大本営第二特務課の日常   作:zero-45

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前回までのあらすじ

 榛名がル級をフルボッコ。


 それでは何かご意見ご要望があればお気軽にどうぞ。



小さな欠片、動く戦場

 ブンブンと五月蝿(うるさ)い羽音が耳を掠める。

 

 面倒臭いと腕を振るうと、流れる赤い筋が飛沫となって飛び散り、それが合図と対空砲火が空へ放たれ、空を舞う有象無象が次々と水面へ堕ちていく。

 

 防空棲姫は艤装に据えられた4inch連装両用砲四機の内背部にある二つを上空に向け振り回しつつ、目の前の(空母棲鬼)へ左右の二つで砲撃している。

 

 

「本当にしつこいわね…… いつまでブンブンと羽虫を飛ばしてくるのよ、っと!」

 

 

 白い肌には幾つか傷が見られ、満身創痍とはいかないまでも、苛立たし気な心中を表すかの如く、歪めた口元から発せられる言葉には幾らかの疲労が篭っていた。

 

 

「そんなの決まってるじゃない、アンタを沈めるまでよ!」

 

 

 対する空母棲鬼も致命傷は無いものの、額から流れる赤い筋を拭う暇も無く、長い白髪を舞わせながら艦載機を操っている。

 

 開幕から続く近距離での攻防は、空母棲鬼の不得意な距離でありながら、各種艦載機を織り交ぜての三次元攻勢によって防空棲姫を一定距離に寄せ付けない事を主眼においた戦い方と、防空能力には秀でてるものの、直接攻撃にはやや弱い防空棲姫の武装のせいもあり、削り合いという言葉が相応しい状況になっている。

 

 隙を見ては装甲に物をいわせて突っ込む防空棲姫と、それを受け流し、カウンターで艦載機を死角から送り込む空母棲鬼。

 

 当初はこの攻防に加え、片方が挑発し、それに片方が罵倒で答えるといった要素が含まれていたが、それも時間が経つと共に口数が減り、いつまで続くか判らないチキンレースという名の様相を呈していた。

 

 

 頑強な装甲を盾に迎え撃つ防空棲姫、アウトレンジから膨大な航空戦力で圧殺する空母棲鬼、本来の戦闘スタイルとは違う戦い方でありながら、互いの目的は『正面から相手を叩き潰す』という共通した物であった為、この様な異様な展開を見せている。

 

 

「わざわざ隣のテリトリーから何匹か手下を拾ってきて、こんな場所で青筋たててキーキーと、そんなに私の事が気に入らない?」

 

「当たり前じゃない、いきなり吹っかけてきたのはそっちだし、体勢を整えて潰してやろうって戻ったら消えてるし、探してみたら艦娘と一緒に禁域(日本近海)に入ってるし、普通どう考えてもおかいし事してるのはアンタでしょーに!」

 

 

 艦爆からの攻撃が足元で炸裂し、幾つか傷を増やすもお返しとばかりに空を舞う編隊を丸ごと叩き落す。

 

 防空棲姫は血の混じった唾を吐き出しつつ、空母棲鬼を睨めつける。

 

 

 防空棲姫としては、いつもの様に勝手気ままに海を渡り、邪魔になる者をあしらって、たまたま拾った艦娘を送り届け、面白そうな人間を見つけたので話をしていた、彼女にとってはそれだけの事だった。

 

 しかしそれは深海棲艦としては異質で、理解されない行動であり、空母棲鬼にとってはいきなり攻撃を受け、更に仇敵と言える艦娘と行動し、あまつさえ自分達が持て余してきた縄張りを、更に手が出し難い状況にしようとしている防空棲姫を黙って見過ごす事は出来なかった。

 

 双方にはそれなりの事情はあったが、結局の処それはお互いの常識や生き方故に理解出来る物ではなく、さりとて深海棲艦としての性は同じ物であった為に力を以って相手を屈服される以外に方法は無いのである。

 

 

「どう考えても? へぇ、縄張りを幾つも越えて、しかも禁域(日本近海)に足を踏み入れてる貴女がそんな事言うの?」

 

「どういう意味よ……」

 

「どういうもこういうも、貴女もあのレ級も私と同じモノ(・・・・・・)なんでしょう?」

 

 

 防空棲姫の質問に答えず、その代わりに艦載機の幾つかをそのままぶつけようとする空母棲鬼、その顔には明らかな怒りが表れていた。

 

 

「私が何者で、アンタと同じかなんて関係ないわ、今私はアンタを殺す事だけが全てなの、色々ムカつく事だらけでもっと言いたい事はあるけど、もう面倒くさいのは辞めにするわ」

 

 

 空母棲鬼は今出せる艦載機を全て空へ放つと、後方で展開しているヲ級に向けて新たな指示を飛ばした。

 

 現況航空戦力で言えば空母棲鬼の物は防空棲姫へ、レ級はレ級に、そしてヲ級の物は榛名達第二特務課艦隊へ充てている。

 

 それぞれは拮抗状態ではあるが、ヲ級の物だけは他に振り分ける程の物でも無かったが、やや余裕のある戦いを進めている状況である。

 

 空母棲鬼が出した指示はそのヲ級の航空兵力も全て防空棲姫へ向けさせる物であり、目の前の潰しておかなければならない最重要目標を数の力で圧殺し、それを以ってこの拮抗した戦いを一気に終わらせようと画策しているのである。

 

 その戦力の振り分けによってヲ級が榛名達に沈められる危険性はあったが、一気に防空棲姫を無力化する事が出来れば空母棲鬼の航空戦力をそちらへ向ける事が出来る。

 

 そうすれば対空力が枯渇している榛名達を始末する事が出来るだろうし、最悪それが無理でも防空棲姫を叩くという目標だけは達成される。

 

 それは正に吉野が当初どんな手を使ってでも避けようとしていた"連携した艦隊戦"が最後の最後で始まろうとする瞬間であった。

 

 

 空母棲鬼からの指示を受け、自らの操る航空機達へ目標の変更をさせようとしたヲ級達。

 

 後少し、もう一押(・・・・・・・・)しで目的は達成できる、空母棲鬼は目の前にある勝利という甘い果実をもぎ取ろうとし、それへ手を伸ばした。

 

 

 

『ゴーヤの魚雷さんは、お利口さんなのでち!』

 

 

 

 海を裂く水泡、弾ける爆音。

 

 後少しで枝からもぎ取れるはずだったその果実は、後方で起こった赤い水柱(・・・・)と共に手の届かぬ場所へ遠ざかった。

 

 

 『もう少し、あともうちょっと(・・・・・・・・・・・・・)、物事を推し量る時にそう思った時には手遅れで、既に戻る事も出来ない地獄へ片足を突っ込んでいる』

 

 

 吉野が前に呟いた言葉、それが今形となって空母棲鬼の前で吹き上がる、それは赤い水柱と共にボトボトと音を立てて水面に落ちる千切れ飛んだ何か(・・・・・・)と同じく、彼女が確信した勝利をバラバラにしてしまった。

 

 

 驚愕に目を見開く空母棲鬼、その彼女の視界は一瞬の後半分になった(・・・・・・)

 

 激痛にたまらず身を(よじ)る、それと同時に今まで彼女の周りを女王蜂を守るように飛翔していた艦載機の統率が乱れる。

 

 幾つかは堕ち、またぶつかっては爆ぜる、明らかに制御不能の状態。

 

 そしてその混乱、一瞬の隙、それは防空棲姫にとって一方的な攻撃を、致命的な一撃を浴びせる為の好機であった。

 

 

「オマエモ……イタクシテヤル…!!」

 

 

 一瞬で傾く天秤、唐突に切り札が吹き飛び、片目を失い(・・・・・)、更に敵に張り付かれたのでは反撃すらままならない。

 

 混乱したまま訳も判らず空母棲鬼は攻撃を受け続け大破、轟沈もかくやという程のダメージを防空棲姫から受けた。

 

 

 そしてヲ級が沈んだ事で囮をしなくて良くなった榛名と妙高の矛先はレ級へと向き、更に追い討ちを掛ける形で加賀の残存航空戦力が蹂躙していく。

 

 南海の悪魔と言われた深海棲艦であっても同種のモノを相手にしながら、それと遜色ない力を持つ艦娘、更に空から降り注ぐ暴力を受ければ後の結果は推して知るべしだろう。

 

 

 そうしていつ終わるかも知れなかった削り合いはあっけない幕切れとなり、辛うじて身の半分を浮かせた空母棲鬼を見下ろす形で防空棲姫は水面に立っていた。

 

 口元の血を拭い、水に浮かぶ仇敵から視線を島へ向ける。

 

 そこには少女に馬乗りにされ、腹這いになった間抜けな姿の人間が見える。

 

 その人間は深海棲艦を相手にするには余りにも非力な武器を構えていた、恐らくそれでは防空棲姫はおろか、空母棲鬼にすらかすり傷にもならないダメージしか与えられまい。

 

 しかし防空棲姫は見た、驚愕に陥っても尚周りの艦載機を統率し続ける空母棲鬼、その目に寸分違わず突き刺さる小さな欠片。

 

 後方より飛来したその欠片が空を支配していた女王を水面(みなも)へ引きずり落としたのだ。

 

 何の力も持たないはず(・・)の人間が、非力でかすり傷さえ与えられないはず(・・)の武器を使って。

 

 

「本当に…… 面白い人間…… 冗談のつもりで言ってみたんだけど、ねぇテイトク、私本気になっちゃった」

 

 

 愉しげに呟きながら、足元に浮かぶ空母棲鬼を引き上げ抱きかかえると、周りの艦娘と共にゆっくりと島へ凱旋する。

 

 

「……殺しなさいよ、何で止めを刺さないのよ…… 何処に連れて行くつもりなのよ」

 

 

 半死半生で殆ど意識も失いつつある空母棲鬼は、それでも最後の抵抗とばかりに防空棲姫へ恨み言を呟く。

 

 艦載機は制御できず全て海へ沈み、体も動かず、言葉を吐くのも実はギリギリ。

 

 そんな空母棲鬼に向けて、傷だらけの、それでも愉し気な表情の防空棲姫は何故か優しい目を空母棲鬼へ向けていた。

 

 

「さっきも言ったけど貴女、私と同じ(・・・・)なんでしょう? なら一緒に来なさいな、……まぁレ級は止める間も無く沈んじゃって残念だったけどね」

 

「どこに…… 連れて行くつもりなのよ……」

 

私達のテイトク(・・・・・・・)のところよ、きっと愉しい事が待ってるわ」

 

「ふざけないでよ…… なんで私が……」

 

「あら? 貴女は私に負けたのよ? なら私は貴女のボスじゃない?」

 

「…………」

 

 

 有無を言わさぬ防空棲姫の言葉、それは深海棲艦の生き方と反した者から出た言葉であっても、彼女達(空母棲鬼)にとっては覆す事の出来ない絶対の掟。

 

 それを悟った空母棲鬼は力なく項垂れ、最後に抵抗していた力を手放し意識を深い水底へ落としていくのであった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

「敵艦轟沈5、無力化1を確認、周囲に感無し、引き続き索敵を続けます」

 

 

 不知火の言葉に安堵の溜息を吐きつつ、吉野はライフルから弾倉を引き抜いた。

 

 予備の物も含めて合計10発、それらを全て使い切り何とか事を終わらせた。

 

 左手にはまだ後遺症による痺れが残り、右手も僅かに震えている、掌を見れば意識していなかったが汗でじっとりと濡れている状態。

 

 

「我ながら、よくもまぁこんな状態で当てたもんだ……」

 

 

 そんな吉野の呟きを聞いて、背中に跨っている時雨は愛刀の関孫六を鞘に収める。

 

 頬には今だ血が止まらぬ切り傷と、それ程では無いが体にも少しばかりの傷を負っていた。

 

 

「これでとりあえず一段落、でいいのかな?」

 

「だねぇ、とりあえず今は、だけどね、それより時雨君」

 

「何かな?」

 

「そろそろ何だ、どいて貰ってもいいだろうか?」

 

「それは出来ない相談だよ、まだ皆が戻って来るまで危険かも知れないしね」

 

 

 何故か吉野の上でぽんよぽんよ跳ねつつ時雨は愉しげにそう答える、それに吉野は溜息を吐きつつも、命がけで盾になってくれる少女に敬意を表する意味で艦隊が島に戻るまで好きにさせておく事にした。

 

 これが後々色々と自身に不幸を呼び寄せる発端になるとも知らずに。

 

 

「提督、先程の所属不明艦より入電です」

 

 

 そんな間違えた選択をした吉野へ夕張からの通信が届く、それに対して吉野は返信をするが、背中で柔らかい何かが連続で跳ねているので声が震えている。

 

 

「ナいよぅハ?」

 

「え? 何か声おかしいですがお怪我でもなさったんです?」

 

 

 それを聞いた時雨はピタリとロデオを中断し、ペシペシと二回程軽く背中にチョップを入れる、どうやら空気読んでますよアピールのつもりらしい。

 

 それを苦笑いで流しつつも吉野は夕張に言い訳を一つ伝えると、通信の内容を伝える事を促す。

 

 

「えーっと、内容を伝えますね? 『丁稚へ、お使いは終了か?』、繰り返します、『丁稚へ、お使いは終了か?』、以上です」

 

 

 その言葉を聞いて吉野は頭を掻きつつ傍に居る加賀を見る。

 

 対して加賀はと言うと、さも可笑しそうな表情で掌を上げて首を左右に振っている。

 

 

「まぁいつまで経っても同期は同期よ、丁稚扱いされても仕方ないわね」

 

 

 その言葉に深い溜息を吐きつつ、吉野は夕張へ伝言を頼んだ。

 

 

「夕張くん、返信を頼む『ナイスガイよりデチへ、お使い終了おウチに帰る』、繰り返す、『ナイスガイよりデチへ、お使い終了おウチに帰る』以上、よろしく」

 

「……さっきからこれナンなんです? も~ 復唱しますよ? 『ナイスガイよりデチへ、お使い終了おウチに帰る』、以上、送ります」

 

 

 

 

 南鳥島より西の海、その暗い水中で、スクール水着という何とも寒々しい格好の少女四人が互いにハイタッチを交わしつつ、西へと回頭する。

 

 その先頭を往くのは銘を伊号58潜水艦、吉野三郎と加賀とは同期にあたり、互いに『丁稚』『デチ』と呼び合い今でも親交を持つ艦娘で、大本営潜水艦隊旗艦である。

 

 今回の捷号作戦に於いて、彼女らが受けた命令は日本近海に於ける防衛線上の索敵。

 

 その指令に従い作戦へ出る際、とある艦娘よりプライベート(・・・・・・)なお願いをされ、索敵のついでにちょっと西へ足を伸ばした結果、何故か偶然(・・・・・)友軍の戦闘に出くわしそれを支援する結果となった。

 

 尚、この海戦に於ける彼女らのスコアは空母ヲ級二隻の轟沈。

 

 しかし何故か帰投を果たし、彼女らが提出した報告書には『日本近海に於ける防衛線に異常なし、索敵の任に就くも敵との接触皆無』と記されていたという。

 

 

 

 

 海へ出ていた面々が目視で確認できる程になった時、吉野は相変わらずうつ伏せのまま笑顔で手を振っていたのだが、その顔が何故か段々と引きつった物に変わっていく。

 

 その視線の先では榛名と妙高が三白眼でこちらを睨み、何故か防空棲姫までもが殺意の篭った視線を投げ掛けている。

 

 その視線に一体何事と冷や汗を流す吉野の耳に、夕張からの無情ともとれる通信が聞こえる。

 

 

「提督、所属不明艦より返信、『丁稚へ、我ら間宮にて待つ』、繰り返します、『丁稚へ、我ら間宮にて待つ』、以上です」

 

 

 吉野は知らない事だったが、実は一航戦の青い方からの間宮でメニュー右左"往復"の刑は確定しており、更にこれ。

 

 結論を言うと彼女達だけに特別扱いは出来るはずも無く、ましてやそんな物(・・・・)に経費が落ちる訳も無く。

 

 

 人類初の深海棲艦との協定を成し遂げた、ある意味ヒーローな吉野三郎中佐(28歳独身ロデオマシーン)は、月末何故か、上司に泣きついて給料の前借りを懇願するハメになったという。

 

 

 




 誤字脱字あるかも知れません、チェックはしていますが、もしその辺り確認された方は、お手数で無ければお知らせ下さい。

 また、拙作に於ける裏の話、今後の展開等はこっそりと活動報告に記載しております、お暇な方はそちらも見て頂けたらと思います。


それではどうか宜しくお願い致します。

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