大本営第二特務課の日常   作:zero-45
<< 前の話 次の話 >>

263 / 301
 前回までのあらすじ

 引き続き髭太くんのターンと、北の海で繰り広げられる酷いバカンス。

 後朝潮型戦艦と新入りの同士中くらいの。

(※)書き溜めてあった諸々を自重せず放出、無駄に長いです、具体的には二話分一纏め、一万六千文字程(震)。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。

2018/04/16
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたforest様、対艦ヘリ骸龍様、リア10爆発46様、蒼雄刹様、Jason様、りひゃると様、pock様、有難う御座います、大変助かりました。



奔流の向く先

 髭眼帯はプルプルしていた。

 

 場所は執務棟二階応接室。

 

 楕円に組まれたソファーには髭眼帯、隣に佐世保鎮守府司令長官の九頭路里(くず みちさと)が並んで座り、こちらも何故かプルプルしていた。

 

 どちらもプルプルしているが、髭眼帯は怪訝な相を、九頭はヘヴン(恍惚)的な、そんな対照的な表情で前を見ている。

 

 

「暁よ。一人前のレディーとして扱ってよね!」

 

 

 二人の対面にあるソファーにチョンと腰掛けたちっさいレディーはフンスと無い胸を張りつつ、着任の言葉を口にしていた。

 

 

「電です。どうか、よろしくお願いいたします」

 

 

 そして暁の隣には秘書艦の響がチョンとしており、その隣には暁型四番艦の電がこれまたチョンと座っていた。

 

 またその隣には雷がニコニコと茶を啜りつつ並び、チョンと座った第六駆逐隊がおそろになっている。

 

 

 何故か全員おそろのメイド服に身を包んで。

 

 

 因みにそこに座る電は医局のプラズマではなくデフォルトのちっこい電であったりする。

 

 

 其々が挨拶を述べた時点でクズロリがハァハァと荒い息を吐き出してプルプルし、何か言いた気な空気をムンムンと漂わせていたが、後ろに立つ若葉が後頭部にエルボーを適時叩き込む事で暴走は一応抑制されている。

 

 と言うか、その鎮守府司令長官と秘書艦という関係にあるまじきアレな絵面(えづら)が髭眼帯のプルプルを更に加速させていた。

 

 そんな色々突っ込み処が満載な卓から右に視線を流すと、髭眼帯の視線を受けた妙高型四番艦の羽黒がビクリと肩を跳ね上げ、隣に座る足柄さんの影にソソソと身を寄せる。

 

 

「ごっ……ごめんなさいっ!」

 

 

 本来着任の挨拶から入る処、視線を合わせただけで盛大に謝られる、それは髭眼帯という存在を完全に拒否してます的なオーラと言うかバリアというか、一方的に不可避の何かが漂うゾーンが感じられるメーな空間がテーブルを挟んで出来上がっているとも言えたりする。

 

 まぁ元々羽黒と言う艦娘は人見知りが激しく、特に男性に対してはその傾向が強い傾向にあるというのがデフォルトである為、ある意味反応的には髭眼帯の予想する範囲と言えなくは無い。

 

 ちょっとだけ髭眼帯の心が傷付いたのはまぁ横に置いといて。

 

 ただ予想という事だけで言えば彼女が青いチャイナメイド服という出で立ちにあるのは、髭眼帯の予想の範疇から大いに外れていた訳であるが。

 

 その有様にプルプルする髭眼帯はどうしてこうなっているのかと狼さんに視線を飛ばすが、視線を受けた狼さんは肩を(すく)めて首を左右に振り、苦い相を表に滲ませている。

 

 

「最近鎮守府の子達の着衣が乱れる傾向にあったので、長門さんや龍驤さんがそれを正すガイドラインを発布したのです」

 

 

 髭眼帯は思った、着衣の乱れを正した結果が何故メイド服を着用という事態になっているのか、そのガイドラインの中身は基本的な部分に何か間違っている部分が介在してやしないだろうかと。

 

 ちなみにその説明をする電は医局の総責任者のおっきい電であり、ソファーにチョンと座っているちっさい電とは別物である。

 

 

 まぁ大きさも違うが格好が例のネココスメイド服である時点で差別化は大いにされているので、色んな意味で見間違う事は無いとも言えちゃったりするが。

 

 

「……着衣の乱れを正す為のガイドラインの結果がメイド服ってどういう事なのか、提督は切に説明を求めます」

 

「今までは個人で好き勝手にオーダーして統一性が皆無だったのです」

 

「いや統一性以前に何故メイド服なのかの理由を提督は聞きたいのですが」

 

「なので艦種によって選択できるメイド服のタイプを絞り、更には姉妹単位で同じ意匠の物を着用する事を義務付ける事にしたのです」

 

「だから電ちゃん提督の話聞いて? てか義務付ける部分が既に前提から盛大に間違ってる気がするのは気のせいでしょうか?」

 

「第六駆逐隊……そういう物もあるのか」

 

 

 相変わらずプルプルする髭眼帯の横ではクズロリが真顔でチョンと座る四姉妹を凝視し、例の孤独な食べ歩きをするゴローさんのセリフを口にするという狂った絵面(えづら)がそこにあったりする。

 

 

「て言うか羽黒君は九頭さんが連れてきてくれたと言うのは知ってるんだけど、暁君と電君はどこから連れて来た訳?」

 

「例の大本営から出された作戦で、妙高型、暁型、巡潜甲型改二潜水空母を揃えて何か運用検証しろってあった筈なんだけど」

 

「ああアレね、てか足柄君、何で君までチャイナメイド服なのかという謎の答えは提督にして貰えるのだろうか」

 

「妙高姉さんが決めたから」

 

「……へぇ~ 妙高君が決めたんだぁ……何と言うか、うん……そっかぁ、まぁその辺りは後でちゃんとお話は聞くとして、結局この暁型の二人は……」

 

「長門が建造指示を出したって聞いてるけど?」

 

「ビッグセブンぇぇぇぇ~」

 

「あの……ごめんなさいっ!」

 

「いやそこで羽黒君が謝らなくていいからね!? なんでそうビクビクしちゃってるの!?」

 

 

 狼さんの影に身を潜ませる羽黒に困惑しつつ髭眼帯が首を捻ると、彼女はボショボショと何かを囁き、そして足柄さんがうんうんと頷くという、会話のキャッチボールが微妙に成立しない場が出来上がりつつあった。

 

 

「あー……えっと、提督、ちょっといい?」

 

「え? ナニ?」

 

「どうもこの子の中にある提督の人物像と言うか人柄と言うかぶっちゃけ性癖的なアレって、結構その……凄い事になっちゃってるみたいなの」

 

「んんんん? 凄い事ぉ?」

 

「えぇ、その辺り聞かせてあげてもいいんだけど、それよりも先にこの子の誤解を解いておいた方がいいと思うの、だから別室に連れてっていいかしら?」

 

「あー…… その辺りが必要な程提督に対して凄い事になっちゃってる系の認識にあるんだぁ、うんまぁそれは誤解を解いておいた方がいいと思います、寧ろ積極的に真実をお話しておいて下さい、オネガイシマス」

 

「ごっ……ごめんなさいっ!」

 

 

 結局羽黒さんと髭眼帯の初エンカウントは最後まで彼女が足柄さんの影に潜み、ビクビクしつつごめんなさいの言葉しか聞けなかったという、アレな状態のまま終了してしまった。

 

 そんな居たたまれない空気が蔓延する中、クズロリのハアハアという鼻息だけが聞こえるという応接室がそこにあったりするのは、最早誰にも予想可能な、ある意味約束された未来であった事だろう。

 

 

「……ねぇ若葉君」

 

「何だろうか吉野司令」

 

「自分ってそっちではどういうカンジの人物像で通っているのか、その辺りの詳細を聞かせて貰っていいかな? ほんと切に」

 

「……言っていいのか?」

 

「はい、出来るだけ詳細に、嘘偽り無くありのままをどうか」

 

「そうか……、先ずは、あー……吉野三郎中将と言えば女に飢えた(けだもの)という話はデフォになっているな」

 

 

 若葉の言葉に小さなレディと電がビクリを肩を跳ね上げ、表情を強張らせる。

 

 

「所属する者は夜伽が義務とされ、毎夜複数の者がそれに従事するのが常だと聞く」

 

「ちょっと……それ、佐世保の艦娘さん全員の認識な訳?」

 

「私と初霜は前にお邪魔した関係で、そちらに所属する者達から色々聞いているから概ね事情は把握している、ウチの者達にもそれは説明してあるんだけどな、まだまだその辺りは懐疑的というのが実情だと思う」

 

 

 若葉の話が終わる前に暁型の四姉妹は何故か席を立ち、部屋の隅に集ってヒソヒソと何かの話が始まるという不穏な空気がそこに漂い始める。

 

 そしてくちくかん達の移動に伴いクズロリも席を立とうとするが、後ろに控えていた初霜がその首に腕を回し裸締めを決め動きを押さえる。

 

 首を締め上げられヒューヒューと口から空気を漏らす筋肉ダルマが震える横では、何故か髭眼帯が別な意味で震えていたりする。

 

 

「そういう嗜好的な事が前提にあるから、軍部に対して正当性を謳う為にカッコカリは鎮守府の者全員に対して義務化されているとも聞いて居たな」

 

「そ……そうなんだぁ、へぇ~……随分とその、アレだ、うんそっかぁ……へぇ~」

 

「まぁ私達もある程度は誇張された物だと思ってはいたが、実際の話、鎮守府所属の者達殆どとカッコカリしている実情と、深海棲艦達ともそういう事をしていると聞けばな……ある程度そっち系にお盛んな人物には違いないなという印象は、まぁ正直今でもあるにはある」

 

「まぁ若葉さんの所見は別としても、艦政本部筋の派閥にある拠点では吉野司令に対する印象は概ねそういう状態にあるのは間違いないですね」

 

 

 ジタバタする筋肉パゲの首に絡めた腕の締め具合を調整しつつ、初霜ふもふは髭眼帯的に救えない実情をサラッと口にする。

 

 極限られた対象から得た話であるがそれらを整理すると、吉野に対して彼女達はこれまで色々な誤解をしていた訳であるが、言い換えてしまうとそれが佐世保という拠点だけに留まらず、旧鷹派に属する者々が持つ共通した認識にあると知った髭眼帯はプルプルしつつも、これまでにあった色々を思い出した。

 

 

 確か以前涼月を届けに来た艦政本部の者は随分自分の事を警戒していたなと。

 

 寧ろ連れて来られた涼月自身、自分に対してビクビクした態度で接していたなと。

 

 それはつまり、若葉が言うあれやソレ的な情報が事実であるとすれば、彼女達の態度は全て納得のいく物ではなかったかと。

 

 

 そんなプルプルする髭眼帯の脇にネココスメイド服を着た電はしっぽをフリフリしつつ移動してくる。

 

 

「三郎ちゃん、ちょっといいですか?」

 

「あ……あぁはい、なんでしょうか」

 

「一応任務と言うことで暁型姉妹が揃ったのですが、同じ拠点に「電」という呼び名の者が複数居るとややこしい事になるのではと思うのです」

 

「え? あぁ、うん、確かにそれはややこしい事になるかもだけど」

 

「なので暫定的にではありますが、彼女の事は「(いなづま)」、こちらは「(でん)」と名乗る事にしようと思うのです」

 

「え? 電ちゃんそれでいいの? て言うか軍部に登録してある情報は多分変更出来ないと思うんだけど……」

 

 

 最初の五人と呼ばれる者達の一人、暁型四番艦 電。

 

 彼女は軍内に於ける扱いが他に存在する電よりも特別視されている為、情報の取り扱いや変更は殊更に難しい存在であった。

 

 更に慣例的に一つの拠点に同じ艦娘が居た場合も、それらの名称は基本同じなのが当たり前の現状、電の言う名称の変更は実質不可能にあると言える。

 

 

「その辺りは関係なく、ただ鎮守府内での呼び方という事でお願いするのです、まぁ三郎ちゃんはずっと(いなづま)の事を(でん)って呼んでいますし、殆どの子達もそういう呼び方をしてますから」

 

「あーそう言う、電ちゃんがそれでいいなら別にこっちは構わないけど、ホントにそれでいいのかな?」

 

「構わないのです、後で長門さんにも伝えておくので三郎ちゃんからも念の為言っておいて欲しいのです」

 

 

 新しく着任した妹分を気遣う医局の主。

 

 それは成長した体躯を持つ、電という艦娘とは掛け離れた見た目と合致する、とても大人な対応と言える物であったが、それ以前にネコネコしたコスでしっぽをフリフリしてそこに装備された鈴チリンチリンしてる様はそれら全てを台無しにしてはいないかと髭眼帯は思った。

 

 そういう訳で結局電が提案した諸々はすんなり受け入れられ、話が終わる頃には部屋の隅でコショコショしていた四姉妹が再びソファーへ戻ってきた。

 

 

 居並ぶ四人の駆逐艦、そこには何故か雷が満面の笑顔で、また響がニヤリとした笑みを表に貼り付けた絵面(えづら)は髭眼帯の嫌な予感メーターがピコンと反応するには充分な空気を漂わせていると言えちゃったりするだろう。

 

 そして横で初霜ふもふに裸締めにされている九頭の何と言うか熱気と言うか、存在感がぶわっと膨れ上がり、それに反応して若葉の肘がこめかみへ叩き込まれるというご褒美の追加がされるというカオスが完成する。

 

 

「こっ……これまではっ……ヒューヒュー……むちゅき型が至高と思っておりましたがカヒュッ!? 暁型というのもこれはこれでウガッ」

 

「黙るんだ提督、それ以上何かを言うなら午後からの視察は中止にするぞ」

 

「なっ……なん……だと、若葉タンは拙者に死ねと申すかッ! ガハッ!」

 

「たった四人を前にこの有様ですから……確かに午後からの視察に出る時は何か対策を立てた方がいいかも知れませんね」

 

「取り敢えずここは締め堕としておいた方がいいだろう、主に暁型の者達の為に」

 

 

 若葉の言葉に初霜ふもふが躊躇無く腕に力を込める、続いて筋肉達磨がビクンと痙攣し、そのままソファーにダラリと体を横たえた。

 

 鎮守府司令長官と秘書艦という関係が果たしてこれでいいのだろうかと髭眼帯は思ったが、半目を開きつつも満面の笑みを湛えてビクンビクンと安らかにスャアする九頭を見て、一瞬で考える事を放棄するのであった。

 

 

「あ……あの司令官」

 

「え、あぁごめんまだ二人にはちゃんと挨拶してなかったね、自分がこの大坂鎮守府の司令長官の任に就いてる吉野三郎だ、我々は君達二人を心から歓迎する」

 

 

 いつもの如く二人に握手を求める為手を差し出すが、肝心の暁と電はそれに戸惑い視線を左右の姉妹に向けるという挙動不審な行動を取っていた。

 

 

「いきなりご指名なのですか!? あ……あの、電はまだ心の準備が整ってないのです……」

 

「うんん? ご指名ぃ?」

 

「べべべっ……別に暁は怖くなんて無いんだからっ! でででもいきなりはちょっとどうかと思うのっ」

 

 

 髭眼帯は二人の言葉に怪訝な相を浮べ、レディと電の脇に鎮座するロリオカンとフリーダムに視線を投げた。

 

 

「初期教導は時間を見て私が担当する事にしたから、それでいいよね司令官」

 

「え、うんそれはまぁ響君がいいって言うなら任せるけど……」

 

「司令官のお世話に関しては私が仕込んでおくからそっちは安心していいわよ!」

 

「お世話ぁ? 安心ん? 雷君何言ってるのぉ?」

 

「大丈夫、私が普段してるように、「おはようからお休みまで司令官を見守るスキル」はちゃーんと伝授しておくから」

 

「おはようからお休みまでって君普段から提督のことずっと見守っちゃったりしてるの!? てか別にそんな監視シフトの拡充を推進する必要性は皆無だと思うんだけど!?」

 

「が……頑張るのですっ!」

 

「そうね、それが一人前のレディーの嗜みなら私にだって出来るしっ!」

 

 

 着々と外堀が埋められていく感覚に髭眼帯の嫌な予感メーターはレットゾーンへ突入し、怪訝な表情のまま盛り上がる新人二人から視線を横に移すと、そこにはニヤリと口角を上げた表情のフリーダムが目に入る。

 

 

「……ねぇ、響君」

 

「大丈夫だよ司令官、ちゃんと初期教導はしておくから」

 

「君の言う初期教導って一体どんな教導なのか提督とても気になるので詳細な説明を求めます」

 

「もーっと私に頼ってもいいのよ!」

 

 

 髭眼帯の言葉は何故かノリノリのロリオカンと、それに釣られてヒートアップしていく暁と電、それを横目にクックックッと笑いを漏らすフリーダムという不安しか感じ取れないアレな図式が完成するに至り、嘗て技本が「姉妹艦による同時艦隊運用は戦意高揚に繋がる」という仮説に間違いが無いという証明をしてしまう結果になった。

 

 

「おはようからお休みまで監視する、まぁある意味世話をする者の心得的には間違ってないと言えなくはないな」

 

「そうですね、私達の軍務は大体そっちになってますし」

 

 

 吉野は思った、九頭に対する二人の軍務は監視と言うより抑制、そして折檻に終始しているから一般の心得と一緒にするのは間違いなのではないかと。

 

 寧ろ横でスヤァしているパゲの筋肉ダルマが午後に予定している、友ヶ島警備府の視察許可を取り消した方がいいのだろうかと眉根の皺を深くする。

 

 

 こうして新たに三人の艦娘を迎えた大坂鎮守府、経緯はアレとしても結果的には着々と人員が増えていき組織は磐石となっているとも言える。

 

 しかし午後にはその鎮守府という存在が危ぶまれる事件が発生するのだが、プルプルする髭眼帯はまだその事を知らないのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「あー、こんな事になるんやったら午前に来といたら良かったわ」

 

 

 引き続き執務棟二階にある応接室。

 

 そこには午前に居た面子は総入れ替えとなり、場の中央には陸軍中央即応集団特殊作戦軍西日本方面司令長官である池田眞澄(いけだ ますみ)と、それに随伴してきた女性士官が一人が何故か盛大に頭を抱えつつ茶をジルジルと啜っていた。

 

 対面には艦隊総旗艦の長門が座り、時雨がお茶の用意をするという、そんな卓が出来上がりつつある。

 

 

「事前通告無しで港湾棲姫(陸奥)がいきなり来訪、間髪入れず関係諸外国を含めた各所を北方棲姫、そして海湊(泊地棲姫)が連名で呼び付けての会談、これは只事じゃないのは間違いないな」

 

「アタフタしてた提督の様子を見ても、何も知らなかったというのは確実だよね」

 

「それは間違いないやろ、なんせ今儂らとの話はドタキャンになっとるさかいにな、アイツがこの手の事でヘタ打つ事なんぞ考えられん」

 

「北方棲姫並びに海湊(泊地棲姫)の名代として港湾棲姫(陸奥)静海(重巡棲姫)がここに、そして呼び出されたのが欧州連合に米国、ロシア、そして軍のトップ……場に呼び出されたのが艦娘を戦力として有するという国々と考えれば、ある意味この会談の内容は読めるとも言えるが……」

 

「まぁウチ(陸軍)の参加が弾かれた辺り、国家間規模の話になっとるんは確かやな、ほんま午前中にアイツと話せんかったのは惜しかったわ」

 

「……池田殿と提督の話というのは、この会談に何か関係する物だったのだろうか?」

 

「直接的には関係ないと言えるけど、アイツの手札になる可能性も考えたら事前に話が出来んかった事は痛いわなぁ」

 

 

 渋い表情で茶を啜る池田の言葉に場の視線は集中し、茶の支度を整え終えた時雨も部屋を退出せずに長門の脇に腰掛ける。

 

 

「その話と言うのは、我々が聞いてもいい類の物なのだろうか」

 

「せやな、ほんまやったらサブがその辺り判断するべきなんやろうけど、こう……わやくちゃになっとる現状、お前らも知っといた方がええかも知れん」

 

「ふむ? 他に誰か聞かせておくべき者は?」

 

「いや、アイツの護衛は時雨に一任されとるんやろ? したら後は長門が聞いとったらええわ」

 

 

 護衛という単語に場の空気は一瞬で固い物になる。

 

 その剣呑と言っても良い空気を見て池田が連れて来た士官は何故か吹き出し、池田に至っては苦笑を漏らしてその様を眺める。

 

 

「……何かおかしな事があっただろうか」

 

「ごめんなさい、余りにもあからさまだったので、少将から聞いていた事が本当なんだって笑えてしまって」

 

「三条、あんまからかうんやない、ほら、人修羅が睨みを利かせ始めたやないか」

 

「別にそういう意味じゃなかったんですけど、気に障ったならごめんなさい」

 

「まぁえぇわ、あんまこっちも時間は無いさけの、早速話に移ろうか」

 

 

 未だ固い空気のまま池田は強引な形で話題を捻じ曲げ、横に座る女性士官に目配せをする。

 

 

「コイツはな、ウチの情報課で副長やっとる三条や、そっちのあきつとは馴染みやと思うけど、まぁ宜しゅうしといてくれ」

 

三条(さんじょう)かやのです、陸軍中央即応集団特殊作戦軍情報課副室長をしています、長ったらしい肩書きなので情報室のかやの、若しくは三条と呼んで貰っても構わないわ、宜しくね」

 

 

 三条と名乗る女性仕官は軽く目礼だけすると、早速と話を切り出した。

 

 

「そちらのお二人はご存知かと思いますが、以前より何者かが吉野中将の命を狙って行動していたのはご存知ですね?」

 

「ああ、それは知っている……もしや話と言うのは」

 

「はい、その者に関する事です、以前より我々情報課は西日本方面軍、及び大坂鎮守府特務課と連携して(くだん)の者を追っていました」

 

「件の者……って言い方をするって事は、やっぱり相手は単独犯だったんだね」

 

「はい、既にそちらには情報がいってると思いますが、我々が追っているのはスラブ系過激派組織に属する狂信者、セレドニア・エルモーソという男です」

 

「以前に取り逃がして以来その行方は知れないと聞いていたが、居場所が判明したのか?」

 

「残念ながら未だ足取りは掴めてません……が」

 

「が?」

 

「一両日中には捕捉が出来ると思います」

 

「随分きっぱり言うのだな、何か情報が入ったのか?」

 

「入ったっちゅーか、言うてきたんや、ロシアからな」

 

 

 池田の言葉に長門と時雨は眉根を寄せる。

 

 元々吉野を狙うテロリストはロシアの支援を受けている可能性が高いという話は聞いていた、しかしそれはあくまでその可能性が高い(・・・・・・・・・)という物であって、確実に繋がっているという確証はどこにも無かった。

 

 更にテロリストを裏から支援していたという事が明るみに出れば、軍の要人に対して一国家が暗殺者を仕向けたという事になり、話は国家間の問題へと発展する。

 

 故にロシアがそのテロリストと関係があると自ら認める情報を出す事は考えられず、池田の話に長門と時雨が怪訝な表情になるのは当たり前と言えた。

 

 

「ロシアがテロリストを差し向けていた、と、言ってきたのだろうか」

 

「ちゃうちゃう、まぁ要約すればや、「アンタんとこが追っとるテロリストの情報がこっちにあるんやけど」みたいな感じでな、この三条んトコに向こうの情報士官が渡りを付けてきた訳や」

 

「いけしゃあしゃあと、良くも言う」

 

「実際ウチでは何かしらの策謀かと警戒をしていたんですが、裏を取った結果……このロシアの行動は時勢を鑑みた物なのではという結論に至りました」

 

「……時勢を鑑みた行動?」

 

「はい、現在ロシアは例の北方棲姫に絡む一件で日本とは……いえ、吉野さんと事を構えるのは不味い情勢に追い込まれています、そんな折に暗殺計画が露呈すればかの国は多方面から袋叩きに遭ってしまいます」

 

「まぁそれはそうだろうな、だから自ら火消しに動いたと?」

 

「証拠がなくとも多方面からの情報でロシアが裏で動いていた事は感知していますし、あちらもそれは重々承知していたでしょうから」

 

「確実に例のテロ屋を治外法権にあるどっかに囲い込んで機会を伺ってたのは確かやな、幾らやり手の活動家でも軍隊相手に完璧に跡を見せずに潜伏し続けられるのは不可能やさかいに」

 

「つまり、こちらがある程度把握しているのを逆手にとって、テロリストの情報を流し、自分達はこの件から手を引くとこちらに伝える意図があるんじゃないかという話になったんです」

 

「まぁサブに直接接触なんぞ出来んからのう、ウチを通じて「手打ち」にしたい言う形で話を持ちかけてきよったって訳や」

 

「トカゲの尻尾切りか、しかし切られた本人はそれで納得いく訳はあるまい? その男を拘束した結果、こちらに情報が流れるとロシアは思わないのだろうか」

 

狂信者(・・・)っちゅう人種を舐めたらアカン、金や命で転ぶヤツも多いのは確かやけどな、この件に絡んどるヤツは筋金入りの活動家や、ロシアから切られたとしても関係なしでサブを狙ってくる、んで捕まえたとしても口は割らんやろうな」

 

「私も少将の意見に同意します、依頼主が誰であれ、一度請け負った仕事を……それも組織を通じて来た依頼は確実に実行するのが彼らの流儀ですから」

 

「依頼主が裏切ったとしてもか?」

 

「それと仕事は別なんですよ、依頼というのは切っ掛けに過ぎず、彼らにとってテロと言う行為は生き方と直結してますから、目的と仕事が合致しているなら動き始めた後は誰にも止められない、それが狂信者という者です」

 

「この形にするのにロシアはテロ屋を出した組織に何かしらのペナルティを支払っとるのは確実や、まぁそいつらもパトロンには逆らえんっちゅう弱みもあるから話はすんなりいったんちゃうか? んで狂信者を自分とこで始末すんのは色々不味いから、結果的に情報提供って形でソイツを儂らに売って始末を付ける事にした訳や」

 

 

 これまで懸念してきた中でも一番厄介で、且つ話が進んでいなかった案件が予想外の形で転んでいる事に長門はどうするべきかと考え込み、逆に時雨は早くも答えを出した。

 

 

「なら、暫くはそちらに任せて提督は鎮守府から出なければいいんだね」

 

「理想はそうやろうけどな、話はそう簡単な事にはならんやろう」

 

「このタイミングで今の会談ですからね、幾らか吉野さんが外へ出て直接話をしに行かなければならない筋はあるでしょう」

 

「なら、警護を更に厚くする必要があるな」

 

「うん? まぁそれは状況次第やな」

 

 

 池田の軽い返しに長門は怪訝な表情で返し、時雨も何故という空気を隠そうともせず続きの言葉を待った。

 

 

「まぁ確かに移動の時とか配慮する必要はあるけど、行き先が決まっとるならそう心配はせんでええやろ、なぁ三条?」

 

「ですね、吉野さんを狙ってると言うなら、脇を固め過ぎると逆効果かも知れません」

 

 

 陸の二人がサラっと口にした言葉に長門と時雨は益々怪訝な相を深める。

 

 今吉野を狙っているとされる者は、話を聞く限り相当な場数を踏んできたプロである事は知られている。

 

 対する吉野は、昔荒事に従事していたのは確かであったが、基本それは限られた条件を選定し、虚を突くという形で行われてきたと二人は聞いていた。

 

 例えば輪島の様に、そして九頭の様に膂力があり、対人戦闘に何か秀でていれば池田の言葉に頷く事はできる。

 

 しかし吉野にはその類のスキルは無い、そして体力的な面も悲しいかな低い事はこれまでの諸々で知られている。

 

 

 そういった不安を抱える二人の心情を表情から読み取ったのだろう、池田は苦笑したまま茶を啜り、三条は「やっぱり」という言葉を呟いて池田と同じく苦笑を滲ませる。

 

 

「……池田殿、何か言いたい事があるならはっきりしてくれた方がこちらとしては有り難いのだがな」

 

「おお……まぁアレや、ほんまやったらこんな話はサブがするべきなんやろうけど、アイツはそういう処が抜けとるさかいなぁ」

 

「意図して話してないという事も考えられますけどね、秘密主義は相変わらずという処でしょうか」

 

「どっちとも取れるけど、まぁそれは横に置いといてや、なぁ長門、こんな荒事に対して、お前が知っとる士官で対応できるモンを挙げるとするなら、誰ぞおるか?」

 

「対応……それは、襲われた時に身を守れる技量を備えた者、と言う事か?」

 

「せや」

 

「……相手の事は話程度にしか聞いていないから判断には困るが、それでも襲撃されたとしたら当然"個"としてそれなりの技量が無いと危ういと思う」

 

「やろなぁ、んで人修羅のお眼鏡に叶うヤツは海軍さんにどけだけおるんや?」

 

「私が思うにその手の荒事には宇佐美殿、リンガの斉藤殿、舞鶴の輪島司令、後は話程度なら佐世保の九頭司令にセレターの橋本殿に、今は出奔したらしいが槇原司令も候補になるか」

 

「まぁ海軍さんやったら(・・・・・・・・)そういう答えになるんやろなぁ、なぁ三条、お前やったら……そうやな、輪島はんとサブ、ガチったらどっちに分があると思う?」

 

「状況次第としか、ただそういう状況に突入したら結果は五分なのではと思います」

 

「輪島司令と提督が五分? 確かに提督は銃器の扱いに長けてるけど、達人相手にそれはアドバンテージにならないと思うんだけど」

 

「納得はいかんやろな、まぁそう思ても不思議やないけど、それは海軍っちゅう組織の驕りっちゅうか有体がそう思わせとるんやろなぁ」

 

「驕り……とは?」

 

 

 長門の言葉を聞きつつ茶を啜り、口を湿らせた池田は何かを考える素振りを見せ、言葉を選ぶ様にゆっくりと説明し始める。

 

 

「先ず今の海軍は旧海軍と同じ気質にある、相手が深海棲艦って事も絡んどるけどな、基本は正々堂々と潔さと……まぁそういうのを美徳としとる、せやから武に重きを持ち、上に立つ者はそれが備わってこそって考えが蔓延っとる」

 

「確かにある程度の武と高潔さは求められるが、それに何か足らない物があると言うのだろうか」

 

「いや、別に足らんいう訳やない、ただそれが個の強さに対する基準となっとるのが間違い言うんや」

 

「言い換えるとその基準だけで言えば吉野さんは弱いとなりますが、実際はそうじゃないと言うか……」

 

「戦争っちゅうんは基本的に数でやるもんや、それは専門職を揃えて分業化する事になるんやけどな、生憎ウチは内地で大規模戦闘する訳や無いから、基本は都市戦闘か、まぁたまに拠点を潰す為に森林戦もやる事はあるけど、一度に動かす人数はそれなりやねん」

 

「兵科は基本歩兵であり、規模としては50人の小隊が一つ二つがメインとなりますか」

 

「やな、それで作戦を展開する訳なんやけど、なぁ時雨、そういう作戦に従事した場合、サブはどういうポジに就くと思う?」

 

 

 いきなり話題を振られ一旦時雨は考えるが、それでも答えはすぐに出る。

 

 吉野の得意分野は銃器を使用した戦い、それもアウトレンジから一方的にダメージを与えるスタイル。

 

 それは体力的に劣る吉野が唯一取れる手段と言っても良かった。

 

 

「提督がそういう場に出るとしたら狙撃しか手段が無いから……後方支援、若しくは偵察?」

 

「せやな、まぁそれに間違いは無い、たださっき言うたよーにウチは作戦に投入する人員の上限に余力がある訳やない、基本兵科は兼任する事になる、まぁサブは元々海から派遣された水先案内人っちゅうポジなんやけどな……」

 

 

 そこまで言うと池田は胸ポケットから煙草を取り出し、そして火を点ける。

 

 ゆっくりと煙を吸い、そして口から紫煙を吐き出すと視線を二人に戻し、やや声のトーンを落としつつも話の続きに入る。

 

 

「偵察ってのはや、隊の誰よりも先に敵陣へ潜り込むポジや、味方もだーれもおらんとこに切り込んで、全部を見渡す場所を自力で確保して、後続を誘導しながらそいつらの手の届かん位置におるヤツらを始末せなならん、小隊規模でその役割をするヤツは偵察兵なんぞと温い言い方はせぇへん、ウチでそういうポジにおるヤツは猟兵って事になっとる」

 

「それに……割と誤解されがちですけど、狙撃という行為は距離を置いて戦う性質上他の兵科と比べて軽く見られがちですが、普通の兵科と比較して長距離から敵を仕留める場合、スコープで相手を捕らえ続けなければなりません」

 

「普通にドンパチしとったら見えへん相手の表情や息遣い、それを観察して相手の動きを読む、そして撃つ」

 

「撃った後もちゃんと仕留めたか確認するまでが必要になります、ちゃんと仕留めたか……それを確認するのは己の視覚だけが頼りになりますね、ですからある意味狙撃兵こそが誰よりも敵を人間として認識し、最も近い位置で相手を殺したという事実を認識する兵科と言えるかも知れません」

 

「ついでに言うたら、アイツは水先案内っちゅう仕事がメインや、味方を誘導しつつ邪魔者は先んじて排除する必要がある、戦場っちゅう空間を正確に把握して、それを思った方向に動かさなアカン、つまり何をどうしてどうせなアカンって事を常に頭の中で考えもって仕事をせにゃならんっちゅう事やな」

 

「提督が陸でどういう事をしていたかは何となく理解したが、それがどうして海軍の驕りという物に繋がるのか」

 

「なぁ長門……艦娘っちゅうんは同型同名のモンがあっちこっちにおるんやろ?」

 

「あぁ確かに、それが?」

 

「んならお前と他の長門、錬度も装備も同じモンがおったとして、どっちも同じ強さなんかいな?」

 

「それは……経験の違いで差が出るから一概に同じとは言えないな」

 

「せやろ? まぁ判り易い言い方すればお前は「成れの果て」ってヤツやからな、他の長門よりも抜きん出とるのは間違いない、んでな……サブもそれと似たよーなモンやって言うたらどうや?」

 

 

─────────成れの果て

 

 個では無く、群れとしての戦力を掌握し、戦いを繰り広げる組織にあって、末端の戦力に求められる物は差配する者が誰であっても安定し、想定した力を出せる存在と言える。

 

 そして艦娘とは前世を舟に持ち、今世も基本的な運用は戦闘艦に準じている。

 

 心という不確かな物を内包し、錬度という経験してきた物で強さが計られる艦娘であっても、性能限界という部分は把握され、軍では画一化された存在として認識されている。

 

 心ある者と理解しつつも、艦娘を定義上兵器とする運用基準が軍にはあり、作戦立案と指揮はそれらを基準としてなされる。

 

 どの存在も画一化された物であるが故に、それらは当然の事であり、全てを把握できているから艦隊の運用は可能となっている。

 

 

 しかしそんな存在と定義された者の中でも、稀に枠からはみ出した者が生まれる時がある。

 

 

 無駄を削ぎ落とし、感情すら不要と何もかもを一点に注ぎ込み、全てを結果に集約する事で敵を屠る人修羅。

 

 逆に感情を爆発させ、狂気に身を任せる事で捨て身の攻撃を繰り広げる武蔵殺し。

 

 合理という物を優先し、長門とは別の意味で感情を抑制する事で効率を突き詰める事を旨とする赤城。

 

 

 そこにあるのはどれも安定という物を捨て、一点集中に偏った有体。

 

 

 勇猛を馳せ、単体戦力は同型同名の艦よりも上とされ、しかしそれ故に艦隊という群れでの使い道に適さないという理由で弾き出されてしまった者達。

 

 そんな艦娘という"想定された戦力"から逸脱してしまった者達を一部の者は、往き過ぎてしまった「成れの果て」と揶揄する。

 

 

「"成れの果て"、要するに身体能力が普遍であるという縛りを持つ艦娘が、唯一強く成長する為の手段……」

 

「感情のコントロール……か、提督もそうした戦いをすると?」

 

「アイツの場合は空間把握能力と集中力がズバ抜けて高い、なんも無いトコでドンパチになったらあっと言う間にイワされてまうやろけど、遮蔽物や物が散乱する場所やったら滅法強いんは確かやで」

 

「確かに感情を切り捨てた状態でそういう事に終始できるなら、ある程度出来るとも言えるだろうが……」

 

「海で戦うお前らの頭の中にはそういう三次元的な戦場が想像できんやろ、しかも何でも利用して殺ったるっちゅう行動は卑怯って考えがあるんもその考えを助長させとるんは確かやな」

 

「池田さんが言う事も理解できるけど、提督が輪島司令と互角に戦えるとか僕にはどうしても思えないな……」

 

「お前ら艦娘から見たら銃器なんぞ豆鉄砲でしか無いんやろな、せやけど人間にとって銃は間違いなく脅威になる、ポン刀片手に突っ込んで来る達人と、機関銃構えた素人やったら普通後者が勝つのが道理なんや、まぁ距離とか場の環境にも左右されるけど、それでも銃器を持つモンの優位性は変わらん」

 

「そう言われてしまうと、確かにそうかもって考えになるけど……」

 

「深海棲艦ってバケモンを相手に、海軍って縛りで戦ってきたからそういう"普通"の戦いに考えが及ばんのや、それが証拠にアイツがそういう類のモンやって判る行動を見ても、未だに海軍での評価は低いんまやしな」

 

「前島襲撃事件の事ですね」

 

「前島襲撃? ……あっ」

 

 

 大坂鎮守府前島襲撃事件。

 

 ある意味今に続くテロ事件の始まりとなった出来事である。

 

 

 それは要人襲撃と、外部よりの攻勢という二面作戦が展開された事件であった。

 

 

 その時吉野は親潮と共に襲撃を受け負傷したものの、結果としては襲撃者を全て撃退し、要人は無傷という結果を残している。

 

 ある程度の詳細は各所へ知らされ、情報操作もある程度はされているとはいえ、吉野に対する海軍内の評価は文官というままに留まっている。

 

 深海棲艦という人類の敵という強大な存在が目の前にある為に、小規模の、しかも人間同士の争いという物は事件性その物がクローズアップされるだけで、個の能力には関心が及ばない。

 

 ましてやそこに艦娘が居たとすれば、吉野という個人に関心を寄せる海軍関係者は殆ど居ないだろう。

 

 

「限られた空間にそれなりの数の保護対象、襲撃者は銃を持ったモンが三人で開幕即SPの一人は射殺されとる、残りのSPは全部敵となって戦力は艦娘が一人だけ、まぁ室内戦って考えれば艤装も展開できん艦娘は時雨みたいな特殊なモンやなければ盾になったら御の字ってとこやろうな、で……それらの劣勢を全部を引っくり返す程にはお前らの提督はやれるっちゅう訳や、のぅ?」

 

「恐らくは部屋に入った瞬間からそこにある物全てを頭に叩き込み、もしもの時は何をどうするというかというパターンを幾つか用意していなければ対処は不可能だったと思います」

 

「頭の回転が速い……って言うより、瞬時に取捨選択する判断が早いんやな、まぁ水先案内人として出張っとった経験がそのヘンで生きとる訳や、ウチの上が再三大隅はんにくれって打診するよーな人間や、弱い訳があらへん」

 

「赤城と同じ類の強さか、確かアイツは加賀に思考を常に加速させろとか言って仕込んでた記憶はあるが」

 

「詰め将棋を頭の中で高速でやっとる感じとは言うとったけどな、ただアイツには輪島とか九頭みたいに盤を強引に引っくり返す手札が無いから、アカン時はあっけないんも確かや」

 

 

 長門が先に挙げた者達は、修練を重ねた末に達人とも言うべき身体能力を手にした者達である。

 

 海軍という組織にあり、相手は深海棲艦とあって人とは対せず、目に見える能力に長けた者は畏怖を以って見られる。

 

 しかし人間を戦う対象としていない環境は、対人スキルという物自体が不要という認識となり、現在の海軍では軽視される傾向にある。

 

 銃器という個人武器に関して言えば、海軍に於いて選択肢の余地がほぼ無く、狙撃というスキルを得る為に吉野が陸を頼りにしなければいけなかったという環境を鑑みれば、その辺りは最早察しと言える状態にある。

 

 加えて艦娘を指揮する者達の間には精神論が先に立つ傾向にあり、卑怯という物を忌諱する環境が出来上がっている。

 

 それは海を戦場として往く者としては真っ当な姿であり、艦娘達が付き従う為にはある程度の高潔さも必須であると言えるが、結局海軍という組織は深海棲艦を敵とする事に注力した結果、対人という面では激しく弱体化してしまっていた。

 

 

 広義的な意味で言えば、日本の敵とするのは深海棲艦ばかりではなく、今問題となっているロシアを始め、通常兵器を今も更新し続けている大国も含まれている。

 

 日本は現在海という天然の防壁がある為その必要性に迫られてはいないが、人間という同族の中にも敵は間違いなく存在する。

 

 その相手をし続けてきた陸軍から見れば、海軍の有体は間違いなく「驕り」と呼べる物に他ならなかった。

 

 

 現在海軍が保有する戦力や通常兵器も、恐らくは深海棲艦に対してという偏った形に収まっている、つまり吉野という男は海軍という枠の中に在っては異端であり、艦娘や他の関係者から見ても弱いと称されても当然と言えた。

 

 

「まぁ今回の件に限っては、お前らがヘタに口出すよりサブの言うまま動いた方がええかも知れん、ただ今言うたみたいに"もしも"ん時の自力はアイツにはあらへんからの」

 

「その"もしも"の為に僕達が備えとかないといけないって事でいいのかな」

 

「せや、"もしも"に備えるって言うんは、言い方を変えたら人間を殺す可能性があるって事や、アイツがそれをお前らに許すとはとても思えん」

 

「なる程、提督の言葉がなくとも自身の判断で実行する必要がある……その為の心積もりはしておけという忠告か」

 

「せやけど長門な……その心配は無用やと思うぞ、なぁ三条」

 

「えっと少将、目が据わってますよ?」

 

 

 粛々と話を続けてきた関西弁の偉丈夫は、言葉の最後にだけ凄みを利かせる事で、そこに居る者達に己の内にある物を垣間見せる。

 

 

 一連の事件は元々陸の管轄であり、しかも形的には翻弄されたままとなっている。

 

 空港前島で起こった襲撃も、信太山駐屯地という自身の拠点からほんの20kmも離れていない位置にある。

 

 自分の縄張りの、しかも拠点の目の前とも言える場所でいいようにされたという怒り、更に池田眞澄(いけだ ますみ)という男は対テロ組織として編成された兵達の長という面子も潰されている。

 

 事件裏に関わっているのが海軍だのロシアという大国だのというのは最早関係なく、只々どうしてくれようかという湧き出そうな怒りを、この時池田は無理矢理腹の奥に押し込めていた。

 

 

 こうして件の狂信者に関係する諸々は陸の少将の逆鱗に触れ、配下に居る三千余の連隊員がたった一人の狂信者を血祭りに上げる為に牙を剥く事になる。

 

 平時に於いて目立つ事を否とする組織が表立って動いたこの一件は、苛烈な結果を残す事になり、その容赦のないやり方は後に諸外国へ日本にも対人に特化した組織が存在する事を認知させ、更には大坂鎮守府という存在を考慮する際には対象戦力の一つとして数えられる事となる。

 

 

 そして池田が差配する連隊は何の因果か自衛隊の頃に遡った設立当初から、大坂鎮守府と同じく菊水の紋を継承する第37普通科連隊を前身に持つ組織である。

 

 陸軍として編成されて以降現在に至るまでそれは変わらず、連隊旗は今も菊水紋であった。

 

 つまり吉野の家紋である菊水紋を艦隊旗に掲げる大坂鎮守府と、それに関係する池田の連隊も菊水紋を掲げているという偶然がそこにあった。

 

 この偶然が諸外国からの注目を集める事となり、対人という面で疎いとされる海軍にあって、その手の戦力も有する海軍拠点と認識された大坂鎮守府を狙う勢力は結果としてある程度抑制される事になるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。



※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。