大本営第二特務課の日常   作:zero-45
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 前回までのあらすじ

 上司部下の関係でグダってしまったムチムチあきつと川内、そして実は裏で折檻されていた青葉、そんなアレな大坂鎮守府にまたしても新たな仲魔ガッ!


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/02/03
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、有難う御座います、大変助かりました。


哀情

 

 

 海も空も青い世界。

 

 赤く滲む空が青を侵食する海。

 

 何もかもを飲み込んで全てが漆黒になった海原。

 

 

 そのどれでもない、一日のほんの僅かの間に流れる時間。

 

 夕焼けの赤から漆黒へと変わる前に、漆黒から青へと変わる前に。

 

 海は深い蒼を湛え、空は紫を広げる。

 

 

 前者ならば死を覚悟しての戦いに往く言葉を、後者なら生き残った事への感謝を口にする、そんな(とき)

 

 

『このほんのちょっとで終わる紫の世界が、私は一番好き、だって、一日で一番生きてるって実感できる時間だもの』

 

 

 心の奥に染み込んだ、誰が言ったかも判らないそんな言葉。

 

 何も覚えてない筈なのに、まるでそれが自分を形作る為に必要不可欠なピースなのだと胸の奥を締め付ける。

 

 その言葉は誰が言ったのか、聞いた自分は何なのか。

 

 何度も何度も繰り返し、結局答えなんか出る筈も無く、それでも求めてしまう。

 

 

()いたいな……()えるかな……()えるといいなぁ……」

 

 

 それが無理だと判っていても、手繰ってしまった希望は絶望かも知れないのに、彼女は求めてしまう。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で? また北方棲姫から無茶振りがきたクマ?」

 

「まぁこの状況を見れば、提督が五十鈴達を集めた理由は一目瞭然みたいなものなんだけど」

 

 

 大坂鎮守府提督執務室にある畳ゾーンでは、現在球磨、五十鈴、阿武隈の三人が微妙な表情で卓に着き、テーブルを挟んで向かいの二人に視線を投げていた。

 

 一方は鎮守府司令長官の髭眼帯、一種軍装の上着を脱ぎ、シャツの襟ボタンを外して絶賛脱力中のその様は、威厳と言う言葉が欠片も感じられないというダメさをそこに曝け出している。

 

 残りの一人は先日北方棲姫側より送られて来た軽巡棲鬼、嘗ての中部海域やインド洋で悪名を馳せた深海棲艦上位個体、で、あるが、そこにチョンと座る者はそういうイメージとは掛け離れた、何と言うかオドオドと言うか盛大にキョドった状態で軽巡三人の視線を受けている状態にあった。

 

 

「えー、彼女は深海落ちする前自分が何者だったとか、その辺りの記憶は全然無いらしくてねぇ」

 

「個体によって色々差はあるとは聞いてたクマ、でもこの鬼は全然その辺りを覚えてないクマ?」

 

「だねぇ、んでまぁそんな状態なんだけどね、色々知りたい事があると言うか、ぶっちゃけ人探しをしてるらしいんだよね」

 

「……人探し?」

 

 

 首を傾げて見る三人に対し、少し涙目になりつつコクコクと頷くその様は、そこらの拠点の主力艦隊ですら単体で漸く相手取ることができるという破格の戦闘力を持つ深海棲艦上位個体とは思えない程に、小動物を思わせる程弱々しい様を見せている。

 

 

「人探しって貴女、今何も覚えてないって言わなかった? そんな状態で誰を探してるの?」

 

「えっとそれは……よく、判らないって言うか……」

 

「探してる相手どころか自分の事すら判らないって、それもぅワケ判んないんですけどぉ……」

 

「で、提督は取り敢えずこの鬼の人探しを手助けするのを引き受けたクマ?」

 

「彼女自体その希望が叶う事は難しいって理解してるみたいなんだけどさ、ほら、ウチって教導任務を回してる関係上不特定多数の艦娘さんが出入りするじゃない? だからここに居ればもしかしたら探してる人が見つかるかもとか思ったらしいんだけど、ね?」

 

「あ、はい……ごめんなさい」

 

「て言うか相手が軽巡棲鬼だからって、球磨達軽巡を集めてお話しようとか安易にも程があるクマ」

 

「ねー、ほら、そういうのって冬華(レ級)ちゃんみたく、艦娘の頃の艦種が深海棲艦になった時の艦種に反映されるって事はないんだしぃ?」

 

「寧ろ相手の事も判らないって事は、例えば目の前に探している艦娘が居たとしてもその子を認識できないって事じゃない、しかもウチの教導にその探してる相手が来るなんて都合のいい事が起こる確率なんか、限り無くゼロに近いと思うんだけど?」

 

「……そのうっすい可能性を探せるのならまだ救いがあるクマ、でも艦娘は死と隣り合わせの世界に生きてるクマ、お前が探してるヤツが今も生きてるなんて保障はどこにも無いクマ」

 

「まぁ君達のいう事も尤もなんだけどさ、もうちょっと希望的観測と言うか、やんわりとした表現してもいいんじゃないの……」

 

 

 オドオドと軽巡三人に視線を返す軽巡棲鬼と、何とも言えない髭眼帯を見る球磨は深い溜息を吐いて横に並ぶ二人に対し視線を飛ばす。

 

 その視線を受けた五十鈴と阿武隈も何とも言えない表情で返し、改めて目の前でオドオドする深海棲艦上位個体へと視線を戻す。

 

 

 こうして結局北の海から来た人外の鬼は、比較的任務シフトに余裕があった三人の軽巡預かりとなり、取り敢えず共同生活をする処から鎮守府での"無い物探し"を始めていくのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「で? 結局彼女は今どんな感じな訳?」

 

「どんなって言われても困るクマ、取り敢えず哨戒の当番に就いてるヤツ以外の誰かと常時行動を共にしてるクマ、でも問題の進展は何も無いままクマ」

 

「まぁそうだろうねぇ、人探しするって割には手掛かり処か、自分が誰だったかすら判らないんじゃねぇ」

 

「提督的にはその辺り問題解決するよりも、好きな様にやらせて納得させるつもりでアイツを引き受けたんじゃないクマ?」

 

「あーうん、彼女の事に対しては個人的にしてあげたいって気持ちもあったけどさ、それよりも……」

 

「個人の事情よりも……北方棲姫から送られて来た、その部分が一番優先する部分だった……クマ?」

 

 

 赤いメタリックに輝く缶に入った例の毒飲料を口にしつつ、それでも苦い相を隠し切れない髭眼帯を見て、珍しく人との縁という物に都合を上乗せしないといけないまで追い込まれているという現状を充分理解していた球磨は、それ以上のぼやきを口にする事は無かった。

 

 軽巡棲鬼が大坂鎮守府に来て早五日、概ね日々のサイクルを掴み始めたその日は、丁度五十鈴が工廠より改装が上がってきた装備の調整に出るのに付き合って、演習海域に充てられた海に抜錨している処であった。

 

 

「一応ウチの連中に顔合わせはさせてみたクマ、でも……まぁ結果はお察しクマ」

 

「だろうねぇ、何が彼女の中に引っ掛かってるのか判らないけどさ、自分自身でその認識すらあやふやって事は、余程の奇跡でも無い限り彼女の願いが叶う事は無いと思うよ」

 

「……取り敢えず納得するまで付き合ってみるクマ、でもあんまり期待しないで欲しいクマ」

 

 

 二人が見る海の向こう、視界が届かぬ場所で今も軽巡棲鬼は迷走を続けていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「っと!? おどおどしてても流石鬼、なかなかエグいとこに撃ち込んでくるじゃない!」

 

「あっその……ごめ、ごめんなさい!」

 

 

 元々対潜要員として艦隊の要となっていた五十鈴だが、徐々に規模を拡大する大坂鎮守府の人員事情に合わせ、自身の得意とするスキルを他にも生かせる様対空兵装のコンバートを本格的に煮詰める作業に入っていた。

 

 昼から始まったこの兵装慣熟試験であったが、本来なら航空母艦の誰かを仮想敵に伴っての演習が理想ではあったが、現在教導課が受け入れている艦隊が総仕上げ段階に入った事もありそれがままならず、取り敢えず軽巡棲鬼の世話をみるついでという事でBofors 40mm四連装機関砲を搭載しての砲撃試験を行っていた。

 

 対空兵装をメインに用いての水上艦との戦い。

 

 それは特化装備をした艦の宿命故殆ど用を成さないが、それでも戦場へ出るなら相手をするのは艦載機だけに留まらない、もし対空戦が終わったとして、そこに防空特化のままの自分がいた場合、どう艦隊戦で置物にならずに戦うか、これが目下五十鈴が取り組むテーマの一つともなっていた。

 

 6inch連装速射砲の連撃から身を躱しつつも、体を水柱に捻じ込んで、少しでも有効打になる様機銃掃射を続けていく。

 

 何合目かそんな事を続け、両者の体がそれなりに蛍光ペイントの色へ染まった時、艤装に積む演習弾が空になった五十鈴は軽巡棲鬼に砲撃試験の終了を告げる。

 

 

 軽く肩で息をし、微速で近付いた時、ペイント液の掛かり具合は自身と遜色ない程に見える軽巡棲鬼であったが、その表情にはまだまだ余裕が見てとれた五十鈴は苦笑しつつも右手を挙げた。

 

 その行動の意図を汲み取ったのだろう、軽巡棲鬼もおずおずと右手を挙げ、ハイタッチを以ってこの演習は本当の終了となった。

 

 

「はぁ……やっぱり機銃だけじゃどうにもならないわね、もうちょっと武装の組み合わせを考えた方がいいのかしら」

 

「あっ、でも、えっと……威力はそれ程でも無かったんですけど、当てて来る位置が嫌なとこが多かったんで、やり難かった……です」

 

「あらそうなの? 割と突っ込んで来る事が多かったみたいだから、全然効いてないって思ってたわ」

 

「えっと……目とか耳とか、そういう処ばかり狙われるので、その……」

 

「嫌らしい部分ばかり狙ってくるなぁって?」

 

「そんな事はっ! えと、立ち回りが上手いなあって、機銃だけなのにちゃんと戦えてるって思いました」

 

「ありがとう、そう言って貰えると少しは報われた気がするわ、あと貴女……」

 

「……?」

 

「接し辛いのは判るんだけど、敬語でないとダメなの? その……おどおどしてる状態でそういう言葉遣いをされると、ほら……何か五十鈴が貴女を苛めてるみたいじゃない」

 

「あっ……その……ごめんなさい」

 

「あーもうっ、んんっ……その、いいのよ、気にしないで、それが貴女の素なら仕方ないもの……」

 

 

 陽が傾き、宵闇が迫る世界。

 

 ある程度の成果を出せた満足故か、五十鈴は胸一杯に空気を吸って、それを空へと吐き出した。

 

 二月も近い大阪湾、季節で言えば一番寒さが厳しいとされるそこでは、吐き出した白い息が赤く滲む空へ溶けていくのを何とも言えない表情を滲ませて黙って見送る艦娘と、同じく空を見上げる深海棲艦上位個体の二人。

 

 

「……見つかるといいわね」

 

「……え?」

 

「貴女の探し人よ、何も協力できてない状態だけど、応援くらいはできるもの」

 

「あ……はい、ありがとう……」

 

 

 相変わらずおどおどする軽巡棲鬼を見て、何故だか笑いを滲ませる五十鈴。

 

 姿形は違っても、その落ち着きの無い様は、嘗て一緒に海へ出ていた、そして今は居なくなってしまった妹の面影が重なり、表情を緩ませる。

 

 そして同時に胸の奥に、最近はもう殆ど感じる事がなかったチクリとした痛みを感じる。

 

 

 長良型二番艦五十鈴、ラバウル基地にて建造された彼女には、違う拠点へ配属となった姉妹が二人存在していた。

 

 南洋の要と言われたセレター軍港。

 

 当時余りにもインド洋近海の敵が多過ぎたため、リンガを中心にペナン基地、セレター軍港と比較的近い位置に拠点を配し、軍は支配海域外からの脅威を押さえるという苦肉の策を執っていた。

 

 しかし漸く深海棲艦の生態が掴み始めたばかりの軍であったが、南シナ海で受けた苦い思いを制海権奪取という甘い蜜で誤魔化し、事後の手当てを怠ってしまった。

 

 そのツケは大きく、リンガを受け持つ斉藤が再三上申したにも関わらず戦力拡充の要請は殆ど袖にされ、結果として当時インドネシア西方最南端にあった拠点、セレターは深海棲艦の一大攻勢を受けて壊滅。

 

 着任していた司令長官諸共艦娘も全て鬼籍へ入る事となり、緊急的に出動した当時編成されたばかりの三代目大本営第一艦隊の反抗戦を以って漸くその海域を奪還するに至る。

 

 その壊滅した艦隊には、五十鈴の姉妹である長良、名取の二人も含まれていた。

 

 

 姉妹を見た事も無い海に奪われてから十年と少し、もう既に過去の物という区切りを付けた筈の五十鈴であったが、余りにも目の前の深海棲艦の鬼がおどおどしている為か、それとも彼女が抱える悩みに深入りし過ぎた為か。

 

 いつの間にかその姿に嘗ての妹を重ねそうになり、首を振って感傷的になりつつある気持ちを振り払う。

 

 

 抜錨の時には身に付ける様になった紺色の外套を風に揺らせながら、クールダウンを兼ねてゆっくりと海へ視線を巡らせる。

 

 

「……ねぇ貴女、寒くない?」

 

「え、んと……慣れてますから」

 

「あぁ、貴女って北極から来たんだったわね、確かにそれじゃ寒さにも強い筈よね」

 

「五十鈴さんは……寒いんですか?」

 

「えぇ寒いわね、私って南国生まれの南国育ちだから、でも……この寒さは嫌いじゃないわ、ほら、暑くて汗だくになるよりもいいじゃない?」

 

 

 寒ければ重ね着すればいいしと外套をチョンチョンと指差し笑う五十鈴に、納得したのか黙ってコクコクと頷く軽巡棲鬼。

 

 二人が静かに言葉を交わす海は、いつしか陽が沈みつつ、周りの色を変えていく。

 

 

 全てが青かった世界。

 

 そして陽が沈む事を拒み赤を滲ませていた空。

 

 

 それからやってくるであろう夜の世界に移る前に存在する、恐らく一日で一番短い時間に存在する、昼でも夜でもない紫の世界。

 

 

 目を細めて沈む夕日を見送り、五十鈴は軽巡棲鬼を伴って鎮守府へと帰っていく。

 

 空の色はいよいよ濃さを増し、帰還をする頃には全てが闇の世界に侵食されている事だろう。

 

 そんな(まばた)きをする程の短い間にしか存在しない、紫色の空をぼんやりと見つつ、五十鈴は無意識に何気ない言葉を呟いていく。

 

 

「もしここが戦場だったとしたら、今から夜戦に突入する節目になるわ」

 

 

 その言葉を、軽巡棲鬼も五十鈴が残す白波を追いかけつつ、何となく耳に入れていく。

 

 

「軽巡の本領は夜にこそ発揮される、だからその暗闇に飛び込む前には気合を入れるの、それも命懸けの気合をね」

 

 

 呟き程度に聞こえるそれを聞き、目の前に立つ白波と、そしていつか見た気がする初めての背中をぼんやりと眺める。

 

 

「夕日が落ちて、夜になる……その前に見える刹那の、このほんのちょっとで終わる紫の世界が、私は一番好き」

 

 

 その言葉に軽巡棲鬼の胸の奥にこびり付いていた、いつもいつも繰り返し噛み締めていた言葉が重なっていく。

 

 

「だって、一日で一番生きてるって実感できる時間だもの……」

 

 

 そして五十鈴が呟こうとしていた言葉は、先に軽巡棲鬼の口から漏れ出る。

 

 

 微かに聞こえ、そして聞き間違いかと振り向いた五十鈴の視界には、進む事を止め、両膝に手を付いて肩を震わせる深海棲艦上位個体の姿があった。

 

 怪訝な表情のまま首を傾げ、何をしているのかと見る五十鈴。

 

 彼女の目には、既に薄暗くなった為に良く見えない、それでも俯いた顔から雫を垂らす軽巡棲鬼の姿が見える。

 

 

「う……うぅ……あ……ふぐっ……」

 

「ねぇ……ちょっと貴女、どうしたの?」

 

「あ……ごめ……なさい、わから……ないです」

 

 

 何故だか判らない。

 

 言葉通りの状態にある軽巡棲鬼はそれでも、胸の奥に湧き出した、痛く、苦しく、そして言葉に出来ない物が何か判らず、ただ嗚咽を吐き出すしか出来なかった。

 

 近寄る五十鈴は、その突然の変貌に困惑しつつも、大丈夫かと肩に触れ、そして軽巡棲鬼は無意識にその手を掴んだまま崩れ落ちる。

 

 

「ちょっ! 大丈夫なの!? ねぇっ!」

 

 

 掴んだ手は、暖かかった、生きる者に触れればそれは当然ではあったが、その時の軽巡棲鬼は湧き出す物に混乱し、そして今まで見たことが無かったナニカを見て、反射的にそれに縋った。

 

 

「あ……うぐっ……いすず……ねぇ」

 

「え……」

 

「なとり……ねぇちゃが……みんなが……ふぐっ……やだよぉ……もぅやだよぉ」

 

「何? え……どういう事なの? 何が言いたいの貴女、ねえっ」

 

 

 結局軽巡棲鬼はその場で泣きじゃくるばかりで答えは返せず、五十鈴はその体を負ぶって鎮守府へと戻る事となった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あー今は落ち着いてっけど、暫くはそっとしといた方がいいかも知んないね」

 

 

 鎮守府地下医療区画、そこでは軽巡棲鬼を運んできた五十鈴と、異変を受けて呼び出された髭眼帯が待合室で(つら)を付き合せ、ハカセが言う諸々に耳を傾けていた。

 

 

「深海棲艦を診た事なんざないけどさ、あれ間違いなくパニック症状が出ているよ」

 

「パニック……ですかぁ」

 

 

 曳航する間も息も絶え絶えの軽巡棲鬼棲姫がただ事では無いと思った五十鈴はそのまま医局へ直行した訳だが、人類と深海棲艦は元々敵対する関係にあり、また一応は関係を築いている大坂鎮守府でさえ、彼女達の身体的な物というデータは限られた物しか持っていなかった。

 

 故にハカセは運び込まれた軽巡棲鬼に対し艦娘へ施す時と同じ処置を試み、何とか落ち着かせる事には成功していた。

 

 

「何があったのか知らないんだけどさ、相当なショックがなけりゃああはなりゃしないんだけど、おい五十鈴、お前その辺りに心辺りは?」

 

「……切っ掛けは全然……でも、ああなってから呟いた言葉は……」

 

 

 自身の事を呼んだのだろう言葉、そしてセレターで沈んだ筈の長女の名前。

 

 そして思い起こせば、自身が呟いた言葉の続きを言っていた様に聞こえた、あの時聞こえた言葉。

 

 それらを総合し、まさかと思う気持ちもあったがそれを言っていいのか、それとも気のせいと片付けてしまえばいいのか。

 

 五十鈴の心は普段冷静な彼女にしては珍しく、揺れた物になっていた。

 

 

「えっとそのハカセ、彼女は何か言ってました?」

 

「まだ落ち着いたばっかでそんな突っ込んだ話は聞けなかったが、どうにも悲しくて仕方なくなったっつってたよ」

 

「悲しくて仕方ない?」

 

「あぁ、何で悲しいのか判らない、どうして涙が出るのか判らない、でも悲しいっつって震えてたよ、ありゃ相当根が深い何かが絡んでると思うけど、生憎私ぁ深海棲艦の精神構造なんざデータ不足で判んないしね、まぁ一応落ち着いちゃいるけどさ、暫く様子見した方が無難だねぇ」

 

「ふむ、なる程……」

 

「ねぇ、ちょっと提督」

 

「ん? どしたの五十鈴君」

 

「ちょっと気になる事って言うか、あの子が泣きながら言った言葉があって……」

 

 

 煙草を咥え、スパスパするハカセと首を傾げる髭眼帯に、五十鈴は軽巡棲鬼がああなった直後の事を説明する。

 

 現状で言えばそれらから導き出される"可能性"に場の者は思い至るが、その可能性を肯定するには色々が足りなさ過ぎる上に、余りにも都合が良過ぎるという答えに至ってしまう。

 

 

「君の名前を言ったのかい? 彼女が」

 

「えぇ、私の事を『五十鈴ねぇ』なんて呼ぶのは名取だけよ、でも"他の名取"と接した事が無いから、私には答えなんて出せないわ」

 

「でもさ、彼女は君の言おうとしていた言葉の続き、君が言う前に口にしたんでしょ?」

 

「えぇ、でもそれは聞き間違いかも知れないし、第一あの子、何も覚えてないって言ってたんでしょ?」

 

 

 五十鈴の問いに、ハカセは難しい顔で手にしたタブレットを指でツイツイとしながら、難しい顔で首を捻る。

 

 その画面にはデータベース化された深海棲艦上位個体の資料が呼び出されていた。

 

 操作する指は、流れていくそれらの中から『軽巡棲鬼』という項目を叩き、画面はワイプされた画像を含んだ詳細資料をボップアップさせる。

 

 

「軽巡棲鬼、軍が初めて対したのはパプワニューギニア西方、ビスマルク諸島のニューブリテン島近海、そこで暫く猛威を奮っていたが当時の大本営聯合艦隊によって駆逐、その後はインドネシア西部海域、主にスマトラ島周辺で確認されるが、ここ五年はその姿を確認せず……だってよ」

 

「スマトラ近海?」

 

「ああ、ほらあそこのなんつったか……そうそうセレターだっけか、そこが壊滅したのを期に、暫くはその辺りで見掛けるようになったってこれにはあっけど、最後に目撃されたのは五年程前になってるねぇ」

 

「セレター……」

 

「君の姉妹も確か、セレターに着任してたんだっけ?」

 

「……えぇ」

 

「で、そこが壊滅した後暫くして軽巡棲鬼が出現、そこから駆逐される事も無く行方不明ってさ、なぁ髭」

 

「あの辺りの首魁って今は確か水母棲鬼だったかな、んであの辺りで軽巡棲鬼が駆逐されたなんて話は聞いた事が無いんですが……」

 

「縄張り間を移動する上位個体って、確か"元艦娘だった"ヤツらだけ、とくれば、もう五年以上姿を見せてない軽巡棲鬼が駆逐されておらず未確認状態って事を考えるとさ、ソイツはそこから移動したって考えを当てはめるのがまぁ自然かねぇ」

 

「でもその軽巡棲鬼があの子って事はまだ確認されていないし、しかもそれが名取だった可能性は……」

 

「私が生まれたのはインド洋のどこかという事しか思い出せませんけど、スマトラ島近海に居た軽巡棲鬼っていうのは、多分私の事だと思います……」

 

 

 難しい顔で話に没頭する三人の呟きに、いつからそこに居たのだろう、軽巡棲鬼が答えを返す。

 

 思考に没頭し、周りはおろか目の前ですら見えてなかった面々は後ろから掛けられたその声に驚き、そして絶句したまま声のする方向に振り向けば、そこには薄桃色の検査衣に身を包んだ軽巡棲鬼が困った表情で立っていた。

 

 

「……いつからそこに居たんだい?」

 

「あの、先生が私の事を話し始めた辺りから……」

 

「私ゃ医者じゃないから先生じゃなくて、ハカセだよ、んで? お前は私が今言った『スマトラ近辺』で首魁張ってた軽巡棲鬼ってのは、間違いないのかい?」

 

「えっとボスという訳では無かったんですけど、仲間が艦娘から攻撃を受けてたのを助ける為に戦ってたのは確かです……」

 

「えっと、そんじゃ君の生まれはインドネシア近海で、暫くそこに居たけど後で北極圏へ移動して、んで今に至るって感じでいいんだろうか?」

 

「はい、ヨーロッパ周りで北に出て、そのままほっぽの縄張りへ逃げました……」

 

「……逃げた?」

 

「戦いたくなくて……逃げ回っていたらほっぽの噂を聞いて、同じ戦いたくないって気持ちの仲間と一緒に」

 

「仲間?」

 

「はい、離島ちゃんとか、空母ちゃんは……今ここに来てるから、後は飛行場姫ちゃんとか」

 

「おっふ……アイアンボトムサウンドェ……てか、君と水晶(空母水鬼)君って昔なじみだったんだ……」

 

「はい、その当時一緒にほっぽのとこへ逃げた皆は、全員ここに来る事を希望しています……」

 

「はぁぁ? ……離島棲姫にぃ? 飛行場姫にぃ? えぇ~……」

 

「他には駆逐棲姫ちゃんが」

 

 

 軽巡棲鬼の言葉に髭眼帯は絶句し、プルプル震え始めた。

 

 今聞いたボスラッシュというのは吉野の記憶が確かなら、嘗て軍がインドネシア近海を奪取する際大規模な作戦を敢行した時、周辺海域に首魁として潜んでいた者達の名ばかりであった。

 

 それも一人二人では無く、あの悪名高いアイアンボトムサウント周辺に居た筈の、殆どの鬼姫級の名がそこには含まれていた。

 

 

「なぁ髭よ」

 

「……はいナンデショウ……」

 

「そこに朔夜(防空棲姫)を足しちまえば、まんまオールスターだな」

 

「聞きたくなぁい! 聞きたくなぁいっ!」

 

 

 プルプル度が増した髭眼帯は最早まともな思考ができず、そのまま自分の世界に閉じこもってしまった。

 

 そんなアレな空気の中、五十鈴だけは微妙な表情のままじっと軽巡棲鬼を見ているが、どう言葉を掛けていいのか切っ掛けが掴めず、彼女にしては珍しく迷った素振りを見せていた。

 

 

「まぁ髭はほっといてお前、結局インドネシアに居たってのはまぁいいとして、それ以前の記憶ってのは今も思い出せないのかい?」

 

「それより……前?」

 

「艦娘の頃の記憶さ、自分がなんて艦だったか、姉妹に誰が居たとか、何でもいい、覚えてる事は何か無いのかい?」

 

「あー……ごめんなさい、全然その辺りは……」

 

「はぁ……そうかい、深海棲艦の頭の中身を見た訳じゃないけど、艦娘に当てはめて考えると、その辺りの記憶は前世とやらのオカルト部分に足を突っ込んだ辺りの話になるんだろうねぇ」

 

「……オカルト?」

 

「ああ、艦娘というのは肉体以外に艤装に内包される艦の記憶も同時に背負う、んで深海棲艦にもそういう法則を無理矢理あてはめちまえば、自覚しない、しかも今の状態に関係ない記憶も体に混在している状態にあるって事かね、それって外部記憶をさせている部分が影響しているのか、それとも元々自我境界線の外にある物が影響しているのか……」

 

「えっとハカセ、もっと良く判りやすい説明をお願いしてもいい?」

 

「あー、艦娘の例を引用して話ちまうと、お前らはその肉体に刻んだ記憶以外に、もう一つ前世の記憶を予め内包しているのさ、それは普段混濁しないように艤装って箱に詰められてるから影響は薄い状態にあるけど、稀に……緊急的な状態に陥った時は艤装がお前達を助ける為に干渉し、スペック以上の性能を艤装から引き出そうとする、そういった場合、艦の記憶が一瞬でも勝っちまって艦娘自体が汚染される時がある」

 

「えっと……? 汚染?」

 

「ああ、お前が生まれてすぐ五十鈴って自覚があるのも、誰に教わるでなく海に浮んでられるのも、全部その前世の記憶のお陰なんだ、でもその記憶はさ、殆どの艦が沈んじまった日本の艦にとっていい部分よりもそうじゃない部分のが勝っている、だからそういうキツい部分が影響しないような作りにして、そして必要な部分だけを使っているってのが艦娘と艤装の関係だって私ぁ思っている」

 

「……で、それがこの子の記憶にどう関係してくるの?」

 

「艦娘に艤装があるように、こいつらだって艤装を使って戦ってるんだ、しかも前世は艦娘ときてる、それを考えれば自身の記憶してきた物以外に、艤装に内包されている記憶があってもおかしくは無いだろ? 例えば……前世の、艦娘だった頃のとかさ」

 

「あー……なる程」

 

「ただ今までここに集ったヤツらを調べた範囲じゃ、その"記憶の持ち越し"には個体差があって、覚えてないヤツは何をどうしてもその部分は思い出せない状態にある、つまり……」

 

「今自覚のない記憶は、この先も思い出す可能性は低い?」

 

「ま、そういう事さね、だからこいつが(前世)に何者だったとか、誰とどうとかなんて考えるだけ無駄だって事は予め言っておくよ? な?」

 

 

 ハカセは首をグリッと傾けて軽巡棲鬼へ視線を飛ばし、最後はそちらに向けてという意味合いを見せた状態で言葉を〆る。

 

 

 実際の話深海棲艦の生態として、ハカセが言う様にその個体の前世が艦娘としてあったとしても、大抵記憶という物は引き継がれない。

 

 部分的に、また幾らかの記憶が引き継がれていたとしても、それは自身の物という認識が薄いというのが殆どであった。

 

 そして、それらは『記憶として自身の内にある物』では無く、『前世の欠片として自身の内に残った残骸』という状態にあり、完全な形として存在しないのが常であった。

 

 つまり、無い物はそもそも思い出せない、それを軽巡棲鬼に当てはめれば、現時点で認識に無い物は幾ら時間が経っても思い出す事は無いという事になる。

 

 

 恐らくは、姉であったと思われる五十鈴。

 

 恐らくは、名取であったと思われる軽巡棲鬼。

 

 

 それは状況的に、そして起こった事実を並べれば『恐らく』で繋がるだろう、嘗ての縁。

 

 

 しかしそれらは非情にも、『恐らく』という域を出ない。

 

 手を伸ばせばそこに居て、言葉を掛ければ返事が返ってくる。

 

 しかしその間の関係は、何がどうあっても五十鈴という艦娘と、軽巡棲鬼以上には繋がらない。

 

 

 そんなどうしようも無く、そして答えが見つからないこの縁は、奇妙な形のまま今世の関係として成り立っていくのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。


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