれた制限に縛られずあらゆる装備を運用可能であり、また精神的変質は脳シナプスに独特な生体パターンを刻む特徴を有しています、大坂鎮守府の雪風もこれに酷似した反応を返し、また呼びかけに対して極めて希薄な状態にある様です」

 

「ウチの雪風は榛名とか長門にガッツリ仕込まれてるからねぇ、そりゃ普通のヤツよりも反応がおかしくもなるってもんさ」

 

「……これは天草女史、お久し振りですね、いえ何と申しますか貴女が何を言いたいか何となく理解はしますが、幾ら何でも艦娘に対する生体反応をそんな精神論で片付けるとか、論外にも程がありませんか?」

 

「あ~? これじゃ納得いかないってかぁ? チッ、黙ってあーそうですかって言ってりゃこっちには面倒が無いんだけどねぇ、んじゃウチの雪風がこうなった訳と根拠を説明しようかねぇ」

 

「ほぅ? 説明ですか? 貴女は今何を言おうとしているのかご自分で理解しているんですか?」

 

「あん? 何がだよ?」

 

「入渠というシステムでは普遍とされる存在の艦娘、例え部位欠損であろうと高速修復剤で全ての時間は撒き戻る、そんな存在の肉体を改変してしまうという技術は、有史以来我が技本以外成しえていない唯一の技術なんですよ? たかが野に下った一研究者が幾ら頑張ったところで……」

 

「おいションベン垂れ」

 

「……なっ、なななショウベン垂れとは、一体誰の事を」

 

 

 一瞬で顔色を熟れたトマトの様に真っ赤にし、テーブルに前屈みになるスーツの男に、咥えた煙草をピンピンとさせつつ嫌な笑いを湛えたハカセはフンと鼻を鳴らして睨む様に視線を飛ばす。

 

 

「生きたイ級にビビって部屋の隅でションベン漏らしてヒーヒー言ってたヤツが、ちょーっと出世したからって何を偉そうに説教垂れてんだよ、アァン?」

 

「ししし……失敬な! そんな大昔の事は今回の件に関係無いでしょう!」

 

「なーにが技本唯一の技術だ、お前が引き合いに出してるその入渠システムも、高速修復剤も、一体誰が開発したモンなんだよ、ついでに言うとその技本唯一の技術って他人が形にしたモンじゃないのかい? オマエはその尻馬に乗っかって偉そうにご高説垂れ流してるってだけじゃねーかさ、なぁおい」

 

「それでもその研究プロジェクトを取り纏めてきたのは私ですよ、天草女史」

 

「要するにお前はああしろこうしろって威張ってただけじゃないかってんだ、それにこの雪風はね、私と電がとある実験検証の為に従事した結果、ちっとしくって後遺症を患っちまった個体でお前らの計画にはなーんも関係が無いよ」

 

「……実験検証?」

 

 

 ハカセの言葉にカタカタするスーツの男は何も言葉を返せず、変りに隣に座る野田が反応を示す。

 

 

「天草女史、ではその雪風の状態は、貴女達の研究の結果そうなったと、こう言う訳ですね?」

 

「あぁその通りだが、何か?」

 

「では、それが本当かどうか、それを確かめる為に雪風の身柄はこちらに預けて頂き、検査をするという事で確かめさせて貰っても宜しいですか? 当然そこに不正が無い様にそちらから誰か立会って貰うという形でも宜しいですし」

 

 

 野田の言う正論に場の者達も一様に頷く素振りを見せるが、その中でスイッと一人だけ無言で挙手をする者の姿があった。

 

 場はそれに注目し、ザワザワとした音が徐々に掻き消えていく。

 

 

 一番下座に座り、当事者とされつつも終始無言で場を見ていた髭の男。

 

 吉野三郎が何食わぬ顔で手を上げ、議長である坂田の顔をじっと見ていた。

 

 

「……吉野中将、どうしたのかね?」

 

「えっと、色々話は紛糾していますが、自分が発言しても宜しいでしょうか」

 

「構わんよ、君はこの話の中心人物だからね、逆に君が反論や説明をせんと話は収まらんと私は思うのだが?」

 

 

 坂田の言葉にそれでは、と言葉を口にしながら立ち上がり、野田が睨む視線を真っ向に見据えながら一度場に礼をする。

 

 

「お集まりの皆様にはこちらがした事で誤解を生み、お手数をお掛けした事を先に謝っておきます、さて、総武中将より提議されました我が鎮守府建造の雪風君の件ですが、彼女は間違いなく我が拠点で建造された艦娘に間違いありません」

 

「それは先ほど天草女史にも伺いました、その言葉を証明する為こちらとしても一度彼女を預けて頂き……」

 

「申し訳ありませんが、そのご提案は請けかねます」

 

「……何故でしょうか?」

 

「先ず彼女が携わった当鎮守府の実験検証ですが、これは先に邂逅を果した北方棲姫に纏わる、『個人間で交わされた技術交流』に関わる物であるからです」

 

 

 吉野の言葉に場の者が言葉を飲み込み、表情が怪訝な物に変化する。

 

 確かに大坂鎮守府はミッドウェーへ出撃する前に、北極海へ出ていた。

 

 その結果北方棲姫と邂逅し、生きて帰還を果たしたのは一部の将官へは説明がされていた。

 

 しかしその作戦で得た物は、長らく謎とされていた北極点付近の情報と、現在北方棲姫は攻勢を掛けない限りは人類へ対して侵攻しないという答えだけとされていた。

 

 

 その北方棲姫という名前と共に、技術交流という驚くべき言葉が突然飛び出した為に、場の者の思考は追いつかず、無言と言う反応が場を支配する事となった。

 

 

「かの者との取り決めにより、この事は出来る限り秘匿する物とし、また取り交わされた物の内容は、我が拠点の研究ラボ総責任者電、並びに生態研究部門総括の天草早苗女史以外は、自分ですら内容を把握しておりません」

 

「……待ちたまえ吉野君、私もその話は初耳なのだが」

 

「申し訳ありません元帥殿、これは軍や国に対して向けられた物では無く、また北方棲姫側からたっての希望で秘匿してほしいとの希望があった物ですので」

 

「もしそれが本当でも、深海棲艦が何を研究していると言うのですか? それを行うとして、大坂鎮守府よりも技本が携わるのが筋という物ではないのでしょうか」

 

「沖さん、技本という看板を背負っているとはいえたかが(・・・)一研究者が、軍や国に関わる話にしゃしゃり出れる程、軍務という物は緩くは無いんですよ?」

 

「なっ……幾ら中将と言えどその言葉は無礼とはおもわ……な……」

 

 

 思わず感情的になった沖の言葉は、最後まで口から出る事は無かった。

 

 真っ直ぐに睨む隻眼。

 

 ただ黙って見ているだけのそれは、得体の知れぬ、言葉を飲み込むに足る何か(・・)を含んだ物だった。

 

 

 この時場の者達には見えていなかったが、そこに立つ髭眼帯の軍装の裾は、ずっと俯いたままの雪風に握られたままだった。

 

 

 そこに感じる重み。

 

 そしてミッドウェーの母艦で彼女が搾り出す様に(こぼ)したあの(・・)言葉。

 

 「何故殺してくれないのか」

 

 あの時正気を取り戻した雪風がさも当然の如く口にした言葉と、それに涙した陽炎、あの時から今までの全てを思い出しつつ、目の前の男が言った『嘗ての計画に従事していた』という言葉を聞き。

 

 更には人造艦娘という物の実態を嫌と言う程見てきたという過去が全てに拍車を掛ける。

 

 

 そんな髭眼帯の腹の底には今、怒りに煮えたドロドロがふつふつと渦巻いていた。

 

 

「えぇ確かに言いました、たかが、一研究者と、自分は言いましたが……それが何か?」

 

 

 嘗てそういう世界(・・・・・・)で生きてきた者が発する、一切遠慮なしの、殺してやる(・・・・・)という気持ちを込めた視線は相手を射竦め、言葉を失わせる程には苛烈な物だった。

 

 

 そんな修羅場を横目に、ハカセは手にしたリモコンをピッピコと操作して、壁のスクリーンにある画像(・・・・)を映し出した。

 

 

「さぁてお立会い、今そこに映ってるモンだけどさ、これ誰だか判るヤツは手を上げなぁ」

 

 

 未だ顔を青くした沖を含め、髭眼帯以外の視線はハカセが指し示したスクリーンに集中する。

 

 そこには亜麻色をした長髪を搔き揚げ、ウッフンという言葉が似合いそうな姿でポージングする白衣の女性の姿があった。

 

 唐突にそんな物を見せられ、場の者達の頭上には『?』マークが浮び首を捻させる事になる。

 

 

 ただ一人、テーブルの脇に控えていた吹雪だけは、他の者と違い目を見開いてスクリーンに映る人物を凝視していたが。

 

 

「ションベン垂れが言う様に、艦娘ってのは肉体に起こった変化は入渠すれば何もかもが元通りになる、それが必然であり常識だ、しかし私らはその常識を覆した、それがアレ(・・)、暁型 四番艦にして最初の五人の一人、電だ」

 

 

 ハカセはスクリーンでウッフンしている電の画像、特に胸周りを執拗にレーザーポインタでグルグルとする。

 

 そして吹雪がそれを見て何故かプルプルする。

 

 

「せ……成長したというのか、艦娘が、それも最初の五人と呼ばれる者の一人が」

 

「ああそうさ、ある意味艦娘よりも強固な作りの自然発生体(最初の五人)の体丸ごとを変異させる、まぁ雪風の件(・・・・)はちょいとしくじっちまったがねぇ、私らの研究はそういう事が可能な程には成果を残してるって事さ、なぁ技術本部生態工学部門主査さん(・・)?」

 

「この技術の流出は今の人類には、有用というより更なる混沌、そして悪用されるという結果が強い物になるという見解があり、北方棲姫並びに我が研究部門は現状秘匿するべき物と結論付けております」

 

「つまり、一応研究は進めているが、外部に……軍部にもそれは報告できないと?」

 

「はっ、それが取り決めとなっております、元帥殿」

 

「ばかな! これだけの結果を残しておきながら、我々には情報が開示されないなんて馬鹿な話は無いでしょう!?」

 

「沖君と言ったかね、では君はこの件に軍部が介入し、深海棲艦との取り決めが崩れた場合、そこから発生するという問題にどう対処すれば良いと思うかね?」

 

「え、いやそれは……」

 

「正直大坂が研究している得体の知れない物が無くとも軍は充分にやっていける、しかし君が主張する様に、強引にこの件に介入し、北に脅威を抱えた場合、そこに割く戦力を捻出する余裕は軍には無い、ならそれをどうするか代案を示してから意見を通すのが筋だと私は思うんだがね」

 

 

 髭の傷の淡々とした言葉に再び顔を真っ赤にして席に着くスーツの研究者を横目に、野田は眉根の皺を深くして押し黙る。

 

 

「総武中将」

 

「ぬ……何かね吉野中将」

 

「雪風君はそういう訳で我が拠点が主導する秘匿計画に携わっている為、誰にもお預けする事は出来かねます」

 

「……この短期間で高錬度に達したのも、その計画の事があっての事だろうか」

 

「いえ、それは我が拠点は元々教導任務を主眼に置いてまして、彼女以外にも数名、最近では白露型の江風君も一ヶ月の間に限界練度に達したという実績があります、必要ならそのデータも提出しますが」

 

「あ、こういう事もあろうかと一応ご用意しておりますよ?」

 

「流石夕張君だね、んじゃその辺りのデータを……」

 

「いや、それは必要と思ったならば後で頼む事にしよう」

 

 

 自分が御輿に担いだ者も、技術的根拠を崩すために伴ってきた者も要をなさなくなり、野田は押し黙るしか無くなってしまった。

 

 そんな忌々しげに押し黙る少将はふと視線を感じる。

 

 先ほどとは違い、強い感情こそは篭っていないがじっとこちらを見る一つの目。

 

 

 髭眼帯はただ黙って全ての絵を描いた(・・・・・・・・)この艦政部執行部部長をじっと見詰めていた。

 

 

「……何か?」

 

 

 その視線を不快に思い、何気なく発した言葉。

 

 この言葉を切っ掛けに、己が軍を追われる事になろうとは、この時野田は露程も思っていなかっただろう。

 

 

「いえ、艦政部執行部部長というポストにこれだけの者達が脇を固めているなら、焦らずとももっと慎重に事を進めれば上手く事を運べたんじゃないかと、そう思ってたんですよ」

 

 

 髭眼帯の淡々とした言葉に、怪訝な表情のみで野田は返す。

 

 

「いえね、急な派閥の構築に、妙に一つの計画に拘る行動、艦政部執行部部長という肩書きからすればまぁおかしくは無い部分もありますが、余りにも動きが早急過ぎるかなと」

 

「……何の事を言ってるんでしょうか?」

 

「あー、もしかして、先方さんに期限を切られてたとかそんな感じだったりするんでしょうか」

 

「だから、何を……」

 

「大陸へのルートは潰させて頂きました、窓口となっていた例の(・・)商会ですが……丁度ここへ入る前に連絡を受けてまして、ほら、ここって外部から電波届かないじゃないですか?」

 

 

 吉野の言葉に野田の目が見開かれ、同時に会議室のドアがノックされる音が室内に響く。

 

 それから取り次ぎの者だろう軍装の男が室内に入り、坂田へ何か耳打ちをする姿が見えた。

 

 それを見て、野田は表情を歪めたまま視線を吉野に戻し、暫く互いは睨む形で対峙する。

 

 

「二重三重に対策は立てていた筈なんだけどね……」

 

「えぇ、貴方周りからは見事に何も出てきませんでした、ただ」

 

「ただ?」

 

「貴方がお神輿に担いだ方からは(・・・・・・・・・・・)それはもうポロポロと……」

 

「ああ……なる程、そういう事か、ふむ、これは失策だ、ついでにここには銃器の類は持ち込めない、これでは自害もままならんなぁ」

 

「それはまぁ色々と、ご愁傷様です」

 

「チッ……まったくだよ」

 

 

 忙しなく二人の言葉に首を右往左往する小太りの中将と、俯いたままブツブツと何かを言う研究者。

 

 そんな異様な場が暫く続き、再びドアがノックされる音が聞こえる。

 

 

 その音に坂田が首を縦に振り、取次ぎの者がドアを開くと八人の男が会議室へ入ってきた。

 

 一種軍装に似た制服に身を纏いつつも、本来武装して入れない地下エリアにも関わらず腰にはホルスターに入った拳銃を帯び、更には左腕に白地に赤く『特警』と記された腕章を装備したその姿。

 

 軍務上海軍関係者以外が立ち入りを許されない重要区画では、海軍独自の警備機構が存在する。

 

 それは海軍特別警察隊と呼ばれ、大本営のどの部署にも紐付けされない独自の指揮系統を持ち、また海軍の施設内で発生する事件や犯罪は基本憲兵では無くこの海軍特殊警察、所謂特警が受け持つ事になっている。

 

 

「会議中の処失礼致します、坂田殿、大臣からの下知で北方方面軍司令長官総武信二中将、及び艦政部執行部部長野田昭雄少将に外患誘致罪の疑いありと言う事で、出頭命令が出ております」

 

「ふむ、それは穏やかでは無いね、軍を飛び越していきなり司法側からの出頭命令か」

 

「はっ、この件は陸の作戦に絡んだ組織に於いて、同将官の関与が発覚したという告発がありまして」

 

「なる程、では彼らの身柄はここから直接外部に?」

 

「そうなります、ただこの件は秘密裏に進めよという事ですので直接こちらに伺いました、詳しくはこの書類に、何かありましたら大臣に直接と仰せつかっております」

 

「秘密裏にか……判った、では総武中将、野田少将」

 

 

 名を呼ばれた二人の将官は何かを悟ったのか、特に抵抗はせず、また拘束もされず特警の者に伴われ会議室を後にした。

 

 

 こうして突然場の将官半分が突然退場した事により会議は中断せざるを得なくなり、難しい表情を表に貼り付けた元帥とお付の少将、そしてどうすればいいのか判らずおどおどするスーツの男が取り残される。

 

 そして割とのほほんとする大坂鎮守府の一団は茶を啜っているという、何とも言えない場がそこに残されるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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