大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 深海勢のお泊り会、そこで繰り広げられたのはちょっとおかしい系のキャッキャウフフと、髭眼帯の毛根にクリティカルなポロリであった。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/03/13
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、リア10爆発46様、pock様、Jason様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。



同類と書いてマブダチと読む

 壁面にはスリープ状態を示すぼんやりとした灯りが明滅し、薄暗い部屋の輪郭を朧気ながらも浮かび上がらせる。

 

 チキチキと僅かな音は、極僅かであったがそこが活動中であると示す音。

 

 一辺25mの正方形、対爆コンクリートで覆われたそこは、大坂鎮守府執務棟地下三階に位置する戦闘指揮所である。

 

 

 部屋の中央に据えられた巨大な楕円のテーブルは、強化ガラスの天板が下に映る映像を護るかの如く蓋になり、そこには線画描写された世界と、ゆっくりと動く光点が星の屑の如く蠢いている。

 

 それは常時大坂鎮守府へ入ってくる情報や索敵システムから吸い上げた物を反映させた世界の動きであり、24時間その明かりが落ちる事は無い。

 

 

 そんなテーブルより入り口へ寄った位置に鎮座される指揮官席。

 

 そこには鎮守府の長である吉野三郎海軍中将がシッダウンし、いつにも増して身を縮こませて前を見ている。

 

 視線の先には大型モニターが二つ。

 

 右に見えるのは額に幾何学的な角とも飾りとも言えそうな何かを生やし、ものっそ微妙な相を浮かべる南太平洋の王である海湊(泊地棲姫)が映る。

 

 そして左には深海棲艦上位個体でありながらも、見た目存在がハイエースダンケダンケ案件な幼女然とする北方棲姫。

 

 こちらは明らかに不機嫌そうと言うか、時間的に起きぬけなのだろう、頭の一部がボーンした状態で睨む視線を画面の向こうから無遠慮に投げていた。

 

 

 さて、大坂鎮守府地下指揮所を中心とし、太平洋キリバスと北極点を結んだこの通話、未だサハリンに中継基地局も設置していない現状では北方棲姫側にも髭眼帯側にも通信をするのにかなりの労力を要する状態にある。

 

 しかも通常通信網の確立までは連絡は取らないが、緊急事態が起こった時の為の「万一の事を見据えて」という名目で、一応北方棲姫側と連絡を取り合えるよう手配はしていたが、それはあくまで「万が一」に対する備えであり、髭眼帯的にもそれを使う気はさらさらなかった。

 

 しかしその髭眼帯にとっての「万が一」という事案は予想外の場所から齎される事になった。

 

 深海勢からの慰安という事でのお泊り会に参加した時。

 

 そこで聞かされたのは彼女達が抱える摩訶不思議かつ本人達ですら抗えないという、元艦娘であった深海棲艦が抱える事情。

 

 聞かされた話は興味深く、それまで髭眼帯も疑問としてきた幾らかを補完できる程の内容であった。

 

 それらを精査し、突き詰めていけば間違いなく髭眼帯が目指す未来に一歩近付ける程には有用な話。

 

 だがその話が進んだ辺りでポロリと出た、それもオチ的に耳にした話がとんでもない物だった。

 

 

 曰く、北方棲姫の元に現在居る、元艦娘であった姫鬼級の者達が大坂鎮守府に着任を希望しているという話。

 

 曰く、それらの数は把握されている訳ではなかったが、それらは確実に大坂鎮守府が現状抱えている深海勢の数を超える物になるという話。

 

 更には現在北方棲姫側との連絡手段の確立の為獲ろうとしているサハリンエリアを利用して、北方棲姫的にはその者達の幾らかの受け皿とするつもりであるという事。

 

 

 恐らくは髭眼帯の立場と諸々を考慮して計画したのであろう話の内容。

 

 確かにそれは彼女的には気遣っての事だったのだろう。

 

 だがしかし、一連の話の元を辿れば「自分のとこに居る厄介者達を押し付ける」という北方棲姫側の都合からスタートしている物であり、計画の始まりが既に髭眼帯の都合を鑑みないゴリ押しの計画であるという事実があるので、その気遣い自体片手落ちを通り越してナニシテンノと言われてもおかしくない物であったりする。

 

 

 そんな緊急事態が進行している事に髭眼帯は何か回避できる手段は無いだろうかと模索したが、一連の話に進む以前にその前提が既に不可能という結論に至っていた。

 

 先ず軍部へ報告し、許可を得るという時点でアウト。

 

 少し前大隅と会談した際、サハリンを獲り基地局を開設するという話だけでも難色を示され、結局全て吉野が責任を負うという確約の元、軍部は知らん振りを決め込むという事で漸く納得させたばかりである。

 

 そこへ今度は深海のフレンズ達がお引越ししてきますなんて事を言ってしまえば、間違いなく髭眼帯は物理的に首チョンパである。

 

 更にロシアに対しては北方棲姫の不可侵の代償として、それを押さえる為にサハリンの島一つの譲渡という形で話を進めるつもりであったが、そこに深海棲艦上位個体が複数住み着くという事になれば、領土を隣接する事になるかの国は、当然納得する物にはならなくなるだろう。

 

 しかもそこに居付く姫鬼は朔夜(防空棲姫)の配下、つまり髭眼帯の麾下という形になるのが致命的とも言える。

 

 話はそれだけには留まらない。

 

 現状一艦隊数+αの姫鬼を麾下に置く大坂鎮守府は、一応そこから生まれる利権を共有する事で世界各国、主に艦娘を保有する国からの支持を取り付けてはいるが、その戦力が最低でも倍ともなれば、生まれる利権を天秤に掛けたとしても脅威の方が先に立つと思われるのは間違いない。

 

 

 軍部や対外的な物全てがメーというドン詰まりに至った事を自覚した髭眼帯は、ここで捨て鉢半分の賭けに出る事にした。

 

 そんなドン詰まりを逆転するジョーカー、今髭眼帯が切れる最大のカード、それを成立する為に髭眼帯が取った行動、それは。

 

 

 助けて海湊(泊地棲姫)えもんである。

 

 

 嘗ては過度な付き合いはせず、互いの利益のみを求めるという事で繋げた縁。

 

 そこから始まった物は様々な偶然と幸運が齎された結果、彼女は髭眼帯の事を友と呼び、自身の身内と公言していた静海(重巡棲姫)とカッコカリをさせる事でそれを証明する程には、現在髭眼帯と良好な関係を持つに至っている。

 

 既に北方棲姫側の無茶振りに対し、髭眼帯がノーと言えるラインは超えてしまっている。

 

 そもそもそれを断れば国家間の争い以前に北方棲姫の脅威が人類に向く可能性もある。

 

 

 だから髭眼帯が最終手段として切った切り札は、助けて海湊(泊地棲姫)えもんなのであった。

 

 

 髭眼帯はこれらの色々を全て海湊(泊地棲姫)へ説明し、最後はプルプルしつつ彼女へマジで「助けて海湊(泊地棲姫)えもん」と助力を頼んだ。

 

 それに対し日本から幾らか娯楽的な物も取り寄せ、青いネコ型ロボットの存在も知っていたキリバスの王はものっそ微妙な表情になったが、仮にも友と認めた者から窮状を訴えられれば、無下に断る事はできない。

 

 何せ彼女は徹底した合理主義者ではあるが、自身が約束した事は絶対違えないというポリシーを持つイケメンなのである。

 

 例え髭眼帯が言う「海湊(泊地棲姫)えもん」と言った言葉に、自身に求められる役割を感じ取ったとしても断らない仁義の人なのである。

 

 

 こうしてハイエースダンケダンケと再び交渉の場に立つ事になった髭太くんを、海湊(泊地棲姫)えもんがサポートするというアレな会談が、今ここに始まろうとしていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……ナニ? ちょっと私今二徹明けでやっと布団に入ったばっかだったから、チョー眠いんだけど?」

 

「えっとおはようございます? て言うか布団? え、ほっぽちゃん布団派なの?」

 

「布団か、判っているではないか、あれは……中々良いものだ、特にそば殻枕がセットだと朝起きた時の爽やかさは格別だな」

 

「はぁ? そば殻ってあんなジャリジャリしたの頭に当ててよく眠れるね、枕は低反発素材なのが至高よ、健康の事も考えるとそれ一択じゃん」

 

「む、低反発枕だと? あんなフワフワして頼りない物に頭を預けていては安眠できんではないか、枕はそば殻に、布団は綿を詰めてドッシリした物でないと駄目だ」

 

「はぁぁ? あんな重くてジメっとしそうな布団なんか使ってるの!? 布団はね、ダウン100%の羽根布団セットに低反発マクラ! これは譲れないわ!」

 

「む、羽根布団ではくしゃみ一発でどこぞへ吹き飛んでしまうではないか、それに比べ身を優しく包みつつもしっかりとした重みがかる本打ちの綿布団は安定感がある、それが和の心ではないか」

 

 

 会談がスタートした瞬間髭眼帯をそっちのけで繰り広げられる布団談義、いや談笑していないのでそれは口論と言うべであろうか。

 

 今ここで話をしているのは、一応全世界から名前くらいは知られるようになった海軍中将と、北極圏周辺を支配する深海のボス、そして南太平洋を〆る大親分である。

 

 ある意味世界の趨勢を決める可能性もある者達の会談が、ふとんという日本の寝具についての好みに青筋を立てつつ睨みあうというカオスに髭眼帯はプルプルする。

 

 

「なぁヨシノン、言ってやれ、布団は綿! 枕はそば殻だと!」

 

「オニーサンなら判るよね! 羽根布団と低反発枕が安眠に必要なアイテムだって!」

 

「え……何で自分にそんなニッチな話題振るんです? てか寝具関係全部親潮君に任せてるし」

 

「なんだ、人任せなのかヨシノン、よくない、それはよくないぞ」

 

「そうだよオニーサン、質の良い睡眠を摂るのって健康を維持する上での基本になるんだからねっ!」

 

「あ、はい……すいません……」

 

 

 吉野は思った、何で自分は北の海と南太平洋を支配してるボス二人にオフトゥンについてアツく語られ、説教を受けているのかと。

 

 寧ろ何で二人共そんなどうでも良い事に闘気ダダ漏れで牽制し合っているのかと。

 

 

「布団は綿、枕はそば殻、そして寝巻きは浴衣が基本だ、なんせ日本ならそれが当然の事だという話だしな」

 

「なに言ってるのかな、羽根布団と低反発枕、それにネグリジェの組み合わせが日本じゃ普通って聞いたよ?」

 

「……明石に?」

 

「うん」

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁかぁぁぁぁぁぁぁぁぁしぃぃぃぃぃぃぃぃ! ナニ深海のボス相手に間違ったジャパニズム吹き込んでんだぁぁぁぁぁぁかしぃぃぃぃぃぃぃぃ! どこまで営業行ってんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁかしぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」

 

 

 世界の海を支配するボス二人の口から邪悪の象徴が彼女達の私生活に関与している事実を聞き、髭眼帯の高速貧乏ゆすりが始まる。

 

 それは嘗てない程の速度であった為核にも耐える構造である筈の指揮所を振動させ、机の上にあったドクペの缶が倒れそうになるが、スススと音もなく影から出てきた今日のお茶当番である時雨がヒョイと持ち上げそれを阻止、縦揺れが収まったところで再び缶を机に置いてニコリと微笑み、再びスススと下がるのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あーもー途中で布団の話なんかするからぁ……むっちゃ眠くなっちゃったじゃない、それで? 今日は何の話なの?」

 

「あーうん、それなんですが、この前色々とほっぽちゃんとお話した事があったじゃないですか」

 

「この前……って言うと、ロシアを滅ぼす系のあれ?」

 

「ふむ、そうなのか?」

 

「ちぃがぁいますぅ! てか通信するのにムッチャ能力消費シテルンデショッ! 真面目にやろうよホッポちゃんさぁっ!」

 

「小粋な深海ジョークなんだからマジツッコミとかしなくてもいいんじゃない? てかクソ眠いとこ叩き起こされたんだからちょっとくらい滅ぼしてもいいじゃん」

 

「滅ぼすって単語ににちょっととか付属語付けちゃうの日本語としておかしい気が提督するんですが、寧ろちょっとでも滅んじゃうのと普通に滅ぶの差はどれだけあるのか教えてくんない?……主に惨事的に」

 

「深海ジョークはそのまま笑い飛ばせばウィットな会話に繋がるが、マジレスで対した場合そのままどこかの国が滅ぶからな、返しには充分気をつけたておいた方がいいぞヨシノン」

 

「どれだけ物騒なの深海ジョーク!? てかそうじゃなく姫さん鬼さんをウチに送って来る数と例の島を深海アイランドにしようって計画についてっ!」

 

「あ、それ聞いたんだ、んじゃ丁度いいや、あの子達明後日こっちを出る予定だから宜しくね?」

 

「明後日ぇ? 出発ぅ? うっそぉ?」

 

「取り敢えず離島棲姫に飛行場姫、それに駆逐棲姫と装甲空母姫の四人が定期便に随伴してそっち行く事になってるから」

 

「待って!? いきなり四人!? こっち受け入れ態勢整ってないんですけど!?」

 

 

 あくび交じりに驚愕の予定を口にする幼女棲姫の言葉に髭眼帯は手にしたドクペの缶を取り落とすが、影からスススと現れた今日の菓子当番であるポイヌ(夕立)が現れそれをキャッチ、それを机に戻すとぽいぽい~と影に消えていった。

 

 

「北方棲姫よ、幾ら何でもそれは早急過ぎるのではないか? ヨシノンが人の世界でそれなりの地位にあっても対応可能な範囲は知れている、ましてやそれがテリトリーを奪取可能な者という問題に絡めば尚更だ」

 

 

 流石海湊(泊地棲姫)えもん、頼りになるゼと髭眼帯はコクコクとキツツキの如く首を上下に振った。

 

 

「……幾ら泊地棲姫でもこっちの事情に首突っ込んで欲しくないな、それにこっちはその手の子がわんさか居て困ってるんだよ? このままだと管理し切れなくて面倒な事になっちゃうんだからね」

 

「ふむ、しかし仮に今言った四人を送り出せば随分負担は軽くなるのだろう? ならヨシノンが奪う予定の島を棲家なんぞにしなくとも大丈夫なのではないか?」

 

「たった四人がこっちの支配下から抜けても状況は変わんないんだって、判るでしょ? 例え眠らせてもその子達を庇護するリソースは殆ど変わらないんだから」

 

「……お前のテリトリーには今どれだけの配下が眠ってるんだ」

 

「こっちが仮として配下にしてる人型個体の総数は五十から六十人ちょっと、全部一線級以上で……その内上位個体は今度送る四人を含めると九人ね」

 

「おい、その数全部ヨシノンの処へ送るつもりなのか? 幾ら何でもそれは無茶だぞ」

 

 

 髭眼帯は北方棲姫の言う数を聞き絶句する。

 

 同時に上位個体とは姫や鬼という海域を支配下に収める事の可能な者を差すのは知っている、だが一線級という聞き慣れない呼称の存在は何だと眉を顰めた。

 

 

「えっと、ちょっといいですか? 今言ってる一線級って何なんです?」

 

「む……そうか、ヨシノンは知らないのか、先ず姫や鬼という者の中には元艦娘だった者が幾らか居るのは知っているな?」

 

「ええ、その人達が今問題になっている訳で」

 

「つまりソイツらはお前のとこに居る朔夜(防空棲姫)のように単体でフラフラしてる者も居れば、どこぞの海域でボスをしていた者も居るんだ」

 

「ってちょっと待って下さい、その言い方だとまさか一線級と言うのは……その配下に居る深海棲艦の事を差すと言う事ですか?」

 

「それは場合による、そもそも姫や鬼というのはただ強力な戦闘力を有しているだけじゃない、縄張りを治め、維持していくという事は即ち数による支配と同義だ」

 

「強力な姫や鬼程配下に与える影響は大きいもんね、ボスが強力ならそこに居る配下の者も強力な庇護下にあるって事で死に難いから」

 

「一線級という存在はそういう環境に生まれ易いが、稀に自力でその域に到達する者も居る、何れにせよ多くの経験を積んで進化を果たした者達の事を総じて我々は一線級と呼ぶが、その者達はお前達側の言葉で呼称すると……なんだったか」

 

「Flagshipって呼ばれてるんじゃない?」

 

「Flagshipぅ!?」

 

「うん、割と希少種だから数はそれなりなんだけどね」

 

「待って、ちょっと待って、今二人が言った事を整理すると、こっちにほっぽちゃんが送ろうとしてる深海の人達って姫や鬼さん五人が筆頭に、Flagshipクラスの人五十人って事ですか!?」

 

「正確な数はちゃんと整理してないから今は言えないけど、概ねその辺りになると思うよ?」

 

 

 一般的に海域の首魁と言えば姫や鬼というイメージが持たれ易くあるが、それは特定の海域深部や一部広いテリトリーに君臨しているだけで、実際の処海域に首魁として君臨している深海棲艦はそれよりも下位個体である場合が殆どである。

 

 その中でも脅威として認知され、姫や鬼に次ぐ戦闘力を有するというFlagshipと呼ばれる種。

 

 嘗てアンダマン沖で吉野達が戦った『金のヲ級』も種別的にはFlagshipであり、それに類別される個体の思考や戦闘力は通常個体よりも上位個体に近いとされる。

 

 群れるというより群れを統率する者達、今地球上で最も海域奪還の妨げになっているのは、同種で複数が艦隊を組む、若しくは姫や鬼の僚艦として現れるこのFlagshipクラスの深海棲艦と言われている。

 

 その準上位個体と呼ばれる者達が五十人も大坂鎮守府へ来るとなれば、今吉野が何とかしようと画策している努力など何の役にも立たない、寧ろ日本という国の有体が崩れてしまう程の問題に発展してしまう。

 

 

「いや、いやいやいやもしやそのFlagshipさん達も元艦娘なんです? 自分それ初耳なんですが!?」

 

 

 更に北方棲姫から吉野の元にFlagshipクラスの者が来るという事は、それらもまた海域という縛りに影響されない者、つまり前世を艦娘に持つ存在という事になる。

 

 それは姫や鬼に限ってという事を前提に吉野が立ててきた計画を一旦破棄し、始めからやり直さねばならない程の重要な物になり、また深海棲艦を相手にする国々にとっては戦略という部分に大きく関わってくる情報になる。

 

 

「あ、違うよ? あくまで艦娘がこっちに転んだ場合は姫や鬼にしかなんないから」

 

「え……じゃその一線級(Flagship)の人達って純粋な深海棲艦なのに、姫や鬼さんみたいにテリトリー関係なくあっちこっち移動できるって事ですか?」

 

「それはある意味正解で同時に不正解になるな、一応一線級(Flagship)は縄張りを渡って攻める事はあるが、それはあくまで上位個体に命じられた時か共に行動するという前提があっての事だ」

 

「そ、姫や鬼ならそれ以下の子達も他の縄張りへ連れて行けるけど、それはあくまで命令したり統率しなくちゃならないから、でも一線級(Flagship)の子達って何て言うのかな……そういう感じじゃなくて」

 

「自ら自身の主へ付き従い、姫や鬼が行くなら黙っていても付いて来る、それが一線級(Flagship)の者達だ」

 

「あー……そういう、なる程」

 

「裏を返せばそいつらの持つ自我は限り無く上位個体に近い物であり、更にそこまで進化している者達を連れているという事は、それを統べる上位個体は古参の、それなりに人との戦いを繰り広げてきた上で生き残った猛者という事にもなるだろう」

 

「……ねぇほっぽちゃん、その一線級(Flagship)って人達を配下にしてる人って、さっき言った姫や鬼さんの内何名様いらっしゃるんでしょうか……」

 

「今度送る四人以外は全員一線級(Flagship)を従える子達だよ? お供のある無しで送る時期を決定したし」

 

 

 最早話が助けて海湊(泊地棲姫)えもんで済むレベルの物では無い物に進みつつある事を認識した髭太君は、プルプルしつつ本気でどこ〇もドアを要請できないかという現実逃避に至ろうとしていた。

 

 何せ現在の話が進行した場合、大坂の深海勢を足せば日本には姫や鬼が十五、更に金ピカが五十という魔境が出来上がってしまうという事になる。

 

 そしてそれら全てを押し付けられ、全部の差配をしなければならないのが髭太君なのである。

 

 そんなプルプルする髭眼帯の脇からは影からスススと現れた時雨がドクペのお代わりを机へ置き、逆サイドからはポイヌがスススと現れて茶菓子を積み上げていくという司令長官席。

 

 そんな超ヤバい状態にプルプルしつつも、髭眼帯は必死で灰色の脳細胞をフル回転させ色々な解決策を模索する。

 

 

 取り敢えず北方棲姫側からのそういうフレンズの譲渡が無しになれば理想であるが、話を聞くにそれらは彼女の都合と言うよりは、姫鬼を抱える事による何かしらの問題が前提にあるという事で、これは除外しなければならない。

 

 次にその者達を北方棲姫側から大坂鎮守府ではないどこかへという前提で考えれば、どこに? という事になるが、それがまた難しい。

 

 事前に海湊(泊地棲姫)えもんに引き取りは可能かと打診した際は、それらの者が髭太君チに引っ越したいという事は、彼女達がテイトクという存在に惹かれてそういう行動をしている気持ちを無視する事になるから不可能だと言われたので却下。

 

 つまりそれはどんな形であっても、それら姫鬼に一線級(Flagship)を加えた者達全ては、基本的に髭眼帯の麾下に置かなければならないという事が確定してしまっているという事実がある。

 

 受け入れ先云々というより、それは初手から詰みという、何かを講じようとしても無理筋という救えない状況が髭太君の前には立ちはだかっていた。

 

 それは空き地に積み上げられた土管の上で「ボエ~」と殺人音波を垂れ流すヤツの前に、シッダウンさせられたまま最後まで付き合わされる彼の如き絶望感を髭太君は今味わっていた。

 

 

 プルプルを通り越し、ビクンビクンし始めた髭太君を余所に、海湊(泊地棲姫)えもんと幼女棲姫は返事が返ってこない為か、今度はキノコかタケノコかという物騒な内容の議論を始めてしまった。

 

 そんな様を見て髭眼帯は心の中で『暢気かッ!』と突っ込みを噛み締めると共に、余りにも理不尽な自身の置かれた状況にキレてしまった。

 

 

 それも盛大に。

 

 

 しかしそれは何故か外部に向ってバーンせず、内側に向いてバーンし、フル回転していた脳細胞を更に加速させる。

 

 

 人はそれを暴走と言う。

 

 

 通常なら誰彼構わず当り散らすという行為が典型的なキレるという行動になるが、それでも長く交渉という物に比重を置き、情報という物を武器として軍務に携わってきたという人生が、キレるという行為をとんでもない方向へと捻じ曲げる。

 

 人というのは幼少期に人格をゆっくりと形成していき、成人すれば生活の糧として仕事をこなしつつもプライベートという生活の基盤は別に持つのが普通である。

 

 しかし吉野三郎という男は出自が特殊であった為、幼少期という物が実質無いという特殊性を背景に持つ。

 

 更には人格形成に最も影響するとされる時期には既に軍籍にあり、天涯孤独的な立場にあったという身の上も、軍という組織がある意味この男の全てという救えない環境を作り出す。

 

 しかも身内的な関係があった人物と言えば、大隅巌(おおすみ いわお)という上司にその麾下にあった(大本営第一艦隊)艦娘達、それに最初の五人という極めつけである。

 

 故に精神構造はおろか、プライベートという生活基盤も全て軍という範疇という状態で今に至っていた。

 

 だからキレた時の方向性も悲しいかな、全てを投げ出すちゃぶ台返しでは無く、軍務に関する行動として発現してしまう。

 

 更に平時は誰に対しても病的な程に合わそうとする性格は、キレた事によって場の空気を読まない唯我独尊状態へシフトする。

 

 

「ねぇねぇオニーサン言ってやってよ、チョコの甘さとパリッとしたアクセントがキモになってるキノコのがいいじゃんねー!」

 

「あんな食感がちぐはぐな菓子のどこがいいと言うのだ、チョコの甘みとクッキーのサックリとした口当たりが織り成す妙と言えるタケノコが至高ではないか、ヨシノンもそう思うだろう?」

 

 口にしてしまうと、それは無益な争いが巻き起こると言われる呪いの言葉、キノコとタケノコ。

 

 触れてはいけないそんな派閥的話題は、髭眼帯的に「お前そこはスギノコだるぉ」という言葉がちょろっと頭の隅を掠めるが、そのツッコミはキレキレの実(仮)の効果が発動し、一瞬で霧散する。

 

 

「……ねぇ海湊(泊地棲姫)えもん、それにほっぽ君」

 

「む? どうした」

 

「え、なに?」

 

「その深海のフレンズさん達ってもうこっちがお世話するの、何が何でも決定なの?」

 

「話を聞くにそれを前提に考えないといけないようだが……」

 

「引き取ってくんないとこっちもちょっと困っちゃうよ」

 

「ほぉん? 困っちゃう訳だぁ?」

 

「え……う、うん、ああいう上位個体を支配下に置くのって能力のリソース馬鹿食いしちゃうから……」

 

「ニンゲンはどうだか知らんが、我々は支配下に置く者達と繋がる関係上、能力を超えた数の者を支配下に置くのは不可能だからな」

 

「へぇぇ? そうなんだぁ?」

 

「な……なにオニーサン、ちょっと目が据わってない?」

 

「うむ、なにやら姫か鬼が獲物を見つけた時のような感じになっているな、どうした?」

 

海湊(泊地棲姫)えもんって前マブダチだって言ったよねぇ?」

 

「……マブ? う、うむ、そうだな」

 

「ほっぽ君もこの前の話でさぁ、お釣りくれるって言ったよねぇ?」

 

「う……うん、言ったかなぁ?」

 

「ほぉん? ふぅん? じぁあさ、海湊(泊地棲姫)えもんにはマブダチって事で友情パゥアーで協力を、ほっぽ君にはお釣りを遠慮なく貰っちゃおっかなぁ?」

 

 

 髭眼帯はモニターに向ってとてもいい笑顔を向けいてる。

 

 張り付いた笑顔は感情が表情筋へ干渉してできた物であったが、それは例の金剛型三番艦が戦場で敵に対して向ける系の、楽しいというより愉しいと書くべき物から出た物と同質の物であった。

 

 その笑顔に何かを感じ取ったのか北方棲姫は何事かと次の言葉を待ち、海湊(泊地棲姫)は怪訝な表情で押し黙る。

 

 

「取り敢えず今の世界情勢を見れば、深海棲艦と人類の戦いには終わりが無いと思うんですよぼかぁ」

 

「……確かに、それは間違いないな」

 

「戦闘行為が続くんなら、この先も艦娘が沈む事はある訳で、また艦娘を前世に持つ姫鬼が出てくる可能性もあったりしちゃう訳でぇ」

 

「当然そうなる……かな」

 

「んでさぁ、そういう人がまたほっぽちゃんチにタスケテーって行く可能性も充分ある訳で」

 

「かも知れんな」

 

「その度にこっちに振られても困るって言うか、無理と言うか、今吹っ掛けられてる話もぶっちゃけ今のままだと実現は無理な訳で」

 

「それで? 無理だとしたらオニーサンはどうするの? そっちが断っても今話しに出てる子達の事はもう止めらんないよ?」

 

「うん、それでね? それを解決する為に二人には協力して貰うって話に戻るんだけどさ、取り敢えずサハリンにある島と、あとオーストラリア航路のどこかの島一つ確保して、そこに分散してそういう人達に住んで貰おうと思うのよ?」

 

「まぁ全員日本に押し込まずに分散させるというのは、今後そういうヤツらが増え続ける可能性も考慮すれば妥当な手だとは思うが、一つ問題があるぞ?」

 

「ああそれについては適時……一定期間の間こっちとその島とで行き来する事で彼女達の欲求? を我慢して貰うと言うか、鋭意努力をして頂くという事で、日本に常駐する深海のフレンズさん達の数を一定に保ちたいと思うのね?」

 

「ああ、そういう事か、ずっとそこに居るということではなく、他に棲家を設けてヨシノンのとこと行き来する形にするという事なんだな?」

 

「本宅と別荘的な感じと言うか、そういうブルジョワジー的な生活をして貰おうと思います」

 

「えー、何か面倒だなぁ、もう文句言うヤツら全部滅ぼせばいいじゃん」

 

「そこぉっ! 何でもかんでも滅ぼすとか我儘言ってはいけません! でないと羽根布団も低反発枕もキノコも例の素体も送りませんよっ!」

 

「えっ!? なにそれどういう事!?」

 

 

 事前に取り引きとして決めてあった培養素体と他の諸々を混ぜてプリプリと話をする髭眼帯。

 

 端から聞けばふざけた態度に見えるだろうが、本人にとっては大真面目であった。

 

 何せ今髭眼帯はキレているのである、キレのキレキレなのである。

 

 と言うか例の素体は別としても、一国を滅ぼす事が可能な人外に対してチョコ菓子や寝具を引き合いに出してプリプリしちゃう海軍中将とか、どう考えてもおかしいと思うのだがそれは深く突っ込んではいけない。

 

 キレのキレキレであるので仕方がないのである。

 

 

「まぁヨシノンが言う事にこちらは問題ないが、と言うかそれは現状こちらの協力がなくとも実行可能なのではないか?」

 

「そうした場合ウチは全世界から叩かれます、それはもぅピッチリ隙間なく包囲されてフルボッコに、だから二人にはやって貰いたい事がありまぁす!」

 

「やって貰いたい事? また面倒な感じの物なの?」

 

「そこおっ! 同じ事を何度も言わせるんじゃありませんっ! 人が話してる最中はちゃんと聞きなさいっておかーさんに教わりませんでしたかっ!」

 

「え、同じ事なんて言ってない気が……っておかーさん?」

 

 

 自然発生的に生まれる深海棲艦に対し、ママンという存在を持ち出して説教を垂れる海軍中将というのはどうなのか。

 

 それ以前に自身も母親から教育された記憶も無いという、おま言う的なアレがあったりするがそこはそれ、何せ髭太君はブチ切れ状態なのだから仕方がない。

 

 ただキレ方がおかしいのは確かと謂わざるを得ない絵面(えづら)がそこにあるのは確かだった。

 

 

「もぅアレです、こちらが軍部とか国とかに交渉したり折衝したりは不可能な段階にあります、だからもうそこは一切気にしませぇん!」

 

「ほへ? それじゃもう好き勝手やっちゃうって事でいいのかな?」

 

「ほっぽ君」

 

「え? うん」

 

海湊(泊地棲姫)えもん」

 

「もうその呼び名で固定なのか? まぁいい、何だ」

 

「いいですか? この情報はこっちからじゃなく、二人の方から世界へ喧伝して下さい、OK?」

 

「……どういう事だ?」

 

「有無を言わせず諸々を認めさせます、ウチからそんなの発信しちゃうと大坂鎮守府主導の物ってイメージが前面に出ちゃうからっ、『こういう事にしたからヨロシク』的に二人から世界に言って下さい」

 

「ん……んん? まぁそれだけでいいんならやるけど、それでどうにかなるの?」

 

「なります、主にクレームとかややこしい問い合わせ関係が来ても『ウチは上から言われただけで、文句あるならあっちに言っくだちぃ!』って丸投げできますっ」

 

「丸投げってヨシノン……まぁ、その手の事で我々へ我を通せる者はおらんだろうが」

 

「それ以前にここへ連絡取る手段なんかないと思うよ……」

 

 

 海湊(泊地棲姫)は思った、結局それは虎の威を借るなんとやらと言うヤツなのではないかと。

 

 寧ろ海湊(泊地棲姫)えもんという呼称は冗談ではなく本気から出た呼称だったのかと深く納得した。

 

 

「それって何か言ってきたヤツは滅ぼしてもいいって事?」

 

「以降の事についてこちらは一切感知しない、ほっぽ君の好きなようにやりたまえ」

 

「そか、なら何の問題もないね!」

 

 

 凄く真面目な相でゴーサインを出す髭太君と、満面の笑顔でサムズアップする幼女棲姫の会話を聞いて海湊(泊地棲姫)えもんは再び思った、そんな許可を出してしまうと世界が滅んでしまうシャレにならない可能性が微レ存になってしまうが、それでいいのかヨシノンと。

 

 

「まぁお前達がそれでいいならこっちは構わないが、その宣言はいつ頃すればいいんだ?」

 

「タイミング的にはこっちがサハリンへ向けて抜錨した辺りがいいと思います」

 

「んじゃさ、こっちから次に送る姫四人もそれに合わせて出すのってのはどう?」

 

「ほぉん? それはどういう意図があっての事なかねほっぽ君? 言ってみたまえ」

 

「丁度オニーサン達が島に着くタイミングと、こっちから出る四人が島に着くタイミングが合うようにする訳、そうすると……ほら」

 

「んんー? そうするとぉ? かまわんよ? 続けたまえほっぽ君」

 

「うん、でさ、そうなると戦力的にそっちは余裕が持てるし、こっちが宣言した言葉は本気だゼ! って事が世界に伝わるだろうしさ、ほら、面倒なくなるじゃん!」

 

「スバラシイ! それ採用!」

 

「スバラシイ? やっぱそう思う? まぁ私ってほらデキる系女子だしさっ! まぁそれに気付くオニーサンも中々やるじゃんって思うよっ!」

 

「お前達……」

 

 

 いつもの髭眼帯であるならば、結果は同じになったとしても慎重に慎重を重ね、もっと対外関係を考えた立ち回りを選択した筈である。

 

 だが現在彼は髭眼帯ではなくキレた髭太君である、ある意味吹っ切れたのだろう単純で明快という手法で計画を進めていく。

 

 

 人、それを力押しという。

 

 

 こうして海湊(泊地棲姫)えもんが微妙な相で見る先では、いつの間にかお互いマブダチ染みた言葉を投げ合い嫌らしい顔で笑う幼女棲姫と髭太くんという話し合いを経て、大坂鎮守府は北へ抜錨するのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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