大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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 前回までのあらすじ

 大淀が本土に渡り何かを画策、そして特務課の実働隊と陸軍特殊作戦軍共同でのテロリスト狩りが開始される。


(※)出張中の書き溜め連続投下の二話目です。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2018/05/21
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きましたリア10爆発46様、K2様、有難う御座います、大変助かりました。


狂信者 弐

 その男の家族は敬虔な信者であり、父親は片田舎の牧師であった。

 

 幼少の頃から教えを説かれ、周りの者が全て信徒という生活は常に男が宗教に関わる環境にあった。

 

 だが男は異端だった。

 

 幼い頃から周りに染まらず、一心に神へ祈る者達を見る脇で、徐々に疑問を膨らませていった。

 

 教えには納得する部分と妄想とも言える物が混在し、辻褄が合わない部分に納得がいかず、成長していく内に宗教とは何かという学問へ傾倒していく事になった。

 

 

 その過程で判った事は、宗教とは信徒を束ねる立場になって行く程信仰心が薄れていき、自らが説く"神という存在"から離れていくという事実。

 

 研究すればする程教えから遠退き、奇跡など無いという事に気付く。

 

 

 だが男はその事実を理解していく程に宗教へのめり込んでいった。

 

 

 宗教とは心の拠り所であり、人種という垣根すらいとも簡単に飛び越えてしまう。

 

 宗教とは執政者が民衆をコントロールする為に便利な道具である。

 

 しかし同時に宗教とは、過去に起こった過ちを正す教訓を巧みに内包し、民衆を守る物でもある。

 

 更に宗教とは不変の物ではなく、時代に合わせて変化し、常に支配力と求心力が変わらない様に更新され続けるシステムも内包している。

 

 

 それらを理解した男は定義した、宗教とは何か、神とは何か。

 

 万物を創世する超越者()という存在は居ないが、信仰が心の中に支えとなる偶像を作り出し、人はそれを神として心の拠り所にする。

 

 正に『信じる者は救われる』を体現したシステム、それが宗教であり神であると。

 

 

 故に男は自分の信じる神を心に持ち、敬虔な信徒となった。

 

 

 だがそれは人とは違う物を信望し、過激な教えを布教する事になってしまったが。

 

 

 人は弱く脆い、故に神を信じ縋る、それは人として当然の行動であり、システムの基幹を成す物である。

 

 だから神という者は居ないが、存在すると考える男にとって、人を守るという事でのみ自身の存在意義を得る艦娘は異質に見えた。

 

 女型のみという生態も宗教のシステムに反し、教えを真っ向から否定している。

 

 独特の精神構造は神を必要とはせず、男の中にある世界を壊す脅威となる。

 

 

 矛盾はいけない、それは悪である。

 

 己の中で調和していた世界を壊す悪である。

 

 

 美しき調和を保つ為、男は人の欲という教えをテーマにそれらを修正する事に心血を注いでいった。

 

 

 こうして歪な神を内包する、全能ではない何かを信仰する狂信者がこの世に生れ落ちた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 艦娘は自身が思う"神"を否定する者、故に悪である。

 

 しかし断罪しようにも人では抗う事は出来ず、しかし人に依存するという性質は、それらの者達を指揮する者を断罪すれば良いという結論に辿り着く。

 

 

 その思想は艦娘という戦力を持たない国々をパトロンとして利用する事に都合が良く、欧州では活動家としてそれなりに名が売れた。

 

 狙う者は艦娘と縁深い者達が中心で、徐々にターゲットは軍の主要な人物へとなっていった。

 

 

 そして現在男が狙うのは、恐らく世界で唯一艦娘という戦力を"個"として差配する者。

 

 それは男にとって最も忌むべき存在であった。

 

 

「……もう本人を狙うのは無理ですか、しかしその手足を捥ぐ事が可能ならば僥倖、このまま朽ちるよりもましと言えますね」

 

 

 狙う者へ牙を突き立てる事が叶わず、朽ちるのみと覚悟を決めていた処へある情報が舞い込む。

 

 恐らくそれは罠だろうと思ったが、逆にそれを利用すれば意趣返しは可能だと思った。

 

 ロシアとは切れてしまったが組織とは繋がっており、その筋から大陸系へ渡りを付け、道具と人員を揃えた。

 

 日本という国は欧州とは違って特殊な環境ではあったが、根幹部分は変わらない事に男は気付いていた。

 

 

「ヨーロッパでは移民問題が顕著でそこから狂信者が良く生まれましたが、日本にも民族紛争があったとは、中々興味深い」

 

 

 欧州よりも穏やかで、しかし根が深い民族の壁、過激では無かったが日本にもそれがあった。

 

 男は大陸系の組織に計画を持ち掛け、在日として存在する者達を利用して襲撃計画を立てた。

 

 二世代程日本に根を張り社会に溶け込んだそれらの者達は、欧州で狂信者を使うより便利で使い勝手が良かった。

 

 実行力という部分での質は低いが、人種的な隔たりを社会が認めていた環境は、その者達を邪魔する壁が無く準備期間を気取られる心配が低いという日本のあり方は、男の都合と合致した。

 

 大陸系からの支援と潤沢な物資、それを利用し、囮として使い、今男は目的を達しようとしていた。

 

 

 数に物を言わせ大泉庁舎を取り囲む形で監視する、と言っても出入り口は五箇所程だったのでそれ程手間は無かった。

 

 事前に得ていた情報は恐らくリークされた物、だから陸軍が用意した移動手段が罠なのは明白である。

 

 だがそれがどういう罠へ繋がるのかが判らないので、そちらへ殆どの者達を振り分け、全てを任せた。

 

 もしそっちに本命が居たとしても、艦娘が易々と始末される訳ではなく、対艦娘用の道具があったとしても数が用意出来ない現状、その者達が総掛かりで向っても精々手傷を負わす程度で終わるだろう、それなら後で合流して自分が始末すれば良い。

 

 そのつもりで男はゆっくりと大泉庁舎の監視を続ける。

 

 

 果たして男が張った網には、予想通り本命が引っ掛かった。

 

 

 海を目指す一台の四駆、フロントガラスの向こうには、ターゲットの一人の姿があった。

 

 庁舎を出る車両を追跡しつつ、ルートから目指す先を予想する。

 

 そして行き先が確定した辺りで、行動を起こす事にした。

 

 

 先ず銃撃にて車両が防弾仕様だと確認した時笑いが顔に滲み出す、それなら用意した追い込みの手段を変更しなくとも良い。

 

 次に用意していた道具で獲物を追い立てる。

 

 準備した狩場へ追い込む為に。

 

 

 どうしても自身の手で艦娘を始末するには、場所の選定は必須であり時間も掛けられない。

 

 そうして投じた一手は、素人が作った物に毛が生えた程度の手作りパイプ爆弾。

 

 追跡用のバイクで四駆を追い抜きざまにそれをボンネットの上に放り投げる、それは狙った位置へ、狙った相手のみに被害を与える場所へ。

 

 

 防弾仕様の車両では精々フロントガラスを粉砕し、ボンネットをヘコませるだけの威力しかないそれは、結果として最大の効力をもって獲物を狩場へと追い立てた。

 

 

 こうして思惑通り事前に想定した狩場の一つに獲物を追い込んだ男は歓喜し、そこへ足を踏み込んだ。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「……抜かったであります、追撃があるとは思ってたでありますが、まさかあんな物まで用意してたとは……」

 

「アレは深海棲艦に有用なのは知られてましたし、それなりに民間にも流れてましたから、何かしらの手でそれを掻き集めたんじゃないでしょうか」

 

 

 堺市工業地帯の一角、岸壁に程近いそこは物資の集積場となっており、倉庫や積み上げられたコンテナが並ぶ迷路となっていた。

 

 そこに至るまであきつ丸達は執拗に追い立てられ、車両は既に使い物にならなくなっていた。

 

 積みあがったコンテナを縫う様に移動する三人。

 

 大淀は周囲を警戒し、三条はあきつ丸に肩を貸して移動していた。

 

 

「やはりあの爆弾に混入されていたのは……」

 

「陸奥鉄、若しく……は、それに相当する何かでありますな」

 

 

 息も絶え絶えに言葉を搾り出すあきつ丸は、体の左側を血に染め、三条に引き摺られる様に移動していた。

 

 

「爆弾の威力自体はそれ程でも無かったでありますが、弾けた破片が突き刺さった状態では血が止まらず、身動きが取れないでありますよ……」

 

「相手が大陸系と組んでいると判明した時点で警戒するべきでした、資金力と人員の数だけはロシア並みですから……」

 

 

 男が使用した手製爆弾、それは簡易なパイプ爆弾であったが、中には組織が搔き集めてきた陸奥鉄の破片が混入されていた。

 

 艦娘と深海棲艦に人がダメージを与え得る数少ない手段、嘗てその性質を調べる為に軍は民間へも陸奥鉄を流していた。

 

 希少であったが研究素材として流通していたそれは、巡り巡ってテロリスト達の手にも渡っていた。

 

 以前吉野達が大本営で襲撃を受けた際にもそれは使用され、ある意味テロリスト達の切り札的な物として陸奥鉄は取り引きされている。

 

 

『ごめんあきっちゃん、やっぱ見付からない、バイクはあるから近くに居る事は間違い無いんだけど』

 

「このまま海に行くにしても、岸壁までは障害物の無いエリアを通過しなくてはいけませんし、相手が陸奥鉄を入手しているという事は艤装を展開しても無駄という事になってしまいます」

 

「最悪大淀さんにあきつさんを背負ってもらって、私と川内さんで迎撃しつつ撤退戦をするしかなさそうですね」

 

「それは……無理でありますな」

 

「何故です?」

 

「逃走中何度かヤツが不用意に車へバイクを寄せてきた事があったのを覚えておりますか?」

 

「えぇ、不自然と言うか、何を狙っていたか判らなかったですが、あれって何か意味があったんですか」

 

「……大淀殿は気付きませんでしたか?」

 

「すいません、特には」

 

「……風に混じって僅かながら、血と臓物の匂いがしたでありますよ」

 

「え、血と臓物って……まさか」

 

「恐らく腹に爆弾を埋め込んでるでありますな、それを気付かせる事でこちらを誘導すると共に、殺意を明確に感じさせるつもりであんな事をしていたのでありましょう」

 

「だからあきつさんはしきりにバイクから離れろと言ってたんですか……」

 

「自分を人間爆弾に仕立て、それをアピールする程には威力がある物、そう判断するべきと思ったのであります」

 

「腹にそんなのを埋め込んでって、それって成功しても失敗しても死ぬって事ですよね? 正気の沙汰とは思えません」

 

 

 日本という島国はテロリストにとって活動し難い国である。

 

 ほぼ単一民族という環境は異国の者がそこに居るだけで目立ち、周囲が海に囲まれている為逃走手段が限られる。

 

 ロシアと手が切れ、次に手を組んだ大陸系の者達をある意味捨て駒に使ったとなれば、組織からも狙われる事となり男には逃走する手段は無くなる。

 

 故に男は自身の手で相手を仕留める手段として自分を使う事にした、生き延びる為の全てを捨て、目的を達成する事に全てを注ぐ。

 

 腹に陸奥鉄を埋め込んだ爆弾を仕込み、諸共という手段を用いて。

 

 その男は、正に狂信者と化していた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 あきつ丸達が逃げ込んだそこは、男が事前に用意した狩場の一つだった。

 

 他には建設中のビルであったり、工場地帯もあった。

 

 それらは事前にある程度下見をした上で、念入りに下準備はされていた。

 

 今居る物資集積場は荷物の出入りが少ない、ある意味備蓄がメインの区画であった為、狩場としては最適だと言えた。

 

 

 背が高い倉庫が不動の壁となり、積みあがったコンテナが迷路と化す。

 

 決行日が近くなった時に男はそこの管理者と契約し、自身の用意したコンテナを幾つか配置させた。

 

 それは巧妙に、油断無く、迷路の出口を限定し、殆どの経路は袋小路となる様配置した。

 

 

 男の頭の中にはその迷路が暗記され、どこから進入したか判ればどう追い込んでいくかのパターンも想定済み。

 

 こうして作った狩場は、先の陽動とも言える大規模テロの処理で邪魔者をそこへ釘付けにして応援の数を減らし、複雑な経路は外からの進入も防ぐ理想的なフィールドとなった。

 

 

「最悪傷を負った一人を残して、後の艦娘がもう一人を連れて逃走するかも知れませんが、コンテナ三つ分の高さをあの怪我で超える事は出来ないでしょう、確実に一人は神の御許へ送り届ける事は出来そうですねぇ」

 

 

 前日に開腹し、異物を捻じ込んだ腹は不自然に膨らみ、医療用ホッチキスと縫合された傷口は固く巻いたサラシで固められていたが、そこに赤黒い染みを滲ませていた。

 

 痛み止め代わりに打った薬物は意識が保てる程度の量であり、常に痛みが精神を苛む。

 

 中途な陶酔感と吐き気を伴う激痛は、男に死を形として実感させ、それでも目的を達成させるには充分な喜びを沸き立たせる。

 

 

「はぁぁ……痛い、くっふふ、これが死の前兆、一歩一歩が約束された地への道のりですか……」

 

 

 男は神など存在しないと知っていたが、それでも死に対する特別な思いを持っていた。

 

 全てからの開放、それは死の瞬間まで続く苦痛が増せば増す程、最後の瞬間そこから開放される喜びはたまらない物になる筈と。

 

 だから殺す相手には人の欲望に準じた、過酷な死を与え、生から開放する。

 

 神など存在しないのだから、死から先にあるのは永遠の無、つまり死こそが全てからの開放であると。

 

 男にとって相手を殺すのは、罪に対しての断罪ではあったが、同時にそれは赦しと喜びを与える物であった。

 

 神を信じない敬虔な信徒は、独自の教義に基づいて人々を解放する、故に自身を神父と名乗る。

 

 

『あきっちゃん、一応準備はしたけどこれで本当に大丈夫なの?』

 

「大淀殿と三条殿が逃げないと言うなら、それ以外に手は無いでありますよ……確実性は保障し兼ねるであります」

 

 

 迷路を形作るコンテナは三段積みとなり、高さは凡そ8m弱。

 

 人がそれを乗り越えるのは元より、艦娘であっても艤装の能力を使用して漸くという有様。

 

 個の身体能力があったとしても、人を担いでその高さを飛び越えるのは無理という結論があきつ丸の答えであった。

 

 

『そっから先、角を二回曲がったらコンテナ三個分の長さで袋小路になってるよ』

 

「了解であります、では川内殿は配置に着いて欲しいであります」

 

『うん……でも責任重大だなぁ』

 

 

 倉庫の上へ移動した川内に見えるのは、コンテナの陰になった細い通路。

 

 一番そこが見える位置に腹這いで陣取ると、側離が数値化される双眼鏡を構えて監視体制に入る。

 

 迷路は入り組み他の通路は殆ど見えず、事前に動きが察知出来ない為失敗は許されない。

 

 講じた手段は上手くいっても結果が伴う保障は無く、結局賭けの域を出ないという現状に川内は苦い相を表に貼り付けた。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「はあ……はあ、これは中々にキツいですね、まさか走る事も儘ならないとは」

 

 

 獲物を追う狂信者は額に脂汗を浮べながら幅2.5mの通路を歩いていた。

 

 腹に詰めた異物は臓物をかき混ぜる程に大きく、そして固定もされていない為常に激痛を伴う。

 

 その為歩みは遅く、フラフラと前屈みに進む様は狩人というよりも狩られる者と言う方が相応しい有様であった。

 

 

「この痛み……くっくくくく、いいですねぇ、この痛みから解放される時、そして目的を達成する瞬間、ああ……それを思うと気が急いて仕方がありませんよ」

 

 

 男の記憶では、もう一つ角を曲がれば袋小路。

 

 そこまで至れば開放される、全てから、そして目的であった艦娘の駆逐も達成される。

 

 恍惚とした表情でゆらゆらと進み、最後の角を曲がる。

 

 一旦歩みを止め前を確認すれば、36m程向こうには誰もいない袋小路が見えた。

 

 

「コンテナのロックを破壊して中に逃げ込みましたか、えぇ、えぇ想定しておりますよ、いや、その手しか貴女方にはないでしょう、でもね、逃げ場の無いコンテナの中で私が破裂すればどうなるでしょうねぇ、クハッ……ハハハァ」

 

 

 長方形の箱型コンテナ。

 

 積み重なった一番下段のそこでは、爆発エネルギーは上にも下にも逃げず、前後に噴出すだろう。

 

 そして弾けた陸奥鉄の欠片は縦横無尽に跳ね、飛び散り、中に居る者をズタズタにするに違いない。

 

 惜しむらくは結果を見れない事だけだなと短く溜息を吐いた男は、再びゆらゆらと歩き始めた。

 

 

 歪な笑いを浮かべる狂信者、解放への歩みが五歩程進んだ辺りで耳に僅かな風切り音と共に、ガツンと鉄がぶつかる様な派手な音が聞こえた。

 

 

『ハズレ、下2、左1.1』

 

 

 何事かと振り返るそこには、特に変化が無い様に見えた。

 

 影が差し薄暗い通路の奥。

 

 コンテナの壁面には何かしらが穿った直径3cm程の穴があったが、影になっている為人の目にはその変化が確認できない。

 

 

「ギッ!?」

 

 

 いぶかしむ男が首を捻ると、次の瞬間右腕に激痛が走りその場で転倒する。

 

 

『対象が転倒したよ、下1.2、右0.5』

 

 

 何が起こったか判らず、痛みの元に目を向けると右の二の腕の肉が半分程弾けており、ブラリと繋がっているのが見える。

 

 

「なん……狙撃? 馬鹿な、周りにここが見えるポイントなんか無い筈なのにィッ!」

 

 

 混乱する男が転げ回る場所から1,800mも向こう、六階建ての雑居ビルの屋上では銃のボルトハンドルを引いて排莢、次弾をチャンバーに送り込み、引き金に指を掛ける青葉の姿があった。

 

 手にする銃はプレシジョン社製の大型ボルトアクションライフルPGM 338。

 

 装填される弾丸は338ラプアマグナムと呼ばれるライフル弾であり、それは狙撃に通常使用される7.62mmNATO弾の凡そ2倍の威力を発揮する。

 

 長距離射撃用に開発された弾丸は、1,000m以内ならボディアーマーを貫き、単純な有効射程距離なら1,700mを越える。

 

 

『下0.3』

 

 

 川内の声に従い調整しつつ引き金を絞る。

 

 一射毎に歪める顔、見詰める先に居る標的の姿は艦娘である青葉にははっきり見えていた。

 

 身体能力で言えば1,800m程度なら肉眼で確認可能な為、本来なら観測手など必要としない。

 

 だが裸眼でそれだけ見えるという目は、望遠スコープを使用した際微妙にズレが発生するという弊害を引き起こす。

 

 砲弾の様に高威力で範囲効果がある物を当てるならばそれでも何とかなる、しかし精密射撃となるとそうはいかない。

 

 そよ風程度でも流れる弾道、手元で起こったミリ程度のズレは1,800m先では数十センチの差となってしまう。

 

 だから敢えて青葉はスコープを外して肉眼で狙撃し、構造上照星も装備していない銃の微調整を川内の観測によって補う。

 

 

「イタイイタイイタイィィィィィアァァァァハッハッハッハ」

 

 

 断続的に飛来する真鍮で覆われた鉛弾(Full Metal Jacket)はバスバスと肉を爆ぜさせるが、男が転げ回る為に絶命には至らない。

 

 気がふれたのかそれとも計算してなのか、ゴロゴロと転がりながらもあきつ丸達が居るであろうコンテナへ徐々にそれは近付いていく。

 

 

『下1.3、青葉! これ以上外したらヤバいよっ!』

 

 

 川内の上ずった声に眉根を寄せつつ、ミリ単位の修正を加え、標的を睨む。

 

 どんな時でも温和な相を崩さない青葉であったが、今の彼女は人を撃っているという行為と、その先にある死という物に苛まれ悲痛な相を滲ませていた。

 

 

 大きく息を吸い込み呼吸を止める。

 

 いつか吉野に教わった狙撃銃の扱いを思い出し、静かにそれを実行していく。

 

 無呼吸状態で標的に集中し、自身の心臓の音でリズムを取り、掌を絞り込む様に引き金を引く。

 

 

 弾丸の炸裂による反動によって銃床が腕の付け根を叩く。

 

 

 幾発目かになる弾丸は、1,800mの空間を飛翔し、漸く男の胸に大穴を穿つ。

 

 

「ゲッフッ!? アッハハハハァッ見えるッ! 見えるぅぅ! 救いの世界がぁッ! 解脱した先にぃぃあるぅぅぅ真の休息へ至る世界がぁぁッ!」

 

 

 血と何かを口から撒き散らし、バネでも仕込んでたかの如く跳ね起き。

 

 両手を広げ言葉を吐き出した瞬間、それは爆ぜた。

 

 

 腹に仕込んだ約5kgのC4は一瞬巨大な火球を発生させ、膨大な破壊エネルギーは左右のコンテナをなぎ倒す。

 

 そして飛び散る鉄の欠片は周りを蹂躙するが、それらはコンテナへ突き刺さったり穴を穿つものの、コンテナ自体を貫通する事は無く、中に潜んでいたあきつ丸達に達する事は無かった。

 

 

 陸奥鉄とは、何かしらの加護を受け艦娘や深海棲艦へ手傷を負わせる事が可能な数少ない物質である。

 

 だが言い換えれば特質はそれだけであり、陸奥鉄は物理的には只の鉄である。

 

 艦娘や深海棲艦の加護を貫けるからと言って、他の物質にも特別な効力を発揮するかと言えば、否である。

 

 

 故に幾ら爆発物に仕込もうと、それが直接的に当たらなければ、何かに阻まれてしまえば、只の鉄と変わらない。

 

 

 盛大に自爆し、火の華を咲かせた狂信者であったが、己のやり方に固執し、独自の教義と美徳に従った結果目的を果たす事は無かった。

 

 

『すいません……ちょっと失礼して持ち場を離れます……』

 

「あーうん、了解、こっちはあきっちゃん達の無事を確認してくるから」

 

 

 気が緩み、次いで今しがたまで見えていた光景に吐き気を催した青葉のえずき声を耳にした川内は、顔を顰めながらイヤホンを外し、今も燃え盛る火を避けながらコンテナの前に降り立ち歪んだ扉を引っぺがす。

 

 歪になった箱の中ではぐったりしたあきつ丸が力なく手を挙げ、その体を抱きかかえたまま座り込む大淀と、目を回しひっくり返っている三条という惨状がそこにはあった。

 

 

「……大丈夫そうだね」

 

「一応……最初にやられた傷以外は特に大事は無いでありますよ」

 

「三条さんは……まぁ軽い脳震盪でしょう、それで? カタは着きましたか?」

 

「うん、まぁなんとか、青葉はスプラッタ慣れしてないから今ゲロ吐いてる真っ最中だけど」

 

「あー……まぁそれはしょうがないでありますな」

 

「これでやっと泊地に行けるね、無茶した事に関してはお叱りを食らうかも知れないけど」

 

「で、ありますなぁ、流石にこの有様では始末書だけでは済まないかもしれないであります」

 

「んでも一応遺恨の根は絶った訳だし、大陸系の構成員も確保したから組織の切り崩しは陸がやってくれるからさ、その辺りは考慮して貰おうよ」

 

「多分……ですが、提督はカンカンになって怒ると思いますよ?」

 

「……でしょうなぁ、でもまぁ、後悔は無いでありますよ」

 

「そうそう、無茶はしたけど、私らはやるべき事をやったって胸を張って言えるもん」

 

 

 艦娘の事になると割りとムキになる提督を思い出し、大目玉を食らう覚悟をする二人。

 

 確かに一歩間違えれば命の危険はあったが、それでも自分達の提督を狙っていた者を排除したという行為は、例え自分が処分対象となったとしても、誰に何を言われたとしても後悔は無い。

 

 そこだけは譲れないという気持ちは大淀も同じであり、だから無茶と知りつつも別件を終わらせた後は餌としてこの企みに参加した。

 

 上司に黙って実行し、盛大にやらかした結果はあったとしても、そこに居る者の表情は晴々した物になっていた。

 

 

「っつぅ……あ~ 今回の件で懸念されてた大陸系の組織に足掛かりが出来た事ですし、諸々の処理はウチがしておきますので」

 

「ほらほら! 三条ちゃんもこう言ってるしさっ、ねっ」

 

「……あきつ丸さん、川内さん」

 

「……ん?」

 

「何でありますか?」

 

「川内さんが乗っていったバイクはどうなりました?」

 

「あー……アレね、ちょーっと急いでてほら、乗り捨てた時にズシャーってひっくり返ったと言うかぶつけたと言うか、壊しちゃった、ゴメンね?」

 

「大淀殿、今回の件は仕方が無かったという事で、壊した装備は特務課の予算から補填をお願いするであります」

 

「いえ、それはいいんですが……」

 

「ん? 何か問題があるの?」

 

「あのバイクなんですが、提督が以前からショップに注文していた物で、一年近く探して漸く見付かった物なんです」

 

「……え」

 

「相当希少な物で、見付かった時もかなり痛んでたらしいのですが、無理して部品を集めて奇跡的に完成した物らしく……」

 

「あー……それは……」

 

『ウエェ……オエップ』

 

「予算から補填はしておきますが、お金以外の部分は(・・・・・・・・)補填出来ませんので」

 

「え、それって……かなりヤバいんじゃないの……」

 

「提督殿もそうでありますが、バイクが絡んでるとなると鹿島殿の事も考えないといけないでありますな……」

 

『ウゲェ……ゲロゲロゲロ』

 

 

 こうして国や組織を巻き込んで見えない場所で暗躍していた厄介者は始末する事に成功したが、最後は大規模テロというオマケが付いてしまい、その火消しに陸軍へ大きな借りを吉野は作る事になった。

 

 またこのテロの裏側には吉野的に見逃せない別の案件が絡み、その始末は後日吉野自身がする事になるのであった。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 ただ言い回しや文面は意図している部分がありますので、日本語的におかしい事になっていない限りはそのままでいく形になる事があります、その辺りはご了承下さいませ。

 それではどうか宜しくお願い致します。

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