大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 河内のおっちゃんが訪ねて来たがヨシノンとニアミス、そしてあちらこちらできな臭い話が噴出し始める。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/04/16
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、forest様、リア10爆発46様、皇國臣民様、坂下郁様、有難う御座います、大変助かりました。


潮目(前)

 

 

 

 執務棟地下三階にある戦闘指揮所。

 

 鎮守府が稼動して以来一度しか名称通りの用途を成してないそこでは、指揮官席ではなく戦略モニターを兼ねた巨大な円形テーブルの真ん中で、髭眼帯はシッダウンしつつプルプルしていた。

 

 そのプルプルする鎮守府司令長官の見る対面では湾岸棲姫(陸奥)静海(重巡棲姫)が座っており、空席部分にはちっさい半球状の何かが鎮座している。

 

 そして半球状の何かからは上に向って光がピカーしており、空中に人と同じ大きさ程の黒い石版と言うか何と言うかぶっちゃけ某有名な洋画で出てきたモ〇リスっぽいブツが空中に映し出されていた。

 

 髭眼帯が改めてそれらを見渡すと、右から順に

 

 SOUND ONLY 『大本営』

 SOUND ONLY 『内閣府』

 SOUND ONLY 『米』

 SOUND ONLY 『泊地棲姫』

 SOUND ONLY 『北方棲姫』

 SOUND ONLY 『露』

 SOUND ONLY 『欧州』

 

 という表記がされており、その何と言うかモノ〇ス的なアレに囲まれる髭眼帯は現在の異常事態よりも、昔日本で社会現象を巻き起こした某ナントカゲリオンというアニメを思い出すと共に、こういう演出をした工廠課のメロンの生尻をペシペシしたい欲求を必死に我慢するのである。

 

 

 因みにこの緊急会議は北方棲姫及び海湊(泊地棲姫)が突然関係各所を呼び付け開催する事になった関係上、各所の通信網の都合により音声での会談しか出来ないという体でこういう形になってはいるが、ある意味深海棲艦側のとある企みも多分に含んだ結果がこの音声のみの会談へと繋がっている。

 

 静海(重巡棲姫)湾岸棲姫(陸奥)という深海の王二人の名代の上には当然モノリス的なアレがプカーしている訳だが、その名代二人の手にはフリップ的な大き目の紙と筆記用具的なブツがあり、耳にセットしてあるイヤホンから聞こえているのであろう其々の主の言葉をサラサラとフリップに書き込み、それをズバッと髭眼帯へ見せるという、どこぞのクイズ番組染みたオポンチな絵面(えづら)が展開されていたりする。

 

 それはつまり筆談、映像通信ではない事を利用して、この会談を進行しつつも大坂鎮守府、北方棲姫、泊地棲姫という勢力が会議とは別に話を調整しつつイイカンジにアレしちゃおうという、盛大なマッチポンプを仕掛けるという場が地下指揮所では出来上がっていた。

 

 

 そんな席にシッダウン状態の髭眼帯の手には、あの電動ミニカーがレールの上でシャーしてレースする系の玩具に繋がれるタイプのリモコン的なブツが握られており、それを親指で押し込んでいる間は会談への通話が切れ、北方棲姫と海湊(泊地棲姫)側以外には発言が聞こえなくなる為、髭眼帯側からの筆談は不要になっている。

 

 

 そんな色々がセットされちゃってる指揮所の戦略テーブルでは、まるでギャルが書く様な丸文字で書かれた『中々話が進まんな』と書かれたフリップを静海(重巡棲姫)がスッと前に出し、その横ではまるで書道家の達人が書いたのかという達筆な筆書で『ダヨネ~』と書かれたフリップを湾岸棲姫(陸奥)がズズイと差し出していた。

 

 因みに湾岸棲姫(陸奥)には何か拘りがあるのだろう、脇には(すずり)がセットされており、ちゃんと墨を()るという拘りを見せていたと言うかフリップに書いた文字から墨が垂れてポタポタする様は議事進行の速度を重視する筆談には向かないのではと髭眼帯はプルプル度を増していた。

 

 寧ろ言い回しが古風な海湊(泊地棲姫)の言葉が丸文字で、軽い言い回しをする北方棲姫の言葉が筆による剛筆で書かれている違和感も髭眼帯のプルプルを加速させている要因の一つではあるのだが、これはまぁ人選が人選なので仕方がないのかも知れない。

 

 

 色んな意味で混沌とした地下指揮所、プルプルする髭眼帯の耳では既に始まって一時間は経とうかという会談が未だ遅々として進まず、関係各所の発言は少な目というお通夜状態にあった。

 

 

 そんな各国代表が参列しちゃうお通夜が開催された原因を述べるなら、海湊(泊地棲姫)が放った「我々の言葉に対する貴様らの返事を聞かせて貰おうか」というジャブから始まり、次いで北方棲姫の「答えはYESかNOだけでいいよ? それ以外の余計な言葉はいらないから」というストレートが放たれてしまうという、所謂初手から詰んだという様相が場をセレモニーホール染みた物にしてしまっていた。

 

 参列者もとい参加者には、大本営から海軍元帥大将である坂田一(さかた はじめ)、内閣府からは内閣総理大臣鶴田栄(つるた さかえ)、米国からは合衆国大統領Roy(ロイ) Morgan(モルガン)、ロシアからは連邦軍参謀総長のIsidor(イシドル) Arekuseefu(アレクセーエフ)、ドイツからは連邦共和国国防大臣Emmerich(エメリヒ) Saalwächter(ザールヴェヒター)という面々が居並ぶ。

 

 本来なら各国の政治主導者が集うべきで場ではあったが、深海側からの召集が突然だったという言い訳と、会議で不都合な話が出た際は決定権が無いとその場での決定を避け、協議の上後日の返答という形にしたいという国々の本音がこのバラバラな立場の者達による会議を形作る結果となっていた。

 

 ただそういう事になるのを読んでいた深海側は開幕時に『話に二度目は無い、決定権が無い者をこの場に寄越した国はそれだけ我々を軽視しているのか』と恫喝から入り、次に『貴様らが滅んだ場合はその軽率さが原因となろう』と釘を刺した上で、この場での話は決定事項とする旨を通告する形で更に参加国に追い込みを掛けていた。

 

 それは有無を言わせない形の、そして脅しではなく割と本気の通告であったが、余りにも容赦の無い言葉が耳に入る度に髭眼帯のプルプル度は更に増してしまうというカオス。

 

 これに対して各国からは控えめであったが難色を示す言葉が漏れたが、次に吉野の口から伝わった言葉が場を完全に凍らせてしまった。

 

 

─────────深海棲艦は陸でも戦える、故に地球上に絶対安全圏という場は存在しない

 

 

 この情報は、嘗て北極圏へ攻勢を掛け多大な犠牲を払った米国と、そしてつい最近東シベリア海に面する拠点全てを壊滅に追い込まれたロシアという二国は薄々感じ取っていた事実であったが、実際それが確定情報として耳にすればやはり驚愕に値し、それ以外の者達も言葉を無くしてしまうという自体に陥ってしまった。

 

 因みにこの情報が髭眼帯の口から出る前には『さぁお膳立ては整ったよオニーサン!』という文字が書かれた墨がポタポタ垂れるフリップが湾岸棲姫(陸奥)の前にズバッと出されており、『ここはヨシノンが事実を述べる事で言葉の信憑性が出るだろう』という丸文字で書かれたフリップが静海(重巡棲姫)の前でゆらゆらと揺らされていた。

 

 

 要するに会議で逃げられないのは各国代表だけではなく、髭眼帯も同じという困った場がそこにはあったりする。

 

 

 実際問題吉野としてはこの話は先ずロシアと米国双方との調整を重ね、どちらも納得いく形で落し処を決めた後、欧州連合も巻き込んで形にしていく腹積もりであった。

 

 期間にして凡そ二年か三年、その辺りを目処に問題を解決し、歪にはなるだろうが国家間の軋轢を極力小さい形で纏めようとしていた計画は、二人の姫による余計な介入で全て白紙になってしまった事になる。

 

 と言うか既にもう髭眼帯自体、深海の王二人に振り回された形になり、そこからどうリカバリしていくかで一杯になり、会議での発言は殆ど彼女達のフリップで促された物だけに終始している状態にあった。

 

 

『話を今一度整理させて頂きたい、先ず貴女達が望んでいるのは、深海棲艦上位個体の幾らかを日本へ送り、その勢力を我が国の領土であるサハリン州と、その他にも太平洋のグアムに置くという事ですか』

 

『その代わりに条件を飲めばそちら側からの攻勢は無い、という条件が前提になっているみたいですが……さて』

 

 

 ロシアの参謀総長からは固く、そして米国大統領からは溜息交じりの、そんな対照的な声色が〇ノリスっぽいアレから感じ取れる。

 

 地理的な物としては、グアムは嘗てのアメリカ領であったが、深海棲艦との戦争に突入した初期に陥落し、暫くの間その島はどの国の物でも無い状態で放置されていた。

 

 しかし日本がパラオを奪還後、補給線の安全と制海権の拡充の為にマリアナ諸島を獲った事で、その島は現在日本が実行支配している海域の内にある形であり、既にそれに納得済みの米国には条件的に異論は無かった。

 

 対してロシアとしては幌筵島(ばらむしるしま)に深海棲艦の拠点が存在するとなれば、国土の直近に脅威を抱えてしまうと同時に、現在使用可能な国内最南端に位置する港、一年通して使える唯一の不凍港から南下する事が出来ず、更には北方四島がオホーツク海を塞ぐ形でロシア太平洋艦隊も海に出れなくなってしまうという事態に陥ってしまう。

 

 本来なら認められる筈もないその話は、吉野としては米国も巻き込んで話を調整した上で、最終的にはベーリング海南部、ニア諸島のアッツ島辺りを日本の飛び地として領土化し、そこに中継基地と共に深海棲艦の受け入れ施設を作るつもりでいた。

 

 

 領土的にそこは米国の物であったが、アッツ島は北アメリカ本土からも、そしてロシアからも適度に離れ、またそこから南は現在人類はおろか、深海の王ですら存在しない、誰の手にも無い海が広がっていた。

 

 つまりそこを押さえるという事は、吉野が最終的に目標にしていた北太平洋攻めの足掛かりが一つ確保できるという話にも繋がっていく。

 

 

「そんな訳で実際の話、こちらとしては話を上手く運んであの辺りの島を頂くつもりでいたんですが……」

 

『何言ってんの、こっちに居る子達は日本に行くつもりになってるんだよ? それを今更そんな島に押し込むなんてあんまりじゃない』

 

「いや定期的に鎮守府と島の二重生活になるんだから問題はないんじゃないですか?」

 

『オニーサン判ってないなぁ、例え形がどうであれ最初の話と違う事になっちゃえば不満は出るんだよ?』

 

『確かにな、ギリギリであっても日本の海に居るならば我慢はできるだろう、しかし鎮守府以外の候補地全てが日本では無いという環境は、本人達にとっては余り歓迎せざる話になるという可能性も否定できんな』

 

 

 幾度かの内緒話はテーブルの特定箇所を墨でビチャビチャにし、全体会談としては殆ど会話が進まないという形で混迷を深めていった。

 

 

『ここで否と言えば、問答無用で我が国はそちらからの猛威を受ける事になると?』

 

『そね、そっちも色々手札がある様だしすぐには決着は付かないのは判ってるわ、でもずっと昔使った手をまた繰り返すつもりなら覚悟はする事ね、今度やる時は焼かれるのは海じゃなく、陸になるだろうから』

 

『海を焼き、国土を焼き……そうまでしても一時の安寧しか得られず、結果としては数百年を掛けてジワジワと国が死ぬ、ただそれだけだろうな、核という物は人には絶対的な武器となろうが、我々にとっては脅威になり得んというのは既にお前達も知っている事だろう?』

 

 

 言葉を交わす度に、薄々は気付いていたが目を逸らし続けてきた人類の優位性と思っていた拠り所と、国の尊厳という物がボロボロと崩れていく。

 

 海湊(泊地棲姫)の言葉で人類の勝利は現状皆無なのが確定する。

 

 それは今まで奮戦し、多くの命を散らして奪還した少ない海……それらは全て敵が見逃していたという前提で成し得たという事実が其々に重く圧し掛かる事でもあった。

 

 

『死なば諸共という言葉さえ、意味を成さんとはな……』

 

 

 海軍元帥大将の重い一言で場は再び沈黙が支配する。

 

 

 有体に言ってしまえば、深海側からこの話が出た瞬間から答えは出ていた。

 

 要求に対する答えはYESのみ、それ以外は誰にも等しく滅びの道しかない。

 

 これが個人として突き付けられた物なら矜持に従い死を選ぶという事も出来たかも知れない。

 

 しかし其々の背中には数百億から数千億の命がぶら下がっている。

 

 言葉一つでそれら全てを無にする事など、できる者は居ないだろう。

 

 

『我々ドイツとしては、世界が戦いを望むなら是非は無し、と、そういう覚悟はしている』

 

 

 そんな諦めが蔓延した場に、誰かの言葉が響く。

 

 同時通訳の音声による無機質な響きしか吉野の耳には入ってこなかったが、言葉に込められた決意が揺ぎ無い物だと充分理解できる程の力強さが、その発言には乗っていた。

 

 欧州連合では慣例的に交渉事は英国が担う形になっていたが、今回に限っては選択肢が無い場が用意されているのが予想されており、欧州側には他国が選んだ選択に従うしか無いという答えが事前に出ていた、故に連合で艦娘という存在を最も多く持ち、最も長く深海棲艦と戦ってきたドイツが今回欧州連合の代表として選ばれていた。

 

 

『へぇ……そっちはやる気満々なんだぁ?』

 

『お嬢さん、ここに集う国はどれが欠けても世界が成り立たない、我々だけが知らん顔で済む問題では無い、そして物事は本質を見極めるべきだ、一か零かとそちらが問うなら……我々人類がそこで選択するのは一であろうが零であろうが、バラバラであってはならん』

 

『ふむ、一蓮托生というヤツか』

 

『今此処に居る欧州連合の代表が英国ではなく、ドイツという国になっているという事は何を意味するか、Herr吉野ならご理解頂けると思っているがね』

 

「こんな厄介事の時だけ駆り出されるとか、そちらも中々難儀してますね」

 

『こんな時にしか役立たん身ではあるが……ここでもし戦いの引き金を引いたとしても、後世で私の事を愚か者と称する者はおらんだろうよ、なにせ始まってしまえば歴史を語る者は誰一人居なくなってしまうだろうしな、そう考えれば気は幾らか楽になるというものだ』

 

「まぁ確かに……そうかも知れませんね」

 

『まぁやるならやる、他に選択があるならそれに縋る、欧州連合は世界の選択に身を委ねるとここに宣言しておこう』

 

 

 既に腹を決めてあったドイツの国防大臣は、嘗て連邦海軍では艦娘を率いていた海の男であった。

 

 欧州内部で話の押し付け合いが始まり、連合という形も危うくなるという足の引っ張り合いに嫌気が差し、自ら連邦政府を説き伏せた上で役割を引き受け、全ての罪を背負う覚悟をしたこの男の中では、会談が始まる前には既に答えを決めていた。

 

 そして今は政治家ではなく、戦う者としてこの会談に臨んでいた。

 

 

『そうか……なら、まぁ後はロシアと米国の返事次第という事になるのか?』

 

「いやいや海湊(泊地棲姫)さん、日本の事を忘れてはいませんか?」

 

『ほぅ? ヨシノンはこの話に何か異論があると? 我々は元々そちらの為に動いてると思っていたのだが?』

 

「それに間違いはありませんし、有り難いとは思っていますよ?」

 

 

 その会話は、別途用意された場で話し合った末に決まっていた筋の物では無かった。

 

 

「でも、人類を滅ぼすというのは少々頂けません」

 

『オニーサン達には危害が及ばないから、その辺は関係ないんじゃない?』

 

 

 つまり今交わされている会話は、何も決まっておらず、もしかしたら危険な域に片足を突っ込む話に至る可能性があった。

 

 

「確かにそれはそうなんですけどね? それで死ぬのが女子供にまで及ぶのはどうかと思うんですよ」

 

『遺恨の根となる物は全て絶つ、(いくさ)とはそういう物ではないか?』

 

「確かにそうですね、でも、自分はあくまでそれは否と言わさせて貰います」

 

『……何で?』

 

「当然でしょう? 我々軍人も、そして艦娘も、守る為に存在しているからです」

 

『なら、ヨシノンはこの場で我々がどこかの国へ攻め込むと決めたなら、敵に回るという訳か』

 

 

 吉野の対面に座る静海(重巡棲姫)湾岸棲姫(陸奥)は見ていた、自身の主達と対している男の顔を。

 

 

「自分は海湊(泊地棲姫)さんと、そしてほっぽちゃんもですけど、割と腹を割って話せる、良き隣人であると思っています、しかし……」

 

 

 その男の顔には、迷いの色は微塵も無かった。

 

 

「牙を剥く者を始末すると言うのなら構わないと思います、その手の者は覚悟があってそうしているのでしょうから、しかし無辜(むこ)の民諸共全ての命まで刈り取ると言うのであれば、少なくとも百数十の艦娘とひ弱な人間一人は……そちらの敵に回るとと思います」

 

 

 それは今まで深海棲艦という存在を背景に、何もかもを得た男が口にした言葉だった。

 

 それは間違いなく、身の破滅を呼び込む事を知った上で口にした言葉だった。

 

 しかしそれでも、その男は迷う事は無かった。

 

 

 ある意味脅しとして願った話は、深海棲艦と人という感性の差が危うい状況を作り出す事になってしまった。

 

 だからはっきり否と口にし、目の前に確実な死があったとしても退く事が出来なかった。

 

 何故ならその男にとって世界とは、自身を拠り所にする艦娘と同義であり、その艦娘とは人類を守護する事で己の存在価値を見出す歪な存在であったからだ。

 

 故にこの男の中には人類の滅亡という選択は無い、例えその人類が自身の敵に回ったとしても選択しない。

 

 

「……お姉さま(泊地棲姫)、もし事が起こった場合私を含めた(・・・・・)、十二の姫鬼という戦力もそちらと対する事になってしまいます」

 

『ふむ? そうか……静海(重巡棲姫)もヨシノンの側に付いていたのであったな』

 

「貴女が私にテイトクへ尽せと仰ったのではありませんか、なら私はその言葉に従い、そしてテイトクへ立てた盟約に従い貴女と戦わねばなりません」

 

 

 いつものように淡々と、重巡棲姫は目の前の男を見つつ、主であった者へ対する。

 

 関係が悪化すれば敵に回るという宣言、それは決別とするには余りにも判り易く、そして単純過ぎる程に苛烈な言葉だった。

 

 以前静海(重巡棲姫)が吉野へあの指輪(・・・・)を見せた少し前、海湊(泊地棲姫)が彼女に送った言葉は、関係が主従でなくなったとしても生涯変わらぬ友であるという言葉と、それでも袂を別つ時が来たなら吉野へ忠義を尽せという旨の物だった。

 

 今ここに居るのは確かに泊地棲姫の(ともがら)とも言うべき深海棲艦であったが、同時にそこに居るのは誰の為に生き、誰の為に死ぬかという覚悟を決めた静海(重巡棲姫)という深海棲艦でもあった。

 

 故に吉野が海湊(泊地棲姫)達と戦う事を決めたなら、静海(重巡棲姫)は迷わずその麾下で戦う事を選択する。

 

 

「ねぇほっぽ、もし世界と全面戦争になったらちょっとややこしくなるわね、だって日本を攻めなきゃいけなくなるもの、ね?」

 

『あー……うん、そっかぁ、そうなるねぇ』

 

 

 深海棲艦と人類の全面戦争。

 

 戦力比という事だけなら深海棲艦の優位は変わらない。

 

 但し日本の近海で戦うとなれば、それは別の意味を帯びてくる。

 

 

 その海は他の海とは違い、沈んでしまうと魂が取り込まれ、沈んだ者は復活しない海と言われていた。

 

 日本の近海全てでは無いが、関東全域と鎮守府が守護するエリアではその現象は確実に起こるという結論は、北方棲姫と天草の間ではほぼ間違いないという認識にあった。

 

 戦いの趨勢という物は変わらない、但し攻めれば手勢は確実に減る、それも恒久的に。

 

 特に大坂鎮守府を攻めるとなれば、拠点は紀伊水道を遡った大阪湾に位置し、また日本海側には舞鶴がある為其々の背後からは攻める事が難しく、結果として正面から攻めるしかない。

 

 しかも攻める拠点は艦娘だけではなく、今や姫や鬼が二艦隊編成可能な程に存在する要塞である。

 

 つまり勝敗は決まっていたとしても、戦いは泥沼になる事は確実であり、結果として失う戦力は無視出来ない物になるのは判っていた。

 

 

『クックックッ……そうだったなぁ、ヨシノンのとこを攻めるとなると、中々厄介な事になるなぁ』

 

『だからってこっちは話を引っ込めるつもりは毛頭無いんだけど?』

 

『当然だろう、だが意外と今の関係を切るのは惜しいと思う気持ちもある、だから北方棲姫よ、一つ提案があるのだがな』

 

『……何?』

 

『ヨシノンが全てを納得させる案を出せたら、それを考えてやっても良いとは思わんか?』

 

 

 海湊(泊地棲姫)の言葉に場は再び無言になる。

 

 

 と同時に、筆談が活発になる地下指揮所。

 

 

『ちょっと何よ、もしかしてオニーサンが言ってたさっきの話飲むつもりなの?』

 

『まぁ元々は全て強引に推し進めてきたお前の責任も幾らかあるからな、送り出す者達の説得くらいはするべきだろうよ』

 

「こっちもそうして貰えれば助かります、て言うかそれでもここで話を纏めるには準備も段取りもしてないので、ちょっと強引になってしまうんですが」

 

『そもそも今ヨシノンが言った事は、虚勢では無いのだろう?』

 

「……そうですね、折角いい関係を築けた処なのに残念ですが」

 

『……本気?』

 

「はい」

 

『死んじゃうよ? 確実に、敵になるって言うなら幾らオニーサンでも容赦しないから』

 

「それは仕方ないですね、自分にも譲れない部分はありますから」

 

「ねぇほっぽ」

 

『……何よムツ』

 

「戦争になったら、私、大坂側に付くから」

 

『え!? なんで!?』

 

「人間に対しては今でもいい感情は無いけど、ここには長門が居るもの、だから……ね?」

 

『ぬぐぐぐ……ムツが居ないと色々困っちゃうのよ、主に身の周りのアレコレとか、オヤツとか、諸々……ああもうそうなったら研究に没頭できないじゃないっ!』

 

 

 世界の趨勢を決める裏会談で飛び交うアレな言葉を聞きつつ、髭眼帯は気付いた。

 

 いつの間にか場は筆談が停止し、会話で進行している事に。

 

 

 怪訝な表情になり視線を湾岸棲姫(陸奥)に飛ばすが、その視線はスルーされるという救えない場がそこにはあったりした。

 

 

『こういうのは雰囲気が大事だと夕張に聞きましたので』

 

 

 結果、そんな丸文字が書かれたフリップを静海(重巡棲姫)がスイッと差し出すのを見て髭眼帯はメロン子へ処すペナルティを生シリペシペシでは無く、ケツバットの刑へ変更する事を固く心に決めるのであった。

 

 

『さてと……改めて問おう吉野三郎よ、お前はここにいる者達の意見を纏めつつ、更に我々を納得させる答えを出す事は可能か?』

 

「確実に、では無いですが腹案はあるにはあります」

 

『なら暫く我々は回線を切ろう、その間に答えを決めるがいい、だが長くは待てない、その辺りは心得よ』

 

 

 再び始まる会談、それは言ってしまえば出来レースである。

 

 しかしそれは上手く纏まる保障の無い、ボタン一つ掛け違えば人という種が地球上から絶滅するという大事が掛かった出来レースである。

 

 そして北方棲姫は最後辺りは会談に口を出さなかったが、異を唱えなかったという事は取り敢えず納得したのだろうと髭眼帯は一応ではあったが胸を撫で下ろした。

 

 

『これで貸し一つなんだから、ちゃんと覚えといてよね』

 

 

 と、安心した直後に湾岸棲姫(陸奥)が差し出した墨が滴るフリップに書かれた、無駄に達筆な筆書に一抹の不安を覚えつつも、髭眼帯は気持ちを入れ替え、交渉の場に臨む事にしたのであった。

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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