大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 ヨシノン覚醒、そして一部フレンズとの友情が深まり世界は混沌する事が確定してしまう。

 あと海湊えもん。



 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/03/13
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、リア10爆発46様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


事の解決へ向けての一手

 四月も近い北の海。

 

 近畿圏では桜の開花宣言も目の前という時期ではあるが、日本の最北端より更に北にある海は大阪湾の真冬並の水温になる。

 

 

 北方領土以北より制海権北側ギリギリに位置する場所にあったとされる拠点、幌筵(ばらむしる)泊地。

 

 ロシア領カムチャッカ地方と隣接する、嘗ては日本の領土であった島に設置された海軍最北の拠点である。

 

 

 北海道東部羅臼(らうす)から幌筵(ばらむしる)までの距離は、羅臼(らうす)から鹿児島県までの距離と同じ程あり、二次大戦の頃日本海軍が居を置いていたかの泊地は、南西から北東に掛けての島々が細く点在する群島の端に位置していた。

 

 その幌筵(ばらむしる)より僅か40km程北東がロシアと地続きにあるカムチャッカ半島とあり、北海道から幌筵(ばらむしる)まで続くクリル列島はこの世界では殊更微妙な状態にあると言えた。

 

 

 深海棲艦と戦う力を持つ日本海軍は、現在まで南洋方面へ力を注いでいる状態であり、逆に北側には最低限の戦力しか配備していない。

 

 それは北方棲姫に対する脅威が低い物となっているのと同時に、ロシアに対しての配慮という一面も含んでの物であった。

 

 

 故に現在海軍が管轄する海域の内、北方の絶対防衛線は択捉島に位置する単冠湾泊地が守護する海域とされており、実は幌筵(ばらむしる)泊地は名前だけそうなってはいるが、利用価値もなく、またロシアとの関係を考慮して拠点位置は本来占守(しむしゅ)島にある筈の泊地を国後(くなしり)島へ置いて幌筵(ばらむしる)泊地としていた。

 

 現在幌筵(ばらむしる)泊地という場所は守りの殆どを単冠湾(ひとかっぷわん)泊地に依存し、最低限の守備隊しか置いておらず、泊地という規模にも関わらず軍事拠点という物とは名ばかりな形態として設置されていた。

 

 区分的に拠点とされるそこは、実は技本の深部に関わる筋の研究が持ち込まれ、汚染回避や危険物質を取り扱うとの表向きの理由を挙げながら、中央の影響が無い環境下で数々の研究が進められていた。

 

 また同時にその拠点は大本営に対し秘匿した戦力も配備しており、上位組織である艦政本部ですら実態が掴めない規模の、実質的に技本が独自に保有していた戦力がそこには配備されていたのであった。

 

 だが技本が発端となって大本営を混乱に陥れた事故(・・)に絡み、関係者の粛清によりそれらの施設や戦力が維持できなくなった現在は、幌筵(ばらむしる)という泊地は形として管理はされているものの、特に使い道の無い状態として浮いた存在となっている。

 

 戦略的な要所は既にそれまで機能していた単冠湾(ひとかっぷわん)泊地が存在し、またそれ以上北へ制海権を広げる必要性も無かった為、泊地という名の筈のそこは極北の拠点とされているという理由だけで閉鎖する事はできず、現状は警備府にも満たない規模でしか機能していない。

 

 

 そんな極北の拠点を含む海軍の北方事情は、現在の大坂鎮守府が抱える北方棲姫との間に取り交わされた話によって大きく変動しつつあった。

 

 国後(くなしり)島周辺までしかなかった制海権を更に北へ広げ、嘗て幌筵(ばらむしる)泊地が置かれていた占守(しむしゅ)島を実行支配し、嘗ては北方四島と呼ばれていた周辺諸島全てを再び日本の領海とするのを目的とした作戦が大坂鎮守府主導で、今、開始されようとしていた。

 

 主目的は大坂鎮守府と北方棲姫間を結ぶ連絡手段を常設する為に人工衛星用基地局を置くとなっているが、それと同時にこれからも北方棲姫側から送られて来ると予想される姫や鬼級の棲家として利用する事も目的に含まれる。

 

 通信施設に置く機器の性能を考慮すれば、新たに海域を広げなくとも単冠湾(ひとかっぷわん)泊地にそれらを設置すれば事足りたが、現在同泊地は横須賀鎮守府筋と深く繋がっている状態であった事から、大坂鎮守府としては防諜面で宜しくないと判断した。

 

 故に髭眼帯は占守(しむしゅ)島を落とし、制海権を広げた上でその島に中継基地を設置、同時に姫や鬼の棲家もそこへ置く事にしたのである。

 

 

 そんな占守(しむしゅ)という島は、先の説明にもあった通りロシア本国とは僅かに40km程しか離れていない位置にあり、本作戦が完遂した場合、かの国からすれば本国と隣接した位置に深海棲艦の一大拠点が出来上がる事になる。

 

 その為是が非でも髭眼帯の動きを抑えたい状態であったが、現在は北方棲姫がこの件に深く関わってしまった為ヘタな事はできないという事情が絡む事になった。

 

 ほんの少し前であったなら強硬手段に出ていたのは間違いなかったであろうが、半年程前にロシアは北方棲姫のテリトリーを犯し東シベリア海に面した拠点全てを蹂躙されたばかりである。

 

 数十年に及ぶ交戦が無い時間は、ロシアから人類最大の敵に対する脅威度と恐怖を忘却させており、結果として手痛いと言うには余りにも大きな傷を受ける事となった。

 

 その為ロシアにとってこの件へ介入するという事は、再び北方棲姫と対立するリスクが伴う事になり兼ねず、積極的に動く事はできない。

 

 

 しかも現在占守(しむしゅ)島へ攻勢を掛けているのは北方棲姫と深い関わりがあると予想される大坂鎮守府である。

 

 それは国益という大義名分があったにせよ、先に手を出し敵対関係になってしまった組織である。

 

 

 故にこの作戦は吉野からロシアへ対しての意趣返しとして取られてもなんら不思議ではなく、また先にそういう形へしてしまったロシアからしてみてもこれ以上理不尽を浴びせ、関係がより深刻な物となってしまえば身の破滅という予想がされ、未だ国内では強硬派が騒いではいたがロシアは占守(しむしゅ)島へ軍を展開させる事が難しくなってしまった。

 

 

 そんな折も折り、いよいよ大坂鎮守府の艦隊が抜錨したのを確認したのと同時に、海湊(泊地棲姫)と北方棲姫が揃って(・・・)全世界へ向けて不可侵の約定宣言(・・・・)という爆弾がロシアへ降りかかる。

 

 この時点で恐らくという予想が、かの存在の口から出た宣言によって不可避の事実となってしまったのだから、もうロシアに残された選択は戦うか、退くかしか選べなくなった。

 

 

 因みに北の王と南太平洋の王二人が宣言したのは不可侵条約という物を結ぼうという提案ではない、不可侵の『約定』を告げる言葉である。

 

 

 つまりそれは双方に何かしらの強制力が働く物では無く、一方的に宣言され、履行される物である。

 

 約束を違えなければある程度の安全を享受できる。

 

 しかしそれを違えた場合は蹂躙される。

 

 

 それらが言葉として世界に伝えられる、どの国にも分け隔てなく、国の大小関係なく、等しく。

 

 どの国に対しても同じ程に利を、同時にどの国が違えても厄災は等しく世界へ齎される。

 

 そんな意味の言葉。

 

 

 これは人類が深海棲艦を相手に対応を考えるだけという単純な物には収まらない。

 

 もしその約定に反して動こうとすれば、深海棲艦側からの報復を恐れる国々が先ず敵として立ちはだかるという厄介な図式が出来上がる事になる。

 

 

 やり方は間違いなく強権を笠に着た力技に違いない、しかし利の部分を考慮すれば益を得る国が圧倒的多数を占める事になるのは間違いない。

 

 ここで不利益を被る少数派になるのは間違いなく、吉野三郎という者を排除しようとして動いてきた関係各所だけだろう。

 

 吉野自身にはそうする気はまったく無かったが、都合がいいと動いた今回の作戦が図らずもロシアに対し大打撃となる結果になる為、本人にはそういう意図がなくとも世界から見てしまえば嫌でもそう取られてしまうのは間違いない。

 

 だがこれらの状況はある程度の国を納得させ得る素地としては作用する。

 

 しかし当事者であるロシアや大陸方面は大国という立場と実態を持つ為、これまでの様な一方的という形は取らないだろうが、それでも異を唱えてくるだろうと吉野は読んでいる。

 

 対処としては事前に海湊(泊地棲姫)や北方棲姫へ話していた通り丸投げでも良いだろうが、それはあくまで最終手段にするつもりであった。

 

 できるだけ他者に頼らず、問題を解決する為のカードが一枚、まだ吉野の懐には残っていた。

 

 故にこの北方四島を獲った後は、ロシアも含めた数カ国と折衝するつもりでいた。

 

 

 結論を述べれば、後付的に色々と対処可能になったこの一連の出来事。

 

 事の最中にある髭眼帯は現在大坂鎮守府から遙か北、占守(しむしゅ)島で海域を奪取する為の戦いを繰り広げていた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

『ま、そんな訳でこっちはオニーサンの指示通り世界へ向けて宣言しておいたからさ』

 

「いやいやぁご苦労だったねぇほっぽ君、後の事は任せたまえよ、それで? 今回の働きに対する報酬は何がいいかね?」

 

『え、今回のは培養素体を譲渡して貰うのに対するお釣りだから、別に何もいらないよ?』

 

「ハッハッハッ遠慮する事はないよチミィ、これからもお互いい~い付き合いでいたいからねぇ、これはこちらからの心付けという事で納めてようと思っているんだがね、如何かなぁ?」

 

『あーそういう事? ならそうだねぇ……ムツ用の高級羽根布団一式とか頼んじゃおっかなぁ』

 

「良かろう、ついでにキノコもサービスしておこう」

 

『マジで? 流石オニーサン太っ腹ぁ!』

 

 

 海で展開している戦いを眺めながらニチャリと笑みを顔に貼り付ける男。

 

 それは髭眼帯ではなく、引き続き髭太君であった。

 

 

 世界の趨勢を決める会談で髭太モードに突入してから三日、流石にそれだけの時間があれば吉野のキレッキレモードは終了していたが、何故か北方棲姫とはマブという関係が成り立ってしまったのと、この作戦が終了するまでは敢えて自重はしないと吹っ切った吉野は過去に類を見ない力押しで作戦を進める事にして計画を進めていた。

 

 

 現在髭太くんが居るのは占守(しむしゅ)島中央東側に面する海岸。

 

 広大な海を望むそこでは、北方棲姫が送った上位個体の内駆逐棲姫と装甲空母姫がドッタンバッタン大騒ぎしており、大坂鎮守府より抜錨した艦隊はナガモンを筆頭とした、長波様、例の磯風、江風、綾波さんという新たに改二になった者達で編成されており、其々に実戦を積ませるという名目で海へ展開している。

 

 ぶっちゃけそれはナガモンの指揮下でくちくかん達が絶賛パワーレベリング中という暢気モードにある。

 

 因みに大和も姫や鬼がどうやって深海棲艦と戦うのか、それを教導に生かせないかという理由でこの艦隊に同行してきてはいたが、元々この辺りには脅威となる上位個体が存在しない為、戦いが始まって早々蹂躙劇となってしまった海から引き上げ、現在は髭太くんのお世話に回っていた。

 

 

「ハーッハッハッハッ! どうしたお前ら、たかが軽巡相手にそんなへっぴり腰ではいつまで経っても艦隊には編成されんぞ!」

 

 

 くちくかん達に直接指導するというチャンスに舞い上がっているのか、朝潮型戦艦ナガモンは周りの深海棲艦を殺人パンチで次々と海へ沈めていた。

 

 そう、朝潮型戦艦である、現在のナガモンは例の制服(無印朝潮型ユニフォーム)をピッチピチに着込み、コスと調和しないからという狂った理由で艤装を展開せず、結果として武蔵を吹っ飛ばしたあの拳をボコスカと奮いつつ深海棲艦を駆逐していた。

 

 そんな行動ははっきり言ってくちくかん達からはおろか、深海のフレンズ達からもドン引きされていたのは彼女の迷誉もとい名誉の為に深く掘り下げない事にしよう。

 

 

「無茶苦茶ですわね……テイトクの処ではあんなゴツい駆逐艦が他にも居るんですの?」

 

「あれは絶滅危惧種で、ナガト・ナガトという希少種なんですよ、だからまぁスルーする方向でどうか何卒……」

 

「あら、そうなんですの」

 

 

 髭太君の超適当な説明を聞きつつ、例のフォールディングしちゃうチェアーに腰掛け、優雅にティーを嗜みながら離島棲姫が頷いている。

 

 

「まぁわらわ達も大概変わり者ではある事じゃしのぉ、艦娘にもそういう者がおってもおかしくはなかろう」

 

 

 北方棲姫を縦方向にちょっと伸ばした感じの飛行場姫は離島棲姫の向かいに腰掛け、マカロンを上品に齧りながら独特の空気を醸し出していた。

 

 ドンパチをしている海の端では優雅にティーを嗜むという、そんなおかしな絵面(えづら)

 

 いつもの髭眼帯ならプルプル状態になっている処だが今日は髭太君である、それがカオスを余計に助長させてしまっている。

 

 

「ねぇねぇ同士提督、タシュケントはやっぱり待機のままなの? ここでじっとしてるよりもさぁ、海に出撃()て戦いたいだけどなぁ」

 

 

 ハッハッハッと暢気な笑いを上げている髭太君の膝には、今まで大坂鎮守府で見た事が無い類のくちくかん少女がチョンと乗っていた。

 

 それを横で見る大和はものっそ微妙な表情でハハハと乾いた笑いを口から漏らしている。

 

 

 北方棲姫から送られて来た姫達と合流した髭眼帯一団は、周囲の殲滅を姫達に任せ、打ち漏らしをナガモンが誘導してレベリング中の艦娘達へぶつけるという形で海域奪取に動いていた。

 

 一方髭眼帯は周辺海域を獲るには戦力が過剰と判断し、同じ考えから引き上げてきた大和や飛行場姫達と暫く歓談していた訳だが、その傍ら夕張から預かって来た艦娘母艦泉和(いずわ)へ搭載予定の兵装テストを片手間に行っていた。

 

 と言ってもそれは以前榛名がぬいぬいと一緒に背負っていた、艦娘用試作追加兵装「オーキス」に搭載されていた155mm榴弾砲をセパレートしただけなのであったが。

 

 

 いつものメットに付属している照準システムを用い、ナガモンの誘導補助的に砲撃をしつつザコを蹴散らしていく。

 

 使用する物は通常兵装なので深海棲艦を殺傷する事はできないが、大口径砲弾は駆逐級程度なら弾き飛ばす程の威力は持っていた。

 

 黙々と作業に勤しむ髭太くん、彼は偶然にもあの少年と同じく射撃が得意だったというのはどうでもよく、結果として緊張感も無いそれは数時間にも及ぶ単純作業になった。

 

 

 ゴーグルに映る目標をセンターに入れてスイッチしちゃう退屈な映像に変化が見られたのは、それから暫くしての事であった。

 

 

 相変わらず朝潮型戦艦が撒き散らす理不尽は、通過した後にペンペン草一本残さぬ勢いで敵の躯をプカーさせていた訳だが、その只中で人型の何かが現れたのが確認できた。

 

 一瞬人型個体が浮上してきたのかと髭太君は目標をセンターに入れてスイッチしようとしたが、その個体は所在無さ気にキョロキョロと周りを見るばかりで動く気配が無かった。

 

 更にはその個体へ向けて周りの有象無象が集っていき、明らかに襲い掛かろうとしている段になって、漸く髭太君と大和はそれがドロップした艦だと気付いた。

 

 

 それから大和が海に飛び出し、周りのザコを髭太君が目標をセンターに入れてスイッチするという連携を経てめでたくドロップ艦は保護された訳だが、それからがまた問題であった。

 

 

「Здравствуйте! 嚮導駆逐艦、タシュケント、はるばる来てみたよ! 同志提督! よろしくお願いするね!」

 

 

 それは同志髭太君の記憶に無い系のくちくかんであったりした。

 

 続いて髭太君は大和へ無言で視線を投げたが、やはり大和も見覚えの無い艦であったのだろう静かに首を左右に振るだけというティーの場がそこにはあった。

 

 

「流石タシュケントの提督だね! あんなチャチい砲で敵を蹴散らすなんてさ!」

 

 

 妙に元気なくちくかんが口にした言葉に大和が一抹の不安を感じ取ったが、肝心の提督が髭太君化していたという不幸が不自然な程に彼女をすんなり受け入れる事になってしまった。

 

 こうして初手から髭太君に懐いてしまったタシュケント君であったが、それが後に髭太君自身の首を絞める事になるのだが、それはまた何れ語られる事になるだろう。

 

 

「それにしても良かったのでしょうか提督」

 

「うんん? 何がだね大和君」

 

「あの……その子って明らかにロシアに関係する艦娘だと思うんですが……」

 

「何を言ってるのだね大和君、彼女はロシアとは何も関係が無いよぉ? さぁ言って差しあげなさいタシュケント君」

 

「僕はソビエト連邦が誇る嚮導駆逐艦タシュケントだよ、帝政ロシア麾下の艦なんかじゃないからね」

 

「ほぉらみたまえ、彼女はロシア所属では無いと言っているではないか、何も問題は無いよぉ? ねぇ大和君?」

 

 

 因みにこのやり取りは数回あったが、最初に髭太君がいつもの屁理屈を発動させてタシュケント君を丸め込んてしまった。

 

 ついでに言うと彼女は確かにソビエト連邦所属の艦を前世として持つ艦娘であったが、当時まだ造船技術が拙かったソビエトは技術取得も兼ねてイタリアへ建造を依頼し、受領後に駆逐艦隊の旗艦である嚮導駆逐艦として活躍してきたのがタシュケントという艦である。

 

 つまりそれは、タシュケントという彼女の根っこには、あのポーラとかその辺りと同じラテン系の血が流れているのと同義なのであった。

 

 

 そういった複雑な裏事情があり、また彼女的にはその辺りの複雑な事を考えるのがぶっちゃけ億劫という事情が絡み、ソ連が崩壊した今はロシアに拘りは無いと言うかもうどうでもいいじゃないというのが実は本音であったりする。

 

 考えるのが苦手とか、ちょっと色々が残念な子では決して無いのである、多分。

 

 そして大和が言ったロシアとは当然現在のロシア連邦の事を指しているのだが、彼女的にロシアとはソビエト連邦以前に存在した帝政ロシアという認識にあるのは割と内緒の話なのであった。

 

 

「ほっほっほっ、ほんに面白い殿方じゃのぅ、このような方が我らの主殿になるなら退屈せずに済むというものじゃ、のぅ離島の」

 

「やや思慮に欠けるきらいも見受けられますけど、能力的には問題なさそうですわね」

 

「人身掌握という術は上に立つ者に最も必要とされる能力じゃ、それさえなんとかしておれば差配なぞ下々(しもじも)へ丸投げしておっても事は進むわ、のう?」

 

「確かにそうなのでしょうけど、まぁ私としてはテイトクとなる殿方がガチガチの軍人でないだけ好ましくはありますわね」

 

「まぁ駆逐と装甲は筋肉バカじゃからの、テイトクとは反りが合わんという事になるやも知れぬのぅ」

 

「でもあの子達って絡め手にはとことん弱いですし、その辺りの手綱くらいは握ってくれるのではなくて?」

 

「それもそうか、テイトク殿はその辺り得意そうじゃしのぅ」

 

 

 深海の世界にも艦娘界隈と似た人間関係が成り立っているんだなと大和は思いつつ、暫くは自身の提督を取り巻く世界は足元も周りも落ち着くまで色々問題が噴出するのを覚悟する必要があるなと気を引き締めるのである。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はーい深海のお二人はこっちに集合してくださぁい!」

 

 

 髭太艦隊と深海勢が合流して約半日、元々人型個体も殆ど居ない海域は一気に制圧された状態にあった。

 

 情報では北方四島を少し東へ行った辺りは魔境と言われる程混沌としているらしいが、そこから陸に近いこの辺りは比較的穏やかな海と言われている。

 

 

 朝潮型戦艦に引率されている一団は未だ戦闘続行中であったが、それは周辺の環境に強い影響を及ぼさないとレベルにあると大和が判断を下し、今暫くはナガモンへ任せておく事になった。

 

 

 そんな訳で現在海が見渡せる波打ち際に置かれた例のティーしちゃうゾーンには、離島棲姫、飛行場姫、駆逐棲姫、装甲空母姫の北極圏から来た四人が揃い、それに髭太くんとほっぽが通信参加というお茶の席が出来上がった。

 

 因みに大和はタシュケントを連れ海に出て、朝潮型戦艦とは違う形のソフト系な教導を開始したのでティーの席には同席していない。

 

 

「それでは皆様ご苦労様でした、一応確認しておきますがこのエリアは現在こちら側の首魁が置ける程度には制圧できてるんですよね?」

 

「と、テイトク殿がお聞きになっておるのじゃが、その辺りどうなのじゃ装甲の」

 

「一応、ご注文通り縄張り化ができるくらいに間引といたから、ね、くちっちゃん」

 

「……うん」

 

「そんじゃ後は一人か二人ここに残って貰って、島に手を付けるのは後日って事になるかなぁ」

 

「え、折角縄張りを獲ったんですのよ? それなのに何もせずに引き上げますの?」

 

「まぁね、一応ほっぽ君と海湊(泊地棲姫)さんから世界へ向けて宣言はされたけど、それでもまだ一週間も経ってないし、色々調整しないと後が面倒だから」

 

「ふむ? そんな事せずともここはわらわ達が獲った縄張りじゃと主張すれば何も問題は無いのじゃろ? 何せここいらは元々ほっぽの縄張りでもあった事じゃしのぅ」

 

「だぁね、もしちょっかい掛けてくるヤツらが居たら叩き潰せばいい、違うかいテートクさん」

 

『装甲ちゃんの言う事も尤もな話だけど、そうしちゃうとこっちがした宣言を真っ向から否定してきたって事で全面戦争に突入しちゃうけど、それでいいの?』

 

「あー……そっか、そうなっちゃうと(おか)に上がってドンパチする事になるのかぁ、それはそれで面倒だなぁ」

 

「ん……面倒」

 

 

 海から上がってきた脳筋コンビ(仮)はほっぽちゃんの説明に色々と思い至ったのだろう、茶菓子を口にしつつ眉を顰める。

 

 実際の話深海棲艦は陸上でも戦闘が可能ではあったが、それは歩行が可能な個体に限られ、また海の上に居る時よりも能力が若干低下するのだという。

 

 負けは無いが、下位個体が殆ど使えず、また長期に渡って陸上で過ごすというのは彼女達にとってこの上なく面倒だ、というのが本音の処なのだろう。

 

 

「まぁそんな事にならないようキッチリ話を整えて、それからここらへんの整備に着手しようと思ってるんだけど」

 

「なる程のぅ、確かにそれが可能ならば面倒はなさそうじゃ、しかしテイトク殿、その話が纏まるまではどうするのじゃ? わらわ達の内二人がここに残れば負けはせんじゃろうが、まさかその話とやらが纏まるまでされるがままになっておれとは言わんじゃろうのぅ?」

 

「そこんとこどうなんだいテイトクさん」

 

『こっちがなんも手を出してないのにちょっかい掛けてきたらさ、遠慮なくやっちゃえばいいと思うよ?』

 

「……いいの?」

 

『いいんじゃない? ね? オニーサン』

 

「そうだね、あっちから仕掛けてきたなら止む無し、って事でいいと思うよ」

 

「そっか、なら遠慮はいらないって事か」

 

『た・だ・し、迎撃するならちょっと工夫は必要かなぁとか思うんだけど?』

 

「ほぉん? ほっぽ君には何か考えがあると? ふむぅ、構わん、遠慮せずに言ってみたまえ」

 

 

 幼女棲姫と髭太君の雰囲気がおかしな物に変化したのを感じ、飛行場姫が怪訝な表情になる。

 

 それは数年の間ほっぽとそれなりに付き合ってきた彼女が見た事もない、何とも言えないおかしな空気を醸し出しちゃったりしちゃっている為無理からぬ話ではあった。

 

 

『先ず迎撃をするには、ただ相手を殲滅するってだけじゃダメなんだよね』

 

「ん? そうなのか?」

 

『そそそ、だってほら、その島ってみんなが住む場所になるんだよ? 例え負けないって言ってもチマチマちょっかい掛けられる事になったら面倒じゃん?』

 

「頻度によるけど、まぁそうかも知れないかな」

 

「装甲君さぁ、勝敗というものにはいい勝ち方と悪い勝ち方があるのだよ」

 

「いい勝ち方と悪い勝ち方ぁ?」

 

『だねぇ、例えば装甲ちゃん的に最高の勝ち方ってどんな感じ?』

 

「ん? そりゃまぁ殲滅かな、それもこっち側の被害がゼロの完封勝利」

 

「ほぉん? へぇぇ? そうなんだぁ?」

 

『あー、それじゃダメだなぁ、ダメのダメダメだよぉ?』

 

 

 髭太君と幼女棲姫に挟まれた装甲空母姫はいやらしい空気にムっとした表情になり、それを見る飛行場姫は怪しげなやり取りに怪訝な表情を更に深めていく。

 

 何せそこに居るのは揃ってしまうと南太平洋の王ですら口をつぐんでしまうメーなコンビである。

 

 ただの脳筋が反論できる余地は悲しいかな、目の前の邪悪達に対しては皆無なのである。

 

 

「んじゃどんなのがいい勝ち方にって物になるんだ?」

 

『例えばさ、攻めて来たヤツラ全部ヌッコロコロしちゃったらさ、残った敵達はどう感じると思う?』

 

「ん? そりゃこっちの強さに恐れるだろ?」

 

「ほぉん? 果たしてそうなのかね装甲ちゃん」

 

「ちゃ……ちゃん?」

 

『確かに相手はそれで恐れるかも知れないけどさ、真の恐怖は知らないままって事になっちゃうよねぇ?』

 

「え、真の恐怖?」

 

「ほっほぅ? そこに気付いているとは流石ほっぽ君だねぇ」

 

『ふっふん、当然よね、なんせ私は酸いも甘いも知り尽くしたデキる女? 滅ぼす事に対する美学も心得ちゃってるんだからさっ!』

 

「なるほどぉ? では装甲ちゃんにもほっぽ君の美学を判るように説明してあげたまえ」

 

 

 場の雰囲気が更に胡散臭い方向へと加速していく。

 

 それは詐欺師二人が善良なパンピーをサンドして都合のいい話へ誘導するのに似た絵面(えづら)を彷彿とさせちゃったりする。

 

 

『オッケー! んじゃ説明すると……先ず攻めてきたヤツらを滅ぼせば、確かに残ったヤツらはこっちを恐れるかも知れないよね?』

 

「ああ、でもそれじゃダメなんだろ? んじゃどうしたらいいんだ?」

 

『結局それってさ、実際に戦ったヤツらは一人も残ってなくて、相手側としては出した戦力が全滅したって事実のみでこっちを怖がってるって事じゃん』

 

「まぁそうだな」

 

『全部を駆逐した場合残った敵は結果から出た「怖さ」しか知らない、でも実際こっちと戦ったヤツらは現実の地獄を知っている、それって体験した「恐怖」を心に刻んでる訳じゃん、ね?』

 

「いいねぇ、いいよぉほっぽ君、続けたまえ」

 

『それでさ、装甲ちゃんさ、全滅したって情報を相手が耳にするだけよりもさ、実際恐怖を心に刻まれたヤツらがする話を耳にする方が相手の心により巨大な恐怖を刻み付けられるのよ、判る?』

 

「あー? ……おぉ? ……!? そっかぁ! 確かに言われて見れば!? んじゃアレか! ぶっちめる時は幾らかわざと逃がしてやって、相手側に恐怖を広めてやればいいのか!」

 

「あー……惜しいッ! 実に惜しいとこまで答えがきてるよ装甲ちゃん!」

 

「いやだから何だよ装甲ちゃんって……で? 一体何が惜しいっていうんだ?」

 

 

 離島棲姫は詐欺師二人にサンドされる装甲空母姫という哀れな被害者を見て思った。

 

 何故この二人はこんな阿吽の呼吸で悪巧みを装甲空母姫に吹き込んでいるのだろうと、寧ろ話の内容が心理戦という物であるなら極めてまともな内容の筈なのに、話の持って行き方が致命的に胡散臭過ぎて全てが台無しになってやしないかと。

 

 

『装甲ちゃん、戦いっていうのはさ、相手がこっちに逆らえない程心を折るくらい、完膚なきまで叩くべきなんだよっ! 手加減して相手を逃がしたって真の恐怖を与える事はできないんだからねっ!』

 

「装甲ちゃん……例えばだ、こっちが全力で掛かっていったとして、それが相手にまったく通用しなかったとしたら、君はどう感じるかね……」

 

「どう感じるって……!? そうか! 殲滅するんじゃなくて誰も()らずに撃退すればいいって事か!?」

 

「クックックッ……全力で向って行ったのに何もできず、あまつさえケチョンケチョンにされて敗走しなければいけない……」

 

『そう、私もオニーサンにそう聞かされて思ったの、攻めて来たヤツら全員を返り討ちにした上で、誰も死んでないって状況がどれだけ相手に恐怖を植え付けているのかって……同族に対して血も涙も無い扱い、オニーサンは鬼に違いないって思ったよ!』

 

 

 姫が人に入れ知恵された上に、鬼と呼称するのはどうなのだろうと離島棲姫は思った訳だが、それを口にするのは何故か憚られたと言うかぶっちゃけこんな怪し気な囲いに関わりたくないと心底思ったりした。

 

 

「確かに、そういう状況を作り出すには力量的に相当な差が無いとできないからな……」

 

「しかも敗走した者全員が、恐怖を広める証言者となって周りを侵食していく……クックックッ、どうかね装甲ちゃん、これぞ正しく完全勝利とは言わんかね? はぁん?」

 

『流石オニーサン、なんて恐ろしい……』

 

「あぁ、今の話を聞いて鳥肌が立っちまったよ……流石テイトクと呼ばれるだけあるぜ」

 

 

 詐欺師二人が哀れなコネコチャンを篭絡してしまった瞬間である。

 

 

 このノリノリで行った行動が後に一部の深海勢から誤解をされたまま恭順に至り、髭太君が後で大後悔する事になるのはまだ先の話である。

 

 

「ねぇ……飛行場姫、ちょっといいかしら?」

 

「何じゃ? 離島の」

 

「あれ……いいんですの? どう聞いてもあの子(装甲空母姫)が体良く丸め込まれてる気がするのですけど」

 

「別に良いのではないのかの? アレがテイトク殿のやり方と言うならわらわに思う物は無いわ、それにほっぽも納得して踊っておるようじゃしのぅ」

 

「……バカに付ける薬は……無い」

 

「えらく辛辣(しんらつ)よの、駆逐の、アレはお主の(ともがら)ではないのかえ?」

 

「まぁ……暇だから、付き合ってるだけ」

 

 

 こうして髭眼帯が世界へ対して打つ最初の一手は、日本の北、占守(しむしゅ)島をサックリと落す事から始まった。

 

 そして装甲空母姫と駆逐棲姫という二人の姫を取り敢えずの守護として配置した事で、漸く問題解決へ向けての前提が整う事になったのである。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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