大本営第二特務課の日常   作:zero-45
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 前回までのあらすじ

 不穏な空気が水面下で進行し、それに対して動いているヨシノン。

 そして壊れたバイクの件で処されるメロン子。


 それでは何かご意見ご質問があればお気軽にどうぞ。


2019/02/20
 誤字脱字修正反映致しました。
 ご指摘頂きました対艦ヘリ骸龍様、forest様、水上 風月様、リア10爆発46様、K2様、orione様、雀怜様、有難う御座います、大変助かりました。


キレノン

 西蘭泊地奉行所(執務棟)提督執務室。

 

 執務が拡大し事務業務が増えた関係で大型化した髭眼帯の執務机が最奥中央に据えられており、広い室内は黒色の板張りという作りのそこは、左右の殆どが強化ガラスとあって昼ならば照明を用いなくとも自然光で事足りる。

 

 右を見ればちょっとした滝と池が見え、ゆーちゃんと(潜水棲姫)がタパーンとジャンプするという癒しの絵面(えづら)が見える。

 

 左を向けば見事な枯山水(お白洲)があり、その中央では陽炎型の長女が『修復』という緑のバケツを頭に装着した状態で正座し、プルプル震えていた。

 

 

「……なぁ長門」

 

「なんだ那智よ」

 

「陽炎はなんで処されてるんだ?」

 

「あれか、あれは昨日奉行所(執務棟)に出入りする者へ無差別テロを行った(とが)で午前中は正座だ」

 

「無差別テロ?」

 

「お前は知らなかったんだったな、まぁその辺りは追々説明してやるから、今は会談に集中していろ」

 

 

 髭眼帯の執務机の前には重厚で分厚い黒檀で作られた巨大な長テーブルが置かれ、そこには各課の代表達が居並んでいた。

 

 吉野麾下の艦隊は艦娘の自治を推奨した活動をしており、各課に置く代表にはそれなりの権限が与えられている。

 

 縦割りが普通の軍という組織形態ではなく、限り無く並列化された課の上に司令長官を置く形にし、情報は上に行くと同時に横にも伝達される。

 

 そして週に一度髭眼帯も参加しての全体会議が執り行われ、報告と活動方針が決定されるというのは大坂時代から続くこの艦隊の慣わしでもあった。

 

 

 名目的には週に一度の全体会議、しかし今回に限ってはその体を被った別の目的で艦娘達は集っていた。

 

 

 時間は〇九(マルキュウ):四八(ヨンハチ)

 

 後十分程で髭眼帯は重要な会談をしなければいけなかった。

 

 それは内容的に泊地の今後を左右する重要な物であると共に、ほぼ吉野の差配で決まる、ある意味これまでも何度か発生した『吉野三郎が司令長官として本領を発揮する、誰にも出来ない』類の仕事であった。

 

 平時なら会議は延長するか別の場で行い人払いする筈であったが、今回長門は敢えて会議として各課の責任者を招集し、事の推移を見せる事を吉野に進言していた。

 

 

 今までは泊地運営に注力し過ぎるが故に、責任者達の中にある『泊地が現在どういう立場に置かれているのか』という認識が薄い状態にあると長門は言う。

 

 軍という縛りで言えばほぼ専業化し、他所は他所という形が取られている。

 

 適材適所という考えは効率的で、組織という形では運用し易い。

 

 だがそれは確たる指揮系統があってこそというやり方であり、西蘭の様に艦娘主体の運用とは相性が良くない。

 

 

 命令され、それに従うだけでは並列化された組織は動かない。

 

 

 縦割り組織は多様性を欠くが、上が一声掛ければ下へ行く程専業の者達が意図に沿う何かを付随させつつ命令が伝わっていく。

 

 チェックする者も多く、間違いも少ないが、時間が掛かり小回りも効かないという弱点も持つ。

 

 

 対して並列化された組織形態では情報伝達は最小限であり、必要な物は横の繋がりを用いて必要な者達へと伝わる為即応性があり、小回りも効く。

 

 しかし実行する者達に対して要求される能力は縦割りの組織形態よりも高く、負担も大きい。

 

 

 自分の出来る事を完璧にこなすというのは当たり前だが、柔軟な思考と共にある程度の自発的な行動も伴わなければいけない。

 

 その為各課の代表は自身の仕事以外にも関係各所との連携と、情報共有が必須となるが、現在泊地という狭い組織内に於いてそれは確立されているものの、泊地外の情勢という面で言えば部課署間に於ける認識度の差が大きい傾向にある。

 

 特務課等はこの系統を専任する為必要以上に泊地を取り巻く情勢を把握しているが、逆に主計課等は業務に殆ど関わらない事なのでその辺りは疎いという状態と言えた。

 

 これは当然と言えば当然であったが、現在の西蘭泊地はどこにも与しない、実質的に独立した組織であり、自分達で全てを決定し、自分達で全てを解決しなければいけない状態にある。

 

 

 故に長門はある程度のレベルで全ての者、特に各課を取り纏める代表には現状を把握する必要があると感じ、本来艦隊総旗艦と秘書艦のみが随伴を許される外部との会談に立ち会わせる事にした。

 

 

 現在髭眼帯は会談に向けての調整が済み、特務課から上がってきた最終報告書をギリギリの時間で読み終えたばかりで執務机に着いていた。

 

 

 机の上に広げられた数枚の書類。

 

 それを前に左手を顔に当て、右の人差し指でトントンと机を叩き静かに佇む髭眼帯。

 

 予定されていた会談まで五分を切った執務室は空気が張り詰め、ゆーちゃんがタパーンと水に跳ねる音しか聞こえない。

 

 

「……あの、長門さん、提督の様子がちょっとおかしくありませんか?」

 

「鳳翔も気付いたか? さっき特務課から上がってきた書類を見た後からピリピリし始めたようだが」

 

「なんやあんまりええ感じはせぇへんな、こらちょっと場が荒れるかも知れんで」

 

 

 あからさまに空気が重くなった執務室。

 

 原因となった特務課からの書類は、件のカウンターテロ作戦終了後に入手した数々の情報であった。

 

 その中には捕縛されたテロリストからの自供も入っており、吉野が初めて知る内容もそこには多分に含まれていた。

 

 

 それらに目を通した吉野は眉根を寄せ無言で何かを考えている。

 

 深く、静かに。

 

 そして青筋を立てて。

 

 

「……はっはぁん? これは思っていたよりやんちゃしてくれちゃったようだねぇ」

 

 

 いつもとは違う口調と、テンション。

 

 

「予定変更、うん、そうしよう、決定」

 

 

 それはいつか北方棲姫や海湊(泊地棲姫)に見せた、例のキレッキレテンションの髭眼帯。

 

 滅多に見せないそんな様に、執務室に集った各課の代表六人は怪訝な表情のまま執務机に座る泊地司令長官を注視するのであった。

 

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

「お久し振りです三郎兄さん、今回は無理を言って申し訳ないですね」

 

 

 つい先日漸く開通した物理回線を利用して、現在西蘭泊地の執務室とメルボルンにある吉野商事は映像通話で繋がっていた。

 

 

「うん、吉野商事立ち上げ以来だから三年振りくらいかな、て言うか血筋で言えば陽四郎さんは叔父さんになるんだから兄さんと呼ばれてもちょっとねぇ」

 

「ははっ、年甲斐も無く父さんがハッスルしたもんだから関係はややこしいですけどね、歳は兄さんの方が二つ上じゃないですか」

 

「実の子である君が分家へ出されて親父殿から見れば甥、自分は戸籍抹消から親父殿と養子縁組して貰ったもんだから孫なのに息子、一応戸籍では従兄弟だけど本当は叔父(陽四郎)(三郎)、まったくもってややこしい事この上ないね」

 

「まさか養子に出された妾腹(めかけばら)に、こんな重要ポストが回ってくるとは思いませんでしたよ」

 

「君は頭が回るし数字に強いって親父殿から聞いていたし、大淀君も手腕を買っていたんだけどねぇ」

 

「いやぁ、このままでも良かったんですけど、ずっと雇われっていうのもなんですし、いい加減年寄りに振り回されるのは疲れてしまったんで」

 

「そっかそっかぁ、で? 君はどうしたい訳?」

 

 

 モニターに映る、薄いながらも血が繋がった二人の間には世間話染みた軽い言葉と気安い空気が漂っている。

 

 が、それを傍で見る者達は首を捻って様子を伺うという微妙な場があった。

 

 

「……やっぱり司令官ちょっちおかしいな、何がどうって説明出来んのやけど、こう……笑いが硬いっちゅうか」

 

「おかしいって言うか、あれ、テイトク怒ってない?」

 

「お前達は知らないだろうが、提督が交渉事に臨む時はいつもああいう感じだがな」

 

「いやいや、おかしいわよあれ」

 

朔夜(防空棲姫)さんの思い過ごし……にしては、確かに様子がおかしいですね」

 

「妙高姉さんまでこう言ってるんだが、長門は何も感じないのか?」

 

「うん? いや……確かに違和感はあるが……こういう席ではあんなもんではないか?」

 

 

 テーブルに身を寄せコショコショする者達の前では、髭眼帯がにこやかに話を進めている。

 

 が、彼女達は知らない、髭眼帯はキレた時にも平時と見た目は変わらないが、実は暴走モードに入っちゃってる状態であるのだと。

 

 

「もうそちらは知っていると思いますが、現在吉野商事はM&A(企業買収)によって発行している株式の2/3が俺の支配下にあります、ちょっと独自に金の採掘量は増やしてますけど、現在もそちらが指示する仕事はそのまま続けてますよ」

 

「ふむ、その辺りはこちらも感知しているけど、採掘したモノはまだそっちに保管したまんまだったっけ?」

 

「そうですね、西蘭海運が港を閉鎖してしまったので運搬できなくなってますから倉庫の肥やしになりそうですし、勿体無いのでそっちも新事業に充てる予定になってまして、一応その辺りもご報告をと」

 

「予定と言うか既に幾らか使ってるみたいだけどね、んで? あんな価格で原油を買い込んで市場へはどれだけの値段で卸してんの?」

 

「詳しくは言えませんけど赤字ですね、まぁ恒久的な物じゃありませんし、暫くしたら事業転換する予定ですから先行投資としては想定の範囲内に収まってます」

 

「損して得を取れってやつか、まぁ回収できるアテがあるんならいいんじゃないかな」

 

「その件に関してなんですけど、兄さんにお願いがありまして……」

 

 

 努めてにこやかに、しかしそれまでより僅かに力を込めた声で陽四郎は話題を本筋へ向ける。

 

 ほんの僅かな変化だが、それは交渉の場に慣れた者にとってはある意味合図とも取れる行動であった。

 

 

「俺が今やっている事も、そしてやろうとしている事も兄さんには知られていると思います」

 

「うん、君が吉野商事に対して表立ってM&A(企業買収)を仕掛けてきた時点で西蘭海運は港を閉鎖して金の運び出しを停止したからね、それを予想していた君は採掘したインゴットを換金せずに陸路で運び、鷹派の残党と組んでサウジアラビアまで持ってって原油の買い付けを始めた」

 

「えぇ、流石に他の資源は船がないとどうしようもないですけど、金だけなら二、三人がそのまま運べばどうとでもなりますし」

 

「で、そこで買い付けた原油を大陸系の船舶を利用して日本へ輸出、元老院にプレッシャーを掛けると共にウチの資金源を絶つと、こういう筋書きになってるみたいだね」

 

 

 吉野商事は現在オーストラリアメルボルンに居を置き、鉱石の採取と平行して金の採掘も行っている。

 

 それは現地で換金してしまうとオーストラリア国内の金相場を吉野商事が握ってしまう懸念があった為、鉱山の権利を売買した際の契約には、換金をオーストラリア国内でしないという取り決めとなっていた。

 

 更に吉野はリクスヘッジとして流通の要である西蘭海運と吉野商事を別組織にしてあり、流通は吉野が握った状態で運用していた。

 

 幾ら金を産出しても換金が出来ず、運搬も出来ない陽四郎は精製した金をインゴットにして陸路で運搬、未だ鷹派の影響があるパプアニューギニア西からインドネシア中央航路を利用して、産油国であるサウジアラビアに渡りを付けて原油を買い付けた。

 

 原油の運搬は航路の利用制限がされていない大陸系の船舶を用い、日本へ輸出するという手段で資金を活用する計画を立てていた。

 

 

 現在も日本はエネルギー資源を殆ど輸入に頼っている状態である。

 

 一時期それもままならず石炭や木材を消費して延命していた時期もあったが、何も石油はエネルギーを作り出す為に使われるだけに留まらない。

 

 加工製品に始まり運搬、製造施設の燃料として、軍も嘗て程ではなかったが艦娘を運用するのに原油は必要不可欠であった。

 

 ライフラインで言えば発電所が稼動しないと電気の供給がままならず、家電製品が動かないばかりか飲料水の供給もままならない。

 

 またそれが無くば製造施設が停止し、公共交通機関は稼動できず、物流も止まってしまう為日本という国が死んでしまう。

 

 原子力発電所も昔は存在したが、施設の性質上海に面した場所に設置されていたそれらは深海棲艦との戦端が開かれた時に尽く破壊され、被害は相当な物になった。

 

 そういった経緯で現在の日本はそれまで休止していた火力発電所の再稼動や新規建設を行い、現在ではほぼ100%火力発電に依存している状態にある。

 

 

 陽四郎はサウジより適正価格より少し高い値で原油を買い付け、大陸系の船を使うというコストを掛けながらも日本へは現在輸入している価格より割安でそれらを卸す計画を実行に移していた。

 

 仕入れは高く、コストも掛かり、卸値が安価、どこをどう取ってもマイナスしかない取り引き。

 

 だが陽四郎はこのやり方を最終的にはプラスにする計画を立てていた。

 

 

「一応会社は俺の物になりましたが、今まで通り吉野商事は兄さんの望む形で商売を続けていきたいと思ってるんですよ」

 

「ふむ……今まで通り?」

 

「えぇ、さっき言った通り金の産出量は"新たに始めた事業"分しか増やしてませんし、それ以外は西蘭の資金として回す事は可能です」

 

「つまり君は会社を掌握しつつも、こちらに資金を流し続ける形でいきたいと、そういう事かな?」

 

「はい、ただやはり別事業分は採掘しないといけないので事業の拡大とかもありますし、運搬手段も欠かせません」

 

「なる程、会社として認め、船も使わせて欲しいと」

 

「えぇ、今は無理して原油を輸出していますけど、そちらの船が使えれば割高な大陸系の船舶を使う事もなくなりますし、現在インドネシア方面が殆どになってる原油のシェアを一定量獲得できれば、サウジも価格交渉に応じる手筈になっているんですよ」

 

 

 石油とは国の生命線、日本にとって何よりも優先すべき輸入品である。

 

 その市場に安価な原油を流し一定のシェアを持つと言う事は、陽四郎が経済界に与える影響は大きくなる。

 

 国政レベルでは規制という意見が出るだろうが、生活、産業、エネルギーに全てに関わるコストが下がるならば、国民も、そして経済界もある程度は靡くだろう。

 

 

「……経済を人質に取った上で、ウチの資金源も押さえる、って感じかな」

 

「いやいやそんなつもりは毛頭も無いですよ、でもこの話を蹴ってしまうと三郎兄さんは困りますよね、西蘭泊地単体だけならエネルギーも資源もそこで賄えるでしょうけど、この金脈無しじゃ派閥の拠点を維持していくのは無理なんじゃないですか?」

 

「確かに、今のままじゃちょっと苦しいかな」

 

「持って三ヶ月から四ヶ月、まぁ半年は無理でしょう」

 

 

 聞きに回りつつも陽四郎の言葉を吟味する髭眼帯は確信する。

 

 ここまで資金面のほぼ全てを賄ってきただけあり、今の西蘭泊地の実情は正確に知られているのは間違いないと。

 

 

「なぁ妙高、難しい事は判らんのやけど、これって相当不味いんとちゃうか?」

 

「そうですね、吉野商事は資金調達だけじゃなく他にも重要な部分を担っていましたから、そこを押さえられると対外的な活動がほぼ出来なくなります」

 

「にしては余裕の表情してますね、提督的には他に何か考えがおありなんでしょうか」

 

「そうかも知れないし、違うかも知れない、でもね鳳翔……いざとなったらこっちには天下御免の力があるのよ?」

 

「直接的な武力……ですか?」

 

「えぇ、艦娘である貴女達は人に対して使えないでしょうけど、私達(深海勢)は違うわ」

 

「確かに……そうかも知れませんが……」

 

「って言いつつも、テイトクなら絶対そうしないでしょうけどね」

 

「まぁな、朔夜(防空棲姫)の言う通りあの人は変に意地っ張りだ、自分の土俵で負けるなんてプライドが許さんだろうよ」

 

 

 コショコショする者達の脇では尚も続く話し合い。

 

 平時の髭眼帯なら苦笑しつつも人の目があると言う事で、結末は同じでも話はソフトに進めていただろう。

 

 例え今敵であっても、この先何があるか判らない。

 

 もしかすると手を取り合う時が来るかも知れない、吉野達が生きてきた世界ではそういうのが当たり前に行われてきた。

 

 

 だが、本日の髭眼帯はキレていた。

 

 だからそういう配慮は一切無い、と言うか、ニコニコと話を聞きつつもどうすれば相手へ効果的に意趣返しができるか。

 

 そんな考えで頭が一杯だったりした。

 

 

「んー、このままなんもしないとなると色々調整して五ヶ月かなぁ、そこから先は辛いかも知れないねぇ」

 

「ウチはこのまま一年程は何とか、でも三郎兄さんと手を組めないと何れ破産ですかね」

 

「君はアレかな? こっちが他の手を持ってるとか考えないのかな?」

 

「考えてますよ、例えば単純に直接の武力で対応された時、この場合こちらはひとたまりも無いですね、でもそうした場合土地の利権がこっちにあるとは言ってもここはオーストラリアです、国土にそういう力を向けられたとなればオーストラリアの政府だけじゃなく、兄さんに向けられる国民感情は最悪となるでしょうね、ついでにそういう手段に出たという行動は、『結局最後は武力を行使するのか』と経済筋から敬遠されていくでしょう」

 

「まぁマイナスしか無いけど、それしか手が無いなら仕方ないよね」

 

「父さんは俺に『武力の本質が判ってない』って言ってたんですが、今の兄さんにはそういう悪手となる使い方しか残ってないでしょ? まぁそれでもやると言うなら俺に人を見る目が無かったってとこでしょうか」

 

「そうだね、君には人を見る目が無いよ」

 

 

 間髪入れず吉野が口にした言葉に少しだけ陽四郎は顔を強張らせる。

 

 これまで直接的にではないにしても大坂鎮守府の頃より吉野の仕事に付き合ってきた。

 

 それらは巧妙に、注意深く、決して暴力に訴えないやり方で通してきた。

 

 明らかに理不尽であっても、痛手を被りつつも、結局荒事は避けて別の手で仕事を回してきた。

 

 そんな男が明らかに今までとは違う、しかも嫌っていたやり方で攻めてくる訳がないと確信を持っていた。

 

 

 陽四郎の読みはある意味で当たっていた。

 

 が、別な部分で、しかも肝心な処を見落としていた。

 

 

「では、兄さんは直接的な手段で対応するつもりですか?」

 

「いやいや、そんな子供染みた事はしないよ、まぁ君に対してははっきり言って無視だね、港は閉鎖させて貰うけど」

 

「無視?……と言うと、こちらの提案は飲まないが、報復もしないと?」

 

「そうなるかな、君の計画はいい線いってたし、段取りも根回しも素晴らしい物だったよ、でもダメだ」

 

「……どうダメだと言うんです?」

 

「なんのかんのと言いつつも、結局最後はこっちを頼らないと成立しない計画を立てた事かな、それともしもの時の逃げ道を用意してなかった時点でお話にならない」

 

「という事は、兄さんはこのまま持久戦に持ち込む事ができるか……まさか他の拠点を見捨てる?」

 

「ないない、それはないなぁ、まぁ持久戦というか単に君が自滅するのを待つばかりなんだけどねぇ」

 

「……一年以上派閥を維持していく資金がそちらで用意可能だと?」

 

「んーと、陽四郎君さ、メタンハイドレートって知ってる?」

 

「メタンハイドレート?」

 

 

 メタンハイドレート

 

 メタンが水分子に囲まれた状態で低温かつ高圧が掛かった状態で結晶化した物質である。

 

 解凍・精製すればメタンガスと水に分離できる為、有用な化石化燃料として利用できるそれは、石油を上回る埋蔵量があるとされ、次世代エネルギー資源として注目されている物質である。

 

 現代も研究は進められているが、この世界ではその存在が注目される前に深海棲艦との戦争に突入し、現在は殆ど知られていない物質でもあった。

 

 

「まぁ精製すればメタンガスになる物質なんだけどさ、運用するのには色々条件が厳しい上に、物が生成される場所が水深1000m付近の海底って条件があるから、採掘は不可能って事で一般的には知られてないエネルギー物質なんだよね」

 

「そんな物があったんですか、まぁこのご時勢海から何かを採掘しようなんで自殺行為ですし、それがどうかしたんですか? まさか深海から一々それを採掘してくるとでも? もし出来たとしても石油の代替になる程産出が可能なんですか?」

 

「それが可能なんだよね、ウチは深海の姫さん達も居るし、海だから危険という面は全然考慮しなくていい、技術的なネックになってた深海での作業や維持も彼女達に協力して貰えば解決だからウチに限っては問題をクリアできる、しかもコレって、現用されてる火力発電所をちょちょっと改良すれば転用が可能なんだよねぇ」

 

「……という事は、こっちが切り込もうとしている業界のシェアをそちらが握る事になると? にわかには信じがたい話ですが、もしそうなると結局兄さんが日本の生命線を握る事になるって訳ですね、へぇ、それは凄い、できたら、の話ですが」

 

「はぁ? 生命線を握るぅ? なに言っちゃってんの? こっちを君みたいな小悪党と一緒にしないで貰えるかなぁ?」

 

「こ……小悪党っ!?」

 

 

 吉野の言う新たなエネルギー資源に聞き及びはなかったが、この場で切るカードならハッタリではないのだろう。

 

 そこまで考え、少し混乱気味にあった陽四郎は吉野の「小悪党」という返しに思わず素で返してしまう。

 

 

「そういう一方的な関係は身を滅ぼすんだよチミィ、何事も程々、あっちもこっちも程々に幸せ、でもちょっとだけこっちが得するっていうのがデキる商売人という物ではないのかね? はぁん?」

 

 

 海軍拠点の心臓部で司令長官が珍妙な言葉で商売の心得を説く。

 

 正にワケワカメな状況。

 

 それを見て各課の代表達は怪訝な表情に、モニターの向こうの小悪党も怪訝な相を浮かべている。

 

 

「メタンハイドレートっていうのはね、どこでも生成される訳じゃない、水深1000mの高圧下かつ低温度の海域しか生成されない物でね、まぁここ西蘭島周辺以外じゃ……そうね、日本も世界有数の埋蔵国だったりするんだよねぇ」

 

「日本にも埋蔵されて……って、まさか」

 

「うん、流石にシェア100%なんて独占しちゃうとあっちこっちからやっかみ食らっちゃうから、日本にも掘削プラント建造して、それを政府に売却、防衛は大坂に残してきたウチの居残り組に任せばいいし、発電所の転換技術のパテントに、後は内地の30%シェアは西蘭からの輸入にして貰う、まぁ今まで吉野商事が調達してきた資金分はこれで軽く賄えちゃうだろうねぇ」

 

「そっ……そんな計画が移動して僅か一ヶ月程で形になるなんてバカな話ないでしょう」

 

「計画自体は三年程前から始めてたんだよ、内地に留まるつもりだったから鎮守府で発電施設のテストは粛々としてたし、採掘も少量はやってたんだ、だってほら経済の柱が吉野商事一本じゃ何かあった時にメーになっちゃうし、ねぇ……何かあった時のリスクヘッジは基本中の基本でしょ? それにエネルギー関連に食い込めれば経済界だけじゃなく、石油産出国に睨みも効かせられるからさ、まぁ誰かさんのせいで多少計画を前倒ししないといけなくなっちゃったけど」

 

 

 肩をすくめ、フッフゥと溜息を吐きつつ首を振るヨシノン、話の内容が難解な上に、仕草がウザイという事で各課の者達の怪訝な相が益々深くなっていく。

 

 そして陽四郎は別な意味で怪訝な相を深めていた。

 

 

「ついでに言うとメタンハイドレェト! これオーストラリア南部も世界有数の埋蔵量を誇ってたりするんだよね」

 

「……え」

 

「って訳でオーストレェリアァにも計画を持ち掛け進行中です、当然時間が経てば経つ程そっち方面からの収入も見込めるし、ウチと対立してるそっちは風当たりが強くなるだろうねぇ、はぁん?」

 

「なっ……では、俺に残されるのはこの鉱山関係に、今の取引先だけと言う事ですか」

 

「まぁ君の権限と販路じゃそれが精一杯だろうね、上手く価格調整すれば細々と会社経営は続けていけるかもという可能性もありましたが、残念! それもムリィ!」

 

「……は?」

 

「これだけデーハーにエネルギー改革しちゃうとほら、原油の価格が暴落する恐れがあるでしょ? なので現在産油国を交えて経済連合を樹立して、減った輸出量の分原油単価の調整しようかって話を打診したんだよね、ほら、原油ってエネルギー資源だけじゃなくて産業用としても無くてはならないし、需要がなくなるなんて事は無いんだよ」

 

「ばかなっ、そんな話インドネシアは兎も角中東やアフリカ方面が黙っている訳がない」

 

「いやぁ、実は米国近海もメタンハイドレートが結構埋蔵されててね、あちらさんも自国で使う以上に輸出に興味津々でさ、んで米国みたいな大国がそういう市場に参入しちゃうと、どこかで産油国を保護しないとあっと言う間に潰れちゃうのは目に見えてんだよね」

 

「では……俺が手配した筋は……」

 

「もう契約してる分は大丈夫なんじゃない? 後は知らんけど」

 

 

 メタンハイドレードが西蘭島周辺で採掘できる環境であったのは、正直な話狙った物ではなかった。

 

 もしそれが無くとも日本やオーストラリア方面に技術移転し、管理するという利権でも何とかなった筈である。

 

 ただ西蘭島のメタンハイドレード施設の稼動には、大坂鎮守府の頃から研究してきた火力発電所の技術が投入され、実際に稼動しているという状態にある。

 

 その実績があるからこそ日本との随意契約がスムーズに纏まり、また他国へ対する話の裏づけとなったと考えれば、今回は運が良かったと言わざるを得ない面も実はあった。

 

 

「あと、君と組んでたブリスベンにある合弁企業体の役員とかもヤバいかもね」

 

「……何故です? 何かしたんですか?」

 

「何もしてないよ? ただあそこって食品とかも大量に運搬しないといけないじゃない? でもウチがメルボルンの港から撤退して船も引き上げたじゃない?」

 

「えぇ、そうですね」

 

「んで何でかブリスベンの合弁企業体と契約してる海運会社が軒並み運行を見合わせてるらしいんだよね、そうなっちゃうと生産しても輸出できないわで大混乱しちゃってるみたいでさ」

 

「……圧力も掛けてないんですよね」

 

「だから何もしてないよ、ただね、君知ってる? 今自分はオセアニア資源還送航路海上護衛総司令部長官って長ったらしい肩書きになってるんだよね、だから航路に関係する事は不安を払拭する為に関係者へお知らせしなきゃならないでしょ?」

 

「……あっ」

 

「んまぁスパっとメルボルンから手を退いて公式的に発表しただけってのは、彼らにしてみたら色々邪推しちゃう元になってるんじゃないの? 問い合わせはあるみたいだけど、ほら、自分お仕事以外の事はなーんもしてないし(・・・・・・・・・)

 

 

 髭眼帯の言葉に全て思い至った陽四郎は歯軋りをし、睨む視線を投げた。

 

 確かに吉野はメルボルン港を封鎖し、資源輸送用のタンカーを引き上げた、経済的な行動はそれだけだった。

 

 だがその港は吉野が差配していたのは周知の事実であり、そこから手を退き、海軍少将の任として西蘭海運の船が撤退した事実と、それに伴う航路状態の説明、そして同港の閉鎖という事実だけを関係各所へ通達した、吉野がしたのはただそれだけである。

 

 軍務としてはその事実の通達だけすれば果たした事になる。

 

 これに対し詳細な説明がされなかったという事実は、陽四郎と手を組み現地法人を差配していた幹部達を混乱に陥れ、更には吉野が言う様に海運会社が大事をとって航行を見合わせる事にまで波及するだろう。

 

 何せ通常は内々で済ますべき処理を公の物として通達したのである、それを明確にすると言う事は、吉野が吉野商事に敵対したと公言したと取られてもおかしくはない。

 

 日本との随意契約は水面下で行われてきたが、港の閉鎖からそれの通達まではこの会談が始まってから行われた物である。

 

 余りにも突然に、そして畳み掛ける行動に当然陽四郎は付いていけず、また会談中の為事実確認もままならない。

 

 

「陽四郎君さ」

 

「……なんです?」

 

「武力ってのは確かに直接的な効果って物も含まれるけどさ、実際の話持ってるよってだけで効果を発揮するもんだよ?」

 

「武力の、本質……というやつですか」

 

「それを持ってないから君は反目に回りつつもこっちと組もうとしたんじゃない? なんでそこに気付かないのかねぇ?」

 

「は……はは、なる程、一つがズレたら全てが噛み合わなくなる、怖いですね商売って」

 

「実際君の動きを察知した段階で、既に君が支配する吉野商事の株式比率は五割を超えていた、幾ら拠点移動のゴタゴタの最中であろうと君の手腕は優秀と謂わざるを得ない、そして使える筋を最大限に使って根回しも完璧だった、正直ね、どんな結果になっても君を吉野商事の頭目に据えたままこっちに引き込もうかって最初は思ってたんだよね」

 

「思ってた、ですか」

 

「そう、でもキミは時間を稼ぐ為に情報を売ったね? 吉野商事でしか引き出せないというウチの情報をさ」

 

「えぇ、それが?」

 

「別にそれはいいんだけどね、惰弱な部分は見直せばいいし、それを引き出せたのは君が優秀だったからさ」

 

 

 吉野は一旦言葉を切り、何かしらを考える仕草を見せたまま陽四郎を見る。

 

 

 が、次の瞬間目を細め、低い声色で淡々と腹の内を言葉にする。

 

 

「お前が売った情報でウチの者が被害を被った、それも命に関わる類の物だ」

 

「何を言うかと思えば、リークした情報はある意味彼女達の目的達成に役立ったじゃないですか、多少リスクは伴いましたけど、それは彼女達も承知してたんじゃないですか?」

 

「関係ないな、お前は自分の欲を満たす為にウチの者を敵に売った、結果論じゃない、そこに悪意が無くとも行動そのものが罪だ」

 

「情報戦を重視する兄さんからそんな言葉が出てくるとは思いませんでしたよ、貴方はもっとえげつない事を……それこそ目的を達成する為には人殺しも厭わなかったでしょうに」

 

 

 『人を見る目が無い』

 

 

 会談が始まった直後吉野が陽四郎に言った言葉は的を射ていた。

 

 吉野三郎とは確かにそういう過去を持ち、今も腹にドロドロとした怪物を飼っている。

 

 だが西蘭泊地司令長官吉野三郎は、艦娘に甘く、優先する物の一番上に艦娘を持ってくるようなオポンチな男である。

 

 

 陽四郎はそこを見誤った、そして地雷を踏み抜き、キレさせた。

 

 

「お前は人を見る目が無かった、誰の中にも踏み超えちゃいけない一線は存在する、それを見誤った時点でお前は終わりだったんだよ、繰り返すがお前との取り引きにこっちは一切応じない、自分で段取りした筋で好きなだけ足掻くといい、そしてお前が自滅した後は権利を買い取った誰かから二束三文でこっちが吉野商事を買い戻すだけの事だ、こっちが何を言わなくともそういう流れになるだろう、これが『武力の本質』だ、良かったな、最後にいい勉強になっただろう?」

 

 

 会社の権利を直接買い取ると言わない時点で、何がどうなっても吉野は陽四郎とは関わらない事を宣言する。

 

 

「自分は一切、なにもしない」

 

 

 その言葉を最後にキレた髭眼帯は通話を一方的に切り、メルボルンからの回線を着信拒否に設定した。

 

 

「うーわ、えげつなぁ」

 

「妙高姉さん、提督もあんな顔をするのだな」

 

「滅多と無いことですけどね、提督はこういう顔を見せる時があるわ、貴女も虎の尾を踏まない様に気をつけなさい」

 

「どうした鳳翔、ぼんやりして」

 

「あ!? え、えぇ、ちょっと見とれて……いえ、何でもありません」

 

「まぁテイトクはやる時はやる男って事よね」

 

 

 平時は見せない相と、徹底したやり方に場の者達は言葉少な気に囁きつつも、吉野三郎という男のもう一つの顔を見る事でこれまでとは違った見方をする。

 

 

 そして椅子に佇む吉野の背後にある壁がクルリと回転し、中からグラ子が現れるとスタスタと定位置に着いてチチを頭にセットする。

 

 次いで奥から「ンアー」と言いつつぴたーんぱたーんと座敷鈴谷が現れパンツ丸出しで畳ゾーンへ転がっていき、最後に現れた由良さんがスススと移動してきて髭眼帯の膝にセットされる。

 

 

「さて、とっとと会議を始めようか、妙高は書記を頼む」

 

「はい、そうですね、時間が勿体無いですし」

 

「まぁテイトクはあんな感じよね、ある意味ほっとしたわ」

 

「今日は久々に関東炊きでも作りましょうか」

 

「なぁ龍驤……」

 

「いや……うん、まぁ、気にしたら負けや、うん……」

 

 

 その絵面(えづら)に場の者達はやはり髭眼帯は髭眼帯だと思い直し、さっさと会議を始める事にした。

 

 

 こうして珍しくも凛々しい相で執務机に収まり、グラ子のチチをONし由良さんをセットする髭眼帯の前では粛々と会議が行われ、窓の向こうでは(潜水棲姫)が池でタパーンとジャンプし、お白洲ではバケツを被った陽炎型の長女がプルプルする姿が見えるという執務室があった。

 

 

 




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