大本営第二特務課の日常   作:zero-45
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 前回までのあらすじ

 なーちんが呉からやってきた、そしてご乱心の末肉とカステラが乱れ飛ぶ。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/01/13
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


変化していく日常といつもの日常

 薄暗い室内、並ぶベッド。

 

 片側にはリクライニングさせ背を立たせる形にしたベッドで時雨が寝息を立て、もう片側には髭眼帯が横たわる。

 

 二人が寝るベッドの間にはモニターが付随した箱型の機械が置かれていて、そこから其々に一本の管が伸びている。

 

 

「ほっぽとの合同研究で漸く安定には漕ぎ付けたけどさ、それでも一度に全血で400、これでやっと献血基準でギリの水準かい」

 

「以前はドナー側の回復量が輸血量に間に合ってませんでしたから、それを考えると今のまま安定するなら全然マシと言えるのです」

 

 

 髭眼帯の右腕に繋がる管からは、赤い液体が箱型の機械へ。

 

 そしてその機械から管を伝って時雨へ赤い物が。

 

 機械という異物を挟み、二人の間では命が流れていく。

 

 

「おい髭、体調はどうだい?」

 

「あー、以前は流石に眩暈で良くダウンしてましたけど、最近は全然そういう事は無いですねぇ」

 

「……まぁ当然だな、月イチつっても400も血ぃ抜き続けてりゃ、そりゃ増血剤ぶち込んで誤魔化しても血は足りなくなってくるさ」

 

「今は一度に400づつの輸血になってますけど、本来は年間合計で1200が安全域なのです、ですから体調には気を付けるのです」

 

「まぁその辺り自分じゃどうしようも無いし、お二人に任せるしか無いんですが」

 

「……ったく難儀なモンだねぇ、幾ら緊急性があったとはいえ、深海の細胞を取り込んだ人間の基幹細胞を艦娘に移植するなんて、ヘタしたら合併症や拒絶反応でおっ死んじまうか、変異が進んで細胞がとろけるかも知れないってのに」

 

「おかあさんの研究ノートのお陰で細胞変異の数値は大体判ってましたし、事前のサンプル試験で安全は確認されまてましたから」

 

「んで施術をしてみたのはいいが、結果は重度の再生不良性貧血の発症かい、とことん笑えないねぇ」

 

 

 大坂鎮守府、秘書課所属時雨。

 

 嘗ては轟沈し、そのまま深海化という経緯を辿り、その進行を止める為に電が施術した結果、未だ艦娘としての特徴と記憶を有したまま現在に至る存在。

 

 表向きに出回っている情報ではそうなってはいたが、実際の状態は割りと深刻な物にあったと言える。

 

 任意による深海化は急激に体力を奪い昏倒させるという状態にしてしまうが、経過観察によってそれの原因が最近になって判明する。

 

 それは進行性の不良性貧血に似た症状、血液に含まれる成分が徐々に減っていくという難病が昏倒の原因という事が二ヶ月前に初めて確認された。

 

 それまでは恐らく貧血状態に陥ったとしても、艦娘という強靭な体躯にあった為、暫く休めばそれは急速に回復していたと思われる。

 

 だがそれは安定した物では無く、そういう状態を繰り返し経た為だろうか回復する時間が徐々に長引いていき、二ヶ月前にはとうとうその自己回復が殆ど機能しなくなるという状態に陥った。

 

 この時点で漸く時雨の状態が発覚し、急遽彼女には深海化の禁止という髭眼帯からの命令が下る事になる。

 

 しかしその後も病状は進行していき、深海化をしなくても頻繁に貧血を発症する様になった時点で彼女には輸血措置がとられる事になった。

 

 ただし、その体は艦娘とは呼べない状態にあり、深海化の防止施術の際吉野の細胞を提供した関係か、適合する血液が髭眼帯のものしか無いという事が発覚し、それ以降は不足する血液を定期的に髭眼帯から時雨へ輸血するという措置がとられ続けていた。

 

 それから治療は続けられていたが、病状の進行と共に輸血に必要な血液量が増え続けるという状態になり、髭眼帯から採血する量の限界が治療に追いつかなくなった頃、例の北方棲姫との邂逅で得た資料を基に奇跡的にもぎりぎりというタイミングで治療法がある程度改善され、症状自体は治まってはいないが、それでも最悪の事態は避けれたというのが現状であった。

 

 

「あの北極遠征が自分だけじゃなく、時雨君の命も繋げれたというのは、正直僥倖でしたよ」

 

「それも私と電がいなきゃどうにもなんなかったって事は忘れんじゃないよ」

 

「なのです、だから三郎ちゃんはもう少しこちらの言う事を聞いてもいいと思うのですよ?」

 

「いやいやいや、ほら、そちらから言われてる事は出来る範囲で実行してるじゃないですか」

 

「何言ってんだい、そっちは最低限の事しか聞きやがらないし、時雨にもこの件は内緒にしたまんまじゃないか」

 

「……その辺りの気持ちは判るのです、けど現状のお話は時雨ちゃん自身の問題でもあるのですから、ちゃんと説明はしておいた方がいいと思うのです」

 

「あー……うん、それはそうなんだろうけど、この話を時雨君が知っちゃうとほら、余計な気を使わせる恐れが……さ」

 

「バッカ、例えばお前と時雨の立場が逆だったとして、お前は時雨がその事を内緒にしてたとしたらどうなんだい、なぁ……コレは一過性のモンじゃない、寧ろこの状態が続いていく可能性の方が高いんだ、だからそういう事も考慮した上で先の事は考えないといけないんじゃないのかい? アンタはココの司令長官なんだろ?」

 

「えぇまぁ、その辺りはもう少し考えてという事で、申し訳無いんですが、もう暫くはこの事は内緒と言う事で」

 

「チッ、こんなのいつまでも隠し通せる事じゃないからね、それだけは肝に命じておくんだよ」

 

「念のため言っておきますけど、一応研究の方もいい方向に進んでいますので、それ程悲観する事は無いのですよ?」

 

「お前がそんな事言うから、コイツはいつまで経っても甘えちまってこのザマなんだよ」

 

 

 ギャーギャーと説教を浴びて苦い顔でヘコヘコする髭眼帯は、漸く採血が終了したのか管を腕から抜かれた後は未だ寝息を立てる時雨の頭を少し撫で、暫く様子を見た後はこの状態がばれる恐れがあるからと、そそくさと部屋から退散していく。

 

 

「……あのバカ、絶対この話は時雨にはしないつもりだな」

 

「まぁ……本人がそう決めたのなら、仕方が無いのです」

 

「いっそこっちが時雨にばらしてやろうか……」

 

「……バラすのですか? 先生」

 

 

 ニコニコと己を見る電に博士は無言で視線を返していたが、暫くすると忌々し気に煙草を咥え、ガシガシと頭を搔きつつ部屋から出て行ってしまった。

 

 

「どうにもこうにも、ここに居る人たちは意地っ張りな人ばかりなのです」

 

 

 自身の事を棚に上げた呟きを口にし、この医局の責任者であるナイスバディの電は、静かになった処置室で今も寝息を立てる時雨の隣に腰掛け、髭眼帯がしていた様に頭を撫で始めた。

 

 

「大丈夫なのです、今は駄目でも、絶対に電が皆を助けるのです」

 

 

 数十年も先が見えない研究に没頭し、それでもずっと諦めなかったという、そこに居る中で恐らく一番の意地っ張りな者の呟きへ言葉を返す者は、当然そこには存在しなかった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「そんな訳で事の次第を呉へ連絡したら、そのままこっちの所属という事で手続きをされてしまった、なのですまないがこのままこっちで世話になる事になった、宜しく頼む」

 

 

 執務棟二階にある会議室。

 

 そこにはなーちんがテヘペロと衝撃の事実を口にし、その周りでは長門に龍驤、そして足柄が物凄く怪訝な表情で固まるというテーブルがあった。

 

 

「おい、宜しく頼むって、お前それは……」

 

「ちょっと那智姉さん、それマジの話なの?」

 

「うむ、今朝提督に昨夜の諸々をな、電話で報告したんだが、『そうか、なら荷物はこちらで纏めてそっちへ送る、手続き関係もやっておいてやるから心配するな』という返答が来てな」

 

「ちょっと寺田はん、なにしとんねん……」

 

「ああだからか、提督がさっきプルプルしながらどこぞに電話を掛けていたのは」

 

 

 報告即放逐という状況もどこ吹く風状態で茶を啜るなーちんと、頭を抱えるその他三人。

 

 それは昨夜とは正反対なピーカン状態の空と相まって、とても能天気な空気を会議室へ蔓延させていた。

 

 那智の異動という話は、彼女がする内容に依ってほぼ確実の物になるというのは場に居た者全員に周知の状態であったが、まさか呉ではそれなりに重要なポジにある筈の者を即日異動させると言う、そんな急転直下の事態に周りの者は言葉を失ってしまう。

 

 それに対し、放逐された本人は割りとのほほんとしてはいたが。

 

 

「いやまさか私も即日で異動を言い渡されるなんて思ってもいなかったからな、正直どうしようかと途方に暮れている最中だアッハッハッ」

 

「むっちゃ笑ろうてるやんっ!? 何がそんなに可笑しいねんっ!?」

 

「いやぁ取り敢えずは荷物が届くまでの身の回りの物が問題だな、生憎手持ちの持ち合わせも殆ど無い状態だし」

 

「……姉さんカードとか持ってないの? 無いなら幾らか貸してあげましょうか?」

 

「おい足柄、借金は良くないぞ? と言うかいつもニコニコ現金払いが私の信条なのでな、まぁだからカードなんぞも持ってない、て言うかお前の下着って、なぁアレは流石に履く覚悟がな……うん、無理だ」

 

「誰が下着を貸すって言ったのよっ!? お金よお金っ! て言うか私の下着を履くのに何で覚悟が必要になるのよっ!」

 

「いやお前、あんなスケスケで布地の少ないハレンチな……」

 

「あーもーあーもーあぁぁぁもぉぉぉぉー! いいから! もうそっちの話はいいからぁっ!!」

 

 

 実の姉に覚悟が必要な勝負下着という情報をカミングアウトされ、狼さんはバンバンとテーブルを涙目で叩くという醜態を晒してしまう。

 

 そしてそんな彼女の勝負下着事情を聞く周りの面々も、何故だか目頭をそっと押さえて視線を逸らすという、そんな生暖かい場がそこに出来上がってしまった。

 

 

「ま……まぁ荷物は2~3日もすれば届くだろう? その間の雑費は事務方に話は通しておくから、後は酒保で必要な物を揃えておくといい」

 

「そうか、それは助かる」

 

「後は部屋なんやけど、寮の二階に幾らか空きはあるから後でうちが案内するわ」

 

「空き部屋? もしかして個室が宛がわれると言う事か?」

 

「なんや誰ぞと相部屋がええんか? 一応そのヘンはなるべく希望に沿う形で整える事になっとんのやけど」

 

「いや、呉の寮では相部屋が当たり前だったからな、まさか希望すれば個室が貰えるとは……」

 

「無駄に土地だけは広いからなぁ、多分戦力枠一杯のモンが着任しても、部屋割りは希望に沿えるんとちゃうかな」

 

「それはまた贅沢な話だな」

 

 

 微妙に空気が抜けたかの様な会議室。

 

 中心に座る那智は相変わらず茶を啜りながら寛いでおり、その隣ではテーブルに突っ伏し精神的ダメージを回復中の足柄という姉妹。

 

 その二人を眺め、武のトップを張る長門と、それ以外を纏め上げる龍驤が苦笑いでその様を眺めていた。

 

 取り敢えずの異動騒動はそれで終わり、そんな空気が漂い始めた頃、一番場で軽い空気を漂わせていた那智がぼそりと言葉を漏らし始め、場の空気は少しだけ固い物へと変わっていく。

 

 

「ところでな、私が副艦を任された意味は理解してるつもりだが、ここまですんなりと話が進んだ裏にある事情を確認したいのだが、構わないだろうか」

 

 

 その言葉を聞き、長門と龍驤は一瞬驚いた様を見せるが、すぐその表情は苦笑いを含んだ物へと変化する。

 

 

「話の裏か……さて、その辺りはどうもな、我々は提督から何も聞いていないので、お前に言うべき説明の言葉が無いというのが現状なのだがな」

 

「て言うかなーちんはあれや、今自分がなんで副艦に充てられたんかって理由だけ知っとったら、取り敢えずなんも問題は無いとうちは思うんやけど?」

 

「私が呉から大坂に異動するという前例は、似た様な立場の者達が決断し易くなる、更に副艦に据えればその者達が異動がし易い環境を整える事になる、ある意味私はその為に今の役割へ推挙された……ここまではまぁ、何となくは理解が及ぶ物なのだが……」

 

 

 相変わらず涼しい顔で茶は啜っているが、湯飲みから覗く那智の瞳は極めて真面目な色を滲ませていた。

 

 そんな姉の言葉に、今も前のめりに突っ伏したままの足柄がベシベシとテーブルを叩き、隣に座る姉の注意を自分に向けさせる。

 

 

「姉さんの異動は大隅さん、寺田さん、そして提督の三人がいつもの腹芸交じりの取り引きをした結果なんじゃない?」

 

「ふむ……取り引きか」

 

「搔い摘んでしか話は聞いて無いから多分という範疇から出ないけど、三人の間ではそういう何かがあったのは間違いない、と私は思うんだけど、そこんとこどうなの長門」

 

「何度も繰り返すが、私は提督から何かを聞かされた訳じゃないので、お前の問いに答える物はなにも無いとしか言えんな」

 

「……あっそ、んじゃ龍驤は? そっちも大体の事情は把握してるんでしょ?」

 

「さぁて、うちも表立った役職には就いとらんけどなぁ、確実やない話を関わっとる本人に聞かせるほど無責任な事はでけんわ」

 

 

 ズリズリと上体を起こし、改めて二人へジト目のまま視線を投げる足柄は、暫く艦隊総旗艦と相談役二人を眺めていたが、それ以上の言葉が返ってこない事を察したのであろう、「あーもぉ」と頭をワシワシと搔きながら面倒臭気に溜息を吐くと、横で自身を見る姉に首を傾げながら苦笑を返した。

 

 

「まぁ二人が憶測で話ができない立場なのはしょ~がないわよねぇ、でも私は一応姉妹の事も絡んでいる訳だし、その辺りの話は別にしてもいいんでしょ? ね?」

 

「別に構わんのとちゃう? ただそれがほんまの話かどうかなんちゅう確定は誰にも出来んけどな」

 

「まぁそういう感じの流れだけど、それで納得するなら話はするけど?」

 

「構わん、これから先一応は重責を背負う事になるんだ、今の内にある程度の事情は知っておきたい、その上で聞いた話はどうなのかのという判断は、また追々とさせて貰うさ」

 

 

 相変わらず軽い雰囲気の那智から他の二人へ視線を流した足柄は、改めてその二人からこれという反応が返ってこない事を確認した上で、自身の頭にある諸々の情報を整理しつつ話の筋を組み立てていく。

 

 

「話の始まりは軍令部からこの前発令された、例の北方棲姫絡みのアレよね」

 

 

 数日前、北方棲姫が米国へ掛けた圧力紛いの交渉の煽りを受けた軍部は、技本が以前提出した論文の検証を持ち出すという、ある意味こじつけ的な理由を元に大坂鎮守府へ無茶とも言える内容の命令を発布した。

 

 それは内情を知らない者が聞けば、大坂鎮守府が行った作戦に対する結果への懲罰的な意味合いとも取れる内容ではあったが、実際発令された任務内容を突き詰めていけば、日本の制海権の内という海域限定ではあったが、その中で行動する限りは軍令部の名の下、大坂鎮守府が他拠点に対して縛られず自由に作戦展開が可能という、そんな免罪符染みた物が含まれた内容の話であった。

 

 

「まぁ軍部が北方棲姫と直に交渉を持つ事は出来ないし、元々大坂鎮守府が原因でそうなっちゃってるのは確かだものね、で、他の目もあって、情勢的に軍令部が表立って支援するのは無理だしって事でそういう命令が発令されたって流れだと思うのよ」

 

「……何と言うか、その話は触り程度には聞いてはいたが、実際はかなり難解な状態で軍部が動いてるのは理解した、しかしそれが私の異動にどう関係してるのかという部分がな、その話だけではどうにも見えてこないんだが」

 

「あーそれね、今言った軍令部が発令した命令内容ってね、『技本から上がってきた論文結果が現場で如何に作用するか検証する為、特定の艦種を揃え実地検証を実施せよ』って内容の物だったのよね」

 

「技本の論文? 何だそれは」

 

「実際の話、そっちはこじつけの為に用意したもんだろうからあんま関係ないじゃないかしら、んで今那智姉さんの話で重要になってくるのは軍令部が任務遂行の為にウチに揃えろって指定してきた艦種にあるのよ」

 

 

 ピンと人差し指を立て、足柄は場の者へ視線を巡らせ、そして問題と言った部分を口にする。

 

 

「軍令部はその任務を実施すんのに、巡潜甲型改二潜水空母に暁型駆逐艦、そして妙高型重巡洋艦を検証する為の艦として指定してきた」

 

「ふむ……その命令には妙高型も指定されていたのか」

 

「そうそう、んで、そんな命令が発布された直後に那智姉さんの件よ? ね~、これってどう考えても無関係なんて考えられないわよね」

 

「それはつまり、大坂鎮守府が関係する行動に便宜を計ってやるから、代わりに私を大坂へ受け入れるという取引が上では行われていたという事か」

 

「実際は直接的な話し合いが無かったのは確かな話よ、でもこれに関わっているのは軍令部と大坂鎮守府、つまり大隅さんとウチの提督って事になるわ、結果としてこの二人の間でならただの命令書一枚が取り交わされただけで、そこにある諸々の意味は通じてしまうと思うのよね」

 

「……実際軍部が変化するに伴って、現在はそれまであった戦力配置は一旦解体され、そして変化するという流れで人員の再編は進められている」

 

 

 那智は湯飲みに視線を落としつつ、足柄から聞いた内容と自分を取り巻く環境を並べ、更にはそこから現在の軍部の動きへと考えを広げていく。

 

 

坂田殿(元帥)からは大和が、大隅殿からは第一艦隊が、そして呉からは私が……」

 

 

 そこまで言うと、那智は湯飲みをテーブルに置き、空いた片手を顔に当て、自身が吐いた言葉の意味を何度も胸の内で反芻(はんすう)する。

 

 それから暫く、その言葉の意味する物を充分理解し、心に落とし込んだ那智は深い溜息と共に卓に着く者達へ改めて視線を戻した。

 

 

「託されたのだな、吉野司令は……あの人達の今までを、それを受け入れたからこそ、私を副艦に据えて、これからもここへ来るだろう者達へ居場所はここにあるぞと、そう見せたかったという事か」

 

「どうなんだろうな、正直提督や大隅殿の思考というのは独特だし、詰め将棋の如く何手も先を見据えた状態にあるから、今お前が至った答えもそう結論付ける様に仕向けている物なのかも知れんぞ」

 

「ふむ……だからお前達では憶測による話は軽々しく口に出来んという事か、成る程な……だがこの話がこの先どう転ぶとしてもだ、私は今色んな意味で体の震えが止まらなくなってしまったよ」

 

「あー、それって思ったよりも話が大袈裟なもんになってしもたからって事かいな?」

 

「それもあるにはあるが、自分が受けた艦隊総副艦という席がな、思いの他重要な意味を持つ物だと言う事と、何より今まで私が生きてきた道を残すのも潰すのも、自分次第なんだという事実に気付てしまったからなぁ」

 

「まったく……もう、嬉しそうな顔しちゃって、姉さんちょっと今自分の顔を鏡で確認してみたら? 凄い顔になっちゃってるわよ?」

 

「くくくっ……当たり前だ、今のこの状況は私が提督に、いや呉に捨てられた訳じゃない、今までの呉の生き方を消さない様に用意された物だと漸く理解できたからな、だから武者震いがあったとしても仕方ないだろう? なぁ足柄よ」

 

 

 片手で顔半分を隠し、滲むように深く生々しい空気を漂わせ、歪になった笑いをそこに見せる妙高型二番艦。

 

 そしてそれを見る者達もまた、言葉にはしなかったがこの一連の話をある程度理解していたのか、言葉こそは口にしなかったが、新たに大坂鎮守府の上層部に身を置く事になった古強者が腹を括ったのを確認すると、静かに茶を啜りつつも不安要素が一つ減った事に安堵の溜息を吐くのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「ふう……風はそんなに吹いてないけどやっぱり寒いね、はいコーヒー、微糖で良かったんだよね?」

 

「ありがとう時雨君、ってアッツ、自動販売機の温度設定間違ってないコレ?」

 

「外に設置してある販売機のヤツだからね、その辺りは哨戒帰りの人とか教導後の人が海から上がってきた時に買うのを考えてるんじゃないのかな」

 

「って君はレモネード? 珍しいブツをチョイスしたねぇ」

 

「それはお互い様じゃないのかな、こんな寒空の下じゃドクペやサスケを飲むのって流石に無理があるでしょ……っと、んしょ、ちょっとお邪魔しまーす」

 

 

 執務棟の屋根上という、寒空の下で身を置くのはどうかと思うそんな場所。

 

 ゴツいコートを羽織って座り込む髭眼帯の懐に、潜り込む様な形で時雨が収まって、首に巻くマフラーを一旦解いて二人まとめてという形で巻き直し、更には髭眼帯のコートのボタンを留めての完全武装がそこに出来上がる。

 

 

 この二人がこんな寒空の下で何をしているのかという理由を述べるなら、鎮守府の規模が大きくなり、中々個人的な時間を髭眼帯が取れないという事から疲労が蓄積するだろうと時雨が気を利かせ、自身の我儘という体で周りを納得させて度々こんな時間を作り、夕食後から就寝までの時間を執務棟の屋根上で過ごすという時間がこれまで度々あった。

 

 当然そこには時雨の独占欲も多分に含んではいたが、それでも髭眼帯にとっても割りと本音を交わせるこの小さな秘書艦との時間はそれなりにリラックス出来る場であり、頻繁にでは無いにしても誘われれば一緒に屋根上に上がり、何をするでもないという時間をまったりと過ごしていた。

 

 

「何で真冬で屋根上なのかねぇ、ほら提督の部屋とかでもいいんじゃないの? ボヘーっとするだけならさ」

 

「あーんー、確かに提督の部屋って快適は快適なんだけど、どこに居ても死角が無い監視体制が敷かれてちゃってるから、それ考えるとマッタリなんてできないんだよね」

 

「え、なにそれ怖い、提督の部屋って今どんな状態になっちゃってるの!?」

 

「ひーみーつー」

 

 

 ホットレモネードのミニペットボトルを両手で包み、ニヘラと笑う時雨は髭眼帯のコートの中で頭をグリグリとする。

 

 対して懐に時雨という熱源を抱え割と寒いという感覚が薄い状態にある髭眼帯は、自身の部屋の状態に思いを馳せて苦い表情を浮かべつつも、グリグリしてくる頭の上に顎を乗せて、ささやかな反撃を展開する。

 

 そんな親子とも、兄妹とも、そして恋人とも言い難い微妙な状態で過ごす屋根上からは、光が点在する大阪湾がパノラマ状に展開し、空の星と混ざって煌く様を見せている。

 

 

「ね、提督」

 

「んー? 何かな時雨君」

 

「いつも苦労を掛けるねぇ」

 

「え、なに突然、どしたの?」

 

「今日僕が検診で寝てた時、傍に居てくれてたでしょ?」

 

「んん? 何の事?」

 

 

 そんな髭眼帯の返しに、ちょっと強めにコツンと顎に頭を当てて時雨はわざとらしく頬を膨らませた後、少し冷めたホットレモネードを口に含んだ。

 

 

「相変わらず提督はさ、プライベートな事になると嘘がヘタになるんだから」

 

「えー、そんな事無いと思うんだけどねぇ」

 

「う・そ・だ、だってベッドにさ、提督の匂いが残ってたんだよね」

 

「なにそれ君ぬいぬい的なスキルに目覚めちゃったワケ? 匂いフェチなの?」

 

 

 再びコツコツと頭を顎に当てつつ、それでもニコニコという表情のまま時雨の言葉は止まらない。

 

 

「最初は気のせいだって思ってたんだけどね、毎回ほんの少しだけど提督の残り香がしたからね、ああいつも傍で見てくれてるんだって……うん」

 

 

 時雨の言葉に髭眼帯は返す言葉が見付からない。

 

 確かに彼女の事は心配であるのは確かであったが、毎回治療時に付き添っていた理由は彼女の病状に依る、輸血のための随伴というのが目的の殆どであった為に、それを口にする事は出来なかった。

 

 

「付き添いしてくれるんならさ、目が覚めるまで傍に居てくれればいいのに」

 

「いや提督も仕事があるから、中々その辺りはねぇ」

 

「ほらぁ、やっぱり付き添いしてくれてるんじゃない」

 

「んっ、んんっ、あー、うん……何と言うか、まぁその、はい」

 

「ホントプライベートなとこは脇が甘いんだから」

 

 

 しどろもどろになる髭眼帯の様に含み笑いになりつつも、またホットレモネードを多めに口に含み、ほぅと吐いた時雨の白い息は、割と長い時間空を漂い、そして透明に消えていく。

 

 

「提督が忙しいのは充分理解してるんだよ? だって僕はこれでも秘書艦だもの」

 

「ん……まぁそうだねぇ」

 

「そんな提督が毎回僕に付き添ってるのってさ、何か理由があるんでしょ?」

 

「あー……んー、特に理由なんて無いんだけどなぁ」

 

「ふぅん……まぁ何を隠してるのか僕には判らないんだけどさ、それでも、ね、提督」

 

「うん?」

 

「ありがとう、だからね、その……いつも苦労を掛けるねぇ……って、さ」

 

 

 何度も治療に付き添うという不自然を感じていても、その理由を絶対に口にしないだろうと確信するこの小さな秘書艦は、それでも感謝の気持ちと、嬉しさと、それ以上の色々を込めて、いつもなら髭眼帯が口にする例の言葉を呟いた。

 

 

「……それは言わない約束だよ、おとっつぁん」

 

 

 そして髭眼帯もその言葉に、いつもは聞く側にある台詞を口にして、小さな秘書艦の気持ちに応えるという屋根の上。

 

 こうしてまったりとした夜は更けていき、特に意味の無い、それでも彼女には必要な屋根上の戯れは深夜になるまで続くのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。



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