大本営第二特務課の日常   作:zero-45
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 前回までのあらすじ

 礼の磯風とあの比叡に蹂躙され尽くしたジングルベー、そして長門驚きの進化を果たすという聖夜。



 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/05/09
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、pock様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。



新年(嬉しくない)事始め

「我が主寺田是清(てらだ これきよ)より初春の挨拶と、艦娘特殊兵学校開校への祝いの言葉を預かってきた、呉特務課所属の那智だ、宜しく頼む」

 

 

 大坂鎮守府艦娘寮大広間。

 

 例のクリスマスパーティが終わったばかりなのに今度は正月の宴会と、割とイベント目白押しで色々開催中のそこには、珍しくも紋付袴姿の髭眼帯が上座に座って迎春の宴を見守る姿があった。

 

 戦時下にある軍という組織に於いては、盆や正月という時期でも当然長期休暇というものは存在しないが、げんを担ぐ性質の海軍にあって、神事も絡む新年の宴という物は重要視される傾向にある。

 

 そして鎮守府という拠点に限り、霊的工廠を抱える大型拠点という有体である為神事に絡む行事はげん担ぎには留まらず、ある意味必要とされる催しとされていた為、一応この宴(宴会)は厄落としも兼ねた軍務という体で執り行われる事となった。

 

 

 霊的工廠を清め、または拠点に繋がる霊脈を整える、その為の神事は元旦に執り行われ、またその後は穢れを落す意味での酒宴が催されるというのが実の面。

 

 それに付随し、派閥に属する各拠点間の者達が挨拶に来るという関係を表す場になっていたり、または市井(しせい)からの客を招く事でそれらとの関係を形にして表す等の行為が表の面。

 

 面倒な関係を抱えるが故に、本当なら初詣程度に済ませるべき元旦の行事も色々な(しがらみ)を抱えてしまうが故に、大袈裟な形が必要となってしまうのが、現在の大坂鎮守府という拠点とも言える。

 

 

 しかし現在は例の一件(前島襲撃事件)があった関係上、大坂鎮守府では行事に要人を招く事は自粛状態にあり、取り敢えずは近しい関係者並びに代理として来訪した者を招いての新年の宴と言う事で、現在は割りと無礼講染みた宴会が大広間で開かれている真っ最中にあった。

 

 

 そんな宴の中、呉鎮守府より来た寺田是清(てらだ これきよ)中将の名代(みょうだい)である、妙高型二番艦の那智が髭眼帯の前にドカリと腰を据え、新年の口上を述べている真っ最中であった。

 

 

 一升瓶数本を脇にセットした状態で。

 

 

「あ、どうも、ここの司令長官をしてます吉野です、今日は寺田さんの代理という事でわざわざお越し頂き有難うございます」

 

「まぁ表向きは寺田から謹賀の言葉を預かって来た事になっているが、殆どは私の都合に拠る物だから気にしないでくれ」

 

「ふむ? 何で寺田さんがわざわざ正月の挨拶を自分にと思ってたんですが……なる程、今日のコレ(・・)は那智さんの都合でという事でしたか」

 

「と言うか持って回った言い方では互いに酒が不味くなるだろう? だからこちらの事は那智でいい、私もそちらの事は吉野司令と呼ばせて貰う」

 

 

 挨拶を早々に済ませ、話を続けつつも既に目の前には一升瓶がセットされ、その脇には湯飲みが二つという、もうそこにはガッツリ飲む気満々なセットが出来上がっており、これは一体何事なのかと髭眼帯は那智の脇に並ぶ足柄に対して視線で問い掛ける。

 

 艦娘お助け課の移管に伴い現在足柄は大坂鎮守府所属となっているが、元々那智も足柄も呉で建造された実の姉妹と言う事もあって、この席に着くのに那智は足柄を案内として伴い、現在は髭眼帯と対面している。

 

 

 因みにこの新年会は、空母施設群に設置されている逢坂神社にて行われた神事の流れで開催されているので、参加者は基本着物を着用している状態にあり、その他の宴会のみの参加者もそれに合わせ着物を着用している者が殆どという、中々にそこは見目麗しい宴の様相を呈していた。

 

 そして目の前に居る那智も例に漏れず、白の水仙が染め抜かれた青い留袖を着て、隣の足柄も梅の花が施された青紫の留袖を身に纏い、少し微妙な笑いを滲ませる事で髭眼帯のジトリとした視線から逃げていた。

 

 

「あ、私は単に付き合いでここに居るだけだけで、那智姉さんの話とは全然関係無いから」

 

「関係ないとはまたご挨拶だな、ほら久し振りにお前も付き合え、さぁほら」

 

 

 着物という落ち着いた和の装束に身を包みながらもグイグイと酒の準備を進める那智という、色々と見た目で稼いだ印象が行動で台無しになるという場がそこには出来上がりつつあった。

 

 と言うより髭眼帯的にはそんな那智の行動も気掛かりであったが、それと同じ程に一升瓶と共に並ぶブツが気掛かりで、現在話が中々頭に入らないという状態にある。

 

 

 透明の瓶に詰まる琥珀色の液体。

 

 正月の宴に映える、三日月をあしらった和の図柄が施されたラベル。

 

 それにはこう文字が記されている。

 

 

 『牛たんサイダー』と。

 

 

「む? ああそれか、吉野司令は下戸と言うか、体質的に飲めないとウチの提督から聞き及んでいてな、それで何か良い物は無いかと足柄に聞いたらだ、何でも変り種炭酸飲料が好みだという事じゃないか、だから手を回して仙台からそれを取り寄せてみたんだ」

 

 

 毒飲料界地方メーカーの勇、トレボン食品。

 

 そこは大阪のハタ鉱泉と双璧を成す、ちょっとアレで特殊なサイダーを作っちゃうメーカーであった。

 

 地サイダーと銘打たれたそれらのブツは、他のメーカーが自社製品を独自開発し、広く販路に乗せるという形は取らず、企業や団体へ働き掛け、ご当地サイダー、若しくは企画品としての物を開発しようという取り組みをしており、大手メーカーには不可能な小回りという物を武器に、様々なブツを日々産み出し続けている。

 

 そんな飲料水メーカーが『地サイダー』と銘打って世に送り出した、仙台名物をシュワシュワしちゃうブツとして作ってしまった炭酸飲料。

 

 

 その名も『牛たんサイダー』

 

 

 本物の肉は混入されていないが、焼肉香料にレモンをINさせて、更にはちょっとした気遣い故かそこへコラーゲン1000mgを配合してしまったそれは、炭酸飲料としてでは無く、うっすぃテールスープ炭酸と割り切れば飲めない訳では無いという困った逸品。

 

 しかし本来スッキリというキレが売りの炭酸飲料に、うっすぃミート的な風味のコラーゲンスープを組み合わせちゃったそれは爽やかさの欠片も無く、また炭酸飲料という縛りからスープとしての旨みもうっすくしてしまったという、ネタの為に其々のいい部分を切り捨て全てを平均的にうっすくしてしまった飲料、それが牛たんサイダー。

 

 飲んだインパクトはそれなりだが、後は釈然としない、そんな仙台名物である牛タンの名を冠した肉炭酸飲料が髭眼帯の前に数本鎮座していた。

 

 しかもその隣には黄色の化粧箱がテーンと直立しており、パッと見それはお茶請けに用意された高級カステラの箱が置かれている様にも見える。

 

 が、髭眼帯はその箱を見てプルプルを開始する。

 

 

 見た目カステラの箱っぽいそれ。

 

 そこには確かに『長崎 かすていら』という文字が刻まれている。

 

 

 が、その直下には『サイダー』という余計な文字を併記されているという状態で。

 

 

 友桝飲料 カステラサイダー

 

 

 それはトレボン食品と同じく『地サイダー』に拘りを持つ清涼飲料水メーカー。

 

 特徴としては、殆どの製品に爽やかさを際立たせる為に、作る製品は強炭酸を基本とする姿勢で知られるこの会社は、一時期変り種飲料界でも有名になった『こどもビール』という製品を世に送り出した、中々セールスに長けた会社でもある。

 

 その会社が世に送り出してしまった逸品『カステラサイダー』

 

 それは透明のビンに黄色の液体が入った見た目をしており、グラスに注いで見ると柑橘系の炭酸と見紛う程のビジュアルとなっている。

 

 しかし中身がカステラを忠実に再現したテイストと知らずに口中へINしてしまうと、想像したブツとは大きく剥離した状態に陥ってしまう為に、恐らく飲んだ者はぷるぷるしてしまうに違いない。

 

 味は甘いの一言、それはカステラを目指した為なので結果としては当然であると言える。

 

 しかし炭酸飲料としてそれをグビッとしてしまうと、その甘さは致命的である、何せそれはカステラを忠実に再現したブツであるのだから。

 

 あのしっとりとした甘さと微かに感じる卵のまったりとした風味、それが渾然一体となり口中でシュワる、カステラ味が遠慮会釈(えんりょかしゃく)も無くそのまま口と喉へシュワりつつINしてくるのである。

 

 

 不味いかと言えばそうでは無く、見た目インパクト系のそのブツは、毒と言うよりも変り種系に属するブツと言えるであろう。

 

 

 うっすいミート系炭酸と、ネタ系飲料というある意味微妙かつ、地味に飲みたくないカステラサイダーというラインナップが並ぶそれを見て髭眼帯は思った。

 

 

 何故よりにもよってこんなリアクションに困るブツを、この呉から来たなーちんはチョイスしちゃったのだろうと。

 

 

 寧ろ毒飲料テイスターはその有体に惹かれてテイストするだけであって、それ系の飲み物全般を美味と感じている訳では無い。

 

 確かにドクペダイスキというのは常人からすればアレかも知れないが、それ以外のブツは物が何かと知っている分だけ、テイスト時に覚悟する余裕が生まれると言うだけで、味覚という部分は一般人とそう変わらないのである。

 

 

「まぁそんな訳で吉野司令、この佐賀県から取り寄せた黄色いのがいいか、仙台から取り寄せた牛タンのがいいか」

 

「えっとあのその……ほら、何と申しますかその辺りはお構いなく、いや切に、ほら、一応飲み物はここにありますし」

 

「いやいや、まぁそう言わずにほら、もう両方開けてしまったから、炭酸が抜けてしまう前に飲んでくれ」

 

 

 このなーちんは一体何を言っているのだろう、初っ端からもぅ押しが強過ぎるのでは無いか。

 

 プルプルしつつそう思った髭眼帯は知らなかった。

 

 

 見た目素面(しらふ)のこの妙高型二番艦、確かに彼女は酒好きでアルコールには滅法強いが、代わりに酔いが回るのがかなり早い艦娘であったりする。

 

 しかもそれが見た目に表れず、更に酔う事は酔うのだが潰れる事は無く、延々と飲み続けるという、そんなはた迷惑な体質を持つ存在なのであった。

 

 

 ついでになーちんが髭眼帯の席に来るまでには、既に挨拶回りを終えていたという状態にあった。

 

 

 それはつまり、現在のなーちんは既にそれ相応のアルコールは摂取している状態にあったりしちゃうのである。

 

 

「えっとその……足柄君?」

 

「え、無理」

 

「ちょっと提督まだ何も言ってないんですけど?」

 

「世に『酔っ払いと子供の行動は、誰にも止められない』という言葉もあるワケだし」

 

「え~……そんな諺提督初めて聞いたんだけど、それ誰の言った言葉なワケぇ?」

 

「ア・タ・シ」

 

 

 着物といういつにない装いと、髪をアップに纏めた足柄はひとさし指を唇に当て、バチコーンとウインクをかまして色気を醸し出しながら会話に応じているが、この時またしても髭眼帯は知らなかった。

 

 

 足柄もなーちんと同じタイプであり、この時点で見た目はふっつーだが、既に中身はヘベレケ状態であるという救えない事実を。

 

 

「あーもう面倒だな、ほらこうすれば手間は無いだろう?」

 

「待って!? 牛タンとカステラ混ぜるとか君ナニシテンノ!?」

 

「いやいやまあまあ、ほらほら」

 

「てかそれ混ぜ混ぜしつつジリジリ寄ってくるのはヤメロなーちん!」

 

 

 牛タンとカステイラ、それはちょっとお手軽で食べ放題な店では、システム的にデザートや肉を客がバイキング形式で取ってくる方式である関係上、同じテーブルにもしかしたらタンとカステイラが同時に並ぶという奇跡は、確率的にもしかすれば微レ存かも知れないと言えちゃったりしたりするかも知れない。

 

 しかしそういうシチュがあったとしても、カステイラの上に牛タンを乗せる者は恐らく、いや間違いなく海軍と言うかこの世には存在なんてしないだろう。

 

 何せカステイラ ON THE 牛タンなのである。

 

 寧ろデザートに肉をONしてしまう味覚破綻的テイストに、炭酸をシュワっとしちゃってるブツがなーちんの持つグラスに凝縮されているのである。

 

 正にそれは間違った組み合わせ、微妙+ネタが毒へと昇華してしまった瞬間であった。

 

 

 こうして呉から来た妙高型の次女は、謹賀新年的な宴に参戦した挙句拠点の司令長官へ対し肉々しいカステイラをグイグイ押し付け、殆ど初見であるにも関わらず、周りの者から『そういう者』なのだという認識をされてしまうのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あ゛ーすまない、ちょっと酔いが過ぎてしまった様だな」

 

 

 新年会が相変わらず続く艦娘寮。

 

 大広間から出た軒先では茣蓙(ござ)を敷いた上に火鉢が置かれ、引き続き足柄、那智姉妹が髭眼帯と対する特別席が出来上がっていた。

 

 

「えっと、一応火鉢はありますけど寒くないです? 人払いしたいのなら執務室とか応接室にでも……」

 

「ああいやそう気を回さなくてもいいさ、この位寒い方が酔い覚ましには丁度いい」

 

 

 酒を飲んでもいない髭眼帯にとってこの環境はただ寒いだけという状態であったが、目の前の二人がそう言ってこの特別席に居座ってしまってはどうしようもない。

 

 そう諦め髭眼帯は熱いコーヒーを啜りながら、目の前でやや着物を着崩し手をパタパタする艦娘からの言葉を待つ。

 

 幾ら四季の激しい変貌が少ない大阪湾であっても、一月であれば外気温は5℃程と間違いなく寒い状態にある。

 

 そんな三人が身を寄せ合い囲む火鉢からは、淡い橙色の光が其々の顔を照らし、パチパチと炭の爆ぜる音だけが微かに聞こえる場が暫くそこにあった。

 

 

「……なぁ吉野司令」

 

「はい、なんでしょう」

 

「私を(めと)る気はないか?」

 

「……えっと、はい……はい?」

 

「足柄に聞いたのだが、ここ(大坂鎮守府)へ異動する際はカッコカリが前提条件に含まれると聞いたものでな、暫く悩んだのだが、まぁその辺りは拘る必要は無いと言う結論に達してな、どうだろうか?」

 

「待って、いきなり何言ってんのなーちん!? てか足柄君コレどういう経緯でこういう話になっちゃってるワケ!?」

 

「え、どういう経緯ってそりゃ那智姉さんが呉からウチに来たいって話なんじゃないの?」

 

「ふむ? 吉野司令はもしや未通女(おぼこ)でなければ駄目という性質か? なら安心してくれ、一応私は未婚艦だ、ウチの提督は磯波としかカッコカリを結ばないという事を公言しているからな、呉ではそれ以外の者は全員未通女(おぼこ)だ」

 

「色々話題がおかしな方向へぶっ飛んでるよ!? てか足柄君も提督がそういう人間みたいな事なーちんに言ったんじゃないの!? てかなーちんウチへ来たいって話自体が突然過ぎるんですけど!?」

 

 

 現在の軍部、国内という場に限定して言えば、大本営を筆頭とし直下に五つの鎮守府、五つの泊地、二つの基地に、二つの警備府が存在していた。

 

 その中で軍政に直接繋がる拠点は五つの鎮守府と言われている。

 

 現在主流派と言われつつある軍令部を頭とした派閥は、南方戦線に強い影響力を持ち、内地では呉と単冠湾(ひとかっぷわん)泊地を掌握する。

 

 そして影響力がやや薄れてしまったが、艦隊本部を筆頭とする旧鷹派は佐世保鎮守府、岩川基地を基盤に現在も軍政に携わっている状態にある。

 

 その派閥とは別に、現在は大坂鎮守府と舞鶴鎮守府が組んだ派閥が誕生した為、国内では三派の派閥が存在するというのは現在の海軍という組織であった。

 

 またどこにも属さない横須賀鎮守府という拠点も存在したが、そこは大本営と一部敷地を共有し、また主目的が首都、及び大本営の守護という位置付けにある為、派閥という物に縛られず、また存在自体が横須賀=大本営の戦力という意味合いも含まれていた為、どの派閥からも距離を置き、また行動も基本中立という状態で運営されてきた。

 

 

 そんな軍閥の一つに属する呉鎮守府。

 

 現在そこの司令長官の任に就く寺田是清(てらだ これきよ)という男は、大隅の海軍兵学校時代からの盟友であり、大隅が呉から大本営へ移動する際推挙され呉の司令長官となり、それから以降はずっと大隅の派閥では尖兵として動いてきた者であった。

 

 大隅の片腕と称されるその男は、当然吉野とはそれなりの関係にあり、大坂鎮守府立ち上げの際も裏で関わった経緯もあって、派閥として袂を別つ前は、吉野にとってある意味身内と呼べる関係にある者でもあった。

 

 

「大本営の旗色が一新され、国益の為に理想を捨てなくてはいけなくなった今、変わっていかなければいけないのは理解している、しかし……」

 

 

 そんな呉に属する妙高型二番艦は、生まれてこの方寺田が目指す、言い換えてしまえば大隅が理想とする海軍のあり方という思想の元、愚直に付き従い軍務に就いてきた。

 

 

「呉の者は民の為に生き、国の為に死す防人(さきもり)たれ、私はそう教えられ、そして生きてきた、しかし今は諸外国との協調が第一という軍政の変化に伴い、国の為では無く国益の為の尖兵として存在せざるを得なくなった」

 

 

 今まで国の為にのみ存在してきた海軍は、その力で制海権を西へと伸ばし欧州との縁を結んだ事によって、自国だけの都合で戦う事は出来なくなっていた。

 

 それは国益を第一という目的は同じであっても、今より安定した形でこれからを目指すには自国のみの力では賄い切れず、諸外国と協力し、役割を分担しなければ目的は達成されないという事情が生んだ、ある意味不可避の変化が軍という組織にも及んだ結果が末端の艦娘へ及んだというのが、今回の那智が取った突拍子の無い行動の裏に潜んでいる。

 

 

「目的が違ったとしても、呉がこれからやる事は変わらない、しかし今以上の何かを背負うという変化は、新しい血を取り込まなければいけないという前提が必要になるんだそうだ」

 

「……新しい血と言うと、欧州からの艦を呉も?」

 

「そうだ、呉は寺田是清(てらだ これきよ)という司令長官が差配する拠点と同時に、大隅巌(おおすみ いわお)という軍部の象徴になってしまった人の力を象徴する拠点でもある」

 

「えっと、確か呉って所有枠一杯の艦娘が所属してるんでしたっけ?」

 

「うむ、呉と佐世保、そして横須賀は常に戦力保有数は枠一杯を維持している状態だ、つまりそこへ欧州艦が編成されるとなると……」

 

「トコロテン的に不要な艦はニュル~っと押し出されちゃうって寸法ね」

 

「不要艦ではないっ! 私が提督より命を受けたのは、特務課の解体に伴い一戦を退き、その後は新設される対外局の所属になると言う事だ」

 

「あによその対外局って」

 

「……呉の顔として諸外国との折衝に随伴し、戦ってきた経験を生かした意見を場へ提議する役割、と、言っていたと思う」

 

「あー……要するに、対外的に話をする時、話を主張するのに那智姉さんという看板があれば箔が付くって事?」

 

「そう穿った物言いはどうかと思うが、そういう部分も零では無いと思う」

 

「寺田さんの性格を考えると、どちらかと言えば現場の意見を自分の口から言うより、それまで活躍してきた艦娘さんに頼る方が説得力があって、相手を納得させ易くなるんじゃないかって考えなんじゃ……」

 

「ああ、そういう考えで頼られるのは正直有り難いとは思う、しかしな、吉野司令……」

 

 

 那智という艦娘は呉で生まれ、常に艦隊の先陣に在って戦い、そして内地の鎮守府所属という、前線の者から見ての特別と、その特別を背負うという仕事を常としてきた叩き上げである。

 

 

「私は海に居ないと駄目なんだ、何と言うか……特段戦いが好きという訳じゃないんだが、でも私が私であり続ける為の物は、(おか)の上には転がってない」

 

 

 それしか知らず、そしてそれでのみ国に尽してきたという自負は、いつしか彼女の魂と心をあの青い世界(大海原)へと固く紐付けてしまった。

 

 

「そして『呉の那智』という看板が私を前線へ送る為の障害になっている、なまじ内地の拠点の生え抜きであった事が、前線と内地という格の違いに拘る軍部上層部の面子に関わってくるからな、だから……それを知っている提督(寺田)は私に言ったんだ」

 

 

 寂し気に、苦い色を滲ませ、それでも変化という物をを受け入れつつも諦めないという選択をしたこの妙高型の次女は、自身の答えを大坂鎮守府という拠点へと求めた。

 

 

「変わるつもりが無いのなら、お前の席はもう呉には無いとな……その言葉がなければ、私は自分を捨ててでも呉に留まり続ける事を選んだだろう」

 

 

 愚直に自身の生き方を通し、戦舟(いくさぶね)という存在で在り続けようとした艦娘は、その生き方に殉じたが為に自身の居場所を無くしていた。

 

 しかもそれまで求められるがままにやって来た事が、求めてきた者自身の都合で強引に捻じ曲げられるという理不尽によって。

 

 それでも那智はその事に異は唱えず、筋を通す事に拘り、結局は何もかもを背負った末に、ほんの少しだけ、自身の我儘を通す為に今髭眼帯の前で(こうべ)を垂れていた。

 

 

「提督はもう私が行く先はここ(大坂鎮守府)しかないと判っていたから、今回不必要な祝いの使者へ私を仕立てたのだと思う、だから吉野司令、どうか……」

 

 

 その姿には悲惨さも苦しみも無く、ただ一途から出た言葉を口にする彼女の姿は、裏方をずっと歩いてきた吉野には眩し過ぎる程に真っ直ぐな物に見えた。

 

 

「私を拾っては、くれないだろうか」

 

「えっとさ……呉を捨ててまでウチに来ると言うのは、今までの君を君自身が捨てるという考えには至らなかったんだろうか、自分には君がその部分に相当拘りがあった気がするんだけど」

 

「ちょっと提督……」

 

「いいんだ足柄、私としてはこういう本音の部分をバッサリ言ってくれる方が有り難い、それだけ本気で私と対してくれているのだろうからな」

 

「だねぇ、ぶっちゃけて言うと、君の今までの根底にあるのは呉という拠点と、そこを纏める寺田中将という存在があったからこその物だったんだろうし、同時にそれは君にとっては誇りであった筈だ、で、それを捨ててまで君がウチへ来るというのは、果たして君の中で納得いくものなのか、言い換えればその部分がはっきりしないままでは、ウチに君を迎え入れる事は出来ないよ」

 

「待ってよ提督、私の時はそんな難解な事なんか言わなかった癖に、なんで今回はそんな事言うのよ」

 

「足柄君の時は自分が納得する理由を持って来た、何をどうしたいって明確な目的をね、でも那智君は違う、彼女は呉での軍務をやりたくないから、そして逃避先はここしかにいからって理由で異動を希望している、そんな消極的なイメージしか自分には感じられないんだよ、それに多分、その話し方だと対象になるのは君だけじゃないんでしょ?」

 

「やはり……腹の探り合いという部分では貴方は噂通りの人物の様だ、確かにこの話は私だけではなく、呉で同じ思いをしている若干名の事情も実は含んでいる」

 

「だろうね……呉の寺田と言えば配下の艦娘さんからは絶対的な信頼を勝ち取っているけど、それは軍人としてあり続けようとした、嘗ての帝国海軍の将を彷彿させる人物像が大きな要因となっているようだし」

 

「ああ、あの人は我々が艦だった頃の、真っ直ぐ過ぎる程に海の男を形にした様な人だ」

 

「だから自身の盟友である大隅さんが泥を被るならと、それに付き従う事にした、そんな人をほっぽって君や生え抜きの艦娘さんがクルーって掌を返すなんて、とても自分は思えない」

 

 

 吉野の言葉は的を射ていた、そしてそれは今回の話で那智自身一番選択する際に迷った最大の要因となっていたのも確かであった。

 

 その痛い部分を指摘され、漸く折り合いを付けた部分を蒸し返される事に思わず言葉に詰まるが、それでも那智は吉野から視線を外さなかった。

 

 

 嘘は言ってないから、そして誰に対しても今の自身を取り巻く有様は己の選択から成った物だからこそ、胸を張って言える物だと言えるから。

 

 

 確固たる己の信念の上に存在する自身の選択、そこから来る吉野へ向ける視線は、驚く程に普通で、そして真っ直ぐな物だった。

 

 

「吉野司令」

 

「ん、なに?」

 

「もし私が提督(寺田)から命じられたのなら、己を殺してでもあの人と同じ道を往っていただろう、だけど、な」

 

「……だけど?」

 

「変われないなら席は無い、そう腹を割って言われたのなら、私は自身の生き方に嘘はつけない、あの人は私に付いて来いとは言わなかった、それはあの人が、自身の生き方に誰かを巻き込む事を良しとしなかったからだ」

 

 

 話の答えはまだ出ておらず、そして状況としては、目の前の髭眼帯が納得する答えは出せていない可能性が高いと那智はこの時思っていた、しかし─────────

 

 

「だったら私が出す答えは一つしか無いだろう? それが寺田是清(てらだ これきよ)がこれまで仕込んできた物(那智)であったとしても、私は妙高型二番艦の那智だと胸を張って言える生き方が、これなのだから」

 

 

─────────それでも彼女は自身の想いを言葉として尽した事で、もう、それ以外の何もかもは関係ないと、笑いを表に貼り付けた。

 

 

 そんな火鉢を囲む冬空の下。

 

 押し黙って場を見る足柄さんと、盛大な溜息を吐く髭眼帯と、薄い笑いで対するなーちんと。

 

 

「……なる程ねぇ、それが君の答えなんだ……でと、そんな彼女の言葉に君の納得いく言葉はあったかい? 長門君」

 

 

 いつから居たのか、大広間からそこへ来た長門が居るという絵面(えづら)がそこにあった。

 

 

「相変わらず提督は気を回し過ぎだ、今のはヘタをすると貴方が彼女から恨みを買い兼ねない話の振り方だったぞ?」

 

「現場で命を張る事が君達の仕事だ、だったらそこに一片の不安要素も持たせずに戦いへ送り出すのが自分の仕事でしょ? なら憎まれ役でも何でもなってやるさ、さてっと……それで?」

 

「あぁ、判っているさ、今の話に私が何を言う物は、腹には無いよ」

 

「ん、じゃ取り敢えず彼女が異動してくるんならさ、ずーっと空きのままだった艦隊総副官を彼女に頼もうと自分は思うんだけど、そこんとこは長門君的にはどうだろうか?」

 

「ほぅ? 異動していきなりナンバー2か、それは中々思い切った登用だなと思うのだが、なぁ那智よ、お前はこの無茶な話を受けるつもりはあるか?」

 

 

 後ろに両手を付いて、艦隊総旗艦を見上げる髭眼帯と、そして提督に問い掛けられたビッグセブンが口にした、やや挑発を含むかの如き口調の話を聞き、「あっちゃ~」と片手を顔に添えて俯く足柄さんの隣でなーちんは一瞬だけ驚きの色を浮かべた。

 

 

「ふむ、それが貴方達の答えであるのならばいいだろう、この那智の(いくさ)、存分に見てて貰おうか」

 

 

 が、それは一瞬の事であり、返す言葉は即断即決、それは彼女自身を表す程に、迷いの無い、とても力強い言葉であったという。

 

 

 こうして大阪湾にしては珍しく、ちろちろと雪が舞うそこでは後に『人修羅長門、鬼の那智』と呼ばれる、大坂鎮守府艦隊の指揮を執る不動のツートップが生まれるのであった。

 

 

 そしてこの邂逅を期に、他拠点での大幅な運営方針の変更に伴ってあぶれてしまった者達が続々と着任してくる事になるのだが、それはまた後日の話である。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。


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